セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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極東戦役欧州戦線
ジャンヌ・ダルク30世


 

 

「では改めまして、これより師団に加わります神代天人です」

 

個室のある台場のカフェに集まった面子は俺とリサ、トータス3人組、バスカービル達、それからワトソンとジャンヌだった。12人も集まって男は2人。凄まじいまでの偏り具合だった。当然そんな中に放り込まれたキンジは俺の横を死守。それも端っこの席に座り、俺と壁に挟まれている。

 

「んで、こっちから……」

 

「……んっ、ユエ」

 

「シア・ハウリアですぅ」

 

「ティオ・クラルスと申すのじゃ」

 

と、各々一応自己紹介。ユエとシアはレキ以外のバスカービルとは面識があるが、ティオはジャンヌと理子しか知り合いがいないしな。

 

「俺含めたこの4人が、極東戦役での俺陣営の代表戦士だ。んじゃあ、一応バスカービルも……」

 

「……遠山キンジだ」

 

俺の横からキンジが小さく自己紹介。

 

「神崎アリアよ。ティオ以外は知ってると思うけど」

 

と、アリアが続く。そして───

 

「峰理子でーす」

 

「星伽白雪といいます。よろしくお願いします」

 

と、星伽が行儀よく挨拶をすれば───

 

「レキです」

 

と、ユエよりも言葉数の少ない挨拶をかますレキ。

 

「じゃあ僕も。リバティ・メイソン所属のエル・ワトソンだよ。よろしく」

 

と、男子の制服を着たワトソンがご挨拶。そう言えば、コイツは転装生だから表向きは男扱いなんだったけか。

 

「……天人」

 

「んー?」

 

「……ワトソンはどうして女の子なのに男の制服を着てるの?」

 

「えっ……」

 

ユエのその一言はこの場の空気を一変させた。俺達は台場の個室付きのカフェの、その個室を占領しているのだが、ユエの今の発言で俺やジャンヌ、ワトソンにキンジ、それにアリアがその発言で一気に凍りついた。

 

「ユ、ユエさんは何を言っているのかな?かな?」

 

と、慌て過ぎたワトソンはまるで香織のような言い回しになっている。

 

「……どうしたの?」

 

と、状況を分かっていないユエが可愛らしく小首を傾げる。可愛いは正義だが今はそれを発揮する場面ではない。

 

さてどうする……。転装生というのは基本的にバレちゃ駄目なやつだ。大概が何かしらの任務でそういうことをしているので、バレたとなると潜り込んだ組織にはいられなくなる場合がほとんどなのだ。まぁ、ワトソンが狙っていたアリアや、その障害となるキンジ、俺やジャンヌには既にバレていたわけだが……。

 

「……ま、まぁ服装のことはこの際置いておこう。うん、そうだそれがいい」

 

「……天人、どうしたの?」

 

「んんっ、ユエよ、それよりも、妾達の戦い方は武偵から見たら少しばかり特異じゃからの。味方と言うのなら手の内を見せておいた方が良いかもしれんな」

 

ティオ様ナイス!俺や周りの空気でユエの触れた話題は地雷だと気付いて有耶無耶にしにかかってくれた。こういう時は年の功だな。……言ったら怒られそうだから言わないけど。

 

「あぁ、まぁそうだな。武偵は本来手の内は味方にもあんまり見せなかったりするんだが……。まぁ俺達はちょいとばかし特殊だからなぁ。ユエ達の力はある程度知ってた方が戦役はやりやすいだろうな」

 

と、俺もティオに乗っかった。まぁ、この誤魔化し方じゃバスカービルにはモロ分かりだろうが、コイツらがそれでどうこうはしないだろう。

 

「確かユエがSSRでシアが強襲科なのよね」

 

と、アリアが続ける。まだちょっと顔が引き攣っているが、アリアもこの作戦に乗ったらしい。

 

「……んっ」

 

「そうですぅ」

 

「ユエさんは風を操る超能力を使えるんだよね」

 

と、分かってだか分かってないんだか知らないが星伽もそのまま会話の流れに乗ってきた。まぁ、これはこれで重畳。完全に話の流れはワトソンから逸れた。

 

「あぁ、星伽、これはここだけの話にしておいてほしいんだが……」

 

「……学校で使ったのが風属性魔法なだけで全属性の魔法が使える」

 

