セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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例え贖罪にならなくとも───

 

家に帰ったら彼女が甘々ファッションでお出迎えしてくれました。なんて言えば超贅沢な風景に見えるだろう。実際そうだ。

 

「……んっ、シア可愛い」

 

「よくお似合いですよ、シア様」

 

ユエとリサも絶賛のロリータファッションに身を包んだシア。ウサミミがぴょこぴょこ動いていてご機嫌らしい。

 

「ジャンヌと買いに行ったのか?」

 

「はい、ジャンヌさんが選んでくれました。これなら尻尾もキツくないですぅ」

 

あぁ、シアが今着ている服は装飾過多だが基本はワンピースみたいな形だからか、尾てい骨の辺りには余裕があるのか。しかし───

 

「普段水着みてぇな服しか着てないのに意外だな」

 

「兎人族の民族衣装を露出魔みたいに言うのはやめてほしいですぅ!」

 

シアの叫びにしかし俺達は顔を見合わせるばかりだ。何せあんな……下手したら水着より肌の出ている服を着て旅をしてたんだからなぁ。

 

しかしシア的には俺達の反応が気に食わないらしく、「大変遺憾ですぅ」というような雰囲気を醸し出している。

 

んー、シアには名古屋武偵女子(ナゴジョ)の制服は見せられねぇな。確実に「私もこれにしますぅ」とか言い出しそうだ。あんな股下数センチ&へそ出し上等な、防弾制服は短ければ短いほど自分の強さの証明になる!なんていうトチ狂った校風丸出しの格好は流石にさせられない。

 

しばらく着たら取り敢えずは満足したのか、結局部屋着のキャミとショートパンツとかいう超薄手スタイルに戻ったシアを眺めながら、俺はそんなことを心に誓うのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「えぇと、これから俺ぁ異世界を回ってこようと思う」

 

リサが仕入れてきた鉱石や鉱物に錬成を試し、それらがトータスの時と同じように機能することを確かめた次の日のこと。俺は皆の前でこう宣言したのだ。

 

「……それは、これまで回ってきた世界ってこと?」

 

ユエの質問に俺は「そうだ」と頷く。

 

「……私も行く」

 

すると、ユエが立ち上がり、シアも「私も行きますぅ」と手を挙げた。

 

「……いや、今回は俺1人で行かせてくれ。特に───」

 

「……最初の世界」

 

俺の言葉を遮ってユエが告げる。そう、俺とリサが最初に飛んだ世界。ISのあるあの世界へ俺は行こうと思っていたのだ。

 

「……そうだ。トータス以外で俺とリサが特に深く入り込んだ世界が幾つかある。その、1番最初の世界だ……」

 

それと同時に、多分最も最悪な形で出た世界でもある。あの後から俺はなるべくその世界に深く関わることを止めたのだ。深く知らなければ、何も考えることなく刃を振るえる気がしたから……。

 

「ユエ、シア。これは俺が受けなきゃいけない罰なんだよ。俺が向けられなきゃいけない感情なんだ。俺には、それを受け止める義務があるんだ……」

 

「……天人」

 

「天人さん……」

 

「……ご主人様、それには、リサも行っていいでしょうか?」

 

「リサ……?」

 

ユエとシアが、俺の罪を知っている2人が俺を見据える中、リサがおずおずと手を挙げた。

 

「あれは、リサがあの時世界を渡る方法を伝えたから……リサが、またこの世界に戻りたいと願ったから……。ならご主人様の罪はリサの罪でもあります。償うのなら、リサも一緒に……」

 

「違う、違うよリサ。リサの願いを叶えることが俺の望みだ。リサに降かかる火の粉は全部俺が払う。それで被る罪も罰も全部、俺の物だ」

 

俺の全部はそのためにあるんだ。今でこそ俺はリサ以外の女も愛しているけれど、あの時の最愛は確かにリサ1人で、俺の全てはリサのためにと決めていたのだから。

 

「だから、行ってくるよ」

 

