それは、あまりに突然の出来事だった。
「ちょっと来て色々大変なの!!」
そう叫びながら現れたのは長い黒髪を湛えた可憐な雰囲気を纏った女だった。歳の頃はシアと同じくらいだろうか。純和風といった感じのその子は、何やら涙目で男の同情を誘う表情をしながら切迫を訴えていた。そして、触れればそれだけで折れてしまいそうな細腕に似合わぬ凄まじい握力で俺の腕を掴み、パリの賃貸マンションの、ジャンヌの借りていた部屋に開いた
───────────────
「異世界転移は何度もやったけどこのパターンは初めてだよ」
室内なので靴を脱いで足裏を床に付けないように気を遣いながら横向きに置いた俺が、ユエもかくやというジト目を繰り出した先には
「いや、もう俺にとっちゃ大概どうでもいいんだが……お前、どうやってあの扉開いた?」
俺と香織の住む場所は文字通り世界が違う。空間魔法だけで距離をぶち抜いたところでどうにかなるようなものではないのだ。それこそ、概念魔法による世界の超越が必要になるのだから。確かにコイツはエヒト共との最後の戦いの後、トータスにある大迷宮の、まだ彼女が挑んでいなかったそれら全て攻略して概念魔法の足掛かりを手に入れていた。だが概念魔法は神代魔法を全て手に入れただけで扱えるようになるものではない。
そこから更に自らの意志や想い、願いを具現化するために莫大な魔力と意志の強さが求められる。俺だってユエの助けがなければ世界を越えるような概念魔法は生み出せないのだ。それを、香織が1人で成したというのだろうか。
「そりゃあ、概念魔法を生成魔法で天人くんのくれた鉱石に付与して、ちゃんとした鍵を作ったんだよ?」
天人くんも同じようにしてたよね?と、さも当然のように香織は告げた。確かに俺はトータスを出る前に香織に世界を渡るための鍵を渡してある。だがそれは
「私の、ハジメくんを想う気持ちを甘く見てもらっちゃ困るよ?」
どうやらそういうことらしい。だが今や同じ世界に住む南雲くん目当てで世界を渡る概念魔法なんて作れるのだろうか。香織の魔法の適性であればユエの補助がなくとも、その意志さえあればどうにかなろうが、そもそもその意志はどこから……?
「まぁこれ、天人くんの越境鍵と違ってどこでも、とはいかないんだけどね」
と、香織はその白魚のような指先で概念魔法の付与された鍵を弄ぶ。
「あぁ、そうなの?」
「うん、これは
「あぁ、それで……」
当初は即座に南雲くんの元へと駆け付けられる概念魔法のはずだ。南雲くんにもう一度会うためだけに、仲間の元を離れたり、死ぬより辛い苦痛を味わうことを躊躇わなかったり、一旦は人の身体を捨てたりという選択を選べたコイツならではの概念魔法だ。そして、その意志の強さは遂に世界を越えるまでに至ったのだろ。
「で、そこまでして俺を呼び出した理由は?」
まさか2週間に及ぶ完全な神隠しと帰ってきた奴らのまるで妄言としか思えないような発言の数々が何か厄介事を呼び寄せてしまったのだろうか。
俺が思わず眉を顰めると香織は首を横に振る。
「あ、今は腕力が必要なわけじゃないの。ただ……」
「んー?」
「ただ、ハジメくんと違うクラスになっちゃっただけなの!!」
「帰る」
トータスとこの世界は案外近い。いや、この世界と俺の世界との距離が遠すぎるのだ。こっちと俺の世界の距離がまるで地球の反対側に行くくらい離れているとすれば、こことトータスなんてちょっと飛行機で隣の国へ、くらいの程度の感覚で渡れる。ちなみに、ここと俺の世界の距離よりトータスと俺の世界の方が少しだけ距離が近いのだが、理由は正直謎だ。
異世界への扉を開くには世界間の距離に応じて魔力が必要になる。これほどの魔力量をどうやって用意したのかは知らないが、香織の呼び出した理由があまりにあんまりだったので、俺はさっさと宝物庫から越境鍵を取り出した。
「あぁ!待って待って!」
「待たんわ。てかお前そんなどうでもいい理由で世界渡ったのか。逆にすげぇよ」
どうやらここは香織の部屋らしい。本人の雰囲気によく似合う女の子女の子した部屋だ。俺はそのパステルカラーな部屋の虚空に既に鍵を突き刺したところだ。
