セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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メイドと賭けとMI6

 

 

「おはようございます、ご主人様、お嬢様!」

 

爽やかな朝の挨拶が聞こえる。俺がメヌエットの乗った車椅子を押して玄関まで行くと、キンジだけでなくサシェとエンドラもリサを迎えていた。

 

「おう、おはよ、リサ」

 

「はい、ご主人様。……まぁ、これ程美しいお嬢様にお仕えすることができてリサは幸せでございます」

 

と、メヌエットを見たリサはさっそくメヌエットの容姿をベタ褒め。この本音ともお世辞ともつかぬリサのヨイショにメヌエットは悪い気はしないみたいでふむと頷きながらリサを眺めている。

 

「まぁ。可愛らしいメイドね。あなた、出身はオランダでしょう?そのヘッドドレス(ホワイトブリム)のフリルの折り方はアムステルダムの南地区にあるメイド専門学校の伝統芸ですし、言葉に今風のホランド訛りがありますよ」

 

それにしたって、一言挨拶しただけでよくそこまで分かるもんだな。コイツは推理力も卓越しているけど、それを支えるのはこういう色んな分野に精通している知識量なんだよな。

 

「なんと聡く、なんと高貴でお美しいお嬢様でしょう。心から敬服致しましたと共にお仕えできる幸せに深く感謝致します」

 

そんな風に、リサは感激したようなことを言いつつメヌエットの前に跪くとその偉そうに差し出された右手を取り、手の甲にキスを──する振りで実際には触れないイギリス式のマナーを守り──して、持ってきていたトランクから何やら水の入った小瓶を取り出した。あれは……あんなもん、どこで調達したんだ……?

 

「お近付きの印にこちらを。……今朝ワトソン卿のご自宅の庭に植えられていたシナモンの葉から採れた朝露でございます」

 

あぁ、ワトソンの家からか。そしてリサはそれをメヌエットに差し出した。メヌエットはそれを感心したように受け取る。

 

「美しい女の顔に朝露を近付けるとより美しくなる。……イギリスの古い言い伝えまで知っているのね。少しおべっかが過ぎるようですが宜しい。使ってあげましょう」

 

と、リサの人に取り入るスキルが遺憾無く発揮され、無事にメヌエットの元で仕えられることになった。このリサのスキル、ユエ達にも即座に発揮されていたからな。文字通りの異世界人にすら通じたこれは、同じ地球で生まれ育ったメヌエットにも効果的面だったようだな。

 

で、それはそれとして()()()()()()()()とメヌエットが言うのでそちらはエンドラに任せ、リサはサシェとキッチンへと入った。元々は煮豆みたいなやつとパンとジュースが朝食だぅたのだがリサがこれを放棄。代わりに出てきたのは超巨大なパフェ。どうやらメヌエットが高カロリーな食事を必要とすることをサシェに聞いたのか把握していたらしい。しかも味は元より6代栄養素を完璧にカバーするというミラクルパフェ。……そんなん聞いたことねぇぞ。

 

しかもそれを朝からペロリと平らげたメヌエットはそれがいたく気に入ったようで───

 

「パフェとは食の美術。芸術の1つよ」

 

なんて回りくどい言い回しでお褒めくださる。んで、キンジが横からヘコヘコ現れてメヌエットに星のカードを差し出した。そしてメヌエットは「これを毎朝作らせなさい」という言葉と共にそれに星を1つ追加。

 

そして、洋館の中のリサはまさに水を得た魚。サシェとエンドラに色々話を聞きながら屋敷の各部屋を見て周り、タイムズやエクスプレスやミラーといった高級紙や大衆紙を問わずに買ってきていた朝刊からメヌエットが気に入りそうな記事を抜粋してスクラップを作成。

 

それをメヌエットが精油パイプ片手にふむふむと読み耽っている間、今度はメヌエットの長い金髪を丁寧にブラッシング。その手つきは俺も時々寝癖を潰してもらっているし案外ぐうたらなユエや、ぐうたらとは言わないけど族長の孫娘としてそういう、お世話されることに慣れているティオも時々頼んでいるから知っているけど超上手い。マジでリサに髪を梳かしてもらうのは気持ち良いのだ。

