セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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いつの間にか連載を始めて1年が経っていました。


開かれた聖痕

シュネーという解放者が残したショートカットで俺達が辿り着いたのは雪原とその他の境界線、その北西側だった。

 

そして雪原から出た俺たちを出迎えてくれたのは───

 

「やはりここに出たか。……それで、全員攻略出来たのか?少年」

 

「やっほー、光輝くん、久しぶり。元気だったー?」

 

2回りは大きくなっただろうか、巨体の白竜に乗った魔人族のフリードと、その配下と思われる灰色の竜共や有象無象の魔物達。更には灰色の魔力で編まれた翼を広げた中村、そして全員が全く同じ顔と姿をしている銀色の神の使徒ことノイントが……数百人はいるだろうか。随分とVIP待遇なこった。

 

「んー?お前程度の三下が攻略出来るんだから解放者の試練も緩いもんだよ」

 

「ふん、相変わらずの減らず口を……。だが挑発には乗らん。私が───」

 

フリードが手前の要件を言い切ることはなかった。肉が引き裂け血飛沫が舞う音を耳にして、後ろを振り返り、そしてグラついた足元を見て、相棒が息絶える瞬間を目の当たりにしたからだ。

 

「な、にが……」

 

崩れ落ちる足元から飛び降りながらフリードが呟く。何が?簡単だよ、そこに死骸になって転がっている魔物も神の使徒共もお前の相棒も全部、俺が即座に発動した氷の元素魔法による氷槍で串刺しにしただけだ。コイツら相手にいちいち会話なんてしている暇は無い。武偵憲章第5条、行動に疾くあれ、先手必勝を旨とすべし、だ。魔素はかなり消耗したがコイツらを纏めて仕留められたのだから収支じゃプラスだ。ちなみに今はもう魔素とトータスの魔力は別々に運用している。あれ混ぜても大した効率アップにはならなかったからな。一応、非効率ではあるが魔素でトータスの魔法を、トータスの魔力であっちの魔法も、それぞれ発動できることは確認しているし、魔素も少しは戻ってきているからな。

 

「木偶を並べて悦に浸ってたところ悪いけどな、生殺与奪の権利はこっちにあるぞ」

 

一応フリードも残したのはコイツらの目的が俺の殺害でなかった場合に備えてだ。中村が奴らにどこまで信用されているのかは分からないからな。

 

「貴様……後悔するがいい……」

 

フリードが歯を食いしばりながらそう呟く。すると、フッと、俺達の前に空間魔法である仙鏡──遠くの映像を映し出す魔法だ──が現れた。そして、そこに映っていたのは───

 

「あぁ……?」

 

「先生!!皆!!」

 

「そんな……リリィまで!」

 

そこに映し出されていたのは地球から呼び出された奴らだった。全員1つの檻に入れられている。人質、というわけか。

 

「ふっ……これだけだと思うなよ?」

 

「………………」

 

そこに映し出された光景に俺の中から感情という感情が一旦ストンと消えた気がした。

 

 

何故なら───

 

 

「ミュウちゃん!!」

 

「レミア!!」

 

映像が切り替わって映し出されていたのは、別の檻に入れられたミュウとレミアさんだったからだ。

 

「……本物か」

 

俺は即座に羅針盤を使って彼女達の位置を把握。それが確かにエリセンではなくもっと近く、つまり魔人族の領地にいることが確かになった。

 

「今度は居場所を探知できるアーティファクトか……。ふん……これで分かったろう?今どちらの立場が上なのかがな。……貴様を今ここで這いつくばらせたいのは山々だかな。我が神アルヴ様が貴様らを城に招待してくださるとのこと。この寛大な御心に応えるのなら貴様の大切な半端者共は傷付けんでおいてやる」

 

フリードは人質を確保しているという優越感からか余裕綽々な態度。

 

「卑怯だぞ!!皆を人質に取っておいて何が招待だ!今すぐ皆を解放しろ!!」

 

そして当然、正義感の強い天之河はこの手を見せられれば怒り出す。だがそんなものはコイツらには何の意味も無い。

 

「あははぁ!光輝くんやっさしぃ。あんなクズどもの為に必死になれるんだから。惚れ直しちゃったよー」

 

甲高い声が耳に煩い中村の戯言は無視。

 

「……いいよ。招かれてやるからさっさと案内しろ」

 

アルヴ様とやらがどんな奴かは知らんが、フリードが後ろに銀色の使徒を連れて来ていた時点でエヒトとはそれなりの仲であることはほぼ確定。こっちも、それなりに構えておかなくちゃあな。

 

「ここまできてその傲岸不遜な物言い……。いつか後悔するがいい。……さてまずは武装を解除してもらおうか。それに、この魔力を封印する枷も嵌めてもらおう」

 

つい、とフリードが手錠を取り出す。だが───

 

「断る」

 

「何……?仲間やあの魚モドキ共がどうなってもよいのか?」

 

「……まず言っておくが、お前らが捕まえてる人間族は俺の仲間じゃねぇよ。それにな、これ以上ミュウやレミアさんの髪の一房にでも触れてみろ。テメェら魔人族を老若男女の区別無く1人残らず殺し尽くしてやる」

 

思わず全力で魔王覇気を使ってしまおうかと思ったが、ここでこいつを発狂させてもなんの意味も無いと思い止まる。

 

一応、エリセンを立つ時には彼女らに万が一が無いように備えはしていた。アーティファクトの類を作りながら町中や彼女らの家に設置したり記念にと言ってアクセサリーの振りをして渡したり。だがそれらを全て掻い潜ってコイツらは彼女達を捕らえたのだ。当然、その発想に至るには俺のアーティファクト作成能力を知っていなければならない。奴らの中でそれが出来るのは───

 

「っ!」

 

中村が俺の視線を受けて身体を強ばらせる。当然、全ての情報源はこいつになるのだから。

 

「ぐっ……貴様……」

 

「ほら、手前もそこらに転がってる雑魚共みてぇに胸に風穴空けられたくなけりゃ黙って俺達を連れていけよ」

 

