「天人、HSS無しで遠山が殼金を取り戻すのは難しそうだぞ」
と、しばらく頭を捻っていたジャンヌが諦めたように俺に告げる。まぁ、そりゃあそうだよなぁ。何せ、殼金を持った魔女連隊のイヴェルタとかいう奴はのいる場所は眷属連中の溜まり場らしく、魔女連隊の奴らの他に、砂礫の魔女ことパトラや何人もの眷属の代表戦士がいるようだったのだ。
「あぁ……じゃああれだ。俺らが乗り込むから、混乱に乗じてイヴェルタって奴から殼金をぶん獲るしかねぇな」
「……分かった」
最初はHSSの名前を出されるだけで嫌そうな顔をしていたキンジだったが、ユエやシアにはその詳細が伝わっていないと知ったあたりで変な顔をする方が怪しいと悟ったらしい。今じゃ平然としている。
それに、キンジも自分の実力は分かっている。HSS無しじゃ眷属共の根城に飛び込んで暴れ回ることなんてできやしないことだって把握しているからな。
「んじゃ、いつ行く?」
俺としてはちゃっちゃと強襲して手早く終わらせたいのだが、キンジは割と命懸けになるだろうからそれなりに準備もいるだろうからな。特に、さっきまでクソ寒い雪山で遭難してたわけだし、体力を回復させた方が良いだろう。
「……取り敢えず、今日は休ませてくれ」
「分かってるよ。お前に合わせる」
「助かる」
そこで一旦作戦会議は終わり、キンジは女子比率の高いこの部屋が嫌だったらしくそそくさと自分の部屋に戻り、俺達はダラダラと駄弁りながら時間を潰していった。
そしてその夜、皆が寝静まった頃にジャンヌがこっそり部屋から出ていくのを俺は見逃さなかった。
「…………」
だが俺はジャンヌの後をこっそりと追跡するだけで態々声を掛けることはしなかった。雰囲気からしてこっそりと買い物ってわけでもなさそうだし、何かそれなりの理由があるのだろう。
それこそ、敵方の誰かから接触があったとか、そんな感じの。まぁ、今更ジャンヌが裏切るとは思わないけれど、誰かに1対1の決闘でも申し込まれてそれを受けたのかもしれない。
それならそれで、ジャンヌの力をユエとシアにも見せて彼女達にジャンヌのことを認めてもらえるかもだから、俺が手出しする必要は無いだろう。寝てるかもな、とは思いつつも一応念話でゆとシアに声を掛けておく。
『ユエ、シア、寝てるところ悪いな』
『……んっ、平気』
『大丈夫ですぅ。……どうしたんですか?』
2人とも念話で届く声がまだ半分寝ている。やはり寝ていたところを起こしてしまったらしい。
『ジャンヌがこっそり出掛けた。一応、バレないように追いかけるぞ』
『……ん』
『了解ですぅ』
ジャンヌには、彼女が外へ出る直前にこっそりクモを付けてある。そこから得られる視界からは、ジャンヌは徒歩でどこかへ向かっていることが伝わってきている。どうにもそこまで遠出をする気配は無いが、どうにもただでさえ人気の無い時間にさらに裏通りばかりを通るその経路に俺は疑問を覚えた。やはり、夜食や明日の朝飯の買い物程度ではなさそうだった。
「悪かったな、寝てたろ」
俺はユエとシアと合流し、気配を消しながらこっそり後を着け始めた。
「……大丈夫。それよりジャンヌは?」
俺にはクモもあれば羅針盤もあるから、態々見つかるリスクを冒してまでジャンヌを視界に入れ続ける必要は無い。おかげで距離を置けるから夜の帳の降りた静寂の中であっても多少の会話は特に問題は無い。
「……今のところはただ歩いてるだけだ」
「ただ、ジャンヌさんがもし敵からの呼び出しに応じていたら、ということですよね?」
シアはさすがの勘の良さを発揮している。
「あぁ。クモは付けてるが何かあった時にゃ鍵じゃ1歩遅いからな」
それが、俺が態々鍵を使わずに足で追いかけている理由。越境鍵は便利だがコンマ1秒を争うような戦闘時に使うには発動まで時間が掛かりすぎるのだ。ジャンヌならば最悪は俺の多重結界や氷焔之皇を使うだろうが、相手がもし聖痕持ちだった場合にはそれも貫かれる。
眷属側も俺の参加を知れば、というか魔女連隊の兵器庫をあんな滅茶苦茶な形で強襲すれば嫌でも俺の存在か、もしくは聖痕持ちの存在を勘繰るだろう。そこで向こうも聖痕持ちの傭兵を出されたらジャンヌ1人じゃ不味いからな。
「……お、止まったな」
と、俺の右目の義眼と視界を共有しているクモから、ジャンヌの動きが止まったことが伝わる。人気の無い、表通りから1本入った通り。行き止まりでもなく、街灯もあるから真っ暗ではないが、叫んでも助けは来ないだろう。そして、ジャンヌは周りを見渡し、腕時計を確認した。
「……来たぞ、妖刕」
と、ジャンヌはどこかへと呼びかける。妖刕……ね。するとコイツが───
───バゴンッ!!
