変性魔法
「あ……」
暗い湖の底に落ちていたかのような意識が、引き上げられ覚醒する。明かりに吊り上げられるように瞼を上げればそこには俺の愛している女達の美しい顔が視界を覆っていた。
「ご主人様……」
「……天人」
「天人さん……」
「天人よ……」
「パパ……」
「天人さん……」
「天人……」
皆がそれぞれ俺の名前を呼ぶ。そしてそれらの声で、俺が起きたことに気付いたらしい透華達もやってきた。
「天人くん」
「天人さん」
「よかった……」
どうやら全員起きていたらしい。壁を見渡して見つけた時計の針を読めば今は夜の10時。あれからまだ数時間しか経過していないようだった。
傷は……あまり良くはないな。やはりあの極光の毒素が効いている。身体中に包帯を巻かれているようだが、出血も収まりきっていないから既に赤く染まっている。腕もろくな感覚が無いことからやられ具合も想像が着く。だがここは幸い学園島の外。さすがにアイツらもここまでは聖痕封じを置けていないようで、意識を取り戻せた今、白焔の聖痕で両腕を、強化の聖痕でその他の傷を力技で癒すことは可能だった。
「シア、ティオ、ちょっと身体支えてくれ」
とは言えまだ身体を起こすのは無理そうだったので2人に支えてもらい、そこでようやく銀の腕を発現させる。それにより1番状態の酷い両腕を再構成。直ぐに銀色に輝く両腕を戻せば、ここだけは元通りになった。
「あぁ……その気になれば他の傷ももう治せるんだけど……」
と、俺は言葉を切り周りを見渡す。その言葉で、全員がそれぞれ浮かべていた心配そうな顔を少しばかり緩ませていた。
「正直さっきの戦いは身も心も疲れた。……俺ぁもう休みたいよ。……だからしばらくは自然治癒に任せる」
どうせなら介護生活を楽しもう。……普段も似たようなもんだとか言ってはいけない。ただダラけているのと看護されるのは別なのだ。……例え即座に傷を癒せるのだとしても、決して、決してサボっているわけじゃないのだ。
「つーわけで彼方。悪かったな急に押し掛けさせて」
どうやら同室の奴らは外してもらっているらしい。まぁここは寮だし他の部屋に泊めてもらっているのだろう。中学とは言え武偵校。その辺は緩々だからな。
「そんな……天人さんの役に立てたのなら……」
「布団、血で汚しちゃったな。後で新しいの送るよ」
シアとティオに両脇を抱えられながら身体を起こせば布団には俺の血がべっとりとこべり着いていて赤黒くなってしまっていた。まるで人がこの上で刺し殺されたみたいになっている。……これでよく生きてるな俺。人間なんてとうに辞めた肉体が持つ流石の生命力に自分でもちょっと引く。
「これは永久保存版です!!」
「………………そ、そうか」
彼方のあまりの勢いに思わずたじろぐ。ユエ達も「コイツぁやべぇぞ」という顔をしていた。うん、俺もそう思う。
「取り敢えず、帰るよ。ここに居ちゃあアイツらがまた来るかもしれないから」
「気を付けて下さい……私はもう、天人さんが傷付くのは見たくありません……」
彼方が俯きがちにそう言う。その声は少し震えていて、彼女の心が伝わってくるようだった。ま、俺だって痛い思いは御免だけどね。
「分かってるよ。……俺だって血塗れにゃなりたかぁない」
「はい……」
それでも心配そうな顔をしている彼方。俺はその栗色の頭に手を置いて
「大丈夫だ。俺ぁ死なねぇ。……それより透華と樹里は……これを機に武偵高卒業したら武偵辞めろ。……アイツら、お前らも狙ってる節がある。けど、お前らが自分の力ぁ使わないのなら多分放っておくってスタンスだ」
何故俺は絶対確保のスタンスなのにコイツらは様子見っぽいのか。理由はおそらく俺達の性格の違いだろうよ。俺はあくまで戦うスタンスであり性格も比較的バトル向きだ。だがコイツらは基本的に良い子だし俺と比べりゃ控え目な性格だからな。戦えないって程じゃないけど武偵向きかって言われるとそうでもない。そんな奴らを仲間に引き込んでも俺程の利益は見込めなさそうって魂胆なんだろうな。
それに、彼方はともかく透華と樹里はその力を完全には使いこなせていない。暴走させるような心配はないが、その力の真髄を発揮させるには至っていないのだ。アイツらはその辺も全部把握していて、それであの言い回しだったんだろうな。