「これは真剣な話なの!!」
「どこがだっ!!」
「香織!!今男の声が聞こえたぞ!!」
と、俺が思わず大声でツッコミを入れた瞬間に何やら階下から男性の声が聞こえてくる。そして、ドタドタと慌ただしく階段を駆け上がる足音。そして気配がこの部屋の前で止まり、直後にドバーン!!と香織の部屋のドアを開けたのは、まだ20代半ばにも見える、香織に似た雰囲気を持つ線の細い男性だった。
「あ、お邪魔してます、お兄さん」
香織の歳の離れた兄だろうと思い、俺が挨拶を返すと───
「誰がお兄さんだ!私は香織の父だ!!」
なんかもう初手でキレながら驚きの事実を明かしてきた。
「て言うか君は誰だ!いつの間に我が家に入ってきたんだ!!」
そりゃそうか。香織は概念魔法で俺をこの部屋に引っ張りこんだのだから俺は玄関からは入っていない。当然この人が俺の出入りに気付くはずもないか。
「香織の兄貴です。急に香織に部屋に連れ込まれました。個人的には今すぐにお
「香織は一人っ子だ!!私は君のような男を産んだ覚えはないよ!!───て言うか香織ぃ!?いつの間に男を部屋に連れ込むようになったんだい!?」
「全員話をややこしくしないで!!」
「どうしたんですか?」
と、香織が半ギレで突っ込みを入れた直後に今度はこれまた20代半ばくらいの女の人が現れた。
今度は香織の姉のようにも思える。だがさっき香織の父と名乗る人は香織は一人っ子だと言っていたから多分この人が香織の母なのだろう。
「あぁ香織のお母さん、僕は香織に───」
「天人くんは一旦黙ってて」
ジャキィン!と俺の喉元に突き付けられたのは銀色の魔力光を纏った大剣が一振り。纏う魔力光が、その刃には分解の魔力が込められていることを示し、そしてそれは香織のご機嫌が最悪なことを意味していた。
からかい過ぎたかなと俺は俺は両手を上げて降参のポーズ。そして、愛娘がいきなり、しかも明らかな凶器を他人に突き付けた驚きで香織の両親も放心状態になってしまっていた。
「お父さん、お母さん、この人は神代天人くん。私が向こうに行っていた間の師匠みたいな人で、こことはまた別の日本から来たの」
と、分解の砲撃も放てる大剣を宝物庫に仕舞いつつ簡潔に俺のことを両親に説明した。どうやら、香織はトータスに行っていたことを両親にきちんと伝え、かつ2人もそれを信じてくれたようだった。
「……つまり、
おっと?どうやらここで問題が発生したようだぞ。だがまぁ正直その通りなので弁明のしようがない。
「お父さん、天人くんを責めないであげて。これは、私が望んだことで、そうしないと生き残れない世界だったの」
「……それでも、私は父親として、娘に武器を握らせるような奴を責められずにはいられない」
あとさっきの兄貴ってなんだよ、という香織の父に香織はそれでも、と食い下がろうとする。だから俺はそれを制した。
「……香織、お前のお父さんの言う通りだよ。……香織のお父さん、俺の元いた所では上級生が下級生の兄ないしは姉となって教え導くっていう風習があります。さっきの兄貴ってのはそういう意味です。俺は高2で、香織達は高1でしたから……。それに、本当なら香織……いや、この子のクラスメイト達の誰も、武器なんて握る必要の無い人生を送るべきだったんです。異世界に無理矢理呼び出されて、戦わされて……でも───」
「でもそれは、天人くんのせいじゃない。呼んだのも、戦わせたのも、全部エヒトの仕組んだことだよね」
香織が俺の言葉に割って入る。
「……それでも、だ。それでも、俺は武偵として、本当ならお前らを戦わせることなく帰さなきゃいけなかったはずなんだ。けど俺は、最初に自分が帰ることを優先して、お前らが戦うことを止めなかったんだ」
そして止めなかった結果、その先で2人の生徒を俺は殺すことになり、また1人はクラスメイトの裏切りにより死んだ。
「全ては俺の実力不足から始まったことです。香織だって、本当は人を癒す力しかなかったはずなのに、俺がこの子に人を傷つけられる力を与えました。俺がもっと強ければ、香織に"自分も戦わなければ"と思わせる必要もなかったのに……」