俺は羅針盤で座標を指定する。それだけでけして少なくない量の魔力を持っていかれる感覚。そして、宝物庫から越境鍵を取り出し、そこに魔力を注ぎ込む。俺はISのあった世界からさらに数年間時間軸を進めていた。だからISあったあの世界へ、それも俺達があそこを出た後の世界へも行けるのだ。とは言え、例え数ヶ月程度でも現時点からの未来への跳躍は凄まじく魔力を必要とする。俺は聖痕を開き、限界突破をも使って鍵に魔力を注ぎ込んだ。

 

そして───

 

「ご主人様!……絶対に、帰ってきてください」

 

「……んっ、待ってる」

 

「戻ったらめいいっぱい甘えさせてあげますぅ」

 

「天人よ、待っておるのじゃ」

 

「あぁ。また後でな」

 

───再びあの世界への扉が開く。今度は、自分の意思でそこに足を踏み入れた───

 

 

 

───────────────

 

 

 

俺の目の前に現れたのはもう記憶の中じゃ何年も前に見たっきりの、懐かしさすら感じる階段の踊り場だった。時間は多分朝。それくらいに着くように指定したからな。俺は拙い記憶を頼りに校内を歩き出した。いくつかの教室の前を通り過ぎたが、窓から見えないように隠れ潜んで移動したからか、誰に見つかることもなかった。ただ、どの教室も重苦しい雰囲気に支配されていた。

 

そして、俺はようやくお目当ての教室を見つけた。

 

───1-1

 

そう書かれた札の掛けられた教室。織斑千冬が担任を任されていて、その弟の織斑一夏や俺とリサも授業を受けていた教室。

 

しかし中から感じる空気は他のどの教室よりも更に重たい。そりゃあそうだ。何せ尊敬する担任の先生が殺されたのだ。しかもその最重要参考人達は完全な行方不明。その上どこに行ったのかの手掛かりすら掴めていないはずだ。

 

俺は、そんな沈んだ教室のドアを開く。ガラガラと、不意に音を立てた空いたそこに、教室自由の視線が集まった。

 

「……え」

 

「嘘……」

 

「神代……くん……?」

 

その呟きは誰のものだっか。俺にはもうよく分からない。クラスの奴らの顔すらも俺にはもうあんまり思い出せなくなっていたのだ。辛うじて、専用機持ちの面と名前だけは思い出せるけれど、他はもう難しい奴の方が多かった。

 

「……山田先生」

 

俺は、生徒以外じゃかろうじて思い出せるその名前を呼ぶ。暗い顔で、ボソボソと何かを喋っていた山田先生の視線に、光が戻った気がした。ただ、その光が灯っていい光なのかどうかは、俺には分からなかったけど。

 

「神代くん、今まで、どこへ……」

 

山田先生のその質問を俺は目線だけで制した。

 

「……一夏」

 

「なんだよ……」

 

「それと篠ノ之箒」

 

「……なんだ」

 

名前を呼んだ2人から帰ってきたのは、奈落の底から這い出てきたような濁った声だけ。その目には、明らかな敵意が混ざっていた。

 

「聞け、篠ノ之束と織斑千冬を殺したのは俺だ」

 

俺のその言葉に教室中がザワつく。その中で1人、ゆらりと立ち上がる奴がいた。一夏だ。

 

「何を、言ってるんだよ……お前は、何を……」

 

「事実だ。シャルロットやラウラからは何も聞いてないのか?」

 

「シャル……ラウラ……?」

 

「あぁ。俺がこれまで全く姿を見せなかった理由。……お前らなら想像付いてたんじゃないのか?」

 

話を振られた2人はビクリと肩を震わせた。どうやら、この2人は俺とリサのことに関して誰にも何も言っていないらしい。

 

「……何も聞いてないんだな」

 

「あぁ。それどころか、あの2人は必死になってお前のことを探してたんだ!皆が、俺だってお前を疑った!!けど、あの2人だけはお前のことを信じていたんだぞ!!」

 

「それでも、俺が織斑千冬と篠ノ之束を殺した事実に変わりはない」

 

どれだけあの2人が俺のことを信じてくれていようとも事実は変わらない。だから俺は淡々と真実だけを告げた。俺の、裏切りの事実を。

 