と、ジャンヌの足元のコンクリートが砕けた。どうやらさっきの呼び掛けへの返答らしい。……随分とまぁ乱暴なご挨拶だ。
「……遠山はどこだ?」
声の主はおそらく男。発信源は背後から。ジャンヌが身体ごと振り向けば肩に乗ったクモの視界もグルンと回る。
そしてクモが上を見上げればチロチロと明滅を繰り返す街灯の上に立っていたのは黒いロングコートを纏った男。身長はキンジとそれほど変わらない。中肉中背と言ったところか。顔はマフラーか何かで下半分が隠されている。両手には明らかに違法物と分かる銃火器──タウラス・レイジングブルとウィンチェスターM1887のソードオフモデルだ──を携え、背中には2本の刀を差していた。コイツが妖刕って奴か。随分と───理子的に言えば中二病臭い格好をした奴だな。
ジャンヌが言っていたな。眷属は妖刕とか言う男を傭兵として雇っていて、それが凄まじい戦闘力で欧州戦線を支えているって。
"魔剱"とか言うコードネームの彼女がいて、最悪どっちかを人質に取れればどっちも獲れるかも、という情報と共に、な。
「遠山は来ない。そして、貴様はここで私が潰す」
どうやら、ジャンヌは妖刕からキンジを連れてくるように言われていたらしい。だがジャンヌはこれを拒否。自分がコイツを倒すつもりで乗り込んだようだ。
「お前が俺に勝てると……いや、なるほどな。勝算はある、ということか」
他の誰かや物を人質に取られたというより、キンジを連れて来なきゃお前を殺す、というような脅しだったのだろう。そうでなきゃ俺に話が来たはずだからな。それも無しにこうしてジャンヌと妖刕が戦うということはジャンヌにとって不利になるような人質は無いということか。それならこの戦い、見させてもらうぜ。
俺は状況をユエとシアに念話で伝え、念のため直ぐに飛び出せる用意だけはさせておく。クモも、夜の闇に紛れ込ませながらジャンヌから離脱させ、道の端っこに隠れさせる。そして、それを見計らったわけではなかろうが、クモがジャンヌの方を振り返った丁度そのタイミングで2人はぶつかり合った。
───────────────
俺の氷焔之皇の加護下にある者は俺が与えた、俺の持つスキルや固有魔法を使える。実際、ユエ達には全員氷焔之皇の凍結と燃焼、それから多重結界に言語理解を加護として付与している。これが俺の氷焔之皇の権能の大きな特徴だ。だが、リムルのいた世界の魔法はともかく、トータスの魔法には各々適性があり、それがなければ俺から貸与されても扱えるかどうかは別の話なのだ。
だからジャンヌも俺の持つ神代魔法は大して扱えない可能性もある。適性があるかどうかまでは俺にも分からないからな。もっとも、魔素や魔力すらも共有出来る以上はジャンヌの持つ魔剣デュランダルに生成魔法で仕込んだ神代魔法であれば扱えるはずだ。
とは言え、しかしというかやはりというか、ジャンヌもユエ達と同じく言語理解以外の俺の力を使うことを拒んでいる。氷焔之皇や多重結界ですら普段から発動させる気が無いのだ。どうにも俺におんぶにだっこで戦うのではなく、アーティファクトを受け取るくらいで後は自分の力で戦いたいという想いが強いのだろう。
そんなジャンヌが妖刕を相手にどう戦うのか、答えは直ぐに現れた。
ジャンヌにはデュランダルの改造以外にも幾つかのアーティファクトを与えてある。それは空力と縮地を仕込んだシューズだったり、エヒトの根城に乗り込んだ時にシアやティオに渡したやつと同じ、神結晶に魔力を溜め込んだ魔力バッテリーだったり。ちなみにアーティファクトにも内蔵の魔力バッテリーがある。これが無いと、ジャンヌには魔法陣に注ぐ魔力を持っていないからな。
しかも、魔力操作の固有魔法を俺から借りるのを嫌がったジャンヌに合わせて、雫に渡した黒刀と同じような機能を盛り込み、詠唱で魔力タンクから魔力を取り出せるように錬成を使って魔法陣を書き込んだのだ。おかげで今のジャンヌはデュランダルに仕込まれた神代魔法を連発することすら可能なのである。
