セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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鬼さんと兎さん

 

伊・Uの内部は昔とそれほど変わっていなかった。

 

ただ、中で巣食っている奴らは結構違う。ていうかこの原水、本当は広島の呉にあるはずだったものをシャーロックがまた盗み出したらしい。よくよく盗まれる原子力潜水艦だ。物が物だけに洒落になってねぇけどな。ここまでくるとリュパンよりもシャーロックの方が怪盗に思えてくるな。

 

ちなみに、俺が伊・Uに行くことはリサ達には伝えてある。プテラノドンを宝物庫で回収する時に扉を開いて伝えておいたのだ。こういう時は携帯より便利なんだよな、これ。

 

で、この新生イ・ウー……と言うかシャーロックの野郎は鬼共の戦術顧問を担っていたらしい。しかもこの船には鬼達の他に颱風のセーラまで乗っていた。後は何故か名古屋女子(ナゴジョ)のカットオフセーラーを着たちびっ子ガール。ユエ曰く、あれは人間に似ているが別の存在っぽいとのこと。確かに俺の右眼に映される魂を見ても人間のそれとは違うのは見て取れた。まぁ俺は興味無いからいいけどね。なんかその子もキンジにご執心らしいし。

 

俺に蹴り飛ばされた颱風のセーラや、あの船の上でも戦ったセーラー服を着た細身の鬼なんかは俺や(俺に抱えられながら爆睡している)シアを見つけると結構な鋭さで睨みつけてくるが俺はそれを無視。頭の中にある朧気なマップを参考に船内を歩き、俺が使っていた居室を見つけるとそこにユエとシアを寝かせておく。

 

日本時間はまだ夜中の3時で2人共寝起き──シアはまたすぐ寝ちゃったけど──だったからな。シャーロックが目的地まで165時間掛かるとか言ってたから寝られる時には寝かせておこう。

 

で、俺が羅針盤でキンジの居場所を探しながらフラフラ歩いていると、ようやく鬼やセーラ、アリアと一緒になって握り飯を食っているキンジを見つけた。シャーロック曰く、鬼にもキンジ達とはこれ以上喧嘩する気はないとのことで、仲直り会みたいなものらしい。俺もこれ以上敵対する理由は無いしでそこに加わる。

 

「あの白髪の女、一目見た時感じたがやはり人の子ではなかったか」

 

と、大柄な鬼──確か閻──がおにぎりを頬張っている俺にそう告げた。……あ、そういやシアのウサミミ隠すアーティファクト外したまんまだったかも。しくったなぁと思いキンジを見ればキンジも頷いている。あーあ、バレちったよ。

 

「言いふらしたら……いや、お前らの言うことを真に受ける奴もいないか……」

 

内容が内容だしな。実は白髪の美人の正体はウサミミの生えた獣人なんです!なんてこのご時世誰が信じるんだって話。しかも言ってる奴らは頭に角の生えた鬼ときた。まず普通は話も聞いてくれないし、話を聞いて、しかも信じる奴がいたとして、そいつは相当なアンダーグラウンドに生きている奴だろうから知られたところでってわけだ。

 

「ま、俺もお前らがまた喧嘩ふっかけてこなきゃ手出しする気もねぇけどよ」

 

「……否。覇美様はあの獣耳をした女との戦いを御所望されている」

 

と、セーラー服を着た鬼──確か津羽鬼──が俺を睨みながらそんなことを言い出した。

 

「そうかよ。ならお前から止めるように言っとけ。覇美って奴がどんだけ強いかは知らねぇけどな、シアにゃ勝てねぇよ」

 

「覇美様を呼び捨てにするな。……確かに、シアとやらは私より強い。だが覇美様は私7鬼分の強さ也。勝てない、と断ずるには尚早であろう」

 

と、今度は閻の方から怒気が発せられる。どうやら覇美様は随分と鬼共から崇拝されているらしいな。強さの方も、この閻の7倍って感じなのか。そりゃあ人間にとっちゃ脅威だろうよ。

 

「お前の7倍程度なら問題ねぇな。あん時ゃシアも全力じゃないし」

 

シアが使ったのはレベルⅦってところだった。それを使った瞬間にはコイツは瞬殺だったのだ。レベルⅥの時点ですらコイツら2人を相手に余裕のある戦いぶりだったシアが、神の使徒──それもシア曰くユエの魔力すら使って強化されていたらしい──4人をすら圧倒するシアが、たかが閻の7倍程度でどうにかされるわけがないのだ。

