セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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レミア

 

ジーサードが手配した飛行機で俺達は日本へと帰ってきた。まだ冬真っ只中のため、羽田と言えど多少は澄んだ空気をしていた。

 

こっちの世界だと男女が一緒に入っておかしくない場所でかつ人目に付かない所を探すのは面倒なので俺達は普通に公共交通機関を使って羽田から台場の家へと戻った。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様、ユエ様、シア様」

 

「お帰りなさい、あなた」

 

と、玄関を開ければ直ぐにリサとレミアさんが出迎えてくれる。そして奥からはティオもひょっこりと顔を出し「お帰りなのじゃ」と笑っている。ミュウも出てきて「お帰りなさいなのー」と飛び込んできた。それを受け止めて頭を撫でてやりミュウは一旦レミアさんへ戻した。

 

「変わりなかったか?」

 

と、宝物庫のおかげで荷物の少ない俺は季節感の為だけに着ていたコートをリサに渡す。それを受け取りながらリサも───

 

「こちらは特に変わったことはありませんでした」

 

と報告してくる。会社経営の方も、まぁまぁ上手くいっているみたいで、当座の心配は無さそうだとのことだった。

 

「なら良かったよ」

 

と、俺はそのまま脱衣所へと向かう。移動が長かったから一旦シャワーを浴びようと思ったのだ。そして、洗濯機の上に武偵高の防弾制服を投げ置く。下着を洗濯カゴに突っ込んで浴室へ。

 

シャワーの温度を指先でジャバジャバと確認して充分に温まったあたりで頭からお湯を被る。シャワーヘッドから噴出するお湯が今回の旅の疲れを全部洗い流してくれるかのようだった。

 

「ふぅ……」

 

と、1つ息を吐きながら顔や身体にも42度の温水を掛けていく。すると、何やらドタドタとこちらへ走ってくる音が聞こえる。この気配はティオと、リサ……?

 

何事?と思ったのも束の間、ガシャァ!と風呂場の片側観音開きの扉が開けられ───

 

「妾達も洗ってたもぉ!!」

 

一糸纏わぬ姿のティオとリサがそこにいた。

 

「…………」

 

俺は無言で後ろ回し蹴りを風呂場のドアにぶちかまして勢いよくこれを閉じる。そしてそのまま足の指先を鍵に引っ掛けて踵落としのように脚を振り下ろして扉の鍵をかける。だが諦めない2人はその扉をドンドンと叩き───

 

「ユエから聞いたのじゃ。狡いのじゃ狡いのじゃ!妾達だってこっちで色々努力しておるんじゃぞ」

 

「ご主人様、いけないメイドにお情けを!」

 

狡いのじゃー、お情けをーと、昼間っからやかましさが全開だ。こんな訳の分からん騒音でご近所トラブルとかも御免な俺は仕方なく一旦シャワーを止める。

 

「2人いっぺんには洗えねぇだろ。お湯貯めるから待ってろ」

 

と、放っておいたら無限に騒ぎ続けそうなのでここいらで白旗を上げる。俺は蛇口を浴槽へと傾け、栓を捻りその箱の中へとお湯を貯めていく。20分もすれば充分に貯まるだろうと俺は鍵を開けて脱衣場へと出る。そこにはいそいそと下着を身に着けていくリサとティオがいた。今更下着姿を見てもお互い驚きも何もない。俺も特に何も言うでもなく取り敢えず濡れた身体をバスタオルで拭き、パンツだけ履いて出る。なんでシャワー浴びようとしただけでこんなに気疲れしなきゃならんのだと、俺はリビングにいた元凶にジト目を向ける。だがユエはそんなものは柳に風。ペロリと舌を出して全部誤魔化された。

 

俺も「まぁもういいや」と椅子に座り込み湯船にお湯が張るのを待つ。その間にティオとリサがソワソワと周りを彷徨くが取り敢えずは放っておく。

 

そして、そろそろ頃合だと俺が風呂場へと向かうと、2人もワクワクを隠し切れていない顔で付いてくる。……リサさんはメイドなのにご主人様にお背中流してもらうのは良いのでしょうか?

