決闘は、結局のところキンジの敗北に終わった。キンジは不思議な身体駆動──瞬光で観察した限りでは全身の筋肉と骨格を連続して動かすことで、拳を亜音速から超音速で放つものだと推測された──で先制パンチを決めたのだが、それでも鼻血で済んだサイオンに同じ技を真似され返され、そこからはサイオンの一方的な拳の雨あられ。途中で負けを悟ったキンジが自分の親指の関節を外してチェーンの拘束から逃れることで決闘を有耶無耶──実質負けだが──にして皆でメヌエットの家へと逃げ帰ってきたのだ。
キンジは取り敢えず殴られた顔に赤チンを塗ったり氷袋を当てて冷やしたりしている。ワトソンはワトソンでMI6にブチ切れたらしく、リバティー・メイソンの組織力を使って──イギリス国内のことなので調べ易かったらしい──サイオンのことを即座に調べ上げてきた。
で、男同士の殴り合いの喧嘩を見るのは初めてだったらしいメヌエットはそんな俺達を眺めながら愉快そうに笑っていた。それを見てキンジは見物料を星で貰おうとしたいたが賭けで4つあげたばかりだからノーとか言われて断られていた。
「……まさかあれで勝てねぇとはなぁ」
確かにサイオンが強いのは何となく感じられたけどHSSのキンジならどうにかなるかなぁとか思っていたのだ。だが俺の楽観的な予想とは裏腹に、実際にはキンジはほぼ手も足も出ず。このままだと決闘には勝てず、あの王子──ハワードと言うらしい──にアリアを取られたままになる。もっとも、王家の一員になりたいメヌエットからすればそれでも良いのだろうが……。
「アリアお姉様がハワード王子の元へ行けば私も王家の一員になれます。……もっとも、ハワード王子は1代限りの王でしょうから、私達がそのまま王族として継続的に宮殿に住むことはないでしょうけど」
「んー?そりゃまた何でさ」
「私を診てくださる女医先生に聞いた、知る人ぞ知る秘密なのですけども、王子は身体の一部に不全があって、お世継ぎを残す行為が全く出来ないのです」
と、メヌエットは王家に入ることに拘っていた割には淡白に答えた衝撃の事実。身体の一部に不全があることで
「キンジ」
「あ、あぁ」
ちょいちょい、とキンジをメヌエットやリサ、ワトソンから離れた所へ呼ぶ。そしてキンジの耳元で、さっきメヌエットが言っていたことがどういうことかを説明してやる。まぁこれは男の話だからキンジも「へぇ」とだけ頷いて特に嫌がる素振りもなかった。と、そこへジリリリリン───と、古き良き金属ベルの音が鳴り響く。随分とクラシカルな固定電話を使っているみたいだな。んで、それをサシェが取り、メヌエットへ取り次いだ。
「……はい、はい。えぇ。お姉様、キンジは私にとても良くしてくれていますわ。それに天人も。……えぇ、キンジだけじゃなく、天人もおりますのよ。特に天人には……ふふっ、私のことを抱きしめて頭を撫でてくれましたの。それに、お風呂上がりにも、寝る前にも、とても可愛がってくれてますよ?……はい?いいえ、同じ部屋で寝ておりますよ」
……お姉様、だと……?絶対やべぇだろその電話。しかもメヌエットの奴、話盛りまくってるし……。いやいや待て待て待て、大丈夫だ神代天人、安心しろ。いくらアイツが拳銃の名手かつ口より手より先に
そんな俺の動揺を他所に、当然そんなことを
「……うい」
「───天人!!アンタまさかメヌにまで手ぇ出てないでしょうねっ!?」
「誓って何もしていません!!」
ホントだよ?誰も信じてくれないけどね。
「本当でしょうねっ!!抱き締めたとか頭撫でたとかっ!あれはメヌが勝手に話を盛っただけだって誓えるの!?」
(俺の危機管理的には)残念それは本当にやりました!!