 

最近じゃレミアがこっちの部屋に泊まった時はミュウもやってもらっていて、お気に入りの時間の1つとなっている程なのだ。そして、リサがメヌエットをブラッシングしている光景、これがまた美しい。金髪美少女──生きている年数だけで言えば20歳は越えてしまっているリサを美()女と言ってしまっていいものなのかは悩みどころだが──2人の組み合わせは常に美しいのだと俺はユエとリサの組み合わせで学んだ。

 

なので携帯を取り出してそのカメラでこっそり撮影。とは言え携帯電話のカメラは、盗撮防止のために必ず音が出るようになっていて、俺の持っている日本製の携帯もその例に漏れない。

 

そして、当然鳴るカシャリというシャッター音を耳にして、メヌエットが俺を睨む。

 

「何を勝手に撮影しているのかしら?」

 

「美しい光景を残しておくのは人類への貢献だろ?」

 

と、俺がユエがリサにブラッシングをしている時にも使った言い訳を使えばメヌエットはちょっと赤くなって顔を逸らした。自分の面にはそれなりに自信のある奴だと思っていたけど異性からこうもストレートに褒められるのは慣れていないらしい。

 

「……あなたにおだてられても星はあげません」

 

あら残念。だがまぁ俺としては星よりもこの写真を消すように言われなければそれでいいのだ。実は俺とシア、ティオの3人の間には1つ秘密がある。それは、"リサとユエ姉妹同盟"を組んでいるのだ。……リサとユエには秘密で。

 

俺達の中での総意は"リサが妹でユエが姉……なのだが周りからはどう見てもリサがしっかり者の姉でユエがお姉ちゃん子の妹に見える"という割と七面倒臭い設定になっている。

 

そこに今メヌエットが(俺の中で)加わろうとしていたのだ。あの2人も仲良し姉妹に見えるし。なのでその議論のためにもこの写真は死守しなければならない。今回はそれが上手くいったな。

 

んで、そのうちにリサはメヌエットが「私は料理が出来ないの」という発言を拾い上げ、言葉巧みにキッチンへと誘導。下女の仕事なんてしないと言い張るメヌエットを、これもまた言葉巧みに言いくるめて一緒にチェリー・タルトを作り始めた。

 

どうやらメヌエットがキッチンに入るというのは有り得ない光景だったらしく、サシェとエンドラは驚きのあまりひっくり返ってしまった。それを俺とキンジが慌てて支えてやっている間にもリサの巨乳が羨ましいというメヌエットに、これは日頃から調理を行っていて、その動作が云々と何やら小難しいことを言って、またメヌエットをその気にさせていた。

 

乗せられたメヌエットがボウルと泡立て器を持ったもんだからサシェとエンドラなんて今度は白目剥いて失神しちゃったよ。

 

そんな風にしてブチブチと文句を言いつつもメヌエットは最後までタルト作りに精を出し、最後の仕上げと粉砂糖を空中に振った。だが───

 

「いえ、そうでは……っしゅん!」

 

と、舞い上がった粉が鼻に入ったのかリサが、顔を逸らして袖で口元を塞いだ上でだが、クシャミをした。しかも───

 

──ぴょこん!──

 

と、リサの頭頂部からケモ耳がこんにちは。スカートのお尻も盛り上がっているからあれ尻尾も出したな。……キンジはリサの()()を知らなかったから目ん玉飛び出るくらいに驚いている。メヌエットも───

 

「まぁ!」

 

と、碧眼をキラキラさせている。目を白黒させているキンジとは逆に、既に受け入れ態勢が整っているようだ。

 

「もっ、申し訳ございませんお嬢様!私ったらうっかり大変な失礼を……。お詫び申し上げます───んっ、んゆっ」

 

と、ケモ耳をうっかりで済まそうとするのはどうなのだろうかと思うけどまぁシアなんて常にウサミミ出しっぱなしなのをアーティファクトで他人の認識からズラして誤魔化しているから別にそんなもんかな。……あ、メヌエットがリサの耳を鷲掴みにしてる。その耳、普通に神経通ってるからリサも悶えているし。

