セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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ジェヴォーダンの獣

 

教授(プロフェシオン)とか名乗る背と鼻の高いイケメンに連れられて来たここは、どうやら潜水艦か何からしい。ほとんど人の来ない桟橋に止められた、ミサイルみたいな大きさの、潜水艦としては小さい気がするそれに乗せられて辿り着いたのは海中で待機する巨大な船だったのだ。

 

「ようこそイ・ウーへ。歓迎するよ、神代天人くん、リサ・アヴェ・デュ・アンクくん」

 

芝居掛かった身振りで俺達へ一礼したのがその教授だ。古めかしいスーツに身を包み、ステッキを手にする姿は小憎たらしいがよく似合っている。有り体に言えば自然なのだ、まるでそうあることが当然かのように振る舞うコイツの仕草の1つ1つが。

 

「そう警戒しなくていい。ここは学校のようなものでね。君達のように天賦の才に恵まれた者達が、その力を更なる高みへと押し上げるには絶好の場所だよ」

 

「……」

 

俺に何の才能があるというのだろう。聖痕なんて力を持っていてもろくにコントロールもできず、多少は使えそうな強化の聖痕だって、さっきコイツに封殺されたばかりなのだ。

 

それに心配なのは俺の横にいるリサだ。心細いのか俺の服の袖を握って離さないコイツには戦う才能なんて無いはずだ。そもそもがメイド学校なんて所に通うくらいには戦闘をする気が無いのだから。運動神経だって良いとは言えないし、どっちかと言えば普段から鈍臭い方なのに。

 

「天賦の才とは、武力や暴力のことだけではないのだよ」

 

まるで俺の思考を読んだかのように教授が喋り出した。

 

「そうかよ……」

 

確かに、身体を動かすことが苦手だった代わりにリサは昔から口が上手かったが、そういうのも天賦の才とやらに含まれているのだろうか。

 

「ふむ、まぁともかく皆に紹介しよう。着いておいで」

 

胡乱気に見つめる俺の目線に何を思ったのか、教授はクルリと、スーツの裾を翻しながら俺達に背を向けて歩き出す。俺とリサもそれに仕方なしに着いて行った。

 

そして───

 

「やぁ皆、新しい仲間が来てくれたよ」

 

仲間、なんてここにいる誰もそんな風には思っていなさそうなくらいにはピリついた雰囲気。おカッパ頭の美人、銀髪の綺麗な髪をした俺と同い年くらいの女の子。明るい茶髪をした暗そうな雰囲気の、年下っぽい女の子までいる。……やたら女が多いなここ。見渡す限りで男は教授と俺くらいだ……。

 

「ふむ、今日は女性が多いね。けれど安心したまえ神代天人くん、ここには本来もう少し男性もいるんだ。リサ・アヴェ・デュ・アンクくんも安心したまえ、今代のイ・ウーには女性の方が多いのだよ」

 

別に男女比なんてどうだっていいのだ、俺にとっては。大事のは、もうこれ以上俺から何も奪われないということ。そして、奪おうとする奴がいるなら今度こそ叩き潰す。俺の仄暗い決意に気付いたのかただ俺が暗いと思われただけなのかは知らないが、何人かはつまらなさそうに鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまった。

 

「さて、ジャンヌくん。彼ら2人の案内を頼めるかな?」

 

ジャンヌ、そう呼ばれたソイツは俺と同い年くらいの銀髪の女の子だった。そいつは俺とリサを一瞥すると一言───

 

付いてこい(フォローミー)

 

とだけ言ってスタスタを先を行こうとする。俺は思わず舌打ちをしてしまうが、とにかくこんな所でいきなり迷子はゴメンだとリサの手を取りそいつに付いていく。

 

「あの……」

 

「んー?」

 

そのまま少し早足で歩いてジャンヌとやらに追いついた辺りでリサが声を出す。

 

「手……」

 

その視線の先には俺に握られたリサの白くて小さい手があった。オランダ人ってのは世界的にも背が高いって聞いたことがあったが、リサは俺よりも背が低い。"へーきんち"ってやつは、高いのと低いのと両方の間をとるらしいから、リサはきっと低い方なのだろうと勝手に納得していた。

 

「あぁ」

 

俺はリサに指摘された手を離す。すると一瞬だけリサが寂しそうな顔をした……気がした。

 

「チッ」

 

と、舌打ちが聞こえたと思ったらジャンヌがこっちを睨んでいた。クイ、と顎で早くこちらに来いと示される。俺は今度はリサの手を取ることなくジャンヌの方へと歩いていった。

 

そうしてしばらくはジャンヌの後についてこのイ・ウーとかいう船の中を見て回っていった。ジャンヌの説明はやる気の欠片も感じられない説明で、精々が「食堂だ」とか「教会だ」だとかそんな程度。お前らどこで寝てるんだと聞けばそれぞれに個室が与えられているらしい。俺達のもあるだろうとのことだが、それはジャンヌも知らないようだ。……本当に知らないのかは怪しいところだがな。コイツ、面倒だからって適当にやっている節があるし。

 

「だいたいこんなものだ。後は教授にでも聞くんだな」

 

