セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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開戦

 

朝日が照らすはずの黎明の空は、今や魔物の軍勢によって赤黒く染められていた。空の虚ろからドロリと垂れ落ちるようにやって来たのは数千万にも及ぶかという魔物の大軍。地獄の釜は空に開いた、そう思わずにはいられない程の光景が俺達の視界には広がっていたのだ。

 

「───ッ!?総員!戦闘態勢!!」

 

ほぼ全ての奴らが呆気に取られているなか、いち早く立ち直り、大声で指示を出したのはガハルド。流石はこの世界最大の軍事国家を腕っ節で束ねている男だ。この程度で腰が抜けてしまうような、文字通りの腰抜け男じゃあないらしい。

 

そして人間族側が急いで戦闘態勢に移行しようとしている間にも空はさらにヒビ割れ、魔物の群れは累乗的に数を増していく。そしてその中には点々と、銀色に輝く何かが散見されている。事ここに来て、それが何かなんて当然決まっている───

 

「……使徒の数も半端ではない、か」

 

ガハルドが忌々しげにそう呟いた。

 

全く同じ顔同じ体格同じ装備をした、黄金比を備えた美しい女、氷より冷たい無表情と完璧に等しく調整された武装が近代兵器の趣きをすら漂わせるエヒトの被造物。それが数千数万と、赤黒い魔物の中で夜空に瞬く星のように己の存在を誇示しながら空の亀裂から降り注いでくるのだ。そしてその暴力の権化に対抗するように立ち上がったのは───

 

「勇敢なる戦士の皆さん!!恐れることはありません!!貴方方にはこの豊穣の女神がついています!!神の名を騙り、この世を滅ぼさんと牙を向いた邪神から人類を、隣人を!友人を!家族を!愛する人達を守るのです!!私達1人1人が勇者であり神の戦士なのです!!私達は悪意になんて負けはしない!!私達が掴み取るのは勝利のみです!!」

 

俺が渡した原稿通りに人間族達を煽る畑山先生。そのちっこい身体で精一杯に声を張り上げ、ここに集まった兵士達の士気を上げようとする。そしてその声に応えるのは───

 

「勝利を!!勝利を!!勝利を!!」

 

当然、ここに集まった奴ら全員だ。

 

「さぁ我が剣よ!かの邪神魔物達に我らの約束された勝利の証を見せるのです!!」

 

「……仰せのままに、女神よ」

 

畑山先生に促され、仰々しく返した俺は、空を埋め尽くさんと溢れ出る魔物共に向き合う。まだ随分と距離はあるものの、今の俺にとってはもうそこは射程範囲内だ。

 

片腕を空に掲げ、俺は裂けた空の更に上に巨大な──大型サッカースタジアムくらいの──魔法陣を幾つも作り出す。その陣は大きさも刻まれた紋様も、何から何までこの世界には存在しないものであり、動揺の声を聞かせる主はきっとこの場に集まった、この世界でも有数の魔法使い達なのだろう。さぁ、最後の戦いの開幕を告げる狼煙だ。派手にいかせてもらおうか!!

 

 

──水氷大魔流星群(アイシクル・メテオ)──

 

 

その魔法陣から飛び出すのは1つ1つが長さにして5メートル、1番太い中心部分の直径で2メートル程はある巨槍。それが数千発、空気の壁を突き破り、ソニックブームを発生させながら天の彼方より魔物や使徒を串刺しにし、引き裂き、破壊していく。使徒は分解の魔力での防御が可能ではあるが、そんなもの、完全に分解される前に速度と質量で押し切れる。

 

超音速の初速で俺の突き落とした氷の魔槍は魔物や使徒だけではなく、当然その真下の神山すらも撃ち砕く。土煙と血と臓物が混じり合い、赤茶色の嵐がこちらへと吹いてくる。だがそれすら押し返すような歓声が轟き、歓喜の渦が沸き上がる。

 

だが魔物はともかく、掃いて捨てる程いる使徒共をこれだけで殺し切るのはさすがに難しい。けれど、そんなことは当然こちらも承知である以上、別の手段も持ち合わせている。それでも俺はそれをこのタイミングで使うことは無い。1つ、眼下に見下げるコイツらに見せつけなければならないことがあるからだ。