そして当然、ジャンヌは俺の渡したシューズを履き、両の手首には魔力タンクを仕込んだリストバンドを身に付けていた。
「飛爪!!」
そしてジャンヌがデュランダルを振るう。数メートル離れた間合いで振られたそれは、本来なら虚空を裂くだけで妖刕には何の痛痒も与えられない、
だがデュランダルには風爪の派生技能である飛爪が付与されている。魔力によって編まれた爪が、妖刕の右腕を引き裂かんと迫る。
「───っ!?」
その刃は目に見えるはずもないが、本能で危険な匂いを嗅ぎ取ったのか、妖刕はその場から跳び退ることで躱すが、ジャンヌはダッシュで距離を詰めると、妖刕の着地際に合わせてデュランダルを奴の肩口に向け突き刺した。それを身を捻ることで躱し、バックステップで距離をとる妖刕。そして、その身体に異変が起きる。
バキバキと、音を立てて奴の身体が膨らんでいくのだ。あそこまで大きな変化ではないものの、まるで小夜鳴の身体からブラドが現れた時を思い起こさせるような変身だった。変化は一回り大きくなった身体。さらに変化はそれだけには留まらない。
何やら身体から黒い炎のようなオーラが現れ始めたのだ。そして、クモの視界が捉えたのは緋色の右目。
怪人、という言葉が相応しいだろうか。それでもなおユエやシアの方が圧倒的に強いだろうが、果たして今のジャンヌでどこまで渡り合えるのか……。
そして妖刕が一瞬、何か考え込むかのように虚空を見つめる。そして右手に構えたタウラス・レイジングブルを発砲。そこから放たれた弾丸をジャンヌは身体の前で構えたデュランダルで受ける。
刀剣は側面からの衝撃に弱い。だが、あのデュランダルは昔のそれではない。前に星伽に真っ二つにされて短くなったと言っていたから俺がタウル鉱石とアザンチウムで錬成した刀身を使っているのだ。当然、その強度はライフル弾すら弾く。幾ら
そして───
「……禁域解放」
───ゴウッ!!
と、ジャンヌの呟いた一言で魔力の奔流が起こる。ジャンヌに渡した
「……炸牙!」
しかし、それを見た妖刕は両手に構えた
───ズバァァァァンン!!
と、衝撃波が炸裂した。だがジャンヌも妖刕が刀を振り抜くに合わせてデュランダルに付与された固有魔法を発動させていた。
「天衝!」
デュランダルから放たれた魔力の衝撃変換が妖刕の放つ衝撃波を相殺し、さらに上回った余剰エネルギーが妖刕を襲う。
だが、魔力を変換した衝撃波は奴の黒い外套から発せられる炎のような黒いオーラに相殺され、奴にそれほどのダメージを与えることはできなかった。だがジャンヌのデュランダルはさらに空中を煌めく。
「飛爪!!」
再び魔力の爪が妖刕を引き裂かんと虚空を裂く。異世界の魔熊から簒奪した固有魔法は妖刕が何か抵抗する隙すら与えずに奴の身体を袈裟斬りに引き裂いた。
しかし、あの黒いコートから漂うオーラも尋常なものではないらしく、爪に裂かれた妖刕の身体が泣き別れすることはなかった。奴の身体から血飛沫が舞うだけに留まる。だが、デュランダルの煌めきはこれで止まることはなく───
「オルレアンの氷花!!」
ジャンヌの得意技が炸裂した。だが、丸ごと敵を氷漬けにもできるはずのそれがもたらしたのは妖刕の傷口の凍結。まぁ、あのまま放っておいたら多分妖刕死ぬし、そうなりゃいくら元イ・ウーの策士とは言え今は武偵高預かりの身になっている以上は9条破りで法廷行きだ。
妖刕が2本の刀を地面に落とし、自身もコンクリートの地面に沈む。完全に決着の着いたところで俺は念話でユエとシアに伝え、ジャンヌの前に姿を現す。
「……見てたのか」
「あぁ。見させてもらった」
「……ぐぅ……お前達……一体……」
妖刕はそれなりに頑丈らしく、まだ意識があるようだ。顔だけ上げてこちらを睨んでいる。
