武偵校には
要は一般人を学内に呼び、仮装して接客をするというコスプレ食堂を開くのだ。
だがそこは武偵校、生半可なコスプレは許されない。むしろ細部まで徹底して拘った衣装に、役者顔負けのキャラ作りと、かなりのクオリティを求められる。ちなみに駄目だった場合は教務科オールスターズによる地獄よりも厳しい拷問が待っているんだとか。
で、当然俺らのような衣装素人にはそんなものは作れないのでそういうのが得意な
もっとも、俺と透華はリサを経由することで半値以下での購入に成功。ジャンヌは自前でどうにかするとか言ったっきり音沙汰が無い。というか、あの宣戦会議の後にヒルダを追って負傷したらしい。らしい、というのもそういう連絡だけ受けたっきりなのだ。リサ経由で同室に中空知美咲がいることまでは知っているが……。俺アイツの連絡先どころか顔も知らねぇんだよな。オペレーターとしては超優秀で、何度か仕事をしたことがあるから声だけは知っているが。しかし、その割にはBランクと格安でよく分からん奴なのだ。
で、それはそれとしてこの
……あれは死ぬかと思った、本当に、息が出来なかった。色んな意味で……。
そして俺達のチーム・コンステラシオンはジャンヌがメイド、俺が執事、透華が巫女さんでリサが姫だった。姫ってなんだ姫って、最高かよ、最高だな。リサ以外全員何かにお仕えする立場なのが気になるけれども。
あとこれ、蘭豹の前で「あれこれをやります!」と、その場でそれに成りきって申請しなければならないのだが……そこでまたアリアが中々小学生やりますと言えないのを見てまた笑い転げていたら今度は背中から両方の肺を撃たれて中の空気が全部出た。やっぱり息が出来なくて死ぬこと思った。
その時の「コイツ本当に懲りねぇな……」みたいな顔の透華の顔の冷たさといったらなかったな。ホント、キンキンに冷えてやがった。
そんなアホなことばかりやっていた俺達は、リサに値切られたのが癪だったのか微妙に作りの荒い衣装の手直しをするために夜の教室に居残っていた。というか、クラスの奴らだいたい残っている。ま、クラスメイトと夜の教室って何か知らんがワクワクするしな。俺もほぼ(リサがやってくれたので)終わってるけどそれだけのために残ってるし。
「姫の膝枕は世界最高です〜」
「リサのお膝で喜んでいただけてモーイです」
まぁ、だからってやることも無いからリサの膝枕の上でゴロゴロしているだけだけども。一応執事役なので敬語は忘れない。執事に膝枕するのは姫的にキャラ崩壊な気もするけど気にしない気にしない。
「……もう終わったなら帰れば?」
その様子をイラっとした顔で見下ろしているのは白装束に赤い袴を履いた透華。透華のやる巫女のコスプレ見たさに樹里と彼方もやって来ている。
「なーんか、夜の教室って楽しくね?」
「……分かるけれども」
「ていうか、なんで執事がお姫様に膝枕させてるの……」
普通に制服姿の樹里は呆れ顔で見下ろしている。
「姫のお膝は最高にござる〜」
「それもう武士か何かじゃないですか……和と洋が逆です……」
彼方が何か言っている。だがもう細かいことがどうでも良くなった俺はもうコンビニで売ってるスライムのようにダラけている。それもこれも柔らかくて弾力のある最高の太ももをしているリサが悪い。
「ていうかさぁ、変装食堂って役になりきらなきゃいけないんでしょ?たまには執事っぽいことしてみれば?」
俺がリサの太ももを堪能しているのが気に食わないらしい透華がジト目でそんな提案をしてくる。執事っぽいこと、ねぇ……。
「た、たまには?この私をお姫様と呼んでも───」
「……姫」
「ひゃっ、ひゃい!!」
「明日も早い。そろそろお休みの準備をなされては?」
「え……あれ?」
何やら透華が騒いでいるが放っておこう。
「は、はい……」
今は俺の腕の中で頬を赤らめているお姫様の格好をしたリサをこの目に焼き付けることの方が重要だ。
