セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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イギリス

24話:イギリス

ワトソンから連絡が入った。どうやらアリアの妹であるメヌエットへのお目通りが叶うらしい。だがそれには1つの条件が課せられた。それは───

 

「メヌエットはカミシロ、君もトオヤマと一緒に来るのならという条件を出てきた。……君、彼女と何か関わりがあるのかい?」

 

とのことだ。メヌエットとやらに会うのは構わないのだが、俺としてはよく分からない条件だった。何せ俺はアリアの妹(メヌエット)となんて何の関わりもない。そもそも姿形すら見たことがないのだ。だから俺は───

 

「了解。けど面識もなけりゃメールもしたことがない」

 

とだけワトソンには返した。

 

「……というわけで、何故か知らんがアリアの妹に呼び出された。イギリスに行ってくる」

 

「お気を付けて行ってらっしゃいませ、ご主人様」

 

「んっ、まぁ戦闘しに行くわけじゃないから平気だ」

 

と、最近あまり構ってあげられていないリサのおでこに自分のそれをコツと当てる。リサの、鼻と鼻が付くくらいに近付いた顔が赤くなっている。

 

「ふふっ」

 

「んっ」

 

へにゃりと笑ったリサの唇に自分のそれを押し当てる。

 

「ふっ……じゃあ、行ってくるよ。飛行機のチケットはワトソンが確保してくれてるみたいだ」

 

触れるだけの口付け。何日かぶりに味わったそれは変わらず至極の果実で、俺はもっともっと味わいたい衝動に駆られるもそれを押え付ける。……リサ、イギリスに連れて行けないかな?

 

何となく離れたくなくて、思わずリサの髪を撫でる。絹糸のように指通りの良いそれを梳いていると時間の流れを忘れそうになる。けれど、あまりゆっくりもしていられない。時間にあまり余裕は無いし、何より武偵は時間厳守だからな。

 

俺は名残惜しくもリサの髪から手を離すとパスポートや財布を宝物庫から取り出し、それを手頃な手提げのバッグに仕舞う。着替えやら何やらは大概宝物庫に入っている俺は忘れずに携帯を手に取る。すると、背中に柔らかく暖かい感触が触れる。

 

「リサ……」

 

「申し訳ございません、ご主人様。リサも、できる限りお傍にいてよろしいでしょうか」

 

後ろから抱き着いてきたリサが零すように呟いた。俺はお腹に回されたリサの白磁器のように白い手を取りその甲を指で(さす)る。

 

「あぁ、俺もリサと少しでも長くいたいよ」

 

そう言って振り返った俺とリサはどちらからともなく再び口付けを交わす。2度、3度と交わるリサの花弁と俺の唇の間からチュ、チュ、とリップ音が響く。

 

「……はっ、じゃあ、行こうか」

 

「はい、リサの愛しのご主人様」

 

リサは一瞬だけ自分の部屋に戻り、そして直ぐに外行き用のカバンを手に出てきた。俺は空いている方の手を取り、そしてたまたま全員が外に出ていたマンションの一室を後にした。

 

 

 

───────────────

 

 

 

リサとは電車内でもずっとくっ付いていた。車内の席に座ればリサは俺に寄りかかるようにして頭を預けてきた。そこに言葉は無かったけどそれでいい。今は、何か言葉を交わすよりこうやって体温を重ね合わせたかったから俺も手を繋いだままそれを受け入れていた。そして、空港でも別れ難くなりギリギリまでロビーの椅子に腰掛けていたのだ。最後には、もう一度軽い口付けを交わして俺は飛行機へと乗り込んだのだった。

 

そして、イギリスに着くとワトソンが空港まで迎えに来てくれていた。オープンカーの助手席には既にキンジも乗っている。

 

「悪いね」

 

「いや、仕方ないさ」

 

と、ワトソンと言葉を交わし、そのまま後部座席へと乗り込む。

 

「……キンジお前、もう誰かと喧嘩したのか?」

 

隠しちゃいるがキンジの顔には青アザや擦過傷が見られる。誰かに殴られたのだろうか。

 

