セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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シアとティオ、その戦い

 

オスカー邸での神代天人との訓練はシア・ハウリアにとって彼という存在の見方が大きく変わるものであった。

 

元々彼女の戦闘の師匠はユエであり、時たま彼が修行に加わることもあったが、彼は射撃の感覚を鈍らせないようにと1人、もしくは多少の負傷であれば直ぐに回復するユエと訓練を行うことがほとんどだった。それに、香織が仲間に加わった後は彼は香織に付きっきりで訓練を施していた為、余計にその傾向が顕著だったのだ。

 

そのせいかシアは勘違いをしていたのだ。実際に魔物達と戦う時に求められるような、総合的な戦闘力では敵わないにしても、アーティファクトの性能や固有魔法に依らない近接戦闘技術に限った話であれば既に自分は神代天人よりも強いはずだと。

 

だがその幻想は引き伸ばされた時間の中での、オスカー邸で行われた近接戦に限定された模擬戦であっさりと砕かれた。

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……あ、あれ……?」

 

「どうした、意外そうな顔して」

 

こちらの攻め手が全く当たらないのだ。躱されたり弾かれたりする程度ならまだマシだ。そもそもドリュッケンや蹴り脚を振ろうにも、まず振るわせてすらもらえなかった。こちらが攻勢に出る前にその出足を先回りされ尽く潰される。文字通り手も足も出なかった。そしてそのまま身体強化に回した魔力が時間と共に延々と削られていき、遂には未来視どころか他の神代魔法を1度たりとも使ってすらいないのに魔力切れを起こしてしまったのだ。

 

「使徒共と殺り合おうってんだ。これくらいやらせてもらうさ」

 

「……もしかして、今まで香織さんとやってた時も手加減してました?」

 

「ある程度は合わせないとトレーニングにならんだろうが」

 

今まで、シュネー雪原の大迷宮で彼の記憶を垣間見た時ですら神代天人の戦闘は力押しの大味なものが多かった。魔物との戦いでも強力なアーティファクトで一網打尽にする方法を多く採っていたから、シアの中で天人はてっきりそういう戦闘しか出来ないのだと思っていたのだ。だがこれこそ神代天人の本気。少なくともその戦闘技術の粋がここにあるはずだ。

 

「でも、今の私なら天人さんでも全力を出せるくらいには強くなったということですよね?」

 

「全力……?はっ、そういうのは俺に聖痕を使わせてから言ってくれ」

 

「……上等っ!!です───ぅっ!?」

 

シアがドリュッケンを手に跳ね上がり、天人へ1本踏み込もうとしたその瞬間、顎を強かに打ち抜かれる痛みと舌を喰い千切られた痛みが走った。それと同時にシアの視界が揺れながら真上に跳ね上がり、その先に何やら薄ピンク色の肉のようなものが舞っている光景が見えた。

 

(あれ……私のベロです?)

 

シアの思考がそこに思い至った瞬間、暖かな光が彼女を包み、後ろに倒れると共にその光が晴れた。思わず自分のベロを確認したところ、さっきの痛みと光景は悪い夢だったかのように飛んだと思っていたベロはキチンと元々の長さを保っていた。

 

「戦闘中にベラベラ喋るな。舌千切れるぞ」

 

天人が両手に握った長刀のうち、左手側の刀で指し示した所には、小振りなベロの、その先の方と思われる肉片が落ちていた。どうやら柄で顎を強かに打ち据えられて自分の歯でベロを噛みちぎったようだ。

 

さっきの光は再生魔法を付与したアーティファクトで即座に傷を再生されたのだろう。おかげでシアは今、残されたベロが喉に詰まって窒息せずに済んでいるのだと気付いた。

 

──まだ圧倒的に足りない──

 

今のも固有魔法である縮地ではないのだろう。そんな魔力は感じられなかった。単に歩法でシアの虚を突いて、まるで目にも止まらぬ早さだと錯覚させられただけ。だがこれが今の自分と天人の差なのだろうと、シアは心の中でゴチた。

 

「さて、トレーニングの基本は反復練習だ。今の模擬戦で何が足りなかったのかイメージしながらまた掛かってこい」

 

天人が長刀を手に持ちながら指先でチョイチョイと挑発する。シアはドリュッケンを握り締めながらも、脚に力を入れて、今度は無言で立ち上がる。次に戦闘中に口開こうものならベロを己の顎で噛み千切されられながら喉笛を掻き切られかねない。使徒との戦闘では気合いの咆号すら隙になるということだ。

 

大好きな、それこそ愛していると言っても過言ではないユエを取り戻すためなら、シアは何だってやってやると誓ったのだ。ただでさえエヒトとの戦闘を天人に押し付ける形になる可能性があるのだ、使徒の100や1000くらい、1人で片付けられずにどうするのだと、自分に強く言い聞かせた。シアはその意思を込めた相棒を握り締め、また長刀を構えた愛する男へと飛びかかっていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