と、そう言い残したジャンヌは不機嫌そうなままどこかへ行ってしまった。付いてくるなと言わんばかりのその後ろ姿を追う気にもなれず、俺はリサと共にその場に佇んでいた。すると、背中に誰かの気配が現れた。

 

振り向けばそこにいたのは自らを教授と名乗ったあの男だった。なんだよ、と、目だけで訴えれば「おいで」と手招きされたので取り敢えず付いていく。すると、案内されたのはとある船室。どうにもここが今日から俺達が寝る部屋らしい。俺とリサは隣同士の部屋らしい。部屋の中は殺風景で、辛うじて机と椅子、それから布団の敷かれたベッドがあるくらい。欲しいものがあれば、時々行商人が来るからその時に頼め、もしくはどっかから奪ってこい、ということらしい。

 

「奪えって……ドロボーじゃないか」

 

「そうだね。だけどここはイ・ウー。世界のどこにも属さない無法者の集団なのだよ」

 

と、自信満々に返されてしまう。改めて俺は、自分がとんでもない所へ飛び込んでしまったのだと気付いた。だがもう遅い。何もかも全部失って、最後に僅かに残ってくれたリサまで失ったら俺にはもう───

 

だから俺は強くならなければならないんだ。もう俺から何も奪わせないために。降り掛かる火の粉を全て打ち払えるように。そのために───

 

「神代天人くん。君の思っていることは分かるよ。簡単なことだからね。だけど今日はもうおやすみ。まずはその溢れんばかりの感情を落ち着けることだ。そのためには眠ることが1番だからね」

 

教授にそう諭された俺は部屋に押し込められた。俺と繋いだ手を離されても服の裾だけは掴んで離さなかったリサの小さな手が離れる。俺はそれに一抹の不安と寂しさを覚えながらも、きっとそれを顔に出すことは抑えられたに違いないと思った。そして、叩きつけるように自分の身体をベッドに投げ出して、シーツに包まって瞼を落とした。眠りの闇は、直ぐにやって来た。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「ゴア……ッ……ゲェ……」

 

嘔吐(えづ)くのは今日何度目だろうか。そして、ここに来て何度目なのだろうか。もう数を数えるのも馬鹿らしくなるほどには嘔吐いた気がする。

 

強くなりたい、そう願った俺の言葉を教授(シャーロック)は叶えた。いや、叶えようとしてくれた。聖痕と呼ばれているらしい俺の力の根源は手に嵌められた鎖の無い手錠で封じられている。イ・ウーの船内にいる時だけじゃない。外に出る時も許可無く外すことは許されていないし、鍵もシャーロックが持って隠している。

 

その状態でのシャーロックとの戦闘訓練。殴られ、蹴られ、ステッキで打たれ、投げられ転がされ、銃で撃たれた。与えられた服は防弾と防刃の性能があるらしいが、それがなければ俺はもう100や200じゃ足りないくらいには死んでいただろう。

 

「今日は終わりにしよう」

 

と、シャーロックが適当なところで切り上げてようやくその地獄のような時間は終わる。だが俺はまだ何も得られてはいない。この程度の強さじゃ何も守れやしない。俺はふと周りを見渡す。そこにはたまたま通り掛かったのか峰理子がいた。俺は峰理子に手招きし、手合わせを願った。

 

最近知ったことだが、この小柄な女は俺と同い年らしい。そして、並々ならない向上心も持ち合わせていた。だから俺との戦闘訓練も結構快く受け入れてくれる。

 

そして意外なことに、コイツは喋ってみると結構明るい奴だった。俺にはその底抜けの明るさが少し眩しく感じられていた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

イ・ウーに()()()()から何ヶ月かの月日が流れた。その間俺はずっと戦闘訓練と座学ばかりをやらされていた。座学と言っても戦闘技術に関わることばかりではない。所謂学校のお勉強とやらもやらされた。

 

だがどうにも俺にはそれが合わず、また、さっさと戦えるようになりたいというのもあって、あまりやる気は出なかった。それをシャーロックも察したのか、ここでの公用語らしいドイツ語と日本語以外には英語の勉強だけはやらされたが、それ以外は基本的に戦い方の勉強ばかりになった。銃の種類、扱い方、刃物の種類や毒物に関してとか、俺はそんな血生臭いことばかりを学んでいった。

 

その間にリサはイ・ウーの家事全般や会計も任されるようになっていた。語学の勉強はリサも一緒だったが俺より頭の出来が良かったリサとはやる内容も少しずつ変わっていった。

 

「……リサ、どうしたんだよその怪我」

 

イ・ウーに来てから1年が過ぎようとしていた。リサが包帯を巻いて帰ってきたのはそんなある日だった。どうやらリサは外でも活動もしているらしいとは聞いていたが、戦う力の無いリサが怪我をするような状況なんて俺には想像がつかなかったのだ。

 

「天人様……」

 

けれど、リサはその包帯を隠すようにして部屋に入ってしまった。

 

最近、リサはイ・ウーでも主戦派(イグナチス)とか呼ばれている派閥に入っているようだった。どんなとこかとジャンヌに聞けば、自分らの力で世界征服を企むようなぶっ飛んだ奴らの集まりらしい。

 