もっとも、羅針盤で座標を特定できたために、俺はもう2人には氷焔之皇を掛けている。物理的な手段に出られたら効果は無いが、魔法による害意であればこれで問題ない。

 

「このっ……調子に───」

 

「調子に乗ってんのはどっちだ?いいか?俺は今ここでお前を肉片に変えてもいいんだ。その上で俺があっちに着いた時にあの2人に少しでも怪我がありゃその瞬間にお前ら魔人族は絶滅だ。それを理解しろ」

 

数百人の神の使徒が刹那の間に全滅したことで俺の言葉に説得力が増す。実際、彼我の実力差も俺がそれを実行できそうなことも分かっているのか、フリードは奥歯を噛み締めたまま空間魔法で魔王の城まで続く門を開いた。何か転移を阻害する仕掛けでもあるのか、どうやら魔法による転移は魔王様の目の前までは行えないらしい。俺達はそこに続く廊下に飛んだのだった。そして、中村は中村で、わざとらしく天之河に抱き着き八重樫達を完全に無視して甘えるかのようにその腕に縋り付いている。

 

そしてやたらと長い廊下をダラダラ歩いて抜け、魔王の謁見の間と思われる部屋に通された。同じ顔をした銀色の使徒が10人程構えているその部屋のレッドカーペットの引いてある先には豪奢な玉座が鎮座しており、その手前には檻に囚われた畑山先生筆頭に異世界召喚された生徒たちとリリアーナ、それから───

 

「パパぁ!」

 

「あなた!!」

 

その横の少し小さな檻に閉じ込められたミュウとレミアさんがいた。

 

「巻き込んじまって悪かった。けどもう大丈夫だ。絶対に助けてやるから」

 

「パパ、ミュウは大丈夫なの。信じて待ってたの……。だから悪者に負けないで!」

 

「あらあらミュウってば……天人さん、私達は大丈夫です。だからどうかお気を付けて」

 

レミアさんがミュウを抱きしめつつそう訴える。それを見たフリードは不愉快そうに眉を顰め、何かを言おうと口を開こうとしたが……

 

「ふむ、いつの時代も親子の絆とは良いものだね。私にも経験があるから分かるよ。もっとも、父と子ではなくて叔父と姪という関係だったけどね」

 

ご立派な玉座にいないと思ったらそこ開くんかい。そんな俺のツッコミは喉までで収める。

 

どこからともなく渋い声がしたかと思えば玉座の後ろの壁が左右に開き、そこから金髪に紅の瞳を持った美丈夫が現れたのだ。年齢は初老といったところか。オールバックの髪型だが何筋か前に垂れた金髪や、少しはだけた胸元が男の色気を醸し出している。そちらを見て何かを言おうとした俺とフリード。だがそのどちらも何かを言う前に口を噤んだ。震えた声で、驚きを隠しきれない言葉が俺の傍から放たれたからだ。

 

「……うそ……どう、して……?」

 

「……ユエ?」

 

俺の声が聞こえていないかのようにただじっと現れた男を見つめているユエ。そしてユエと同じ金髪紅瞳を持つその男が再び口を開く。

 

「やぁアレーティア、久しぶりだね。君は相変わらず小さく可愛らしい」

 

「……叔父……様……?」

 

クソッタレ……という俺の呟きは外に発せられることはなく俺の胸の内に積み上がるだけだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

アルヴと呼ばれていた魔人族の王の姿はユエの叔父さんだった。アレーティア、それがユエの昔の名前なのだろう。そして金髪紅瞳の優男が使徒やフリード達に手をかざすと、ユエに似た金色の魔力光が弾け、俺達の視界を1色に塗り潰した。

 

「っ!?」

 

俺は即座に拳銃を構えるがその光が晴れた時には周りにはただ倒れ伏すだけの使徒やフリード、中村の姿があった。そして奴はユエに、俺達に語り掛ける。

 

「盗聴や監視を誤魔化すための結界だよ。私が事前に用意したものを見せるものだ」

 

「……何のつもりだ」

 

「神代天人くんと言ったね。君の警戒心はもっともだ。だから私も単刀直入に言おう。私は元吸血鬼の国のアヴィタール王国の宰相にしてガーランド魔国の現王───ディンリード・ガルディア・ウィスペリテオ・アヴァタールは、神に反逆するものだ」

 

中村の容態を確かめようとした谷口を天之河が制し、脈拍を確認する。どうやら気絶しているだけで生きているらしい。使徒も機能を停止させただけらしいが。

 

「……アルヴって名前じゃねぇのか?」

 

「確かに。今の私はアルヴでありディンリードでもある。……ふむ、そう睨まないでくれ。キチンと説明する。元々のこの身体の持ち主であるディンリードは変成魔法と生成魔法を修得していてね。特に変成魔法の才能は図抜けていた。そうなれば今のアレーティアには分かるね?」

 

と、その煌びやかな顔でユエに質問を投げかける。ユエも「……変成魔法による肉体の強化と寿命の延長」と答える。それに満足したのかにこやかに微笑んだアルヴは「そうだね」と頷いた。

 

「そして、アルヴという存在はエヒトの眷属神だった。最初は忠誠を誓っていたアルヴだがある時疑問に思ってしまったんだ。下界に対して行っているこの非道を許してよいのか?とね」

 

俺以外の、驚愕に固まる皆を置いて、アルヴの話は進む。

 

「数千年の年月を掛けて膨らんだ疑念は遂に形になった。エヒトの駒として魔人族と人間族の戦争を激化させる役目としての魔王として地上に降り立つことになったんだ。そこで私は戦いを扇動する傍ら、エヒトに対抗できる戦力を探したんだ」

 

「……そしてディンリードが選ばれた」

 

「その通り。神と言えど地上では肉体を持たない。そして肉体が無ければ力を十全には発揮できない。だからアルヴはその魂をディンリードの肉体に宿らせたんだ。ディンリードも大迷宮の攻略者だからね。真実を知っていたから快く受け容れてくれたよ。何せ自分自身が消えるわけではないからね。だから私はディンリードであってアルヴでもあるんだ。今でもお互いにコミュニケーションが取れるんだよ」