「魔法……?全属性……?」

 

「そりゃ異世界人だからな。魔法くらい使えても不思議じゃないだろ」

 

混乱する星伽を余所に俺は言葉を繋げた。そして、こういう話題にいち早く飛び付くのが───

 

「見せて見せてー!魔法見せてー!!」

 

当然峰理子という奴だ。むしろここで飛びつかなきゃ体調不良か偽者だろう。

 

「……良いけど、ここじゃ狭い」

 

「ていうかこの辺じゃ外で使っても狭いわ」

 

理子が喜びそうなのだと雷龍とかだろうか。あんなの街中で使ったら辺り一面消し飛ぶから止めてくれ。

 

「……んっ、でもこれなら」

 

と、ユエがテーブルの上に空間魔法のゲートを開いた。そしてそこにストローを包んでいた紙屑を投げ入れると……。

 

「……何これ?」

 

アリアの頭の上にもゲートが出現しており、そこからさっきユエが投げ入れたゴミが降ってきた。

 

「……こんな風に、物を瞬間移動させたりできる」

 

「ふおおぉぉぉぉぉ!!」

 

で、それを見た理子は大興奮。狭い個室でブンブン腕を振り回すもんだからキレたアリアに拳骨食らって黙らせられていた。ゴグシャア!って音したけど、それは人の頭蓋骨から鳴り響いても大丈夫な音なの……?

 

「あぁまぁ、魔法っぽいことならだいたい何でもできる。火ぃ出したり雷出したり……」

 

「……んっ」

 

と、自慢気なユエさん。無い胸張って……いや、俺の目測ではアリアよりはサイズ感あるし、上背も考えたらそれなりにある方だろう。

 

「風穴」

 

だが俺は何も言っていないのにアリアから拳銃(ガバ)を向けられた。んー、口からは何の音も出していなかったんだけどな……。

 

「……で、シアはまぁ、うん……物理最強?」

 

「私の説明が雑ですぅ!」

 

でも君、魔法とかほぼ使えないじゃん。攻撃手段も殴る蹴るだけだし。

 

「……超クソデカいハンマーで敵を殴り潰す。ほんの少し先の未来が見えるから自分が死にそうな攻撃は即座に回避。そしてまた敵を殴り潰す、それだけだ」

 

シアの戦闘スタイルなんて言ってしまえばそれだけなので俺が簡潔にまとめて説明してやれば、シアはまだご不満らしく「私もっと色々できますぅ!」と唸っている。色々って、半転移とか鋼纏衣の回避や防御手段でしょ?しかもその辺使うのも未来視込みだし。

 

「ちなみにマックスで100tくらいのハンマーをぶん回すから、加減ミスって9条破りしないように注意が必要だ」

 

「こっち帰ってきてから何でもあり具合に拍車が掛かってるわね……」

 

強化された神の使徒をぶっ潰したあれの話を出したらアリアは呆れ顔だし、他の奴らもどんな顔をしていいか分からないって顔をしている。俺も分からん。

 

「で、最後はティオ……ティオ……」

 

あれ、ティオは何て言えばいいんだろうか……。ビーム撃てます?いや違う。炎と風の魔法が得意です、かな。よしこれでいこう。竜になれますは言わない方がいいはずだ。

 

「妾もユエと同じように魔法での戦闘が得意じゃな」

 

と、俺が言い淀むと見るや直ぐに言葉を引き継いでくれた。しかもほぼ満点の回答。

 

「ユエほど色々なことはできんが、火属性と風属性の魔法はそれなりのものがあると自負しておるよ」

 

と、少しドヤ顔のティオさん。けど───

 

「……まぁ、ティオ多分お留守番だけど」

 

「何でじゃ!?」

 

俺の一言でドヤ顔は何処へやら。凄い勢いでこっちを振り向いたその顔には、「妾だけ仲間外れ!?」みたいな文字が浮かんでいる気がする。

 

「武偵は遠征する時ゃ誰か殿を置いとくんだよ。不在中に拠点荒らされたらやべぇ。いくら俺達が移動距離を無視できるとしても、戦ってる最中は完全に空くからな」

 

リサは当然だし、ミュウやレミアさんが狙われないとも限らない。そういうことを考えれば誰か1人は残しておくべきなのだ。

 

「言っとくが、これを頼めるのは実力に信用のある奴だけだ。何せそこにいるってこたぁ()()()()()()ってことだからな」

 