 

「ほら、取り敢えずリサから洗ってやる」

 

と、浴室に入った俺はまずリサを椅子に座らせ、ティオは湯船へと浸かる。張ったお湯の水位がティオの体積分上昇してザバリと音を立てて溢れる。

 

「あぁ、ご主人様に背中を流させるなんていけないメイド……」

 

分かってんのかよ。と、俺はリサの呟きに心の中だけでツッコミを入れておく。

 

長い髪を纏め上げうなじを晒すリサの首筋は相変わらず綺麗で思わず視線が吸われる。

 

「……髪、洗うから下ろすぞ」

 

「はい、よろしくお願いします、ご主人様」

 

取り敢えずその長い髪からだと俺はリサの透き通るような薄い金髪を下ろす。そしてシャワーからお湯を出してリサの髪を濡らしていく。その時にもリサの髪に指を通し、梳いていく。

 

「痒い所はございませんか?」

 

なんておどけて聞いてみれば

 

「いいえ、ご主人様の指が気持ち良いです」

 

なんて返ってきた。俺はリサの髪をひとしきり堪能した後、シャンプーの液を手に落とす。その時、シャンプーの置いてある籠まで手を伸ばした時に俺の胸板がリサの華奢な背中に触れ、抱き抱えるような格好になる。何日か振りに触れるリサの肌の柔らかさに思わず心臓が跳ねた。

 

それをどうにか表には出さず、手のひらに乗せたやや粘性のあるそれを手で泡立て、再びリサの髪に指を通した。そのまま力を入れ過ぎないように気を付けながらも指を立ててリサの髪と頭皮を洗っていく。

 

リサは髪が長い……というか俺の周りの女子はだいたい髪が長いのだが、とにかく長髪の奴の髪は短髪が多い男のそれと違って櫛で梳くようにして洗ってやらなければならない。

 

俺はリサの髪の毛の1本1本を洗うようにして指を通していく。そうして全体に泡が行き渡ったところで再びシャワーを出す。シャワーヘッドから出てくるお湯をリサの頭に掛け、泡が完全に流れ落ちるようにとまた髪に指を通して梳いていく。

 

「ほい、終わり」

 

と、粗方流し終えた俺は終了を宣言。

 

「ありがとうございます、ご主人様」

 

と、リサも満足気な顔をしている。

 

「できれば、身体の方も……」

 

しかしリサさん、まさかの追加要求。

 

「それはアイツらにもやってねぇ」

 

まぁ当然要求はされたが、そんなことまで始めたら確実にそれだけでは終わらなくなるし、ジーサードの持ちビルでそんなことをおっ始めたら叩き出されそうだったのでキチンとノーを突き付けたのだ。俺はしっかりとノーを言える日本人だからな。だがリサ的には全身洗っていただきたいらしく、ちょっと口を尖らせてみたりしている。

 

「可愛く強請(ねだ)っても駄目だからな」

 

はい次、と、俺はリサを抱え上げて湯船へと投入する。それと入れ替わるようにティオが俺の前で背中を向けて座った。

 

「では妾も頼むのじゃ」

 

はいはい、とだけ返して俺はシャワーからお湯を出す。さっきのリサと同じように、ティオの髪も洗っていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「レミア、今日この後空いてる?」

 

リサとティオの髪を洗ってやり、何故か今度は2人に全身洗われた後、俺はレミアさんに声をかける。俺はこの人との関係をキチンと見つめ直さねばならないからな。今日はちょうど土曜日だから、会社も一旦お休みらしい。

 

「はい、大丈夫です」

 

「じゃちょっと、2人で外に行こう」

 

「ミュウも行くの!」

 

と、レミアさんと約束を取り付けたところを聞いていたミュウがピョンピョンジャンプしてアピールしてくる。まぁこの歳の子ならこうなるよな。

 