「……お前が!お前がその名前を呼ぶんじゃあねぇぇぇ!!」

 

幽鬼のように足元が覚束なかった一夏の軸が定まった。そして溢れる激昴のままに俺の胸倉を掴む。その目に明確には敵意と殺意が入り交じっていた。姉を、昔馴染みの知り合いを殺された怒りが彼を支配していたのだ。

 

「……貴様が」

 

ふわりと、声が響く。一夏の声ではない。そういえば久々に聞いたけどこの声、ティオに似ているなと、俺はふと思った。その声の持ち主は篠ノ之箒。束は年がら年中行方不明で常に世界中を捜索されているような人間だったから、それほど騒ぎにはなっていないかもしれないと思っていたのを思い出した。だが、篠ノ之箒には彼女の身に何かがあったことは分かったのだろう。もしかしたら、織斑千冬に悲劇が起こったことで束に連絡を入れたのかもしれない。そして、連絡がつかないことを不審に思った。もしくは彼女の死体でも見つかったのか。篠ノ之束の遺体は海に沈んだからどうなるかと思っていたのだが。

 

そして、俺が明後日の方向に思考を飛ばしている間に篠ノ之箒のISの展開が行われていた。1度見たきりだったあの紅色の機体。その腕部が篠ノ之箒の右腕に展開され、手には日本刀のような武装が握られていた。

 

それが俺目掛けて振るわれる。一夏がそれを止めることはない。むしろ、俺を突き飛ばして自分は篠ノ之箒の殺傷圏内から離れたのだった。

 

白刃が俺の頭上へと迫る。唐竹割りに振るわれたその刃を俺は左手で掴み取る。

 

今の俺の筋力と左腕のオラクル細胞があればISの武装とパワーを受け止める程度は造作もないのだ。だがそんなことを知る由もない篠ノ之箒達にとっては俺の動きは予想外の出来事であり、もたらした結果は有り得ないものなのだった。

 

押しても引いてもビクともしない刃に、篠ノ之箒の顔には焦りが見えてきた。

 

「皆には悪いことをしたとは思ってる。けど、あれは俺にとって必要なことだったんだ」

 

「……本当にお前なんだな」

 

俺を見殺しにしようとした一夏が、最後の確認をしてくる。俺はそれにただ頷く。あぁそうだ、俺がやったのだと。

 

「なんで……」

 

ポツリと、呟くように一夏が問う。

 

「こんな風にISの武装を素手で掴める奴はこの世界にゃいない。もっと確実な証拠を出せと言われたら出せるが……言ってしまえば俺はこの世界の人間じゃあない。別の世界から来た人間だ」

 

「そんなこと……」

 

「……本当だよ、一夏」

 

目の前の光景と、俺の言葉がまだ信じられない様子の一夏に、シャルロットが追い打ちをかける。

 

「あぁ、一夏。私は学年別トーナメントの時にアイツの記憶を垣間見た。あれが言っていることは本当だ」

 

そこに、ラウラも加わる。その声は俺への怨嗟で満ち満ちていた。まぁ、織斑千冬はラウラにとっちゃ恩師であり崇拝の対象でもあったわけだから、好意が殺意に変わったとしても、何ら不思議ではない。

 

「そうかよ……でもそれと、千冬姉達を殺したことと何の関係があるって言うんだ!」

 

2人の言葉と目の前の光景、それらを合わせて一応は信じる気になったらしい。

 

「世界には決まった運命がある。そこには基本的に個人の命運なんてものは含まれていないけど、個人で世界を変えうるような奴は別だ。生きるべき時に死んでいたり、死ぬべき時に生き残ったりすると世界の運命が大きく捻じ曲がる。もしそうなったら、世界は異物である異世界人を別の世界へと吐き出す形で排除するんだ。そして、多分この世界の中心は篠ノ之束と織斑千冬だ」

 

多分、というよりはそうだったのだ。実際に、俺とリサは、俺があの2人を手に掛けたその時、この世界から排除されたのだから。

 

「だから……?」

 

「俺ぁ元の世界に帰りたかった。だけどこの世界にゃ別の世界に渡る手段が無い。ならその手段のある世界か、もしくは天文学的確率に掛けて元の世界に戻るためにも、俺ぁこの世界から強制的に排出される必要があったんだ」