 

しかも興味津々でサシェとエンドラにルーペを持ってこさせて観察しようとしている。……尻尾は隠せよ?多分勢いのままケツまでじっくり見られるぞ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

リサはどうにかこうにかメヌエットから尻尾を隠し通した。イギリスじゃ最初に沢山作って後で何日かかけて食うってんで3日程タルトばかり食べていた。まぁ実質リサが作ったので美味かったけどな。しかし大変だったのはそれではない。

 

メヌエットがタルトが焼けるのを待っている間に俺とリサの馴れ初めに興味を持ち、リサも──流石にヤバい部分はボカしたが──特に躊躇うことなくそれを話した。で、挙句にメヌエットは俺があの夜に話してしまった共依存関係の話を持ち出したのだ。しかもリサは───

 

「いいえお嬢様。それは正確ではありません。ご主人様がそれをするのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使う技。最初に籠絡させる時には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

などと宣ったのだ。で、狙ったわけではないけど確かに言い逃れもできねぇなぁと俺が遠くを見つめて、それをメヌエットは肯定と受け取ったらしい。しかも───

 

「ご主人様が他の女性を()()()時にはその人が今最も欲しいものを与え、そして彼女の人生を大きく動かす、これがご主人様の常套手段です」

 

なんてリサが言うものだからメヌエットはこれまで見たことないくらいに勢い良くこちらを振り向き、その勿忘草色の瞳でギッと俺を睨んだ。……リサさん、もしかして俺がユエ達連れて帰ってきたこと根に持ってる?いやまぁ、独占欲持ってほしいと言っていたのは俺だから良いんだけどね。

 

「なるほど。確かにリサの言う通りのようです。私も……見ての通り私は脚が動かせませんでした。しかし今朝リサが来る直前、天人が魔法の力でそれを治してくれました。……お医者様からは"動かせるようになることは絶対に無い"と言われていたこの脚を。まだリハビリが必要ですが、いずれこの車椅子とも別れる日が来るでしょう」

 

と、朝の話をリサに聞かせていた。それを聞いたリサは「ヘールモーイです!」なんて言っていたけどその瞳には"またか"という言葉が浮かんでいた……気がする。だからそれは偶然なんだってば。……今まで誰も信じてくれたことないけど。

 

そんな風に、リサが来たってのに何故だか妙に居心地の悪い日々を過ごしたある日、キンジが前から立てていた計画を実行に移すと言ってきた。どうやらメヌエットの誕生日からは数日遅れにはなったがようやく()()らしい。星も、リサが来てから一気に4つ貯まった。俺の変成魔法の分は何故かノーカンになっていて、キンジがその理由を聞いたのだが、曰く───

 

──天人は私に新しい人生をくれたのです。であるなら私もそれなりのものを返さなければならないでしょう?──

 

とのこと。どうやらメヌエットにとっては星や色金のことよりも余程重いことだったらしい。それを聞いたリサは顔は笑っていたけど目が笑っていなかった。あと時間的に日本からだと思うが、メールがやたら飛んできている。ユエとシアからだ。怖くてまだ開けていない。

 

んで、待ち合わせは午後なので皆でお昼ご飯を食べた後───

 

「メヌエット、お前にはまだ誕生日プレゼントがある。……何日か遅れたが、外に行くぞ」

 

と、キンジがメヌエットを外に誘い出そうとする。メヌエットは排ガスまみれの外の空気なんて吸いたくないとか言っていたので俺が───

 

「けどラクロスは外でやるんだろ?」

 

と言えば渋々サシェとエンドラに肩掛けと膝掛けを持ってこさせていた。2人のメイド的にはメヌエットが外に出るのはこれまた有り得ないことらしく──どうやら1年振りらしい──これまた目を白黒させて驚いているよ。

 

「それと、これは賭けだ。これまで貯めた4つの星、勝てば倍付け、負ければパァだ」

 

と、キンジは人のメイドに稼がせた星を賭け代にしている。だがメヌエットも賭け事は好きらしい。宜しい、とあっさりそれを受け入れた。

 