……なんでリサがそんなところにいるのか知らないが、どうにも見逃していい奴らじゃなさそうだ。

 

その次の日には包帯も取れ、傷跡なんてどこにもなさそうなリサがいた。リサは昔から怪我の治りが早かった。転んで膝を擦りむいても次の日には傷跡なんて綺麗さっぱり無くなっていた。そういう形質を持つ家系だとは聞いていたが、どうにも俺の思っていたそれよりもさらに早いらしい。

 

そしてまたしばらくした後、再びリサが怪我をして戻ってきた───

 

「リサ!」

 

「……天人様。いえ、リサは大丈夫です」

 

だがやはりリサは自分の怪我を俺から隠そうとするのだった。だけど俺はもうこれを見逃してやるつもりはない。

 

「大丈夫なわけあるか。何でお前がそんな怪我をしてるんだよ。リサが戦う必要なんて───」

 

「あるのよ、それがね」

 

急に現れた気配と声に振り向けば、そこには黒いヒラヒラの──理子曰くゴスロリと言うらしい──服に身を包んだヒルダとかいう金髪縦ロールの女がいた。この前コイツに「蝙蝠とデンキウナギを足して人型にしたみたいだな」と言ったら電撃を喰らわされた挙句随分と鞭で打たれたものだ。

 

「あ?」

 

「ふん……まったく野蛮な目ね。鎖に繋がれて、本当に檻の中の獣みたい」

 

「なんだお前」

 

俺はヒルダを睨むがコイツはそれを意に介さずに不機嫌そうに鼻を鳴らす。そして、話す気も失せたとばかりに、コツコツと踵の高いヒールの音を艦内に響かせてどこかへ行ってしまった。

 

「……リサ、お前、アイツらに何やらされてるんだ?」

 

「リサは……」

 

「話してくれ。俺はお前の力になりたいんだよ」

 

両親を、咲那を失った俺にはもうリサしか残されていないのだ。この上リサまで失ったら、俺はもう耐えられない。だからアイツらがリサを傷付けようっていうのなら、俺は何に替えてもリサを守る。そう決めてここに来たんだから。

 

「リサは───」

 

 

 

───────────────

 

 

 

リサの口から語られたこと。それに俺は思わずリサを抱きしめそうになった。どうにかそれは思い留まれた。さすがに付き合ってもない女の子を抱き締めようものならビンタの1発くらいは覚悟しなきゃだからな。リサに嫌われるのは、きっと死ぬより辛い。

 

「爆弾抱えさせられて特攻とか……」

 

その代わり、俺は唸るように呟いた。どうやらリサはヒルダ達の仕事に一緒に駆り出され、そして怪我の治りが早いからって理由で無茶な鉄砲玉みたいなことをやらされていたらしい。

 

「リサ、次にアイツらに呼ばれたら俺を呼べ。お前の代わりに俺が同じことをやる」

 

「そんな……天人様は……」

 

「リサ、お前のこと守らせてくれ……。俺じゃあまだ頼りないかもしれないけどさ。これでもシャーロックに鍛えられてんだ。俺は、リサが怪我するところなんて見たくねぇんだよ……」

 

リサは俺の言葉を聞いて俯いてしまう。小声で何やら呟いているようだが声が曇っていてよく聞こえない。よく耳をすませば、「もしかして……もしかして……」と言っているようにも聞こえるけど、よく分からん。表情も、前髪に隠れてよく見えないし。

 

「ありがとうございます。もし次にヒルダ様達に同じことを命じられそうなら天人様をお呼びします」

 

「あぁ」

 

リサは立ち上がり、俺に一礼をした。その時、重力に従って下に弛んだブラウスの奥から、年の割に発育の良い肌色が少し見えてしまい、俺は思わず目線が吸い込まれてしまう。

 

だが直ぐにリサは頭を上げたから、俺も目線を上──顔の方へ──動かした。バレてないと思いたい。

 

結局その日はそれで2人とも自分の部屋に戻り、顔を合わせることはなかった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「俺が代わりにそれやるよ」

 

あれからしばらく経ったある日、リサから「ヒルダ様達からお呼びがかかりました」という声を聞いて俺はヒルダ達の元へと来ていた。そして、爆発物を抱えて敵の建物へ突貫。爆発させて陽動を行うという捨て駒作戦に自分がリサの代わりに出ると申し出た。

 

「ほほほ、お主が出てどうなると?」

 

答えたのはヒルダじゃなくてパトラとかいうおかっぱ頭の美人だった。

 

「陽動くらい俺だって出来る。それに、リサは爆弾抱えて突っこみゃそこで戦闘不能だ。けど俺なら爆弾投げ込んでからも戦える。俺を使う方が得だぜ」

 

俺とリサの差別化。それがないとコイツらには態々気に食わない俺を使うメリットが無いからな。リサはいくら怪我の治りが早いと言っても鉄砲玉1発こなしたらもう戦闘不能だ。だが俺なら爆弾を投げ込んで陽動を行いつつ寄ってきた敵を相手することも出来る。連れて行くなら当然俺の方が手駒として都合がいいのだと、そこを押し出す。

 

「分かってないようね。そこのリサには死の淵(アゴニサント)に血の力が覚醒するのよ。それが出せれば手錠の掛けられたお前なんて目じゃないのよ」

 