 

「それで……そんな理由で千冬姉と束さんを殺したのか……?」

 

「あぁそうだ。俺ぁ俺が帰るためだけに2人を殺した」

 

「そんなこと……」

 

「許されるとは思ってない。俺んやったことは絶対的に悪だと思う。けど、それでも俺には、帰りたい世界があったんだよ」

 

「ねぇ天人……」

 

シャルロットが、フラフラとこちらに向かってくる。その頬は薄らと残る記憶よりやつれているように見えた。

 

「ここじゃ、駄目だったの?ここでだって天人もリサも暮らせてたのに……」

 

「さぁな。ただ、俺のどっか深い所が叫ぶんだよ。俺の居場所はここじゃない、あの世界なんだって」

 

「……もういい」

 

ボソリと、今の今まで黙って会話を聞いていた篠ノ之箒が呟いた。

 

「どんな理由があろうと、私は姉さんと千冬さんを殺した貴様を許さない……2人の仇だ……っ!」

 

篠ノ之箒の左手にもISが部分展開される。そのマニピュレータに握られたもう1振りの刀。それが俺の首を狙って振るわれた。だが───

 

「なっ───!?」

 

その白刃が俺に届くことはない。その刃は俺の生み出した氷の壁に阻まれ動きを止めていた。

 

「……お前らになら殺されても仕方ないとは思うけど、俺ぁここじゃ死ねねぇんだよ」

 

「じゃあ、何しに来たんだよ……」

 

一夏が、何かを堪えるように呟く。

 

「俺にできる罪滅ぼしは、せめてお前らがちゃんと俺を恨めるようにすることくらいだ。俺は死んでやれないし、この世界の法律に則って裁かれてもやれない。だからせめてこのくらいはな……」

 

俺は俺が罪を犯した世界を1つ1つ回って裁きを受けてやることはできない。俺はリサやユエ達と共に、あの世界で生きなければならないからだ。

 

だからせめて、深く裏切ってしまった彼らに対しては、しっかりと怒りの矛先にならなきゃいけないんだ。そして、俺は一生コイツらに恨まれていることを自覚して生きていく。それが俺にできる唯一のことだと思う。

 

「そんな勝手な───」

 

「───箒」

 

だが当然、篠ノ之箒はそんなことでは足りないとばかりに俺に言い募ろうとする。しかし、それを一夏が押し留めた。

 

「一夏!!」

 

「箒、ここでコイツを殺して何になる?それじゃあ千冬姉も束さんも帰ってこない。それに、ここでこんな奴を手に掛けたところで俺達がコイツと同じ所に堕ちるだけだよ」

 

一夏の、侮蔑や軽蔑の込められたその目が俺に向けられる。コイツがこんな顔をするとは思わなかった。いや、変えてしまったのは俺か……。

 

「けどなぁ、俺だってお前を許したわけじゃない。ただもう……お前の顔は見たくないんだよ……」

 

 

───だから目の前から消えてくれ、そして2度と現れないでくれ

 

 

それが一夏が俺に投げた言葉だった。俺はそれにただ無言で頷くばかり。

 

「……あぁ、でもあれだ。最後に1発殴らせろ」

 

「……分かった」

 

例えISの力であろうが今の俺の体力であれば死にはしないだろう。左腕以外からはオラクル細胞による細胞の結合力は無くなったが、それでもトータスで魔物を大量に喰らった影響で、俺の身体の頑丈さは人間のそれを遥かに超えているのだから。

 

だが一夏の構えた拳は機械に覆われたそれではなく、ただ生身の拳だった。そしてそれを振りかぶり───

 

 

───俺の左頬に衝撃が走った

 

 

「……私にも1発殴らせろ」

 

ISの部分展開を解除した篠ノ之箒も拳を構える。そしてその右の拳を俺の左頬に叩きつけた。

 

「わたくしもよろしいかしら。一夏さんや箒さん、それにわたくしの友人達を悲しませた貴方をわたくしは許せませんの」

 