で、晴れたロンドンのベーカー街を車椅子を押しながら歩いていく。と言ってもものの5分で目的地には着いたみたいで、そこにあったのは今風でお洒落なカフェ。

 

「ここだ」

 

「あなた達に花を持たせるつもりで敢えて推理はしませんでしたが、さて何かしら?」

 

とメヌエットが振り返りながら俺達を見る。で、キンジが指し示したそれは、頭の左側に白い花飾りをした長い黒髪の女。あれがモモコらしい……らしいってかあれ……夾竹桃じゃねぇ?後ろ姿だけだし右目が義眼になってからは姿をこの目で見てなかったから魂じゃ判別できないけど、後ろ姿には見覚えある気がするぞ……。

 

だが夾竹桃を知らないっぽいキンジは特に何を言うでもなく……メヌエットは驚きのあまり大事なパイプを落としそうになってお手玉している。

 

これは、俺達……というかキンジがネットで検索をかけてメッセージを送り、このメヌエットことムニュエとのオフ会に誘ったのだ。向こうも乗り気で──しかし男は嫌いということで俺達とは会わない約束だ──さっそく日本からイギリスまで飛んできてくれた。直ぐに行くと言っていた時はただの金持ちとしか思わなかったがまさか夾竹桃とはな……。俺もそこは驚きだ。SNSに乗ってる情報だけじゃ、そこまで分からなかったよ。

 

「おっ……お前達……なんてことを……」

 

と、驚きすぎて口が悪くなったメヌエットは顔面蒼白。見たことないくらいにテンパっているようだ。

 

「ま、俺達もそこのベンチで待機してるから、何かヤバそうなら助けに行くさ」

 

と、俺は店外から中を見れるベンチを指し示した。その間にキンジが何度か確認のメールを送り、彼女がモモコだと確かめた。

 

「おし、あれがモモコだ。行ってこい」

 

と、キンジが1歩分車椅子を押す。

 

「い、嫌よっ!着いてきて!」

 

「俺達ゃ会わねぇって約束なんだ。武偵は約束を守る」

 

「キンジ、天人、お前達私が車椅子だって言ったの?」

 

「言ってねーよ。必要ないし。お前こそモモコに話してないのか?」

 

というキンジの言葉にメヌエットは身体を固めた。……どうやら言ってないらしいな。まぁネット上だけの関係の奴に言う必要もあるまい。それ自体は何も不思議じゃないけどな。

 

しかしメヌエットはそれ以上にやっちまっていて、自分が学校の人気者で、ラクロスとバスケ部のエースを兼任しているとか何とか、随分と話を()()()しまっていたようだ。そういう、人類のあるあるをしでかしていたのだ、メヌエットは。

 

「……ま、でもいいじゃねぇか。少なくともお前は今自分の脚で歩けるように努力してる。まだラクロスもバスケもできやしねぇけど、いつかはできるようになる。……そこだけは嘘じゃねぇ」

 

メヌエットはあれから家で俺達の監督の元少しずつ脚を動かすリハビリをしている。俺もリサもキンジも医者じゃないから本格的なリハビリはやらせてあげられないが、多少動かす訓練を見て支えてやることはできるからな。

 

「うっ……」

 

邸宅の方へ向かうために車椅子を掴んでいたメヌエットの手が緩む。

 

「……でも、嘘をついていたことは事実です。それも車椅子に乗っているのよ?幻滅されるに決まってるわ。モモコは初めての友達だったの……そんなの嫌よ。……悪いけど、天人とキンジの方からモモコには謝って───」

 

「夾ち……モモコってお前と歳近いんだっけ?」

 

と、メヌエットの言葉を遮るように質問を投げかける。

 

「えぇ、それが何か?」

 

……アイツ、いつの間にか武偵高に通ってたけど本当は───

 

「……俺も今後ろ姿見て気付いたんだけどな。ありゃ俺の知り合いだ。あと、だから分かったんだが、多分向こうも嘘ついてるからおあいこだ」

 