 

それはまるで、小夜鳴とブラドのような関係性。いや、小夜鳴はブラドが作り出した殼だから、微妙に違うのかもしれないけど……。

 

「……いつから」

 

ユエが震える声で尋ねる。

 

「ふむ……君が王位に着く少し前だね。真実を知っても出来ることがないと諦念を抱いていた私にも使命が出来たと喜んだものだ」

 

「……使命?」

 

「神を打倒するという使命さ。おかげで、本意ではないことも多々やらされたけどね」

 

「……どうして祖国を裏切ったの!?……どうして私を……」

 

「……済まなかった」

 

「謝罪なんて要らない!理由を───」

 

「君は天才過ぎたんだ。魔法の分野において、他の追随を許さない程に。目立ちすぎて、そして目をつけられた。今君の傍らにいる神代天人のように」

 

「……異常存在(イレギュラー)

 

「そうだよ。そして、真実を知っていて神を深く信仰しなかった私は君もそれから遠ざけた。まだ幼い君に、強い信仰心を植え付けるのは危険だと思ったからだ。だがそれが仇になった」

 

「……思い通りに動かない駒は邪魔?」

 

「うん、そして君の不死性も絶対ではなかった。特に神の前では。だから君が殺される前に君を隠したんだ。神の知覚も及ばない地下深くに。いつか、反逆の狼煙を上げるその時まで」

 

「……人質は?ディン叔父様が裏切ってないといならどうして」

 

アルヴは「あぁ、そうだったね」と指を鳴らし、檻を崩した。中にいた奴らはあまりの展開に頭や心が着いていかないのか、その場から動けずにいた。

 

「使徒達の手前、手荒にならざるを得なかった。それに、まだ私は神代くんにも信用されていなかったろうからね。こうでもしないも来てくれないと思ったんだよ」

 

怪我に関しては使徒に拉致らせたから許してくれ、死なすなとは言ってあったと、弁明を口にするアルヴ。そして、時は来たと、ユエはさらに強くなり神代魔法の使い手もこれだけいるのなら神にだって届く。一緒にエヒトを打倒しよう。と言ってユエに近寄り抱擁の構えをする。

 

「さぁ、共に行こう、アレーティア───」

 

ここまでの話を聞いて、俺の答えなんて決まりきっている。つまり───

 

 

───ドパァッ!

 

 

俺はアルヴの脳天に弾丸をくれてやった。

 

「人の女に気安く触れようとするんじゃねぇよ。叩き潰すぞ」

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……天、人?」

 

ユエが、信じられないものを見たかのような顔でこちらを見る。その瞳は震えていた。だが俺はここでは止まらない。さらに言葉を続ける。

 

「やり方が雑なんだよ。こんな典型的な詐欺の手口、武偵が騙されるわけねぇだろ」

 

こんなの、俺みたいな死ね死ね団(アサルト)の奴らでも見抜けるぜ。

 

「……詐欺?」

 

「そうだ。衝撃的な情報で脳みそをいっぱいにして、時間が無いだの何だのと思考と選択の余裕を与えない。分っかりやすい手口だ」

 

リムルのいた世界で、ピエロ野郎共がフォビオに使ったのと似た手口だ。単純ではあるが確かに人の心理を考えれば理に適ってはいるのだ。だから余計にタチが悪い。

 

「……え……え……?」

 

「こっそり封印出来たならこっそり会いに行ってもいいだろう?オルクスは強い魔物がいくらでもいる。戦力の補充と言えば誰も怪しまない」

 

戦力の拡充が目的にあるのなら、ディンリードから大迷宮の知識が渡るはずであるし、そうなればフリードしかシュネー雪原の大迷宮を攻略できていないのは不自然だ。

 

「それになぁ、見えてるんだよ。テメェの薄汚ぇ魂がその身体に巣食ってるのがなぁ!」

 

そう、俺は奴の話を聞きながらずっと観察していたのだ。昇華魔法により多くの魔法を付与できるようになった義眼に込めた魂魄魔法で。奴の身体に入っている魂は空き家に巣食う蜘蛛の巣のように張り巡らされ、家の柱を食い荒らすシロアリのようにその肉体を侵食していたのだ。そんな奴がユエに触れることを、俺が許すわけがない。

 

「仮にその身体の奥にディンリードの魂が眠らされてたとしても、テメェの魂を追い出してから肉体と魂魄を元に戻せば良い。こっちにはその能力があるんだからな」

 

俺に脳天を撃たれて後ろにぶっ倒れたアルヴは動かない。俺はそれを良いことにユエを後ろから抱きしめる。

 

「そもそも、お前が誰であっても理由がなんであっても、もうユエは俺と来るんだよ。アレーティアだぁ?んな奴はとっくに死んでんだよ、ディンリードがコイツをあの部屋に閉じ込めた時点でな。もうコイツはユエとして生まれ変わったんだ。他の誰でもねぇ、ユエはユエだ」

 

それを昔の男が出てきてかっ攫おうなんざ、俺が許可するわけがない。俺のユエに対する感情は、そんな生優しいもんじゃない。

 

「共に行こうだと?巫山戯んな。手前みてぇにユエを駒としか見てねぇ奴の元になんかなぁ、"俺の大切なユエ"を行かせるわきゃねぇんだよ!!」

 

「結局嫉妬じゃないですかっ!」

 

シアの叫びに俺はそうだよ当たり前だろとだけ返す。ちなみにシアに同じことを言ったら例えカムでもぶっ飛ばす。

 

「……天人が私に嫉妬……んっ、嬉しい」

 

ユエが頬を染めて俺の腕に自分の手を重ねる。そしてそのまま俺を見上げて言葉を紡ぐ。

 

「……天人、格好悪いところを見せた。けどもう大丈夫」

 

ユエはもう俺しか見えていないかのように視線を固定させる。俺ももちろんユエしか視界に入れていない。

 

「あぁ、仕方ねぇよ。あの奈落の部屋がユエにとってどれ程のものだったか俺ぁ知ってるから」

 

「……んっ、天人、好き……大好き」

 