 

「おい、誰が呼び始めたのか知らねぇけどなぁ、いつの間にか俺ぁ"魔王"なんて呼ばれ始めてんだよ」

 

俺の不意の演説に人間族達の視線が集まる。

 

「どうせこっちに呼ばれた奴らの誰かが態々広めやがったんだろうけどなぁ。俺の戦いぶりを見て魔王だなんて言ってんだったらそりゃあ甘ぇぜ」

 

俺の言葉に何人かがビクリと肩を震わせた。それはやはり異世界召喚組の奴らだった。あとはまぁ、ティオの爺ちゃんがそう呼んだのも大きいのだろう。このトータスでも俺に付けられた魔王の称号は瞬く間に人間族の間に広がっていたのだ。

 

「さて話は変わるが、アンタらも何となく分かりかけてきてる通り、世界っていうの数え切れないくらいあってな。俺ぁ実際いくつかの世界を回ったんだ。そして、とある1つの世界で俺は真に"魔王"の称号を得た」

 

俺はこの間にも常に氷の槍を空から降らせ続けている。それが使徒共や魔物を刺し貫き穿ち切り裂き破壊していく。

 

「これが、本当の魔王だ。1つの世界に魔王と認められた力───」

 

俺はその言葉の瞬間に全力の魔王覇気を発動させた。こっちで手に入れた固有魔法である威圧と使い勝手の似ているそれに指向性を持たせ、空の孔から湧いて出てくる魔物や使徒共にぶつける。そして今のこれはただ覇気を受けた奴の頭と精神を狂わせるだけでない、昇華魔法で1つ引き上げられたそれは、俺の放つ気配に強い恐怖を感じたものの心臓を止めてそいつに死を齎す、破滅的な力へと変貌していた。

 

そして、俺はそれを今も空に空いた孔から溢れてくる魔物や使徒へ向けて叩きつけたのだ。

 

 

───結果は墜落となって現れた。

 

 

空から放たれる氷の魔槍の雨は止んだ筈なのに上空の孔から出てくる魔物達が揃ってそのまま地面へと墜落していくのだ。それは明らかに生物の死で、そしてそれを齎しているのは俺だというのが直ぐに人間達に伝わったようだ。もっとも、使徒共にはそれ程効果が無い辺りは、確かに奴らには感情というものが希薄なのだろうなと思わせる。もしくは根本からして生物とは構造がことなるのか、だな。だが俺はそこには触れずに言葉を続けた。

 

「これが魔王だ。俺がその槍を降らせれば魔物風情が死滅するのは当然。けどなぁ、真なる魔王ともなりゃあただこの場に在るだけで魔物程度ならその呼吸を止める。いいか、今落ちてる魔物共は俺の女に手ぇ出したクソ野郎の末路だ。だからこの戦い……俺達の勝ちだ!!」

 

俺は人間族達の歓声を耳に入れることもなく新造した宝物庫から感応石を幾つも埋め込んだコントローラーを取り出した。そしてそれに魔力を注ぎ、先の魔法陣が占めていた空の更に上、成層圏へと控えさせていたアーティファクトを機動させる。

 

俺の手にあるコントローラーが光り輝いた瞬間───

 

 

───空から莫大な熱量を秘めた光が降り注いだ。

 

 

前にハイリヒで10万の魔物を蹂躙した太陽光集束レーザー兵器だ。それは俺と視覚が共有されており、義眼で空からの俯瞰映像を見ることができる。そしてそれが7機、今トータスの雲の遥か彼方上空に浮かんでいるのだ。

 

大規模な魔法陣を使わないために魔力反応すら希薄な太陽光の熱線は恵みの光ではなくただ熱量による殺意となって使徒共の不意を突いてその尽くを焼き滅ぼしていく。

 

だが空の亀裂は完全に孔となり、そこから使徒共がワラワラと湧いて出てきている。そいつらは上手いことレーザーの暴威から逃れ、一直線に天空の向こうにある光の柱の発生源へと銀色の翼をはためかせる。もちろん、それにも対策はしてあるわけだが……。

 