「誓って特別な意味はありませんでした!!」
「風穴」
……今までとんでもねぇ声量で怒鳴り散らしていたアリアの声量が、一気に落ちた。そして、それに合わせて烈火の如く怒り狂っていた声色が、急にフラットになったもんだから俺は怖すぎてキンジにそのまま受話器を押し付けた。
「……あぁ、俺だ、キンジだ───」
と、キンジの声を聞いて少しは精神状態が元に戻ったのか、受話器からはまたアリアの大声が聞こえてくる。もっともそれはキンジを心配するもので、俺の時のように受話器越しでも分かる強烈な殺気とは程遠いものだった。
───────────────
アリアが行方不明。次の日の朝にいきなりバッキンガム宮殿からそんな電話が届いたのだ。で、キンジがアリアの戦姉妹であり、どうやらアリアが自分に同行させていたらしい間宮あかりに即電話。どうやらお忍びでカフェにて朝食を食べているらしい。だが1人ではない。キンジが2000円で買った写真に写っていたのは───
「……コイツ、どこかで」
「……俺が船で蹴り飛ばした奴か。……ほらあの、極東戦役の時に」
あの船で俺が無造作に蹴り飛ばした銀髪で小柄の女。どうやら鬼共に傭兵として雇われていたらしい、
それを聞いてキンジはまた間宮に即座に電話を掛け直していた。しかし「トイレにでも行ったんじゃないですか?」と、間宮は呑気なもの。だが間宮の予想よりも、おそらく状況はもっと悪いぞ。セーラが間宮の尾行に気付いて撒いたんだ。
「……アリアの行き先、検索検索ぅ」
一々捜索するのも面倒なので俺は羅針盤で『アリアの行き先』を先回りして探り出す。……やはり、アリアは鬼共の元へと向かうようだ。
「……天人、それは何ですか?」
と、俺がいきなり取り出した道具にメヌエットの興味が引かれる。俺は今更隠すこともないだろうと羅針盤の機能をメヌエットに伝える。キンジもこれの存在は知っているから驚きはしない。
「なるほど……ものの在処を探し出す魔法の道具。本当に天人は面白いですね」
面白いのは俺よりも俺の持っている道具だろうに。そもそもこれ作ったのは俺じゃないし。
「こりゃあ貰いもんだけどな。……それよりお前ら、アリアはやっぱ鬼共の所へ向かうみたいだ。んで───」
───さっさと鍵で飛ぶか?
と、言おうとしたその時、サシェとエンドラがやたらと恐縮した様子でこれまた面倒な奴を連れてきた。白のスーツに蛇革の靴。サングラスだけ掛けて変装のつもりなのだろうか。こんな分かりやすい変装も中々見れないだろうなというくらいにはヘッタクソな変装はハワード王子その人だ。
「ハワード……今お前に構っている暇は───」
「これはこれは、このような時間からこんな
と、キンジを遮るようにしてメヌエットが恭しく挨拶をする。だがそんな時間すら勿体ないとでも言うようにハワード王子はそれを制した。どうやらアリアを探し出したらしい。何でも、『持病の治療のために療養に行きます』とだけ書き置きを残して忽然と姿を消したから、家族のいる家でゆっくり過ごそうとしているのではないかと思ったらしい。
だがメヌエットはそれを否定。メヌエットの推理曰く、嘘が苦手な奴が嘘をつく場合には後々の辻褄合わせを考えて"言い方を変えた真実"を話す傾向にあるのだとか。それに則れば今回のアリアの書き置きは"緋緋神化を止めるためにそれに必要な殻金を持っている鬼共の元へ行く"ということになるだろうとのこと。
実際、俺の羅針盤の検索でも鬼共の元へと向かっているらしいからな。俺からすりゃメヌエットの推理の方がよっぽど魔法みたいだぜ。
んで、何故キンジや俺に声が掛からないのか。アイツはサイオンとキンジの決闘を知っている。だからキンジが動けばサイオンが動くと見てキンジには声を掛けられなかったのだろう。俺が動いてもキンジが着いてくる可能性が高いからこれまた同じように声は掛け辛い。……まったく、敵に安く見積もられる分には何とも思わねぇけど友達にそう思われるのはあんまり気分の良いもんじゃねぇな。
俺ならサイオンだろうが鬼共が相手だろうが、そしてそいつらを同時に相手取ろうが関係ねぇ、キンジを抱えてでも勝てる喧嘩だってんだよ。
いい加減、そこら辺もっと周知させてやんなきゃ駄目みたいだな。
「キンジ、俺ぁ出るぜ。鬼共もイギリスにいるらしいし、覇美の腹ぁかっ捌いてでも殻金を奪い返す」
ついでに羅針盤で殻金の居場所を探したらやはりイギリスにあったのだ。どうやら覇美もこっちに来ているらしいな。
「待て、痣持ちが余達の問題に関わるな。お前も2度とアリアには関わるでない」