「ミュウ、悪いけどママちょっと借りるぞ。これから大人のデートなんだ」

 

なのでお姉ちゃん達と遊んでてくれとミュウを抱き上げ、シアに渡す。ミュウはちょっとむくれていたけど「今度3人で遊び行こうな」と、次の約束を取り付けてやると嬉しそうにしていたから大丈夫だろう。

 

俺も着替えたり用意したりと1回部屋へ戻る。まさかレミアさんと武偵高の防弾制服でデートはないしな。普通の服を着ていこう。

 

「じゃあ行こうか」

 

と、用意のできたらしいレミアさんと玄関へと向かう。すると───

 

「あの……折角なので待ち合わせしませんか?」

 

レミアさんがそんな提案をしてきた。この態々別々に出て待ち合わせるのは時々リサともやったことがあるが、まぁ確かに雰囲気は出るものだ。

 

「ん、分かった。……じゃあ俺が先に行ってるよ」

 

まさか女性を先に行かせて待たせる訳にもいくまいと、俺は先に家を出る。場所は駅前でいいだろう。実際のところ、特にプランとか考えていなかったから、時間ができるのは有り難い。

 

そうして待つこと数分、事前にメールで入れておいた待ち合わせ場所にレミアさんはやってきた。

 

「お待たせしました」

 

と、レミアさんがやや小走りにこちらへやって来る。ファーの付いたショートブーツにスキニーパンツを合わせ、上はタートルネックのセーターとロングコート。スラリとしていて、でも出るところはきっちり出ているスタイルの良いレミアさんは大概の服を着こなす。本人はまだまだ勉強中とは言うがファッションやデザインのセンスは俺達の中でも図抜けて高く我が社のオリジナルデザインの宝石は大概レミアさんの発案だ。

 

「俺も今来たとこだよ」

 

なんて、お決まりの台詞を吐く。レミアさんもそれは分かっているのか「ふふふ」と品良く笑い、スルりと俺の腕を取る。そのまま俺の指に自分の指を絡めて固く繋ぐ。それを珍しく全く拒否しなかった俺に少し驚いた雰囲気を出したがそれも一瞬、これ以上ないくらいに幸せそうに微笑んだ彼女は身体を寄せてくる。……多分、分かっているんだろうな、俺が何のために出掛けようとしているのか。

 

 

 

───────────────

 

 

 

時間はお昼を少し回ったところだった。

 

そもそも俺達が帰ってきた時間が朝を過ぎて午前中なんて呼ばれやすい時間帯だったのだ。そこから実質2度も風呂に入ればそりゃあ直ぐにそんな時間にもなろう。

 

俺達は駅前で適当に腹を満たせそうなお店を見繕って店へと入る。そこは洋食店で、音量控えめのジャズが流れる雰囲気の良い店だった。

 

何となく外から眺めて良さげな店に入ったのだが、取り敢えず雰囲気は当たりを引いたと言えるだろう。俺達はそれぞれカルボナーラとボンゴレのパスタを注文した。それを待つ間に運ばれてきた水に口を付け、一息つく。

 

「良い雰囲気ですね」

 

「えぇ、とても」

 

最近治安の悪い台場とは思えない静けさだ。それとも土曜日だから武偵高の奴らもどっかに行っているのだろうか。

 

「食べたら、少し電車に乗ろう」

 

「はい」

 

と、その後はあまり会話も無く、ただ時間だけが過ぎる。とは言え、15分もすれば俺達の注文したパスタがテーブルに運ばれてくる。それにフォークを刺し口に運んでいく。

 

モグモグ……と、無言で俺達はパスタを頬張った。もっとも、この無言の時間はそう苦痛ではない。トータスにいた時も、ユエ達がどっかに行っている間に2人きりになる時はあったし、ミュウが昼寝をしている時もこうやって俺達は無言の時間を過ごしてきた。けれどそれを気まずいと感じたことはなかった。レミアさんがこの時間をどう思っているのかは知らないけれど、見る限りでは所在無さげに振舞っているところは見たことがなかった。だから俺も安心して食事に集中できる。