だが、俺の意見はヒルダに蹴落とされる。でもなぁ、俺だって自分が肉弾戦だけでそこまでやるつもりはない。まだ手札はあるのだ。

 

「そりゃあショットガンより使えるのかよ」

 

俺が背中に抱えていたのはウィンチェスターのショットガンだ。それもソードオフモデル。

 

「私、それ嫌いなの」

 

「そうかよ。別にお前に使うわけじゃねぇけどな」

 

まぁ、見たくないというのなら見せびらかす物でもないと俺はショットガンを背中に仕舞った。

 

「まぁよい。そこまで言うのなら貴様の価値を示してみせるのじゃ」

 

と、パトラは意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言った。だからあ 俺もただ頷くしかない。例えコイツらに何か裏があるのだとしても、俺はリサを守らなくちゃいけないんだから。

 

「あぁ……」

 

 

───その日、俺は初めて自分の意思で人を殺した

 

 

 

───────────────

 

 

 

「天人様!!」

 

久々に欧州の地を踏み、そしてその土と自分の手を知らない誰かの血で汚した日、イ・ウーの母艦に戻った俺を迎えてくれたのはリサだった。

 

「リサ……」

 

まだショットガンの反動の感触の残る俺の手をリサが握る。白くて細く、ひんやり冷たいリサの手は、火照った俺の身体からすっと熱を奪っていくようだった。

 

「俺……出来たよ……お前の代わりに……爆弾投げ込んで、ショットガンで人を撃てたんだ……1人目は腹が弾け飛んだ。2人目は……脚が吹っ飛んで……それで……」

 

「あぁ……天人様……私の()()()()……」

 

俺が殺した2人の最期の姿を思い出し、思わず背骨から震えた俺の身体をリサが抱きしめてくれる。俺より少しだけ背の高くなったリサの身体の熱量に包まれ、俺は膝から力が抜けてしまう。崩れ落ちる俺を支えるようにリサも一緒に座り込む。

 

「感動の報告会の最中で悪いのだけれど、貴方、目立った怪我もなさそうだしまた直ぐに呼ぶからね」

 

「ヒルダ様……」

 

薄暗い船内の通路に現れたのはヒルダだった。俺はヒルダが何のためにあそこを襲ったのかは知らない。興味も無いから聞いてもいない。どうせろくな理由じゃないことだけはハッキリしているのだ。ここは無法者の集団イ・ウー。それだけで充分だ。

 

「分かってるよ」

 

「それならいいのよ。鎖に繋がれた醜い駄犬、鞭で打たれたくなければ精々言うことを聞くのね」

 

打つのは俺じゃなくてリサなのだろう。それが分かっているから俺はこの仕事を投げることはできない。従順に、犬のように働き続けるしかないのだ。

 

「天人様、今日はもう休みましょう」

 

「……あぁ」

 

あれだけ震えていた身体も、ヒルダの人を見下したようなあの面を見て少しは落ち着いたようだ。俺はリサに手を引かれ、自分の部屋に戻った。

 

「おやすみなさい、天人様……」

 

シャワーを浴びて寝間着に着替えた俺をベッドに寝かせ、自分は椅子を引っ張ってきてベッドの脇に腰掛けたリサはそのまま俺のまだ少し濡れた髪の毛を撫でる。そのたおやかな指先から与えられる刺激が俺の瞼を落とし、意識を眠りの中へと引きずり込んでいった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「なんでリサがいるんだ!!」

 

あれから何度目とも知れぬ程に俺は主戦派の奴らと様々な所を襲った。その中で人を殺したこともあったし撃たれたこともあった。シャーロックからは手錠を外す許可は出ず、その弾丸は俺の身体を貫くこともあった。それでも、泥を啜ってでも俺はイ・ウーに戻り、ヒルダに罵られ、リサに手当され、また戦いの中に身を投じていた。

 

合間にはシャーロックとの修行や理子やジャンヌとの手合わせもこなし、俺とリサはもうすぐ14になる。俺の声が掠れ気味になってきた頃に、また仕事だと呼び出された俺の前にいたのはヒルダ達だけではなかった。リサもいたのだ。あれからこれまで、リサがコイツらに使われたことは無い、と思う。なのに何故今また……。

 

「前に言ったでしょ?リサは死に際に血の力を発揮する。今回の相手は数が多いから、お前だけじゃ足りないのよ」

 

「なら、この手錠をシャーロックに外させる。そうすりゃたかが普通の人間なんて物の数じゃあない」

 

「残念、教授はいないのよね。今日はお出掛け」

 

ヒルダはとても楽しそうに声を弾ませていた。シャーロックがいないことそのものよりも、俺の心を甚振ることに快感を覚えているのだ。

 

「ぐっ……」

 

「そんなにそこの女が怪我するのを見たくないのなら、お前が守ってやりなさい。忠犬のように、身を呈してね」

 

「んなこたぁ言われなくても分かってんだよ……」

 

その程度、当たり前のことだ。リサに降り掛かる火の粉は俺が全部振り払う。そう決めてんだよ。

 