 

「何を……っ」

 

俺の言葉を聞いた津羽鬼がいきり立つ。だがそれを閻が諌めた。

 

「待て津羽鬼。確かにあの時彼奴は本気ではなかった。それは分かっていた」

 

「そういうこった。ま、アンタらのボスが戦いたがってるっていうのはシアには伝えとく。俺ぁ理由もなくお前らと喧嘩する気はねぇけど、売られた喧嘩は買うぜ」

 

腐っても強襲武偵だからな。俺も、そして今はシアも。おにぎりも摘んだことだしと、俺はそんな言葉を残してユエとシアを寝かせた居室へと向かう。確かに無駄に喧嘩をする気は無い。けれど態々仲良くする気もない。そんな俺の意思を俺の態度から察したのか、鬼達もそれ以上何かを言ってくることはなかった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

居室に入れば2人とも同じ布団にくるまって仲睦まじく寝息を立てていた。ユエとシア。師弟であり姉妹であり家族であり友であり仲間であり……。この2人の関係性を一言で言い表すことはできない。それくらい相互に深く根差し合い複雑に絡み合っているのだ。

 

最初はただの護衛対象から始まった関係。それが恋敵になり、そして身内に変わるまではそう時間は掛からなかった。

 

俺も、あの理不尽に飛ばされた世界の中で胸の内の孤独をユエに絆され、シアが世界を広げてくれた。この2人のどちらかがいなければ俺はきっとここにはいなかっただろう。俺はユエがいなければシアを助けることはしなかったし、シアがいなければティオをこっちに連れて来ようとは思わなかったと思う。

 

その後に、例えエヒトをぶっ殺して、トータスを後にしたとしても、きっと極東戦役には関わろうとせず、仮にキンジから殻金の奪取を依頼されたとしても羅針盤と鍵で強引に奪い取る手段を選んだと思う。鬼には武偵法なんて関係無いと、きっと俺はまた屍を増やした。

 

いつかリサは言っていた。俺は何人もの女を同時に愛せるはずだと。あの時はその言葉に引っ掛かりを覚えただけだったが、この2人が俺のその本性を暴いてくれた。リサにだけ捧げるのだと思っていた愛を他の誰かにも向けられるのだと気付かせてくれた。

 

それでリサや1人1人に捧ぐ愛が少なくなったわけではない。俺は全員をそれぞれリサと同じくらいに愛している。誰か1人と言えないのは心苦しさもあるけれど、それでも俺は俺の愛する女全員を世界一幸せな女にしてやると胸に誓ったのだ。

 

俺は2人のことを愛しているし、2人の関係性も愛している。この2人の絆を裂くことを俺は何人(なんぴと)にも許すことはない。例え、億が1にも有り得ない可能性ではあるが、それが俺やお互い自身であったとしてもだ。

 

「愛してる……」

 

思わず口から零れた言葉。それは発した本人以外の誰の耳にも届くことなく原子力潜水艦の壁の中へと消えていった。誰に届かなくてもいいのだ。これは俺だけの決意なのだから。

 

───護る

 

俺はこの2人を守る。この関係性を守り続ける。敵が神や魔物でも怪物だろうが傑物だろうと人間であっても国だとしても何があっても誰が相手だろうとも、だ。

 

俺は、トータスに飛ばされた直後の、刺すような殺意と共に抱いた決意とはまた違う……けれど同じくらいに強く燃えるように熱い意志を固めるのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……で?」

 

「ですぅ」

 

一夜明け、俺は居室で土下座を披露していた。頭上にはユエとシア。ユエのジト目から完全に温度が消えている。シアも淡青色の魔力光が時折漏れ出ていた。昨日は取り敢えず眠かったし急ぎだったっぽいからと見逃してくれていたが、どうにもメヌエットに関しての追求からは逃れられそうにはないようだ。

 

「本当にやましいことは何もしておりません」

 

「……具体的には?」

 

「生まれつき脚が不自由だと言うので変成魔法で動くようにしました」

 

頭を床に付けたまま俺は弁明の言葉を述べる。その後も聞かれたことに素直に誠実に、事実をありのまま何の脚色も不足もなく述べれば、頭の上からは溜息が2つ。そぉっと顔を上げればそこにあったのは呆れ顔が2つ。ユエとシアが揃って"やれやれ"とか言いながら肩を竦めていた。