「さてな。ま、取り敢えずこのウィンチェスターは銃検通ってねぇだろうからな。傷害の現行犯も含めて逮捕だ逮捕」
俺は宝物庫から手錠を取り出し、妖刕の両手首に掛ける。ショットガンの銃検なんて武偵でも中々通らないのだ。それをこんな得体の知れない奴が通せるとも思えない。
俺が妖刕を担ぎ上げようとすると───
「
上から声が降ってきた。気配感知で誰かが近くに来ていたのは分かっていた。だがまぁ明確に向かって来ていたというより何かを探す雰囲気であり、ジャンヌと妖刕の決着の方が早そうだったから放っておいたのだが、コイツに手錠を嵌める間に追いついたようだ。
「
そして、俺と、氷漬けにされて倒れている妖刕を見てそいつは即座にフラフープみたいな輪っかの形をした刀剣(?)を取り出した。そしてそこから光弾が現れ、俺達に向かって放たれた。だが───
「天衝!!」
再びジャンヌの魔力の衝撃変換が放たれる。俺達へ放たれていた数発の光弾は物理的な衝撃波とぶつかりその全てが相殺され掻き消された。
「なっ───!?」
そしてユエとシアが分かりやすく魔力光を噴き出し、突然現れたその黒髪ツインテールの女を威嚇する。黄金と淡青色の魔力光を見たそいつは遠目からでも分かるくらいに歯噛みする。どうやら、彼我の実力差が把握できたようだ。
俺は這い蹲る妖刕の髪を掴んで顔を上げさせる。
「おう、彼女が迎えに来たぞ?」
妖刕は一瞬何の話だとでも言いたげに眉根を顰めたが自分の視界に写った女を見て表情が変わる。
「アリスベル……来るな……コイツらは……っ!」
「でもっ!」
セイジにアリスベル、ね。見た目的にあのツインテール女は日本人かと思ったが実は違うのかもな。
妖刕はアリスベルを遠ざけたかったみたいだが、こいつのことが心底心配らしいアリスベルは地面に降りてきてしまう。それでも一定の距離を保っている辺りはまだ冷静なようだが……。
「アリスベル、だっけか、アンタが魔剱って奴なのか?」
「……だったら何だって言うんですか?静刃くんを返してください」
やはりアリスベルが魔剱とか呼ばれている妖刕の彼女らしい。強気な目でこちらを睨んでいる。俺の極東戦役における目的は俺達の力をアンダーグラウンドな世界に住む奴らに見せつけ、手出しさせる気を無くすことだ。妖刕を逮捕することじゃあない。
ならば別に、ここでコイツらを見逃したところでさしたる問題はないし、むしろコイツらが眷属側に帰って俺達には手も足も出なかったという話を流してくれれば万々歳なわけだ。
何せ恐らくは眷属の切り札であり、師団側が今最も警戒している2人組なのだ。それに圧勝したとなれば余程のアホでない限りは手を出しては来ないだろう。
仲間に引き入れるようとする動きはあるかもしれないが、それだってあまり強引な手を使おうとは思えないはずだ。精々金を積むとか、そんな程度だろうよ。
「コイツを返してほしけりゃ、魔剱も妖刕も俺達にゃ手も足も出ませんでしたって眷属の奴らにきっちり宣伝しろ。それを約束するならこのセイジくんは返してやる」
「……私が貴方達に勝てないって言うんですか?」
最初から勝ち気な目付きをしていたから何となく分かっちゃいたが、やはりこの子も負けん気が強いタイプみたいだ。さすがにあれで引いてくれるわけもないよな。だがまぁ、それならそれでいいさ。俺達の力を見せつける良い機会だ。
「……ユエ」
「……んっ」
ユエが1歩前に出る。既に黄金の魔力光は噴き出てはいないが、スっと目を細めたユエからは独特の迫力が滲み出ている。
「───荷電粒子砲!!」
魔剱ことアリスベルはそれを感じたのか先手必勝とばかりにあの光弾をこちらに放つ。
「……絶禍」
ユエが一言呟く。それだけで即座に現れた黒い球体は重力魔法により構成された擬似的なブラックホール。宇宙に広がるそれよりも小さいものの、こちらに飛んでくる荷電粒子砲なる光弾を吸収する程度のことは些事と言ってもいいだろう。
「そんな……」