 

そして、2人ともそれぞれの料理を食べ終えると、ふうと息を吐いた。

 

「ボンゴレどうでした?」

 

ちなみにカルボナーラはそれなりに美味しかった。量もまぁまぁで、メニューを見る限りは値段もこなれていたから個人的には満足だった。

 

「えぇ、美味しかったですよ」

 

「良かった。初めて入ったけど当たり引きましたね」

 

「ですね」

 

ふふふ、と、レミアさんが微笑む。俺達には見えるようにしているが、海人族特有の耳は今はアーティファクトで隠している。だから傍から見たらこの人はただの外人美女ということになるのだろう。レミアさんの微笑みに、周りの視線が集まった。まぁ、リサと飯を食っててもこういうことはよくあるし、トータスにいた時なんてユエとシアにティオもいたからいい加減慣れた。

 

腹も膨れたしと俺達はその店を出る。熱変動無効のスキルが働いていると言っても、外の気温が空調の効いている室内より冷たいのは流石を分かる。それは日の出ている2時頃になっていた今でも変わらない。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

と、俺はレミアさんの手を取る。「はい」と返したレミアさんの声はどこか熱を持っていて、それが彼女の感情をダイレクトに伝えてくる。俺はそれに対して何を言うでもなく歩みを進めた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

夕飯頃には帰るとは皆に伝えてあった。

 

その間に俺とレミアさんは服を見たり小物や生活雑貨を見て回ったりと、まぁおおよそデートと呼べるような行動をしていたと思う。

 

その間に俺はずっと考えていた。この人は、少なくとも俺達が最初にエリセンで会った時は俺に恋愛感情という意味での好意は持ってはいなかった。執拗に「あなた」なんて呼んできていたが、それは俺を「パパ」と呼ぶようになってしまったミュウを気遣ってのこと。もしかしたら俺をそう呼ぶ度に百面相をするユエ達が面白かったというのもあるかもしれないけど。

 

そもそもこの人は元々は結婚していて、ミュウが産まれる前に旦那を亡くしてしまったとは言え、本来一生を共にすると誓った相手がいたのだ。それを、いくら愛娘を救い出し自分の脚の治療すら行える人物を連れて来てくれたと言ってもいきなりそこで一目惚れ、なんてあるわけがない。……いや、無くはないのか。透華なんかはそういう風に言っているし。けれど、アイツはそもそも他に好きな人がいたわけじゃないからな。

 

ただ、エリセンでミュウ達と、七不思議だか噂だかを探して冒険をしていた最後の日、寝落ちでもしたかのように皆の記憶が揃いも揃って曖昧で、恐らくあの時だけは噂の真実に辿り着いたのだと思うあの日から、レミアさんの態度が少し変わったと思う。

 

それは、エヒト共との最後の決戦の準備の時には明確だった。ミュウがいてもいなくても俺との距離を詰めようとしてきたのだ。それまではミュウのいない所ではキチンと1本引いていたというのに、だ。多分、あの冒険の日を境にレミアさんの感情に何らかの変化が訪れたのだろうとは思う。

 

俺とミュウの約束は俺の世界を見せることであり、ここに永住させてやることではない。だが、ミュウはまだしもレミアさんまでこっちに住むと言い出したのはきっとミュウのためだけではない。いくら本当の父親を知らないミュウが「パパ」と呼ぶ人間のいる世界であっても、大人の彼女がそこまでするわけがないのだ。普通なら。

 

だが普通じゃない感情を俺に持ってくれたレミアさんは、だからこそこの世界へやってきた。それならば俺も、彼女に対してキチンと答えを出さなければならない。トータスにいる時もミュウのいる前ではともかく、いない時は何となくはぐらかしてしまっていたし、こっちに呼んでからもあれやこれやと答えを出すことを保留にしてきていた。