 

「相変わらず天人さんが女の子の人生を激変させてるですぅ」

 

「……んっ、どこに行っても変わらない」

 

「リサが何て言ってたか知らないけどな。俺ぁそんな勝手に女引っ掛けたりしねぇよ」

 

と、俺もユエ達をジト目で見上げてやれば2人共「冗談冗談」と笑いながら俺の頭を撫でてきた。まぁ本気でコイツらが怒ってりゃメールだなんて遠回しな手段は使わないだろうから、からかい半分なのは分かってたけどな……。

 

それでもプイと顔を背けてやると、ユエとシアはお互いに顔を見合わせて───

 

「……ギュウ」

 

「ギュウッ!ですぅ!」

 

と、2人して俺に抱きついてきた。しかもそのまま頭撫で回すし……。

 

「天人さんってこういうとこありますよねぇ」

 

「……んっ、不貞腐れてる天人も可愛い」

 

男が女に可愛いなんて言われて喜んでいいのだろうか。そこはよく分からんけど頭を撫でられるなんてこと、最近はあんまり無かったからかどこか気恥しい。俺はそれを誤魔化すように立ち上がった。何やら「あぁ!?」だの「……もう少し」だの聞こえてくるが無視無視。

 

「……腹減った。飯にしようぜ」

 

2人からブーイングが飛んでくるが俺はそれを無視して宝物庫から保存食を取り出して、それを貪るように食い始めた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

その日の夜……と言っても今は極夜(ポールナイト)で正午でも日が出ない1日中夜の時期。そんな夜の中の夜に俺はユエとシアを連れ立って浮上航行中の伊・Uの露天艦橋に顔を出した。

 

ただ厚着をするだけじゃなく、シュネーの雪原でも使った周囲の温度を一定に保つアーティファクトで2人共防寒は完璧。俺は熱変動無効で寒さにも強いのだが、武偵高の制服だけだと見てて寒いし、申し訳程度でも季節感くらいは出そうと首にマフラーだけは巻いている。

 

「上見てみ」

 

適当に腰掛けて寄り添いあった俺達は上を見上げる。チカ……チカ……と空に煌めく光。天から降り注ぐような輝きのカーテンは地球の極地に行かないとそう見られない自然現象の奇跡。

 

「……綺麗」

 

「この世界の空は、こんなに輝くんですね……」

 

空で揺らめくオーロラを見てユエとシアがそう呟く。伊・Uが北極を通過するとは聞いていたからもしかしたら見られるかもしれないと2人を連れ出した甲斐があったな。

 

俺達はそれ以上何か言葉を交わすことなくただ空に揺蕩う光の波を見上げていた。静謐な時間がただ流れていく。俺は宝物庫から毛布を取り出すと俺に寄り添う2人をそれで包んだ。別に寒そうだったわけじゃない。ただもっと2人を近くに感じたかっただけなのだ。ユエもシアもそれを分かってくれているようでさらにギュッと俺にくっついてくる。女の子特有の身体の柔らかさと2人のそれぞれ違った甘い香りが俺を包む。

 

「……こういうの、久しぶり」

 

ユエがポツリと呟く。その愛らしい声に、俺はユエの腰に回していた右腕でさらに彼女の小さな身体を抱き寄せる。そして毛布の中に隠れているユエの小さな手を探し当て、その滑らかな甲を指で擦る。その度に桜色の愛らしい唇から「んっ」と小さな音が漏れる。

 

「ユエ……」

 

「……天人」

 

俺がユエを見て、ユエも俺を見上げる。その直後には俺達の距離はゼロになった。

 

「天人さん……」

 

そして、左隣からシアの可愛らしい声が聞こえる。俺はユエの唇から自分のそれを離すと、左手でシアの右手を探り、その指と指を絡め合う。

 

「シア……」

 

「んっ……」

 

そのまま俺とシアの距離もゼロとなる。触れるだけの甘いそれはしかし俺の心の中をこれ以上無いほどの安心感と幸福で満たしてくれた。

 

「……今度は皆で」

 

ユエの口からそんな言葉が溢れた。

 

「……ティオにミュウとレミア、それにリサとジャンヌも一緒」

 

──皆家族だから──

 

