セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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異世界から初めまして


 

鍵で開いた先ではまだ夜は明けていなかった。香織達の世界と俺達の世界では数時間のズレがあるのは分かっていたから特に驚きはない。向こうを出たのが日付の変わる少し前だから、あと少しもすればこっちの空も白み始めるだろう。

 

「……ここが、天人の世界」

 

「確かに、香織さん達の世界と空気が似てます」

 

ユエとシアが周りを見渡して何やら頷いている。ミュウとレミアさんはまだ連れて来ていない。あっちで暮らすのか、こっちに来てしまうのかも決めていないし、1度滞在して住み心地を確かめるにしてもその用意もしなければならないからだ。

 

まずはこっちでユエ達の生活基盤を整える。あの2人を連れて来るのはそれからだと決めていた。

 

「それで、あの建物が主達の住んでいた家なのじゃろ?」

 

とティオが指差すのは道路を挟んだ向かい側にある男子寮。トータスにはマンションなんて無かったが、香織達の世界を少し見たおかげでそこまでの驚きはないようだった。

 

「あぁ。男女別に住まなきゃいけないから、リサがいるのも本当は駄目なんだけどな」

 

まぁ、キンジの部屋にもアリア達が住み着いているし、そもそもそんなことで態々チクるような奴も武偵高にはほぼいないのだけれど。

 

「……意外と不便?」

 

「なんか、私達には今更なきがしますぅ」

 

「まぁそう言うな。……どっちにしろ、あの部屋は4人までしか寝られないからなぁ。引っ越しの必要はある」

 

ユエ、シア、ティオ、それから俺とリサで5人になってしまったからな。ベッドルームには4人までしか寝られないし、個室も4人分しかないからここじゃ手狭なのだ。

 

とにかく、まずは部屋へ戻ろうと俺達は寮の部屋の前まで来た。そこで俺は宝物庫から鍵を取り出そうとしてはたと気付く。

 

「……部屋の鍵、最初にエヒトに宝物庫壊された時に一緒に消えてたわ」

 

「えぇ……」

 

後ろで3人共がガッカリしている。何なら防弾制服も無いからな。むしろよくあの時の俺は拳銃だけ雪原の中に埋めたな。

 

「ま、まぁこっちの鍵はあるし……」

 

と、俺が取り出したのは世界や時間すら渡れる超高性能アーティファクトである越境鍵。たかが玄関の扉を1枚隔てた部屋に入るためだけに使うのは明らかに役不足なのだが、他に鍵も無いしこの際入れれば何でもいいだろう。それに、時間も今になってようやく空が白み始めた頃なのだ。チャイムを押してリサを起こしてしまうのも忍びないからな。

 

俺は鍵に僅かな魔力を通して扉を開ける。本当に玄関の扉1枚飛び越えただけなので、さしたる魔力は使わなかった。先にユエ達を通し、靴を脱いで上がってもらう。俺もその後に続いて玄関で靴を脱いで寮の部屋へと上がり込んだ。

 

……体感じゃあ2年近く振りになるんだよな。戻って来て数日でまたトータスなんて所に飛ばされて。1年程あの世界を旅して、んで引き伸ばされた時間の中で戦争の用意なんてものをして……そしてまた俺はここに帰ってきたのだ。

 

「……ここが」

 

「あぁ。……そのうちリサが起きてくると思うから、しばらく向こうの部屋で待っててくれ」

 

どうせなら俺もサプライズで登場してやろうと、ユエ達をリビングに隠す。彼女らも俺の意図を察したようで、呆れたように溜息を付きながら通されたリビングで各々寛ぎ始めた。

 

そんな俺はと言えばこっそりと寝室へと忍び込んだ。2段ベッドが2つ並んだ部屋の、入って左手のベッドの下段にリサはいた。……そっちはいつも俺が寝ていた方なのだが、リサがどういう想いでこの2週間を過ごしてきたのかがそれだけで分かってしまう。俺はベッドの傍に腰掛けると、そのままリサの寝顔を見つめる。小さい顔に生えた翼のように長いまつ毛。陶磁器のように白い頬にはほんのりと赤みが差している。だが目の下には擦ったような跡があり、手元には何やら俺の物と思われるシャツが握られていて、リサには辛い思いをさせてしまったのだと胸に鈍い痛みがきた。

 

そうして俺がただ黙ってリサの寝顔を眺めていると、カーテンの隙間から朝日が入り始めた。そして、聞き慣れたはずの、しかし久方振りに聞く細かい電子音が部屋に鳴り響いた。時間は6時ちょうど。いつも通りの生活リズムだ。