「あぁ。俺もユエが大好きだ、愛してる」

 

だが、もう唇を重ねようかというところでパチパチと、柏手の音が鳴り響く。まぁ、頭砕いた筈なのに出血も無かった時点で分かってたけどな。むしろ今までの話はアイツに聞かせてやってたくらいだし。

 

「いやいや、まったく人間の矮小さには恐れ入るよ。溺愛する恋人の父親代わりの存在ともなれば多少は鈍ると思ったんだけどね」

 

そこには傷どころか塵一つない綺麗なアルヴが立っていた。まぁ、俺にとってはだからどうという訳でもないのだが。

 

「……叔父様じゃない」

 

「叔父様だとも。少なくともこの肉体は」

 

「……それは、乗っ取ったということ?」

 

ユエが殺気を漲らせながら蒼炎を構える。美しき蒼の炎が空間を照らし、陽炎がディンリードの姿を曖昧に揺らす。

 

「ユエ、奴の言葉に一々取り合うな。こっちには再生魔法も魂魄魔法もあるんだ。全部後で良い」

 

こちらに後出しジャンケンが可能な手札がある以上は、七面倒臭いブラフ合戦になんて付き合う必要性は無い。

 

「……んっ、まずはアイツを殺す」

 

ユエの右手に構えられた蒼炎の輝きが増す。これは神罰之焔だ。ユエが選んだ魂を、もしくは選ばれなかった魂を持つ肉体を消し滅ぼす魔法。

 

「ふむ……ならディンリードの最期の言葉をお前に伝えてやる。奴がお前に残した言葉は───」

 

───ドパァッ!

 

俺は奴に二の句を告げさせなかった。弾丸を受けたアルヴは防御に意識を回すために口を閉じたのだ。だが次の瞬間、いくつかの事が全くの同時に起こった。

 

まず天から明らかに不健康な白い光がユエに向かって降り注いだ。

 

次に───

 

「堕識ぃ!」

 

倒れた中村とは全く別の方向から闇属性魔法が放たれ、明滅する黒い色の球体がユエの眼前に現れた。

 

「震天!!」

 

そして倒れたままのフリードの身体とは全く別の方向から空間魔法である震天が放たれ、空間ごと爆砕する衝撃波が発生し、ミュウとレミアさんを砕かんと迫る。

 

さらに───

 

「お返しだ、イレギュラー」

 

アルヴのフィンガースナップに合わせて灰色の魔弾が俺へと迫る。トドメとばかりに───

 

「駆逐します」

 

10体程の使徒が銀色の魔力を纏わせて俺や人質にされていた召喚組へと斬り掛かる。それに合わせて俺は即座に瞬光を発動。刹那の時間を引き延ばす。その引き伸ばされた時間が俺にユエからの視線を感じさせる。つまり───ミュウとレミアさんを最優先に守れ、と。大丈夫だよ、こんな不意打ちなんて、全部分かってたことだ。

 

震天は発動そのものは神代魔法で行われており俺はこの場で昇華魔法を使っても氷焔之皇ではあの衝撃波の発生そのものを防げない。そして生み出された爆砕の波は物理現象だ。こちらも当然、俺の究極能力では防げない。だから───

 

 

───バゴンッ!!

 

 

俺は縮地による魔力の爆発で足下を粉砕しながらミュウとレミアさんの眼前、空間爆砕の目の前へと繰り出す。そして俺はミュウとレミアさんを氷の壁で覆つつありったけの魔素を込めて更に俺の眼前にも氷の壁を生み出した。俺の眼前1メートルで氷の壁と空気の波がぶつかり合う。俺は更に同時に氷焔之皇を発動、中村の魔法とアルヴの魔弾を凍結、燃焼、俺の魔力へと変えていく。更にその魔力を使ってノイント達銀の使徒共にも同じく発動、その分解の魔力と魔力の無限供給機関を凍結させ、その身体のド真ん中を氷の魔槍で刺し貫く。当然の如くフリードの胸と頭からも氷の槍が突き出ている。もちろん中村の手持ちの魔法もその尽くを凍結させて使用不可にしておくことも忘れていない。文字通り瞬く間に、そしてほぼ同時に放った2手で俺はこの場を制圧する。

 

「……なんだその力は」

 

アルヴが低い声で俺に問う。だが当然、俺は答えない。問答をして情報をくれてやる気は無いし、何よりユエの方が心配だからだ。だから俺は、そのまま絶対零度(アブソリュート・ゼロ)を発動、アルヴの肉体を構築する細胞の活動を停止させ、頭、心臓、両方の肺、両腿の内側を氷の魔槍で貫き、更に肩、肘、膝の関節も同じように貫き破壊する。当然氷焔之皇も同時発動して、魔法の使用も許さない。

 

「なっ……なんで光輝くんに僕の魔法が効いてないの……っ!」

 

中村が叫ぶ。今は八重樫に取り押さえられ、関節を極められて地面に押し付けられている。何故か?奴に説明する気は更々無いけど、もちろんフリードの空間魔法でこちらに来る直前に俺達全員に氷焔之皇を発動させてあるからだ。どうやら俺はコイツらを守るべき対象と見ているらしい。多分、保護とか監督とかそんな目線なんだろうけど。

 

おかげでここに来るまでの間、中村が常に天之河に洗脳する魔法を掛け続けていることも分かっていたし、その魔力は全て俺に還元されているのだ。だがユエに降り注いだ不健全な光の柱、これだけは俺の氷焔之皇をすり抜けているのが分かる。どうにも神代魔法かそれ以上の力の純度を誇るらしい。

 

「……う……あ?」

 

「くそっ……」

 

更に襲いかかってくる魔物共は全てシアやティオ、香織達に任せて俺は昇華魔法も合わせて氷焔之皇でユエに降り注ぐ光を押し退けようとする。

 

だが───

 

「ッ!?」

 

俺の意識が思わず外れ、光の柱に向けていた氷焔之皇が解かれる。そしてその場から俺は飛び退った。俺の究極能力を抜けて魔力の塊が飛んできたからだ。……瞬光を使ってなきゃヤバかったな。