と、ここでもハワード王子は俺の邪魔をするようだ。だがコイツには俺は止められやしない。
「うるせぇな。なら手前が俺を止めてみろ、力ずくででもな。ここぁ聖痕を閉じる仕掛けがしてあるから、今なら止められるかもしれねぇぞ?」
実際のところ、鬼共の居る場所は人が多いみたいだったから今この瞬間に鍵で転移とはいかない。
「待て天人、俺も行くぞ。元々これは俺とアリアの問題だったんだ。いつの間にかお前まで巻き込まれて……その上殻金までお前が取り返したら……俺は2度とアリアの顔をキチンと見れなくなりそうだ」
と、ハワード王子だけじゃなく、キンジまでもがそんなことを言い出した。どいつもこいつも、俺には出てほしくないらしい。
「……そうかよ。なら勝手にしな。……一応、鬼共が居る場所だけ教えてやる。……レストランだ。カドゥガン・レストラン。テムズ川の岸に停泊させてる船、そこに鬼共は居て、アリアもそこへ向かう」
───────────────
「……悪いな」
と、俺が行かないのなら作戦が必要となるってんでメヌエットがキンジに授けた作戦。それは生物が最も油断する瞬間───つまり食事中を狙って強襲をかけるというものだった。そして、あのレストランはドレスコードがあるとのことで今はキンジのためのスーツを見繕ったところだ。
「要請無き手出しは無用のこと。キンジ、お前が自分で俺を除けたんだ。尻くらい自分で拭けよ?」
「分かってるよ」
まぁ死んだら戻してやるけどな。と、そんな呟きは喉の奥に押し込めて、俺はスーツ屋を出ていくキンジにクモを張り付けた。これでキンジが下手打って死んでも即座に飛んで行って再生魔法と魂魄魔法複合アーティファクトで死者蘇生させてやるさ。言ってやらないけどな。ちなみにキンジの乗り物はチャリンコ。サシェとエンドラが運んできたのだが、今のベーカー・ストリートにはこれしかなかったらしい。
しかもカップル用の2人乗りのやつ。……だっせぇ。しかもハワード王子も乗り込みやがったし。この2人で乗ると絵面がヤバいな。
そんなヤバめの絵面を晒したキンジとハワード王子を、俺とメヌエットは店の前で見送る。そしてキンジ達が見えなくなると───
「では天人の分のスーツも選びましょうか」
メヌエットは冷静な顔してそんな訳の分からんことを言い出した。
「いや俺ぁ要らねぇだろ」
店にゃ行かないんだし。最悪キンジに何かあれば俺は鍵で飛ぶのだからドレスコードなんて無視してしまえる。再生魔法と魂魄魔法で蘇らせられるのは死んでから15分程度だからな。俺までチンタラとチャリンコで向かっている時間は無い。
「今は必要無くとも、今後必要になるかも知れませんよ?ドレスコードなんて日本でも珍しくはないでしょう?」
と、メヌエットが俺を見上げながらそう言ってきた。
「はぁ……。まぁいいか」
その視線に根負けした俺は仕方なく店内へとメヌエットの車椅子を押しながら戻った。
んで、俺も一応武偵である以上は防弾繊維のスーツじゃなきゃ心許ないと思ってしまうのは多分習慣だ。とは言え、何らかの理由で多重結界が使えなくる場合もあるかもだし、そこは徹底しておくに越したことはないだろう。
俺はスーツの好みなんて無いので適当にメヌエットに選ばせたのだが、これがまたスーツには拘りのある奴だったようで長い長い。キンジにこっそり付けたクモからの映像だともうアイツ鬼と接敵したぞ。
その頃になってようやくメヌエットは俺に着せるスーツを選び終えたらしく、俺は視界の端でキンジと鬼に颱風のセーラ、それからサイオンまで入り乱れたカオスな戦場を監視しながらも老店主に従ってグレーのスーツを着せられていく。
んで、更にそこから細かいサイズを確認させられて、ようやく俺は解放された。……あぁ、セーラのパンモロでHSSになったキンジがサイオンとそれぞれ車やバイクに乗って銃撃戦してる。
「よく似合っていましてよ」
「そりゃどーも」
キンジの方が気になって仕方ない俺の返事は適当。だがそれが気に食わなかったらしいメヌエットが俺の脇腹をパイプでつついてきた。
「なんだよ」
「キンジが気になるのは分かりますが、祈っても詮無いことでしょう?」
「俺ぁ誰にも祈らねぇよ。今も魔法の力でキンジの方の戦況も監視してるだけ」
そう言いながら俺は屋敷の方へ向かってメヌエットの車椅子を押していく。俺の言葉にふむと頷いたメヌエットが黙り込む。だがそれも長くは続かなかった。
「天人、あなた何を苛立っているのですか?」
「……苛立ってない」
正直図星だったがそれを言うのは癪に障るので言ってやらない。ただ単にキンジの方が気になっているだけのフリをした。