俺は更にコントローラーに魔力を注ぎ、レーザー兵器から二等辺三角形をした無数の、鏡のような物を散らした。まるでチャフのように使徒の周囲に漂うそれを訝しみながらも先ずは大口を開けている本体からだと高度を上げる使徒に対し、レーザーの照射を一旦停止、今度は集束させた極太レーザーではなく面制圧に優れた拡散性のレーザーを解き放つ。さらに瞬光を発動させている俺は散らばった小型兵器を操り使徒共を取り囲んでいく。そして使徒が一条の光を躱した瞬間───

 

 

───真後ろからその使徒の後頭部が消し飛んだ───

 

 

俺が展開したのは何もチャフなんかじゃない。そもそもそんなものが効果のある敵ではないからな。これは空間魔法と重力魔法で無理矢理レーザーの軌道を変え、奴らを太陽光線の檻の中で焼き貫き、切り刻むための兵器なのだ。だが光線というのは束ねなければあまり火力は出ない。拡散させた分だけ貫通力の弱まったレーザーでは使徒の銀翼による防御を貫けなくなった。動きこそ止められるものの、それはこちらも同じ。そこにピン留めするために新たに出てきた使徒に手を回せなくなるのだ。もっとも、こういう手詰まりを解消するための手段を用意する時間はあったのだが。

 

俺はコントローラーにまた魔力を注ぎ、太陽光レーザーの各親機からとある物を使徒達のド真ん中に落とす。それは太陽光レーザーのエネルギーを限界まで圧縮した熱量爆弾だ。宝物庫の原理を利用しており、自壊と共に溜め込んだエネルギーを発散させる。そして───

 

 

───空に太陽が7つ産まれた───

 

 

そう錯覚する程の光量と熱量が瞬時に発生し、その破壊力によって、拡散性レーザーに銀翼による防御を試みていた使徒や後続の使徒共を纏めて消し飛ばした。その破滅的な火力によって新たに出てきた使徒共も含めて討ち果たすと、俺はコントローラーを畑山先生へと渡す。こっから先は地上組で奴らと戦ってもらわなきゃいけないからな。太陽の兵器は豊穣の女神が操るに相応しいだろう。

 

当然と言えば当然だが、その爆発によってこちらに流れてきていた神山崩壊による粉塵はまた吹き飛ばされる。あまりの火力故にこちらまで熱量が迫る。ハイリヒ王国に展開されている3重の結界がたわむほどの衝撃をぶつけられたみたいだが、辛うじてハイリヒを焼け野原から救った。

 

「香織」

 

「うん、こっちは任せて。ミュウちゃんもレミアさんも、他の皆も、天人くんや雫ちゃん達が帰ってくる場所は私が守る」

 

「あぁ。頼んだ」

 

こっちに残って戦う以上、全く同じ顔の使徒共と間違われないように魔力光から髪の色から衣装から何から何まで黒を基調にした香織。俺はただ頷くと、重力操作のスキルでフワリと浮き上がる。今の先制攻撃でこちら側の士気は最大限まで高まっている。フワリと、何のアーティファクトもなく浮かび上がった俺にまたトータスの奴らの歓声が上がる。

 

俺は後ろを振り返る。そこには決意を漲らせたシア、ティオ、八重樫、谷口、天之河、坂上がしっかりとこちらを見据えていた。

 

「じゃあ行くか」

 

ちょっとコンビニへ、みたいな気安さで手を上げる。それに合わせて皆「あぁ」だの「はい」だの軽く返事を返してくる。この前は随分と好き勝手にやってくれやがったからな。今度はこっちが暴れ回る番だぜ、エヒト。

 

俺以外の全員は重力魔法で空を飛ぶサーフボードのようなアーティファクトを取り出し、一斉に飛び出した。俺も重力操作のスキルで合わせて飛び出し、先陣を切る。そうして空の亀裂に近寄ろうとすれば直ぐに使徒共が割り込んでくる。だがそんなもの、今の俺には道端の石ころ程の邪魔にすらなれない。

 

奴らの分解の魔力を氷焔之皇によって凍結し氷の魔槍で胸のど真ん中を貫く。それを俺達を止めようと取り囲んだ20の使徒全員に同時に行う。さらに現れた使徒が今度は相対すると見せかけて即残像を残しながら側面に回り込む。不意を打とうとしたのだろうが───

 