白金色の魔力光を纏った使徒共をドリュッケンに仕込まれたスラッグ弾で振り払いながらシアは彼女らとの距離を取る。直ぐに別の角度からも分解の魔力を込めた砲撃が飛んでくるがそれもブーツに仕込まれた空力を利用して躱す。そのまま浮遊島の1つに降り立てばまずは下方からの攻撃は制限できる。だが当然、そうなれば使徒共も下方以外からシアを囲むように同じ島に降り立つ。下からの攻撃が出来ないということは、シアも重力魔法を使っての下方への回避は出来ないのだから。

 

使徒の1人──確かエーアストと名乗っていた奴だ──が何やら呆れたような眼差しを送ってくる。天人曰く、彼女らは自称で感情が無いと言っていたようだが、どうにも彼女らはそう言う割には表情が豊かに感じる。発する言葉の節々にも所謂"感情"というものが感じられるのだ。だがそんなもの、事ここに於いてはシアには関係の無いことだ。シアはただ、奴らを叩き潰し彼女の愛する男と大好きなあの子の元へと馳せ参じなければならないのだ。その為にコイツらは邪魔だ。そして邪魔者は潰す、ただそれだけ。

 

そして、シアの怒りの理由はそれだけではない。先程から彼女らの纏っている白金色の魔力光、色こそ変わっているがシアが見間違えるはずがない。感じられないはずがない。それは自分が敬愛し、親愛し、溺愛している同類にして師匠にして姉にして───

 

──同じ男を愛した女、ユエのものなのだから──

 

それがシアの怒りを青天井に突き上げていく。余りにも余りある殺意で()()()()()()()()アーティファクトが砕け散りそうだった。だからその怒りを握力に、殺意を膂力に昇華させて目の前の敵を打ち砕く。

 

シアは天人が新調した宝物庫から試験管のようなものを虚空に取り出し、口で直接捕まえると中身を一気に飲み干した。だがこれが経口摂取である以上、いくら即効性があると言っても浸透には多少の時間がかかる。故にシアはその時間を稼ぐ。

 

「……それ、ユエさんの魔力ですよね」

 

そのシアの声は恐らくこの世界の誰も聞いたことがないくらいに冷たかった。当然だ。こんな冷徹で冷え切った感情なんてこれまでの旅で抱いたことはなかったからだ。それにこんな声、天人やユエ達にはとてもじゃないが聞かせられないし、聞かせたくもない。

 

「正確には、我が主たるエヒトルジュエ様のものでしょう?今や───」

 

「───クソッタレ共、よく聞きやがれですぅ。ユエさんの身体も、魔力も、髪の毛1本から魔力の1滴に至るまで、その全てはユエさんと天人さんのものです。お前らのものなんて何1つとして存在しないんですよ」

 

「ふん、戯言を。主に手も足も出なかった雑魚共が何を───」

 

「───レベルⅤ!!」

 

エーアストの言葉はシアにより遮られる。大声でそれを唱えたのは単にそこから先を言わせたくなかったからだ。そしてその言葉は身体強化の固有魔法を昇華魔法でさらに引き上げるものだ。本来シアは魔力1に対して身体能力への変換は3が限界だった。だがそれを昇華魔法でさらに引き上げる。それでも4。だが今のシアは魔力1に対して身体能力への変換効率は5だ。

 

今さっき飲んだ液体こそがそんな無茶を可能にし、シアに更なる限界を越えさせるものだった。天人が人体に無害な鉱物に昇華魔法を付与し、それを細かく細かく分解して水に溶かしたもの。大地を踏み割り、天人の作ったアーティファクトによって引き伸ばされた膂力によってドリュッケンをエーアストに叩き付ける。

 

これまでよりもさらに突き抜けたシアのパワーに一瞬戸惑うエーアストだったがそれでもまだパワーでは彼女の方が上だ。だが───

 

──レベルVI──

 

シアが喉の奥でそう呟いたのがエーアストにだけは聴こえた。そしてシアは重力魔法を乗せたドリュッケンを思いっ切り振り回し、迫って来ていた他の使徒達を弾き飛ばす。さらにその吹き飛ばされた使徒の1人──ツヴァイトと名乗っていた──の眼前に鉛色の巨躯が迫る。それは淡い青色の魔力光を纏っており、強化された白金の使徒をして、本来刃で受けなければ簡単に折れてしまうはずの剣という武器の特性をかなぐり捨てでも、面積の大きい腹で受けることを選択させた。

 

だが当然、この選択にも意図はある。使徒の剣である以上は分解の魔力を纏わせているし、何より剣の強度自体も業物なんて言葉では言い表せないくらいのレベルにある。それであるならば、兎人族の一撃くらいは受け止めてやるという判断だった。しかしツヴァイトは思い出すべきだったのだ、シアが誰の元で修行していたのか、誰がこの鉛色のアーティファクトを作成したのか。そして何故、このアーティファクトはさっきまでの戦鎚ではなく十字に刃の付いたメイスなのかということを───。

 

 

───ゴォォォォォンン!!