ユエの口から"家族"という言葉が出てきたこと、その中にはこちらの世界で出会った奴らも含まれていること。それら全部がユエのこれまでを、親族だと思っていた奴らに手酷く裏切られた──例え最後にはその真実を知ったとはいえ──その過去を想えば───

 

「……くすっ……変な天人。何で天人が泣くの?」

 

俺の目にはどうやら涙が浮かんでいるらしい。ユエの指が俺の涙を拭う。

 

「ユエさん……」

 

「……シアまで。今日は2人共泣き虫さん?」

 

シアもきっと俺と同じことを想ったのだろう。言われなくてもシアのこと、それくらいは分かっているつもりだからな。

 

シアが、毛布から出てユエの隣へ回り込む。そして俺とシアは2人でユエを抱きしめる。身体の小さなユエは俺達に挟まれてちょっと苦しそうな顔をしたが、身体を捩ってどうにか顔を出し、そして笑う。天使のような、空に輝くオーロラと星空にも負けないような、煌めく笑顔で───

 

「……ふふっ。ありがと天人、シア。……愛してる」

 

「あぁ。俺も愛してる、ユエ」

 

「ユエさん、私もユエさんを愛しています」

 

 

 

───────────────

 

 

 

「天人さん、ごめんなさい。実は私……天人さんにも隠していたことがあります」

 

飾り気の無い巨大な戦鎚・ドリュッケンを携えたシアがそう口にした。

 

あれから何日かの航海を経て、俺達は鬼達の住む国──キノクニ──へと足を踏み入れたのだ。そして、目の前には鬼共のボスである覇美。その手には破星燦華 (はせいさんがふ)とかいう名前の巨大な戦斧が握られている。覇美の住むという城へと通された俺達の目の前にいたのはまだまだ小学生くらいの体格の鬼、覇美。

 

シアとやり合う気満々だったソイツだが、戦う前にまずは殻金を返してくれないかと閻が頼み込んだのだ。しかし覇美は俺達に殻金を返す気は更々なく、シアと戦わせろと喚き散らしたので、前々から伝えていた通り、シアが前に出た。

 

そして身体強化を限界まで行うための飲料アーティファクトを服用し、そして魔力光を迸らせながらそう言ったのだ。覇美が全力を出せと目の前に立ち塞がったシアに迫り、そして俺もそれを認めた、その時に。

 

「んー?……どゆこと?」

 

「実は、レベルⅩまでならもう()()も要らないんです。……あの時、天人さんに名前を呼ばれてから」

 

あの時……リムルの世界でシアに名付けの上書きが行われた時か。あの時ゃシアにもだいぶ魔力や魔素を持っていかれていたな。

 

「だから、こっからが私の全力ですぅ」

 

シアが覇美の方へと振り向く。淡青色の魔力光が爆発的に噴き出した。それは物理的な干渉力すら伴って、シアの青みがかった綺麗な白髪を真上へと巻き上げた。

 

「……過重身体強化ⅩⅠ(オーバーイクス・フェイズワン)

 

それは、俺も初めて聞く言葉だった。そしてシアがその言葉を発した瞬間、シアの魔力光に異変が起こる。シアの魔力光の色は本来なら淡い青色。しかし今、シアが新たな身体強化の段階へと入ったその刹那、淡青の中に真紅の色が紛れたのだ。そして、その真紅の侵食は段々と増え、今や1割に届こうかという程に淡青の中に鮮血のように赫い色が混ざっていた。

 

「あはっ!」

 

覇美は、それを見てニヤリと笑う。ただただ強敵と戦うことが嬉しいのだろう。だが、俺すら知らなかったシアの本当の本気。神の使徒すら屠るシアの圧倒的な膂力と戦闘力の前に、鬼風情がどれほど抗えるのか。

 

結果は直ぐに示された。

 

「来い!」と覇美が戦斧を構えた瞬間、シアの姿が視界から掻き消えた。そう思えるほどの超高速の身体駆動。音をすら置き去りにしたそれは脚から床へと伝わる脚力もまた甚大。シアと、そして正面からぶつかった覇美の姿が消えた直後、シアの踏み込む力に耐えられなかった城の床が崩壊したのだ。

 

俺はユエを抱え、閻がキンジとアリアを抱え、津羽鬼は自力で、それぞれ瓦礫に埋もれないように避難した。元々覇美の世話をしていた女中みたいな鬼達は覇美とシアが戦うとなった時には既に払われていてこの場にはいなかった。