「彼方もだ。お前も明日から武偵高生になるわけだけど、武偵やるのはそこまでにしておけ。……あそこじゃ難しいかもだけど、勉強も頑張れよ?」
彼方はもう武偵高への入学が決まっている。専門は変わらずに狙撃科だそうだ。透華と樹里も、どちらも諜報科のまま学年を上がる。
「はい……」
元々、彼方を助ける条件の1つとしてコイツらが聖痕の力をもう暴力に使わないことがあったのだ。武偵から足を洗うのが良い機会だ。
「じゃあ、取り敢えず俺達は学園島に戻るよ。まぁ多分まだ聖痕は開かねぇだろうけどな」
と、俺はユエに越境鍵を渡す。そしてユエはその鍵で俺達の部屋まで続く扉を開いた。
「じゃ、またな」
俺はそれだけ言ってシアにおぶさりながら扉をくぐった。そして、一旦残ると言っていた透華と樹里を残し、まだ寂しそうな顔をしている彼方を見ながら俺は扉を閉じた。
───────────────
学園島の家に戻ると、やはり俺の聖痕は閉じられた。ここまで長時間置いてあるってこたぁ下手したらもう学園島じゃ2度と聖痕を開けないかもしれない。……今度羅針盤で探し出して全部ぶっ壊してやろうかな。
キンジには「大丈夫だったか?」とだけメールを送っておき、俺はリサ達に包帯を変えてもらう。今のはもう血塗れで気持ち悪いくらいだからな。
「……飲んで」
と、ユエが俺の口元に神水を入れたボトルをそれの蓋を開けた状態で差し出してきた。俺はそれを素直に受け取……ろうとしたらユエはそのままそれを俺の口の中に突っ込む。
「んむっ……ん……」
そして、口の中に突っ込まれて注がれる勢いそのままに、ボトルに入っている神水を飲み干した。しかしこれほどの量の神水を飲んでいるのに傷口の回復が遅い。高速治癒と魔力の治癒力変換を併せて、ようやく胃袋の穴は塞がったがまだ腹には風穴が空いている。こりゃあしばらく戦うのは無理だな。聖痕を開いたって身体がこれじゃあまともに動けやしない。
むしろ、開かれた古傷がトータスの時に付けられたものだけで良かったくらいだ。あと覚えている限り俺が重傷を負ったのはアラガミのいる世界でゴッドイーターとして戦っていた時と、異世界転移の旅を続ける少し前に粒子の聖痕を持つアイツにやられた分と、ブラドに命じられて透華達にやられた分だ。
俺はトータスにいる頃に何度か銀の腕を発現させていたのに両腕が炭化した。ということは腕は作り替えても負った傷の時間は再生されるということのようだ。全くもって面倒臭い能力だ。それも、例え殺されても即座に再生するとか真面目に相手するのが馬鹿らしい。白焔で殺せば蘇れはしないようだが、それはとどのつまり殺さずに無力化するのは不可能ということだ。例え白焔で手足を引き裂いてもその程度なら再生できるのだから。
「この傷ではしばらく戦いは無理じゃの」
と、俺の包帯を替え終えたらしいティオがそう言った。リサも、巻いた傍から血が染み出し赤く染まる包帯を見て今にも泣きそうな顔をしていた。
「俺も少し休みたかったところだ。それに、看病生活ってのも悪かぁなさそうだしな」
俺は敢えてそんな風におちゃらけて見せる。
実は、俺が目覚めてからこっち分かりやすく表情を変えている3人はまぁいいのだが、俯いて顔がよく見えないシアが1番怖い。今も、ユエ達みたいに俺に侍るわけでもなく、ただずっと俯いているだけなのだ。
「……シア」
そんなシアに、ユエが寄り添いにいく。ユエの細く白い指がシアの頬に触れる。けれどもシアはその手を取るでもはたくでもなく、ただただ微動だにしない。だが、唇が震え、小さいながらもその花弁から声が漏れ出る。
「……私が……私がもっと強ければ……」
「シア……」
「シア様……」
その尋常ならざる様子にティオとリサもシアの方へと寄り添う。レミアとミュウは、今はジャンヌが付き添っている。俺の傷は、ちょっとまだレミアとミュウに見せるには刺激が強すぎるからな。
トータスの魔王城じゃ腹に風穴空けられたところを見せてしまったが、本当なら、せめてあの2人だけはあぁいうのからは遠ざけておきたい。