と、俺がちょっと持ち上げるような言い回し──実際拠点防衛の戦力にはそれ相応のものが求められるのだが──をすれば、ティオは直ぐに機嫌が良くなったようでニッコニコ顔になっている。

 

「ほほう、まぁ、それなら仕方ないのじゃ」

 

と、それを見たアリア達は人を詐欺師でも見るかのような顔で見てくる。いやいや、俺はそんな間違ったこと言ってねぇだろうに。

 

「魔法というのは確かに強力そうだけれど、璃璃色金の影響下ではどれほど使えるのかな?」

 

と、ワトソンが疑問顔で問う。だが俺は───

 

「璃璃色金……?」

 

シャーロックが緋緋色金なる物の研究をしていたことは聞いたことあるが、璃璃色金なんて物は聞いたことがない。緋緋色金の親戚か何かだろうか。

 

「ユエ、なんかこっちで魔法の調子が悪いとかあったか?」

 

1番魔法を使うユエに聞いてみよう。魔法が使えないとなると、ユエとティオがほぼ戦力にならない可能性がある。

 

「……ううん、全く無い」

 

だがユエは首を横に振る。どうやら特に何か影響を受けた節は無いようだ。さっきも何の違和感もなく空間魔法を使ってたしな。

 

「それは……」

 

と、今度は白雪が驚き、と言うよりは険しい、それこそ親の仇でも見るかのような顔をしている。俺はそっち方面は詳しくないんだが、何かあるんだろうな。

 

「別に不思議じゃあないだろ。ワトソンが言ってた何とかってやつぁこの世界の理論で、ユエ達は別の世界の理論で成り立ってる魔法を使う。ならそれの影響を受けないってのは有り得そうな話だぜ」

 

「……まぁそうだね。……今は、彼女達の力が借りられる、そしてそれがこの極東戦役で師団にとって有益であるということが分かればいいよ」

 

と、ワトソンはこの話題を無理矢理に終わらせた。ジャンヌに聞いた話、現状の極東戦役はアジアは師団が優勢。香港にある藍幇が師団側に着き、日本はバスカービルが抑えている。ただ、これは本人から聞かされたのだが、問題はキンジがバスカービルから外されたらしいのだ。どうにもこの戦役やそれ以前に巻き込まれた事件での大立ち回りが世界各国、特にイギリス、アメリカ、中国の……特に上海藍幇の気に障ったらしい。しかもまだバスカービルには伝えられていないのだとか。それが、俺がトータスからこっちに帰ってきて、諸々やっているうちに起こった出来事。

 

どうやら抜けたキンジは中空知のチームに加わるとのこと。どうにもそこも問題のあるチームらしいが……。

 

しかし、師団優勢なアジアに比べ、欧州の戦線は眷属が押しているらしい。どうにも、リバティ・メイソンやバチカンの連携が甘いらしく、ドイツの魔女連隊(レギメント・へクセ)に苦戦しているのだとか。どうやら今はドイツやスペインは取られ、ベルギーやフランス、オランダ辺りまで撤退しているみたいだ。

 

「欧州の方は俺達でどうにかする。聖痕持ちがいたら俺が、それ以外はユエとシアに任せときゃ大丈夫だ」

 

「……分かった。だが、欧州には俺も行く」

 

と、キンジは何やら決意を固めたような顔をしていた。

 

「別に来てもいいけど、何しに?」

 

「俺が移されたチームが色々あってな……。3年の修学旅行Ⅴ(キャラバンファイブ)に合わせてそっちに行かなきゃいけないんだよ……」

 

「ん。分かった。まぁティオも残ってもらうし、こっちの守りは問題無い」

 

「決まり、だね」

 

と、ワトソンがパンと軽く両手を合わせた。

 

「あぁ、暴れん坊の囮(ランペイジ・デコイ)だ」

 

それはまるで味方の支援があるかのように敵の目の前で大暴れして、こちら側の陣地が手薄であると思わせる。そして相手がその隙を突こうとこっちの陣地に入ってきたところをガチガチに固めた本隊が叩く、そういう作戦だ。俺とユエにシア、キンジと、囮には明らかに過剰な火力ではあるが、それはむしろ本命を欧州にぶつけていると思わせるには有効だろう。

 

