セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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再生の聖痕

 

 

今回、キンジにはクモを付けていない。手出しはしないと約束したからな。あれで様子を見ていたらどっかで手出ししたくなっちゃうだろうし。

 

そこで俺は一旦ユエとシアを鍵で日本に帰し、俺は入ってきた時と同じように正規のルートでイギリスから日本へと帰国した。どうやら俺はイギリス王室からも嫌われていたみたいだからちゃんと出られるのか不安だったが、特に何か問題が起きることもなく日本へ帰れたからそれ自体は杞憂に終わって何よりだ。

 

で、帰ってきてから俺はリサに一旦おやすみを与えた。理由は単に働き過ぎ。家事に会社関係の仕事に挙句はイギリスでメヌエットと俺達の世話までしてくれたのだ。このままこのペースでリサが働いてたら過労で倒れる。いくら俺達の手には回復魔法や再生魔法、果ては神水なんてものがあるにしても、倒れたり不健康に痩せ細るリサなんて見たくもない。

 

幸い直近で大きな取引は無さそうとのことだったからタイミングも調度良かった。休暇を与えられたリサは逆に不安がっていたけど、実際家事はシアとレミアがいる以上は問題無い。ユエも必要最低限の生活力はあるし、ティオもそこまで散らかす奴ではない。()()()()()()()()生活力断トツ最下位なのは俺だが、と言うかむしろ足でまといは俺しかいない──ミュウもレミアのお手伝いで洗濯物畳むとか出来るしお片付けもちゃんと出来る──のでリサが抜けてもそこは大丈夫だったりする。……のが逆にリサ的に怖い所らしく、しきりに俺に「リサを捨てないで」的なことを言ってきたり視線でアピールしてくる。

 

「大丈夫だって。俺がリサを捨てたりするわけないだろう?」

 

俺はリビングのソファの背もたれに背中を預け、足の間にリサを挟み、そのお腹に腕を回している。リサの髪から漂うシロップのような甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。それを胸いっぱいに吸い込みながらそこに顔を埋める。

 

「んっ……」

 

と、俺の吐息が首筋に当たったのかリサが少し身を捩った。

 

「そうさせたのは俺だけどさ……。でもリサが疲れ果てるところなんて見たくないんだよ。だから、たまには休んでほしいんだ」

 

俺が、その体勢のままそう言うと、リサはふぅと1つ息を吐いた。

 

「分かりました。ご主人様がそう言うのであればリサもしっかりお暇をいただきます」

 

それに、とリサは言葉を続けた。

 

「最近、ご主人様と2人きりになれることも少なかったので……リサも寂しかったです」

 

なんて、特大に可愛いことを言ってくれる。俺は思わずリサを強く抱きしめる。今ユエとシアはこの部屋にはいない。今は3学期、進学分の単位を取り終えた武偵高の2年は基本的にこの時期には登校しない。するのは成績が悪くて単位が足りない奴らか、ユエやシアみたいに途中加入でどうしたって単位が足りない奴らか、どっちかのパターンがほとんどだ。ティオは今はレミア達の方へ出掛けているから、本当に今は俺とリサの2人きり。……何だか久し振りだな。イギリスに行く直前も、2人で空港まで行ったけどあの時は公共の場だったから本当にホントの2人きりってわけじゃあなかったからな。

 

「リサ……今日はどうする?」

 

平日とは言え武偵に曜日はそれほど関係無い。今日は仕事も入れていない。何なら明日も明後日も入れていない。

 

「今日は……ご主人様とずっと一緒にいたいです。ただこうしてご主人様に抱かれていたい……。駄目でしょうか?」

 

リサの鈴の音を転がしたような囁き声に俺はもう頭がクラクラしてくる。俺の腕の中で甘えるように背中を預けてくるリサのその仕草が、俺の心をくすぐる。

 

「駄目じゃないよ。そうだな……なら、おいで……」

 

と、俺はリサの背中と膝裏に手を回し、そのまま抱き上げた。突然のお姫様抱っこにリサは「ひゃっ」なんて可愛らしい声を上げる。そしてそのまま寝室へとリサを運び、ベッドへとゆっくり降ろした。

 

「制服……シワになっちゃうな」

 

今日も今日とて改造防弾セーラーメイド服のリサ。俺はそのスカーフを抜き取り、ブラウスを脱がせる。俺の動きに逆らうことなくリサは両手を上に挙げ、フリルの付いた赤いと白のブラウスは脱げ、少し引っ掛かったリサの大きな果実が揺れる。白く輝いているかのようなそれを包む、露わになった薄いピンク色の下着の肩紐を指先でなぞるとリサはくすぐったかったようで「んっ……」と声を漏らす。そのまま指で肩から腕をなぞり、指の流れをそのままにスカートのチャックを下ろした。リサが少し腰を浮かせ、俺はスカートも脱がせる。すると、普段からつけているガーダーベルトがその姿を見せた。下の下着も上と同じ薄いピンク。それがリサの白い陶磁器のような肌とのコントラストで品のある妖艶さを演出していた。リサは頬をこれまた薄い桃色に染めながらベッドの上に置かれた制服を丁寧にたたみ、ベッド脇の床に置く。