 

リサの瞼が震え、その大きな瞳が姿を現す。そして、フラリと手を伸ばして頭上で鳴り響く目覚まし時計のスイッチを切る───

 

 

───その手に自分の手を重ねた

 

 

「───っ!?」

 

リサは当然驚き、自分の手を引っ込めつつこちらを見る。そして───

 

「あ……え……ご主、人様……?」

 

「ただいま、リサ」

 

「あぁ……あぁ……ご主人様……」

 

ようやく認識が現実に追い付いてきたのか、リサはその両目に涙を貯めていく。俺は身を乗り出し、リサの頭を抱き留めた。

 

「行ったろ?帰ってくるって」

 

「はい……はい……おかえりなさいませ、ご主人様……っ!!」

 

俺の背中に両手を回すリサの、寝起きなのにほんの少ししか指に引っ掛からない絹糸のような髪の毛を梳いていく。頭を撫でてやるように、俺はここにいるのだとリサに示すように、リサの背中にもう片方の手を回してポンポンと、叩いてやりながら俺はしばらくそうやってリサの長い髪の感触とほのかに漂うシロップのような甘い香りを堪能していた。

 

そうしてリサも少しは落ち着いてきた頃───

 

「リサに、紹介しなきゃいけない奴らがいるんだ。そのままでいいから、リビングに来てくれ」

 

と、俺はリサの手を取ってリビングまで連れて行く。そしてその扉を開けると、そこにはユエ、シア、ティオが、各々ソファーや椅子に腰掛けていた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「改めまして、リサ・アヴェ・デュ・アンクと申します。ご主人様のメイドであり恋人でもあります。以後お見知りおきを」

 

「……ユエ」

 

「シア・ハウリアですぅ」

 

「ティオ・クラルスじゃ」

 

さっき1度お互いに少しだけ紹介をしたのだが、リサはどうしても身嗜みを整えてから自己紹介をしたかったらしい。まぁいいかと、俺も一旦リサの手を離し、そして少しして顔を洗って寝癖を潰して、武偵校の防弾制服をメイド風に改造した制服を纏ったリサが改めて頭を下げた。

 

「それで、御三方はご主人様の……」

 

「……嫁(ですぅ)(じゃ)」

 

3人の声がピタリ揃った。というか、さっきからリサの後ろにいる俺への視線が冷たい。

 

「モーイ!英雄色を好む。ご主人様がこれ程に美しい女性を3人も連れて来てリサは誇らしい気持ちです」

 

いきなり美しいと言われて3人とも面食らっている。ま、普通はそうなる。しかし、言語理解を付与したアーティファクトはきちんと機能しているようで何よりだ。そのうちシアのウサミミを誤魔化すアーティファクトも作らなきゃなぁ。

 

「リサ……」

 

「えぇ、分かっています。ご主人様は此度の異世界転移でこのユエ様達と出逢い、そして愛した」

 

「あぁ。そしてそれを、リサにも認めてほしいと思っている」

 

「当然です。むしろ、リサはご主人様にはこのような欲求が足りないと思っていました。なのでリサはむしろ大歓迎ですよ」

 

……何故だろうか、そんな風に言われるとむしろ自分が凄く悪いことをした気がしてくるんだよな。リサは意識していないんだろうけど。

 

「それで、皆さんは武偵高に?」

 

「あぁ、取り敢えずユエとシアはな。ティオは……制服がコスプレ臭くなかったらかな……」

 

「妾だけ酷くないかの!?というか主よ、気になっておったんじゃが……」

 

「んー?」

 

「前にあれだけ妾のご主人様呼びを拒否した割にはリサにはそう呼ばせておるんじゃな」

 

「……呼ばせてるわけじゃねぇよ。けどまぁ、だからこそっていうか、リサがそう呼んでるから。その呼び方はリサだけの特別な気がしたからな」

 

俺が明かした真意に、しかしティオは微妙に不満げだ。というか……

 

「俺もそろそろ言おうと思ってたんだけどな。あん時ゃどうでもよかったからある程度好きに呼ばせてたけど、俺はお前のご主人様になんてなる気はない」

 

「……どういうことじゃ?」

 

「だからさ、普通に名前で呼んでくれよ、ティオ。それでお前が悦ぶんだとしても、叩いたりとかは、したくないんだよ……」

 