 

 

シアが新たに手にした大質量の十字刃のメイスに魔力を注げばその機能は轟音と共に炸裂した。

 

メイスの先端から飛び出たのはシアの魔力光である淡青を纏いながら高速回転した鉄杭だった。付与された纏雷による電磁加速だけではない、そもそも杭を射出するのにも縮地が利用されており一瞬で爆発的な加速が可能なのだ。そして、炸薬による発射機構を使わずに魔力でもって杭を射出するこれは、単純な構造故に強度にも優れる。

 

それが破滅的な速さでツヴァイトの構えた1対の大剣の腹を突き破り、そのまま顔面ごと撃ち砕かんと迫ったのだ。だがツヴァイトもその瞬間に首を捻り、端正な顔に大きな切り傷を、絹糸のような髪の毛を1束持っていかれる程度で致命傷を避ける。

 

そしてシアの放った魔杭が通り過ぎた瞬間には正面に構えたツヴァイトは白金色の砲撃を放ち、上空からドリットと名乗った使徒が、左右からはフィーアトとフュンフトという使徒が白金色の羽をガトリング砲のように乱れ撃つ。さらにツヴァイトの射線を避けるように背後からエーアストが両の大剣でシアを斬り裂こうと迫る。その3次元的な攻撃に逃げ場なぞない。武器を盾にするには手が足りない。使徒達が取ったと確信したその時───

 

「───ッ!?」

 

全ての攻撃がシアを素通りしたのだ。

 

──半転移──

 

3次元的に逃げ場が無いのであれば自分の存在する位相をズラしてしまえばいい。そうすれば他からの干渉を受け付けないで済む。本来であれば空間魔法の出来損ないであるこの手段は、魔法の適性がないシアが天人からもらった昇華魔法の水を飲み干してやっと発動ができる代物であった。

 

だがそれだけに魔力消費も膨大……ではあったが消費の激しい神代魔法を使うのであれば当然その補填も考えられていた。シアの両手首と両足首には神結晶で作られた魔力タンクが巻かれている。

リストバンドの中に埋め込まれたこれらはそれ1つで半転移4回分の魔力が込められているのだ。それが片方の手首と足首に8つずつ埋め込まれている。さらにシアのブーツには空力と縮地が付与されているが、このブーツにも当然魔力タンクが外付けされている。その他にも天人は有り余る時間で神水すらも発生させており、当然それを詰めた試験管もシアは渡されていた。故に未来視や半転移のような魔力消費の激しい神代魔法も躊躇無く使えるのだ。

 

だがシアの益にしかならない情報であったとしても敵に悟られるなかれ。手札は隠してあれば隠してあるだけ良いというのが天人の考え方だった。だからこそシアはここぞというタイミングになってようやくこれを使ったのだ。本来ならもっと使える場面はあったのだ。だが多少の手傷を負ってでもこれが奥の手だと思わせた。もう伏せ札は無いと思わせてその裏を搔く、シアはこの時確かに天人の教えを守っていた。

 

そして、使ったままではこちらからも動けない半転移を解きながら瞬時にメイスとドリュッケンを取り替えるとそのまま衝撃変換を仕込んだ炸裂スラッグ弾を撒き散らしながらドリュッケンを振り回す。周りの使徒をそれで牽制し、その隙に大剣を失ったツヴァイトの顔面をその白魚のように白く細い指がまるで万力のように捕らえ、締め付ける。

 

──レベルⅦ──

 

シアの喉の奥で響いた言葉は果たしてツヴァイトには届いたのか。

 

だがそんな仔細なことはシアには関係無い。そのまま再び大地を踏み割らんとする勢いで踏み込み、駆け出し、空気の壁を突き破った勢いで地面から隆起していた大きな岩にその端正な頭から叩き付けた。流石に強化された使徒だけあって砕かれたのは頭蓋骨ではなく岩の方だったが、シアもこんなことで使徒を倒せるとは思っていない。そのままドリュッケンから炸裂スラッグ弾を撃ち続け、その壮絶な衝撃波の嵐の中に閉じ込めて磔にする。そうしている内に背後から他の使徒達が向かってくることを察したシアは宝物庫から巨大な金属塊を取り出し、そこに空いた穴に柄を伸ばしたドリュッケンを填め込む。そうして超巨大な1つの戦鎚を作り出すとそれを振り上げ、戦闘前に填めたマウスピース──天人が贈ったものだがこれはただ頑丈である以外に()()()()特殊な機能は無い。本当にただのマウスピースに近いものであった──が砕けんばかりに歯を食いしばり、ツヴァイトに向けて振り降ろす。

 

当然ツヴァイトも白金の翼で分解による防御を試みるがこの打撃面には奈落の底でユエを戒めていた封印石が使われており、その効果とシアの膂力、金属塊の持つ重量により分解する間もなく逆に魔力が分散され、翼ごと消されてしまった。だがシアの目線からそんなものは見えておらず、また、仮に見えていても手心なんて加える気は更々無い。

 

シアはそのままその外付けのドリュッケンの打撃部に魔力を送り込み、そこに仕込まれたギミックを作動させた。

 

この超大型の外付け戦鎚は打撃面が回転するようになっており、その形状はトンネルや何かを掘る際のシールド工法で使われる削岩機を模しているのだ。

 