 

「綺麗だよ、リサ……」

 

俺はその頬に手を触れ、顔の横に垂れた透けるように薄い金髪をかき上げ、耳に触れる。耳朶(みみたぶ)を撫でるとリサはくすぐったそうに肩を竦めた。俺はリサの肩を抱くと巻き込むようにしてベッドに倒れ込む。ギシリとスプリングが軋む音が鳴る。

 

「ご主人様……」

 

至近距離にあるリサの唇に自分のそれを触れさせる。一瞬の接触の後に俺とリサはデコとデコ、鼻と鼻をくっ付き合わせた。

 

「ふふっ……」

 

リサが微笑み、今度はリサから唇を寄せてきた。俺もそれを受け入れ、今度は2度3度と口付けを交わした。

 

そのまま2人とも毛布を被り、頭だけ外へ出す。フワフワの毛布の中、俺はリサの髪を撫でる。梳くように髪の間に指を通し、その柔らかさを堪能していると、リサも俺の頭を撫でてくる。

 

リサの髪を梳きながら俺は指先でリサの背中も楽しむ。細く、柔らかいそれは少し力を込めれば折れてしまいそうな程で、それがどうしようもなく怖かった。

 

「リサ……」

 

「ご主人様……」

 

だから俺はリサと口付けを交わす。リサの存在を確かめるように、何度も何度も啄むように。それから俺達は言葉を交わした。愛の睦言ではないけれど、俺がトータスに行っていた間のリサのこと、俺が欧州に出ていた間のこと、それから俺のこと……。メヌエットの家で何があったのかはだいたいリサには話してあるから、アメリカでのことや伊・Uに乗っていた間のこと。鬼のことは、俺にはあまり関係が無いし、あれはキンジが解決したようだ。何か知らんがNASAに行ってロケットに緋緋神を乗せて宇宙に放流したとか言っていた。どうにも色金って奴らは宇宙から降ってきた隕石なんだとか。

 

そうやって、俺達はお互いがいなかった時の時間を少しでも共有していく。俺はその間もずっとリサの声と、言葉と、そして白く柔らかい肌を楽しんでいた。リサも時折俺の胸に縋るように自分の顔を押し付けて甘えてきた。言葉に詰まればキスをした。唇同士だけじゃなく、おでこや頬、手の甲にもキスを這わせる。

 

そうやって、これまでの空白の時間を埋めていくと、今度は俺達の腹が空白へと近付いてきた。

 

「お昼にしよう。……今日は外で食べようか」

 

と、俺が提案すれば……

 

「はい。リサもご主人様と外にお出掛けがしたいです」

 

リサはまるで満開の花が咲いたような笑顔でそう言った。

 

 

 

───────────────

 

 

 

折角2人きりで出掛けるのに防弾制服じゃ無骨が過ぎるってんで俺達は2人とも私服に着替えて外へと繰り出した。

 

リサはベージュのロングコートを着て、脚はモコモコの付いたショートブーツと黒いタイツを履いている。ただ手袋はしていない。どうせ片方は手を繋ぐのだから要らないのだ。

 

俺達は一緒にマンションを出て、街を歩く。俺は外の気温とリサの体温を楽しもうと熱変動無効を一旦カットした。久しぶりに肌に外気温を感じる。もうすぐ春がくるからか、前みたいな寒さは感じない。

 

リサと触れ合う手が熱い。女の子の手なんて握り慣れている筈なのに、いつだってリサの肌は俺の心臓を跳ね上げるのだ。

 

「どこへ行きましょう?」

 

「あっちの方に幾つかお店を見つけたんだ。まだ全部試したわけじゃないから、行ってみよう」

 

と、俺はリサの手を引いた。1歩大股で俺の横に並んだリサが自分の腕を俺のそれに絡める。俺の腕に触れるリサの身体はどこまでも柔らかく俺を包んだ。メイプルシロップのような甘い香りが俺に届いた。それはリサの香り。俺の心をくすぐる香りだった。

 

15分も歩けば店の目の前に着いた。そこは前にレミアと入った洋食店とはまた違う店だが、やはり落ち着いた店構えとガラスから覗く雰囲気は中々に風情がある。

 

「ここにしようか」

 

「はい」

 

と、俺がドアを開け、先にリサを通す。バイトだろうか、同い歳くらいの女の子の店員に案内されたのは窓際の席。

 

メニューを開けば和も洋もそれなりに揃っているお店のようだった。こういう時あまり時間の掛からないタイプの俺はパラパラとメニューを捲り、注文を決めた。

 

それで顔をあげればリサもメニューを決めたようだったので店員を呼び、それぞれ注文を伝えた。

 

「落ち着く雰囲気ですね」

 

と、リサが店内を見回してそう言った。

 

「あぁ。この辺、こういう店が多いみたいだな」

 