「……神代くんと言ったね」
「はい」
「君のことは、香織から聞いている。誰よりも強く、そして誰よりも力を振るう責任を知っている人だと」
「いえ、俺は……」
「今の言葉を聞いて、それは間違いではなかったと知ったよ。私は見ての通り喧嘩なんてしたこともなければしたいとも思わないけどね。それでも大人として、親として、香織のいた先に君がいてくれて良かったと思うよ。ありがとう、香織を、香織だけでなく、香織の友達も守ってくれて……」
と、香織の父親が俺に頭を下げる。俺は……そんなことをされる程立派なもんじゃないのに。
「いえ、そんな……俺は……」
香織の父の言葉に、俺は何か否定の言葉を返さなければと語彙を探す。だが俺が何か言うことを見つける前に香織の母親と思われる女の人も俺に向けて頭を下げてきた。
「私からも、ありがとうございます。香織から聞いたお話のような経験をして、それでも尚この子が笑っていられるのは貴方のおかげだと思います。実際、塞ぎ込んでしまった子や、本当に亡くなってしまった子がいるみたいで、香織だってそうなってもおかしくない出来事だったと思うわ。それを、貴方は救ってくれた。母親として、これ以上に嬉しいことはありませんから」
「俺は……」
「天人くんは自罰的過ぎるんだよ。それに1人で背負い込み過ぎ。シアやティオにあんなに言われたのにまだ同じこと言ってるの?私達は与えられるだけじゃ嫌なの。守られているだけのお姫様なんてお断り。私は皆と戦えたこと、戦えるようになったこと、後悔なんてしてない」
「けどその強さは、本当はお前らには必要無かったもので……」
俺の世界やトータスならともかく、こっちじゃ腕っ節の強さなんてさしたるステータスにはならないはずだ。それなのにコイツらはそんな強さを身に付けてしまったのだ。そしてそれは、俺が身に付けさせたものなのだ。
「はぁ……。あのね、私達が天人くんから教わった強さは喧嘩の強さじゃないよ?私達は、心の強さを教わったの。それは、諦めない心、奈落に落ちても這い上がろうとする心、地面に叩きつけられても自分の足で立ち上がる心、ただ周りや大人に流されるだけじゃない、自分で考えて、自分で立ち向かう強さ。そういうのを、天人くんの背中に教わったの。だから最後の戦いで皆戦えた。私だって、それが無ければ概念魔法なんて生み出せなかったよ?」
なんで当の本人が気付かないかな?と香織が溜息をついている。すると、香織の父が俺の肩に手を置いた。そして、穏やかな口調で語り始める。
「君、ご両親は?」
「いません。俺が10になる前に亡くなりました」
「その後は?」
「ずっと、戦うために生きてきました。俺には、それしかなかったから……」
そう、俺はイ・ウーに堕ちて、そこから先はただ戦うしかなかった。リサを失わないためにはそれしかなかったから。
「お父さん、天人くんはね、たった1人の女の子を守りたくてずっと強くなろうと戦ってたの。ずっと、ずっと……トータスに来る前からずっと……」
「あぁ、神代くん。君はもう少し自分の助けたものの大きさを見た方が良い。人の命は、その人のものだけではないんだよ。人は1人では生きられない。それはね、誰かを救うということはその人の周りも一緒に救われるということなんだよ。香織が帰ってきてくれた、私達のようにね」
でもそれは、俺が奪ってきた命にも言えることだ。だから俺は、そう簡単に許されるべきではないのだ。
「天人くんが今考えてること、分かるよ?だって
「俺は……」
「神代くんが何に悩んでいるのか、私達には分からない。けれどこれだけは言えるよ。君はもっと自分の成したことに自信を持っていい」
「あぁ……あぁ……ありがとう、ございます……」
香織の父親から掛けられた言葉。それはユエ達から言われたことと同じだと思う。けれど、完全に身内だったユエ達からではなく、その外の人から言われた言葉というのが、存外良かったのかもしれない。その言葉は、俺の心の中にすぅっと入り込んで、染み渡った。
「あ、あれ……?」