そして、今までずっと言葉を発しなかったオルコットが立ち上がる。俺は当然黙って頷く。それを見たオルコットも拳を握り、俺の頬を打つ。

 

「……じゃあね、天人」

 

シャルロットも同じ所を殴り、そしてラウラも拳を構えた。

 

「……あの時私がお前に抱いた感情はきっと間違いだったのだろうな」

 

ラウラの拳が振るわれる。そして───

 

「何よ、面白そうなことやってるじゃない」

 

いつの間にやら現れた凰が、1組の教室の前側の扉を開けて仁王立ちしている。

 

「私にも殴らせなさいよ」

 

言うが早いか凰が俺の左頬を殴る。

 

「……じゃあな」

 

その言葉を最後に、一夏の目にはもう俺は写ってはいない。完全に俺という存在から興味を無くした顔だ。

 

最後まで俺の名前を呼ぶことがなかった一夏に俺は背を向ける。いや、ここにいる全員、そしてこの世界そのものに背を向け俺はこの世界を後にした……。

 

 

 

───────────────

 

 

 

隣のクラスの鈴も含めた専用機持ちにひとしきり殴られた後、神代天人はどこからか鍵のようなものを取り出してそれを空中に差し、そして現れた扉のようなものの中へ消えていった。それが、一夏の中に殊更"異世界"というものを意識させた。

 

「あぁ……」

 

言葉にもならない呟きは誰に拾われるでもなく虚空へと消えていった。

 

「一夏……」

 

箒が、一夏の肩に手を置く。その顔には「なぜあれで行かせたのか」というような疑問が浮かんでいた。

 

「……なんかさ、可哀想になったんだよ、急に。アイツは、あんなことしか思い付けなくて、そして実行しちまえた。きっと俺達が何を言ってもアイツは変われないんだって思ったら、アイツのことで悩むのが無駄に思えてきたんだよ……」

 

それが、一夏の本心。許したわけではない。ただ、このまま彼のことで頭を使うことの方が馬鹿らしいと、そう思ったのだ。それは明確な軽蔑と侮蔑。そしてその対象と同じ場所に自分が堕ちてなるものかという誇り。一夏の中にあったのはそれだった。

 

「……でも、良かったんですか?山田先生だって……」

 

専用機持ちがそれぞれ神代天人を殴りつけた中、真耶だけは彼を殴らなかった。それが一夏には不思議だったのだ。

 

「えぇ……。仮にも、私は教師で、彼は短い間でしたが私の生徒だったんです。だから……。それよりもすみません、彼とリサさんがこの世界の人間でないことは、実は私も知ってたんです。私と、織斑先生と、篠ノ之束女史はそのことを知っていました」

 

「じゃあ、世界を渡る条件、ってやつもですか?」

 

「いいえ、そこまでは……。それに、神代くん達も、こちらに来たばかりの頃は知らなかったはずです。IS学園に留まっていたのも、それを調べることが目的にありましたから」

 

そして、真耶には予想が付いていた。彼らがそれを知ったタイミングを。それを誰がもたらしたのかも。

 

「これを言ってどうにかなるものでもありませんが、きっと、彼らがその情報を得たのはあの林間学校の時だと思います」

 

そして真耶は語った。一夏が意識を失っている間、他の専用機持ち組が銀の福音に立ち向かっている時に現れた青年のこと、神代天人と戦っていた謎の男のことも。

 

「……きっと、計画的なものではないのでしょう。あの時に聞き、そして直ぐに思い立った」

 

「そう、ですか……」

 

しかし、その話を聞いても一夏の胸にある彼への感情は何ら変化はなかった。神代天人への憎しみが無くなることはきっと一生ない。だが、それに囚われて生きるのは止めようと思ったのだ。

 

忘れることはできない、許すことはもっとできない。けれどもそれに囚われてしまっては自分も、そして周りもきっと幸せにはならない。復讐を果たしたところでそれは彼のような存在が新たに生まれるだけだ。そして、その暴力の化身になるのは一夏自身であることも、自分で分かっていた。

 

だから自分はもう前を向いて生きよう。下や、後ろを向いて生きるのではない。そうやって、強く生きるのだ。それがきっと、千冬と束への1番の手向けになると信じて───

 