「あぁ、ちょっとな」

 

と、言葉少なめにキンジが呟く。どうやら、殴り合いの結末はあまり芳しいものではなかったらしい。

 

「それより、君はちゃんと来たんだね」

 

その"ちゃんと"というのは約束通りの時間に、みたいな分かりやすい話ではないのだろう。ワトソンは俺がフランスで越境鍵を使ったのを知っている。今のはボヤかしてはいたけどつまりあれを使わずに正規のルートで入ったんだなという質問だ。

 

「そりゃあ、ちゃんと入った方が何かと便利だからな」

 

キンジのような不法入国だと現地で何か揉めた時にも面倒だし宿泊施設も確保し辛い。あれはあれで便利なのだが、こういう時は面倒でもキチンとしたプロセスを踏んでしまった方が融通が効くのだ。

 

「……ただ、気を付けた方がいい。君ももしかしたらリストに上るかもしれないんだ」

 

「……おい、俺ぁまだ何もしてねぇぞ」

 

アメリカじゃ少しは暴れたけど俺はイギリスじゃまだ悪いことは何もしていないのに。だが、その理由は直ぐにワトソンから明かされる。

 

「君はエリア51で随分と派手に暴れたようだからね。その情報がこっち(イギリス)へも流れてきたんだよ」

 

……米軍め、あの戦いの映像を横流ししやがったな。横流すのは拳銃だけにしとけよ。

 

「……それだとユエとシアも危ねぇんじゃないのか?」

 

あの戦いで俺はただ電磁加速式対物ライフルをぶっ放しただけだ。どちらかと言えば五天龍出したり空を駆け回り無人航空機(UAV)をドリュッケンで撃墜したりと暴れ放題だったのはあの2人だと思うのだが……。

 

「そうだね、彼女達もマークされることになると思うよ。もっとも、君達がこの国にとって危険人物になるのかどうか、今はそこの判断を迷っているみたいだけど」

 

武偵活動だけ見れば品行方正で良かったね、とワトソンから褒められてんだか皮肉られてんだか分からないお言葉をいただく。

 

「それに、君が()()()()()ことは公然の事実だからね。カミシロ、君に関してはそれも評価に含まれているようだよ」

 

「はっ……どうせどいつもこいつも閉じるやつ持ってんだろ?」

 

最近はどこに行っても聖痕を封じられている俺は吐き捨てるようにしてそう言った。ここのところ俺に使われるやつは、俺も時々使う手錠みたいなのじゃなくて、もっと広範囲の聖痕を閉じられる高性能品のようだし、どうせイギリスも持ってんだろうな。

 

「……だろうね。けどそれは仕方の無いことで……」

 

「まぁ今更どうこう言うつもりもねぇよ。こういうのにももう慣れたし」

 

どれもこれもワトソンが悪いわけじゃない。だからコイツに当たっても仕方の無いことだ。だが、それを最後に車内の会話が途切れる。ワトソンは何か言いたげにしていたが結局口を開かず。キンジもお喋りな方じゃないし俺も黙りを決め込んでしまっていた。基本沈黙が苦にならない性格とはいえ、さっきまでの会話が会話だ。やや気まずい雰囲気の漂う車内で俺は外の景色を眺める他ない。だが、それもいつの間にか終わりを迎える。

 

どうやら着いたらしいのだ、俺までも呼び出したホームズ家の才女、メヌエットの住む邸宅に。

 

 

 

───────────────

 

 

 

ベーカー街221番地、随分と歴史的な趣を残していて、ここだけ19世紀にタイムスリップしたんじゃないかと思えるこの家。敷地に足を踏み入れた瞬間に繋がりの途切れる感覚。どうやらここにもこんな仕掛けがあるようだった。

 

そして、ここのメイドに通されて邸宅に入れば、家の中は改装されてバリアフリーとなっていた。実際にシャーロックも住んでいたらしいここは、室内にはメヌエットが集めたらしい恐竜や虫やら何やらの化石や標本が集められ、まるでイ・ウーのエントランスのようになっていた。