こっちが俺の本心。ティオのそういう扉を開けてしまったのは俺とはいえ、敵でもない女を殴ったりだとか苛めたりするような趣味はないんだ。ましてやそれが惚れた女なんだとしたら余計に、な。

 

「何と言うか、改めて言われると凄くこそばゆいのじゃ……。妾ってこんなに大切にされとるんじゃなぁ……」

 

何やらティオが感激しているみたいだが、そんなの当たり前だろうに。大切に想えるから態々世界を越えさせてんだ。家族に会うにも一々俺に扉を開けてもらわにゃいけないような不便な環境。だから俺は雫やリリアーナを連れて来なかったんだ。多分俺はアイツらにそこまで本気になれないと思ったから。

 

けれどこの3人は違う。俺が本気で好きになった女達。例え家族と引き離してでも一緒に居たいと思えた奴らなんだ。いくら本人の希望でも、どうしたって不必要に叩いたりだとか苛めたりだとかはきっと俺は出来ない。だから呼び方も"主"じゃなくて普通に呼んでほしいのだ。リサみたいに、俺のメイドとしての役割を持っているわけでもないんだからな。

 

「ほれティオ、呼んでみ」

 

と、リサを抱えながら俺はティオを煽ってみる。ティオもふむと顎に指を当て、少し考える雰囲気を出してからこちらを見やる。どうやら呼び方を決めたらしい。

 

「……た、た───」

 

だが"た"から先が出てこない。顔を真っ赤にして視線があっちこっちに泳いでいる。……普通に名前で呼ぶだけだろうに。

 

「た?」

 

と、俺はわざとらしく聞き返す。ユエもシアも、ティオの中々見れない仕草にニマニマと意地の悪そうな笑みを浮かべている。

 

「た……た……たか……と……。ほ、ほら、もうよかろう!?」

 

名前1つ呼ぶだけで随分とまぁ初々しい反応だこと。ユエ達じゃあないが、俺も少し悪戯心が湧いてきたのでリサをソファーに置き、今だに頬を赤くしているティオの元へ寄る。そして、その耳に口を寄せ───

 

「ティオ、名前で呼んでくれて嬉しいよ、ティオ。でもティオにはもっと俺のことを名前で呼んでほしいな。慣れるまで練習しなきゃな、ティオ」

 

乱用NGの呼蕩を使ってみる。耳元で少し低い声を出してしつこいくらいに名前を呼ぶ、ほぼ催眠術みたいな技術だ。そんなものを俺に使われたティオは───

 

「はにゃあ……」

 

と、腰が抜けてしまったようで俺にしなだれかかってきた。やはり効果は抜群みたいだな。

だが、これを見たユエとシアは頬を膨らませてわざとらしいくらいに随分と不満げな顔をしていた。

 

「……何だよ」

 

「それ、あとで私達にもやってくださいよ?」

 

「これそういうんじゃないから……」

 

根本的には言うことを聞かせる為の暗示とか催眠術の類なのだ。そんな場の雰囲気を盛り上げるための技術ではないし、あまり使い過ぎると洒落にならない事態を引き起こしかねないので頼まれたからって使うようなものでもないのだ。

 

というのを説明しても、2人はあまり納得していないようだった。なので、まぁそのうちと言って適当に御為倒(おためごか)しておくしかない。

 

「はぁ……あぁリサ、ジャンヌと理子と、あと透華達呼んどいてくれ」

 

まずはユエとシアが武偵高に通えるように2人に依頼しなきゃならん。理子は問題無いと思うのだが、ジャンヌは透華達の時も何故か渋られたからまた拝み倒す羽目になりそうなのだが、他に頼れる人もいないし仕方無い。

 

「承知しました、ご主人様」

 

リサが皆にメールで連絡を入れているのを見ながら俺は3人に振り返る。その顔には一様に「誰その人達?」という疑問が浮かんでいた。

 

「まぁ、俺の友人達だよ。シアもティオも、アイツらなら耳隠さなくて大丈夫だ」

 

理子の場合は、隠さなくても良いかと言えば、違う意味で若干怪しいが。たがまぁ少なくとも気味悪がることはないだろう。透華達3姉妹は呼ぶ必要は無いのだが、まぁここで呼ばないと後で絶対に面倒臭いことになるので先に呼んでおく作戦だ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「で、これはどういうことだ?」

 

来て早々に不機嫌になったのはジャンヌだ。透華達は、流石に彼方が今すぐには来れないと言うのでそれに合わせるとのこと。多分午前中には来るだろうが。で、どうやら理子も昼前くらいには来るらしい。朝から来たのはジャンヌだけだ。