「ならいいじゃない。キャンキャン騒ぐんじゃないわよこの駄犬。……リサも、飼い主なら犬の躾くらいちゃんとしときなさい。無駄吠えが過ぎるわ」

 

ヒルダのいつもの罵倒なんて頭に入れるだけ損だ。俺もリサもそれは分かっているから一々突っかかったりはしない。ヒルダも言ってる割に言い返されるのは嫌いなので、黙っている俺達を見て多少の溜飲は降りたようだ。

 

もっとも、コイツは一方的に痛めつけて相手の泣き顔を見るのが好きな生粋のサディストだから、反抗の火が消えない俺を相手にする気がないだけという可能性もあるけど。

 

 

 

───────────────

 

 

 

そして俺達が夜の闇に紛れてやって来たのはとある洋館。ここにヒルダのお目当てがあるらしい。

 

「さて、お前達は正面で思いっ切り暴れなさい。その間に私達は勝手にやらせてもらうから」

 

コイツの回収はパトラが、俺とリサのそれは夾竹桃とかいう俺と同じ日本人の女がやることになっていた。満月の明かりに照らされたヒルダはそれを見上げると、光から逃げるように木陰へと姿を消した。

 

「……リサは俺の後ろにいてくれ。大丈夫、全部俺がやるから」

 

「はい、天人様……」

 

背中にショットガンを担ぎ、腰には拳銃、両手にはリサと俺の分の小型の爆弾。

 

「……時間です」

 

リサはその声と共に洋館の門の鍵を渡された解錠用の汎用キーで開ける。いつの間にやら抜かされていた身長も最近では同じくらいになっていた。けれども後ろから見るその背中は、なんだかとても小さく見えた。

 

そして俺達は正面から豪奢な庭の中に入り、玄関の扉をショットガンでぶっ壊した。それだけの音を響かせれば玄関ホールには続々と人が集まってくる。リサが1歩下がったのを確認し、俺はポンプアクションで弾丸をリロードしてもう一度その引き金を引く。

 

銃口から飛び出し拡散した鉛玉がワラワラと出てきた黒いスーツ姿の男共に襲いかかった。スーツまで防弾仕様だったらどうしようかと思ったが幸いにも普通の生地で縫製されていたようで、俺の放った鉛玉は彼らの着ていたスーツを突き破り、肉を抉った。

 

ガシャコと弾丸を装填し直した俺は更に引き金を引く。散乱するショットガンの鉛玉に、奴らの統制は乱れていた。俺は玄関ホールからあまり奥には入らず、出入り口を塞ぐようにしてショットガンを撃ち続ける。これは陽動なのだ。コイツらをここにピン留めし続けられればいいのだから、態々懐に飛び込む必要はない。

 

だが当然、数では向こうが圧倒的に有利だ。室内での制圧力が高いショットガンを持っていても向こうだって拳銃やサブマシンガンくらいはある。

 

大仰な玄関の影からショットガンを撃つもジリジリと向こうもにじり寄ってくる。残りの人数は5人、全員が拳銃かサブマシンガンで武装している。

 

俺は最後の1発をばら撒くと扉の影に入った。そしてショットガンを背負い、拳銃を抜く。やがて警戒しながらも俺を追って出てきた1人目の腹に弾丸を叩きつけた。俺は、夜に襲撃すると聞いて全身を防刃性の黒い服で包んでいる。この月と星の明かりの下では思った程の迷彩効果は期待できなさそうだが、それでも一瞬姿を眩ませる程度はできるだろう。

 

2人目が出てくる直前に姿勢を低くし、腹を撃たれた奴の身体を影にして正面に回り込み、2人目も土手っ腹に弾丸を叩き込む。残り3人。

 

銃口から射線を見切り、一息に手前の男の懐に飛び込む。ゼロ距離で引き金を引いて腹をぶち抜く。そして崩れ落ちてきた───俺よりも一回りは大きい身体を盾にしてさらにもう1人。

 

そして5人目───と思ったがいつの間にやら屋敷の奥へと駆けて行ってしまった。どうやら逃げるつもりのようだ。逃げるというのなら深追いする気もない俺は盾にした男を投げ捨てて振り返る。後ろでドサリと肉が地面に落ちる音を聞きながらリサを探せば庭に置かれた石造りの置物の裏からひょっこりと顔を出していた。

 

「リサ」

 

「モーイです、天人様!」

 

と、リサも俺達の作戦は終わりだと悟ったのか笑顔でこちらに掛けてくる。

 

「───っ!?()()()()!!」

 

だが、急に血相を変えたリサが俺を突き飛ばした。そして───

 

 

───タァン!!