「シアのせいじゃないよ。聖痕ってのはあぁいう理不尽な力なんだ。俺んだって、持ってない奴からしたら理不尽の極みみてぇなもんだ。だから───」
だから気にするな、そう言おうとしたのだが……
「───そんな理不尽を叩き潰すのが私の筈ですぅ。私はそのために、あの時武器を取りました。そのためにここまで鍛えてきたんですぅ。……だから、天人さんをそんな風にした奴は私が───」
「シア」
"奴は私が叩き潰す"きっとシアはそう言おうとしたのだろう。だが、俺はその言葉を言わせなかった。言わせちゃいけないと思った。
「───勝利条件を見誤んなよ?俺達はアイツらと……再生の聖痕と喧嘩する必要なんてない。そもそも、あれは"喧嘩じゃ絶対に勝てない"類の力だ。俺達の勝利条件は俺達の日常を守り抜くこと。仮に奏永人を殺したところで俺達ゃずっと追われる身だ。それじゃあ負けなんだよ」
「でもっ!!」
俺の言葉に、シアが遂に顔を上げた。その顔は、俺と初めて逢った時の様に、溢れ出る涙で濡れていた。
「シア……お前にそれだけ想ってくれるのは嬉しいよ。……何で俺がこうなったのかはユエに聞いたんだろ?」
と、俺が問えばシアは黙って頷く。やはり、か。俺が狙われた理由を知っていたから、シアはここまでキレているのだ。
「……ここはトータスじゃない。フェアベルゲンの時ほど俺と周りの力は乖離していない。アイツらには俺の聖痕を閉じる手段があって、俺を殺すに足る力を持っている」
それでも、もし俺達が本当に本気になってこの国を叩き潰す気で暴れれば、それも不可能ではないだろう。ミュウやレミア達はトータスでも香織達の世界にでも匿ってしまえばいい。そうすればアイツらには流石に手出しも出来やしないのだから。
「……確かに、それでも俺達の力ならこの国を滅ぼすくらい暴れて、征服することも出来るかもしれない。けどな、そんなことしてみろ。今度は世界中が俺達ん敵に回るぞ。そうしたら今度こそ俺達ゃこの世界に居場所なんて無くなる。そりゃあトータスとか、香織達の世界に逃げ込めば追いかけちゃこないだろうけどな。それに何の意味があるってんだ」
俺がこれまで言っていたこと、キンジに言われたこと、これまでの異世界転移の旅の中で起きたこと。色々なことが頭の中を駆け巡る。
俺は最初、自分達に手出ししようなんて奴らが現れないくらいに力を見せつけようと思っていた。けれどそれじゃあ駄目だと、もっと孤立しないような生き方をしようとして……そして今度は力のせいで飼われるか、消えるかの2択を迫られた。
それは奇しくもシアが俺達と出会う前、フェアベルゲンの奴らに追われていた状況と似ていた。他と隔絶した力を持つからこそ排斥される、そんな理不尽な迫害に。
「でも……こんなのって……っ!!」
「シア、これからのことはゆっくり考えよう。この世界は向こうより身の振り方を考えなきゃいけないからな。けど、ありがとなシア。俺のこと、そこまで想ってくれていて嬉しいよ」
「天人さん……。私……わ"だじぃ……」
もうしシアは涙目の鼻水だらけで可愛い顔が台無しになっている。その顔は確かに最初に出逢ったあの時とそっくりだが、あの時とは違って、今はこんな汚れちゃった顔でも愛おしく思う。
「今日はもう寝よう。寝て、起きたら皆で一緒に考えような。ここに居ない、ジャンヌとレミアとミュウも一緒に」
俺達はもう家族なのだから、家族の問題は皆で考えて、皆で解決しよう。そう決めて、包帯を巻き終えた俺はベッドに横になる。下にはタオルを何枚も敷いてあるから血が布団にベッタリということも無い。
だが皆俺の傍で寝たがり、結局全員1つの部屋に布団を敷いて雑魚寝をすることになった。俺はそれを少し高い位置から眺めながら、眠りに落ちていった。
───────────────
どうやらキンジも逃げ切れたらしい。逃げ切った、と言うよりは向こうがキンジの勧誘を諦めたのだとか。ついでに俺の殺人容疑も一旦は不起訴になったと、これは不知火から聞いた。どうせユエへの対策を練り直してまた来るんだろうけどな。
で、キンジ曰く、彼は本気で留年し、明日までにバレないような変装を考えなければならないんだと。