硬い岩盤を削り進むことを前提とされた形状で人体を抉ればどうなるのか、考えるまでもなくツヴァイトはその全身を引き千切られて、死体と地面の区別なく果てるのみであった。

 

だが同胞の命なぞどうでも良いかのように他の使徒達はシアに殺到する。少なくとも使徒共の視界には、膨大な魔力が込められた両手首のリストバンドが見えていた。であるならばあの半端な空間魔法による緊急回避術もあと何度かは使用可能だろうと踏んだ彼女らは魔力消費以外の弱点も見抜いていた。つまり、あれで透けている間は向こうからも攻撃や移動が出来ないという点。

 

エーアストとドリットがシアの逃げ場を塞ぐようにその4本の大剣を振り抜く。他の2人は時間差でかつ逃げ場のない高低差を付けた分解の魔力による十字砲火(クロスファイア)の構え。だがシアがその致死の斬撃に対して行うのは多少のダメージ覚悟での回避でも半転移による瞬間的なすり抜けでもない。

 

───ただ己の肉体によってその斬撃を受け止める!!

 

 

──鋼纏衣──

 

 

技に名前を付けることにあまり積極的ではない天人に代わり、シアがそう名付けたこれは己の肉体を文字通り鋼鉄のように硬質化させる変成魔法。分解の魔力に完全に抗うことは出来ずに薄皮が切れる程度には刃が食い込むがだがそこまで。シアの肉体を使徒の刃が斬り裂くことはない。その代わり、使徒にとって忌まわしきあの形に、シアの唇が動く。

 

──レベルⅧ──

 

驚愕する使徒には目もくれず、シアは全身の回転運動によって使徒の大剣を振り払い、両腕を跳ね上げられ無防備な胴体を晒したエーアストの細い腹に回転の勢いそのままにドリュッケンを叩き付ける。

 

吹き飛ばしたエーアストには目もくれず、回転しながらドリュッケンを十字刃メイスに取り替えたシアは空間魔法を纏わせたその刃でドリットの肉体を逆袈裟斬りに引き裂いた。さらに一瞬タイミングを遅らせて放たれた分解の十字砲火をブーツに仕込まれた縮地と空力、天啓視によって全て躱していく。

 

他の浮島に降り立ったシアに対し、フュンフトが重力加速の力をも利用して迫る。だが───

 

──レベルⅨ──

 

ステータスプレート上での数値でも遂にシアが白金の使徒を凌駕した。そして激突するシアとフュンフト。だが上空からという位置エネルギーを得た一撃でさえもシアは受けきってしまう。その衝撃に地面の方が悲鳴を上げ、クレーターを生み出すが、それでもシアは膝を付きはしない。この程度では決して屈してなどしてやるものかと、その瞳は語っていた。そして、その瞳の輝きを見てフュンフトの胸に───本来あるはずのないものが去来した。それは、言葉の音色になって現れた。

 

「神の使徒に並ぶなどっ!!不遜というものです!!シア・ハウリアァァァ!!」

 

だがフュンフトのその叫びにシアが答えることはない。そんなことは知ったことかと、シアは力を抜きながら身体を半身に逸らす。

 

急に支えを失ったフュンフトは自身の勢いのまま地面に叩き付けられる。そしてシアの、衝撃変換を付与されたブーツによるサッカーボールキックがフュンフトの胴体に突き刺さり、シアの真後ろに迫っていたフィーアトを巻き込んで吹き飛ばされる。今のシアの蹴りを受けて胴体が両断されないという時点で確かにフュンフトは神の使徒と名乗るに相応しい肉体強度を誇っている。だが、それはただそれだけ。シア・ハウリアには到底届かない。そして、絡み合い錐揉みしながら飛ばされた2人が捉えた光景は───

 

打撃面に刃の付いた巨大な金属塊が眼前に迫る瞬間だった───

 

 

 

───────────────

 

 

 

「はぁ……流石は天人さんですぅ。まさか強化された使徒にレベルⅩを使わずに勝てるとは……」

 

シアはそう呟きながら回復薬を飲み干す。補給のない強襲である以上、神水とて無限にあるわけではないので余裕のある時はこちらを優先して使うべきだからだ。実際、シアはレベルⅩ以外にもまだ奥の手は残されていた。だが天人が作り出したアーティファクトとシアに教え込んだ戦闘技術がそのカードを切らせることなく、強化された白金色の使徒5人をシア1人で屠ることを可能にしたのだ。よりコンパクトで効率的な戦鎚の振り回し方等であればユエとの訓練だけでも十分に身に付けられていたが、天人はそれだけでなく、宝物庫のより戦闘向けの使い方、相手の力を出させないこと、逆に上手く相手の力を利用すること等をシアに教え込んだのだ。

 

「さて、ティオさんの方は、と……」

 

上空を見れば天人のアーティファクトで武装した黒竜達が数多の魔物とぶつかり合っていた。白線と黒線がぶつかり合い、入り乱れるその様子は、地球から来た人間が見ればSF映画のようにも見えただろう。

 

あまりにも数多くの魔物や竜が入り乱れているが故にティオの姿は確認できないが、それでも黒竜達が統制を失っていないところを見れば彼女もまた健在なのだろうと分かる。

 