 

「……ユエは、知ってたのか?」

 

レベルⅩまでは俺も知っていた。神域に攻め入る前にシアとの修行ではそこまでは上げられていたからだ。だがそこまで。シアの肉体を持ってしてもこれ以上は上げられなかったはずだったのに。

 

「……んっ。天人に隠れてこっそり修行してた。……黙ってたのは単に驚かせたかったから」

 

俺はユエのその言葉に思わず溜息。何やら深刻な顔して謝ってきてたから何か重大な理由でもあるのかと思ったけど、別にそうでもないらしい。

 

「……それに、まだあれは完成してない」

 

「んー?」

 

「……まだ上げられるのはⅩⅤまで。そのⅩⅤも長くは保てない」

 

どうやらまだシアはあの真紅の魔力光の混ざる身体強化を完全には体得していないらしい。て言うか、あの真紅の魔力光って……

 

「混ざってたあの紅い魔力光……あれ俺の、だよな?」

 

「……多分そう。小さいバチュラムみたいなのがいた世界で天人に力を貰ってから、出来るようになったみたいだから」

 

俺達のこの会話の間もどこからか空気の破裂する音や金属同士がぶつかり合う音、何かが爆発するような音に加えて地面が揺れるほどの衝撃が起きていた。どうやら覇美とシアがまだやり合っているらしい。しかもシアの魔力がどんどん膨れ上がっていくのがここにいても感じられる。

 

俺は羅針盤を使うまでもなくその魔力の出処を目安に戦場を探す。すると、覇美とシアはさっき俺達がこの島に降り立った方の砂浜の方で戦っていた。

 

そして、俺達がシアを視界に捉えた瞬間に、覇美の持っていた巨大な戦斧とシアのドリュッケンがぶつかり合い……そして斧が砕けた。

 

見ればシアから噴き出す魔力光の色はさらに真紅の割合を増やしている。

 

「……今はⅩⅡくらい」

 

と、俺の隣にいたユエが呟く。確かに、シアから噴き出す魔力光のうち2割には届かないくらいが真紅の魔力光だった。

 

「なんだよ、これ……」

 

そして、閻に抱えられていたキンジが俺達に追いつき、地面に下ろされながらそうゴチた。

 

「滅茶苦茶じゃない……」

 

アリアも同じく、ただでさえ大きな目を真ん丸に見開いている。俺達がここへ来た直後は綺麗だった砂浜は、今やシア達の人外の膂力によって砂が吹き飛ばされ、その風圧によって海水すら巻き上げられていて酷い荒れ様だったのだ。

 

そして、武器を失っても尚戦闘への意欲が萎えていなかった覇美だったが、遂にその鳩尾にシアの左拳がめり込んだ。音速を遥かに超えた速度とシアの体重を丸々乗せ、更に重力魔法によって乗せる体重そのものを増やしたシアの拳の威力は破滅的。それがクリーンヒットした覇美の小学生くらいにしか見えない未成熟な肉体は破裂し、四方八方に肉片が弾け飛ぶ。

 

 

───パァァァァァァンン!!───

 

 

と、一瞬遅れて炸裂音が響き、そして飛び散った肉片が黄金に光り輝いた。その光景はまるで、ビデオの逆再生かのようだった。ユエの再生魔法によって肉体が元の姿形を取り戻したのだ。

 

しかし唯一時間の逆行から逃れた赤い小さな破片が俺の近くへと飛んできたのでそれを手に取る。

 

勾玉の様な形をしたルビーみたいな宝石。これは……殻金、か。

 

「覇美さん。もう終わりですぅ。あなたでは私には勝てません。天下布武も、叶いません」

 

シアが返り血を拭いながらそう告げる。

 

──天下布武──

 

それは覇美がこれからやろうとしていたこと。超人をこの世界から炙り出しそいつらと戦うことが覇美の目的。だがいくらそんなことをしようとしてもコイツ程度では俺達には勝てない。今の戦いでそれは痛いほど分かったのだろう。覇美は頭を下げたままだった。

 

だが、横から見ている俺にはその口元が……まるで三日月を描くように裂けてい見えた。

 

「あはっ!あははははははははっ!!」

 

そして、覇美がいきなり大声で笑い出す。シアはそれに驚く素振りは見せず、油断なくドリュッケンを構え直した。

 