 

約束の時間までまだ少しあるから待ってろと応接室で少し待たされた後、メヌエットのメイドらしいサシェとエンドラとかいう双子に案内されたのは2階の奥の部屋。どうやらメイド達は上へ昇る許可を得ていないらしく、室内に設置されたエスカレーターを使うのは俺達だけだ。

 

そして辿り着いたメヌエットの部屋。その扉を俺が開ける。すると部屋の奥、窓辺に居たのは車椅子に乗った金髪の女。あれがアリアの妹のメヌエットか。

 

「ようこそ、遠山キンジ、神代天人」

 

すると、メヌエットはこちらを振り返ることもなくそう挨拶をしてきた。

 

「どうも、神代天人だ。アンタがメヌエット・ホームズか?」

 

俺の問いにメヌエットは「えぇ」と答える。

 

「遠山キンジだ」

 

と、キンジも振り返りもしないメヌエットに一瞬イラッとした顔を見せたが直ぐに引っ込め、名前を名乗った。

 

「イヤな臭い」

 

と、メヌエットがいきなりそんなことを言い出した。何だお前、人のこと呼んどいて。あぁまぁ……イギリスに来てここに直行したからかな。飛行機の中はそれなりに快適だったがフライトは長かったからな。多少は汗もかいたかもだ。

 

「……あぁ悪い。イギリスに来てそのままこっちへ来たんだ。シャワーを浴びる時間もなくてね」

 

ていうか、お前が急に日時指定で俺まで呼ぶからなのだが、それは言わないでおこう。キンジ曰く、メヌエットは色金に関してはシャーロックよりも詳しいらしいし。

 

「そうではないわ。火薬の匂いよ。日常的に銃を撃つ人間のそれよ。お姉様の知り合いなのだから武装職にあると推理出来ていたけれど、これで確定したと言っていい」

 

今だこちらを振り向きもしないメヌエット。

 

「……ていうか、いい加減こっち向けよ。失礼だろ」

 

で、キンジが遂にそれを指摘した。それにメヌエットは「ふう」と1つ溜息。そしてその車椅子をきこっとゆっくり回転させ、こちらを向いた。

 

まぁ、アリアの妹だって時点で面が良いのは分かっちゃいたけどな。だが、白人特有の肌の白さ、と言うよりはあまり日光を浴びない不健康な青白さがあるか、メヌエットには。あと目付きが暗い。そして、これは武偵高生の俺達へのサービスなのか、葡萄酒色のゴシックロリヰタには武偵高のセーラーカラーを混ぜている。

 

が、別にそんなものはどうでもよくて。振り向いた彼女の姿で1番目を引くのはイギリスの古い軍用ライフル銃(リー・エンフィールド)をその小さな手に持っていて、こちらを向いた瞬間にキンジの頭に照準を合わせているところだ。キンジはそれを見て一瞬の硬直。完全に先手を取られている。

 

「初めまして。そして、さようなら。私はメヌエット・ホームズ。ホームズ4世ですわ」

 

──ナイス・トゥー・ミート・ユー、アンド、グッド・バイ──

 

英語がそれほど堪能ではないキンジに合わせたのか1単語ごとに丁寧に区切った挨拶を告げ、そしてライフルであればどんな素人──例えユエやシアでも──命中させられる7メートル半の距離で、更に必中を期してスコープを片目にあてがい……

 

──パウッ!──

 

撃ってきた。なので俺は───

 

「───うおっ!?」

 

キンジの後ろ襟を引っ掴み足を後ろから蹴り抜くと同時に引っ張ってキンジの身体が浮くくらいの勢いで引き倒した。今の発砲音で分かったがあのリー・エンフィールドは空気銃。それも殺傷能力は無い。……もっとも、それは今現時点での話で、もしあれが空気圧を変えられるやつだった場合、空気圧次第じゃ22口径拳銃程度の威力は出せる。つまり()()()()()()のだ。そうでなくともあれが本物だったなら、キンジは死んでいた。殺気を感じなかったから俺もあんな防ぎ方だったが……。