武偵高は封建制が強い。そんな中留年した元上級生が同じクラスにいるというのは非常に具合が悪いのだ。なので大概は他の武偵高に出される……らしいんだが、キンジはその受け入れ先すらなく、海外はキンジが暴れ回ったせいで入国すら厳しい。辛うじてイタリアだけは友好的らしく、受け入れてくれることになったと本人が言っていた。
だがイタリア語を修得するために語学学校に通う段取りになったところまでは良かったのだが、その語学学校も受け入れに準備が必要だ。それが整うまでの10日程は東京武偵高に通う必要がある。
その10日をどうしようか、という相談……の名前を借りた泣き言がキンジから出てきたのが俺のメールへの返信からの流れ。
で、キンジは変装の才能が無いらしく困ったところに俺がイギリスでメヌエットに変成魔法を使ったことを思い出したらしい。確かに変成魔法なら顔形を変えて10日間知り合いから誤魔化す程度なら可能だ。
というわけで今からキンジが家に来ます。
「───なんで、取り敢えず見られたら困るもの片してな」
という号令をかけるが正直リサとシアのいるこの家は全く散らかっていない。精々外に干してある女性用の下着とかの洗濯物を見られないようにカーテンを閉めるくらい。キンジ相手なら、ゴミ箱から溢れてる俺の血塗れの包帯の山とか拳銃の弾薬とかを見られても何の問題も無いし。
出血はある程度収まったみたいだが、流石に昨日の今日じゃ立ち上がれない俺は寝転がったまま指示を出していたが、起きてからこっち、シアとティオに抱えられて身体を起こし、傍にユエとリサが侍っているという、何とも贅沢な状態を楽しんでいた。で、お昼前になり、ようやくキンジがやって来た。気配感知によって玄関先に来たのも分かっているし、来訪を告げるチャイムも鳴ったのでリサが出迎えに行く。
そのリサに先導されてやって来たキンジの顔は暗い。あと少し嫌そう。留年したことのショックと、男1:4女の割合で住んでいる上にジャンヌやミュウにレミアがよく来るこの家は非常に女性の香りが強いのだ。俺はもう慣れて何も感じないが、キンジはそうもいかない。
「……身体、まだ駄目か?」
と、少しでも違う方向性に意識を持っていこうとキンジが俺の身体の具合に触れる。
「あぁ。何日かはまともに起き上がれないし戦闘も当然無理だ」
ちなみに、しばらくはミュウとレミアとリサはなるべくティオかシアが傍にいて、最低でもジャンヌが近くにいる時だけ外出を許すことにしている。ここでの聖痕が今だ封じられている以上、いつまたアイツらが襲ってくるとも限らない。今度はリサ達を人質にするかもしれないのだ。んで、ユエはなるべく俺の傍から離れないようにしてもらっている。ユエの神言があれば強制的に退席させられるからな。再生の聖痕を戦闘で退けることが出来ない以上はこういう搦め手を使えるユエが頼りなのだ。
ちなみに今はシアがレミアとミュウの傍に行っている。どうせシアには変成魔法を他人に使うことが出来ないから、女嫌いのキンジが来ることもあってちょうど良い。少しは頭も冷えるだろうしな。
「……そんな時に頼まれて平気なのか?」
「別に。……ていうか俺じゃなくてユエとティオに任せるから、平気だ」
変成魔法は俺よりもユエとティオの方が適性は高いからな。特にティオは俺らの中で1番上手く扱えている。
「え……」
「つーわけで、ユエ。キンジを拘束!」
「……んっ」
と、この場から逃げ出そうとしたキンジを一瞬にしてユエが重力魔法で拘束。いくら踠こうとも手足が宙に浮いた状態では何もできない。
「ティオ、キンジの変装は絶対に知り合いにバレちゃ駄目なんだ。そして追加情報、コイツの兄貴は女装が滅茶苦茶上手くてその姿は女優でも裸足で逃げ出すレベルだ」
そこで俺が
「や、止めてくれ……それだけは……」
「キンジぃ、無駄な足掻きは止めとけ。安心しろ、必要無くなったら戻してやるからさ」
「そ、そういう問題じゃね───」
大声で叫びそうなキンジの口を氷で封じる。ここはマンションだからな。近所迷惑は避けないと。
「んじゃ、よろしく」
「応なのじゃ。……さて遠山、そんなに嫌そうな顔をするでない。安心せい、妾は皆の中で1番この手の魔法が上手なのじゃ。お主を見事変えてみせよう」