 

だから、極東戦役が一区切りついて、色金のことがキンジ待ちになったこのタイミングを逃すわけにはいかないのだ。ここを逃せば、きっと俺はまた答えを出すことから逃げてしまうから。

 

そして俺はここで答えを出す。もう俺たちの住むマンションは見えている。これ以上向こうへ行けば俺はまた逃げてしまう。だからここまで。ここがボーダーライン。周りに人はいない。今、この瞬間こそが───

 

「……レミアさん」

 

「はい」

 

ふと立ち止まった俺の方へレミアさんが振り向く。トータスと違い、星空ではなく街灯に照らされた彼女の顔は、それでもやはり美しかった。

 

「俺は───」

 

 

 

───────────────

 

 

 

本当に神代天人という男に一目惚れしたわけではなかった。当たり前だ。自分には生涯を共にすると誓った相手がいたのだから。確かにその相手とは不幸な別れ方をした。けれどそれは気持ちのすれ違いがあったわけではなかったのだから。

 

確かに彼には感謝してもし切れない。たった1人の宝物。何よりも大事な、それこそ目に入れても痛くないくらいに大切な愛娘を、非道な人達の元から連れ出して、自分の元まで帰してくれた。しかも、もう一生歩けないと言われた脚も、元通りに治せる人を連れてきてくれ、そして実際に数日の後には傷痕すら残らないほど完璧な治療をしてくれたのだから。

 

けれどそれは恩であって恋心ではない。ミュウが、本当の"パパ"を知らないミュウがパパと呼ぶ人物。ミュウが傷付かないようにミュウの前では彼を"あなた"などと呼んでみたり仲睦まじそうな雰囲気を出してみたりもした。

 

彼も、恐らく全て分かった上でミュウの前では"ママの旦那"を演じてくれていた。彼のことを愛しているという女性達からは胡乱な瞳を向けられもしたが、多分彼女達も薄々勘着いているのだろうと思う。ただ、本気で彼を愛している女の子達の前で本心を出すのは躊躇われた。だからこそ彼女らの前ではわざとらしい笑顔の中に答えを押し込め、曖昧にして煙に巻くように誤魔化してきた。

 

だけど、それがいつ今の感情に変わったのだろうか。きっかけはあの夜、ミュウの希望で不思議な噂の真実を探っていた数日間の最後の夜だ。皆で海に出たことまでは覚えている。彼の作ったという船に乗り、沖へ出て、そしていつの間にやら全員が眠っていたようなのだ。勿論それは自分もそうで、自分自身ほとんど記憶が無い。ただ、起きた時にはミュウと一緒に彼の腕に抱かれていた。

 

そしてそれを嫌だとは思わなかった。いいや、嫌ではないどころか、むしろあのたくましい腕にずっと抱かれていたいとすら思ってしまっていたのだ。

 

あの場の全員が急に寝落ちして、しかもそれを誰も覚えていないなんてことは有り得ないだろう。きっとあの時は探していた噂の真実に辿り着き、そこで何かが起こったのだ。それが何だったのかは全く分からないが、まぁ全員無傷だったのだからきっとそれなりに幸せな終わりだったのだろうけど。

 

そしてその後遂に彼らは再び旅立った。その時に彼と約束したのだ、いつかミュウと一緒に彼の生まれ育った世界を見せてもらうと、そして、その約束は遂に果たされた。

 

その約束を経て、今は彼と同じ世界に生きている。ミュウだけではない、自分自身も望んだのだ。神代天人と同じ世界で生きていきたいと。それを伝えたら彼は一言「分かった」とだけ口にした。そして、ミュウと私の為に住居と職を与えてくれた。そして、彼は今、答えを出そうとしてくれている。私の気持ちをもう彼は知っているのだろう。それは、あの夜に抱いた熱い感情。

 