さて、と、シアも回復した魔力を確認しつつドリュッケンを担ぎ直すのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

ティオ・クラルスにとって神代天人はどんな人物か、と問われれば愛する男と答える他ないだろう。もし他に答えるならば、本人は嫌がるだろうが、新しい扉を見せてくれた人、になるだろうか。

 

出会いが劇的だったかと言えば何とも言えない。戦いの果てに、もしかしたら彼こそはとも思ったがどうにも彼の周りには他の女もいるようだったから。

 

それでも本来の任務を思い返せば彼の傍にいることはそう間違いではないだろうと半ば強引に連れ添った。当然、その打算の中には竜人族を世界の果てに追いやった神への憎しみと復讐心も含まれていた。

 

そうして彼を注視しているうちに、神代天人という人間の強さ、弱さ、優しさに触れていくうちにどうにも絆されてしまったらしい。

 

おかげで、あの火山の中の大迷宮では目の前で小憎たらしい笑みを浮かべている魔人族にも、自分が500年も前に滅びたとされている竜人族の生き残りであることを晒してしまった。そして極めつけはその後だった。どうせ断られるだろうと、半ば冗談のつもりでキスを迫ったら、額にではあったものの本当にしてくれた。その直後に見せた、頬を染めて自分から目を逸らした彼の照れた顔をティオは一生忘れないだろう。

 

そしてそんな男の元へと馳せ参じることを阻む目の前の銀色に色を変えた魔人族のこの男を排除するため、ティオは新たなアーティファクトを振るう。極大のブレスを回避しながら右手で黒い鞭を振るう。そうすれば付与された空間魔法が魔物の厚い皮を抉り裂いて致命傷を与える。

 

魔弾を避けて左手の刀を振るえばこちらも付与された別の空間魔法が数10もの魔物を空間ごと切断する。

 

ティオと、彼のアーティファクトで武装した黒竜の群れの前に、最初は数千から数万に昇っていた数の魔物はその数を減らしていった。

 

その上、ティオの持つ黒い鞭で打たれた魔物はその姿を黒竜へと変え、ティオの支配下に置かれていく。それにより徐々に形勢は逆転していくかに思われたその時───

 

「ふん、魔物の群れがこれで終わりだと、誰が言った?」

 

その瞬間、この空間に浮かんでいた巨大な柱が輝き出す。そして視界を覆うほどの光が収まるとそこにはさらに数万数10万の魔物の群れが現れていた。

 

「さぁ、数の暴力の再開といこうか」

 

そう、嫌らしく嗤うフリードに対しティオは───

 

「………」

 

ただ無言であった。フリードはそれを諦めと取ったか挑発と取ったか。ティオにとっては天人の教え通りただ感情を見せることなく言葉も交わすこともなく、静かに集中しているだけなのだがフリードにとっては戦いの中でも言葉は交わすものらしい。それが例え憎き敵同士であってもだ。

 

だがそんな哲学なんて持ち合わせていないティオにとって、フリードに何を思われようとも気になるところではない。無言のままに刀を振るえばその刃の向けられた先にあった空間がズレ、その線上にいた魔物達の身体が2つに泣き別れた。神代魔法の連発は看過できない魔力消費の筈だがティオにも当然、シアと同じだけの魔力タンクは渡されている。

 

だがその一振りで殺せた魔物は100にも届かない。当然その他の魔物からの攻撃が殺到する。

爪が、牙が、魔弾が、極光のブレスが、ティオの肉体を引き裂き斬り裂き砕き貫き消し去らんと襲いかかってくる。当然同士討ちなどという甘い可能性はゼロだ。

 

しかも、爪と牙の隙間から魔弾と極光が時間差で飛び込んでくるのだ。だが、そこにこそティオの勝機があるのだった。襲い来る魔物の中を刀と鞭で風穴を空け、そこへ飛び込めば待ってましたとばかりに殺意を込めた魔力がティオと交差するようにその死神の鎌を振り回す。しかしその鎌がティオの首を刎ねる寸前───

 

「これはっ!?」

 

フリードの驚きの声が響く。

 

魔弾と極光がティオに死を運ぶ直前にその全てがダイヤモンドダストとなって霧散したのだ。そして、フリードには確認のしようもないがその魔力は全てここにはいないあの男の中へ還元されている。

 

──氷焔之皇──

 

神代天人がトータスではない異世界にて手に入れた魔王の証。聖痕と昇華魔法で極限まで強度の増したそれは聖痕やエヒトの扱う魔法等、極々一部の超常以外の全ての超常の力を凍結、燃焼し己の力へと変換する力。

 

万の屍を築き上げた果てに手に入れたその力は、どれ程に強化されようと所詮魔物の域を出ていないフリードの下っ端程度では突き破ることなど不可能。天人が大切な人間を守りたいという意志の元に顕現した最果ての力(究極能力)はあの世界から遠く離れたこのトータスにおいても彼の愛する女を守り抜く。

 

先程までの乱戦でティオは少なくない手傷を負っていた。それも爪や牙といった物理的な攻撃ではなく魔力に拠る攻撃でだ。それにより、フリードは氷焔之皇の可能性を自ら消してしまっていたのだ。