ま、囮と言いつつも俺、ユエ、シアが赴く時点で完結してしまいそうだけどな。今の俺達ならトータスの大迷宮だって余裕で攻略できるだろうからな。

 

「あぁそれと、ジャンヌも頼む。こっちに来てくれ」

 

俺はオランダなら多少は土地勘も働くがそれ以外の欧州地域はよく分からん。フランスに土地勘の働くジャンヌがいてくれれば向こうでの拠点作りも楽に進められるだろう。

 

「分かった。フランスは私の生まれ故郷だ。任せておけ」

 

「リバティ・メイソンは欧州中にネットワークがあるから、それも使っていいよ」

 

「それもあるか。……あぁ、助かるよ」

 

羅針盤と越境鍵であちこち飛ぶにしてもそもそも何を潰せば良いのかも分からんからな。そういう情報があれば直ぐにそこに向かえる。

 

「移動は……俺達も飛行機でいいよな」

 

先にジャンヌ達に拠点を作ってもらって、そこに飛んでもいいのだけど、この際だからユエ達にも本物の飛行機なるものを体験しておいてもらおう。

 

「……んっ」

 

「はいですぅ!」

 

2人の返事を聞いたところで今日は一旦お開きとなった。店を出て武偵校とは違う方向へ向かう俺達へ向けられた星伽の視線が、どこか鋭く感じた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

中空知達のチームはワトソンが引率してくれることになった。おかげで彼女らをこのアンダーグラウンドな戦いに巻き込まずに済みそうだった。

 

羽田空港から出る飛行機に乗った俺達はビジネスクラスのゆとりある席に腰を下ろしていた。

 

「天人さんが向こうで使ってたのとは外も中も全然違いますぅ」

 

「そりゃそうだ。あれと違ってこっちはちゃんと飛べるように考えられた形だからな。それに、不特定多数の人間を輸送するのが目的で作られてるから、俺のあれとは根本の設計思想からして違ぇんだよな」

 

「……やっぱりあれの形は適当」

 

「っていうか、航空力学とかよく分からんから何となく空気抵抗が少なさそうな形にしただけ。動力もエンジンじゃなくて重力魔法と魔力だったからな。こういう、本当の飛行機は俺とは頭のデキが違う奴らが必死こいて頭ぁ回して設計してるからちゃんと翼があるんだよ」

 

膨大な魔力量と重力魔法のパワーに任せて強引に空を飛ばしていたあのロケット鉛筆擬きと本当に世界中の頭良い奴が効率良く空を飛べるように考えた飛行機とじゃそりゃあ姿形が違って当然だろう。内装も、俺達が快適に過ごせるようにとだけ考えたあれと、色んな奴を乗せて運ぶことを念頭に置いて考えられたこれとじゃ諸々違って当たり前なのだ。

 

「はぁ……。あ、そう言えばこっちのバイクも乗って───」

 

「───駄目」

 

ハンドル握ったら性格変わる奴にバイクなんか乗せられるか。こっちはトータスと違って道路交通法ってもんがあるんだからな。あんな危険運転しかしないような暴走ウサギに免許なんて取らせてたまるか。

 

俺がトータスでの数々の暴走運転を思い起こしながらシアを睨めば、シアはシアで「酷いですぅ」と膨れっ面をしている。

 

「まぁ、もう貴希さんに頼んで乗せてもらったんですけどね」

 

「何ぃ!?」

 

貴希って武藤貴希か。武藤剛気の妹の。そういや空港で島苺とかいう、クソちんまい上に改造しすぎて原型留めていない防弾制服着た車輌科の女子と仲良さそうにしてたな。アイツもその流れで知り合ったのか……。

 

迂闊だった……。免許取らせなけりゃ運転もできねぇと思ってたけど、車輌科でハンドル握らせてもらえたのか……。

 

「いやぁ、やっぱり風を切って走るバイクは良い物ですぅ」

 

「……どうすんだユエ、シアの運転はこっちじゃ非合法レベルなんだぞ」

 

「……ん、今のところは外では走れない。免許の取得は阻止しないと」

 

「聞こえてますよぉ、お2人とも。もう、私だってルールくらいは守りますぅ」

 

トータスでの暴走っぷりを見るとそれが信用ならねぇんだよ、と思わずにはいられない。トータスじゃ天職が占術師だったが、こっちでの天職はオフロードバイクのレーサーなんじゃねぇかな。