 

「……はぁ」

 

俺は思わず溜息。メヌエットも今ので何か納得したようにかのように銃口を上に向けた。

 

「お姉様が見初めた方ですから、あなたには何か特殊な能力があるのでしょう。しかし彼がいなければ今の弾を受けてしまう辺り、それを自らの意思では制御できていない」

 

そして、今の一瞬でキンジのHSSのことを殆ど見抜いてきた。なるほど、アリアと違ってメヌエットにはシャーロックの推理力が受け継がれているんだな。

 

「逆に、神代天人はそれなりにデキるようですね。今のも眉一つ動かさずに行う辺り、まだ実力を隠している」

 

スッと俺にその勿忘草色(セルリアン)の瞳を向けくる。それに俺は肩を竦めるだけに留めた。この子には何を言っても情報になりそうだ。

 

「私は通常、自身の半径5メートル以内に男性を近付けません。……恐怖症、という程ではありませんが男性は臭くて汚い……大嫌いですから」

 

「……俺達は喧嘩をしに来たんじゃない。色金のことを教えてもらいたいんだ」

 

メヌエットが嫌だ近寄りたくないと言うのならそれでも別にいい。俺達の目的は情報で、それはコイツからしか聞けないのなら大人しく言うことを聞くことも吝かではない。……魂魄魔法を付与したアーティファクトでも作ればそんなことは関係無く吐き出させられるのだろうが、アリアの妹にそんな手荒な手段は使いたくない。それに、色金の秘密という"情報"が目的である以上は物を探す羅針盤は役に立たないし。

 

「それはそれとしてメヌエット、アンタは何で俺まで呼んだんだ?」

 

色金の情報が欲しいのはキンジだ。そもそも、メヌエットに会いたいと申し出たのもキンジだし、これに関して俺は関係の無い人物の筈なのだ。それが何故、俺も居るのならば会う、なんてことになるのだろうか。

 

「私はあなたにも興味があります。お姉様が"友達"と呼ぶ男性。まさかあのお姉様が男の友人を作るなんて……一体どんな魔法を使ったのかしら?」

 

そのジトッとした碧眼で俺を捕えるメヌエット。それにはどこか、嫉妬の色が浮かんでいるように思えたのは、俺の考え過ぎだろうか。

 

「俺がアリアと友達になった時ゃ俺ぁ魔法なんて使えなかったよ。だがま、()()()()()で盛り上がってな」

 

チラリと俺はキンジを横目で見やる。キンジは頭にハテナマークを浮かべ、メヌエットは何か合点がいったような顔をした。

 

「……まるで、今なら魔法を使えるかのような言い回しですね」

 

だが、それをメヌエットは脇に置き、俺の言葉尻を捕らえる。

 

「見る?」

 

「あら、見せてくれるのですか?」

 

メヌエットのジト目からやや興味の色が現れた。

 

「あぁ。どんな魔法がいい?」

 

俺の宝物庫には神代魔法を付与したアーティファクトが幾つも眠っている。あとは錬成や纏雷なんかも見た目だけで分かりやすい魔法だ。他にも重力操作のスキルや氷の元素魔法なんてのも目に見えて分かりやすい魔法だろう。これだけあれば何かしらメヌエットのおメガネに叶う魔法もあると思われる。

 

「なんて、見せるなら色金のことを教えろ、でしょう?」

 

けれど、メヌエットは俺の水溜まりより浅い考えは余裕で推理できているようだった。さすがに頭を使った勝負じゃ俺には勝ち目は無さそうだな。

 

「バレてら……」

 

「でしたら教えません。魔法も見せてくれなくて結構です」

 

と、メヌエットは言い放つ。

 

「何……っ!?」

 

だが、キンジはそれにビクリと身体を震わせる。そりゃそうか、キンジにとっちゃこれこそイギリスまで来た本命なのだから。結局、瑠瑠色金だけじゃあ解決方法は分からない。緋緋色金を殺さないのならまず緋緋色金のことを知らなくちゃあいけないのだ。