「嘘おっしゃい。……キンジも少し言っていましたが───きっとあなたは何でも出来すぎる」
「……それの何が悪い」
俺が出れば全部解決するならそれに超したことはないだろうに。態々リスクを抱えてまで俺を退けていく理由がどこにあるというのだ。
「確かに天人に頼れば全て解決するのでしょう。けれどそればかりではきっと私達は駄目になってしまいます」
「…………」
俺は、返す言葉が見つからない。それをどう受け取ったのか、メヌエットは言葉を続けていく。
「この脚にしたってそうです。天人なら、きっと今すぐにでも歩ける……どころか外を走り回れるくらいの脚にすることも可能なのでしょう?けれど、私はそれを望みません。それは、私自身の努力によって成し遂げられるべきだと思っているからです」
リハビリの手伝いくらいはやってもらいますけど、とメヌエットは付け足す。
「もしこの脚のことをこれ以上あなたに頼れば、もう私は一生自分をあなたの下に置いてしまうでしょう。けれど私はなるべくあなたと対等でいたい。それは、キンジも同じことを思っているのではないですか?」
「……そうかよ」
俺はそれしか返せない。メヌエットの言葉に、自分が酷く子供っぽい存在に思えてならなかった。人に頼られることでしか自分の価値を認められない……いつの間にそんな歪な自己肯定感しか得られなくなっていたのだろうか。……いや、きっといつの間にかではなく最初からだろう。だから俺はリサに縋り……トータスじゃユエ達に縋った。そして多分、雫とリリアーナはそんな俺をあまり良くは思わないだろう。きっとアイツらの求める俺は本当の俺とは違う。それをどこか感じていたから彼女らからの気持ちを受け止められなかったのだ。
結局のところ、俺はあのシュネーの大迷宮で自分の鏡に言われたことまま成長できていないのだ。だからキンジから協力を拒まれてこんなにも気持ちがザワついている。
──みんな俺にやらせてしまえばいいのに──
そんな俺のエゴが、今メヌエットによって再び突きつけられたのだ。
「仲間を信じ、仲間を信じよ。でしたっけ」
メヌエットが口にしたそれは、武偵憲章の第1条。俺達の基本中の基本だ。
「もう少し仲間の実力も信用したらどうです?」
ふと俺を見上げるメヌエット。その小綺麗な顔に、勿忘草色の瞳に見据えられ、俺は逃げるように自分の目を逸らした。
「……してるさ」
「なら何故苛立っているのですか?」
「俺は……」
苛立ってなんかいない、そう返せばいいものを、そうできなかった。それが嘘の言葉ってのが、自分でももうとっくに分かっていたからだ。
「ただ与えられるものには価値は無い。それらは自分で掴み取らなければ駄目なのです」
と、メヌエットはどこか聞き覚えのあることを言った。あれは確か、ハルツィナ樹海の大迷宮で解放者の奴が夢世界を出る時に俺に告げたのだったか。きっとメヌエットならあの大迷宮も、体力や戦闘力さえ目を瞑ってもらえればクリアできるかもな。
「そうだな。……あぁそうだ。俺は、それを分かってたはずなんだけどな」
俺のそんな呟きは、メヌエットの住まう邸宅の庭に、吸い込まれて消えていった。
───────────────
クモで監視し続けたけど結局キンジはサイオンと仲直り──そもそもあれは仲違いをしていたと言うのだろうか──して鬼共を警察に引き渡した。だがセーラを捕まえ損ねたせいかアイツに手引きされた鬼共は見事に逃げ仰せ、事件は全て新聞の写真に
そのせいか、キンジに与えられた星は1つこっきり。だがキンジだって転んでもただでは起きないタイプの奴。いつの間にやらハワード王子とも仲直りしていたらしく、アリアのことは諦めるとか言ってキンジと握手しつつ帰っていった。案外王子も男らしいとこあるじゃん。この辺はアリアとハワード王子を迎えに行ったキンジにこれまたこっそり付けたクモで一部始終を見させてもらった。このクモ、変成魔法を利用して作ったので結構色々情報を拾えて便利なのだ。
で、アリアの奴ついでだからとこっちにも来るらしくて俺は大慌て。何せ今の俺はアリアからすれば自分の妹に手を出した奴って扱いなのだ。ここで会ったら何をされるか分かったものではない。多重結界があるから大丈夫な筈なのに何故か頭に浮かぶのはガバメントで全身に風穴開けられる未来だけ。誰か助けて……。
「ふふっ、面白い顔になっていますよ」
なんて、メヌエットは慌てる俺を見て楽しそうに笑ってるし。で、そんな風に時間を無駄に潰しているうちにアリアさんがご到着なすった。ドアが開き、身構える俺を見てメヌエットはクスりと笑い、部屋に入ってきたアリアはそんな俺を見て頭にハテナを浮かべている。