そして、その言葉は思わず俺の涙を、涙腺から溢れ出させた。予期せぬそれに、俺自身も戸惑ってしまう。
「え、ちょ……天人くん!?……はぁ……もう……」
「ははは、いいじゃないか香織。結局彼もまだ子供なんだ。たまには大人の前で泣いたって誰も責めやしないさ」
どれ、これが父親というものだよ、と俺は香織の父親に頭を抱かれる。俺はなされるがままにその腕の中に収まる。その腕は、最初見た時には細っこくて頼りなく見えたけど、実際のところ、結構たくましく感じられたのだった。
───────────────
「さて、天人くんも落ち着き、お父さん達も戻ったところで本題だよ」
そう言えばそうだった。俺はここに懺悔しに来たわけではなく、香織に強制招集されて来たのだった。
「で、なんだっけ?南雲くんとクラスが離れた、だっけ?」
やっぱり帰っていいかな。これ態々俺が呼び出される必要ある?愚痴なら雫にでも零してくれ。
「そうなの!せっかく帰ったきたのに私達が変なことばっかり言うからって特別教室になっちゃったんだよ!?酷くない!?」
そこから始まる香織の愚痴愚痴、そして愚痴。どうやら、帰ってきたは良いがやはり2週間の間一切の音沙汰なく行方知れずというのはこちらの世界の、しかも普通の学生だった香織達にとっては大きなことだったらしい。随分とマスコミ達にも追い回され、こっちにヘルプを求める隙間も無かったらしい。その上こっちと俺達の世界の隔たりも大きく、俺が念の為にと与えた神結晶に溜め込んだ魔力を使っても尚足りない魔力を香織や雫、天之河といった魔力のある奴らが1ヶ月以上かけて溜め込み、ようやく片道分の魔力を用意できたらしい。
「で、もうそこまで来たら俺の出番なさそうなんだが?ていうかそもそもお前南雲くんとどうなったんだよ?」
そんなわけであるから、俺は南雲くんと香織があの後どうなったのかすら知らないのだ。
「そ、それは……まずはお友達からって……」
つまり、告白したはいいが一旦保留されたということか。
「ふっ……」
「あぁ!?今笑ったでしょ!!」
「あぁ?そんなの笑うだろ。お前……概念魔法レベルの重い愛ぶつけて保留って……ふふっ……」
「ち、違っ……ハジメくんはただちょっとまだ照れてるだけなんだからぁ!」
ここにユエがいればもっと弄られたのだろうが、残念ながらここにユエはいない……いや、待てよ?
「……よいしょぉ!!……お、ユエ」
俺は越境鍵で世界の隔たりを越える扉を開く。そしてその先にはキョトンとした顔でこちらを見つめるユエとシアがいた。
「……天人、香織にいきなり拉致られたと思ったら。どうしたの?」
「ユエ、今こっち面白いことになってるから来てくれ」
「……んっ」
「えぇ!?ユエも呼ぶの!?」
と、香織が止めてよーと泣きついてくるがそれを無視してユエとシアをこちらに呼び寄せる。
「……それで、どうしたの?」
香織は言わないで言わないでと俺の肩を揺らしているがそれを押し退け、俺はさっきの話をユエ達にもしてやる。すると───
「……ぷぷっ、香織、概念魔法レベルの愛をぶつけて保留にされた女」
「……天人さん、やることが大人気ないですぅ」
「……天人くんだってさっき私の目の前で号泣してたくせに」
「……天人、どういうこと?」
「天人さん!?香織さんとは何も無いんじゃないんですか!?」
「あっ!香織てめぇ!」
「天人」
「天人さん?」
ユエとシアのジト目が怖い。しかもどんどんとこちらに迫ってくるのだから恐怖は増し増しだ。
「うっ……いや、本当に香織とは何も無かったぞ?」
「天人くん、色んな人を殺したことまだ抱えてたみたいで。さっきまで私のお父さんに頭抱かれて泣いてたんだから」
と、これまでの反撃なのか、香織が全部暴露し始めた。しかもめちゃくちゃに良い笑顔をしている。この野郎……やっぱイイ性格してやがるぜ。
「あぁ!?この口、封じて───」
「『……少し黙ってて』」
ユエ様渾身の神言発動。俺の氷焔之皇はユエ達の魔法は通すようにしてあるからこの不意打ちには対応できず、聖痕も開いていなかった俺は黙らざるを得ない。そして、ユエの神言が解ける頃には、さっきの俺の痴態は全て白日の元へも晒されてしまっていたのだった。