 

「ええと、まずは2週間前にまた異世界に転移しましてですね───」

 

「流れは分かっている。そうではない」

 

ユエ達を見て即座に説明しろという雰囲気になったジャンヌに、これまでの経緯を説明してやろうとすると話をぶった切られた。

 

「何故3人も別の世界から連れて来たのかと聞いているんだ!!」

 

と、どうやらジャンヌ的には俺が3人もの女を連れてきてしまったことの方が重要らしい。何もしていないのに何故かもうジャンヌが泣きそうだ。

 

「……愛しちゃったから?」

 

理由としてはこれ以上ない。各々向こうの世界では複雑な事情を抱えてはいたが、正直ユエ以外は全部解決しているし、ユエのもどうにかなるものでもない。それに、こっちに連れて来た理由なんて俺が彼女らのことを好きになってしまったから以外には無いのだ。

 

「お前は!今まで!散々!リサだけと!言って!おきながら!いざ!いなくなれば!この様か!!」

 

胸ぐらを掴まれた俺は"!"1回につき1振りの勢いで首を揺らされていた。しかもトドメとばかりに最後はガックンガックン揺らされる。

 

「……嫌だからな」

 

「うえぇ……え?」

 

三半規管の心配をしていた俺は、まぁあるだろうなとは思っていた答えだったが、それでも思わず聞き返す。

 

「どうせこの3人を武偵高に通わせる手続きをしてくれと言うんだろう?私は手を貸さんぞ」

 

通うのは多分2人だし武偵高どころか諸々書類やら何やら、彼女らがこの世界の人間であるという証明をしてもらおうと思っていたのだが、おそらくこれを言っても何も変わらない。

 

「そこをなんとか……」

 

なので俺はとにかく下手(したて)に出るしかない。「お願いっ」と、頭の上で手を合わせる。だがジャンヌはツンとそっぽを向いてしまった。

 

「断る。透華達はまだ彼女達にも事情があったから手伝ったが、今回は完全にそちらの事情だろう」

 

「……リサ、もしかして───」

 

と、俺が頭を下げ続けても頑なにお断りし続けるジャンヌの様子を見て、何やら思うところがあるのかユエがリサに何やら耳打ちをしている。

 

「……はい、実は───」

 

リサも頷き、ユエの耳元で何かを囁いていた。

それを聞いたユエは「はぁ……」と1つ溜息。呆れ顔で俺のことを睨んでいた。「何なに?」みたいな感じでそんなユエに寄って行ったシアとティオにもユエは何やら耳打ち。ふむふむと頷いた2人はやはり俺を見て溜息を1つ。一体何を吹き込まれているんだ……。

 

「……駄目?」

 

「嫌だ」

 

どうしても嫌らしい。んー、理子だけじゃ多分手が回らないと思うんだよなぁ。しかし他にこういうの得意そうな知り合いもいないしなぁ。

 

と、ここからどうやってジャンヌを丸め込もうかと頭を悩ませる俺に、更なる災いが降り注ぐ。玄関から来客を告げるチャイムが鳴り、それを迎えに行ったリサが連れて来たのは───

 

「えぇ!?誰か増えてる!?」

 

俺が呼んでいた涼宮3姉妹だったのだ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……天人くん、またどっかで女の子引っ掛けてきたんだ?」

 

断じてそんな軽いものではなかったと言いたいが、実際こうして連れ帰って来ちゃった以上は言い訳のしようもない。俺は項垂れながら「はい……」と答えるしかなかった。

 

「えと、この方達は?」

 

と、シアが聞いてくる。なので俺は「俺と同じ聖痕持ちの3姉妹です」とだけ紹介する。すると、透華から順にお互いにしっかりと自己紹介の時間が始まった。で、ユエがまたリサに何か囁けば、リサも大きくうんと頷く。それでユエ達は何かを察したらしく再びの溜息。そして、何やらリサが更に3人に耳打ちをしていた。するとそれを聞き終えたらしいシアが何やら呆れた顔で俺の方へ寄ってきた。

 

既にほぼ土下座の体勢に移っていた俺の肩に手を置き───

 

「いい加減気軽に女の子を救うのは止めません?」

 

「……そんな軽い気持ちで助けたこたぁねぇよ」

 

俺はそこまでお人好しじゃあない。透華達だけじゃない。ユエやシアだって最初は打算で助けたのだ。それが何故か、今やこんな風になってしまっているのだけれど。

 

「えと、シア……さん?達も?」

 