俺がそう返した後は無言の時間が続く。けれど俺達はこれを気まずいとは感じない。有線放送なのだろうか、穏やかな曲調のインストゥルメンタルの音楽が流れ、澄んだ小川の流れのように緩やかに時間が流れていく。

 

そのうち俺達の頼んだ料理がそれぞれ運ばれてきた。俺はハンバーグセット。リサはオムライスだ。リサは俺の前に置かれた皿を見て、穏やかに微笑む。何も言わなかったけれど、理由は分かっている。そして、その理由がこの場に相応しくないということも。だからリサは何も言わない。俺も無言の微笑みの理由を問うことはない。

 

そして俺達は両手を合わせ、それから運ばれてきた料理に手を付け始める。最初はお互い無言で、そして時折言葉を交わし合い、お互いの料理を少しずつ食べさせあってみたり。そしていつの間にか空になった皿を前にして俺達は見つめあった。

 

「行こうか」

 

「はい」

 

伝票を手にレジへと向かう。そこで会計を済ませて店外へと出れば、冬と春の狭間の風が駆け抜けた。けれどそれは俺の背筋を撫で上げると直ぐに街角へと消えていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

その後も家に帰れば2人とも服を脱いで布団の中に潜りただ何をするでもなく抱き合い肌を擦り合わせ、夕飯の時間になればまた適当に服を着て皆で食べ、そしてまた2人で抱き合って寝た。次の日には2人で街へ出掛けて街歩きを楽しんだ。そしてまた次の日はベッドの上で2人して布団に包まる。そんな風にして俺達は3日という時間を過ごしていた。

 

そうして迎えた終業式の日。緑松校長の「武偵の武は戈を止めると書き───」みたいな有り難いお話を賜りながら頭ん中は「この人こんな顔だったんだなぁ」という雑念に覆われていた。あと俺の頭の中にあるのは目の前に並んでいる3年生達。アイツらから感じる圧が凄まじいのだ。そりゃあ3年の、それも卒業間近ともなればプロの武偵として過酷な仕事をやり抜き生き残ってきた猛者達ばかりだ。当然そんな気配を隠すのも上手い……上手いのだが、だからこそ恐ろしい。あんなのがそこら辺の街中で素知らぬ顔をして歩いているということなのだからな。その後ろ姿には、去年俺にランバージャックを仕掛けてきたアホな面影なんぞ微塵も感じられない。

 

武偵高の卒業生の進路は様々だ。虫でも筆記には通ると言われている武偵大に進む奴、大学は大学でも街中で適当にインタビューしても大体の奴が名前を知っているような一流大学に進む奴もいる。最近の大学は治安が悪い。何せいきなりショットガンを乱射する奴や安物の拳銃を撃ちまくるような奴がいたりするのだ。

 

あとは、俺も潜入して調査・強襲したことがあるが()()()だ。大学……それもそれなりに頭の良い大学ともなればそこの生徒達もそれなりの知識と悪知恵がある。最近は少し減ってきたが、それでもまだそういう奴らが()()()()()()()()()()を作ってはばら蒔いていたりもするのだ。ある時には大学の教師までもが関わっていたこともあった。

 

そういう()()()()を事前、ないしは秘密裏に潰すための用心棒として大学側が推薦枠で武偵を招き入れることがある。そして、武偵側は大学の治安を守る代わりに分不相応な高等教育を受けられるって仕組みだ。

 

あとはたまたま入れた2流ないしは3流大学に進み、普通の大学生をやりながら裏でこっそり武偵をやっているのもいる。

 

他の進路としては大概が武偵企業への就職。あとは自衛隊とかそっちに流れる奴もいるな。こっちは完全にクラスチェンジに成功ってわけだ。

 

俺も来年の今頃はあんな風になってのかなぁ……とか思いながら終業式を適当に流し、ある程度人が捌けてから体育館から外へ出た。リサ、ジャンヌ、ユエ、シアと連れ立って三分咲きくらいの桜の下を歩いて行と、何やら向こうで人が集まっている。

 

「アリアさんがいるみたいですぅ」

 

と、人混みに紛れて隠れてしまっているがシアのウサミミにはあのアニメ声が届いていたらしい。

 

へぇ、と思い俺達も人混みを掻き分けながら喧騒の中心に向かうと───

 

───そこには大人のお姉さんと涙ながらに抱き合っているアリアがいた。あれは……神崎かなえ、か。イ・ウーにいた頃に写真を見たことがある。そうか、釈放されたのか……。

 

「神崎かなえか」

 

と、ジャンヌが俺の横に寄ってきた。その時にふわりと揺れたポニーテールが甘い……けどジャンヌ独特の爽やかな香りを漂わせる。俺は思わずそのテールを指先で弄びながら───

 

「あぁ。……俺達はここにゃ相応しくねぇな」

 

神崎かなえが終身刑レベルの懲役刑を科せられ、そしてどんなにその身の潔白を証明しても牢屋から出られなかったのは、元を辿れば俺達のいたイ・ウーの仕組んだこと、らしい。神崎かなえの話はリサから聞いてはいた。