 

「……そう言えば、オランダには行くの?」

 

と、これ以上バイクの話題でシアが面倒なことになるのは御免だったのかユエが話題を変える。

 

「んー、どうだろうな。基本はフランスに拠点を置いてそっから眷属の欧州組を押していくつもりだから、そっちまで下がる気はねぇな」

 

とは言え、フランスはスペインとドイツに挟まれているから、地理的には挟み撃ちの格好になる。だがまぁ、聖痕持ちがまた現れない限りは大丈夫だろう。こっちの超能力の出力じゃユエやシアには歯が立たないはずだ。ジャンヌ曰く、星伽の超能力のランクを表すG(グレード)とかいう単位での強さは17。多分遠山かなめに放ったあの最後の焔が1番強そうだった。あの程度でこっちの超能力基準で世界でも有数のパワーだと言うのだから、ユエとシアなら敵ではない。

 

「……そう」

 

と、ユエは何やら残念そうだ。……どうした?

 

「天人さんが生まれ育った国、見てみたかったですぅ」

 

と、シアも少し残念そうにそう言う。あぁ、そういうことか。

 

「……暇がありゃ連れてってやるよ」

 

あそこには辛い記憶もあるが楽しい思い出だってあった。最後は辛い記憶だけれど、楽しかった思い出も、まだ探せば残っているはずだ。

 

「……んっ、約束」

 

「約束ですぅ」

 

「あぁ」

 

そうだ、約束だ。俺の、俺とリサの始まりの場所。そこは、彼女達に見せてやらなきゃいけない場所だからな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

フランスの地に降り立った俺達は早速2手に別れる。3年の修学旅行Ⅴは、チームを更に2組に分けて欧州を自由に見て回る。そこで監査役のキンジは俺達と、ワトソンは中空知と島苺を引率する形で通常通りに修学旅行Ⅴを行う。

 

「……アリア連れてくりゃよかったかな」

 

と、ボケっとフランスの地を眺めるキンジを見て、俺がそう呟く。

 

「何でだよ……」

 

それを聞きつけたキンジは不機嫌そうにこちらを睨む。何でってそりゃあ……。

 

「HSS、なれなきゃやべぇだろお前」

 

まさかユエ達でならせるわけにもいかないからな。だがあれはキンジの生命線だ。あれになれないとキンジはまともに戦えやしない。だけどあれは1人じゃなれねぇからな。特にキンジは。

 

「……どうにかするさ」

 

「じゃあ取り敢えず、これやるよ」

 

と、俺は氷焔之皇の加護をキンジにも与える。魔力──こっちじゃ超能力──の凍結と燃焼、それから多重結界と言語理解の基本3点セットだ。これで欧州での戦いも安心……と思ったのだが───

 

「……あれ」

 

「どうした?」

 

氷焔之皇の加護が現れない。あぁこれは……。

 

「悪いキンジ。俺はお前を守る気にはなれないみたいだ」

 

「意味が分からん……」

 

「まぁ、こっちの事情だ……。悪いけど、今はお前にやれるもんは無いみたいだ」

 

「そうかい……」

 

「……どうしたの?」

 

と、俺がやろうとしたことをすぐに理解し、そしてそれが成されなかったことも分かったらしいユエが俺の袖を引いた。

 

「んー、俺の究極能力の加護は"俺が守りたいと思った奴"にしか効果が出ないんだよ」

 

キンジはHSSさえあれば自分で戦えるからかな。武偵は自立せよ、とも言うし。

 

「……勇者には出来たのに?」

 

「ありゃ保護対象だ」

 

「……あぁ」

 

ユエがどこか遠い目をしていた。その視線の先には、別の日本で暮らす天之河がいる、といいなぁ……。でも多分ユエのことだから顔も浮かんでなさそう。

 

俺達のそのやり取りをチラリと振り返って見ていたのがジャンヌだった。だが1つ息を吐くと直ぐに前を向いてしまう。

 

「そういや、どこに拠点置くんだ?」

 

と、ジャンヌへキンジが聞いている。そう言えば俺も知らないな。その辺は全部任せっきりにしていたし。

 

「あぁ、我が一族が資産として持っているマンションがある。そこに部屋を借りたのだ」

 

「へぇ」

 