 

何故その時にこのスキルが発動しなかったのか、その理由は、昇華魔法と強化の聖痕によりさらに突き抜けた力を得たこのスキルは、その守護下に入った対象自身によってもオンとオフを切り替えられるようにもなっていたからなのだ。故にティオはこれまで、シアも使徒戦ではこれを敢えて隠して戦っている。切り札の1つとして持ってはいたがそれ以上に天人との戦闘訓練とその他のアーティファクトによってついぞ使う機会が訪れなかったのだ。

 

それに加え、最初にここでフリードと対面した天人が使ったのは聖痕を使わずに使用した言わば簡易版。流石にそれであればエヒトからの恩恵を賜っていたフリード達には効果が無かったがそれで良いのだ。あれはこの時の為の布石。天人達にとっては最も"良い嘘"を付けるタイミングだったというわけだ。

 

(あぁ、妾はこれほどまでに主に愛されておる……)

 

ティオはその守りに愛する男からの寵愛を痛い程に感じ、それを噛み締めながらも動きを止めることなく次手を繰り出した。背中に広げた竜翼を空気に叩きつけ、ブーツに仕込まれた縮地の勢いと共に凄まじい加速でもってフリードへと接近する。空間魔法での座標の断裂は同じく空間魔法の使い手であるフリードには発動前に潰されるか効果範囲から逃れられてしまうためにこれまで決定打にはならなかった。だが鞭に付与された空間魔法は座標に対する攻撃ではなくそこに触れたものを抉り取る空間魔法である。それならば効果も期待できようというものだ。

 

「だがそんな直情的な突進ではな!!」

 

しかし、当然の如くフリードへの道筋を閉ざすように魔物の群れがティオの前に現れる。氷焔之皇では魔力による攻撃は防げても爪や牙といった魔力の通わない攻撃は防げないし、何より天人本人でなければ魔力や魔法を直接凍結させて使用不可能にすることができない。

 

だからと言って、魔物を肉壁にすればティオを止められるかと言えばそうでもないのだが……。

 

「……何?」

 

ティオの首筋目掛けて狼型の魔物が爪を振るった瞬間、さっきよりもさらに早くティオが身を翻しその凶爪を躱す。鞭のようにしなりながら襲い掛かる槍のように鋭い尾が飛んできたが爪を躱した時よりも更に早く身を捻って躱していく。その後も魔物の合間を縫うように前進しながらも速度を緩めるどころかティオはどんどんと加速していく。

 

この加速にも理由はある。ティオには再生魔法──つまりは時間に干渉する神代魔法──によって自身の時間を加速させる魔法を付与された鉱石が渡されている。竜人族であり、身体強度が人間族の比ではないティオのそれは、天人が地上で戦う人間達にむけて渡したものよりもさらに最高加速度の高いものだ。

 

ティオと同じものがシアにも渡されている。だが使徒の数が5体と少なかったこともあり、シアには使う機会が訪れなかった。しかし、ティオの相手は余りにも数が多い。だが、使徒と違って頭を獲れば途端に統制を失う集団だからこその時間加速による一点突破。そこに氷焔之皇による魔力の凍結が加わればティオの進撃を阻める者などここにはいない。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「なぁティオ……」

 

オスカーの邸宅で天人がティオに問おうとする。だが天人が最後まで言い切ることなくティオはその質問を理解していた。

 

「主よ、どうせその質問はシアにもしたのじゃろ?そして断られた」

 

「何で知って……」

 

「主は案外単純なのじゃ。……よいか?それでも、じゃ。あの神に対して主を1人で行かせたくはないしユエを救おうと言うのに妾だけ下に残って雑魚掃除なんて真っ平なのじゃ」

 

ティオの目を見据えた天人は溜息を付きながら頭を搔く。リサは戦える人間ではなかったと聞いているし、天人はどうにも失うことを極端に恐れている節がある。これもシアやティオを見くびっているのではなく、本当に、万が一、億が一を考えて戦いには出したくないのだろう。だが例え天人が望まなかろうがシアもティオも、そして今は囚われているユエも、天人と肩を並べて戦うことをこそ至上としている。と言うより、天人だけを戦わせて自分達が安全地帯から見守るだけ、なんてのは真っ平なのだ。そしてその覚悟は天人にも伝わったようで……。

 

「……まぁ、こうなるだろうなっていうのは何となくあったからな」

 

「ふふっ……まったく主は心配性なのじゃ」

 

そう、ティオは冗談めかして笑いかけた。それを天人は「あぁ」とだけ返して、また真剣な眼差しをティオに向ける。そして、その瞳の中に罪悪感の光が灯っているのを見逃すティオではない。

 

「どうしたのじゃ?」

 

「ティオ、俺ぁお前に謝らなくちゃいけねぇことがある」

 

と、天人が何やら姿勢を正してこちらを見やる。

 

「ふむ……心当たりはないがの。申してみよ」

 

「……俺ぁあの時、あの魔王城の空でお前に止められた時……『コイツまで俺の邪魔をするのか』って、思っちまったんだ」

 