「天人さん、これは自業自得です……」
早くも2回目の泣きをみた俺にシアがトドメを刺してきた。深く項垂れる俺に誰も優しい言葉をかけることはなかった。
「……天人、遠山のこと見なくていいの?」
と、ここでユエ様からのナイスアシスト。そうだよ、キンジどうなったんだよ。さすがに世界を越えちゃったので映像も届いていないし。
「遠山?」
香織は新たに出てきた名前に疑問符を浮かべている。
「あぁ、今俺らまた戦いになっててな。本当はここで遊んでる暇はねぇ」
「いや、私も結構深刻だからね?」
片思いな上に返事保留中の相手とクラスが別れたとかどこが深刻なのだろうか。いやまぁ本人は真剣なのだろうけど、こっちと比べるとそれ後で良くない?となってしまうのだ。
「ていうか、異世界通信用のアーティファクト渡してあるだろうが。先にそれで用事伝えろよ。そしたらそっちの魔力使わずにこっちから行けたのに」
まぁこの理由聞いたら多分行かないけど。
「だって理由先に伝えたら天人くん来ないでしょ?」
よくお分かりで。
「まぁな。……ほら、取り敢えずそれにまた魔力溜めといてやるから。また今度な」
と、俺は香織から鍵を受け取り、そこに魔力を注いでいく。だがこっちから俺達の世界へ行くにはまた膨大な魔力が必要になる。面倒になった俺は昇華魔法と限界突破の組み合わせで一気に魔力を溜めていく。
「おし、これでいいか」
「あ、ありがと」
「あっちが落ち着いたらまた来るから、そん時な」
俺は限界突破のままに自分の越境鍵に魔力を注ぐ。そしてまたジャンヌの部屋への扉を開いた。
「じゃあな、また今度」
「あ、うん、またね」
取り敢えず次の約束をしたからか、執拗に引き止められることもなく俺達はまた元の世界へと戻ることになった。……なんだったんだあの時間。
───────────────
「で、何だったのだ?」
帰るやいなや、ジャンヌにジト目で睨まれる。
「トータスで戦兄妹だった奴に呼び出されたんだよ。なんか、そいつの好きな人と学校のクラスが別れたとかなんとか」
「アミ……はぁ……。でそれは解決したのか?」
「んなもん、解決できねぇよ。取り敢えず極東戦役終わらせたらまた行くけど、どうにもならんわな」
クラス決めとか俺が行ってどうにかなる問題じゃないだろうに。
「……南雲って人だけなら魂魄魔法を使ってクラスを動かせる、かも?」
「そりゃあ洗脳したり書類改竄出来ればな。クラス名簿程度ならそう難しい話でもないんだろうけど、そこまですんの……?」
クラス編成程度なら魂魄魔法でどうにかできないこともない、だろうけれども、そこまでして同じクラスになりたいのか?
今すぐにどうこうってより、来年度以降のクラス編成であの2人を同じクラスにする方が簡単な気もするが……。
「……ん、確かにそこまでは」
「でも香織さん、態々天人さんを呼んだってことはそうしてほしいってことですよね?」
「育て方間違えたよなぁ、これ……」
「……んっ、シアの家族といい、天人の育てた人はぶっ飛びがち」
「……マジか。いやまだだ、まだライカが残ってる」
そうだ、俺にはまだ戦兄妹の火野ライカが残っているのだ。アイツは人柄的には比較的普通だ。普通って言っても武偵高基準だけど、外に出してもそんなにおかしな行動をするやつじゃないだろう。
「あぁ、確かにライカさんは良い子っぽいですよね。天人さんの戦兄妹とは思えないですぅ」
強襲科で話したことでもあるらしいシアはしかし、ライカがハウリア軍人化の前科のある俺の妹とは思えないという。まぁそれは俺の自業自得だろうな……。
「……ていうかそれよりキンジだ。今アイツ……あぁ、大丈夫そうかな」
今は何やら布かシートを被って隠れ潜んでいる。どうにもさっきカツェの乗っていたケッテンクラートに被せられていたやつみたいで、確かにあの中なら着陸するまでは見つからないだろう。周りは何やら鍵のかかったロッカーが並んでいる。……更衣室か?だがまぁ、どっちにしろケッテンクラートのビニールシートの中なら大丈夫か。