 

 

響く銃声。リサの身体が後ろに仰け反り、最近は随分と育ってきていて目のやり場に困るその大きな胸から鮮血が弾けた。

 

「リサ……?リサッ!?」

 

俺は咄嗟に射線を遡り、その弾丸を放った奴を探し出す。それは先程俺が投げ捨てた男だった。俺はそいつの頭目掛けて、拳銃のスライドが開き切るまで弾丸を吐き尽くす。脳漿が飛び散ったその男の末路を見るのももどかしいくらいに慌てて俺は振り返った。そこには───

 

 

───胸から血を流して仰向けに倒れたリサがいた

 

「リサ!リサぁ!!」

 

俺はリサに駆け寄り、その細い身体を抱き上げる。弾丸が貫通したのは良かったのか悪かったのか、とにかく俺の掌はベッタリとリサから流れ出た血によって真っ赤に染められた。

 

「あぁ……リサ……どうして……どうすれば……」

 

「……ご主、人様……」

 

「喋るなリサ!あぁそうだ、パトラだ、アイツなら……」

 

アイツもこの辺りに来ていたのだ。アイツの超能力ならあるいはこの致命傷も───

 

「離、れてください……」

 

「そんなの、出来るわけ───」

 

「リサは、嫌い……なのです。あの姿が……でももう、抑え……きれ、ない……」

 

 

───リサ……?

 

 

俺の呟きは、夜の闇に消えてしまう。代わりに現れたのは───

 

「───私は、神を呪う……」

 

リサの細い肢体がバキバキと音を立てて膨らんでいく。まさか、これが───

 

「この力を与えた、神を……」

 

イ・ウーでシャーロックに見させられた図鑑にはこんな姿の獣は載っていなかった。白い、巨大な獣───

 

「ご主人様……リサから、離れて、ください……!私は……」

 

リサの姿は今や狼と人間の間と言ってもいいかもしれない。けれど、狼はこんなに大きいものだっただろうか。

 

「……ジェヴォーダンの……獣……っ!」

 

まるで、内側から別の生き物に変わっていくように身体を変化(へんげ)させていくリサ。その目は、俺の肩越しに空に浮かぶ満月を見ていた。これが、ヒルダの言っていたリサの血の力ってやつか───

 

「リサは、嬉しかったのです。高い階梯に置かれてたとは言え、それはこの力があってのこと……。でもご主人様は、リサを守ると言ってくれました……戦って、くれました……。この人なら、もしかしてと、そう思えました……」

 

あぁ、リサ、リサ。なんでそんな、今際の際みたいなことを言うんだ。まだだ、まだ終わってねぇだろ。俺はまだ何もしてやれてない。お前に、何もしてやれてねぇんだよ……。

 

「……主戦派は知らない……リサを獣に変えるには2つの鍵が必要だということ……」

 

既にリサの身体は5メートルを超えるほどに大きくなっている。

 

「死の淵ともう1つ……満月……。月から反射される、赤外線を減衰させたスペクトルの太陽光を……網膜に感受させること……それが、最後の鍵、なのです……」

 

「お逃げください……その手錠をされたままのご主人様では……獣となったリサには……殺されてしまう……例え理性が無くとも……ご主人様を、この爪で引き裂くのは……何よりも……辛い……」

 

俺の着ている服は防刃性。トレーニングで使っていた防弾性能のある服は身体のサイズに合わなくなり、また防弾性能があるからと油断しないため、とかいう理由でシャーロックからは新しいのは与えられなかったのだ。

 

だが、その防刃性だって絶対じゃない。顔や首などの皮膚の出ている所をあの爪で突き刺されたら俺は確実に死ぬ。嵌められた手錠には聖痕の力に蓋をする機能があるから、俺の体は見た目通りの性能しか発揮できないのだ。

 

「……お祖母様にもお母様にも主がいました。……リサにも、最期にはご主人様ができました……。リサはそれだけで、幸せ……でした……」

 

その言葉を最後にリサの肉体は決定的な変化を遂げた。滑らかで柔らかでムダ毛なんて概念からして存在しなさそうだった皮膚は金色の体毛に覆われ、俺と同じくらいしかなかったはずの身長──もはや体長と言っても過言ではない──は、5メートルを優に越えていた。あの誰のそれよりも可愛らしい顔は今や雄々しい狼のようなそれになり、そして最後に翡翠色(エメラルド)の瞳から涙を1滴だけ流して、その顔から表情が全て掻き消えた───

 

 

 

───────────────

 

 

 

「グッ……」

 

リサの、ジェヴォーダンの獣とやらに成り果てたその体躯に俺は弾き飛ばされて地面を転がった。だが距離が空いたその瞬間に俺は拳銃のマガジンを差し変える。

 

リサ、俺は諦めねぇぞ。俺はもう絶対に諦めない。2度と失ってなるものかよ。ジェヴォーダンの獣、リサの中に眠っていた獣よ、お前が俺からリサを奪おうってなら俺はお前を潰す。そしてリサを取り返す。

 

ジェヴォーダンの獣、オランダにいた頃に伝承じゃあ聞いたことあるぜ。百獣を統べる獣の王。まさかそれが実在していて、しかもリサの中に眠っていたなんてな。噂じゃあジェヴォーダンの獣が男なら清らかな乙女を、女なら男を生け贄にすりゃあいいって話だったな。ならリサは女だ。男の俺を捧げりゃあいいってことだろう?それでいいさ。俺の全部はリサに捧げてやるよ。当たり前だ、俺はリサのご主人様なんだからな。だからよぉリサ───

 

「帰ってこいリサ!!俺の元へ!」

 