そして、ティオの変成魔法による施術が始まった。キンジは諦めたのか死んだ顔をしていた。そして、ティオの変成魔法による遠山キンジ変装計画の手術から数分が経過した───
「出来たのじゃ」
ふう、なんてかいてもいない汗を拭ったティオ。両手で顔を覆いさめざめと泣いているキンジをユエは解放する。
「お、どうなった?」
だがキンジは顔を覆ったまま「もうお嫁にいけない」なんてボヤいている。お前どっちにしろ嫁には行かねぇだろ。フンと鼻を鳴らしたユエが風属性魔法で無理矢理にキンジの両手を剥がしにかかる。それに必死に抵抗するキンジ。だが俺がちょっとだけ飛ばした纏雷により腕の力が抜けたキンジは遂にそのお顔を晒した。
「お、良い感じじゃん」
キンジの顔は少し小さ目にされてスッキリとしていた。キンジは元々髭も薄い方だがそれも完全に無くされている。それと、さっきは腕で隠していたが胸も武偵高のブレザーの上からでも分かるくらいに、しかし大き過ぎることもなく膨らんでいた。髪の毛の随分と伸びていて肩甲骨に届くくらいの黒髪をしている。
これなら
「ううっ……」
声もややハスキーだが確実に女の声だ。随分とティオも拘ったらしいな。
「身体の骨格や筋肉には触れとらんから同じように動けるはずじゃ。どうじゃ天人よ、妾としても中々の出来栄えだと思うのじゃ」
「だな。流石ティオだ。これなら
これが南雲くんだったら1発で気付きそうな元戦兄妹を頭の隅に追いやる。
「さて、ここに女子の防弾制服はある。……安心しろ、ちゃんとロンスカだから」
"女子の"防弾制服と聞いてキンジが一瞬絶望的な顔をしたがロンスカと聞いて少しだけ表情が和らいだ。だが次の瞬間には"なんでコイツが女子の防弾制服を持っているんだ?しかも俺に合うサイズ"って顔をしやがったのでそこは視線で黙らせておく。ちなみにまだ未使用品だが本来はティオに着てもらう用だったりする。仕方ないのでキンジに貸し出してやるのだ。
実はミニスカもあるがそれを出したらキンジが本気で拳銃自殺を図りかねないので止めておいた。
「後は偽名だな……。どうするか……」
別にキンコとかカナコとかでも良い気がするんだがな。しかしコイツ……カナみてぇに美人になったな。本人は変装の才能は無いって言ってたけど、多分服とか小物とかを選ぶセンスが無いんだろうな……。俺も人のこと言えないけどさ。
「……メーテル」
と、戦々恐々と女子の制服を手に取って眺めていたキンジを、更にジトっと眺めていたユエが呟く。
「メーテルって、アニメの?」
ユエさん最近はジャパニーズアニメにハマっていて古いやつとかも結構見ていたりする。吸血鬼だから夜遅くても平気なのか、割と夜なべで。
「……ん、でも黒いからクロメーテル?」
「ふぅん。じゃあそれでいいか。本人から遠い名前なら知り合いに会っても思い至らないかもだしな」
というわけでリサも部屋に呼んで会議の結果、キンジの女装モードはフルネームでクロメーテル・ベルモンド。日系オランダ人の3世でお金には厳しい性格ってことにした。て言うか中身はほぼキンジだ。本人なんだから当たり前だが。
「じゃあ頑張れよ、クロメーテルちゃん」
と、泣く泣く女子制服に着替えたキンジは紙袋に男子制服を畳んで仕舞い、それを手に泣きそうな顔をして出ていった。怖いなぁ……俺もあぁならないようにしよ。
ちなみにクラス分けの結果俺とリサとユエとシアとジャンヌはキチンと同じクラスになっていた。ま、ユエが魂魄魔法と神言で誘導したからなのだけど。クラス分け程度ならそこまで難しいことでもない。
「そう言えば天人よ」
「んー?」
と、ティオが何やら頭に疑問符を浮かべていた。
「あの女子制服は何のために?」
あぁそれか。それはまぁ───
「本当はティオ用だったんだけどな。1着しかないからミニスカだけになっちまった」
それはそれで背徳的だけどどうせならセットで見たいからしばらくは封印だな。
「お主は本当に好きじゃのぉ……」
だがティオとユエからは呆れの視線を頂戴してしまった。……ユエさんだってこういうの好きなくせに、という俺の視線は目を逸らされることで躱されてしまった。
───────────────