──使徒の背後から飛んできた紅の閃光に頭を吹き飛ばされた──

 

「ふぇ?」

 

「何じゃ?」

 

既にここは地上から5000メートル程は上空だ。そこへ下から狙撃するなぞ尋常ではない。シアとティオに疑問顔が浮かぶ中、俺は遠見の固有魔法で下を覗いた。するとそこには俺が配った電磁加速式アンチマテリアルライフルを携えたハウリア一族の若き狙撃手、パルがいた。確か今は必滅のバルトフェルトとか名乗っていた気がしたが多分気のせいだ。レキは古臭いドラグノフでの絶対半径が2000メートル以上あったし、それなりに訓練を積んだハウリア達なら、俺のアーティファクトを使えば5000メートル級の狙撃も可能だろう。

 

更に他のハウリアの狙撃手も同じアーティファクトを構えていた。なるほど、なら露払いは任せたぞ。ちなみにハウリアや人間族に渡した銃火器は全て電磁加速式だ。固有魔法や魔力操作がなくともそれを行えるようにした。要は帝国を潰す時にハウリアに渡したアーティファクトの応用だ。

 

身体強化で視力も強化したシアも自分の一族の姿を確認したようで、「どんどん人間離れしていきますぅ」と嘆いている。だが使徒共に意識を取られることが減ったおかげで俺たちは更に加速、遂にドス黒い煙を撒き散らす空間の裂け目に辿り着いた。そこで俺は宝物庫からとあるアーティファクトを取り出した。それは俺が作り出した神結晶に概念魔法を付与したものだ。そして付与された概念は───

 

──愛する女の元へ──

 

オルクス大迷宮で試したところ、シアと、あとこっそりティオにも使ってみたが2人共成功だった。ちょうどティオは空を飛んでいたおかげでバレずに済んだのだ。だが残念なことにリサの元へは行けなかった。恐らく、俺が1人で作った概念魔法では意志の強さはともかく魔法の精緻なコントロールに欠けるのだろう。どうやら俺1人ではやはり世界を越えることは難しいみたいだ。だが距離は無視できる以上は神域に乗り込む為にあの亀裂まで近付き、そこにこの鍵をぶっ刺せばまだ可能性はあるはずだ。そして実際、亀裂の中に鍵は刺さった。後は魔力を込めて回すだけだ。俺は即座に限界突破を発動。一気に魔力を注ぎ込む。もちろん、亀裂からは銀色の剣が俺を刺し貫き引き裂かんと次々に現れ、()()()()()()()()()()()。だがそれらの処理は他の奴らに任せる。分解の魔力は俺の氷焔之皇で無効化できるが今の俺にはただの剣であっても凶器になっているのだ。

 

何せ今は地上の守りの為に俺の中のアラガミのオラクル細胞を変質者で分離させ、生成魔法や昇華魔法程ではないが、それなりに適性のあった変性魔法でハンニバルとディアウス・ピターを1体ずつ作り直して配備しているのだ。おかげで神機を取り込んだ左腕以外のオラクル細胞は殆ど体内から消えてしまっている。どうやら元々完全にオラクル細胞はコントロール下にあった上に変性魔法で手を加えたおかげで、放っておいてもこの世界にアラガミが大量発生するということはなさそうだったのは助かった。

 

そんな訳で、今の俺は物理攻撃への絶対的な耐性を無くしているのだが大した問題ではない。エヒトの攻撃は魔法の類ばかりだったし使徒も、今この瞬間以外は近付けさせることなく殲滅できるからな。

 

 

───そしてその時はやって来た。

 

 

魔力を込めた鍵が遂に時計回りに回り始めた。神域(ユエ)地上()を繋ぐ扉が開く───

 

 

 

───────────────

 

 

 

そこはただただ極彩色だった。

 

俺達が辿り着いた場所は魔物や使徒共が出入りに使っている場所とはまた別の空間のようだった。概念魔法という横紙破りの方法で突入したからなのか、エヒトの妨害があったからなのかそれともこういうものなのか、それは分からないがともかく転移した瞬間に魔物や使徒が殺到、なんてことはなくて良かったと思うべきか。そして今俺達が立っているのはそんな極彩色に包まれた、果ての無さそうな、永遠や無限を思わせる空間に1本だけ伸びた純白の通路だった。だが下を覗けばそこにも極彩色の無間地獄。ここは通路というよりも、壁の上、という表現の方が正しい気もする。