膝枕で寝転がっていたところから身体を起こしてリサの背中と膝裏を抱えて抱き上げたのだ。要はお姫様抱っこというやつだ。リサも俺の首に腕を回して受け入れている。
「あー!リサちゃんだけ狡ーい!」
「そうですよ、私達もそれを所望します!」
透華、樹里が声を上げ、彼方もブンブンと首を振って頷いている。えー、これ1人用なんだけど……。
「……楽しそうなとこ悪いけどな、天人。お前、ジャンヌはいいのか?」
ニュッと現れたのはキンジ。
どうやらあの後ヒルダと戦闘になったらしいが細かいことは聞かされていない。というか、一応極東戦役の立ち位置からすれば俺達は敵ではなくても味方ではないからな。仕方のないことだ。
「いや、そうだな。代わりに引いたクジの結果メールしたら返事はあったから大丈夫だとは思うが……見舞いに行ってやるか」
ジャンヌはどうやら宣戦会議の後にヒルダを追い掛けたらしい。だがそこで返り討ちにあい負傷。それなりには元気っぽいがまだ姿を見せていないのだ。戦役での陣営は別れたが、あれでも一応俺達のリーダーだからな。副リーダーやらされている俺としては見舞いくらいは行ってやらなきゃいけないだろうな。
「……それでは姫、私はこれにて失礼致します。どうか姫もお身体ご自愛を」
「はい……ご主人様……」
いやそれ今は逆では?まぁいいか……。
俺は恭しく一礼すると着替えるのも面倒なので衣装のまま教室を出ていく。ま、燕尾服なら問題無いだろ。ジャンヌの部屋は前にリサを預けたから知っているし、顔だけ見て俺も帰ろう。
───────────────
「ふふふ……まさかこれを堂々を着れる日が来るとはな……。情報科の連中も私がこれを私物で持っているとは思うまい」
同室だという中空知美咲のケー番だけリサから聞き、部屋に入るアポだけ取っておいたので普通に上げてもらったのだが……。ジャンヌの個室と思われる部屋に本人はおらず、更に奥に続いていた、理子が好きそうなフリフリの洋服だらけのクローゼットと化した小部屋の最奥に彼女はいた。というか、鏡の前でセルフファッションショーでもやってるみたいだ。うん、元気そうでなによりだ。
「私は」
「こんなにも」
「愛らしい!」
一言ごとにクルリヒラリとアキバのメイド喫茶のメイドが着てそうなメイド服をはためかせ悦に浸るジャンヌは、まぁ悪く言っちゃえばナルシストっぽさがあるな……。もっとも、それが鼻に付かないのは本人の顔の良さが大きいんだろうが……。
だがジャンヌが己を映して悦に浸っている鏡は背の高いジャンヌのその全身を映してもまだ余るくらいには大きいのだ。当然、その後ろにいる俺の姿もその鏡は捉えていて……。
───ピシリ
そんな音が聞こえてきた、気がする。
鏡越しに目が合い、そのままギギギ……と、古びたブリキのおもちゃでももう少し滑らかに動きそうなくらいに硬い動作でこちらを振り向くジャンヌ。
もっとも、さっき部屋の本棚を拝見したら奥の方に少女漫画とかが隠れて並んでいたのを見つけていたし、そう驚きでもないのだけどな。
というか、女でも男勝りの活動を求められる武偵女子にはままこういう、少女返りとか呼ばれる形でその抑圧を発散させる奴がいるのだ。
ただ、ジャンヌは武偵になる前からイ・ウーで活動していたし、多分その頃からだろうな。身近に理子がいたことも大きかったかもしれないけれど。
「み、見たな……」
「おう、元気そうでなによりだ」
「ここを見られたからには生かしては帰せん……」
別にジャンヌの趣味がゴスロリであっても何とも思わんのだが、それは俺だけ。ジャンヌからすればここは誰にも見られたくない花園だったのだろう。だからってその格好でもデュランダルで武装しているのは中々ハードだと思うんだけど……。
「……まぁ落ち着け」
ヌラリ……と抜かれたデュランダルを手早く奪い取り武装解除……と思いきや今度は拳銃抜いたぞコイツ!