「……どうせメヌが話盛ったんでしょ?」
そんくらい分かってるわよ、とアリアは溜息。それを見て俺もようやく身体から力を抜いた。
「お久しぶり、メヌ。あんたしばらく会わないうちに綺麗になったわね」
「お姉様もですよ?女は恋をすると美しくなると言いますが、さてさて」
と、何やら謎の言葉の応酬があり、そしてキンジはアリアに突き飛ばされている。
「さて、そんなお姉様には私から1つ、見せたいものがあります」
「何よ」
と、メヌエットはそう言うと俺に杖を持ってこさせる。よくある1本足のやつじゃなくて石突きの部分が4本足になっていて、より安定感を増した作りのものだ。
アリアもそれを見て疑問顔だ。当然、アリアだってメヌエットの脚が全く動かないことは知っている。そんな奴が杖を持ってきて何をしようと言うのだろうと、そう思っているのだ。
「んっ……」
が、メヌエットは今や杖があればギリギリ自力でも立ち上がれるくらいには頑張ったのだ。まだ危なっかしいが、リサにもタンパク質を多く摂れる食事を作らせたりもしている。そして遂に、メヌエットは俺の力を借りることなくその脚と杖で、立ち上がったのだ。
「え……それ……メヌ……」
アリアもその大きな目ん玉をさらに大きく開かせている。その両手は口元を覆っていて、カメリアの瞳には大粒の涙も浮かんでいた。
「ふふっ……お姉様とラクロスができるようになる日も近いですね」
「メヌッ!!」
少しは立てるようになったとは言えまだ無理は禁物なメヌエットを俺は車椅子座らせる。しかしその時間すらもどかしいと言うかのようにアリアがメヌエットに駆け寄り、そしてその膝に抱きつく。
「あぁメヌ……メヌエット……。どうしたのそれ……だって……お医者様にも……」
「魔法使いとお友達になりましたの。えぇ、お姉様も知っている人ですよ」
と、メヌエットは俺をパイプで指し示した。アリアも、それはそれは信じられないものを見るような目で俺を見てくる。そりゃそうだろうよ。アリアも俺が何らかの超能力的手段を持っていることまでは知っているが、固有魔法がどうだの変成魔法が何だのと言った具体的な部分はあまり知らないからな。
「天人……ありがとう。メヌの、こと……。あんたが……」
「気にすんな。俺ぁコイツの希望に応えただけだ」
アリアにはそれだけ言っておけばいい。別に、コイツのために変成魔法を使ったわけじゃないからな。
「そうだわ天人。お姉様のこんな顔、一生かかっても見れなさそうですもの。折角あなたのおかげで見れたのだから、最後の星をあげましょう」
と、メヌエットはいつもの、意地の悪そうな笑みを浮かべ、遂に俺達に10個目の星をくれた。これでキンジとアリアが知りたい色金についての情報が得られる。
「それと、私は常々王室の一員になりたいと思っていました。けれど、それでは天人とは一緒にはいられないようです」
と、急にメヌエットが話を変えてきた。アリアもまだ半分泣きながらメヌエットを見上げている。
「ですから、私は王家の一員になることを諦めました」
「……は?」
俺はメヌエットの突然の爆弾発言に頭が追いつかない。それでも、その後に続く言葉が何となく予想できてしまい、それが余計に背中に冷や汗を伝わせる。
「───ですので、私はこのホームズ家を出て、天人と一緒に生きたいと思います」
「なっ───」
アリアとキンジが驚愕に固まり、俺は言葉が出てこない。
「もっとも、まずはこの脚で歩けるようになってから、ですけども」
が、ここでアリアさんが復活。凄まじい殺気を放ちながら立ち上がり、伏せていた顔が勢いよく上がって俺を睨みつける。その形の良い額には怒りのあまり血管が浮き上がっていて、それがアルファベットのDとEにも見えた。
「天人……あんた……人の妹に何したの……?」
「待てアリア俺は何もいや確かにその脚を動かせるようにしたのは俺だがそれ以上は何もしていない俺ぁ神にだけは何があっても何にも誓わないけどそうだリサリサに誓って何もしてない」
大迷宮の魔物なんかより余程アリアのこの殺気の方が恐ろしい。魔王覇気より威力のありそうなアリアの放つ怒気に俺は一息かつ滅茶苦茶な早口でそう言い切った。
「お風呂に入る前に服を脱がせてくれようとしましたし、身体も洗ってくれようとしたのに、ですか?」
と、メヌエットが敢えてアリアを煽るように言い放つ。いや待てそれはお前がやれって言ったんだろうが!しかも実際にはサシェとエンドラにやらせて俺は何もしてねぇし!!