そして、オスカー・オルクスという人物の遺した邸宅の中で、あの世界の神と戦う準備を整えている間に確信に至った私の熱情。

 

あの大迷宮の奥底で過ごした外の時間にして3日、体感にして1年近い時間の中、彼のことをずっと見てきた。戦う支度を整える彼の代わりに身の回りの世話を焼いてきた。彼は案外ズボラなところがあり、生活力は著しく低かった。いつだったか、彼を愛する女性の1人がそのことを言っていたが、まさかこれ程とは思わなかった記憶がある。本当に、この人は私がいなければ生きていけないのではと思う時もあったほどだ。もっとも、彼の傍には本来なら他にも何人もの女の子がいて、甲斐甲斐しいという言葉が良く似合うほどに彼の世話を焼いているのだから有り得ないことのはずなのだが……。

 

しかし、それであの人の印象が悪くなることはなかった。彼はどこまでも優しかったのだ。家事はからっきしではあったが、自分やミュウへの気遣いは忘れない。これが本当にこれから神を名乗る怪物を殺しにいく人なのかと思う程だった。そして、何もかもを包み込んでくれるような包容力があった。彼であれば自分と自分の愛娘を守ってくれるだろうという安心感があった。

 

それに気付いてからは、奈落の奥底でただひたすらに自らの愛する女の子を取り戻すことを考え、あらゆる状況を想定し、手札を整えていくその後ろ姿。己が持てる全ての手段を講じて様々な武器を作り出している時の横顔。一旦の休息のために眠りに着いた時の寝顔。それら全てが愛おしく思えてならなかった。

 

だから戦いの支度を整えている日々だとは分かっていても自分を1人の女性と見てくれるように願い、そしてそのように働きかけた。

 

結果がどうだったのかはあの時はよく分からなかった。あの時は彼自身がそれどころではなかったからだ。ただ、神との戦いが終わった後もアピールは続けた。彼の寵愛を受けている女の子達からのアドバイス通り、彼にのらりくらりと躱され続けても諦めることはしなかった。

 

きっとそれは今この状況に繋がっている。この世界で自分とミュウの住むマンションという建物、隣の部屋では彼と彼の愛する女性達が一緒に住んでいる。それがもう見えている冬の夜。彼は立ち止まり、私の名前を呼ぶ。

 

「……レミアさん」

 

「はい」

 

その声に答える。ミュウがいない時、彼は私をこう呼ぶ。きっと、それは彼の中の区切り。ミュウがいる時には仲睦まじい夫婦を演じるけれど、そうでない時には彼は私とは少し距離を置こうとする。

 

そんな彼の顔には緊張の色が見える。あれだけ沢山の美しい女の子達と関係を持っているのに、そうとは思えない程に初々しく、まるで初恋の成就を希う少年のようだった。

 

「俺は───」

 

と、彼の言葉が一瞬途切れる。だが、一拍の後、直ぐに彼の口が言葉を紡いだ。

 

「俺は、貴女とミュウを絶対に幸せにする。どんな火の粉からも守ってみせる。だから、俺と一緒に生きてくれませんか?」

 

あぁ……あぁ……その言葉をどれほど待ち望んだのだろう。この言葉が聞きたくて私はずっと彼の傍にいたのだ。そんな私が出す答えなんて───

 

「よろしくお願いします。天人さん。……いえ、あなた」

 

これ以外にあるまい。そして、答えと共に彼が私の身体を抱き締める。暖かく、大きく包み込むような、文字通りの抱擁。その大きな背中に手を回す。そして、顔を上げればすぐ側には愛おしい彼の顔があり───

 

「愛してる、レミア」

 

「私も、愛しています」

 

私達の距離は、ゼロになった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

帰ってきた俺達を出迎えたのは意地悪そうにニヤついた顔が3つと逆に感情の読めないニコニコ顔が1つ。あとは素直で天真爛漫を絵に書いたような笑顔が1つ。

 

「おうコラそのニヤついた顔を止めろ」

 