魔剱の嘆きの通り、彼女の放った荷電粒子砲はユエの目の前に展開された絶禍に全て吸い込まれてその莫大な重力により圧縮、消滅させられた。
「……風花」
つい、とユエが魔剱へ指を向けた。それに合わせて魔剱の身体が空中へと浮かび上がる。
「な、何ですか!?」
そして───
「ガッ───!?」
空気を圧縮して作られた砲弾が魔剱の鳩尾に入った。それを皮切りに彼女の全身に風の砲弾が全方位から叩き付けられた。
ボッ!ゴッ!と、肉を叩く鈍い音が響く。その音に合わせて、まるで
受け身を取って打撃のダメージを逃すこともできずにただひたすらに嬲られ続けた魔剱はやがて地面に落ちる。ユエが風花の暴力を終えたのだ。
数十発の風弾をその身に受けた魔剱は受身を取ることもできずにただドサリと横たわるだけ。妖刕は俺の足元で魔剱の名を呼び喚いているがそれだけ。ジャンヌに受けた傷のダメージが深く、それ以上は動けないのだ。
「……これでいい?」
振り返ったユエはあまり面白そうな顔ではない。まぁ、ユエに女の子をいたぶる趣味は無いからな。つまらないことをやらせてしまったと俺はユエの頭に手を置く。
「悪かった、損な役回りをさせた」
「……大丈夫。天人の考えは分かってるから」
そう言ってくれると助かるよ、と俺が頭を撫でてやれば、ユエは何も言わずに妖刕に再生魔法を掛ける。時間が巻き戻り、ジャンヌに与えられた身体の傷が消えた妖刕は何のつもりだと俺達を睨む。
「さっき言ったろ。お前らは俺達には勝てない。それを眷属の奴らにもしっかり伝えろって。このまま放っておいたらお前らが帰れないだろうが」
俺は妖刕の胸倉を掴み、ピクリともしないけど気配感知で生きてることは分かってる魔剱の方へ妖刕を蹴り飛ばした。
「じゃあな」
妖刕も魔剱も倒した。もう俺としてはここに用事は無い。背を向けた俺に妖刕の視線が突き刺さるが、結局俺達がその場を去るまで奴は何をするでもなくただ黙って睨み付けていただけだった。
───────────────
妖刕達のせいで夜更かしを強いられた俺達は次日の朝はゆっくりとした目覚めだった。キンジとも夜中のことは共有し、さて残る殼金をどうするかという話になる。
「もう今から乗り込んじまうか?」
「あぁ、俺も準備はできてる」
キンジも1晩ぐっすりと寝れたらしく、体力は大丈夫そうだった。
「ユエとシアは?大丈夫か?」
「……んっ、いつでも」
「私も大丈夫ですぅ」
2人とも特に問題はないらしい。ユエも、こっちに来てから実践での神代魔法の使用は初めてだったらしいが、通常の属性魔法やそれとの複合魔法共々違和感無く使えたとのこと。それならば敵地に乗り込んでも問題あるまい。
「ジャンヌは大丈夫か?結構アーティファクト使ったろ」
ジャンヌに渡した魔力タンクはそれほど減ってはいなかったが、一応使った分は補充してある。それに、アーティファクトを介したとは言え、慣れない昇華魔法やトータスの魔法を連発したのだから何か違和感があってもおかしくはない。
「いや、私も大丈夫だ。今は疲労感も無い」
だが俺の心配を他所にジャンヌもコンディション面は問題ないとのこと。
「じゃあ、行くか」
時間はお昼少し前、俺は羅針盤で眷属達の根城を特定した。そして、虚空に越境鍵を突き刺すと魔力を注ぐ。時間も世界も越えないただの長距離移動のため、それほどの魔力を持っていかれることもなく扉は開かれた。
「……着いたな」
念の為にシア、ユエ、ジャンヌ、キンジの順に扉を潜り、最後に俺が外へ出た。扉は閉じられ、奴らが根城にしていた船の甲板には気持ちの良い汐風が吹いていた。
だが、爽やかな風とは裏腹に周りは騒がしい。黒い軍服を身に纏っていた10代くらいの女の子達が騒いでいるのだ。どうやら魔女連隊の奴ららしい。"イヴェルタ様"という名前がそこかしこから聞こえてくる。
「さて、殼金は……ん?」