「はぁ?」
あ、頭にAまで見えた。これはあれだ。最後にTとHが出てきて
「メヌエットがやれって言ったんだ!当然からかってるだけだって分かってたから乗ってやっただけで……実際、見抜かれたメヌエットは結局サシェとエンドラにいつも通りやらせてた!俺は無罪!!」
俺は身の潔白を証言する。キンジも逃げ場のないここでアリアの銃撃に巻き込まれたくないのかそうそうと勢いよく頷いている。それを見たアリアのデコからはアルファベットが順繰りに消えていった。……助かった、と言っていいのかな。いや、微妙かな。まだDが残ってるし。
「……手は出してないみたいね。けど天人と一緒に生きるってのはどういうことかしら?」
それはまじでメヌエットに聞いてくれ……と思ったがメヌエットはニヤニヤと笑うだけで俺を助けようとはしてくれない。キンジもこっちは役に立たなさそうだし……。
「いや、それは……その……」
だが俺からは何とも言い難い。おかげで俺がどもってしまい、またアリアの額にEのアルファベットが浮かんできた。
「まぁまぁお姉様。天人は私にこの脚を───ひいては新しい人生をくれたのです。なれば私もそれに報いる何かを出さなければ。でしょう?」
と、メヌエットは前にも俺に言ったようなことをアリアにも言い出す。それを聞いてアリアは少し考えるような素振りをして……ようやく頭から死の宣告のようなアルファベットが消えた。
「でもメヌ、コイツはそこのリサだけじゃなくて、他にも何人もの女の子を侍らせてるのよ?そんな奴に───」
リサを指差し呆れ顔で告げるアリア。それに対しては俺も何も言い返せない。それに関しては純度100%で事実だからな。
「えぇ、知っていますとも。それでも、です」
「……私は止めたからね」
と、アリアはそれを聞いて諦めムード。待て待て、なんかこれ俺の意見は全部無視されてないか?あと何でメヌエットはユエ達のこと知ってんの?……あ、アリアが話したんか。そりゃあ可愛い妹が、色んな女の子とデキてる男と会うってんだから当たり前か。
「待ってくれ、俺はまだメヌエットを好きだとは言って───」
「大人しく責任を取りなさいな」
「キンジも女癖悪いけど天人も大概ね」
「なぁキンジ───」
「俺は何も分からない」
「よし分かった。この話は一旦保留にしよう。それでだな、メヌエット。遂に星を10個集めたんだ。色金について───」
これはまた俺の意見がスルーされる流れだ。それを悟った俺は一旦話を変える。こういう時はまず流れを変えなきゃだからな。色々ぶっ込まれたアレコレについては……もう未来の俺に全て任せよう。
「サシェ、エンドラ。私とお姉様が幼かった時のように───ペツォールトのト長調、B・W・V、アンハング114番を。今日はリサも加えて三重奏で」
なんて、俺の話を思いっきり遮る形でメイド達に御命令を下しているよ。しかもリサも含めてメヌエットに全員従うし。
で、仕方なく俺は壁に背中を付き、俺でも知っている
───────────────
どうやら緋緋色金のことは星伽白雪が知っているらしい。星伽の家は昔から緋緋色金のことを研究しているから後継者である星伽も当然誰よりも詳しいんだとか。
まさかメヌエットから出てきた情報がこれかよ。……これなら最初から羅針盤を使えば早かったかもな。"色金のことを詳しい奴"で探せば1発だろう。……ほらやっぱり。
と、俺は羅針盤で答え合わせ。こんな苦労要らなかったじゃん、と溜息をつかずにはいられない。
で、挙句にキンジみたいな訳分からん奴や条理の枠に収まらない俺のような奴が絡むと推理が上手く働かないだのなんだのと男組は2人してホームズ姉妹にボロクソに言われたし。
だがそんな風に中身の無い話ばかりしていたところ、外では何やら大きな出来事が起きたようだ。
急に耳をヒクつかせたリサが───
「ご主人様!!」
と、俺に抱きついてきた。視界の端でメヌエットがイラッとした顔をしたが、それよりもリサの顔が怯えている。そして、俺の耳にも
──……ホキョァァァァァ……──
鳴き声だろうか。何やら耳障りな音がロンドンの夜空から聞こえてくる。
「ご主人様……リサを助けて……」
ギュウっと、俺の服を掴み胸に顔を埋めたリサがそう懇願してくる。あぁ、大丈夫だよリサ。俺が、お前が恐れるような奴を野放しになんてしておくものかよ。お前の敵は、俺が全部まとめて討ち滅ぼしてやるからな。
「大丈夫だリサ。何だか知らねぇけど、俺ぁお前を守るよ」
俺はリサを抱きしめ、その髪を梳くように撫でてやる。
「ご主人様……」
── ホッキョァァァァァ!!──
と、そうしているうちに外で騒いでいる謎の存在の声がどんどん大きくなってきた。こんな声、聞いたことねぇな。まさかこの世界にまで魔物が現れたんじゃあるまいな。ま、それならそれでぶっ潰すだけだけどよ。