と、「おかえりなさいなのー」と駆け寄ってきたミュウを抱き抱えた俺が半眼で睨むがユエとシアとティオには効果無し。しかも───

 

「……天人はいつも気付くのが遅い」

 

なんて、ユエからお小言を頂戴する始末。俺なんか悪いことしたのかな……。

 

「不束者ですが、お世話になります」

 

と、レミアが俺の横で皆にお辞儀。お辞儀文化は日本独特のものでトータスには勿論存在しなかった筈だけど、頭を下げるってのは万国共通で意味が伝わるっぽいな。

 

そんなレミアを皆笑顔で迎え入れ、祝福している。ミュウだけはよく分かっていない様子で首を傾げていたが、直ぐにその輪の中に飛び入った。

 

それを俺は後ろから眺める。この光景を、ずっと守り抜こうと1人心に誓って。

 

 

 

───────────────

 

 

 

レミアを受け入れてから……いや、この言い方は少し違うな。俺の心はもうとっくにレミアに絆されていたのだから。けれど、それを自分自身が受け止める覚悟ができていなかったのだ。だから、昨日はその覚悟を決めるためのデートという意味合いが強い。だけど俺はもう覚悟は決めた。俺は彼女のことも、ミュウのことも背負って生きていく。そう決めたのだ。

 

そして、その想いを伝えた次の日には俺はミュウとレミアと一緒に1日遊んで過ごした。武偵高の奴らにはあまり見つかりたくはないので台場からは少し離れた場所でショッピングをしたり、飯を食ったりと束の間の休日ってやつを楽しんでいたのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

その夜、俺達の部屋にある俺の個室。そこにいるのは俺とレミアさんの2人だけ。他の皆はもう寝ているだろう。寝落ちしたミュウを抱えたシアと、シアの腕の中で幸せそうに眠るミュウを愛おしげに見つめながら2人はシアの寝室へと入っていったし、ティオも「妾も休むのじゃ」と言って自身の寝室へと入っていったからな。

 

「レミア……」

 

「天人さん……」

 

レミアの名前を呼ぶ。こういう時は「あなた」ではなく名前で呼んでくれと言ったらレミアもそう呼んでくれるようになった。これは、俺の些細な嫉妬。"あなた"と呼ばれると、どうしても元々レミアと結ばれた誰かの面影を思い起こしてしまう。それがどうにも嫌で、今ここにいるレミアを独占したくて。そういう俺の醜い心の表れ。シュネー雪原の大迷宮では嫌というほどもう1人の俺から指摘された黒い感情。だけど、これはどうしようもなく俺の中に存在していて、俺はこれを否定することはできないのだ。ならばもう、俺はこれと一生付き合っていくしかない。

 

そして、見つめ合う俺達の距離がゼロになった。レミアの腰を抱き寄せ、その唇に自分のそれを重ねる。柔らかなそれはやはり今までの誰とも違う感触。レミアの身体は多分俺が知っている誰よりも柔らかい。それはレミアが戦闘に携わる者ではないことの証。その沈むような柔らかさに溺れそうになりながらも、俺はただひたすらにレミアと口付けを交わす。最初は触れるだけだったそれはそのうち貪るようなものに変わり、そしていつしかお互いの口腔内で舌が絡み合う。

 

ミュウには見せられない秘密の営み。お互いの愛を交換し合う儀式。俺の熱がレミアへと渡り、レミアの熱が俺に伝わる。そうしてお互いの熱量は冪乗的に跳ね上がっていく。

 

冬の夜、いくら室内とはいえ暖房も付けないのは如何なものかと思ったが、本当なら熱変動無効を持つはずの俺をして熱く感じるのだからきっとそんなものは必要ないのだろう。

 

今はただ、この湧き上がる熱量に身を任せていたい。俺達の夜はそんな、逆上せそうな熱量の中に溶けていった。

 

 




レミアさんってフルネーム出てましたっけ……
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