俺が羅針盤で殼金の在り処を探すと、僅かな魔力消費と共に反応があった。だが───
「どうした?」
と、キンジが疑問顔で尋ねる。
「あぁ。この船、殼金が3もつある」
「恐らく、1つはハビのものだろう。ハビも宣戦会議の時に殼金を持って行ったからな。確か腹の中に収めていたはずだ」
と、ジャンヌが俺の疑問に答える。
「腹ん中?食ったのか?」
「食べた、と言うよりは呑み込んだ、という方が正しいだろうな。だが胃袋の中に収めたのは確かだ」
「……食いしん坊?」
「いやぁ、殼金がどんなもんか知らねぇけど消化できねぇだろ、多分」
と、俺とユエが微妙に頭悪そうな会話を繰り広げている間に、甲板に新たな人影が現れた。金髪で今はなきナチス・ドイツみたいな軍服姿をしたそいつは、周りの声からするとどうやらイヴェルタとやらのようだった。
「……遠山キンジ、まるで
「俺達の要求は分かってるよな」
イヴェルタの言葉を無視して俺は話を始める。殼金さえ取り戻せばこの船に用は無いのだから。
「まさか、文字通りの別世界から帰ってこられるなんてね」
やはり、あの2人は眷属に雇われた奴らか。
「何ならお前も試してみるか?」
「お断りね」
「そうけ。まぁそれはそれだ。俺達はお前の持ってる殼金を貰いに来た」
俺は改めて要求を突き付ける。それを受けたイヴェルタはフンと鼻を鳴らす。
「……妖刕と魔剱を倒した程度で調子に乗らないことね」
と、イヴェルタは随分と自信ありげに振る舞う。アイツらが眷属の切り札だと思っていたが、どうやらまだ隠し札があるようだ。
すると、シアのウサミミと俺の気配感知の固有魔法に引っ掛かる気配が2つ。俺とシアが2人同時に拳を構え、それを見たジャンヌがデュランダルに手を掛け、ユエが油断無く周囲を見渡す。キンジを真ん中に収め、その周りを俺達が守るように囲う。
そして次の瞬間───
───パアァァァン!!
と、破裂音を炸裂させながらシアがサマーソルトを放つ。いきなりシアが虚空に向けてド派手な技を繰り広げて何のデモンストレーションかと思いきや、上から影が降ってくる。どうやらそいつの攻撃にカウンターを合わせようとしたらしい。
そして、シアに突っ込んで来たそれが甲板に降り立ち、姿を現す。セーラー服を来た髪の長い女だ。だが頭には見過ごせない物が生えている。デコの辺りから1本伸びたそれは先端が尖っており、殺傷能力さえ備えていそうだった。そう、それは明らかに角と呼称されるに相応しい形状をしており、その女の放つ気配は尋常ではなく、こちらの世界じゃ中々味わえないだろうそれだった。
「……鬼?」
俺が思わず呟く。それは、日本の2月初旬に家から追い出される役割筆頭、来年の話をする奴がいれば笑い、洗濯はコイツらのいない間にと言われる程日本には馴染み深い存在、
そして───
「いかにも、我らは人間の言葉では鬼と呼ばれる者なり」
と、甲板に現れたもう1人の鬼。さっきシアとぶつかり合った鬼はそれほど背は高くなかったがコイツはデカい。俺よりも遥かに上背があり、おそらく坂上と並んでも良い勝負か、もしかしたら勝つかもしれない。それほどの身長に加えて鍛え上げられた鋼を思わせる筋骨隆々の肉体。
イケメン系の顔をした女の鬼で声も顔の通りやや低めだ。そして右手には無数に棘の生えた鉄塊。正しく金棒ってやつだ。これ以上ない程テンプレな"鬼"はその後ろには、3つ目の殼金所持者と思われるパトラを引き連れ、そしてマストの上には銀髪の長い髪をした背の低めな女が弓を番えていた。
「我らは覇美様より
その言葉と共に───
「───っ!?」
俺の身体に異変が起こる。これは……聖痕封じか。
「お分かり?聖痕持ちがいることが分かっていて対策をしていないわけがないでしょう?」
どの程度の範囲まで効果があるのか知らないが、どうやら聖痕を閉じる仕掛けを用意していたらしい。なるほど、確かに俺の存在は妖刕や魔剱から伝わっているだろうし、そもそも、そうでなくともコイツらは中立だった俺を真っ先に排除したのだ。それも、同じ聖痕持ちを使って。ならば裏切り防止も兼ねてこういうのも持っているってわけか。