敵方からすれば真っ先に調べる所にはなろうが、こっちも別にセーフティハウスとして使うわけじゃあない。ジャンヌの息の掛かった場所って言うなら手早く確保出来たのだろうし、かつ眷属が先回りして罠を仕掛けるなんてこともやり辛いだろうから、読まれていたとしても入る分には安心だろう。

 

「細かい打ち合わせはそこに着いてからでいいか」

 

「そうだな。時差ボケもあるし……」

 

と、やたら眠そうなキンジが頷く。トータスは案外狭いのか何なのか知らないが、向こうじゃ時差なんて分からなかったな。こういうのは久々の感覚だ。ユエとシアも、初めての時差ボケってやつに困惑しているみたいだ。こっちもこっちで歩きながらうつらうつらしている。まぁ、多分にして飛行機の中ではしゃぎすぎってのもあるだろうけど。それを見かねたジャンヌと俺は空港から高速鉄道に乗り、パリへと向かうことにしたのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

ジャンヌとキンジは色々荷物を用意していたらしいが、俺達は基本宝物庫に放り投げてしまうから手ぶらだ。武偵なので金属探知機もスルーできるので航空機内にも宝物庫を持ち込めるから武装の必要も無かった。

 

やけに荷物の少ない俺達が疑問だったのかキンジが聞いてきたのでそんな風に答えたのだ。それに、最悪何か日本から持ってくる必要があれば鍵で扉を開けてしまえばいいので、実際パスポートや航空券くらいしか手に持っていく必要のあるものはなかった。

 

そんなこんなで眠い目をこすりつつ、寝る前に腹に入れる用の食い物も買った俺達はパリにあるジャンヌの一族の所有物件という賃貸のマンションの、それぞれの部屋に分かれる……ところで問題が起きた。

 

ジャンヌの用意した部屋は本人が元々借りている部屋を含めて3部屋。キンジが1人で1部屋独占、ユエとシアが2人で1部屋らしい。そして俺はジャンヌの部屋に来い、とのことだった。

 

キンジ以外はその意味が分からないわけがない。だから当然ユエとシアは大反対を起こす。間をとって俺がキンジの部屋に泊まれば?と思ったがそれは女性陣が却下。いや、喧嘩するくらいならそれでいいじゃん……。ていうかシアさん「遠山さんの部屋で寝るなら夜中に遠山さんを外に投げ捨てた上で夜這いします」って、キンジがギョッとした顔でこっち睨むじゃん。

 

「……天人、あっちは駄目。あんな肉食獣と同じ部屋にいたら天人か食べられる」

 

と、肉食系女子代表の吸血姫様が仰れば───

 

「そうですよ、天人さんみたいにチョロい人は直ぐにぱっくりいかれますぅ」

 

と、人工呼吸を初チューと強引にカウントした上に、不意打ちでベロねじ込んできた肉食ウサギが宣う。

 

「……お前らだけは人のこと言えないからな?」

 

俺はユエ達のトータスにおける様々な行動を思い起こしながらこめかみに指を当てる。ただでさえ眠い上にこんなアホな会話してたら頭痛くなってきたぞ……。

 

「ていうか、ジャンヌの部屋は布団2つあるのかよ」

 

「あるわけないだろ?普段は1人で暮らしている部屋だぞ」

 

「ねぇのかよ!!」

 

いや、正直そんな気はしていた。ていうかそうだろうとは思っていたけれども。

 

「この野郎……それで男を部屋に呼ぶとはいい度胸だ。……いいぜ、俺の鉄壁の理性を見せてやる」

 

むしろ、ここまで言われたら絶対に何もしてやらんという気持ちが湧いてきた。こちとら強襲科の端くれ。売られた喧嘩は買う主義なんだ。

 

「あぁ!?天人さんやっぱりチョロすぎますぅ!」

 

「……天人、単純すぎる」

 

と、後ろからガヤが五月蝿い。それがむしろ俺の心に火を付ける。

 

「言ってろ。俺ぁ絶対に手を出さねぇ。健全に一夜を終えてやらぁ!」

 

絶対に趣旨が変わっている。そんなことには気付いていたがもうことここに来ては止められやしないのだ。俺といえばそれはもう決死の覚悟でジャンヌの部屋へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

腹に回された腕は細く、ちょっと力を入れれば折れてしまいそうだった。なのに背中に当たる感触はマシュマロなんかより余程しっとり柔らかく、暖かくて肌の触れ合った箇所から溶けてしまいそうだ。そして耳元ではジャンヌが普段より少し低い、吐息のように俺の名前を囁くのだ。その声が俺の耳に心地よく、ザワりと心を擽る。

 

 

───どうしてこうなった?