 

「……まず第1に、お姉様は緋緋神になりたがっていない。でしたら闘争と恋から遠ざかる……警察や武偵高、闘争に関わる組織は辞めて、私と一緒に探偵になればいい。そして、恋も一生避けて修道女(シスター)のような生活を送ればよろしい。むしろ、私にとっては緋弾という首輪がお姉様に掛けられている事は歓迎すべきことなのです」

 

だが、そんなことはメヌエットには関係無い。そして、メヌエットからは自分がキンジの欲しい情報を話さない理由をこれ以上なく明確に突き付けられた。

 

「……お前、アリア大好きなんだな」

 

と、今の話を聞いてコイツが随分なお姉ちゃん子に聞こえた俺がつい口を挟む。

 

「えぇ、私はお姉様が大好きです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……随分と重い愛だな。だが、キンジはこの程度では諦めない。心はそう簡単に思い通りにはならない、もし戦争になったらどうなるのか、という点からメヌエットの口を割ろうとする。だがそれすらもメヌエットに否定される。

 

キンジは第二次世界大戦のような総力戦を想像しているようだが、メヌエットの考えは違う。現代の戦争には莫大な金がかかる。そんなことを実現できるわけはないだろうと言うのだ。そして、それには俺も賛成だ。

 

「……そりゃあ俺も賛成だね。俺も緋緋神が本当に戦争を起こすならどうするのかは考えてたんだ」

 

と言えばメヌエットは「その理由は?」なんて、徒然草色の瞳で先を促してくる。

 

「……俺ならテロを起こす。理由はなんでもいい。俺も1回緋緋神と戦ったからな、何となくアイツの性格は分かる。アイツは戦いで勝つことが好きだ。だから俺みたいな奴ら───絶対に勝ち目の無い奴との戦いはむしろ嫌いだ。……キンジ、お前個人に喧嘩売ったってこたぁもうちょい原始的な……それこそ決闘みたいな戦いが好きなんじゃないか?……なら、世界中でそういう戦いを起こしてお前やイ・ウーにいたようなバカ強い個人を引き摺り出して戦う……そんなやり方じゃねぇかな」

 

お前はどう思う?という目線をメヌエットにやれば、メヌエットもふむと1つ頷く。

 

「私も似たような推理です、天人。どうやらあなたとは気が合いそうですね」

 

戦いを起こすための火種は世界中にありますから、とメヌエットは続けた。

 

「ところで、この付け襟は東京武偵高の女子制服に揃えたのですが、あなたたちから見て色形に違和感はありませんかしら?お姉様のご帰国を祝って誂えたものの、私はこの襟の実物を見たことがありませんので」

 

と、まるでテロリズムの応酬の世界が他人事かのようにメヌエットは話題を変えた。まぁ、見るからに外には出る質じゃなさそうだし、テレビのニュースを見る時間が増える程度にしか思っていないのだろう。

 

「あぁ、全くない。そのゴシックロリヰタに合わせても、むしろ明るい赤色がアクセントになっていて個人的にはファッションとしても良いと思う。メヌエットの雰囲気にも似合ってるよ」

 

取り敢えず、思っていたことを正直に言う。俺はコイツのこの服に悪い印象は持っていないし、コイツにはある程度は好かれる必要もあるから丁度良い。

 

「あら90点。もう少しボキャブラリーがあれば満点でしたわ」

 

と、頼みもしていないのに俺の褒め言葉の採点が行われていた。

 

「言葉の中にお世辞が感じられないのも高得点です」

 

ということらしい。お褒めに預かり光栄です。

 

「……そんなことより、お前今アリアを祝うようなことを言ってたがもう出来んぞ。あいつは今頃バッキンガム宮殿かどこかで王子のボディーガードでもやってる頃だ」

 

何それ聞いてない、と思ったがメヌエットがその疑問に答えた。どうやらアリアは運悪くイギリス王子と引き合わされた……と思わせおいて実はメヌエットがそれを仕込んだらしい。そして、アリアは今やRランク武偵に取り立てられそうなのだとか。どうやらメヌエットはロイヤルファミリーの一員へと食い込みたいらしいな。