 

それと、理由までは知らないしこれからもきっと知ろうとはしないだろうけど、どうやら俺が伊・Uに居た時代に犯した犯罪は彼女には乗せられていなかったようだ。だがそんな組織にいた身としては、例えアリアとは友人として振舞っていてもどこか彼女に後ろめたさを感じることがあった。

 

そこら辺の話は伊・Uに再び乗った時にアリアとは話し合ったけど、それでもあの空間に俺の居場所は無いと感じた。

 

「……行こうか」

 

と、ジャンヌも俺の手を引いて踵を返した。リサも、そしてユエとシアも今は何も言わずに俺達に着いてきてくれた。それが俺にとってはきっと救いだったのだろう。後でアリアにはメールだけ入れておこうと決め、俺達は帰路に着いた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「げっ……」

 

俺の携帯にメールの着信があった。それもこの着メロは教務科(マスターズ)の高天原ゆとり先生からだ。他の武偵高は知らんが──まぁどこもたいして変わらんだろうけど──東京武偵高校の教務科の呼び出しは、即刻応じなければ呼び出した先生によってフルボッコにされる。

 

高天原先生はそういうタイプではないけれど、俺がこの呼び出しを無視したという話が彼女と仲の良い蘭豹辺りに伝われば非常に面倒な事態になる。具体的には斬馬刀で真っ二つにぶった斬られかねない。なので俺は1人来た道を引き返して武偵高へと戻った。

 

すると、途中でキンジと合流し、おかげで嫌な予感が爆増し2人して項垂れ……そして一石マコトという超優良生徒も同じように呼び出されたらしく、彼が俺達と合流したおかげで2人ともスキップになり……そして俺達は3人揃って教務科の扉を開けた。

 

中に入れば高天原先生が直ぐにパーテーションに囲われた一角へと俺達を案内した。そしてそこには俺達以外にももう1人、黒髪のセミロングの女子生徒がいた。

 

「お待たせしました佐伯さん。遠山くん、一石くん、神代くんも揃いましたので始めましょう」

 

と、俺達4人もそれぞれ席に着くことを促された。それに従い用意されたパイプ椅子に座れば高天原先生が取り出したのは人数分のA4サイズの封筒。

 

「皆さんには武装検事局からお誘いがきています」

 

武装検事局……武検……武装検事。国内じゃ公安ゼロ課と並ぶ武装職で、コイツらは()()()()()()()()()()()()()()。悪を潰すためなら人殺しもしていい国内最強の組織だ。当然、そんなものになるための試験も並大抵じゃない。俺だって異世界転移する前かつ聖痕を塞がれたら技能試験すら突破できないだろう。筆記?天地がひっくり返っても無理だね。

 

「武装検事の試験を受けるには大卒の検察官であることが必須のはずですが」

 

と、今日初めましてなのだが特にこちらに挨拶するでもなくただ氷のような表情を保っていた佐伯さんが口を開いた。まぁ、俺も持っていた疑問だ。法的に殺人すら許される存在がそう簡単になれるわけがない。試験もそれはそれは超難関で、本人の性格だけじゃなく、家柄の他に、虫歯の治療履歴レベルでの健康具合を調べられるとか聞いたことある。

 

そんなのがいきなり武偵高すら卒業していない俺達に話を持ってくるとか怪しい……と言うよりここまでくると最早意味が分からんのだ。佐伯とやらは知らんけど、一石は確か勉強の方の成績も優秀だ。だが俺とキンジは学業の方はさっぱりなのだ。キンジなんて留年スレスレだし。いや点数だけで言えば俺も似たようなものなのだが……。

 

「そうなんですよね。私も何か裏があるんじゃないかと思って調べました」

 

と、佐伯の疑問に高天原先生が答える。

 

「武装検事は慢性的な人材不足。そこで将来性が見込まれる優秀な人材を早目に確保しておきたいみたいなんですよね」

 

そりゃそうだ。武装検事は基本公務員。なのに仕事内容はマジで日本国内外のテロリスト共との命の取り合いときている。当然と言えば当然に殉職率も高く、定年までに3割は死ぬと言われている。

 

なので地獄のような試験をくぐり抜け、しかも薄給でそんな危険な仕事をしてくれている聖人君子みたいな超優秀な人間をそんなにポンポンと死なせていたらそりゃあ慢性的な人材不足にも陥ろうというものだ。

 

「仮に試験に落ちても武検補……武装検事補佐官という、どうやら武検の補佐をする役職を新しく設けてそこで登用することも考えられているみたいですね。そこで活躍すれば武検にもなれる道があるみたいで……。これからは叩き上げの時代が来るかもしれません」

 

なるほどな……。話は読めたぜ。先生も仕事だからやってるんだろうし、そもそもそこまで調べてるってこたぁそれなりに俺達のことを心配してくれてるんだとは思うけどな。けどそれは───

 

「それって、体の良い()()()ってことですよね?すみませんがこの話はお断りさせていただきます」

 