だがまぁ、さっきデュランダルを奪った時にも思ったが、どうにもジャンヌは今、握力が極端に弱いらしい。拳銃を抜いた瞬間にやはり俺に取られているしな。普通ならもう少しは抵抗できるはずなのに。
「……ここで発砲したら服に穴空くぞ」
「む……それもそうだな……」
メイド服のまま項垂れるジャンヌというのも中々に面白い絵面だが、まぁそれなりに元気そうに生きているみたいで何よりだよ。
「それはそれとして、お前、握力どうした?」
「……あの後ヒルダを追い掛けたのだが、酷く感電させられてしまってな……。まだ手足に力が入らないのだ」
「なるほどな。……他に怪我ないか?」
「いや、それだけと言えばそれだけだ。火傷も無い」
「ん、それならいいか。……メイド服もちゃんと揃ってるみたいだし」
俺が辺りを見回しながらそう言うと、ジャンヌはガシッと、弱々しい握力で俺の肩を掴む。まぁ、何となく言いたいことは分かる。
「別に言い触らしゃしねぇよ。隠しときたいんだろ?これ」
「……そうだ。恩に着る」
「いいよ別に。極東戦役じゃ俺は師団じゃねぇけど、俺達コンステラシオンのチームリーダーはお前だろうが」
「あぁ、そうだな……」
プイと、ジャンヌは横を向きながら身体の前で腕を組む。それが照れてるだけなのだということが分かるくらいには俺もコイツとの付き合いは長い。
「……あんま、無茶すんなよ」
ヒルダ、あの無限罪のブラドの娘。ドラキュラ一族最後の生き残り。無限に近い再生能力を持ち電撃を放つことも出来る超能力者。俺も昔、デンキウナギと蝙蝠を足して人型にしたみたいな女だなって言ったら電撃を喰らわせられたことがある。あれ以来結構嫌われていたりもするのだがまぁそれは置いておいて。
「……なぁ天人」
「んー?」
「お前から見て、この服は……似合っていると思うか?」
顔は上げたがさっきよりも頬の赤くなったジャンヌ。だから恥ずかしいなら聞かなきゃいいのに。けどまぁ、気になるんだろう。こんな風に隠れて着ているということは少なくともこの服を着ている自分が外から見た自分のイメージと一致していないと思っているということだ。まぁ、確かにゴスロリを着たジャンヌっていうのも俺のイメージとも合致はしないけれど。
「似合ってるよ」
けれどもこれは俺の本心でもある。もちろん、ジャンヌがそう言ってほしそうだったから、というのはあるけれど、それでも俺は心からそう思う。だけど───
「……いや、世辞はいい。分かっているのだ。こんなヒラヒラで可愛らしい服、私のような背の高い女には似合わない。こういうのは、理子やリサのような可愛らしい女子が着るものだ」
ジャンヌは、聞いておいてそんな返答だった。これはこれで俺が気に入らねぇな……。
これは本人に言うつもりは毛頭ないけれど、俺は案外ジャンヌの顔が好きだったりする。1番は当然リサだけど、もし"綺麗な顔を1人選べ"と言われたら多分俺はジャンヌを選ぶ。それくらいコイツはコイツでムカつくくらいに美人なんだ。
その上背も高く、線は細いが不健康でもなく膝から下も随分と長いしその綺麗な顔は小さく纏まっていて───
有り体に言えば顔が良くてスタイルも良いのだ。
だからゴスロリに限らず世の中の大概の衣類をコイツは着こなせる、と俺は勝手に思っているのだけども。
「お世辞じゃねぇよ。そもそも、背が高いからってそういう服が似合わないわけじゃあねぇだろ。んなこと関係無いよ。お前は充分それを着こなせているし似合ってるよ」
理子やリサみたいな可愛い系の奴が可愛い服を着ても特に驚きも面白味もなく普通に可愛いだけだ。けれどジャンヌみたいな普段男勝りでクール系とか言われる奴らがこういう服を着ると、その落差は結構クルものがある。そして、そういうのを世の中ではギャップ萌えとか言うらしい。理子がそう熱弁していた。
「そうか……そう言ってくれるのか……」
