「……天人」
「んー?」
リムルの世界から帰ってきた次の日、俺が錬成でこの世界の鉱石を弄っていると、それを遠目に眺めていたハズのユエが袖を引いてくる。
「……もしかしたら、時間と世界を越えて狙った人間を異世界召喚ができるかも」
「……は?」
ユエは今、エヒトに出来たことはだいたい何でもできる。だから異世界召喚もやろうと思えばできるのだろう。だが時間軸まで越えた召喚はエヒトにだって出来ないはずだ。いや、実際にどうなのかは知らんけれども。
「……あっちから帰ってきてから身体に力が溢れてる。今なら……」
「出来て、誰を呼ぶんだよ」
香織辺りを強制召喚するのだろうか。いや、あっちの世界とは時間軸は揃えているから態々時間を超える必要も無いし、普通に鍵で渡ればいいだけだ。嫌がらせ以外で態々いきなり召喚する理由は無い。
「……トータスに行って、向こうからリサとジャンヌを呼ぶ」
トータスの世界はどうやらこっちの世界より下位に位置するとか何とかで、向こうに召喚されると強い力を発揮できるようになる。そして、その体力はこっちでも変わらない。トータスの世界の奴らがこちらと比べて相対的に筋力が弱いわけではなく、ただこっちから来た奴らが強くなるというだけだからな。
だからジャンヌとリサを向こうから呼べば2人は強い力を手に入れられるだろう。氷焔之皇の権能では魔力や俺の持ってる能力や固有魔法を共有できるが、体力はまた別だからな。確かにジャンヌが向こうに行く意味はあろう。
「……けどリサは駄目だ。アイツがあっちに行って、中途半端に強い力を持ったって余計な火種になるだけだ。……力ってのはあっても常に幸せになれるわけじゃない。中途半端なそれなら最初から無い方がマシって時もある」
もしリサが多少強くなったとして、それをこっちの力ある奴らに察知されたらリサが何らかの戦いに巻き込まれる場合もある。ただでさえイ・ウーではジェヴォーダンの獣の血の力を狙われていたのだ。ならば最初から戦闘力なんて無い方がいい。守りの力なら、俺が与えられるのだから。
「……んっ、分かった。じゃあジャンヌだけにする」
「そうしてくれ。夕方には情報科の授業も終わるだろうし。……今日はどこも行かないのか?」
ユエ達はこっちに来てからちょこちょここの世界の色んな所を見て回っている。文化や何やらを学ぶためだ。基本的にはそれにリサかジャンヌが着いていっていた。ただ、今日はシアとティオが2人で出掛けていった。案内されてばかりじゃいられないとのことだ。
まぁ、人混みの苦手なユエは比較的家にいることが多いのだが……。今日もいるし……。
んー、大丈夫なのかな、引き籠もり姫になったりしないだろうか……。と、そこはかとない不安を抱えた俺だが、錬成による宝石加工は上手くいっている。これならどうにか先立つものができそうだ。
「……んっ、こっちは人が多いから……」
「あぁ、トータスとかと比べちゃうとなぁ……。まぁそこはおいおいだな」
俺も鉱石の錬成は一旦終わりにする。適当にそれっぽい物を幾つか作ってみたが、やっぱり俺にはこういうセンス無いな。これはデザインは持ち込みか、他に頼るしかないな。
「やっぱ台場近くは高ぇな……」
俺は不動産屋のチラシを眺めながらゴチる。やはり武偵校の寮と比べると普通のマンションは家賃も馬鹿高い。それで気付いたのだが、俺は今まで台場に通うことばかりを考えていたが、そもそも台場に行くのはともかく、台場からどこかへ行くのは割と交通の便が悪い。しかも
ユエもシアももうそろそろ武偵免許が発行される。シアは強襲科で決めているらしいしユエはやはり
体感で2年も前に見た記憶だから曖昧だが、星伽の全力はユエの中級魔法程度か、良くて上級魔法には届かないくらい。それがこの世界じゃ相当に強い超能力者らしいのだからユエには授業で蒼天なんて使わないでほしいものだ。例え属性魔法であっとも、ユエが本気で最上級魔法を使えば校舎が消し飛ぶ恐れがある。
「ただいま戻ったですぅ」
「ただいまなのじゃ」
と、そのうちにシアとティオが戻ってきた。シアには外に出る時は武偵高の制服を着とけと言ってある。コイツらが私服で歩いてたら面倒なのに絡まれること必至だからな。
「おう、おかえり」
武偵高の赤いセーラー服をはためかせるシアとライダージャケットが似合いまくりのティオを迎える。