「……天人」
「天人さん」
俺の身体に異変があったことを即座に見抜いた2人が一瞬不安気な顔をする。俺は、そんな心配は杞憂だと、堂々と胸を張り顔に笑みを浮かべる。
「はっ、問題あるかよ。聖痕が閉じられたってこたぁ
「……んっ、なら問題ない」
「それなら大丈夫ですぅ」
俺の聖痕を封じたのに何故こちらが余裕を崩さないのか、どうやらイヴェルタにはそれが不思議らしい。
「で、お前らどっちが誰をやる?」
と、俺がユエとシアがそれぞれどっちの鬼と戦うのか聞けば───
「「どっちも1人で余裕(ですぅ)」」
とだけ返ってくる。それを聞いた背の高い方の鬼の顔が険しくなる。初手で突っ込んで来た方は姿勢を低くし、まるで土下座でもしているかのようだ。だが気配で分かる。あれはアイツなりの攻撃に移る体勢なんだ。
「……けど、今回はシアに譲る。
「ありがとうございます、ユエさん。ではでは鬼のお2人さん、貴女達の相手は私ですぅ」
スっとシアが両拳を構える。強襲科に入る前から───トータスでの最後の戦いを終えてからシアは本格的に俺に近接格闘を教わり始めていた。今のシアはドリュッケンが無くとも絶大な戦闘能力を発揮する肉体言語派ウサギさんなのだ。
「ジャンヌ、お前はどうする?パトラか、あの銀髪か」
俺は振り向き、パトラと銀髪少女をそれぞれ見やる。
「……私がパトラとやろう。砂礫の魔女と今の私がどれだけ戦えるのか試したい」
「りょーかい。じゃあ俺はあの弓女だな」
と、俺は左手を弓女の足元に向けて構える。そして───
「シア、
俺は宝物庫から
───ドパァン!!
何かを吐き出すような独特の発砲音を置き去りにして放たれたタウル鉱石の弾丸が
「───あはっ」
という、聞いたことがないほどに冷たく、けれどもどこか艶めいたシアの笑い声だった。その声は俺の脊椎を直に舐め上げるような音色を奏でた。これは快感と言えば良いのだろうか、ゾワゾワと、これまで感じたことのない感覚が俺を襲う。
俺は倒れてくる木柱に魔力の衝撃変換をぶつけて軌道を逸らして脇に下ろすと、思わずシアを見やる。そこにいたのは久々にドリュッケンを構え、口元が引き裂けるような凄惨な笑顔を浮かべたシアだった。
俺がシアに伝えた言葉とこの世界でトータス製のアーティファクトである電磁加速式の銃火器を抜くということは、ユエや、特にシアに対して俺が掛けていた制限──魔法の大技やドリュッケンの様な大振りのアーティファクト、身体強化の後半レベルの使用禁止──を解き放つものなのだ。
「───レベルⅤ」
そしていきなりの後半レベル。巻き上がるシアの魔力光に鬼達の顔付きが変わる。それは、目の前のシアが尋常な奴ではないと分かったからだろう。
俺は先程から飛んできている矢を纏雷で弾きながらも目線はシアの方に釘付けになっていた。
そして姿勢を低くしていた鬼の姿が掻き消える。否、凄まじい速度でシアに向かって駆けたのだ。
シアは自分に向かって行われた亜音速の突進を、ドリュッケンを起点にして跳ぶことで躱す。だがそこへ大柄の鬼が金棒を振るう。明らかに届かないはずのリーチはしかし、トゲに巻き上げられた風圧で補われ、砲弾並の威力を持ってシアに襲いかかる。
だがシアと、その手に握られたドリュッケンはこの世界の規格にそうそう収まるものではない。
ドリュッケンを跳ね上げ、魔力の衝撃変換で竜巻のようなそれを相殺したのだった。さらに突撃を躱されたセーラー服の鬼が空中にいるシアに向けて2度目の突進を繰り出す。そこで───
「天人!!」
「んー?……あぁ」
ジャンヌが俺を大声で呼ぶもんだからふと振り返ると眼前には妖刕が2本の刀を振りかぶって俺へと突っ込んで来ていた。