本当は東大薬学部卒業してるし。しかも日本にゃ飛び級は無いから実年齢は当然22歳を越えているわけで……。それが中学生のメヌエットと歳が近いとか流石に無理がある。

 

「……どういうこと?」

 

と、メヌエットが俺に胡乱げな瞳を向けてくる。

 

「知りたきゃ行って確かめてこい。お前なら上手いこと引き出せるだろ」

 

「でも……」

 

だがまだメヌエットは踏ん切りがつかないようだ。まぁ、夾竹桃が自分をどう話してたかは知らないけどメヌエットのはだいぶ盛ってたからなぁ。

 

「俺ぁアイツとあんまり仲良くなかったけど、それでもアイツはお前を見て笑ったり幻滅したりする奴じゃない。それだけは分かるよ。だから、俺を信じろ」

 

「……分かりました。私も、覚悟を決めます」

 

「あぁ」

 

メヌエットの手の震えが止まった。さっきまでずっと小刻みに震えていたのに。だがそれも止まり、乱れた髪の毛とヒラヒラのドレスを手で整えると、自分の手で車椅子を動かし、スロープを昇っていった。俺達の力を借りることなく、決然とした顔をして───

 

 

 

───────────────

 

 

 

店の壁は前面が完全にガラス張りだったんでよく見えたが、夾竹桃は最初メヌエットの車椅子に驚いたものの、それで人を笑ったりする奴ではないので直ぐに打ち解けたようだ。それは良かったしメヌエットにも笑顔が見え始めて安心したのだけども、1つ問題が───

 

「なげぇ……」

 

俺はSNSもネットゲームもやらないからオフ会とかいうのも詳しくは知らない。だからオフ会ってのがこんなに長いものだとは思わなかった。まぁ、友達と会って駄べるって言うのならこんなものなのだろうか。

 

ベンチにキンジと2人座ってボウっとカフェの中を眺めているのも暇過ぎる。その暇具合が俺の脳みそをおかしくしてしまったのか、これまで空恐ろしくて開いていなかったユエとシアのメールを開封してみようという気になっていた。

 

「う……」

 

1通目、ユエから届いたその中身に俺は思わず唸る。タイトルは無し。本文は一言───

 

──どういうこと?──

 

もう既に怖い。リサから聞いたとか何とかそういうのが一切無い。よし、これに返すのは後回しだ。次はシアからのだな。これもまたタイトル無し。まぁコイツら結構メールにタイトル付けないこと多いからそこまではまだいい。

 

さて、肝心の中身は、と───

 

──どういうことです?──

 

ほぼユエと変わらん。流石に師弟関係にあるだけあってこういうところも似ているな。こっちからしたら空恐ろしいだけなのだが……。

 

しかしまだ何通か届いているな。ていうか、何日もメールを放ってあるのに電話が一切掛かってきていないのが逆に怖い。これあれだな、途中から2人結託してるな。さて、ティオからも1通来てるな。こっちはタイトル有り、『リサから聞いたのじゃ』か。用件は一緒か……。さて、本文には何て書かれているのかな……?

 

──妾はこうなるかもと思っておったのじゃ。じゃがユエとシアにはキチンと説明した方が良さげじゃぞ?──

 

神かよ。いや、神は駄目だ。俺の知ってる神様にゃろくな奴がいなかったからな。……いや待て、このメール、下の方にまだ続いてるな。えと……

 

──ま、話があるのは妾もじゃから、待っておるぞ?──

 

俺はもう駄目かもしれない。

 

思わず天を仰ぐ。しかしてまだ未読のメールは残っているのだ。ここまで来たら全部読み切る他ない。さて、次はまたユエからか。やはりタイトルは無し。本文は、と……

 

──待ってる──

 

何を?とは口に出せなかった。俺はそのままシアのメールを開く。これもまたタイトル無し。

 

──お待ちしてるですぅ──

 

これほど怖い"ですぅ"は世界初だろう。おかしい、俺は何も悪いことはしていないのに何故か追い詰められている。だいたい、リサは俺のこと何て言ったんだ。で、どうやらキチンと確認したところ、ティオからのメールはあの一通だけのようだ。レミアやジャンヌからはまだ届いていない。言っていないのか、はたまた敢えて何も言ってこないのか……。