「……そういや、できるにしたってなんでジャンヌを態々呼ぼうと思ったんだ?」
「何の話ですか?」
俺がふと気になったことをユエに尋ねる。疑問顔のシアにさっきまでの会話を伝えると、シアは「あぁ」と、何か得心のいった顔をした。
「……昨日、ジャンヌから聞いた」
「あん?何を?」
「こっちでジャンヌさん達、何とかって戦いをやってるんですよね?」
と、シアの口から意外な言葉が飛び出した。
「……あぁ、そういやあったな。極東戦役……だっけか」
リムル達の世界から帰ってきて、トータスに飛ばされる前にそこら辺の話は少しだけジャンヌから聞かされていた。俺はその戦いにはあんまり興味は無かったが、一応俺も当事者の1人だったしな。
「……天人のアルティメットスキル?とかがあれば死ぬことはないけど……」
確かに、多重結界と氷焔之皇の氷結があれば物理攻撃だろうが超能力による攻撃だろうがジャンヌに通じるわけがない。だから態々ジャンヌをそんな無理矢理な方法で強くする必要は無いのだ。だから俺にはユエの言いたいことがよく分からない。
「……せめて、戦いの土俵には上げてあげる」
「……魔力も魔素も俺から供給できるのにか?」
「ふむ、天人よ、それなのじゃが……」
「んー?」
ティオが何か言い出し難そうにしている。
「……私達は言語理解以外の加護は基本的に切ってる」
「……何故?」
ユエ達ならそう下手な目に遭うこたぁないだろうが、結界も何もかも無いよりあった方がいいはずだが……。
「私達は天人さんと共に戦いたい。守られるばかりじゃ嫌なんですぅ」
「……結界や魔力の凍結を切ってるのはその証」
「……そうか」
それは、エヒトとの最後の戦いの前にも言われたこと。コイツらは俺に守られるのではなく、俺を守り戦いたいのだと、そう強く決めているのだ。
「それで、それとジャンヌに何の関係が?」
「……ジャンヌも戦う側の人間。なら、私達と対等の条件で争うべき」
何と、とは聞かない。多分それは、俺のことだからだ。ユエ達は俺の氷焔之皇の加護がなくても戦えるがジャンヌは微妙だ。この世界じゃ強い方だけれど、それはそこら辺のチンピラみたいなのも含めた話。聖痕持ちは除いたとしても、こっちの世界にもまだいるであろう強者達とどれほど戦えるのかと言われたら……。
実際、ジャンヌは1対3と不利な人数とはいえアリア、星伽、キンジのトリオに負けたから武偵高の預かりになっているのだ。極東戦役なんていう超人怪人入り乱れる戦いで、イ・ウーでも最弱だったジャンヌが戦力になるのかどうか。
「……その上で稽古もつけてあげる」
「至れり尽くせりだな」
「ユエさん、こんな風に言ってますけど何だかんだでジャンヌさんのこと気に入ってますよね」
と、シアがユエの頬を突つきながらそんなことを言った。
「……そんなことない」
そうは言っても、シアに指摘されてちょっと照れたように目を逸らしたユエ様じゃあ説得力は無い。赤くなった頬も隠せていないし。
実際、ユエとジャンヌは異世界を回る中でよく会話をしていた。何の話をしてたかまでは聞いちゃいないが、元々王族なユエと前時代的な部分はあるが騎士然としたジャンヌは比較的性格的な部分では相性が良いようだった。お互い服の趣味も近いこともあるのだろう。普段はローテンションなユエにしては珍しく会話も盛り上がっていたみたいだった。
「ちょっと天然さんですけど、良い人ですもんね、ジャンヌさん」
ジャンヌの天然具合が本当に"ちょっと"かどうかは置いておいて、少なくとも2人はジャンヌのことを比較的気に入っているようだった。
「……ティオ的にはどうなんだ?」
「妾か?そうじゃな……。妾もジャンヌのことは気に入ってるよ。真面目ではあるがどこか抜けておって、愛らしいのじゃ」
「そりゃよかったよ。アイツはそういう、人に気に入られるようにするのとか苦手だからな」
別にジャンヌの性格が悪いってんじゃない。ただリサのように相手に合わせて人の心の中に潜り込むような器用なやり方が出来ないのだ。そこら辺はリサが1番上手くできる。だから少し心配してたんだよな。ジャンヌとコイツらがぶつかり合わないか。まぁ、それも杞憂に終わったみたいだが。
「まぁ、ジャンヌとは武偵のチーム組んでるからな。アイツが強くなる分には俺も助かる」
「……何それ?」