 

 

───────────────

 

 

 

扉を潜り、俺の世界、武偵校の寮の部屋に戻るとそこにはリサ達だけでなくジャンヌまでもが揃っていた。一応、出てから30分後に戻ってくるようにはしたのだが、その間に呼ばれて来たのか。

 

「……私が呼んだ」

 

と、ユエが明かす。理由は分からないがともかくそういうことらしい。

 

「ここで呼ばないのはきっと卑怯ですからね」

 

ユエに続けてシアがそう言う。何がどう卑怯なのかはきっと俺には一生かけても分からないのだろう。

 

「天人、全部リサやユエ達から聞いた。お前がこれまで何をやってきて、そして今何をしてきたのかも」

 

ジャンヌが今にも泣きそうな顔をしている。……どうしてお前がそんな顔をするんだよ。

 

「全部って……」

 

「そんなに私は頼りないか?私は、お前の苦しみを分かち合うにはそんなに弱そうに見えるか?」

 

ジャンヌが、泣きそうになりながら、それでも意地でもその目元に溜まった雫を零すまいと堪えながら俺に歩み寄る。

 

「ジャンヌ……?」

 

「私は、もっと天人が知りたい。天人がこれまでの旅で何と戦い、どんな風に傷付いたのか、誰を傷付けたのかも……その罪も、何もかも全部だ。そして、その痛みを分け合いたい……」

 

その言葉と共にジャンヌの両手が俺の頬を挟む。殴られた左頬には端から痛みは無い。それが、俺がどれだけ人間から掛け離れてしまったのかということを無理矢理に解らせてくる。

 

「俺は……」

 

ジャンヌの端正な顔が近付いてくる。その桜色をした薄い唇に目が吸い込まれる。ジャンヌがアイスブルーの瞳を閉じ、そして───

 

「……今日はここまで」

 

ユエに羽交い締めにされて俺から引き剥がされた。

 

「……天人は雰囲気に流されすぎ」

 

「そうですよ天人さん、まだこういうのは早いですぅ」

 

ユエとシアが不満そうな顔で文句を言ってくる。ティオはニマニマと意地の悪そうな笑みを浮かべてばかりだしリサはニコニコと無言の笑みだ。割とこれが1番怖い。

 

「……さて」

 

ジャンヌを退けたユエが仕切り直すようにこちらを見る。

 

「……言われなくても、天人が向こうで何をしてきたのか分かる。天人はちょっと自罰的すぎる。……言ったでしょ?天人が私達にしてくれたことは何も変わらない」

 

「そうですよ、天人さん。私達は天人さんと分け合いたいんです。喜びだけじゃない、痛みも、苦しみも全部です」

 

ユエとシアが、それこそ天使のような頬笑みを浮かべて俺を受け入れようとしてくれる。この2人には俺の過去の罪を全て話している。それでもなおと、そう言ってくれるのだ。

 

「ジャンヌも言っておったがの、そんなに妾達は弱そうに見えるか?天人が痛みを全て引き受けないと駄目になると、そういう風に見えるのかの?」

 

ティオが俺の背中に寄りかかり、腹の前に手を回す。

 

「妾達はお主の全てを受け入れる。その覚悟でこの世界に来ておるのじゃ。あまり舐めてもらっては困るのじゃ」

 

「ご主人様、ご主人様はいつもリサを守ってくれました。こう言ってもご主人様はきっと首を横に振るのでしょうが……あの世界でご主人様がしたこと、いいえ、あの後の世界でも同じです。リサがあの時、帰りたいとご主人様に願ったから、ご主人様は……。だからご主人様の痛みはリサも引き受けます。これまで、どれほどご主人様がリサのために戦い、傷付き、痛みを背負ってきたのかリサは知っています。リサはご主人様やユエ様達のようには戦えません。それでも心の痛みはリサにも分けてください。ご主人様はもうこれ以上ないほど傷付きました。それはリサのために……。ですから、リサもご主人様と一緒に……」

 

リサが俺の胸に寄り添う。言葉が、俺の中に染み込んでくる。俺の罪が許されることはきっと永遠にない。何をしても、何にも変えられないものを奪ったのだから。

 