 

ともかく俺は羅針盤を取り出し、ユエのいる場所を探し当てる。どっちにしろこの白亜の通路を通り抜けなければならないようで一先ずは羅針盤に従って歩き始める。そして数十分程だろうか。伸びた通路を真っ直ぐに歩き続けていると突如四方八方から銀色の魔力光が目に痛い砲撃が飛んできた。それは俺以外の全員をターゲットにしたものだったのだが───

 

「……これ、本当に凄いわね」

 

八重樫が感心したように呟く。本来必殺のハズの分解の魔力を込められた魔力の塊による砲撃は俺達を撃ち砕くことなくダイヤモンドダストとなって雲散霧消したのだ。そして、その魔力の全ては俺の中へと還元されている。

 

 

 

──氷焔之皇(ルフス・クラウディウス)──

 

 

 

この究極能力の本質は魔力やスキル、魔法の凍結、燃焼、変換ではない。それらは確かにこのスキルの根幹たる権能ではあるのだけれど、このスキルの本質は俺ではなく、他者を守ることにあるのだ。そもそも俺はこんなスキルでわざわざ守ってもらう必要は無いのだから、俺がこれを持つ意味は殆ど無い。

 

だがリサは違う。リサは戦う術も身を守る術もない。だからこそ俺にはこのスキルが発現したのだ。守りたい者を守る。それがこのスキルの本質。奴らは前の戦いでこのスキルの本質を誤ったのだ。だからこうして完璧なハズの不意打ちを無駄にした。

 

喰らえば確実に死ぬ筈の分解の砲撃を前にシアの未来視が発動しなかったのはそういうわけだ。今この場にいる全員には俺の氷焔之皇が掛けられていて、魔法に対する絶対的な防御力を備えているのだ。

 

完全なる不意打ちによる分解の砲撃すら無傷で凌がれたことで次の手に移行しようとするのか極彩色の空間から波紋を広げながら、迫り出すように使徒共が現れた。その数は50以上。既に全員が銀色の魔力光を纏っておりその殺気は完全に引き絞られている。

 

エヒトから情報の共有がされていないのか、何か秘策でもあるのか。態々姿を見せた使徒共に俺が警戒のレベルを上げた瞬間、使徒共も一斉に襲いかかってきた。

 

───俺以外の全員に。

 

なるほど、自分らでは俺には勝てないと考えてそれ以外を徹底的に狙う作戦なのだろう。しかもただ勢いに任せて突っ込んでくるのではなく、フェイントを入れながらどれが誰を狙うのか分かり難くしている。けれど、それでもまだ足りないんだよ。

 

──氷焔之皇──

 

──絶対零度──

 

仮に魔力を凍結されてもその刃で首を刎ねようとしたのだろうが、お生憎様、俺の魔法は氷焔之皇と氷槍だけじゃないんでな。使徒共はその尽くがその全身を凍てつかせ、全身を砕け散らばらせながら無限の色彩の中へと墜落していく。何か対策でもあるのかと思ったが、拍子抜けだな……。

 

「……ここって一体どこなんだろうな」

 

ド派手な色の中へと消え去った使徒共を見て感じた違和感に思わず零れた俺の呟きに反応したのはシアだった。

 

「それはこの神域がどこにあるのか、ということですよね」

 

「あぁ。使徒共の残骸は下に向かって落ちていった。それに、今も俺達ゃしっかりと身体に重力を感じてる」

 

それこそが俺の感じる違和感。

 

「……それは、普通じゃないのか?」

 

天之河が頭にはてなマークを浮かべている。他の召喚組も似たような顔だ。

 

「いやいや。ここはトータスでも地球でもないはずだろ?ていうか、どっかの惑星ではないだろうよ」

 

「まぁ、それは分かるけど。多分、エヒトが作った世界というか空間なんだろ?」

 

と、天之河が続けた。

 

「だろうな。……でだ、重力なんてもんはただの自然現象だ。まぁ細かい理屈はよく知らないから置いておいて……。ともかく、ここが完全にエヒトの作った世界だと言うなら別に重力なんて要らないだろ」