「ひぅっ……」
しかしその声にリサは更に縮こまってしまう。俺はその頭を撫でてやり、顔を上げさせた。
「そう怯えんな。言ったろ?大丈夫だ。俺が何とかする」
そう言って、俺は外へ出るためにリサを身体から離す。リサの身体の柔らかさと温もりが離れることに一抹の寂しさこそ感じるけど、俺はまたすぐに戻ってくるのだと自分に言い聞かせる。
「ご主人様……んっ」
と、リサと1つ口付けを交わす。それを見たアリアは一瞬で真っ赤になり、メヌエットは顔から溢れ出る不機嫌さを隠そうともしていない。
「お気を付けて、ご主人様……私の勇者様」
「あぁ。大丈夫だ。……行ってくる」
と、ホームズ姉妹の美しい小舞曲を魅せつけられた音楽室の窓から外へ出ようとすると───
「ま、待て天人!」
と、キンジが待ったをかけてきた。
「んー?」
「お前、敵が何だか分かってるのか?それに、外は凄い霧だぞ。いくらイギリスは夜霧が多いからって、これは異常だ」
「そうよ。それに、さっきの外はそんなに湿度も高くなかった。これは超能力による霧だわ」
と、キンジだけでなくアリアも、いきなり外へ飛び出そうとする俺を戒めようとしてきた。
「……ならお前らはテレビや何かで情報収集に勤しむんだな。俺ぁその間にこの小煩い鳴き声を潰してくる」
「なっ……」
今の俺なら神の使徒だろうが何だろうが即殺できるだけの力がある。敵の正体なんぞ行けば分かるのだ。それで何も問題は無い。
「……大丈夫なのですね?」
と、メヌエットが真剣な顔で俺に問う。
「あぁ」
だから俺も、真面目に頷く。大丈夫だよ、オルクス大迷宮じゃもっと絶望的な状況だったんだ。それでも俺は生き延びた。戦い抜いて、勝ち残ったんだ。今更こんな喚き声の主を潰す程度、なんてこたぁねぇよ。
「じゃ、お先」
と、俺は音楽室の窓から1歩外へ踏み出した。1歩目は空力で空を踏み締め、2歩目は空へと飛び上がり、3歩目からは縮地で空を駆ける。
そうして俺は真紅の魔力光を迸らせながらロンドンの夜空を切り裂いて駆け抜けた。
───────────────
テムズ川に近付くにつれて霧は濃くなっていく。それに合わせて何やら濃密な殺気を感じる。それも、どこかで感じたことのあるような……。サーチライトの光と共に時折視界の端に見え隠れする青白い光。それを俺はどこかで見たことがあるような気がしていた。
そして、俺の展開している究極能力にも反応があった。つまりこれは、アリアの言う通り超能力で生み出された霧というわけだ。だが俺の気配感知の固有魔法は目標を捉え続けている。夜目の固有魔法も駆使して俺が見つけた小煩い鳴き声の正体。それは───
「プテラノドンとか……今平成だぞ?」
プテラノドンが地球に生息していた時期には年号なんてないのだが、それはそれとして俺は思わずそう呟いた。そう、あの謎の声の正体はその存在が時代錯誤を通り越すくらい太古の地球に生きていた翼竜、プテラノドンだったのだ。
そして、テムズ川を遡上してくる謎の船。……ていうかアレ、伊・Uだな、久しぶりに見たけど。……てこたぁ
俺は取り敢えずリサを不安にさせるこの翼竜を潰すために、宝物庫から取り出した電磁加速式の拳銃を向ける。そして何の躊躇いもなく引き金を引く。
──ドパァッ!──
と、何かを吐き出すような独特の発砲音をテムズ川に響き渡らせる前にこの時代錯誤甚だしい生物の脳漿をぶちまけ、一条の紅の閃光はロンドンの夜霧の向こうへと消えていった。
いくら太古の地球の空を支配していた翼竜と言えどトータスで磨かれた魔法と現代科学の
そのうちに眼下ではキンジとアリアが1人乗り用のチャリンコに2ケツしながら伊・Uに追いついてきた。そして、キンジ達の手前25メートルほどのところで、伊・Uは停泊した。それに合わせて、艦橋から階段を登って姿を現したのは───
「シャーロック……」
シャーロック・ホームズ。武偵の始祖にして世界一の名探偵だった。そんな大物と、どうやらあの後直ぐにこっちに向かったキンジとアリアがそれぞれ言葉を交わしていく。それとは別に、さっき感じた殺気はさらに強く、俺の肌に突き刺さるようだった。……やはり、
俺はそんな風に彼らの問答を真上で聞きながら───
「うるせぇな」
俺は空力を解き、下へと落ちる。伊・Uへと降り立った俺にキンジとアリアは驚きの声を上げる。だが俺はそれを無視してシャーロックに向き合う。
「やはり、
シャーロックは上空から俺が現れたことにも動じることなくパイプを吹かした。
「時代がどうのとか、知ったこっちゃねぇんだよ。俺ぁ決めてんだぜ、シャーロック。お前にもう1度会う時があったら、絶対に1発殴るってなぁ!!」
───バン!!