 

 

いや、途中までは何も無かったのだ。確かに、飛行機や鉄道ではしゃいでは寝落ちしそうになったユエとシアはともかく、ちょこちょこ仮眠を挟んだ俺や時差に慣れているジャンヌはまだしばらくは起きていられるし、そもそもまだ夕方の5時だったこともあって、小洒落たレストランで夕飯を食べたり屋外の簡易なスケート場で遊び、何事も無く帰ってきたのだ。

 

そして汗を流そうとシャワーを浴びて浴室から出た俺の目の前に服を全部脱いだジャンヌが立っていたり、どうにも入浴前後の、確かにそのタイミングなら服きてなくても普通だよね、というような時なら肌を見られても恥ずかしくないらしいジャンヌがやたらうっすい下着で部屋をウロウロしてたり。

 

だがその程度、心を鬼にした俺ならば何事も無く乗り越えられたのだ。パリの市街地を歩いている時やスケート場で遊んでいる時の雰囲気は傍から見たら恋人同士のそれに見えるくらいだったが、それでも俺は自分を押えられた。

 

だが、やっぱり1つしかなかったベッドに俺も入り、ジャンヌがオルゴールと部屋の照明を消したその直後だ。

 

幸いにして洗濯した時のために枕はもう1つあったから、俺はそれに頭を乗せて横になっていたのだ。すると背中の方からシュルりと衣擦れの音が聴こえてきた。俺はその時点で割と冷や汗ものだったのだが、ここまでは耐えられた。だが、ジャンヌが縋り付くように俺の背中へと身体を寄せてきたのだ。

 

しかも、背中に当たる柔らかさには心当たりがある。いや、実際に触れたことはないけれどこの状況で2つの暖かくて溶けて消えそうなくらいの柔らかさを誇る物体なんて世界広しと言えど限られているわけで。

 

「……言ったろ、俺ぁ何もしねぇし、それ以上何かしようとしとも受け入れやしない」

 

「それは、天人の理性が保てば、の話で、それも今夜限りのことだろう?」

 

まぁ、この勝負は1晩だけの話だからな。確かに次の朝が来れば別の話ではある。だがそれはそれ。俺には1つ気になることがあった。

 

「……なぁ、今更ジャンヌの気持ちを疑ったりはしねぇよ。けどさ、何で俺だったんだ?」

 

透華達と違って、ジャンヌは俺に命を救われたとか家族を助けられたとか、そういうのは無い。イ・ウーじゃ仲の良い方だったとは思うがそれだけ。なんなら俺より理子と(つる)んでることの方が多かったくらいだ。だから友人としてならともかく、こういう感情を持たれるようなことは何も無かったはずだ。

 

「……私は家では騎士として、まるで男のように育てられてきた」

 

「あぁ……」

 

それは知っている。ジャンヌの家は女系の一族でありながらそういう風に育てられるのだと、本人から聞き及んでいた。

 

「だからだろうか。最初に天人を、お前とリサを見た時激しく苛立ったのを覚えている。リサが、絵本の中にいるような女の子だったからかな」

 

俺とコイツの初対面。俺達がイ・ウーに来て、シャーロックからコイツが船内の案内を任せられた時のことだろう。あの時の俺はリサのことと、それから自分が強くなることしか考えられていなかった。それ以外は、本当にどうでも良いと思っていたんだ。

 

「リサを守るように立つお前と、まるで男に守られるために生まれてきたかのようなリサに、きっと私は嫉妬していたんだ……」

 

そう言うジャンヌも、まるで俺の背中に縋り付くかのように俺の寝間着を握り締めている。

 

「……天人、お前はいつか私に言ってくれただろう。"可愛い"と」

 

……そうだったか?ジャンヌには悪いが、正直記憶に無い。それは俺が何も意識せずに言ったからなのか、それともジャンヌには数年前ほどのことでも俺にとっちゃ10年近く前のことになるからなのか、それは分からないけれど。

 

「俺は……」

 

「やはり、お前は覚えていないのだな……」

 

「悪い……」

 