「シアでいいですぅ。……えと、はい、ではユエさんから」

 

「……ん、親族に裏切られて300年間封印されてたところを天人に解放してもらった」

 

「一族郎党皆殺しか奴隷にされそうなところを全員纏めて助けてもらいました」

 

「催眠術で操られ殺しに掛かったのに命は取らないでくれたのじゃ」

 

と、3人が3人とも俺との激重な出会いを告白。……ティオだけはちょっと微妙だが、まぁ確かにあそこで殺っちまう選択肢もあったわけだからな。ウィルも最初はそれを望んでいたのだし。

 

ユエ達の異世界ファンタジー丸出しなその発言を聞いて、透華達は「本当に異世界から来たんだぁ……」みたいな顔をしている。まぁ、シアのウサミミやティオの尖った耳を見ればコイツらが人間ではないだろうことは分かっていたのだろうが。

 

「……そっちは、どんな風に?」

 

と、ユエが透華に問いかける。

 

「私達は3姉妹なんですけど、私が悪い奴に人質に取られて……」

 

「彼方を返してほしくば天人くんを殺してこいって脅されたんだよね」

 

「けど結局、天人くんには勝てず……。なのに、命を狙ったのに天人くんは私達のことも、彼方のことも救ってくれました」

 

「それに、私達は元いた村ではあまり良い扱いではなく……」

 

「そこからも出してくれたんだよね。武偵高っていう居場所までくれた」

 

彼方、透華、樹里がそれぞれ俺との出会いを語る。確かにそれは真実ではある。けれど、3人をブラドから解放したのは逆恨みの挙句コイツらの能力で寝首を搔かれたくなかったからなのだ。あとはせいぜい、ブラドの思い通りにさせるのが気に食わなかったくらい。武偵高に来させたのだって、コイツらが頼んできたからだ。俺はその依頼に応えただけ。だから俺はコイツらに感謝されることはあっても好意なんて抱かれる理由は無いと思っていたのだ。しかし実際には俺はこうやって3人からも好意を寄せられている。嫌、というわけではないけれど、どうしたものかと頭を悩ませるのもまた確かなのだ。

 

「結局天人さんて……」

 

「……ん、どこに行ってもやることは変わらない」

 

「そのようじゃな」

 

と、トータス3人組からは呆れ顔を頂戴してしまう。その、どこか"分かっている"雰囲気にジャンヌや透華達は何か思うところがあるのかコチラをジト目で睨んでくる。……そう言えば、ジャンヌはともかく透華達よりもユエ達の方が長いこと一緒にいることになるんだよな。オスカーの邸宅で引き伸ばしたあの時間を除いても、俺はあっちに1年ほどいたのだから。

 

「そう言えばご主人様、今回は時間通りの転移なのですか?」

 

と、流石に2週間で3人は手が早すぎると思ったのか、リサがそんな疑問を口にする。リサは実際俺と一緒に時間も巻き戻ってコチラへ戻って来たからな。そういう発想も出るのだろう。

 

「いや、今回は1年くらいかな。向こうで時間も世界も移動出来る道具を作って、それで戻って来た」

 

「モーイ!遂にご主人様もそんなことまでできるようになったんですね」

 

「……もう何でもありなのだな」

 

「色々あってな。……生活基盤整えたらいくつか世界回って挨拶しようと思ってるけど。……だからさぁジャンヌ、頼まれてくんない?」

 

異世界転移には金が掛かる。いや、これからはともかく、これまでの2回では行く度に装備やら何やらを無くしてきたから案外出費が大きかったのだ。今回もまた防弾制服と携帯買わなきゃいけないし。何が悲しくて1ヶ月の内に何度も制服や携帯を買い換えなければならないのか。

 

なので、なるべくならユエ達にも学校に通ってもらい、というかこの世界の人間として登録してもらって今後手に職付け易くなってほしいのだ。この世界であれば、聖痕持ち以外であればそうそうユエ達がどうにかなるわけもないし。もしかしたらミュウやレミアさん達もこっちに来るかもだし、先立つものはあった方が良いだろう。

 

だがジャンヌはそれでも首を縦には振ってくれない。むむ、どうしたものか……。

 

「でもさぁ、実際天人くんも酷いよねぇ」

 

と、透華が割り込んでくる。酷い、とは?