一息でシャーロックの目前に繰り出した俺は右の拳を振り抜く。一瞬、空気の膜のようなものが俺とシャーロックの間に現れたがそれは俺の
「っ!?」
シャーロックはそれに驚愕──と言うより諦めの顔を──して
───ゴッ!!
骨と骨がぶつかり合う鈍い音を響かせて俺の拳を自身の左頬にめり込ませた。
「まさか、君がこれほどの力を持っているとは、私も推理できなかったよ」
と、俺に殴られた割に平気そうなシャーロックが呟く。今殴った瞬間、上手いこと衝撃を逃がされた感触があったな。この野郎、どこまでも食えない奴だ。
「ふざけろ、てめぇ今更俺の前に現れやがって……」
と、俺がそこまで言いかけて───
「っ!?」
遂に破裂するように膨れ上がり、俺を引き裂くかのような殺気に思わずその場を跳び退る。その直後、俺がさっきまでいた空間を
「龍司……光哉……」
あの粒子の聖痕を持つ男が光を収束させながらその姿を現した。その姿は……身体の半分が消失し、それを粒子で補っているために、見ている奴の健康が損なわれそうなくらいに青白く輝いていた。
「───かぁみぃしぃろぉぉぉ!!」
地獄の底から這い出てきたかのような怒気と殺気が
「まさか、生きて帰ってきているとはね」
龍司の向こう側から聞こえた流暢で美しい英語に俺が視線をやると、そこにはあのISのあった世界でリサに異世界転移の方法を教えるだけ教えてどっかに消えたあの男が立っていた。
「あぁ、お前が飛ばしてくれた世界にゃ俺には想像もつかないくらいの天才がいてな。手伝ってもらったんだよ」
これは当然嘘。
俺はずっと気になっていたのだ。あの男、態々7ヶ月も経ってからなんで俺達の様子を見に来た?それはきっと、
だから俺はコイツをここであの世界に飛ばす必要があるのだ。
「てめぇ、どうやら極東戦役じゃ眷属共に買われて俺を飛ばしたらしいが、残念だったな。俺ぁ帰ってきて、アイツらを負かしたぜ」
「……みたいだね。……龍司さん、君、彼に復讐したいんでしょ?」
と、俺の眼前でフーフーと荒い息をしていた龍司にそう声をかける異世界の扉を開く聖痕持ち。
「はっ!残念だったなぁ。俺ぁあの飛ばされた世界で時間も世界も渡る術を手に入れた。それだけじゃねぇ、ISなんていう超科学の兵器も手に入れた!もうお前じゃ勝てねぇぜ」
と、俺はわざとコイツを煽るように強い言葉を使う。嘘と本当の情報を織り交ぜて、真実味も増してある。そして───
『……
頭上から響く愛らしい声。それが命ずるのは文字通り神の言葉。これを聞かされた奴は有無を言わさずその言葉に従う。夜中の3時に呼び出されたのにも関わらず来てくれた金髪紅瞳を持つ完成されたビスクドールが如き美貌の少女。
もっとも今はその姿を現すことはなくただ言葉だけを投げかけているのだが……。
「……なるほど。龍司さん、彼に復讐するのなら今すぐに向こうに飛んだ方が良いようだ。それでいいですか?」
「何でもいい。俺はコイツをぶっ殺せればなぁ!!」
と、2人揃ってユエの言う通り別の世界……ISの存在するあの世界へと姿を消した。これで一段落だ。この転移でアイツらは向こうの、まだリムル
のいた世界やトータスに飛ぶ前の俺と戦い、そして粒子の聖痕の男は俺に殺され、俺は異世界転移の秘密を知り、そして篠ノ之束と織斑千冬を殺し、幾つもの異世界をリサと共に旅するのだ。
「……これでいいの?」
と、俺がテムズ川上空から日本時間の夜中3時に呼び出したユエが何故か一緒の布団で寝ていたシアを抱えて降りてきた。シア……既に2度寝してるし。
「あぁ。ありがとな。夜中に呼び出して悪かった。とにかくアイツらをこのタイミングであっちに送らないと辻褄が合わなくなる」
そうなった場合どうなるかはよく分からない。新たな
異世界の扉を開く聖痕持ちが向こうで綺麗な英語を喋っていたから、イギリス出身の可能性には思い至っていたからな。イギリスに来た時点でかち合う覚悟はしていたし。
「さて、話は着いたかな?」
と、今の騒ぎすらも気に止めていない雰囲気のシャーロック。ホント、こういう神経の図太いとこはすげぇと思うよ。
「君達の都合が良ければおいで、悪くてもおいで。……あぁそうだ、天人くんはプテラノドンの死体は回収しておいてね。まだあれは世間に晒す時ではないから」
と、何とも自己都合なシャーロックの言葉に呆気に取られた俺は、思わずアイツの言うことに従って自分で吹き飛ばしたプテラノドンの死骸を回収しにテムズ川へと戻るのであった。