そう思い俺は皆にキンジの状況を伝える。そうすればジャンヌもメーヤも安心したようで、場の空気が弛緩した。
俺も視界共有はそれなりに頭が疲れるから他で極力体力使わないように目を閉じた。すると真横にユエが座る気配。薄目を開ければやはりそこにいたのはユエで、俺の頭を優しく撫で始めた。俺はそれを合図に倒れ込み、ユエの太ももに頭を乗せ、また目を閉じた。
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「……アイツ、何やってんだ?」
「どうした、遠山に何かあったのか?」
あれから数時間後、いつの間にやらメーヤはどこかへ行き、ユエとシアがお昼寝中、俺の右目の中ではキンジはカツェの着替えを覗き、それがバレて飛行船の外に追いやられ、そして今度は飛行船からどこかの山中へと落下しやがったのだ。移動中の飛行船には扉は開き辛いから中々手出し出来そうもなかったが、だからって下に落ちられたら今度は助ける前に死んじまうぞ。
「あの野郎、飛行船から叩き落とされやがった。……一応、生きてはいる。大怪我もしてなさそうだ」
クモは落ちる時にキンジの服の中に忍ばせておいたおかげで雪の中に放り出されずに済んだみたいだ。
「救出に行くのか?」
「あぁ。カツェも一緒だけど……まぁ捕虜でいいだろう」
キンジはパラシュートの布を寝袋みたいにして寒さを凌ごうとしているようだが、雪山の寒さの中ではそれもどれほど役に立つのだろうか。
俺は虚空に鍵を差し込み、魔力を込めながらそれを捻る。するとまた室内に寒気が吹き込んでくる。扉の向こうは吹雪いていないのを幸いに、俺はどこかの雪山へと足を踏み入れた。
「キンジぃ、生きてるかぁ?」
俺が派手な色の布に向けて声を掛ければそれが中からモゾモゾと動き出し、隙間からキンジが顔を出した。
「天人!?」
「おう、元気そうだな」
と、クモで見ていたがやはりまだそれなりに体力は残っているらしいキンジの顔が、直ぐに引き攣った。
「ケケケ、態々救援ご苦労だったな」
と、パラシュートの布を剥ぎ、キンジの後頭部に金色の拳銃を突き付けたまま出てきたのはカツェだった。
「……それ、使えないぞ」
だが、たかがルガーP08の1挺で何ができると言うのだろうか。そんなもの、俺の目の前に出した時点で凍らせて終わりなのだ。分っかりやすく氷に包まれ凍結していく自分の拳銃を見てカツェの顔が驚愕に染まる。
けれども───ガッ!と俺の側頭部を何かが掠める。しかしそこで力尽きて雪に落ちたのは1羽のカラスだった。どうやら爪に塗った毒で俺を殺そうとしたらしいがそもそもその程度の爪が俺の多重結界を抜けるわけもなく、俺は完全に無傷のままだった。
「エドガー!?」
どうやらカツェのペットらしいそいつは、ご主人様を守ろうと甲斐甲斐しくも寒さを堪えて戦ったみたいだが、戦力の差は歴然。
「魔女連隊のカツェ・グラッツェ、お前は師団側の捕虜にする。……んで、取り敢えず暖かい部屋に戻ろう。ここは景色からして寒すぎる」
熱変動無効のスキルで寒さそのものは平気だが、景色が寒々しい。殼金を出させるにしろ他の魔女連隊の基地がどれだけあるのか吐かせるにしろ、ここじゃあ尋問をする気にもなれない。
「へっ、誰が言うかよ」
「お好きに」
俺は鍵でジャンヌの部屋への扉を開くと手足を氷で拘束したカツェを投げ入れる。それと寒そうに凍えているカラスも、毒を塗ってある足だけ氷で拘束しつつ部屋に入れてやる。
「ほれキンジ、行くぞ」
「あ、あぁ……」
俺に手を引かれ、キンジもジャンヌの部屋に戻る。最後に俺も扉を潜り、雪山に繋げた扉は姿を消した。
────────────
「ジャンヌ、包帯か何かあるか?」
「あぁ。遠山が怪我でもしたのか?」
「いや、このカラス。足の爪に毒が塗られてる。危ねぇから一旦巻いておくんだよ」
「分かった」
ジャンヌが救急箱を探している間に俺はカツェの氷を解き、代わりに事前にジャンヌから渡されていた超能力者用の手錠を嵌めた。