俺の叫びを契機にリサは俺に飛び掛ってくる。振るわれるその爪を俺は防刃性能に任せて腕で弾く。すると、ぶつかり合った箇所からバキッ!と音が鳴る。骨でも折れたかと思ったがそこまでの痛みはなかった。……どうやら、俺の手首に嵌められた手錠に爪が当たったみたいだ。バックステップで距離を取りながら、月明かりに照らされたそれを見れば、少しだけ手錠にヒビが入っている。これは……。

 

見つけだぜリサ。お前をジェヴォーダンの獣から取り返す方法がな。

 

俺は右手に拳銃を握り、リサの左前脚の爪を狙って弾丸を放つ。獣も人間と同じで指先には神経が集中しているからそこを攻撃されるとダメージ以上の痛みが走るんだ。リサを傷つけたくはないが、まずはジェヴォーダンの獣から取り戻さなきゃなんねぇんだ。やるしかない。

 

しかし、ジェヴォーダンの獣は射線を読み切っていたようで、足を引っ込めて弾丸を回避。そして俺の左手側から回り込むようにして再び爪を振るう。俺はそれを再び手錠で受け、その衝撃も利用してまた距離を空ける。今度は正面から飛び込んで来たジェヴォーダンの獣の、その身体の下を潜るように俺は懐に飛び込む。そして転がり起きてまた左前脚の爪を狙う。

 

放った弾丸は当たり前のように躱された。しかし俺の右手側から攻め辛いジェヴォーダンの獣はまた俺の左手側から、今度は大きな顎を開き、その牙で俺を砕こうとする。その歯の間に手錠を挟み腕の骨を噛み砕かれるのを防ぐ。

 

しかし、ジェヴォーダンの獣の咬合力は凄まじく、手錠からバキバキと音が響き出した。さらに俺は体重差でジェヴォーダンに押し倒されてしまう。左の前脚からも爪が振るわれるが、これをどうにか右手1本で弾き、凌いでいく。そして噛まれた左手の手錠は───

 

 

───バキィッ!!

 

 

ジェヴォーダンの獣の顎の力により遂に砕けた。そしてその勢いのまま俺の左腕にも鋭い牙が突き刺さる。防刃性能のある袖が貫通こそ防ぐものの、凄まじい咬合力により骨が悲鳴を上げている。手錠を嵌めたまま生活しなけりゃならないからって袖口に余裕のある服で良かった。でなけりゃ今頃あの鋭い牙で手首の太い血管を貫かれてたな。そして、手錠が半分になったことで俺の中の聖痕の蓋が半開きになる感覚があった。

 

俺はそのまま力づくで聖痕を開き、全身の強度と膂力を強化していく。

 

最近はシャーロックの監視の元、聖痕の力のコントロールの訓練も行っていたのだ。今だもう1つの方こそ制御できそうにないものの、強化の方はほとんど俺の意のままに操れる。

 

俺は増した力のままにジェヴォーダンの獣を押し返していく。ビキリと、噛まれたままの左前腕から嫌な音がする。骨にヒビでも入ったか。だがもう押し負けねぇぞ。いくらまだほとんど閉じてるとは言え、聖痕の力はこの世界の理とは一線を画すんだ。リサの中のジェヴォーダンの獣がいくらこの世界で百獣を統べようと、そんなのはこの力の前じゃ何の意味もありゃしねぇんだ。

 

物の見事にジェヴォーダンの獣は押し返される。それでも、立ち上がった俺に左前脚で爪を振るう。俺はそれを右手の手錠で受ける。当然、手錠にはヒビが入る。

 

ジェヴォーダンの獣は俺の腕から顎門を離すと俺を突き飛ばすようにして距離を置いた。俺は機能こそしてないものの腕に引っ掛かっている手錠を投げ捨てる。俺の膂力はもうあの巨大な獣とほぼ同じだ。神経系の働きも強化されているから、膂力に目が追いつかないなんてこともない。俺は拳銃をホルスターに仕舞い、拳を構える。それに合わせてジェヴォーダンの獣も姿勢を低くし、飛び掛る体勢を取った。

 

 

一瞬の空白の後、俺達は同時にぶつかり合う。

 

 

俺達の持つ膂力はほぼ変わらないにしても、人間と大型の獣の持つ体重差は覆らない。重量勝負に負けた俺は再び背中から地面に叩き付けられた。そして俺の頭を噛み潰そうと迫る牙に、今度は右手の手錠を咬ませて逃れる。

 

噛みつかれた手錠がバキバキと悲鳴を上げる。犬に噛まれた時は噛まれた腕を押し込むのが良いらしいと聞いていた俺は力任せに腕ごと押し込む。それを受けてかジェヴォーダンの獣の咬合力が一瞬緩んだ。俺はその隙に腕を引き抜く。手の甲に鋭い牙が掠め、薄皮が裂かれるが無視。

 

俺はジェヴォーダンの獣の頭を腕で抑えるとそのまま跳び箱でも飛ぶかのようにしてその大きな背中へと飛び乗った。そして首に腕を回し胴体を脚で挟んで絡みつく。そして奴の耳元で叫ぶ。

 

「リサ!起きろリサ!!」

 

リサを呼ぶ。ジェヴォーダンの獣は俺を振り払おうと暴れるが俺は毛に指を絡ませて振り落とされないようにしがみつく。

 