と、佐伯はすっぱりと断る。そうだ、これは優秀な武検の殉職率を少しでも下げるための弾除けの募集に他ならない。もっとも、()()()()()()()()()()程度には実力が必要だから俺達が集められたんだろうが……。

 

「俺も、お断りします」

 

と、キンジも露骨に嫌そうな顔をして断りを入れる。そりゃそうだよな。

 

「俺も同じく。弾除けなんて真っ平です」

 

俺なら多重結界もあるし撃たれても死にはしないけど、食わしていかなきゃいけない奴もいるわけだし、公務員の薄給じゃやっていけない。ていうか多分、俺に関しては別の目的がありそうだからな。ここはお断りさせてもらおう。

 

「───やります。受験票をください」

 

だが1人だけ、俺達とは違う答えを出した奴がいた。一石マコトだ。俺達の話を聞いて尚この話の意味が分からないほど頭が悪いわけがないコイツが"やる"と言うのだ。きっと何か意味があるのだろうと黙ってキンジと一石の話を聞いてみれば、どうやら一石は幼い頃に妹と共にキンジの父──彼も武装検事だった──に命を救われたことがあるのだとか。そして一石自身もまた、そのような人物になりたいらしい。

 

そこで、例え弾除けだろうが何だろうが転がってきたチャンスを逃したくはないんだと熱く語っていた。夢、ね。俺はある意味で叶えちまったもんな。あとはどうやってこれを維持していくかってことしか考えられない。それに、異世界から帰るのだって俺にとっちゃ夢と言うより目の前の壁だった。思い返せば俺は夢なんて持ったことないかもしれない。

 

そんな俺が夢を持っている奴のことをとやかく言えるわけもない。本人の強い意志があるのなら俺は止めやしないし、応援もしてやる。

 

話が着いたらしいところで俺は一石の肩を叩く。

 

「頑張れよ、気持ちでしか応援しかできねぇけど、それでも俺ぁ応援してるぜ」

 

「ありがとう、神代くん。頑張るよ」

 

と、気持ちの入った瞳で俺を見つめ返した一石を職員室に残し、俺と、こちらも一石にエールを送ったキンジも揃ってこの場を後にした。佐伯は既にどこかへ行ってしまっていたから居ないけど。

 

 

 

───────────────

 

 

 

それは3月31日の出来事。

 

武偵高は頭のネジが全てどこかへ吹っ飛んでいるので、クラス分けはともかく進級できたかどうかすらこの日に分かる。全校生徒に晒されるイントラネットでクラス分けが出るので、そこの3年生の欄に無ければ下を見る。そしてそこに名前があれば留年というシステムだ。

 

そんなトンチキなシステムに思う所が無いわけではないが、まぁ取り敢えず自分らの進級は分かっている俺達はジャンヌも含めて揃って飯を食っていた。これが夕方6時半過ぎのこと。そして粗方食べ終えた夜の7時過ぎ、それは起きた───

 

「───っ!?」

 

突如俺の身体に異変が起きたのだ。急に()()()()()()()()()()。聖痕が閉じられたのだ。幸いここにはリサもジャンヌもミュウもレミアもいる。後は───

 

俺が次の行動を考えた時、俺の携帯に着信がある。画面を見れば透華だった。俺は直ぐに電話を取る。

 

「透───」

 

「───天人くん!!何これ!?」

 

「落ち着け透華。……閉じたんだな?」

 

電話越しの透華の声が震えている。当たり前だ。いきなり聖痕が閉じられたのだ。怖くて当然。そして、学園島の端っこのここと真ん中の方に住む透華の聖痕までが閉じられたということは、この島全域で聖痕が使えなくなっている可能性が高い。

 

「彼方は?」

 

「今樹里が……彼方は大丈夫だって」

 

「分かった。今からお前ら2人ともこっちに呼ぶ。その後で彼方の方へやるからそこ動くな?」

 

俺は電話でそう伝えながら羅針盤と鍵を取り出し、透華の元へと扉を繋げた。

 

「天人くん!!」

 

「2人ともこっちに来い。……シア、ティオ、ジャンヌ、お前ら3人でリサとミュウとレミア、それからコイツら守ってくれ。……いきなり聖痕が閉じられた。範囲は恐らく最低でも学園島全域。目的は不明、ユエは俺と原因の特定を手伝ってくれ」

 

「んっ!」

 

俺は、簡潔に現状とこれからの行動を全員に伝える。聖痕が何かをよく知らないミュウも、何やら異常な事態が起こっていることは雰囲気で察したようで、無言で頷いている。

 

俺はそれに頷き返すと、そのまま今度は彼方の元へと扉を繋げた。

 

「天人さん!」

 

「よう、樹里から少し聞いてるかもしれないけど……」

 

「はい、こちらはまだ何も起きていないので、大丈夫です」

 

「任せたぞ。……シア、ティオ、ジャンヌ。もしあっちでも聖痕が閉じられたらお前らが頼りだ。……任せる」

 

「はいですぅ!」

 

「おうなのじゃ」

 

「分かっている」

 