 

「おい天人、お前さっきから顔が真っ青だぞ」

 

と、横からキンジが心配そうな顔をしている。俺はそれに軽く手を挙げて応える。

 

「……大丈夫だ。ただ、どんな土下座が1番効果的か考えてただけだから」

 

「人はそれを大丈夫だとは言わねーんだよ」

 

うだぁ、と俺は天を仰ぐ。結局他のメールも前のとあんまり変わらずメヌエットに何したの?みたいなことを恐ろしい言い回しに変えただけだった。神……には絶対誓ってやらないけど他の何に誓って俺は責められることはしていないのに。

 

そんな風に俺がウダウダと、キンジがボケっとベンチに腰掛けている間にいつの間にやら夕方になっていた。そこでようやく話も落ち着いたのか、まずは夾竹桃(モモコ)がカフェから出てきた。どうやらそのままロンドンで買い物でもするのかハンドバッグ片手にリージェンツ・パークの方へと去っていった。……俺は待っている間にこっそり羅針盤を使ったのだが、やはりあれは夾竹桃だった。まったくフットワークの軽い奴だ。

 

で、帰ってきたメヌエットはツンケンした表情で誤魔化そうとしていたけど嬉しさを隠しきれていなかった。そこら辺はまだ14歳ってことだな。

 

「素晴らしい誕生日プレゼントだったわ。ありがとう、天人、キンジ」

 

「この企画はほとんどキンジの力だ。俺に礼はいらないよ」

 

「あら、キンジも思いの外気が利くのね」

 

「あぁ。だから星をくれ」

 

もうキンジのこれは野暮なんて次元じゃねぇなと、俺が半分呆れていると、メヌエットも同感のようで、粋なのか無粋なのか分からないなんてブチブチ文句をつけながらも賭けはキンジの勝ちだからと星を4つくれた。

 

「割増ボーナスであと2つくらいくれよ」

 

と、キンジはそこから更に星を強請(ねだ)る。だから、ホントそういうとこだぞお前……。と、俺は割と本気の呆れ顔をしていたのだが、ふとメヌエットがこちらを向いて、俺の顔を見てニヤリと笑う。きっとコイツも同じことを思ったんだろうなと、俺も思わず笑みがこぼれた。だがメメヌエットは直ぐにその顔に浮かべた笑みを消して、俺の袖を掴み腕を抱き寄せた。

 

「そうしたら、天人は直ぐにどこかへ行ってしまうのでしょう?」

 

その表情は見覚えがある。彼方を紅鳴館から救い出した直後の透華達。フェアベルゲンからの追放処分をもぎ取った時のシア。あの海に出た冒険の夜のレミア。だからもう分かる───これは、まずいことになったぞ……。

 

 

 

───────────────

 

 

 

あれからメヌエットは俺達が誘えば気軽に外出するようになった。とは言えあれからメヌエットも星を出し渋り、いまだ獲得した星は8つのまま。元々医者に行く頻度はそれほどでもなかったらしく、医者を驚かせてやると言っていたメヌエットにその機会は訪れておらず、ただただリハビリを通して俺との距離を(物理的に)近付けようとしてくることが多々あったため、こうやって外に連れ出せるのは俺としてもありがたい。

 

どうやらメヌエットは王族(ロイヤルファミリー)への加入を果たしたいらしいのだが、それに巻き込まれてやる気は俺には微塵も無いのだから。

 

で、男子の制服を着たワトソンやリサも一緒にピクニックへ行こうと歩いていると、何やら俺達をマークするような停め方で完全防弾のいかにもな高級車がやって来て、そして中から尊大な雰囲気を纏った男が降りてきた。だが───

 

「ここは車通りが多くて埃っぽいし排ガス臭くて敵わん。お前達がこっちへ来い」

 

誰だあれ……。降りてきて早々にクソほど偉そうなそいつの顔に俺は心当たりが無かった。ていうかあの車、周りの奴の聖痕を閉じる仕掛けが施されてやがるな。あの車が近付いてきた瞬間に繋がりが切れやがったぞ。ってことはそれなりにお偉い方であらせられる?