毎日神水を飲んでいれば流石に傷も塞がろうというものだ。
極光の毒素が抜けてからは回復の早かった俺はキンジをクロメーテルちゃんに仕立てあげた次の日の昼にはおおよそ良くなっていた。
キンジが上手く女の子やれているのか不安だったのだが、まぁ初日の昼には「2年女子と蘭豹は月一で何か身体に異変が起こるらしい。お前は俺を女にした責任がある、教えろ」と、それ受け取る人によってはとんでもない誤解を与えない?って感じのメールが飛んできて爆笑した。ちなみにまだ大笑いすると腹が痛むから笑いながら俺は痛みに悶絶していた。それを見てユエ達は馬鹿を見るような目をしていたけど、鋼の精神で気にしないことにしている。
そう言えばキンジは保体のテストが悪くて留年したんだよなぁと思い出し、仕方なしに保体の補習代わりにその仕組みを大雑把に説明してやった。
どうやら体育の授業を腹痛の仮病で見学しようとしたキンジだったのだが、腹が痛いから休みますの旨を他の女子が担当の蘭豹に連絡したところ蘭豹が大爆笑したところからあのメールに繋がったらしい。
どうにも蘭豹はキンジとクロメーテルの繋がりを知っているみたいだから、そりゃあ笑うよな……。俺も笑ったし。キンジは女を避けようとする割には敵のことを知ろうとしなさ過ぎると思うのだ。敵を知り、己を知れば百戦危うからず、だっけか。
で、放課後になるとキンジから今度は男子の制服を持って来てくれとメールが飛んできた。どうやら
俺は身体を動かすリハビリついでに持って行ってやるかと、キンジの防弾制服を回収しにアイツの部屋へとやって来た。汎用のパンプキーで解錠すると先客がいた。アリアだ。
「あら、家主が居ないのに勝手に入るなんて駄目じゃない」
「お前がそれ言う?」
「あたしは合鍵持ってるもの」
それ勝手に作られたってキンジが言ってたぞ、とは言わないでおく。傷は一応塞がったけどまだコイツと喧嘩する元気はないし。
「そうけ。俺ぁキンジの依頼でな。詳細は言えないけどさ」
「そう。ねぇ、じゃあアンタキンジが今どこにいるか知ってるんでしょ?」
と、トコトコとアリアがこっちへやって来た。
「んー?まぁな。……あ、言わねぇぞ?」
「んもう、あの馬鹿昨日からずっとどっかに消えてるのよ。見つけたら風穴」
んなこと言ってるからキンジが逃げるんだろうが。なんて言ったらキンジが逃げるからよ、みたいに返されそうだから俺はそのまま黙ってキンジの部屋の扉を閉めた。一応氷で扉を開けられないように閉めておく。そして俺はキンジの部屋を物色……するほどでもなく防弾制服を見つけたのでそれを紙袋に仕舞い、ついでに宝物庫の中にも入れておく。
そして俺はさっきからガンガン殴られているキンジの部屋の扉を開けた。
「んみゃ!?」
と、急に開いた扉に、アリアはバランスを崩してこっちに倒れ込んできた。
「おっと……」
まぁそれは予想出来ていたので俺はこっちに寄ってきたアリアの頭を抑えてやる。
「んじゃな」
「えぇ」
アリアのちっこいピンク色の頭をちょっと押して元のバランスに戻してやり、俺はキンジの部屋を後にする。尾行も心配したが、どうやらアリアは着いてきてはいない。気配感知に掛からないからな。まさかレキを使うわけもないだろうし。
……念の為俺の家に戻ってから鍵で飛ぶか。
キンジが今いるのは第3女子寮の106号室。これがアリアにバレたらキンジが風穴祭りになっちまいそうだからな。
仕方なしに俺は鍵で自室への扉を開いた。そしてそれを閉じ、今度は羅針盤で周りに人がいないことを確認しつつ、キンジご指定のかなめの寮の部屋の目の前まで扉を開く。キンジが、鍵は開けておくと言っていたので取り敢えずノックだけして俺は玄関の扉を開けた。するとそこには───
「……背徳中?」
「背徳中」
スカートを捲り上げて中のブルマをキンジに晒しているかなめと、それを跪きながら眺めているキンジがいた。
俺は宝物庫から出しておいた防弾制服入りの紙袋
をドアノブに掛けるとそのまま部屋を後にした。ただ、無言で出るのも可哀想なので一言だけ添えておく。
「情けで誰にも言わねぇでおくよ」
そして俺は先程の光景を記憶の彼方へと追いやり、帰路へと足を向けるのであった。