再び俯いたジャンヌはしかし項まで真っ赤になっていた。俺も、ここまで女子を褒めるのもやはり気恥しい。頬が熱くなるのを抑えきれていないみたいだ。
「お前は自分に自信があるのか無いのかハッキリしろよ……。……まぁいいや、取り敢えず元気そうな顔見れたし、俺は帰る」
「あぁ。……ありがとう」
「気にすんな。リーダーを支えるのは副リーダーの役目だろう?」
「ふふっ、そうだな」
「じゃあな。……お邪魔しましたー」
俺はそう声を掛けてジャンヌの隠し部屋から出る。すると、表のジャンヌルームのソファには制服に着替えたリサが腰掛けていた。
「……あれ?」
「来ちゃいました」
制服姿なのにまだお姫様の役になりきっているのか、リサはペロリと舌を出した。何それ可愛い。
「そうけ。……ジャンヌも元気そうだったし変装食堂の衣装も大丈夫そうだったよ」
「それはモーイですね」
「うん」
衣装が入っているのだろう。綺麗に折りたたまれた布が見える紙袋を俺は拾い上げ、そのままジャンヌと中空知美咲が同居する部屋を後にする。まだ暑さの残る空気にふと空を見上げると、東京の空に瞬く星はまばらだった。
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「エル・ワトソンです。これから宜しくね」
それから数日後、いきなり俺達のクラスに転校生がやってきた。男子にしてはかなり小柄だが顔は可愛い系の美形。女子に囲まれながら会話しているのを聞いていたが、どうやら子爵家らしい。よく分からんけど多分貴族とかそんなんだろう。
それに、普段の授業の様子を見る限り、頭が良くてスポーツもできる。おかげで初日から女子に囲まれまくりだ。
だが何となく、俺はその姿に違和感を覚えた。何か確証がある訳ではない。武偵なんだからこんな変な時期に転校してくることもあるだろう。けれどそれでも、俺はこのエル・ワトソンとかいう男子生徒に何か引っかかるものがあったのだ。
それに、挨拶の時に一瞬、俺の方を見た、気がした。その目がどことなく冷たく感じたのは俺の自意識過剰であってほしいところだが……。
プールの授業があった日、担当の蘭豹がどっか行ったので、与えられた課題を適当に終わらせて俺はキンジや不知火、武藤とプールサイドで駄弁っていた。
すると武藤がどこからかアイドルの水着グラビア雑誌を持ってきた。4人で5票持ち寄って総選挙したいらしい。キンジも、やれやれといった風ではあるが参加するっぽい。まぁ、全年齢向けの雑誌だし普段は歌って踊るアイドルだからか、水着と言ってもそんなに過激ではないしな。どちらかと言えば可愛いが先行する格好だ。
「最近のアイドルとかよく知らんから見せろ」
「いや、天人はどうせこの子だろ」
と、参加するにもそもそも誰も知らんので見せろと言ったら武藤がしたり顔で1人の女の子を指差した。……ふむ、確かに俺の好みかもしれん。……うん、周りの子と比べても俺はこの子が良いな。
「……確かに。よく分かったな」
「天人、お前はどうせリサさんに似たおっとり系美人を選ぶと思ってたよ……」
「あ?……あぁ、そゆこと……」
どうやら俺が"1番リサに似ている人"を選ぶであろうことは予測されていたらしい。……そんなに分かりやすいかな、俺。
「あはは、神代くんは一貫してるよね」
俺が武藤に完璧に予測されたことに頭を抱えていると、その横で不知火が爽やかに笑う。うーん、コイツは本当に男から見てもイケメンだ。
「おーい、ワトソンもやろうぜ」
と、武藤がワトソンにも声を掛けに行く。ワトソンはと言えば、プールの授業はやる気が無いみたいで、男子にしては珍しく上まで隠れるタイプの水着を着て、プールサイドに椅子や日傘まで持ち込んで寛いでいた。だが武藤に雑誌を見せられるとさっきまでの優雅な態度が一変。そんなハレンチな物を見せるなとか何とか。武藤も別に、そこまで拒否されたら無理強いするつもりもないみたいで、じゃあいいよと引き下がる。