「んー?……あぁ、武偵は今年の秋くらいにチーム組んで役所に登録してるんだよ。んで、それは一生モノになる。基本的に誰かが武偵を辞めてもその繋がりは続くしチームは他の何よりも優先されるっていうのがあるんだよ」
そういや武偵のチームのこと話してなかったな。俺達はジャンヌとリサ、透華の4人でチーム・コンステラシオンを組んでいる。リサを戦いに出すことはないが、ジャンヌは前に出る可能性もあるし、ジャンヌに火力が出るならそれに越したことはない。
「……それ、私達も入れない?」
「いやぁ……難しいんじゃねぇかな……。まぁ、チームがあるからって他の武偵と組んじゃいけねぇ決まりは無いし、俺達んチームは俺とリサとジャンヌと透華だから、ユエ達のことも知ってる面子だよ」
「……むむ」
それを聞いたユエが何やら複雑そうな顔をしている。とは言え、いくら人数の上限にはまだ余裕があるとは言っても、戸籍ならともかく武偵のチームを後からどうこうするのはいくら理子とジャンヌでも難しいだろう。どうせ事情は知ってる奴らなのでここは諦めてもらう他ない。
「それより、あっちでジャンヌ呼んだら、そのままミュウとレミアさんもこっちに呼ぼうと思うんだけど……」
次の家の目星は何となく付いている。まだユエ達の私物が少ないうちに彼女らをこっちに呼んで、しばらく仮住まいとしてもらおう。引っ越しはその後にすればいい。理子とジャンヌに2人の書類作ってもらわなきゃだし、こっちも早めに済ませないとなのだ。
「……んっ、ようやく」
「こっちに来てから、何日か経っちゃいましたねぇ」
「それも仕方なかろう。天人達の準備だけでなく妾達がこっちに慣れる必要もあったのじゃから」
「つーわけで、ジャンヌ呼んどいてくれ。リサには俺から言っとく。とりあえず、リサは待機で、ミュウ達を迎える用意をしてもらうから」
「……んっ」
「了解ですぅ」
「ミュウとも久しぶりなのじゃ」
それは多分、色んな世界を回る時に何日かかけたからだろう。戻ってくる時には時間を遡ったから時計の針としてはそんなに進んではいないのだが、感覚的には10日程度は経過しただろうか。
俺はまずリサにメールを入れておく。その後、一応透華達にも"野暮用で異世界に行ってきます"とだけ入れておいた。まぁ今回は直ぐに戻って来れるんだけどな。
あとはジャンヌ達の授業が終わるのを待つだけだな。
───────────────
「……来て」
ハイリヒの外れにある森の中───人の来ないそこに転移した俺とユエ。補助的に羅針盤でジャンヌの位置を補足し、そしてユエがありったけの魔力を込めて呼ぶ。ゴウッ!とユエの小さな身体から莫大な量の魔力が吹き上がる。それは黄金色の魔力光となって可視化される。
そして、どこからか強い力がこちらへ向かってくるのが感じられる。これは───
「……んっ、成功」
目の前が急に光り輝き、塗り潰された視界が開けると、そこにはキョロキョロと辺りを見渡すジャンヌがいた。両手をグッパと開いたり閉じたりして感覚を確かめているようだ。
「マジでか……」
ユエ様、マジのマジで時間も世界も越えて異世界転移を成功させた。
「……どう?」
「いや……特に何か変わったような感じはしないな」
ユエの問いに、ジャンヌはそう答えた。そして俺達の頭には疑問符が。ただ、俺には1つ思い当たる節があった。確か、より正確に言うのならばこの世界より上位にあるのは香織達の世界の話だったはずだ。イシュタル達は俺の出自を細かく把握していなかったから一括りにされたが、もしかしたら俺の世界とトータスは特に上下関係にはないのかもしれない。俺の体力だって、エヒトがそこを封印した訳でもないのに元の──オラクル細胞分は込だったが──ままだったからな。
「……とりあえず、ステータスプレートでも貰いに行くか」
羅針盤で示す先はイルワのところ。別に悪いことしたわけじゃないからまぁくれるでしょ。と、俺は越境鍵で空間を飛び越える扉を開く。行き先はイルワの傍。扉から顔を覗かせると、急に現れた扉と俺の顔にイルワの顔が凄まじいことになっていた。あぁ……そりゃ驚くよね……。
「あぁ……えっと……ステータスプレートを発行してもらいたい人がいるんですが……」
一応丁寧に要件を伝えたのだが、イルワはムスッとした顔になり───
「心臓に悪い」
とだけ俺に告げるのだった。
ごめんなさい……。返す言葉もございません。
───────────────