 

そしてそれを聞いたキンジは───

 

「このっ……」

 

遂にキレてメヌエットに掴みかかろうとした。だがその結果は───

 

「───あっ……ぐぅ……!」

 

胸ぐらを掴もうとしたその指を逆にメヌエットの小指に絡め取られ捻られる。そして、その動きに連動するようにキンジは肩や肘が捻られ、どんどんと地面へと這いつくばるような体勢へと変わっていく。おそらく、それにはメヌエットの力はほとんど加わっていない。全てキンジ自身の筋力で行われている。

 

「……キンジ、バリツには座ったまま、合気道みたいに使える技がある。今お前が喰らってるのはそれだ」

 

と、四つん這いにさせられたキンジの目線に合わせてしゃがみながらそう言った。

 

俺も昔シャーロックに似たようなことをやられたことがある。これは喰らった側の筋力で腕や背中を曲げる技で、1度ハマると基本的には抜け出せない。俺みたいに聖痕があれば無理矢理にでも外せるかもだが……聖痕アリの状態でやられたことは無いから分からんな。

 

「メヌエット、それを解いてやってくれないか?」

 

で、喰らうと分かるのだがこれ、下手に動くと自身の筋肉で全身の骨を折りそうになるのだ。だからキンジは痛みも相まって完全に動けない。

 

「……あなたも彼が私に掴み掛かろうとするのを止めませんでしたよね?」

 

「俺もそれはやられたことがある。だから()()があることは予想していたし、もしメヌエットが持っていなければキンジの手を止めた」

 

シャーロックが使えたのなら同じホームズ家のメヌエットもバリツを使えるかもしれない。特にコイツはアリアと違って殴る蹴るは難しいから、こういう、座ったままでも扱える護身術に精通しているかもと思ったのだ。

 

「なるほど。……天人は多少は礼儀があり、頭もキンジよりは回るようで女性の扱いもそれなりに心得ている様子、あなたの頼みであれば仕方ありませんね」

 

すると、俺の頭がキンジより回るかはさて置き、メヌエットはフッとキンジを戒めていた拘束を解いてくれた。だが、これは悪い流れだ。この上まだ色金のことを教えてくれと言っても、そうは教えてくれないだろう。俺達はまだそこまでの加点を得ていない。にも関わらず、減点は結構喰らってるっぽいからな。

 

「……天人、お前予想出来たんなら止めろよ……」

 

痛みでまだ身体の上げられないキンジが下から俺を睨む。

 

「いやぁ、言われるより実際やられた方が身に染みるだろ?」

 

と、俺が返せばキンジは唸るだけで言葉を返してこない。まぁまだ痛むんだろうな。突っ込みに回す気力も無いらしい。

 

「キンジも、言葉は私を恫喝しているようで態度はずっと変わらない。ただお姉様を救いたいという心の焦りの現れ」

 

キンジを見下ろすような体勢のメヌエットは相変わらずフラットな表情をしている。だがそれが一瞬フワッと緩んだ。

 

「いいでしょう、あなた達のことはそれなりに気に入りました。なので、私を喜ばせられたら色金のことをお教えします」

 

どうやら気に入られたらしいが何やら条件を出された。「喜ばせるっ……どういうことだ?」と、キンジも、痛みに顔を歪めながらもメヌエットを見上げている。

 

「ここで私が教えないとなれば、頑なになって居座られても面倒なので(スター)システムを導入します」

 

と、メヌエットが俺に渡したのは無記名のネームカード。

 

「天人かキンジが私が喜ぶことをすればそこに星を書いて差し上げます。そしてそれが10個貯まれば色金のことを話します。もちろん私が不快になれば減点にしますので」

 

……なるほどね、おそらく全部メヌエットの胸先三寸なんだろうが、チャンスをくれるってわけか。……ていうか、何か知らんがいつの間にか俺も巻き込まれてるな。

 

「喜ぶことって具体的に何だよ、何をすればいいの───」

 