「大丈夫だから!リサ!守るから!俺がお前のことを守るから!だから戻ってこい、リサ!!」

 

だが俺の声はリサに届いていないのか、ジェヴォーダンの獣は暴れる。俺を振り落とそうと、遂には背中から地面へと落ちた。その体重によって潰された俺の肺から空気が抜ける。更に洋館の壁に俺をぶつける。それにより一瞬指先が緩む。その隙に身体を大きく揺すったジェヴォーダンの獣からついに俺は振り落とされる。

 

「リサ……!!」

 

ジェヴォーダンの獣の顎門が迫る。体勢を崩していた俺はその牙の林の中へ拳を突き出した。

 

──バキィッ!!──

 

と、腕を喰い千切らんとばかりに閉じられた顎門によって、俺の聖痕を縛めていた手錠が遂に砕ける。───全身に力が漲る。

 

俺は噛まれた腕を振り回し、ジェヴォーダンの獣を投げ飛ばす。そして放物線を描き、落下を始めた奴の巨躯に飛び付いた。両の前脚を腕で掴み、胴体を脚で挟んで拘束。そのままジェヴォーダンの獣は背中から地面へと落下した。

 

「戻ってこいリサ!」

 

ジェヴォーダンの獣の顎門が俺の頭へと迫る。

 

「リサ!」

 

視界が肉色と群生しているかのような白い牙で染まる。

 

「リサァァァァァ!!」

 

俺の頭を噛み潰さんとその顎門が閉じ───

 

 

───ることはなかった

 

 

 

───────────────

 

 

 

シュウ───と、まるで煙のようにジェヴォーダンの獣が消えていく。元々着ていた衣類は1式無くなってしまったようだ。お尻の辺りから生えたフサフサの尻尾と頭頂部にある1組の犬っぽい耳だけが残っている。他は全て、いつもの愛らしく美しいリサに戻ったのだ。

 

「リサ……」

 

見ようによっては、と言うよりどこからどう見ても俺が女の子を裸にひん剥いて組み伏せているようにしか見えないこの絵面は不味いと、俺はリサの上から退いた。

 

「天人様……ご主人様……」

 

腕でその大きな果実を隠し脚を閉じながらリサも起き上がった。数分振り程度の筈なのに、リサの声がどうしても懐かしく感じてしまう。獣の唸り声ではなく女の子の声。甘ったるくて耳触りの良いリサの声。

 

「リサ!」

 

「ひゃあ!?」

 

思わず俺はリサを抱きしめる。リサも、俺を押し退けようとはせずに、受け入れてくれた。胸の前で組まれていた腕を解いてその細い腕が俺の背中に回る。リサの胸が俺の胸板で形を変えるのが伝わる。ドク、ドク、という心臓の鼓動も伝わってきた。そのペースが結構早くて、リサが少し緊張しているのが分かった。

 

それでもリサは俺の耳元に口を寄せ───

 

「ありがとうございます。ご主人様。リサはご主人様を、愛しています」

 

そう、言ってくれるのだった。

 

「俺も、リサのこと───」

 

愛している、そう言おうとした俺の唇に、リサの人差し指が当てられた。そのほっそりとした柔らかな指の感触に、俺は思わず押し黙る。

 

「待ってください、ご主人様。リサの話を、聞いていただけますか?」

 

「……あぁ」

 

リサの、決意を固めたような顔に俺はただ頷く。そしてリサは話し始めた。リサの家系のこと、イ・ウーに誘われた理由と誘いに乗った理由を。俺はただ黙ってそれを聞いていた。リサからすれば、昔馴染みの俺にすらずっと黙っていたことを今更話す、というのは結構覚悟のいることだったようだ。時折俺の方をチラリと見やり、反応を窺っているような仕草をしていた。俺はその度に「続けて?」というような目線を送り、リサはそれを受けて話し続けた。そして、全てを語り終え───

 

「……こんな私でも、ご主人様はリサを愛してくださいますか?」

 

と、聞いてきた。けれどそんなの、答えなんて決まりきっている。俺は全てを失ったあの時、リサがシャーロックと行きそうになったあの瞬間から全部決めてんだ。

 

「当たり前だ。俺はリサを愛している。お前に降り掛かる火の粉は全部俺が振り払う。だからリサ、俺と一緒に生きてくれ。リサのことは、俺が絶対に守ると誓うよ」

 

「ご主人様……あぁ、リサの愛しのご主人様……。遂に、遂にリサにもご主人様が見つかりました……リサの勇者様……」

 

感極まり、涙を流すリサを俺は抱きしめる。もう絶対にコイツを誰かに傷付けさせやしない。リサは俺が一生守り通すのだと己に誓う。そしてどれ程の時間抱擁していただろうか。どちらからともなくそれを少しだけ解き、顔を見合せた俺達は、これもどちらからともなくただお互いの唇を重ね合わせた。熱が伝わる。リサの熱い体温が、想いが、愛が伝わる。俺も、同じだけのそれを返す。何度も何度も重ねては少し離し、また重ねる。感じるのはただ愛おしさだけだった。この女が、リサが愛おしい。それだけがこの瞬間に俺の胸を埋め尽くしていたのだった。

 

 

 

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