「ここがパパ達のおうちなの!」
イルワにステータスプレートを発行してもらっている間に俺達はミュウとレミアさんの元へと向かった。そしてイルワからステータスプレートを貰ったジャンヌと一緒に武偵高の寮の部屋へと舞い戻ったのだった。俺とユエがトータスに行ってから1時間後の時間に戻ったので、帰る頃にはもうリサもある程度支度ができているようだった。
ちなみに透華達もいる。俺が異世界に行くとメールを残したら即座に携帯の着信音が鳴り響いたのだ。曰く、「またどこかへ消えちゃうのかと思った」とのこと。だからもう大丈夫だってば。
「向こうと似ているようで違うのですね」
ミュウもレミアさんも、トータスが中世の欧州に近い様式だったおかげかこっちとあっちで似ている部分を見つけてはそこに指を這わせ、そして違う所には驚き興奮している。
「あぁ……2人とも、ちょっといいか?」
「みゅ?」
「はい」
それぞれテレビやキッチンに興味津々といった風だったが取り敢えずこっちを向いてくれた。
「ここ、実は4人が住むのが限界でさ。ジャンヌと涼宮3姉妹は抜いても実際7人が住むにはだいぶ狭いんだよ。で、ここには次の家が見つかるまでの仮住まいってことで……引っ越しする予定なんだ」
「あらあら。……確かにここは皆さんで住むには少し手狭かなと思っていたのですが」
「一応、行き先の目星は付いてるんだけど。レミアとミュウ、それから俺達5人で別々の家に一旦移って、大きな家に住めるくらい金銭的に余裕が出来たらそっちに、っていう計画なんだ」
もちろん、一旦の引っ越し先では俺達とレミアさん一家が隣同士になるように選んであるけどと伝える。
「直ぐに一緒に、というのが叶わないのは少し寂しいですが、仕方ないですね……」
「……悪いな。こっちは、向こうより色々高くてさ」
まぁ、俺も向こうで大金持ちだったわけじゃないけれど。そもそもがその日暮らしの旅人だったわけだし。金は道中で狩った魔物の爪やら牙やらを換金していたからそう困ってもなかったが、こっちじゃ獣を勝手に狩るのは違法だからな。
「いいえ、それでも一刻も早く私達がこっちで生活できるように考えてくれたことに感謝していますよ?」
「そう言ってもらえると助かるよ。……それで、これからの具体的な話なんだけど───」
───────────────
そこから先は慌ただしかった。善は急げ、ということでまずは目を付けていたお台場にあるファミリー向けのマンションを2部屋借りた。流石に2部屋分の賃料は中々だが、ユエとシアには頑張ってもらおう。まぁ、最後はリサを動員して安く済ませたけど。
そして、やはり細かい部分はリサに放り投げたが俺は会社を設立した。やることは結局宝石加工にした。まずはリサに鉱石を仕入れてもらって、そしてそれ俺が錬成の魔法で加工。原材料費もリサを経由することでケチれるし、技術代も格安にできる上に道具代が掛からないからかなり安く仕上げられる筈だ。まぁ、相場感とかあるだろうから、やっぱり細かい所は全部リサに投げよう。ていうか、リサがいなきゃ何も成り立ってねぇなこれ。
まずは売り込みから初めて、食いついたら好きな形にできるという所をウリにしようという作戦だ。
その頃にはユエ達だけでなくミュウとレミアさんもこの世界への登録、というかまぁ有り体に言えば公文書偽造なのだけど、とにかくこの世界に存在する証を揃えることができた。
俺はしばらく武偵としての仕事を入れ込み、ユエとシアは理子とジャンヌを通じ、アリアや星伽と交流を持っていたようだった。ティオもその中には入っていたが、あれやこれやと忙しそうにしている俺やリサを見て、自分だけ何もやることがないと気付いたらしい。そこでティオは俺の興した会社を手伝うために会計やPCの操作の勉強を、こっちは独学で始めた。
レミアさんやミュウにはリサの家事の手伝いをやってもらっている。隣同士とは言え、住居が分かれているからせめて夕飯くらいは一緒にということで俺達はなるべくレミアさんの部屋に行くかこっちに集まって一緒に飯を食うことになった。
そんな風にして年内は過ぎ、俺達は新しい年を迎えた。その間にあったユエとシアの武偵高デビューは上々。見た目の愛らしさや実力も相まって結構直ぐに馴染んでいたと思う。そして、俺は1つ決めたことがあった。
「どうしたのだ急に」
「1つ、話しとこうと思ってな。……極東戦役のことだ」