俺の首を斬り飛ばそうと挟むように振るわれたそれは両腕の多重結界で受け止める。そして、どうせ今も纏っている黒い炎のようなオーラで威力が減衰するからとあまり加減せずに前蹴りを妖刕の腹に叩き込む。
バゴンッ!という、本当に人の腹に蹴りを入れたのか疑わしくなるような音を立てて妖刕が後ろへ飛んでいく。その瞬間に俺の眉間を狙って放たれた矢はしかし俺の多重結界を貫くことはできずに弾かれて落ちた。
俺は縮地を使ってノーモーションでさっきから矢を放ってきている銀髪少女の眼前に飛び込み、これまた妖刕と同じように、ただし今度は死なないように加減しつつ前蹴りを入れて吹っ飛ばした。
どうせ魔剱はしばらく戦えないだろうから、これでパトラはジャンヌが抑えれば俺がシアの戦いを見るのを邪魔する奴はいなくなったはずだ。
俺がそちらを振り返ればその瞬間に背の高い鬼がシアのドリュッケンにぶっ飛ばされ、甲板に叩き付けられた……だけでなく、甲板を突き破って船内へと叩き落とされていた。さらに背後からシアの頚椎を狙って振るわれたセーラー服鬼の日本刀の横薙ぎは、足の爪先から発動させた縮地で逆立ちするような形でヒールキックを放ち刀を叩き折ることで回避。
さらに魔力の衝撃変換を使って跳ね上げたドリュッケンにてシアがそいつをぶん殴る。身体の軽いそいつはシアの膂力プラス衝撃変換の加速の加わったドリュッケンの一撃を、しかし致命的な直撃を避けて衝撃を逃がすことで身体をバラバラに砕かれることだけは回避していた。
だが空中で死に体となっている相手こそ追撃のチャンス。シアはドリュッケンを砲撃モードへと切り替え炸裂スラッグ弾を放つ。直撃すりゃあ鬼の身体なんて粉々に砕け散るそれは、ユエが再生魔法と魂魄魔法で蘇生させてくれるという信頼の元に放たれた一撃だった。
そしてその狙い違わず、セーラー服の鬼の肉体は炸裂スラッグ弾の現実離れした火力により粉砕された。
そしてその瞬間に飛び散った肉片が輝き、元の姿に戻る。ユエの再生魔法と魂魄魔法だ。奴が空中にその身を投げ出している隙を見逃さずにユエは氷棺を発動。そいつを氷漬けにして拘束した。
直後、下からあの体格の良い鬼が飛び出してくる。その目は緋色に輝いており、先程俺達の目の前に現れた時よりも大きな存在感を放っていた。
「───レベルⅦ」
シアが呟く。それはシアの身体能力を激増させる言霊。10段階中の7段階目を解放したのだ。果たしてあれにそこまでする必要があるのかは知らないが、この世界に来てからこっち、シアには随分と窮屈な思いをさせたと思う。
元々が元気一杯天真爛漫を絵に書いたような奴で、戦闘スタイルも戦場を所狭しと駆け回り超重量の戦鎚を振り回すスタイルなのだ。それが軽い軽いと不満タラタラなトンファーに武器を縛られ、
背の高い鬼とシアはお互い向かい合う。そして、シアが駆ける。爆発的な脚力で一瞬にしてドリュッケンの殺傷圏内に持ち込んだシアがドリュッケンを振り抜く。空気の壁を突き破り、
カァァァァァンン!!と、一際甲高い音が鳴り響き、ドリュッケンと金棒が鎬を削る。そして鬼はシアの打撃の威力を受けて吹き飛ぶ───かと思いきやそのパワーを──瞬光を使うことで何となく理解出来た──体内で巡らせてそのまま自分の脚力を乗せてシアに返そうとしているらしい。
砕かれた金棒は捨て、回転扉のように全身を駆動させてシアへ跳び後ろ回し蹴りを放つ。
だがシアも尋常の存在ではない。自分の側頭部に向けて放たれたそれを受け、
──ッッッパァァァァァンン──!!
と、破裂音を発生させながら鬼の顎を蹴り抜いた。そしてその蹴りの威力は鬼の顔面をそのまま炸裂させてしまうに十分なそれを持っていたらしい。脳漿を飛び散らせた鬼は、ユエの魂魄魔法と再生魔法の合わせ技で即座に蘇生されるも氷棺により拘束される。
決着は着いた。キンジもイヴェルタを拘束しており、今の攻防は見ていたようだ。その目の鋭さが、どうやらキンジが