三者三様、それぞれの肯定の返事を聞き、俺は皆を彼方の方へと送り出した。そして扉を閉じ、ユエの方を振り返る。

 

「ユエ、行くぞ」

 

「……任せて。天人は私が守る」

 

 

 

───────────────

 

 

 

羅針盤でこれの発生源を探せば直ぐに場所が特定できた。これを仕掛けた奴はやはり学園島にいたのだ。座標は……ちょうど第1女子寮と第2女子寮の分かれ道。そして意外なことに、その場にはキンジともう1人……俺の嫌いな奴がいるようだ。

 

「ユエ、お前は隠れて伏兵(アンブッシュ)をやってくれ」

 

夜目と遠見の固有魔法で先を覗けばキンジと()()()がいる。そして何人もの男が2人を囲むようにして立っていた。その中には見覚えのある顔が……不知火か。あともう1人、あの後ろ姿、どこかで……。

 

「……んっ」

 

「じゃあ、行ってくる」

 

自分で発したその言葉に、俺はリサと戦いに出る前のキスを交わすのを忘れていたことを思い出した。俺はそれに一抹の不安を覚えながらも空力と縮地でキンジ達の元へと駆ける。そして───

 

「よぉキンジ、奇遇だな」

 

奇遇なわけはないが俺は空からコンクリートへと降り立った。キンジの目の前には俺よりも更に背が高く筋肉で膨れ上がった肉体をした彫りの深い顔をした男。

 

「ふん、駄犬が何をしに来たのかしら?」

 

妖刕にダムダム弾で右手を吹っ飛ばされていたヒルダは相変わらずだ。

 

「へぇ、やっぱり来たか」

 

目の前の大柄な男が俺を見て納得がいったようなことを喋りだした。

 

……やっぱりときたか。つまり俺がここへ来ることはある程度予測されてたってことか。まぁそりゃそうか。今の俺が聖痕だけじゃないのは米軍によって世界中に流れているみたいだし、コイツら明らかにカタギじゃない。知っていても不思議じゃねぇな。

 

「分かってんなら覚悟しろよ?そこの金髪縦ロールの右手吹っ飛ばしたのは見てんだ。傷害と銃刀法違反の現行犯で逮捕だ」

 

この学園島全域に広がる聖痕封じを展開できるような奴にそんな脅しが効くのかどうか知らんが取り敢えずそう言っておく。……ていうか、段々こういうのが広まってんのな。そのうち地球全域で永久に聖痕が開けなくなるんじゃねぇかって気がしてくるぜ。

 

「おいおい、そう生き急ぐなよ。俺達はお前も呼んだんだぜ?」

 

と、目の前のそいつはいきなりそんなことを言い出した。

 

「あぁ?」

 

「俺達は……今は解散させられちまったけど元公安0課、今は武装検事ってやつだ。そこで遠山キンジと神代天人をリクルートしに来たんだ」

 

「あぁ?……何言って───」

 

「本当だ、天人」

 

と、今まで後ろに控えていたキンジがそう証言してきた。コイツらが武装検事ねぇ……。

 

「その話、前に断ったんだけどな。まだ伝わってないか?」

 

「だからだろうが。……つぅわけで神代天人。お前も()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

脈絡の欠片もないその発言に思わず俺の思考が止まる。そして、いつの間にやら俺の目の前にいたのか不知火が俺の両手に手錠を嵌めた。だが殺人の容疑か、イ・ウー時代の心当たりが多過ぎるが……日本じゃ誰も殺してないはずだぞ。

 

「気を付けろ天人、これはアノニマス・デスだ」

 

アノニマス・デス……。取り敢えず大きな罪をおっ被せて逮捕し、それを取り下げてほしくば本命の事件を認めろと迫る捜査手法。今回は殺人容疑を取り下げてほしくば解体された旧公安0課の一員になれということだろう。

 

「……やり口が大人気ないぜ。て言うか、武偵高も卒業できてない俺達をスカウトとか、青田買いもいいとこじゃねぇかよ」

 

と、俺がボヤけば……

 

「遠山はともかく、神代、お前だけは今この場で確保しろと言われてるんでな」

 

「あぁ?」

 

コイツらは俺の力の全部は知らないはずだ。俺はエリア51じゃ対物ライフルと魔力駆動車、それからバイクしか見せていない。せいぜい宝物庫に気付くかどうかってところだ。多重結界なんて目に見えないモノ、例え言われたって信じられるものでもなかろうに。

 

「分かってんだろ?お前達の力は泳がしておけるようなもんじゃねぇんだ」

 

やはり、コイツらは俺の聖痕が目当てか。……なら透華もコイツらのターゲットになるんじゃないのか?だが表向きの勧誘の際には透華は呼ばれていなかった。まぁ、あれは聖痕持ち以外にも高天原先生の推理通りの理由で人集めをしていたからかもしれないが……。

 

「分かるぜ、お前が今何を考えたか。涼宮の嬢ちゃん達も当然ターゲットだ。だがあの子達はお前と違って今後も武装職に就き続けるとも限らないからなぁ。今のところは様子見だ」