 

「それはそうだけど、そういうのってあった方が何となく安心しない?」

 

と、雫が首を傾げながら疑問を口にする。

 

「あぁ。だからあの城で俺がエヒトに言ったろ?」

 

「エヒトは元々人間、という話ですか?」

 

「そう言えば、あの城でも前は人間であったようなことを言っておったのじゃ」

 

「そういうことだ。ま、今が人間かどうかは怪しいけどな」

 

あの台詞で言質は取れたが、エヒトの野郎は結局どこまでも人間臭さが抜けていないようだ。

 

「俺達は、神様なんかじゃなくて、人間の手のひらの上で転がされてたってことなのか……?」

 

「ま、あの底意地の悪さは神より人間って感じだろ。あとセンスも悪い」

 

「……センス?何の?」

 

と、雫が頭に疑問符を浮かべている。

 

「ほら、使徒共だよ。アイツらの、見た目だけ見た時にどう思った?」

 

「そうね、こんな綺麗な人間がいるのかしら、っていう感じかしら」

 

「だろうな。アイツらさ、前に香織の身体に使う為に拾った時にさ、ちょっと気になったから測ったんだよ」

 

「……何を?」

 

「……そう警戒すんなよ、雫。何って、普通に身体とか顔のパーツの大きさの比率だよ。定規とか無いから、目測の部分は大きいけどな」

 

「主よ、それは……」

 

「そうよ、女の人の身体になんてことしてるのよ……」

 

ティオと雫、谷口がドン引きしている。シアは「へぇ」と、あまり興味無さそうな顔だ。まぁ、正直非難されるかなとは思ったけどね。顔面の下半分をぶっ飛ばした使徒の死骸持ってった時もかなり反応悪かったし。でも気になるじゃん、あんなに完璧に作られてたら。

 

「まぁ作りもんだし……。で、だ。結果、アイツら完璧な黄金比率で作られてたんだよ」

 

「黄金比率って、黒目と白目の割合がどうだとか、そういう?」

 

雫が日本のテレビCMで聞いたような言葉を並べる。

 

「そうそれ。アイツら、全身隈無く"最も人体が美しいとされる割合"で構成されてたんだ。で、それ作ったのがエヒト。センス悪すぎにも程があんだろ」

 

「それは、綺麗に作られてるんだから良いんじゃないのか?」

 

「あ?分かってねぇな天之河。人間、過不足があるから魅力的なんじゃねぇか。背が高いだの低いだのなんだの、な。それが人の好みってやつだろう?で、黄金比率ってのは基本的には誰が見ても美しく見えるっていう数字の問題なんだよ。だから綺麗なだけなら知識だけあれば誰でも作れるわけだ」

 

ある意味、そこだけは神様っぽいけどな。

 

「多分黄金比率をそんな風に言うのは貴方だけよ」

 

ボソリと呟かれた雫の嘆きは誰に拾われることも無く、俺達はこの白亜の通路を更に羅針盤に従って歩き続ける。すると、極彩色に囲まれた空間を抜けた先にあったのは廃墟と化した街並みだった。それも、トータスのような中世ヨーロッパを思わせる風景ではない。むしろ俺のいた地球の、それも都心部を思わせる高層ビル群が建ち並んでいた。とは言え廃墟は廃墟、摩天楼の輝きは失われ、ガラスは全て砕け散っていた。

 

「これはいったい……」

 

「ふん、どうせエヒトの野郎が滅亡記念にでもしたんだろうさ」

 

舗装されていたと思われるアスファルトのような地面も砕けたり盛り上がっていたりとまるで地震と水害が一遍にやってきたみたいな有様だ。

 

俺達は廃墟となった都市を眺めながらも羅針盤の導きに従って歩みを進めていく。だがその途中、シアがドリュッケンを肩にトントンと当てながら周りを見渡していた。ポツ、ポツ、と視線を止めながら、だ。どうやらそこに敵が隠れ潜んでいるらしいな。

 

「囲まれてますけど、どうします?」

 

「どうするって、こう?」

 