「シア!強い!!覇美、シアのものになる!!」

 

だが覇美から出た言葉はまさかの被所有宣言。それも、同性のシアに対して。

 

「はぁ……?」

 

まさかの言葉に、シアの身体から迸っていた魔力光が萎む。まず真紅が溶けて消え、淡青色の魔力光も霧散してしまった。

 

確かに、戦う前に覇美は強い奴のものになりたいとか言っていた。だがそれは男と戦った時の話だろうと勝手に思っていた。もしくは部下とか配下とか、そんな意味合いで下に付く、的な。だから俺はシアが戦うことに何も思わなかったのだし。むしろ俺が戦いに出て俺のものになりたいとか言い出されても困るのだから、覇美がシアと戦いたがってくれていて良かったと思ったものだ。

 

「いやあの、私も覇美さんも女……」

 

シアがツッコミを入れるも覇美は特に気にした様子もなくシアに飛びついた。殺気の欠片も無いそれにシアは反応できず、しかもただ抱き着いただけに留まらず、シアのその白くて柔らかな頬に覇美はキスを落とした。

 

「関係無い!覇美はシアとつがう!!」

 

つがう……番う……。つまりはシアと結婚するとかそういうことか……。まぁ、俺は同性同士が恋愛感情で結ばれることを否定はしない。だが、それとこれとは話が別だ。シアと番う、だと……?

 

「……覇美」

 

コイツには言わなきゃいけないことがある。だから魔王覇気は使わない。使うのはただの威圧だ。俺は殻金をキンジに投げ渡しながらシアに抱き着いた覇美へと近付いていく。

 

「ん……?お前、痣持ちか。覇美、痣持ちは嫌い!」

 

覇美はさらにシアにギュッと身体を寄せる。それが、さっきの番うだとか頬へのキスだとかと相まって俺の神経を逆撫でする。

 

「嫌いで結構。けどなぁ、シアと番うだぁ?シアはなぁ、俺と番うんだよ。てめぇじゃねぇ、この俺とだ!しかも何の断りもなく頬にキスしやがって……。その頬は俺とシアのもんだ!!」

 

「キレた理由がまさかの嫉妬!?」

 

俺の怒る理由に、シアが驚いたような顔をしている。

 

「あぁ?あったりまえだろうが!シアは俺の嫁だ!いきなり出てきて勝手言ってんじゃねぇ!」

 

バチバチと、俺は全身から纏雷を発動させて覇美を威嚇する。威圧の固有魔法と纏雷での示威行為に、どうやら俺がブチ切れているらしいというのは把握できた覇美はシアから降りると、ガニ股で少し前傾して立ち、力こぶを作るように拳を握った。向こうから来る、と言うよりはこちらへのカウンターの構えだ。……攻める気は、あまり無いらしい。

 

「ユエ、アイツの斧ぉ再生させてやれ」

 

「……んっ」

 

と、呆れ顔のユエが発動した再生魔法によりシアに砕かれた奴の戦斧──破星燦華 ──が元の威容を取り戻した。

 

「使え、覇美。その上で手前を叩き潰してやる。どっちがシアの(つがい)に相応しいか、分からせてやる」

 

「……痣持ちとは戦う気、無い!」

 

「あぁ?ビビってんのか?安心しろよ、手前なんぞには使わねぇから」

 

そんなものを使わなくても、今の俺なら氷の元素魔法すら無しでもコイツには負けやしねぇ。

 

「なればこれを」

 

と、閻が持ってきたのは1メートルくらいの高さと直径が30センチくらいはありそうな筒状の石柱。

 

それに何やら閻が自分の牙で指先を切って少し血を出し、それを柱に塗った。その瞬間───

 

「へぇ……」

 

俺の中で何か繋がりが途切れるような感覚。多分、あの石は一定範囲内の聖痕を塞ぐ力があるのだろう。そして、それのトリガーは血液。

 

「よぉ、どうやら俺の痣ぁ塞がれたみたいだぜ」

 

と、俺が覇美を煽るような顔をしてやれば……

 

「ふん!なら戦ってやる!お前と覇美!シアとつがう奴決める!」

 

覇美はどデカい破星燦華 を構えた。俺も両手にアーティファクトのトンファーを構える。生成魔法で纏雷と衝撃変換、金剛が表面に付与。中は空間魔法で広げてそこにチェーンが仕込まれており、もちろんそれにも空間魔法と纏雷が生成魔法で付与されている。アリアを乗っ取った緋緋神に使ったのと同じやつだ。

 

それを構えた俺と巨大な戦斧を構えた覇美の間に緊張が走る。一瞬の静寂の後、俺達は同時に1歩踏み出した。

 

真上から唐竹割りに振り下ろされる戦斧。それを俺は左手のトンファーで受け止める。

 

───ガッキィィィィィンン!!