「───分かった。それでいい」

 

と、俺はキンジの言葉を遮る。おそらくこのシステムに具体的な答えなんて無いからな。

 

「天人は理解が早いですね。いいですよ、利口なことは良いことです」

 

コイツ……アリアの妹ってこたぁ俺より歳下だろうに。まぁいい。コイツは俺より余程頭が良いからな。口で勝てる気はしない。

 

「……さてメヌエット、お前の星システムだが、俺のメイドをここに呼んでいいか?そいつもこの星システムに加えろ」

 

俺はこの戦いにリサを呼ぶことにした。ドンパチやるのではなく、コイツを喜ばせる、そういう戦いなら男の俺達よりも、女で、しかも人に仕える能力値が俺の知ってる奴らの中で最強のリサなら有利に進められるだろうという打算だった。

 

「ふむ……いいでしょう。天人のメイドというのには興味もあります。ですが、お姉様から天人とメイドとの関係は聞き及んでいます。……不埒なことをすれば減点ですので」

 

「時と場所は選ぶよ」

 

「それならばよろしい」

 

俺とリサの関係は多少はアリアから漏れてるってわけか。まぁここにいる間は()()()()()()は無しで、っていうのはリサなら分かっているだろうから平気だ。

 

「キンジ、俺はリサを呼ぶ支度をする。ちょっとそっちは任せたぞ」

 

「あ、あぁ……」

 

家の女比率が増えるとあってキンジはかなり及び腰だ。それも、ここに来るのがリサということなら、もし何か事故でも起こそうものなら俺にぶっ飛ばされるというのも頭にあるはずだから余計にな。

 

俺はそんなキンジを横目に一旦部屋を出る。そしてあの色々ある博物館みたいな所でリサに電話を掛ける。

 

「もしもし、リサです」

 

「リサ。日本だと今変な時間かもな、悪い」

 

「いえ、リサはまだ起きていました」

 

「そうか……これからそっちに扉を開けるからイギリスまで来てくれ。……大丈夫か?」

 

「えと……はい、リサは大丈夫です」

 

「そうか、準備出来たらまた電話くれ。直ぐに扉を開く」

 

「承知致しました。ご主人様」

 

そこで一旦俺達は通話を切る。そのまま俺はワトソンへと連絡を入れ、リサを1日預かってもらうようにお願いした。ワトソンも、リサを直ぐに日本からイギリスに呼ぶってことに関してはトータスの魔法は少しばかり見ているから直ぐに納得してくれた。

 

そして、メヌエットとキンジが下に降りたのを見計らい、準備のできたらしいリサを越境鍵でイギリスに召喚する。完全に不法入国なのだがまぁそんなに長いこと居るわけじゃないから大丈夫だろう。リサなら戦闘することもないしな。

 

そして、ワトソンが指定した場所へとリサをもう一度鍵で移動させる。日本は夜遅かったみたいだからな。一旦時差を調整させてもらうのだ。

 

「じゃあリサ、明日、メヌエットの家に来てくれ」

 

と、星システムのことをリサに説明し、メヌエットのご機嫌を取ってもらうことをリサに頼む。

 

「はい、リサも精一杯頑張らせていただきます」

 

メイドの本領発揮とあってリサも気合十分。むん、と気合いを入れたリサの頭を撫で、キスを1つ交わして俺達は一旦別れた。さて、明日から本格的に星を稼がなくちゃな。……稼ぐのはリサだけど。

 

 

 

───────────────

 

 

 

その日の夕食の時間、メヌエット達はもう席に着いていた。待たされたというのに随分と期限の良さそうなメヌエットだが、俺がテーブルに着くとサシェとエンドラがまるで"有り得ないものを見た"かのような表情で俺とメヌエットを交互に見やり、時々隣にいたキンジにも視線が移る。

 

「どうした?」

 

と、流石に気になった俺が2人に問うと、2人は答えることすらメヌエットに許しを得て、そして答え始めた。どうやら、2人ともメヌエットが笑うところを初めて見たのだとか。メヌエットもそういや最近笑ってないなぁ、みたいなことを何でも無さげに言っている。お前も表情筋の鍛え方が足りてないんじゃない?