「いや、いい。あれは本当に何気ない会話の中の一言で、確か服の話をしていた時だ。私が、自分にはリサが着ているような可愛らしい服は似合わないと言った時のことだ。お前はそれを否定し、私に可愛いと言ってくれたのだ」

 

……お前は、全部覚えてんじゃねぇかよ。俺にはそんな会話をした記憶なんてない。だがそれは俺が覚えていないだけだ。俺の中じゃジャンヌは会った時から今までずっと女の子で、超が付くほどの美人で、頭は良いのにどっか抜けてるところが可愛らしい、そんな女だった。

 

「いつか私が自分の背が高いことを気にしている風に言えばそんなことはないと、私より低い目線から言っていたな。……私が下から言うなと返せば、いつか見下ろしてやるから覚悟しとけよと吠えていたのも覚えている。……そしてお前は、いつしか私よりも背が高くなった」

 

ジャンヌの指が、俺の身体をなぞる。俺の身体の大きさを確かめるように、ゆっくりと、背を、脇腹を、脚を這う。

 

「けどそれは、お前にとっては全て何気ない一言なのだろう?……だからだ。だから私の心に響くのだ。コイツは、天人は男同然に育てられた私のことを、当然のように女扱いしてくれる」

 

それらは全て俺の中では当然のことだった。コイツが可愛いのも美人なのも、気にしているほどには背が高くないことも、そして女であることも……。何もかも俺には当たり前のことで、それを否定しようとするジャンヌ本人が俺にとっちゃ1番不自然だった。

 

「それからだ。リサを見ていて、あぁ、私もこんな風に守られてみたいと思ったのは。リサのように、私も天人に守られてみたい。あの腕に抱かれて眠りたいと思ったのは……」

 

ジャンヌの指が、俺の腕をくすぐる。ゆっくりと這うように進む指が、一緒に俺の心も擽る。

 

「お前がユエ達を連れて帰ってきた時には私の心は本当に氷のように冷たくなったのだぞ?人形よりも可愛らしいユエ、そう振舞っている時の理子のように明るいシア、美しく聡明なティオ。……あぁ、私では敵わないと、そう思った」

 

「そんなこと……」

 

「あるのだ。だが同時にチャンスだとも思えた。……それは、透華達が背中を押してくれたのだがな……。だが、今まではリサ1人だけを愛すると言っていたお前が複数人の女を侍らせている。ならば私にもチャンスがあってもいいんじゃないかと、そう思えたのだ」

 

今まで自分の気持ちにどうにか蓋をしようとしていたジャンヌ。だがその蓋を、俺がトータスで3人もの女を愛し、連れて来たことでこじ開けてしまったのか。

 

「……どうだ?褒められて、女扱いされただけで落ちる女だと笑うか?」

 

「笑わねぇよ。俺ぁ笑わねぇ。……できるなら、ユエ達にもお前のことを認めてほしいと思ってるし」

 

「天人……」

 

我ながら簡単な男だと思う。好きだと言われ、こうやって縋り付かれて、それでコロッといってしまうのだから。ユエ達に呆れられても文句は言えないだろう。でもこれが俺の本音。昔からそうだ。初めて見た時からどうしても目を引く女の子がジャンヌだった。きっと、俺は最初からジャンヌのことが気になっていたのだ。それを、リサがいるからと誤魔化していただけ。異世界じゃあリサを守ることに必死でどうにか目を逸らせていたけれど、自分が同時に複数人の女を愛せることを自覚した上でこっちに帰ってきたら、もうそうはいかない。俺は昔っからコイツにやられていたのだろうから。

 

「天人、私は必ずユエ達に認めさせてみせる」

 

「あぁ」

 

「その時にもう一度言おう、私はお前を愛していると」

 

「あぁ……」

 

腹に回された腕は細く、ちょっと力を入れれば折れてしまいそうだった。なのに背中に当たる感触はマシュマロなんかより余程しっとり柔らかく、暖かくて肌の触れ合った箇所から溶けてしまいそうだ。そして耳元ではジャンヌが普段より少し低い、吐息のように俺の名前を囁くのだ。その声が俺の耳に心地よく、ザワりと心を擽る。

 

パリの夜は更けていく。暗闇の帳が降り、世界は暮れ塞がる。俺は後ろを振り返ることなく、眠りに落ちていった。

 

 

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