だが、さっきまで泳いでいた武藤が肩を組んだからか、水着とはいえワトソンの身体にも水が着いている。何故か顔の赤いワトソンを見て、体調が悪いのなら濡れて冷やしたら大変だと不知火がタオルで拭いてやろうとしてもそれを断固拒否。何やら怒った風でどこかへと行ってしまった。なんなんだ、一体。
バスに乗ってたら他の強襲科の生徒が車内で乱闘をおっ始め、それを聞き付けてやって来た蘭豹がブチ切れて俺達の乗ってるバスを素手で横転させた次の日、俺達の教室に1年生がやって来た。
ワトソンの変装食堂のクジ引きのためだ。
そしてワトソンが引いたのは「武偵校女子制服」つまりは女装だ。このクジ引き、男子と女子で中身が違うのだが、これは男子的には1番の大ハズレと言われているクジ。
実際ワトソンも、嫌だなぁ……とかボヤいている……割には何か知らんがいきなり着替えてくるとどこかへ消えていった。
で、教室がザワつきながらも数分が経過した。すると、ガコッと天井の板が1枚外れ───
「せっかくだからサプライズで登場しようかな」
と、上からワトソンの声が聞こえたと思ったら空いた天井から赤セーラーを着たワトソンが机の上に降り立った。拳銃構えてパチコンとウインクまで決めてな。
しかし、元々が女顔というのもあってかやたらと女子の制服が似合っている。線も細いし、まるで本当の女子みたいだ。
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何となく、この前から行動に違和感のあるワトソンに俺は強い疑念がある。
この日も俺はリサと共にワトソンのホームパーティに呼ばれたのだが、キンジだけは声を掛けられていないようだった。
他の全員は声を掛けられているらしいから忘れていたのか、ワザとなのか。
俺はその疑念の答えが出ることを祈って、ホームパーティは欠席とさせてもらってジャンヌの元へと向かった。
「……なんか分かったか?」
俺はジャンヌにワトソンの調査を依頼していた。学内じゃ透過の力を使うとそれはそれで面倒な透華には難しいからな。アイツ、まだ諜報科としてはそんなにランクも高くないし、場合によっちゃ俺が疑ってることがバレるやもしれんからな。学内の様子は諦めて、その外での実績や過去をジャンヌに洗ってもらっていたのだ。
「ふむ、私もあの転校生のことは疑っていたのだがな……。思いの外厄介そうだぞ」
「へぇ……どんな風に?」
このジャンヌがそこまで言う相手か。はてさて、何が出てくるのやら。
「ワトソンのいた組織はイギリスの秘密組織、リバティー・メイソン。数多くの優れた諜報員を輩出し、極東戦役では中立を表明していたところだ。本人も勲章物の活躍をしているらしいな」
リバティー・メイソン、ねぇ。イ・ウーに居た頃に聞いたことがあるな。確かに面倒そうな相手だ。
「てことは戦役絡みでこっちに来たってことか」
「そうだろうな。中立と謳っていたが恐らく奴らは眷属派だろう。あぁいう姑息な手段は嫌いだ。……私の情報科や女テニ部の支持者も随分と転校生に鞍替えしたようだし」
面倒そうな依頼だと思ったが、やけにあっさり引き受けてくれたなと思ったら本音はそっちか。
「なので今は中空知に盗聴させている」
盗聴はいいのか……。ていうか……。
「……あれ?中空知帰ってたのか?」
奥の部屋からは人の気配がしなかったし靴も1足しか出てなかったからジャンヌしかいないもんだと思っていたんだけど。
「いや、まだ帰ってきてはいない。帰ってきてから盗聴の続きだ」
「ふーん……、ん、帰ってきたか?」
ガチャガチャと、玄関から鍵を開ける音がしている。何だか慌てた声をしているがこれ多分中空知の声だよな……。いつもイヤホン越しに聞く声は明瞭でハキハキしているからなんか意外だ。
……ていうか、キンジの声も聞こえるんだが、どういう繋がりだ?