 

と、金属同士がぶつかる音が砂浜に響き渡る。その人外の膂力がもたらした衝撃に浜辺の砂が舞い上がる。俺の足も、足首まで地面に沈んだ。だが俺は自分の足を縛める柔らかい砂を魔力の衝撃変換で吹き飛ばし、自由にしてやる。

 

そして頭の上の斧をトンファーで振り払い、覇美の脚をへし折ろうととローキックを放つがそれは覇美がその場でバック宙を切ることで躱した。だが着地際に俺が縮地で距離を詰め、その頭に向けて右手のトンファーを振るう。しかし覇美はそれすらも凄まじい反応速度で見切り、戦斧のグリップで弾こうとした。だがこの一撃には魔力の衝撃変換を込めてある。俺は斧の柄ごと衝撃波で覇美の頭を打ち抜く。

 

弾かれるようにして覇美の小さな身体が吹き飛ばされた。だが数百キロは裕にありそうな戦斧を抱えたまま覇美は空中で体勢を整え着地した。

 

「あははっ!痣持ち、お前、名前は?」

 

「……天人、神代天人」

 

何が楽しいのか笑っていやがる覇美に俺も名前を名乗る。……空間魔法の付与された刀剣で真っ二つにしてやるのは簡単だが、それじゃあコイツは負けを認めないかもしれない。俺はコイツを完膚なきまでに叩き潰し、シアは俺の女だとコイツに認めさせてやらねばならないのだから。

 

「そうか!」

 

名前だけ聞ければ満足だったのか、覇美はそれだけ言うと直ぐに俺に向けて戦斧を振り被り、駆けて来た。俺もそれと同時に駆け出し、覇美が俺の頭をかち割ろうと大きく後ろに戦斧を持っていった瞬間に縮地を発動。さらに背中から魔力の衝撃変換を発動させ、それも推進力に変えた俺は覇美の顔面に左の膝蹴りを叩き込む。さらにその小さい頭を横から右の膝で蹴り抜く。砂浜に叩きつけられた覇美の、これだけ巨大な戦斧をどう持っているのか不思議に思えるくらいのほっそい腕を踏み抜く。

 

そしてそのまま纏雷を発動させ、高圧電流を覇美に流し込む。赤い(いなずま)が覇美の全身を駆け巡り、その熱が肉を焼く。

 

バチバチバチ!!という電撃が発生する音が覇美の叫び声をかき消し熱量で肉の焼ける臭いが鼻につく。ここいらでいいか……。

 

「覇美、これで分かったか?お前より俺の方が強い。シアは俺の女だ。勝手言うのは許さねぇ」

 

宝物庫から再生魔法を付与した鉱石を取り出し、それに魔力を注げば再生魔法の光が覇美を包み、俺に焼き切られた筋繊維や神経が時間を遡り戦闘前の状態へと復元した。俺は覇美の腕から足を退ける。念の為、破星燦華 は手の届かない遠くへ投げておく。……あれ、持った感じ700キロくらいあったな。

 

「……分かった。シアは諦める。けど覇美、天人のものになる!」

 

「嫌だね。俺ぁお前に興味ねぇ」

 

正直こうなるかもとは思っていたが、俺は覇美には本来何の興味も無い。今回はただコイツがシアと番うだのと言い出したから戦ったが、そうじゃなきゃ喧嘩したいとも思わなければましてや番うなんぞ御免だね。

 

だが覇美はもう中身も見た目通りのガキんちょ。俺に辛めに袖にされたくらいじゃ諦める気は毛頭ないらしい。ヤダヤダと駄々っ子のように俺にしがみついてくる。俺はそれを無視して、足元に引っ付いた覇美を引き摺るようにしながらキンジ達の元へ向かう。

 

「それが殻金か?」

 

と、俺はキンジに着いてきていたカットオフセーラーのロリっ子が手にしていた殻金を指差す。

 

「……はいです。でもこれ、効力を……失ってるです」

 

答えたのはカットオフセーラーの女の子。そして、その小さな口から語られたのは衝撃の事実。俺達や、特にキンジが世界中飛び回って探した殻金が、その効力を失っている、だと……?