 

「実際、もう気付いてるんでしょ?ジャンヌの気持ち」

 

その透華の言葉に慌てて口を塞ぎに行くジャンヌは樹里と彼方に抑え込まれる。

 

「……まぁ」

 

「それでまたこんなに心配させといて、フラっと戻ってきたと思ったらやたら女の子侍らせて。それでこの子達のために手ぇ貸してくれってさ。そりゃあジャンヌも嫌だよねぇ」

 

……それは、思わないではなかった。けれども、やはり俺が好きなのはこの子達であり、ジャンヌは俺の中では友人だったのだ。だからどうしたって優先順位が先に来てしまうのだ。

 

「けどなぁ、俺はともかくコイツらはどうなんだ?……リサの話はしてたけど。こっちに来たら急にもう1人増えたら───」

 

「……"俺はともかく"だってよ、ジャンヌ。良かったじゃん。今好きかどうかはともかく、恋愛対象にはなるってさ」

 

「え……あっ」

 

完全に揚げ足取りだと思うが、言質を取られてしまった。ジャンヌはそれを聞いて顔を真っ赤にして固まってしまっている。

 

「だいたいさぁ、天人くんってば酷いんだよねぇ。私達が告った後も見せつけるようにリサちゃんとイチャコライチャコラ……」

 

「あ、それ私もですぅ。私、ユエさんより後に天人さんとは知り合ったんですけど、好きですって告白した後の旅でもずっと2人の世界作ったりされてました!」

 

と、透華の愚痴にシアが反応。そのまま樹里と彼方にジャンヌ、ユエやティオも混ざって如何に俺が"ロクデナシ"なのかという大変不名誉な話題で盛り上がり始めた。

 

「あれ……?」

 

何故だか本人が置いていかれている。リサに助けを求めようと探すが、いつの間にやらリサもあの女子会に混ざってしまっている。前にもこんなことがあったな……。あの時は確か香織が俺達の旅に着いて行くとかって言い出した時だ。結局俺のことは放っておいて先に外堀から埋められたんだよな。これはあれだ、今回もそうなるパターンのやつだ。

 

俺はそんな理不尽に気付くが、しかしどうしようもないという不条理にも気付き、「はぁ」と溜息と同時に肩を落とすしかないのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「天人さん、上から誰か来ます」

 

恋バナというか惚気というか愚痴というか、何だか色んなものが混ざり合った混沌の井戸端会議の最中、シアがそのウサミミをヒクつかせて警告を発する。すると、俺の気配感知の固有魔法にも反応があった。どうやら天井裏から誰かが来るようだ。誰か、というかこんな所から来ようとする人間は1人しかいないのだが……。

 

どうせ犯人は分かっているので俺はいいよいいよと身振りで伝えた。すると、その直後に天井板が外れ、「とぅっ!」と、空いた穴から()()()()()()()()()()()を着た明るい茶髪に背の低い女が飛び降りてきた。何故か鼻っ面に絆創膏を付けているが、ボケっとして電柱に顔面でもぶつけたのだろうか。

 

「……理子」

 

「呼ばれて飛び出てりこりん参上!!」

 

確かに呼んだが普通に玄関から来いよ、とは言わない。言っても聞かないからな。

 

で、登場の前から既に騒がしい理子は更に姦しいこの部屋を見渡し、そしてとある1点で目線が固定される。

 

「ふおぉぉぉぉぉ!?」

 

その理子の奇声にシアのウサミミがピクピクと動く。それを見てそのウサミミが本物だと確信したらしい理子は───

 

「ウサミミだあぁぁぁぁぁ!!しかも本物ぉぉぉぉぉ!?」

 

と、絶叫しながらシアへと飛び掛かった。

 

「え?え?」

 

と、混乱するシアを余所にそのウサミミへと飛び付いた理子はモフモフと耳を触る。

 

「うわぁぁぁぁあったかぁぁぁぁい!!」

 

「落ち着け理子」

 

悪意は感じられないけど知らん奴からやたらモフられて困惑気味のシアから、首根っこ掴んで理子を力ずくで引き剥がす。ジタバタと暴れて面倒だが、取り敢えず落ち着いてくれないと話もろくにできんからな。

 

「説明してやるから落ち着け。あぁ、シアも、後で少しコイツに触らせてやってくれ」

 

「は、はいですぅ……」

 

ゲーム好きの理子に本物の異世界ウサミミは刺激が強過ぎたようだ。もう少しタイミングを考えるべきだっただろうか。いや、どうせコイツはこうなっただろうから、あまり関係ないか……。

 

「で、だな理子。お前を呼んだのは───」

 

「この子達を武偵高に通わせたいから準備しろってことでしょ?」

 

さすがは理子だ。理解と話が早くて助かる。

 

「そうそう。……あぁでも通うのは金髪と白髪の方だけだ。和服っぽいの着てる方は身分証明書の類だけあれば大丈夫だよ」

 

チラりと理子がティオを見る。すると直ぐに「あぁ」というような顔をした。この中で1番大人っぽいからな。高校生は無理があると察したのだ。

 

「本当はジャンヌと協力してほしいんだけど……」

 

当のジャンヌはやはりやりたくはなさそう。

 

「理子、ハーレムルートは嫌いなんだよねぇ」

 

……おや、雲行きが怪しいぞ?