 

「ふん……」

 

つまらなさそうに吐き捨てた奴は、腐っても神を名乗るだけあるらしい。アルヴはあれだけの連撃を喰らってもなお無傷で立ち上がっていた。しかも今放ったあの一撃、神代魔法レベルの破壊力ということか。

 

「やはり貴様は邪魔だな、イレギュラー。だが───っ!?」

 

俺はもう一度同じスキルの組み合わせで攻撃を仕掛けた。そして今度はそれだけではなく、凍った身体に衝撃変換を叩きつけて全身を粉々に砕く。さて、これで死んでくれればいいんだけど……。

 

「……なるほどな、相手の魔力や魔法を自分のそれに変換する力か。だが異世界の力と言えど神たる私には通用せんようだな」

 

やはりダメか。再生魔法の類なのか、アルヴの肉体は砕いた傍から元に戻っていく。

 

そして、さらなる変化が。ユエを囲っていた光の柱が割れ、中から肩で息をしながらユエが現れたのだ。

 

だが───

 

「───お前、誰だ?」

 

だがその美しい肉体に収められた魂はユエではないと、俺の本能が告げる。

 

「……鬱陶しいまでの直感だな」

 

俺は頭に鳴り響くけたたましい警報に逆らうことなくその場を飛び退ろうとする。だがそれをアルヴの魔弾が許さない。神代魔法に匹敵するそれが俺を囲ってユエの腕の殺傷圏内(キルレンジ)に留められる。そして───

 

「ブッ───ゴッ……」

 

ユエの細腕が俺の腹を貫いた。魔力の纏わされたその腕は俺のオラクル細胞を容易に突破したのだ。ということは、奴の魔力の純度は常に神代魔法と同格以上なのだろう。氷焔之皇すら貫くのは尋常ではない。これがエヒトという存在なのか……。

 

さらに───

 

「……エヒトの名において命ずる。動くな」

 

「っ!?」

 

衝撃変換で無理矢理ユエ、いやエヒトを引き剥がそうとした俺の身体が硬直する。これは、魂魄魔法のようなものか……。そして俺の動きを止めたエヒトはユエの細腕を俺の腹から力ずくで引っこ抜く。内臓が引っ張られる感触と神経を直に逆撫でされる痛みに声を上げそうになるがそれを無理矢理に抑え込む。というか、動けないのでろくに声も上げられない。エヒトは俺の鮮血で赤く染ったユエの指を舐め上げ、ニタリと、嫌らしく笑う。

 

「ほう、これが吸血鬼の感じる甘味か。なるほど、貴様は殺そうと思っていたのだが、これなら家畜として飼ってやってもいいぞ?うん?」

 

「……お前が、その薄汚ぇ魂が、ユエの声で喋るな、その身体に触れるな、動かすな」

 

「……うん?」

 

 

───限界突破

 

 

俺の身体から真紅の魔力光が迸り、そして収束していく。それでも俺から漏れでる魔力光の輝きは刹那の間に増し続ける。

 

「づっっ!!ああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

バギン!と俺の中から音が響き、身体の自由を取り戻す。俺はその場から飛び退き、肉体の損傷は後でどうにでもなると拳銃を抜き、ユエの美しい顔面を砕かんと引き金を引く。だが音を置き去りにして飛び出したフルメタル・ジャケットの弾丸はその眼前で完全に停止していた。

 

「自力で我が神言を解くか。流石だな、イレギュラー。だが、天灼」

 

エヒトがそう呟いた直後、俺の周りに雷の球が現れる。数は12、それが雷の壁を作る。本来は雷属性の最上級魔法のはずだが、それも俺の氷焔之皇では己の魔力には変換出来ず、文字通りの神の雷が俺を貫く。随分と長く感じられた数秒が明け、即座に纏っていた金剛も突破された俺は身体から白煙を上げながらも、膝をつくことは気合いで耐える。だが筋肉や神経にもだいぶダメージがきていて今すぐには動けそうにもない。

 

「耐えるだろうな、貴様なら。だがそれだけの電撃を浴びた直後にこれは避けられまい?」

 

──四方の震天──

 

──螺旋描く禍天──

 

氷焔之皇だけでなく、金剛すらも突破し俺の内臓をシェイクし骨や筋肉ごと押し潰そうとする衝撃と、肉を引き千切り骨格をひしゃげさせようとする渦巻く重力からの暴力。だがそれらは神代魔法と言えど起こしたものは魔力の通わない物理現象ゆえに、俺のオラクル細胞が誇るその結合力によって俺の身体が肉片になることだけはどうにか避けられた。

 

「それ以上はやらせんぞ!!」

 

「天人さんに何しやがるですぅぅ!!」

 

「ユエを返して!!」

 

肉と骨が千切れなかっただけで俺の全身を強かに打ち据えた衝撃波と重力の嵐から解放された瞬間、シア達がアルヴとエヒトに向かってそれぞれ攻撃を放つ。だが───

 

「エヒトの名において命ずる。……ひれ伏せ」

 

ダンッ!と3人ともが顔面から地面に叩きつけられた。そしてそれはこの場において致命の隙になる。

 

「喰らい尽くす変成の獣」

 

その言葉と共に、シア達の周りの床が盛り上がり、鋭い爪と牙を備えた石造りの狼が現れた。それを香織が分解するよりも早く───

 

「エヒトの名において命ずる。機能を停止せよ」

 

「ぁ───」

 

神の使徒の身体である香織が停められた。俺は即座に氷の槍を狼共に突き刺して頭と身体を砕く。

 

「余所見とは余裕だな。捻れる界の聖痕」

 

「ゴッ───」

 

俺の背中に何かが突き立った。それは俺を押し潰し、地面へと縫い付けたのだ。さらに───

 

「捕らえる悪夢の顕現」

 

八重樫に谷口、天之河と坂上の短い悲鳴が聞こえる。奴らも何かされたようだ。その尽くが俺の氷焔之皇を無視して彼らに損害を与えている。

 