だけど、俺はあの時それを選んだんだ。例え誰から何を奪ってでもリサと帰る道を。そして今はコイツら達と生きる道を選んだのだ。

 

あぁ、俺はなんて恵まれているのだろう。俺の罪を一緒に背負うと、痛みも苦しみも分け合いたいと言ってくれる女達がこんなにいるのだ。俺は寄ってきたユエとシア、それからジャンヌ共々リサを抱き締める。そしてその背中にティオが寄り添ってくれる。全身で愛おしい女達の温もりを感じる。

 

「ありがとう……」

 

ただ俺はそう呟いた。それこそ俺の飾りも偽りもしない本心だった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……そう言えば」

 

と、ユエが俺の腕の中で顔を上げた。

 

「……1つ思い付いたことがある」

 

「んー?」

 

「……魂魄魔法と再生魔法があれば死んでから直ぐなら蘇生できる」

 

確かに15分が限度のようだが、魂魄魔法と再生魔法の組み合わせで俺達は死者を蘇生させることができる。エヒトルジュエ達との戦いの折り、地上では香織がそれで戦線を維持していたらしい。実際、香織もハイリヒでは魂魄魔法のその力で命を拾ったのだ。

 

「え、うん」

 

「……天人が飛ばされた直後に飛べば、さっきの世界で殺した2人を蘇生できるかも」

 

それは、俺も考えないではなかった。俺とリサは織斑千冬殺害の瞬間に次の世界へと飛んだのだ。越境鍵の力でその直後に飛び、彼女ら2人を蘇生させることは、できないものではないだろう。

 

だけど───

 

「あの2人だけならそれもできるけど……俺は他の世界でも……」

 

そして、俺はその全てを完璧に覚えている訳ではない。それに、色んな所にいる何人もの人間を手に掛けてようやく別の世界へ飛ぶことの方が多かったのだ。この方法で俺が殺した全員を蘇らせることは不可能なのだ。

 

それに、俺にとって思い出深い人だけを救うなんてことをして良いのだろうか……。

 

「……天人は前に言ってた。命に明確に順位を付けてるって。その2人と他の人、天人にとってどっちが上?」

 

「それは……」

 

そんなの……織斑千冬は異世界から来た俺を受け入れてくれた。あの人がいなければ俺はあの世界で今も彷徨うことになってたかもしれない。篠ノ之束は確かに褒められた人間性ではなかったし、実際俺も好印象かと問われればそうでもない。

 

だが、あの後の世界で手に掛けた名前も思い出せないような人達と比べたら、確かに俺は篠ノ之束を選ぶだろう。それは、彼女のことを僅かでも知ってしまったからだ。

 

「……その人達をどうしたって、天人のやったことは天人の記憶に残り続ける。事実は変わっても、真実は変わらない。……私は……私達は天人のしたことを見て、受け入れたい。例えそれが罪だとしても」

 

ユエの白く小さな手が俺左頬を撫ぜる。

 

「そうですよ、天人さん。何を見ても、私達はどこにも行きません。ずっと天人さんの傍にいます」

 

シアの柔らかい手が俺の手の甲を擦る。

 

「天人は怖がりすぎなのじゃ。これでは妾達が信頼されていないかのようじゃ」

 

ティオが肉感的なその身体を俺の背中に預ける。

 

「リサはこれまでも、これからも変わらずご主人様について行きますよ」

 

リサの瞳が俺を捕らえて離さない。

 

「あぁ……ありがとう……」

 

安心したからなのか、不意に膝から力が抜けてしまう。崩れ落ちる俺を皆が支えてくれる。俺は、きっともうコイツらなしでは生きられないのだ。それくらい、もうどうしようもなく彼女達は俺の中に入り込んでいるんだからな。

 

俺は覚悟を決める。言葉だけじゃなく、キチンと見せよう。俺の過去を、あの旅の中で俺が何をしてきたのかを。俺自身ですらもう全てを把握しきれていないけれど、道は羅針盤が指し示してくれるだろう。あとは鍵を回すだけだ。

 

 

 

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