「待て天人」
「ん?」
何故かキンジの声まで聞こえるから何故かと思って俺も顔を出そうとしたのだが、ジャンヌに呼び止められる。
「中空知は極度のアガリ症でな。今も遠山の前でアガってしまっているみたいだし、お前か出れば確実に大混乱だ」
「あ、そうなの……」
えー?あの聴き取りやすさナンバーワンで女子アナなんて目じゃないくらいの滑舌の良さの中空知美咲がアガリ症なの……?あんまり想像つかないなぁ。
まぁ、実際キンジと2人でもはや言語の体を成していない音しか発せていない辺り本当なのだろうけど。
「私が行ってくる」
「あ、うん」
ジャンヌが部屋を出ていき、何やら話し声が聞こえた後、キンジとジャンヌが部屋に戻って来た。
「おす」
「おう」
するとジャンヌは携帯電を取り出し、どこかへ掛け始めた。
「……あぁ、そうだ。宜しく頼む」
で、その電話を切ることなく俺たちに向けてくる。
「この電話は中空知に繋がっている。スピーカーモードにするから、お前達はこれで話せ」
マジ?人前でなんか凄いことになってたのに大丈夫なのか……?
と思いつつ取り敢えずこんばんはーなんて挨拶から初めて見たら、なんと返ってきた返答は───
「こんばんは、神代くん。遠山くんも、先程は見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」
えぇ……、すっげーいつも聞いてる中空知なんだけど。なにこれ……。
そう思ってジャンヌを見れば、「機械越しなら上手く話せるのだ」とだけ返ってきた。
「はい、ジャンヌさんの言う通りです。お恥ずかしい話ですが、なるべく電話などでの会話をお願いします」
と、中空知からも返答がある。……今の、ジャンヌは結構小さい声で話したと思ったんだけどな。ある程度知ってはいたけど、耳良いんだな。
そしてそこから俺達は中空知の拾ったアリアとワトソンの逢瀬の音を聴き続ける。途中で耳の良い中空知が、俺達には雑音どころか情報としても入ってこないような音の補足を入れてくれる。
そして、そのうちの1つに気になる情報があった。ワトソンの足音から奴の体脂肪率まで分かるらしい中空知曰く、その数値は22%くらいだとか。男にしちゃかなり多い。というか、あの細身の体型の男としては有り得ない数字だ。まるで
「……キンジ」
「あぁ」
変わって、いるな。初めて見る雰囲気だが。
「……中空知、今からキンジはワトソンを追い掛ける。ナビを頼む」
「承知致しました」
何となく、この雰囲気のキンジは危険な気がしたのだ。俺ではなく、ジャンヌが。何故かは分からないけれど、このキンジとジャンヌを一緒に居させたくない。だから俺はさっさとキンジを追い出すように動かした。
「ジャンヌ、携帯貸しといてくれ」
「あ、あぁ」
「天人、分かってると思うけどな───」
「あぁ。手前で終わらせるって言うんだろ? 行ってこいよ、俺は元々極東戦役なんて興味無ぇ」
それだけ聞ければ満足だったのか、キンジはさっさと部屋を出ていった。
そして残された俺達は───
「……ワトソンってもしかして、
「転装生か、なるほどな。遠山がいる状況でホームズとワトソンを組もうとすれば
「あぁ。ま、あとの細かいことはキンジがどうにかするだろ。サンキューな、ジャンヌ。中空知にも宜しく言っといてくれ」
「あぁ」
俺ももうここにいる必要も無い。あとはキンジから聞けば良いのだ。もっとも、今の盗聴で知りたいことはおおよそ知れたから、そんなに聞くこともないけどな。
───────────────
「ご主人様……」