「さてキンジ、俺ぁカラスの方やっとくからお前がカツェから聞いといてくれ。……ユエ、頼んだ」
「あぁ」
「……んっ」
ユエは魂魄魔法で相手の言っていることが嘘か本当かが分かる。1番面倒なのは黙秘されることだが、そこはキンジの話術に期待するか、最悪の場合には、あまりやりたくはないけどこのカラスを人質にして何かしら喋らせるしかない。
『……天人』
『んー?』
と、急にユエから念話が飛んできた。……これ使うの久しぶりだな。
『……再生魔法と魂魄魔法の組み合わせで少しならこの子の記憶を読み取れる』
『マジか……。あぁじゃあ黙秘されたらそれ使ってくれ』
『……んっ』
そうして俺は、キンジがユエの力を借りつつ尋問を進めている間にカラスの足に包帯を巻いて毒爪を無力化しようとしていた。
まず羽ばたかれちゃ面倒なので両翼を氷で固定し、脚にも氷を纏わせて動けなくしておく。そして爪に塗られた毒を拭き取りながら両足それぞれに包帯をグルグル巻いていく。それらを医療用のテープで留め、無事に毒爪の無力化が完了した。俺は氷で檻を作るとその中にカラスを入れ、奴の身体を拘束していた氷だけ消してやる。
中に入れても少しは暴れるかなと思ったが、爪に毒を塗られて戦闘用に調教されただけあって、無闇に暴れることはなかった。どうやら自分の置かれた状況をキチンと把握しているようだ。
「こっちは終わったぞ。……そっちはどうだ?」
「……んっ、カラガネ?っていうのはこの子は持ってないみたい。別の誰かに渡したらしい」
「天人、探せるか?」
どうやら、あの兵器庫でとっ捕まえた奴らの持っていた情報は古かったらしい。魂魄魔法ではそいつが嘘をついているのかどうか程度しか分からない。だから本人からしたら本当のことでも、それが事実と異なる場合だってあるのだ。偽の情報をそうとは知らずに信じてしまえば、そいつの中で嘘を言ったことにはならないからな。
「あぁ」
俺は羅針盤を取り出し、カツェの持っていた殼金を探す。すると、羅針盤からはオランダ方面にあると反応が返ってきた。
「……まったく、逃げ足の早ぇ奴らだ」
兵器庫を襲われ、そこからどうにか逃げ出した奴らは一目散にここへ向かったのだろう。
「カツェ、お前らが山の中に構えていた兵器庫は俺達が潰した。お前はそれを知ってたのか?」
「あぁ?当たり前だろ。だからあの飛行船だって兵器庫は素通りする予定だったんだ」
「……キンジ、コイツが持ち出した殼金のある所には随分と敵が多いみたいだ。どうする?」
「どうするって、乗り込むしかないんじゃないのか?」
まぁ、それはその通りなのだが……。
「そりゃあ、俺達はそれでいいけどよ、お前はどうすんだ?HSS無しで戦うのか?」
そもそも、キンジが自分で戦って殼金を持って帰りたいと言ったから態々キンジが飛行船に乗り込んだのだ。それなら魔女連隊の偉い奴らが集っていそうなそこへもコイツは乗り込むのが道理だろう。だが俺達はともかく作戦も無くキンジが来たところでHSSを発動させなければ足でまといにしかならないだろう。
「ま、まぁそうだが……」
「つーわけでジャンヌ、コイツが生き残れる作戦考えてやってくれ。俺ぁコイツをワトソンに引き渡してくる」
メーヤに渡したら普通に首切り落としそうだし。そうなるとせっかく捕虜にした意味が無くなる。ワトソン、というかリバティ・メイソンならもうちょい丁寧に扱ってくれるはずだ。
「へっ、いいのかよ、殺さなくて」
「あ?手前は人質だよ。あと何かの時の情報源。……あぁ、超能力で逃げられると思うなよ?もうそれは凍らせた」
コイツの持っている超能力は水を操るものらしいがそれは俺の氷焔之皇で凍結させてある。念の為掛けた手錠も対超能力者専用の物だし、コイツはもう何もできない。
「……チッ」
舌打ちをしてこちらを睨むカツェは無視して俺は電話でワトソンを呼ぶ。傍で待機していたらしく、直ぐに来るとのことだ。
「じゃあな、厄水の魔女」
「はっ、2度とその面ぁ拝みたくねぇな化け物」
言葉通り直ぐにやって来たワトソンにカツェを引き渡す。俺達の間にあった言葉はこれだけだった。