「……ふむ、まぁこんなものか。我が現界すれば全ては塵芥と同じ。もっとも、この優秀な肉体が無ければ力の行使などままならなかったがな。聞いているか?イレギュラー」

 

悠然と話しかけてくるエヒトは、俺が会話をする気が更々無いことを悟ったか、つまらなさそうに鼻を鳴らすと、そのまま指を鳴らす。違和感に俺が顔を上げれば奴の周りには幾つもの宝物庫である指輪と俺の電磁加速式拳銃、その他俺の作ったアーティファクトが浮いていた。

 

「良いアーティファクトだ。中に収められている武具も中々に興味深い。イレギュラーの世界はそれなりに愉快な所のようだな。……ふむ、折角器たる肉体を手に入れたのだ。この世界での戯れにも飽いてきたところよ。肉体が手に入ったことで異世界への転移も可能になったしな。次はイレギュラーの世界で遊んでみるか」

 

次、ねぇ……。

 

「エヒト、お前やっぱり人間か」

 

「はっ!何を言うかと思えば……。人間なんぞとうの昔に越えておるわ!」

 

「へっ……てめぇこそその程度の存在強度で俺の世界で遊ぶだと?……舐めんなよ、俺の聖痕にビビって慌てて封印した程度のチキン野郎がよぉ!」

 

「ふん、貴様の減らず口は死んでも治らなさそうだな」

 

その瞬間、宝物庫や俺のアーティファクトが全て粉となって消えた。奴が武器と認識していないのか、俺の義眼は残ったが、武器の類はほぼ消え去った。だがそれでも俺は限界突破の魔力で俺を押さえ込んでいる楔を押し退けようと出力を上げ続ける。内臓をグチャグチャに掻き回され、肉や神経もいくつも焼き切れているおかげで身体が痛みという形で警告(アラート)を発する。だが俺はその尽くを無視して魔力光を噴出させていく。

 

「ほぉ、その状態でよく足掻くな。あの忌々しい扉さえなければお前を……いや、魔法の才能が比べ物にならんな」

 

俺の足掻きは取るに足らないと判断しているのだろう。エヒトはユエの身体を舐め回すように検分していく。指先、腕、脚、そして───

 

「お前がぁ!!ユエの身体を見てんじゃあねぇぇぇぇ!!」

 

俺の怒りが、魔力が、爆発する。

 

 

───限界突破・覇墜

 

 

限界突破の技能の最終派生。それが遂に俺に目覚めた。その爆発的な魔力によって俺の背中を押さえつけている楔を軋ませ、押し退けていく。

 

「我が主!!」

 

アルヴの声が響く。

 

「よい、アルヴヘイト。……エヒトルジュエの名において命ずる。……鎮まれ」

 

その言葉が耳に届いた途端、俺の身体から力が抜けていこうとする。まるで自分の意思で限界突破を解こうとしているかのように。

 

「こんなっ……もんでぇぇぇぇぇ!!」

 

それでも俺は抗う。高々言葉1つになんて負けてやるかと。お前は神なんかじゃなく、そこいらの人間なんだと突き付けるように。

 

「ほう、真名を用いた神言にすら抗うか。……ではこれで貴様を完膚無きまでにへし折ってやろう」

 

満面の、と言うよりは凄惨な笑みを浮かべたエヒトはユエのオリジナル魔法を発動させる。

 

「───五天龍、中々に気品のある魔法だ。我は気に入ったぞ」

 

5色の龍の顎門が向く先は俺ではなくシア達。俺の目の前で、ユエのオリジナル魔法で仲間を殺し、そして最後に俺を、という催しなのだろう。まったく、どこまで行っても悪趣味な奴だ。

 

「……ユエっ!目を覚ませ!!」

 

「ふん、ここにきて恋人頼みか?無駄なことよ。これは既に我のもの。時間稼ぎなぞ───」

 

「ユエっ!俺ん声が聞こえているはずだ!!ユエっ!!」

 

「……だから無駄だと……何っ!?これは……」

 

たおやかなユエの指を振り下ろし、この場を凄惨な鮮血で染めようとしたエヒトの動きが止まる。そして五天龍を維持していた魔力も揺らぎ───

 

"させない"

 

待ち望んだ、愛らしい声が響く。

 

「ユエっ!!」

 

「ユエさん!!」

 

俺とシアの声が重なる。俺は更に魔力を噴き上げ、楔を打ち砕かんと立ち上がろうとする。

 

「図に乗るなよ、人間如きがっ!エヒトルジュエの名において命ずる。苦しめ!」

 

その瞬間、俺の肉体に痛みが駆け巡る。一瞬、力が抜けそうになるが、だが堪える。この程度で、俺が止まると思うなよっ!!

 

ビキビキと俺の頭上から音が聞こえる。もうすぐで楔を打ち破れそうだ。俺は更に魔力を吹かすが───

 

「アルヴヘイトよ、我は1度神域に戻る。いくら開心していないとはいえ、我を相手に抵抗するとは。……調整が必要だ」

 

「……はっ、申し訳ございません」

 

「よい。……フリード、は死んだか。恵里よ、共に来るが良い。お前の望みを叶えてやる」

 

「はいはぁい。光輝くんとの2人っきりの世界をくれるんでしょ?なんでもするよぉ」

 

八重樫は既にエヒトによって行動をほぼ封じられている。故に中村は何の障害もなくエヒトの元へと駆けてきた。

 

そしてエヒトが天に腕をかざすとそこから光の柱が降りてきて2人を包む。そのままフワりと浮き上がると天井付近まで辿り着いたエヒトは俺達を睥睨しながら告げる。

 

「ではイレギュラー諸君、我はここで失礼させてもらうよ。いまだ可愛らしい抵抗を続けている魂に身の程を教えてやらねばならないのでね。そして3日後、そうだな、君達が神山と呼んでいるあそこの空からこの世界に鮮血の花びらを咲かせようと思う。それではその時までさよならだ」

 

「待、ち……やがれぇぇ……」

 

俺は魔力で無理矢理に俺を押さえ込んでいたものを押し退けて立ち上がる。だがアルヴから何かされたようで、また身体が硬直してしまう。

 

そして、光の中にエヒトと中村が消えていく───

 

「ユエェェェェェェ!!」

 

俺の叫びは、届かない───

 

 

 

───────────────

 

 

 

……俺は、また奪われるのか?