取り敢えず俺はシアが視線を止めた場所の真上の空中と真下の地面に魔法陣を展開。そこから氷の槍を射出する。上下から挟み込むような氷の槍の雨に既に廃墟と化していた建物は完全に崩壊。その砂煙に混じって血と臓物の臭いが漂ってくる。

 

「ちょっ!?恵里は大丈夫なのっ!?」

 

「えりりーん!?」

 

俺のノータイムの攻撃に雫と谷口が慌てふためいてる。ま、そんなに焦んなって。

 

「あ?そりゃあ愛しの光輝くんを手に入れるまでは中村も死ねねぇだろうよ」

 

「そういう問題じゃないでしょ!?」

 

「じゃあどういう問題なのか、本人に聞いてみろ」

 

ポカンと、大口を開けている女子2人を放っておいて俺は瓦礫の中へ拳銃を発砲する。だが俺の超音速の銃弾は何を破壊するでもなく土煙の中へと消え去った。代わりに出てきたのは背中から灰色の翼をはためかせ、同じ色の魔力光を纏わせた中村本人だった。

 

「よう中村」

 

「えりりん!!」

 

「恵里!!」

 

「恵里っ!!」

 

俺の呼び掛けに、谷口、雫、天之河が続く。だが天之河以外の呼び掛けは、中村にとっては不快極まりないようで、眉根を顰めていた。そして、奴の目線には絶対的な脅威である俺と、愛しの光輝くんしか映っていないようだった。

 

「……本当に、邪魔な化物だよね」

 

「……お前が俺の(香織)を巻き込まなけりゃ、俺は天之河を羽交い締めにして洗脳に協力してやってもよかったんだぜ?」

 

俺の言葉にギョッとした顔で勇者組がこっちを見る。だってなぁ、そっちの世界のことは俺には関係無いし。

 

「ま、それももう言っても詮無いことだ。お前は巻き込んじゃいけねぇ奴を巻き込んじまったんだ」

 

やはり俺の掛けた究極能力はエヒトによって解除されているようなので、再び氷焔之皇を奴に行使しようとする。だが───

 

「……待って神代くん。こっからは鈴達だけでやらせて」

 

それは谷口に待ったを掛けられた。ま、確かにそれが筋ってもんだろうよ。

 

「それと、今鈴達に掛けてもらってるスキルっていうのも外してほしいんだ。なるべく、えりりんとは私達の力だけでやりたいから」

 

俺から受ける協力はアーティファクトまで、ということらしい。

 

「……武偵憲章4条、武偵は自立せよ、要請なき手出しは無用のこと。……うん、一応アイツには効くみたいだし、いいよ。好きにやれ。……ただし天之河、アイツの目的はお前だ。洗脳なんてされんなよ?」

 

という、俺の挑発的な言葉に天之河はしっかりと落ち着き払った顔で言葉を返す。

 

「あぁ。分かってる」

 

「つー訳だ、中村。俺はここでお前の邪魔をする気は無い。こっちだけ先に行かせてもらう」

 

「……ふん、いくら光輝くんが居たってお前がいないのなら何の問題もないからねぇ。行っちゃえばいいさ」

 

と、中村はつい、と目線で自分の後ろを指し示した。そうかよ、なら遠慮なく通らせてもらうぞ。

 

俺はシアとティオに目配せして、一応奇襲には警戒しながらもその場を通り過ぎる。結局、次の空間へ移るまで後ろから冷たい殺気を浴びせられることはあっても何かその敵意が形になって俺達の元へ向かってくることはなかった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

中村の居た廃墟の空間を通り抜けた後、俺達は更に幾つかの空間を通り抜けた。その間にも散発的に魔物に襲われたりはしたのだが、シアもティオも、世が明けるまで刹波を付与された鉱石で引き伸ばされた時間の中で修行と調整をしていたため、奴らはその成果の実地確認程度の働きにしかならなかった。

 

そうして、辺り一面海のような景色だった空間の中にポツンと浮かんでいた小島から別の空間へと跳ぶとそこには───

 

 

「久しぶりだな、神代天人」

 

 

あの魔王の城で俺に殺された筈の魔人族(フリード・バグアー)が銀の翼と髪を靡かせ、巨大な白竜と、数えるのも馬鹿らしい程に大量の灰色の竜や魔物を侍らせながら待ち構えていた。

 