 

どういうことだと聞けば、緋緋神が覇美を通じて、殻金に掛けられた術式とやらを狂わせて機能停止に追い込んだのだろうということだ。

 

なるほど、だがそれなら……

 

「───あははははは」

 

ユエに再生魔法で殻金の時間ごと巻き戻してもらおうと声を掛けようとしたその時、アリアがいきなり笑い始めた。いや、これ……アリアの笑い方、なのか?

 

俺の感じた違和感に、しかしキンジは確信を持っているようだ。これは違う、アリアじゃない。義眼に映る魂もアリアのものじゃない。この輝くように赫い魂は……

 

「緋緋神か」

 

「あぁ!ちょっと前からアリアにはいつでも入り込めそうだったんで頃合を見計らってたんだけどな。あたしが駄目にした殻金を見てコイツがガッカリしたところで憑依(はい)らせてもらったぜ。猴と覇美も揃ってるしからな。痣持ちのお前がいるとしてもベストタイミングだ!」

 

「あぁ?アホかよ、てめぇ今更逃げ切れると思ってんのか?」

 

コイツの使う超超能力とやらには昇華魔法で一段上げた程度の俺の究極能力は通らなかった。だが羅針盤と越境鍵で追跡し続ければ何の問題も無い。どこへ逃げようと、例え別の世界へ逃げようとも俺からは逃げられないのだ。

 

「いいのか?お前の力で無理矢理あたしを剥がそうとしたらアリアの魂も一緒に壊れるぞ?」

 

確かに、ユエがエヒトに乗っ取られた時にアイツを引っ剥がしたのは魂魄魔法と言うより、それの強度を更に上げた概念魔法によるものだった。そしてあれは俺の家族にしか効果が無い。つまり緋緋神相手には普通の魂魄魔法を使うしかないのだ。しかしいくらユエと、それから日本に帰ればティオの協力も得られるとは言え、元の魂を傷付けずに憑依した魂を引き摺り出すなんてことは俺達の誰もまだやったことがない。

 

挙句、アイツの能力には俺の氷焔之皇が効かなかった。あの時ゃ昇華魔法だけで汎用性を持たせたものだったから強化の聖痕も併用した本気の氷焔之皇ならどうかはまだ分からない。だがアイツの力には神代魔法クラスの強度があるのは確かなのだ。

 

魂魄魔法が通るかどうかは、半々ってところか。

 

「……天人」

 

そして、俺の肩に手を置く人物が1人───キンジだ。

 

「こっからは俺にやらせてくれ。殻金だって、本当は俺が取り戻す筈だったんだ。だからこっからは先は……頼む」

 

そして、キンジが俺にそう懇願する。その瞳には強い意志が宿っていた。

 

「……分かったよ。なら俺ぁこっから先もう手出ししねぇ。ユエとシアにも手出しさせねぇ。武偵憲章4条、武偵は自立せよ、要請無き手出しは無用のこと、だ」

 

「恩に着るぜ」

 

「あぁ?……気にすんな」

 

俺は、1歩引く。そして逆にキンジは1歩前に出た。アリアと覇美、それから猴と呼ばれていたカットオフセーラーの女の子はいつの間にやら3人並んでいた。どうやら3人とも操られているようだ。覇美も、さっきまであれだけ駄々を捏ねていたのに急に静かになったと思ったら俺の足元からスルりと離れていったし。

 

そして、3人とも人間じゃ有り得ないジャンプ力を発揮してその場から跳び退る。どうやら逃げるようだ。

 

「待て!」

 

「キンジ!最後の餞別だ、受け取れ!」

 

『ユエの名において命ずる───HSS(ヒステリア・サヴァン・シンドローム)になれ、遠山』

 

俺の合図に合わせて発動されたユエの神言。こっから先は普通の状態のキンジじゃ戦えないからな。この件、俺の最後の干渉だ。

 

そして、ユエの神言を耳にしたキンジは───

 

「ありがとう。有難く受け取っておくよ」

 

と、相も変わらずキザなウインクをユエに向けて送ってきやがるのであった。

 

 

 

 

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