 

「マジでお願いします。ジャンヌがあんなだし、本当にもう頼れるの理子パイセンしかいないんすよ」

 

ここで理子に見捨てられると友達の少ない俺は本当に打つ手が無くなるので割と必死だ。魂魄魔法や何かを付与したアーティファクトでも多分この世界での公文書偽装は簡単ではない。むしろ、普通に理子やジャンヌのような奴らが偽装するより難しいかもしれない。俺はそういうの得意じゃないし、リサだっていくらなんでもそっち方面は専門外だ。ここはどうしてもコイツらの力が必要なのだ。

 

「……じゃあねぇ、理子の欲しいゲーム買ってくれたらいいよ?」

 

「買う買う。買うからよろしくお願いします!」

 

多分エロゲ(大人専用)だろうが、まぁその程度なら俺1人でもどうにかなるだろう。そんなんでこの問題が解決するなら安いもんだ。

 

「じゃあ後でリストアップして送るね」

 

ゲームソフトって確か1本5000円か6000円程度だったよな、とタカをくくっていた俺の悲鳴が響き渡るのは、その日の夜のことだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「それで、お2人はどういう関係なんですか?」

 

と、ジャンヌや透華達よりも、さらに気安い雰囲気で接する俺と理子を見て、シアが頭にはてなを浮かべている。

 

「ここは完全に友達だな」

 

「だよー」

 

「……つまり、理子は天人を好きになることはないということで良いの?」

 

ユエがズイと理子に迫る。この2人にはあまり身長差が無いから今にも鼻先がくっ付きそうだ。理子も、ユエの綺麗すぎる顔が目の前に来てちょっと慌てた雰囲気で後ろに下がっている。

 

「まぁ、それはないよねぇ」

 

「ないな。ていうか理子、ちゃんと好きな奴いるしな?」

 

理子はキンジが好きだ。もちろん恋愛的な意味で。俺としては1番の友達を応援したくはあるが、キンジはキンジで友人だと思っているので無理強いもしたくはない。俺の立ち位置はそんな中途半端なものなのだ。

 

俺の言葉にウッと言葉を詰まらせて顔を赤らめる理子を見てトータス組は皆察したようだ。

 

「そんなわけで、理子はホントに友達だ」

 

俺の言葉に、3人はふむと頷いた。

 

「まぁ、そんなことはどうだっていいんだよ」

 

と、透華がぶった切る。いや、どうでもよくはないでしょう。だがその言葉を、やはり俺は飲み込んだ。確かに、今俺にとってはそれ以上に重要な案件があるのだから。透華は理子からのグルグルパンチをあしらいつつジャンヌに何やら耳打ちしている。それを聞いて今日何度目とも知らない赤面を見せたジャンヌだが、何やら覚悟を決めたような顔をし俺を睨み付けてくる。それで、俺も何となくこの後の展開が予想できた。

 

「……天人」

 

「あぁ」

 

ジャンヌが、俺の名前を呼ぶ。俺はこの部屋にいた全員を見渡す。それだけで皆俺の言いたいことが伝わったのか、それとも最初からそのつもりだったのか、誰が何を言うでもなくジャンヌ以外の全員がこの部屋から出ていく。リビングと廊下を繋ぐ扉の向こうにも人の気配は無い。多分どっかの部屋にでも入ってくれたのだろう。

 

「天人、私はお前のことが好きだ」

 

何となく、それは悟っていた。というか、あの反応で分からないはずがない。ただ俺が、自分にそこまでの自信を持てなかっただけ。

 

「……あぁ」

 

「今まではリサがいるからとこの気持ちに蓋をしてきたし、透華達のことも、まぁお前にその気がないならと手伝ってやった」

 

「……」

 

「だがあの3人は違う。あの3人をお前が連れて来て、しかもその理由が愛しているからだと言われた時……勝手だとは思っている。それでも私は、お前に裏切られたような気分になったのだ」

 