 

また、俺の力が足りなかったせいで女が奪われる。俺の大切な奴が目の前から消える。俺が弱かったから、聖痕を開くことを躊躇っていたから。だからあんな奴に遅れをとって、ユエを連れて行かれたんだ。何が死ぬのが怖いだ、何が寿命が縮むのが怖いだ、巻き込むのが怖いだ、そんなの、そんなのユエを奪われちまったら何の意味もねぇだろうが。

 

……天之河に迷うな、なんて格好付けたって結局1番迷ってたのは俺じゃねぇか。その結果がこのザマだ。……いいぜ決めたよ、ここで何もかも奪われるくらいなら、俺は俺の全てをこの手で引き裂いてでも、全部取り戻してやる!!だから、だからよぉ───

 

「来やがれ!!───銀の腕・煌星(アガートラーム・セイリオス)!!」

 

俺の内側から力が膨れ上がる。それはエヒトの施した封印を内側から撃ち破り、俺の肉体を通してこの世に顕現する。俺の腕が、脚が、銀色の装甲に置き換わっていく。背中には円環が現れ、俺の魂ともう1つの聖痕の力を燃料に、白い焔の翼を3対生やす。

 

「これは……イィィレギュラァァァ!!」

 

叫び、俺を抑えようと立ち塞がるアルヴをその翼の一撃で叩き伏せ、俺は空中へと飛び上がる。魔人族の国だけあって、あの光に導かれたのか魔人族や魔物が数多くエヒトの開けた神域とやらに続く道を昇っていた。今ならまだ間に合うかもしれない。

 

俺は魔物も魔人族も一切合切を無視して上昇を続ける。途中、魔人族の兵士と思わしき奴らが魔法で俺の歩みを邪魔しようとするがそんなもの、俺の聖痕の前には塵ほどの役にも立たない。その尽くを貫き、引き裂き、地面へと叩き落として俺はその門へと辿り着く。

 

だが───

 

「開ぁぁぁけぇぇぇろぉぉぉぉぉ!!」

 

「人間如きがこの神門を通れるわけがなかろう!ここは魔人族と魔物のみが通れるのだ!!」

 

後ろから追随してきた門番と思わしき奴の言う通り、その門は白焔の聖痕の力でも俺に門戸を開けることはなかった。恐らくこれは燃やしても意味の無いものだ。壊すのではなく、通れる手段を持たなければならない。そして───

 

「グッ……ゴホッ……」

 

ふっ、と、俺の身体から力が抜けていく。限界突破のタイムリミットなのだろう。腹に風穴を開け、内臓をシャッフルされて神経も筋肉も焼き切られて、その上で魂すら燃やして銀の腕・煌星を全開で使ったのだ。俺の身体が遂に限界を迎えたとしてもおかしくはない。二重聖痕の同時全開開放の負担は1種類の聖痕持ちの全開開放の負担とは比較にならない。しかも、俺のそれはただでさえ負担の大きな使い方になるのだからそりゃあ長持ちするわけもない。けどなぁ……

 

──けど、俺の身体のクセに俺の邪魔すんじゃあねぇよ──

 

「主よ!!」

 

地面に落ちながらもボロ雑巾のようになった身体に鞭打ってもう一度聖痕を全開にしようとした俺を、黒竜の姿を顕現させたティオがその広い背中で拾う。

 

「ぐっ……ティオ、俺を上に……」

 

「バカを言うでない!!そんな身体で何が出来るというのじゃ!!」

 

「……でもユエがっ!……いや、策を思いついた。俺を下に降ろしてくれ」

 

俺に開けられないとしても、この場にはもう1人扉を開けられそうな奴がいる。ならそいつに開かせれば良いのだと思い立ったのだが……。

 

「……嫌じゃ」

 

どこまで察しているのか、ティオは珍しく俺の提案を拒否。まさかお前まで、俺の邪魔をするのか……?

 

「……何だと?」

 

「……今降ろしたら主は絶対に無理をするのじゃ。今そんなことをすれば今度こそ本当に身体も魂も壊れてしまう!!妾はそんな主を見たくないのじゃ!!」

 

ティオのその言葉に、俺の中で浮かんではいけない黒い感情が浮上してきた。

 

───ティオも、俺の邪魔者なのか?

 

「……そうかい。なら俺ぁ1人ででも降りるさ」

 

何せ身体はボロボロでも魔力だけは掃いて捨てるほどあるからな。治癒力に変換する魔力も今は全部高所落下で死なない為に注いでやる。その後のことは降りてからだ。

 

俺はティオの背中から転がるように落ちると、そのまま縮地を発動、追い縋るティオから逃れるように縮地と重力加速によって速度を増していき、最後は衝撃変換で衝撃を相殺して無理矢理に地面に降り立つ。

 

「ゴボッ……はっ……。よう、アルヴ、手前にはやってもらわなきゃなんねぇことがあんだ」

 

俺が降り立つと、そこには無理矢理に拘束を振り解いたシアにぶっ飛ばされたらしいアルヴと、アルヴが生み出したもののまた砕かれたらしい石造りの狼の残骸が転がっていた。

 

「はっ……そんなボロボロの身体で何ができると言うのだ」

 

舐めるなよ?治癒力変換と高速魔力回復を強化の聖痕で強化しているからな。もう怪我はほとんど治ってんだよ。俺の腹からの出血が治まっていること、俺の動きに怪我人特有のぎこちなさが無いことを見抜いたのか、アルヴは苦々しそうな顔になる。俺は床の石材を錬成で削り出し、生成魔法でとある魔法を付与した1振りの刀を作り出す。だが石造りの刀を見てアルヴは鼻で笑う。

 

「……貴様……舐めるなよ、イレギュラー!!」

 

アルヴから飛ばされた灰色の魔弾。それは先程までなら俺の氷焔之皇を抜いて俺の身体を叩きのめしたのだろう。けれど───

 