 

随分とあけすけに話してくれる奴だ。それとも、そうやって情報を開示することで手間無く俺を回収しようという判断なのだろうか。

 

「そうかよ。だからって俺ぁお前らの仲間にはならねぇぜ。公務員の安月給なんかでやっていけるかってんだよ」

 

首輪を付けられんのも、その上で安くコキ使われんのも御免蒙りたいんでな。

 

「……キンジ、お前も着いてく気はねぇんだろ?」

 

「当たり前だろ」

 

「なら逃げな。殿はやってやる」

 

こちらにはまだ姿を見せていないユエもいる。例え国内最強の戦闘集団が相手だろうとキンジ1人逃がすくらいわけないさ。ヒルダ?知らねぇな。コイツは勝手にどうにかすんだろ。

 

「行かすと思うか?」

 

「止められねぇと思うか?」

 

目の前の大柄な男から放たれる気配が変わる。

 

「しょうがねぇな。……頼んだぞ」

 

だが、強い殺気を放つ割には直ぐにそいつは引いた。そして、彼の影から出てきたのは───

 

「え……」

 

「久しぶりだね、天人くん」

 

何で……何でアンタがここに……コイツらと……

 

俺の目の前に現れたのは40代前半と思われる男性。だがそこらのサラリーマンとは違い、スーツの上からでもその肉体は鍛え上げられているのが分かる。そして、俺はこの人を知っている。

 

「8年振りだね。()()()から君はアヴェ・デュ・アンクさん家のリサちゃんと共に姿を消したのだから」

 

「あ……え……」

 

俺は、上手く言葉が出ない。この人がここにいることに、俺の前に立っていることにどうしようもなく精神が揺り動かされ、乱される。

 

「信じられないかい?君は私が武装職にあったことを知っていた筈だが……。それに私の方こそ信じられないよ。私の娘を……()()()()()()君がまだそうやってのうのうと生きていることがね」

 

永人(ひさと)、それがこの男性の名前。そして、俺があの日自分の両親と共に殺した女の子──奏咲那──の父親だった。

 

「死なない程度に壊すよ?」

 

そして、その大きな手が、俺の肩に触れた。

 

その時───

 

「あっ……」

 

俺は痛みに絶叫を上げることすらできなかった。それほど突然に、かつ想像を絶する痛みが全身を襲ったのだ。崩れるように地面に膝をつき、目線を下ろして見れば身体中から血が噴き出していた。胸は鋭利な刃物で真一文字に切り裂かれているようで、両腕は肘から下の感覚がほぼ無い。カランと、嵌められたはずの手錠がコンクリートの地面に転がる。

 

腹には細身の女性の腕くらいの風穴が空けられているようだ。他にも肩口や脚に裂傷や切り裂かれたような傷があり、背中も鋭利な刃物で斬られたかのように熱を帯びている。

 

いきなり現れたそれら全ての傷に俺は見覚えがある。これらは全部トータスでの旅の中で付けられた傷だ。オルクス大迷宮での戦いやその後の様々な戦いで負った傷、それらが一度に噴出したのだ。

 

そこまで思考が届いた辺りで、視界が赤黒く染まっていく。意識が、飛ぶ───

 

「天人ぉ!!」

 

その直前、愛らしく愛おしい声が響く。鈴の音を転がしたような声。聞き慣れたユエの声がここまで焦った色を持っているのはグリューエンの火山で魔人族のアイツに不意打ちを喰らった時以来か。

 

そして俺の視界が黄金色に輝く。それはユエの使う再生魔法の輝き。神代の魔法はいつもなら時の不可逆性に逆らって物質の損傷を無かったことにしてしまえるのに、今の俺の肉体は傷付いたままだ。

 

「壊……刻……?」

 

俺は血反吐を吐きながらそう呟く。触れた者の過去の傷を1度に再発させるそれは、俺には使えやしないが、しかしその存在だけは脳みそに刻まれていた。だが神代魔法ではない筈だ。俺の氷焔之皇は機能しているし、そもそもあれはトータスという別世界の魔法なのだから。

 

それも、前に緋緋神に氷焔之皇を貫かれてからは昇華魔法の修練にも取り組んでいる。昇華魔法は情報に干渉しそれを書き換える力。7つの神代魔法の中で俺に最も適性のある魔法。

 

本来リムルのいた世界で俺はあらゆる物質・非物質を己が思うままに書き換える力に目覚めていたはずなのだ。ただ単に俺がそれを使いこなせないだけで。だからこそ、俺の昇華魔法の適性もまた尋常のそれではない。普通に使っても1段階程度しか存在強度を上げられないそれは、俺が使うことで今や2段階も3段階も引き上げられる。今や昇華魔法と氷焔之皇の組み合わせだけでも神代魔法クラスはおろか、エヒトの魔法ですら俺には届かないのだ。

 

そんな俺の異能に対する防御力を貫くそれは聖痕の力で違いないはずだ。だがこの辺り一帯では聖痕は使えないはず……。

 