 

「っ!?……ハワ……痛っ!」

 

と、アイツの名前を呼ぼうとしたらしいキンジの太ももをメヌエットが抓って止めた。そして車椅子のままキコキコと1歩前へ出ると───

 

「これはこれは……。お忍びにてお出で頂いたと思われるために()()を呼ぶことを避けること、お許しください」

 

メヌエットの、俺達には絶対に見せることのない恭しい態度で何となく察する。このガタイと面はそこそこ良い偉そうな男の正体。おそらくコイツはロイヤルファミリーの誰か、何人もいる王子の内のどれかなのだろう。小走りでそっちに行ってしまったワトソンの後を追って俺達も王子様の元へと馳せ参じた。

 

「よい。それより余はキンジ、お前に話がある」

 

「俺には無いね」

 

たった一言言葉を交わしただけでコイツらがお互いを大嫌いだというのがよく分かる。

 

「キンジ、お前はアリアの恋人であろう?」

 

……そうなの?という俺の視線をキンジは無視。だがキンジは頭の回路がどうかしてしまったのだろうか、だったら何だ?と、まるで()()かのような口ぶりで話を続けた。

 

「先日伝えたように、余はアリアを暫くは武偵として使うが、いずれは妻として王家に入れさせるつもりである。お前はアリアを諦め、以後その名を口にせぬようにしろ。、MI6に調査させたが、お前は組んでいたことが後に汚名となる人物のようだからな」

 

「まぁ素晴らしい!お姉様がプリンセスに!」

 

……そういやすっかり忘れてたけど、確かメヌエットはアリアを王家に入れてしまおうと画策してたんだっけか。で、キンジとアリアの仲を引き裂く代わりにこれをやると、なんかとんでもない数のゼロが書かれたクーツ銀行の小切手がキンジに手渡される。……しかもこれ、円じゃなくてポンドじゃん。日本円にしたら幾らになるんだよ……?

 

まぁとは言えキンジも武偵。流石に仲間を金で売ることはないようで、取り付く島もない。

 

そして、何故そうも無礼な断り方をするのだという王子様に向けて───

 

「お前が嫌いだからだ」

 

と、言い放つ。その言い草にメヌエットが間髪入れずにフォローしようとするがそれを王子様は制し、そして自分もキンジが嫌いだと、嫉妬丸出しの顔で毒づいている。

 

そして───

 

「……あんだよ」

 

スルリと俺の横に1人のイギリス人の男──歳は高校生くらいだ──が現れた。キンジ達は俺の声でコイツの存在に気付いたようだが俺には気配感知の固有魔法でよく分かっていた。コイツ、ずっと王子様の車に乗っていたのだ。そこからこっそり降りて静かに俺の横に並んだのだ。

 

「……お前はずっと俺の存在に気付いていたな」

 

「だから?」

 

そもそも気付いてることに気付かせたのだ。それに、コイツからは魔力は感じない。コイツでは俺の究極能力も多重結界も抜けない以上は驚異たり得ない。

 

「塞がれても中々やるな。……だがそれだけだ。……それより王子、お戯れもその程度に」

 

どうやらコイツは俺の持つ聖痕の力を知っているようだ。だがそれだけ。コイツも俺のことは聖痕持ち程度の認識らしい。

 

「武偵、遠山キンジ。新進気鋭の有望株に会えて嬉しく思う」

 

と、塞いだ俺は後回しらしいコイツは既に俺から意識を外していた。……イギリスにも俺達のエリア51での戦いの映像が流れたって聞いてたからもうちょい警戒されてるかと思ってたが……それとも今はキンジとアリアのことが最優先ってことか?