「……落ち着けお前ら。死体の処理を忘れたのは俺のミスだった」

 

死んだと思っていた男が目の前に現れたことでシアとティオに動揺が走る。だから2人の肩に手を置き、呼吸を落ち着かせる。恐らく俺が消滅させるのを忘れていた奴の死体を、エヒトが使徒に持ってこさせたのだろう。奴は神代魔法の様なものが使えるようだし、それで擬似的に甦らせただけだろうよ。だったらここでもう1度殺し尽くすだけだ。俺は強化の聖痕で引き上げられた昇華魔法を用いれば今や神代魔法すら無効にできる氷焔之皇をフリードに仕掛ける。だが───

 

「……ふ、ふははははははは!!どうした?虎の子の封印魔法なのだろう?それが効果を現さなかった気分はどうだ!イレギュラーよ!!」

 

「……」

 

俺は無言のまま奴の全身を串刺しにすべく氷の槍をアイアンメイデンよろしく奴を囲うように撃ち放つ。だが流石にこう何度も使っていれば俺の手の内も読めてくるようで、先んじて展開していたらしい空間魔法により作り出された障壁に阻まれて魔槍が弾かれ、底の見えない奈落へ落ちていく。……今はまだ、他の手を見せる時ではない。

 

「何度貴様と戦ったと思っているのだ、イレギュラー!手の内なぞ既にお見通しなのだよ!!」

 

フリードは随分と得意気に胸を張っているが、奴は俺の聖痕の力は知らない筈だ。例えエヒトから教えられていたとしても、その真髄までは知りはすまい。ならば神代魔法なんて一瞬で打ち砕いてやろうかと拳を構えるが、その瞬間にシアとティオが前に出た。

 

「天人さん、コイツらは私達に任せてユエさんを」

 

「こんな奴ら、妾達だけで充分じゃ」

 

と、それぞれが得物を構えて交戦へと備えている。だがそれを見たフリードはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「……ふん、確かに私は主よりイレギュラー達がここへ来たらイレギュラー"だけ"はそのまま通せと仰せつかっている。貴様をこの手で嬲り殺せないのは口惜しいが神命とあらば仕方あるまい。だが───」

 

フリードがパチンと指を鳴らすと、大小幾つもの島が浮いているこの空間で、まるで世界を支えているかのようにそびえ立っていた支柱が輝き出した。俺の義眼には照度なんて関係無くこの空間に大量の魔物が呼び出されているのが映っている。そして、光が晴れた時、そこには最初にいた魔物に加えて更に数えるのが馬鹿らしくなる数の魔物が現れていた。当然俺はそいつらにも先制攻撃を仕掛けるが、それも空間魔法か何かで防がれてしまう。一応俺への対策はしてきているらしいな。

 

「言っただろう?貴様のやり口は把握していると」

 

別に、フリードが俺を通せと言われていからといって俺がそれに従う必要性はどこにもない。むしろ全員でここを突破して3人揃ってエヒトの元へと向かった方が良い。だが俺の思惑なんて軽く吹き飛ばしてくれるのがここにいる奴らなわけで……。

 

「天人さん、ここは任せてください。天人さんはなるべく万全の状態でユエさんの元に」

 

「そうじゃ、この程度の奴ら、妾達2人で充分じゃと言っておろう?」

 

再び、任せろという彼女達に俺が口を開こうとした瞬間───

 

「っ!?」

 

俺に光の柱が舞い降りた。

 

これはエヒトがユエを乗っ取る時に使ったやつか。俺が即座に白焔の聖痕を開こうとすると、それを制するようにフリードが口を開く。

 

「その光の柱は貴様の最愛の元へと繋がっている」

 

……なるほどな、俺がみすみすシアとティオを魔物の群れの中に残して1人でエヒトに挑み、そして散れ。そう言いたいのだろう。いいさ、俺も2人を信じるって決めてるからな。武偵憲章1条、仲間を信じ、仲間を助けよ、だ。

 

「シア、ティオ。俺はお前達を信じてる。だから思う存分暴れてやれ」

 

「はいですぅ!」

 

「承知しておるのじゃ!」

 

俺の身体が光の中へ溶けていく。待ってろユエ、お前は俺が絶対に助け出してやるからな。

 

 

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