俺の人の領分を大きく外れた生命力と、魔力を治癒力に変換する固有魔法が、普通の人間なら数度は殺せる致命傷を負ってなお俺の命を繋ぎ止めていた。それを見て奏永人はつまらなさそうに鼻を鳴らした。そして、霞む視界の中に待ちわびた黄金色が現れる。それと同時に甘い、女の子の香りが俺の鼻腔をくすぐった。

 

「天人!!」

 

「ユエ……逃、げろ……」

 

俺の毒耐性すら上回る極光の毒素まで俺の身体を駆け巡っている。これは、ここまでの不条理は聖痕による時間の再生に他ならないはずだ。

 

「逃がしませんよ。逃がすわけありません。……私は君をここで殺してしまってもいいんです。首輪が嫌なら最悪殺してもいいと、そう言われていますので」

 

おそらく脅しではない。最優先は俺の確保と首輪でもって俺の力を使い倒すことなのだろうが、出来なければ出来ないで俺を消してしまえば不穏分子を1つ潰せる。コイツら的には俺を潰すより生かして飼う方が利益になるから今はそうしていないだけ。その天秤がいつ傾くかなんて分かりはしない。

 

「……さて、君は首輪は嫌がるだろうし、そうなれば殺すしかないから、冥土の土産に教えてあげるよ。私の───」

 

だが奏永人が言葉を言い切ることはなかった。ユエの魔力が爆発する。放たれた重力魔法が黒い玉となって奏永人を押し潰したからだ。

 

「……させない───禍天」

 

魔法の選択も込められた魔力量も武偵法なんて守る気は更々なさそうなユエ。だが、禍天が解けたそこには───

 

「……なんで」

 

奏永人がさっきと変わらぬ姿で立っていた。

 

「聖痕……再、生……?」

 

正体は再生魔法に近い性質を持つ聖痕なのだろう。どうやって聖痕が閉じられているこの場で使えるのかは謎だ。もしかしたら、閉じられた中でも聖痕を扱えるように……聖痕を閉じる力を部分的に無効にする、みたいな面倒な道具を持っているのかもしれない。

 

「そう、私の力は死からすら再生する。……だからあの時あの場で何が起きたかも把握していました。……本当の元凶は君ではないことも」

 

再生魔法には時間を再生してその場であったことを映像にして映し出す魔法もある。おそらく彼はその類の技で見たのだろう。あの日あそこで何があったのか。

 

「ですがこうも思った。()()()()()()()()()()とね。天人くんも今は自分の力をコントロールできているみたいですから分かるでしょう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……魂の、燃焼」

 

たった一言喋っただけでも身体から血が噴き出す。俺はさっきから氷の壁を貼ってその中で神水を飲もうとしているのだが、氷の壁を生み出そうとする度にそれが雲散霧消するのだ。どうやらその空間を()()()()()()()()()()再生されているらしい。

 

「そうです。もし君達があそこで無惨に殺されても、私の力であれば全て元通りに戻せたのですよ。君が、あの力を暴走させなければね」

 

だから私は君を許すことができない───

 

そう、奏永人は続けた。元凶が別にいることを知っているから積極的に復讐には来なかった。だが俺の力の暴走により蘇生が不可能になったからこそ、もし手を下す時には一切の容赦はしない。そういうことのようだ。

 

「そこの女の子がさっきから試しているものも時間の再生だね。だが私の再生の力で現れた古傷は聖痕以外の力による時間の干渉を受け付けない。そしてその傷だ。天人くんはもう長くはないよ」

 

「……そんな」

 

確かに、いくら俺でもこの傷じゃ自然治癒は追いつかない。極光の毒素には魔力の働きを阻害する効果があり、高速治癒や治癒力変換の効果が薄いのだ。魔物を喰らって得た魔力や魔王としての魔素を動員してもなお足りない。何せオルクス大迷宮最後の魔物と変成魔法で強化された魔物が放ったものだからな。このまま放っておけば出血多量で死ぬだろう。今だってもう視界が霞み始めている。死にたくなければ自分たちの下へ来いということなのだろう。

 

このままだと完全に時間切れだ。アイツらの雰囲気からすればキンジは殺されないだろうし、ここは俺とユエだけでも逃げ(おお)せるべきだ。て言うか、キンジも唖然としてないで早く逃げてほしいものだ。だからもう最後の手段に出るしかない。俺はユエに念話で神言を発動するように伝える。そして───

 

『ユエの名において命ずる───天人を見逃して』

 

「───っ!?」

 

ユエの神言が発動する。これなら聖痕持ちだろうと誰だろうと強制的に言うことを聞かせられる。魂に直接働きかけるその言葉に奴らの動きが止まる。その隙にユエは重力魔法を発動。俺を抱き抱えたまま空に浮かび、そのまま夜の学園島上空を飛行する。それを奴らは憎々しげに睨みながらも身体を動かすことができない。

 

視界に映ったそんな彼らと学園島の人工の光が作り出す夜景を最後に、俺は意識を失った───

 

 

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