「何っ!?」

 

その魔弾は俺の錬成した石造りの刀に切り払われる。そして唖然とした隙を突いて、奴の足元を凍らせて動きも封じる。俺は呆然としたままのレミアさんに目配せをする。それに気付いた彼女はそこで俺の意図を汲み取り、ミュウを胸元に抱き寄せ目と耳を塞いでくれた。これからの事はミュウには刺激が強いからな。

 

「なぁアルヴ、お前ならエヒトのいる所までの道を開けるだろ?……今すぐ開け」

 

俺は手に持った刀を振り、氷ごと奴のアキレス腱を片方断ち、今度は大腿部に氷を突き刺す。その痛みでアルヴは叫ぶが無視して詰問を続ける。

 

「叫ばなくていい。お前は道を開けばいいんだ」

 

「イレギュラァァァァ!!この私がエヒト様の不利益になるようなこ───」

 

だがアルヴの言葉は途中で絶叫に変わる。俺が奴の腕を切り飛ばしたからだ。エヒトに次ぐ権能を持っていたこいつにとっては痛みという感覚は今までほとんど感じたことのないものだったのだろう。そんな温室育ちのこいつが感じる苦痛は想像を絶するものであるようだ。

 

「ほら、早くしろよ」

 

「ガァァァァッッ!この私が貴様なんぞに───ッ!?」

 

「……お前も、俺の邪魔をするのか?」

 

「何を───ッ!?ガァァァァッッッ!!」

 

錬成した石造りの刀に更に魔力を通し、形状を糸のように細い鎖状に作り替えた俺は、そこに生成魔法で付与された"概念魔法"によってアルヴの足を粉微塵にしてやる。

 

──我が道を阻むものを排除する(俺の邪魔をするな)──

 

それが俺が生み出し、この石に付与した概念魔法だ。その効果は──俺に害を成すもの、殺意や敵意、悪意を持っているものを粉微塵に破壊する──ただそれだけ。

 

「粉末になって風に流されたくなけりゃ今すぐに神域へと俺を連れて行け」

 

「あ……あぁ……待て、待ってくれ……。そうだ、私からエヒト様へ直々にお前を取り立てるように言ってやる。私の言葉ならエヒト様も無碍には───っあァァァァ!?」

 

その瞬間、アルヴの右手が消えた。

 

「……違ぇよ」

 

「待ってくれ、お願いだから───」

 

「待たねぇ。いいか?お前が死のうがエヒトは3日後にまた門を開く。俺はその時に乗り込んだっていいんだ。死にたくなけりゃ、どうすればいいか分かるだろう?」

 

「……これは……ぐぅっ……概念、魔法だな?お、お前がいくら概念魔法を……生み出したところで、主にはっ、はぁ……届かない。なら……お前こそどっちが正しいか、分か───」

 

アルヴは最後まで言葉を言い切ることはなかった。これ以上奴からは何も引き出せないと悟った俺がその全身を余さず細切れにして、消し去ったからだ。

 

「主よ!」

 

そして、アルヴを細切れにして消滅させた俺の背に竜化を解いたティオが飛びつく。俺はそれでふっと、力を抜いた。俺は……ティオすらも邪魔者だと思ってしまった。ユエを取り戻すのにコイツも俺の邪魔をするのだと……そんなわけがないのに。ティオがそんなことを考えるわけがない。さっきの言葉だって俺を想って、ユエを助けるためには俺が万全である必要があると思ったからこその言葉のはずなのに。だがあの黒い、2度と抱いてはいけない感情が、俺に概念魔法の一端を掴ませたのだった。

 

「……悪かったな。けど本当にもう大丈夫だ。力は全部取り戻した。あとはユエだけだ」

 

「天人さんっ!!」

 

更にシアも俺に飛びつく。血で汚れるぞと言っても聞く気は無さそうだ。

 

「……本当に、本当に大丈夫なんですよねっ!?身体には何もないんですよねっ!?」

 

「あぁ。とりあえず近々で何かありそうな感覚は無い。今はそれよりもユエのことだ。……少し落ち着いて話したい」

 

「はい……。では皆さんを集めてきます」

 

シアは皆が固まっている方へトテトテと駆け出して行ったがティオは一向に俺から離れようとしない。背中に柔らかさを感じながら首だけ振り向くと、ティオは俺の肩に顔を埋めていた。

 

「……どうした?」

 

「妾は魂魄魔法が使えるからの。主の魂がどれだけ磨り減っているのかも分かっておるのじゃ。先の大迷宮では試練で消耗した分は癒せもしたのじゃが、昔の分は癒せんかった。あの時は聞かなかったのじゃが、主とユエで帰る為の概念魔法を作っている時に見た映像……あれでハッキリしたのじゃ」

 

そう、俺も自分の魂なんぞ細かく把握してないが、ティオが魂魄魔法で感じた俺の魂の摩耗。それは恐らく白焔の聖痕が原因だ。あれは発動するだけでも俺に負担がかかる。何せあれの発動は全て魔力とかそういうものを燃料にしているのだ。エンジンをかける時には何も無い以上は俺の中から捻出するしかない。そして、ミリムと初めて戦った時とは違って外からの供給が無い状況で白焔を使おうとすれば当然その燃料は俺の聖痕や魂といったところから燃やしていくことになる。

 

そんなことをすれば当然俺の魂とか何とか呼ばれていくものは摩耗していくわけで。

 

「……けど、そんなのを気にしていたからユエは奪われた。ま、安心しろ。あんな奴、聖痕の力さえあれば瞬殺だよ」

 

問題はどうやってユエの身体からエヒトの魂を引き摺りだすか、その1点だけなのだ。だがそれも、あの瞬間土壇場で概念魔法を生み出せたことで目処は立ったのだ。

 

「ほら行くぞティオ。こっから先は反撃の時間だ」

 

俺はそれでも背中から離れないティオを背負って歩き出す。諦めるな、武偵は決して諦めるな。今回は受けに回っちまったけどな、俺は絶対にユエを諦めない。こっから先はこっちから攻め入る番だぜ。

 

 

 

 

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