 

そして出された食事が凄まじかった。俺とキンジに出された料理は質素ではあるが栄養のバランスも考えられ、量もそれなり。特に文句の出るような食事ではなかったのだが、メヌエットに出されたのはパフェだの何だのと、カロリー計算を放り捨てたかのような数字の暴力。て言うか、量も多いからとてもこの小柄な体格の胃袋に入るとは思えないんだが……。

 

「……その栄養バランス、ワザとか?」

 

俺も瞬光を使って脳みそを酷使した後には甘いものを食べたくなるから、クソほど頭の良いメヌエットならさもありなんと思い聞いてみる。

 

「えぇ。私は1食で3300キロカロリーを摂取しないと低血糖症で失神してしまいますから」

 

マジか……。俺そんなに頭使ったこと無いかも……。瞬光全力で使ったらどれくらいだろ?それでも失神した経験ないぞ……?

 

「……ならもう少し馬鹿になってもいいからもっと栄養バランスを考えろ。俺は欧米人の食の大雑把さにはうんざりなんだ。医食同源って言ってな、食い物が悪いと身体中あちこち悪くなるんだぞ」

 

と、キンジがチクり。俺も、野菜とか肉とかもう少し食った方が良いかなとは思うよ。その方が背も伸びるだろうし。けどまぁ、メヌエットの言うこともそれなりに正しいのだ。

 

「まぁ待てキンジ。実際、人間頭使うと甘い物が食べたくなる。メヌエットは推理でとんでもなく頭使うんだろうからな。これは超能力者が特定の物質を大量に摂取するのと変わらないんだろ。使った分を食事で補充する……変にサプリメントやなんかに頼るより余程健康的だ」

 

ついでにこれは個人的な話だが、一時期マジで肉しか食えなかった時期のある俺からすれば、好きに食える時は好きに食っていいと思うのだ。贅沢はできるに越したことはない、というのが俺の持論。

 

「あら、天人は随分と物分りが良いですね」

 

「天人お前、やけにコイツの肩持つよな」

 

メヌエットは笑顔で、キンジは睨むように俺を見る。確かに、キンジの言う通り俺は随分とメヌエットの肩を持っていると思う。

 

「そうだな……俺ぁ頭悪いからな、頭ん良い奴はそれだけで尊敬するぜ。それにキンジ、お前はメヌエットが体力のある奴じゃないからって喧嘩になれば勝てると踏んでたろ?……でも実際はあぁなった。……んで、この飯の話だけどな、俺は一時期本当に肉以外を食えなかった時がある。理由は単純、周りに他に食える物質が一切なかったからだ。本気で雑草すら生えていないんだぜ?あの時期は俺ん人生の中でもトップクラスに地獄だった。どこを見ても石と魔物(どーぶつ)しかいない洞窟を、日付の感覚がぶっ飛ぶくらい長いこと彷徨ったからな」

 

おかげで武偵高に帰ってきても最近まで肉は避けてたくらいだ、と言葉を繋ぐ。

 

「んでな、俺ぁ最近思うんだよ、贅沢はできるうちにしとけってな。無理にする必要はねぇけど、余裕があるならしてもいい。そもそもコイツの仕事は頭使うことで、それにアホほどカロリーが必要ならこの食事も理由があるんだしな」

 

トータスでの、というよりあのオルクス大迷宮での日々、特にユエと出逢う前の日々は俺にとっちゃ地獄以外の何物でもない。ユエと一緒だった後半の階層での日々ですらユエと語らった時間以外はあまり思い出したくないのだ。

 

「お姉様は、天人は2度どこかへ消えていた時期があると言っていましたが……」

 

「今の話はその2度目の時の話だな」

 

メヌエットはそれを聞いてふむと黙りこくる。そしてそのまま自分の前に出されたパフェやアイスに手を出し始めた。俺も席に着き、出された食事を黙って口に運んでいった。

 

 

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