極東戦役。裏の世界で開かれた超人怪人入り乱れる人や物を巡る争い。本来俺のような聖痕持ちはこれに呼ばれることはない。強力な力を持つが故に表でも裏でもあらゆる世界から排斥されてきたからだ。特にそんなルールがあるわけじゃないのだろうが、それが暗黙の了解とされていた。
だが、俺はジャンヌやバスカービルの連中の何人かとはそれなりに仲が良く、しかも俺はイ・ウー時代にこの戦役の存在そのものは把握していた。それ故に彼女らがピンチになった時に助太刀に入られる可能性があった。そうなると明らかに戦いのパワーバランスは崩れる。ならばむしろ俺を戦いの渦中に最初から引き込んでしまえばいい。
そして、俺はイ・ウー時代から仲の悪い奴らの多い
さらに、いくら無所属とは言え聖痕持ちがいる以上は聖痕持ちに対抗するために別の陣営も端から別の聖痕持ちを用意することに誰も文句を言えなくなる。
その結果が俺の異世界転移の始まりであり俺をどうにか排除しようとした眷属の奴らの考えらしい。
俺を倒すことは難しい。それはイ・ウーにいた奴らの共通認識なのだ。リサ曰く俺をISのある世界に飛ばした男が言っていたらしいかな。
──粒子の聖痕の男こそが用意できた聖痕持ちの中で最も強いと──
だがこっちの世界で俺はアイツを倒した。だから俺とリサを異世界に送ったコンビなのだろう。倒すことは無理でもこの世界から退けることで実質的な排除を図る。なんで異世界の扉を開く聖痕を持ったアイツが態々5ヶ月も経ってから俺達の様子を見に来たのかは知らないが、俺達はアイツのもたらした情報によってこの世界へ戻ることができた。それまでには、色んなことがあったけどな……。
「俺ぁこの極東戦役で師団に付く。俺は個人での参加だけど、トータス組の3人は強ぇぞ」
ユエとシアとティオ。彼女達3人がいて倒せない相手なんてそれこそ聖痕持ちくらいしか有り得ないだろう。
「そうか……。実際、ヒルダやリバティ・メイソン、香港の藍幇がこちらに下ったとは言え、今だ欧州の戦線は現在眷属が有利なのだ。だが天人達が参加してくれるのならそれも巻き返せるだろう」
何やら知らぬ間に戦局は移り変わっていたようだ。ヒルダは聞いていたが、リバティ・メイソン……ワトソンまで師団の側に付いていたとはな。それに藍幇も師団となれば、まぁ確かにアジアはこっちのもんなのだろう。
「ま、フットワークの軽さなら任せとけ。俺なら世界中どこでも一瞬で向かえるからな」
越境鍵があれば距離なんてあってないようなものだ。俺はしばらく日本から離れられない……わけではないのだ。呼ばれたらその場に飛んで、その場で適当にシバいてまた直ぐ帰ればいいのだから。
「……本当に、戦局だのなんだのと考えるのが馬鹿らしくなるな。……しかし、何故また急に師団に……いや、この戦いに加わろうと思ったのだ?」
「……俺とリサだけなら別にこの世界がどんな風に動こうがどってこたぁなかった。けど、ユエ達がいて、ミュウやレミアさん達もいて……。そうなった時に世界の有り様に俺達が関われねぇんじゃアイツらに余計な不便をさせちまいそうでな……」
極東戦役は裏世界の奴らがやるアングラな戦い……確かにそうだ。だがその影響は絶対にあちこちに出てくる。
ユエ達はこの世界で生きていく。この世界の奴らが俺達の仲を引き裂けるとは思えないし、アイツらは俺といられればそれで幸せだと言ってくれるだろう。でも俺は彼女達にはできる限り幸せになってほしいし、俺にはそうする義務があると思ってる。
「はぁ……結局彼女達、か……」
「仕方ねぇだろ、俺ぁ……」
「分かっている。あの子達と天人の間には私が立ち入ることのできない絆がある。だからそれはもういいのだ」
ジャンヌはどこか諦めたかのような顔でそう言った。
「ジャンヌ……」
「それより、師団に入るのなら一応バスカービルには伝えておけ。その他の組織には私から伝えておく」
そして、それを振り切るように事務的な言葉を返してくるのであった。
「あぁ、頼んだ」
俺は長期の任務に出ていたらしいキンジに連絡を入れる。バスカービルの奴らにもちゃんと紹介するから改めて集めてくれ、という文も添えて。
女比率が高くなるからキンジは嫌がりそうかな?と思ったけど俺もいるから平気だろう。
……一応、俺の横の席は空けておくようにしよう。キンジの心の安寧のためにも、な。