それは、何となく察していたことではあった。あの時の天人は明らかにティオから逃げるようにして地面に降りていったから。だがその後は普段と変わらない様子だったし、何より竜人族とこちらに戻ってきてアドゥル達へと堂々と愛の告白をしてくれたから気にもしていなかったのだ。

 

「本当は……ティオがそんな奴じゃないって分かってた筈なのに。……でも、お前を愛すると決めたんだから、これだけは話しておかなくちゃいけねぇ」

 

すると、その言葉と共に天人が自分の元へと頭を差し出した。

 

「1発、馬鹿な男を殴ってくれ。でないと俺ぁ……」

 

そして、そんなことを言い出した愛する男へと向けてティオは……

 

「お断りなのじゃ」

 

と、まるでツーンという音が聞こえそうな程にわざとらしく胸の下で腕を組んで視線を逸らした。

 

「えっ……」

 

思わず、といった風に頭を上げた天人の頬を、ティオはその両手で掴み、額同士を当てる。

 

「主はそれで許されたいのじゃろ?……なら妾はそれを許さぬ。そして、罪悪感を感じ続けるのじゃ。……それこそ妾が主に与える罰じゃ」

 

そうして微笑んだティオの首に、天人は腕を回す。愛する男の腕に抱かれたティオは、ただただ幸せそうに微笑むのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

横薙ぎに振るった刀はしゃがむことで躱される。

ピキリ、と身体の奥から小さな呻き声が聞こえる。フリードの元へ辿り着くまでに5倍程に加速したティオだったがそれでもフリードからすればただ素早いだけのものではあったのだ。最初こそ虚を突いて優位に進軍したものの慣れられればそこまで。魔物程度であれば両手に持ったアーティファクトの性能も併せて問題無く蹴散らすことも出来たがエヒトの力で死から蘇ったフリードと白竜が相手ではまだ足りないようだった。

 

「ふん、その程度ではなぁ!」

 

至近距離でのフリードの駆る白竜の爪による攻撃を紙一重で躱す。身に纏っていた衣類の端が切り裂かれて宙を舞う。

 

(ふむ……)

 

天人から渡された魔力タンクにはまだ余裕がある。ティオはこの戦いの中でフリードに対し、幾つかの嘘を付いている。その1つが氷焔之皇であるし胸に提げた時間加速のアーティファクトの存在だ。そして天人から与えられたアーティファクトをふんだんに使うことにより、ティオはもう1つの嘘を付くことが出来た。

 

(そろそろ、じゃな)

 

時間加速のアーティファクトにはそれなりにデメリットもある。特に顕著なのが、その効果が途切れた時の時間の振り戻しだ。

 

空間そのものに働きかけた刹破と違いこれは自身の内側にだけ効果を及ぼすもののために、世界からの修正を受けてしまうのだ。その為、地上に残された人間族であれば3倍速まで、ティオやシアのような強靭な肉体を持つ者であっても5倍速までが戦闘中に効果切れを起こした際の肉体的負担のリスクを看過出来る範囲となる。それを超えた速度を出せば時間の振り戻しによって毛細血管の破裂や酷いと筋肉の断裂や骨折、内臓破裂に至る場合もあると天人からは言われていた。そしてティオは今や6倍速にまで至っている。ここまで速度を上げても尚対応してくるフリードには驚愕の一言であり、これで仕留められないのなら"あれ"を使うのも止む無しだと決めていた。

 

魔力による攻撃の驚異が無くなったのにも関わらず近接戦闘を続けている理由は1つ。この距離ならば流石に他の魔物も同士討ちを恐れて手を出しずらくなるはずだったからだ。だがこの白竜、図体の割には細かい挙動も機敏でその上に乗ったフリードの操る双大剣も中々の切れ味だ。空間魔法による斬撃も上手く座標から逃げられてしまっている上に一瞬でも距離が開けばその隙間に魔物が入り込んでくる。それを切って捨てては近付きを繰り返しているのだが中々有効打が与えられない。

 

実はここでティオはミスを犯していた。フリードが双大剣を扱えるのならむしろ先の場面で氷焔之皇は使わずに、最初に時間加速のアーティファクトを見せるべきだったのだ。しかしそれに気付いたのはフリードとの近接格闘戦に入ってからだった。

 

(これは向こうが上手、いや……妾もまだまだ甘いということじゃな)

 

恐らく天人であればフリードが銀色になっていた時点で双大剣の可能性を考慮していただろうとティオは思う。だが今更、過ぎた時間は戻せない。そんな大規模な再生魔法は扱えない。ならば今この場で出来る最善を尽くすまで。

 

リスクは承知、だがお互いに有効打が無い以上は長期戦になれば数で劣るこちらが不利。それを覆すためには覚悟を決めなければならないのだから。

 

(ではいくのじゃ。───10倍速!!)