ジャンヌの部屋を出て女子寮から男子寮へと戻ろうとした俺の前に現れたのはリサと、そしてその後ろで歪な形をした大鎌を構えた男だった。
「リサ!!」
俺は即座に銀の腕を発動。あんな、長さの違う刃を持った大鎌なんて普通の武装じゃあない。恐らくアイツも聖痕持ちだ。
「……動くな神代天人」
腰溜めに拳を構えた体勢のまま俺は固まる。
奴がおかしな形の──柄の先端から長さが順に短くなっている3枚の刃の付いた──大鎌を握り直したからだ。だがその刃は不思議とリサの首筋には添えられていない。ただその存在感を俺に向けてだけ誇示するように構えられていた。
そして奴は空いているもう片方の手でリサをこちらに押し出した。駆け寄ってきたリサを俺は左腕で抱き留める。俺に抱きしめられたその背中は震えている。可哀想に、怖かっただろう。いきなり知らん男にあんなもんを向けられて、脅されて。
「コイツはお前の元への案内人だ。安心しろ、今の今まで毛の1本に至るまで触れてはいない」
……リサには、もし俺の元へと連れて行けだとか俺に関して何か話せと言われたら聞かれたことは包み隠さず話せと言ってある。どんな聖人君子でも拷問と自白剤には耐えられない。それはリサも同じこと。ならばリサに何かあった時に余計な痛みを与える必要は無いからだ。
だからリサが丁寧に俺の元へと聖痕持ちを連れて来てもそれ自体には何も思わない。
しかもどうやらコイツは俺だけが狙いらしい。……またシャーロックの差し金か?
「……何の目的で俺を狙う」
「ふむ……いや、どうせ消えるのだから構わんか」
「あ?」
「そう粋がるな。いや何簡単なこと。お前が邪魔だから消せと、そう言われているだけだよ」
まぁ、そんなこったろうとは思ったぜ。俺ってばどんだけ嫌われてるんだか。
「……誰から言われた」
「さぁな。
まさか
「さてそれでは……さよならだ」
「っ!?」
ダンッ!と奴が踏み込んでくる。なるほど、リサを素直に返したのはこの為か。
リサを抱えたままでは俺は満足に動けない。その一瞬で殺し切ろうという作戦か。しかも、奴の鎌は俺の左腕側、つまり銀の腕となっていない方向からだ。色々調べは付いてるみたいだな。
リサを守りながらでは左右には俺は逃げられない。それでは奴の殺傷圏内から外れることができないのだ。だから俺は背中のスラスターを吹かせて宙返りを切ってその大鎌を躱す。そして仰向けのままリサを抱え、一気に距離を置く。そこにリサを置いて俺は銀の腕・天墜を顕現。あの大鎌は開放者とやらの証だろうから、俺の銀の腕で叩き壊してやろうと足に力を込めたその瞬間───
「きゃっ!?」
リサの声が響く。そして、
そこに広がっていたのは虚ろな闇だけ。完全に虚無の空間に引きずり込まれそうになる。俺は慌てて振り返り、リサの手を握る。
しかしそこに───
───ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!
と、雷でも落としたかのような爆音と共に俺の腕と肩、それから背中に重い衝撃が叩き付けられた。
振り向けば大鎌の男は特徴的な鎌を仕舞っており、代わりに俺に向けられていたのは最強の自動拳銃──デザート・イーグルだった。
その衝撃でバランスを崩した俺達は強い重力か何かがあるらしいその暗い孔の中へと吸い込まれてしまう。しかも、聖痕の力が効かない筈の銀の腕が何故か左腕と背中のスラスターだけ解除されていた。これはそう、あの弾丸を受けた場所だ。
そして眼前で夜の空と繋がる扉は閉じられた。終わりがあるかどうかすら分からない闇の中で、俺ただリサを抱きしめてやることしか出来なかった。