「……ジャンヌには悪いことをしたとは思ってる」

 

「だから、私はあの子達の件に関して力を貸すのは嫌だ」

 

「……分かってる」

 

それは俺にだって分かる。けれど、それでも、俺は───

 

「1つ、聞いていいか?」

 

「……何?」

 

「天人、お前はリサがいなければ誰の告白でも受け入れるのか?」

 

「……そんなことはないよ。現に───」

 

……いや、これ言っていいのだろうか。特に、今のジャンヌに。まぁでもこれに関しては俺には後ろめたいことはないから、言うしかないか。

 

「……現に、俺は向こうで他に2人から告白を受けた」

 

雫と、そして最後の戦いが終わった後にはリリアーナからも俺は想いを告げられていた。そして、俺はそれらを受け入れることはなかった。ミリムのことで学んだのだ。その人を愛している自分の姿を想像も出来ないのならきっと俺はその人を心から好きになることはできないのだと。ならば、中途半端な気持ちで受け入れるべきではないのだ。特に、その相手が別の世界の人間であるならば。

 

「でもそいつらはここにはいない。付き合うことはできないって断ったからだ」

 

「……なら、ここで私があの輪の中に入れてくれと言っても無駄、ということか……」

 

「それは……」

 

ジャンヌのその言葉に、俺は思わず幻視する。自分がジャンヌと仲睦まじく街中を歩いている光景を。手を繋ぎ、腕を組み、時折見つめ合っては微笑み合うその光景を。ジャンヌのその薄い唇に自分のそれが近付く光景が目に浮かぶ。

 

そして、白昼夢は切り替わる。ジャンヌの横にいるのが俺ではなく、キンジの姿になる。キンジがジャンヌの腰を抱き、俺から遠ざかるように歩いて行く。微笑み合い、キンジの指がジャンヌの美しい銀髪を梳くように撫でる。その光景に俺は───心の中に、黒い感情が沸き起こるのを自覚した。けれど───

 

「それは、俺だけじゃ決められない。もう、俺だけの問題じゃないんだ……。だから───」

 

「───だから、あの3人に伺いを立てなければ、か?」

 

「……あぁ。あの3人の誰かが嫌だと言うのなら、俺はお前を受け入れられない」

 

1番言いそうなのはユエだ。多分、あの中で1番厭世的なのはアイツだろう。前に、奈落から出てきた直後くらいには俺と自分以外の人類皆滅びればいいとか思ってたと言ってたし。今だって身内以外の奴らにはほとんど心を開かないからな。それに多分、1番独占欲も強い。

 

「あの3人を説得してくれるほどの想いはまだないと、そういうことか……」

 

「悪いけど、俺の最優先はやっぱりリサとユエとシアとティオなんだよ」

 

男として、ジャンヌに魅力を感じないわけではない。だが、トータスで過ごした時間が、どうしたって俺にこう選択させるのだ。それに、ここでジャンヌの協力を取り付けるためだけに付き合う、というのも何か違う気がするし。

 

「……私はな、昔からお前がリサと仲良くしているところを見るだけでも心が痛かったのだ。きっと、あの3人までその中に加わったら私は耐えられない……」

 

そこで一旦ジャンヌは言葉を切り、顔を伏せた。けれど、数秒もすれば再び顔を上げて、泣きそうになりながらも言葉を紡いだ。

 

「……あの3人が納得すれば、お前は私のことも愛してくれるのか?」

 

その顔はきっと、"切なそう"という言葉が合うのだろう。俺にはそんな風に思えた。だからなのだろうか、俺も思わず言葉に詰まる。そしてようやく返せたのは───

 

「……あぁ」

 

この一言だけ。そして、多分それは可能だ。もしユエ達がジャンヌのことも認めてくれるのなら、俺はきっとこの美しい女を愛することを躊躇わないだろう。

 

「……分かった、今はそれでいい。……仕方ない、私もアイツらの件手伝うとしよう」

 

「……いいのか?」

 

ジャンヌのその意外な答えに、思わず俺は聞き返してしまう。

 

「あぁ。だからもう、私は気持ちを隠したりはしない」

 

腕を組み、こちらを睨み付けるジャンヌはしかし顔が真っ赤だった。恥ずかしいことを言っている自覚はあるのだろう。言われてる側の俺だって顔が赤くなってるのが自分でも分かるのだ。

 

「お、お手柔らかに」

 

おかげで俺の返しはまったく締まらないものになってしまった。いや本当、こういうところで締まらねぇんだよなぁ。

 

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