 

「誰だ?」

 

キンジが名前を問う。

 

「ボンド」

 

そう名乗った5厘刈りのグレーの髪を持つ青と緑の間の色をした瞳を持った男は───

 

「サイオン・ボンドだ」

 

と、まず名前を名乗り、その後にもう一度フルネームを名乗るというキザったらしい名乗りを上げた。……コイツも匂うな。無煙火薬(ガンパウダー)の匂い……日常的に銃を撃つ奴の匂いだ。

 

「MI6か?」

 

と、コイツの正体に当たりが着いているらしいキンジ。そしてサイオンはそれを肯定。しかも、自分をOOセクション──イギリスに仇なす悪党相手なら裁判抜きにぶっ殺していいという殺しの許可証(マーダー・ライセンス)を持った奴ら──だと言い放ったのだ。そして更に最悪なことにキンジとこのサイオンで決闘しろと王子が言い出す。しかもこのサイオン、どうやら歴代最年少でMI6のOOセレクションに選抜された超エリートなのだとか。

 

そんな奴が一瞬でキンジに寄ったかと思えば、何かを囁いてスッと離れる。そしてサイオンは王子に向かい合い───

 

「殿下、お言葉ですが、私はこの男と決闘に及びたくありません。せめて、あちらの男とやらせてはもらえないでしょうか?」

 

と、今度は俺を指名。……まさか、あの野郎キンジのHSSを知っているのか?確かに今のキンジなんてコイツからしたら赤子の手をひねるように殺せるだろう。

 

「ほう、何故にだ?」

 

「遠山と私では戦力差がありすぎて決闘になりません。しかし、彼の代理として神代が出るのであれば、決闘の俎上(そじょう)にも上がりましょう」

 

「ならん。余はお前が痣持ちと戦うことは許さん。キンジと戦え。……命に従わないと言うのならこの決闘、008に委任するぞ」

 

「……御命令のままに、王子」

 

他の奴には仕事回すぞ、という王子様の脅しにサイオンは諦めたようにこちらを振り向く。だがまずいな……こうなったら俺がキンジの代理になるというのは通じないだろうし、力ずくでサイオンを打ち倒しても俺の敵が増えるだけ……ならまだしもアリアやメヌエットにまで迷惑が掛かるかもしれない。……本当はこういうやり方は嫌いなんだけどな、普通のキンジがコイツとやったら一瞬で殺される。それよりは、多少はマシだろう。

 

俺は目の前のサイオンを警戒して身構えているキンジの後ろ襟を掴むと、キンジを掴んだまま右腕を振り被り───

 

「は?」

 

「ワトソン!()()()()()()()()()()!」

 

と、キンジの疑問符を無視して、今にもサイオンに襲い掛かりそうな気配を発していたワトソンに向けて投擲。

 

「えっ!?───うわっ!」

 

不意に飛んできたキンジを、しかし流石の運動神経でどうにか抱き留めるも、体重差で2人とも地面へと転がった。だがいいぞ、キンジが頭から落ちないように咄嗟にワトソンが庇ったおかげで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……こういうやり方は感心しないな」

 

2人して地面を転がってから数秒後、さっきまでとは全く違う雰囲気をまとっていたキンジが起き上がる。サイオンを見るより俺を睨む目付きが鋭いが許してほしい。

 

「悪いな。けどそうでもしないとお前勝てねぇじゃん」

 

最悪殺される1歩手前で間に入ってしまえば、そしてそこでこちらの負けを認めてしまえばキンジはギリ殺されないかもしれない。だが半殺しにはされるわけだし、アリアとも確実にお別れだ。それを考えれば例えそのためにワトソンを使()()()()()HSSにする他ない。

 

「分かるけどね、言ってることは。……さてサイオン、待たせたね。やろうか」

 

スッと、重心を落として構えたキンジに、サイオンは手錠を投げて寄こした。それも、チェーンが1メートルはあるもので、人を拘束する性能はほとんど無いものだ。……チェーンデスマッチか。武偵高でも一時期流行ったけどな。これまた随分と時代遅れな方式だ。傍から見たら分かりやすいけどな。

 

「今でもここらの悪童がよくやっている。私達もそれに見えるだろう」

 

と、自らの右手に片方の輪っかを填めたサイオン。それを見てキンジも自分の左手に手錠を填めた。今、キンジとサイオンの───日英の俊英同士の決闘が、始まろうとしていた。

 

 

 

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