 

ティオは手にした長刀にも魔力を注ぐ。そしてその場で1回転しながら周囲の空間を切断する。そうすればティオを囲い込もうとしていた魔物達はそれに巻き込まれて真っ二つになる。直ぐにその隙間を埋めようと魔物が殺到するが、必要な時間は確保出来た。そしてその時間でティオは神代魔法を組み立てる。

 

時間加速のアーティファクトの効果により、身体の動きだけではなく魔力操作の速度や展開までもが速くなるのだ。そしてティオが展開したのは光の膜。そしてそこに圧縮した漆黒のブレスを叩き込む。その瞬間───

 

 

──音も無くフリードの上半身が消失した──

 

 

この光の膜はA地点とB地点を繋ぐ空間魔法による転移ゲートである。フリードもかつてグリューエンの火山で天人に使用したことのある魔法だ。

 

それをティオが使い、ブレスのみをフリードの斜め後方に転移させたのだ。当然出口がこちら側を向くように展開しているので殺意のブレスは空間を越え、フリードの肉体を消し滅ぼす。

 

ティオが最初からこの手を使わなかった理由は幾つかある。まず、この手は1度しか使えない。2度目以降は警戒されるから決められる可能性は著しく下がる。それ故に一撃で決めなければならないわけだが、その為にまずフリードにはティオがこの手を"使えない"と思わせなくてはならない。

 

そう思わせる為に空間魔法は全て天人のアーティファクトを経由して使っていたのだ。何故なら、フリードはティオが空間魔法の大迷宮を攻略したことを知っているからだ。

 

だが当然、フリードはティオが空間魔法にどれだけの適性があるかは知らないのだ。この情報不足がここで響いてくる。フリードはこれまでの戦いでティオが全くそれを使わないことで、彼女には空間魔法の適性が無いと思い込み、ゲートの可能性を自ら消してしまったのだ。否、そうするようにティオはこの戦闘を丸々使って意識を誘導していた、と言うのが正しい。

 

そして2つ目、近接戦闘というのは存外連携が難しい。特に1人を相手に多数で戦う時はお互いの得物がぶつかり合ったり同士討ちをしないように立ち回るためにはそれなり以上の訓練が必要になる。白竜とフリードだけならまだしも他の魔物との連携にそう多くは望めない。だが向こうはこの数だ。例え連携が難しくともティオの魔法やブレス攻撃から身を呈してフリードを守る肉壁程度にはなる。

 

それに、氷焔之皇では単純な物理攻撃に対応出来ない以上はなるべくそれを使えない状況に持ち込む必要があった。そのための時間加速のアーティファクトと接近戦。

 

そして一瞬の隙を突いた死角からの一撃。この戦いにおける最善手ではなかったが、充分に、ティオこそがこの戦局をコントロールしていたと言えるだろう。

 

「……さて」

 

だがまだ敵は残っている。主を失ったとはいえこれまで見てきたどんな魔物や怪物よりも力を感じる目の前の白竜、ティオの周りを取り囲む数多の魔物達。だが天人から、数で囲まれたらこれを使えと渡されているアーティファクトが宝物庫には眠っている。ティオは宝物庫からそれを取り出すと腰溜めに構える。そして、眼前で殺意を剥き出しにして隙を窺っている白竜に向けて、その()()()を引いた。

 

それは6砲身のガトリング砲。当然纏雷の固有魔法が付与されている電磁加速式。しかもその弾帯は外付けではなく内部に作られた簡易の宝物庫の中に繋がっている。ティオには射撃の才能は無かったし、大した練習も積んではいないが下手な鉄砲も数を撃てば当たる、装弾数なんて数えるのが馬鹿らしくなる死神の鎌が主を失った白竜へと殺到する───

 

 

 

───────────────

 

 

 

ティオはシアとも協力しながら、その後程なくしてこの空間にいた魔物を全て殺し尽くした。

 

途中からは雫や天之河、坂上に鈴とその配下の魔物達も加わっての大乱戦だったがティオの扱う変成魔法と魂魄魔法の融合技で自らの竜鱗や血潮を媒介にして殺した魔物の死体から新たな黒竜を生み出すなどして数の差は直ぐに解決されたのだった。

 

だが本当の問題はこの後、急に地震のような振動が発生したかと思えば周り中の空間が歪み、地上と思われる景色が表出したは良いがどうにもそれはこの空間そのものが不安定になっているだけのようなのだ。その上、先程までは確かに繋がっていた筈の支柱による転移も発動せず、"鍵"のないシア達はこの崩れゆく空間の中に閉じ込められてしまったのだ。

 

恐らく天人がエヒトを追い詰めているからなのだろうと推測こそ立てられたものの、この状況ではそれ自体にはそれ程意味も無い。一か八か時折見える地上の風景の中へ飛び込むか否か……そこまで思考が至ったその時───

 

 

──光が爆発した──

 

 

ハイリヒ王国近くのあの戦場と思われる風景の中から1本の矢が飛来してきたのだ。そしてそれがこちらとの境界に突き刺さり光が爆ぜた。そして白1色に染った視界に色が戻った時───

 

「やっほー!みんな大好き世界のアイドル!ミレディ・ライセンちゃんだよー!!」

 

シア達の目の前には甘ったるいアニメ声で騒ぎ立てている手足の生えたてるてる坊主が、ポーズとウインクを決めていた。

 

 


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