セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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イタリア

 

 

あの後不知火からは白紙の小切手が届いたので俺は適当に数字を書き込んで銀行に持っていった。

 

不知火から一応書く数字は考えてくれと電話があったが、それはそっちの都合。まぁ俺も国が傾くような額は書かないよ。国家転覆罪とか言われても嫌だから。小切手が白紙だったのは向こうなりの誠意なんだろうし、8人が一生豪遊……とまではいかずとも取り敢えず当面の生活の不安が無くなる程度の額にしておいた。あんまり極端な数字書いて後で金払うからこっちに来いとか言われるのも嫌だからな。

 

そんな折衷案から記された数字はそれでもまぁまぁの数なので、俺はリサに頼んで、降って湧いた臨時収入はしっかりと銀行に預けてもらった。

 

そんな頃、もうすぐキンジもイタリアに行くのかぁとか思いながらジャンヌから渡された同窓会の招待状に従ってお出かけの準備をしていた時、携帯が教務科から送られたメールの着信を知らせてきた。

 

「げっ……」

 

まぁ教務科から呼び出される時点でろくでもないことかお仕事の斡旋かのどっちかだろうというのは想像が付くのだが、今回は悪い方に目が出た。つまりはまぁ、お仕事じゃなさげなお呼び出しだ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「高天原ゆとり、3年A組神代天人と共に入室致します」

 

なんて、去年に引き続きまた俺の担任を受け持つことになった高天原先生と共に校長室に入る。部屋の奥のご立派な机に座っているのは緑松尊校長。へぇ、こんな顔してるんだなぁという印象しかない。入学式から始まり、始業式や終業式とかで何度となく顔を見ているはずなのだが、絶対にその顔を覚えることが出来ない見える透明人間。

 

終業式時点で俺は既に魂魄魔法入りの義眼を付けているのだから本来魂で見分けが着くはずなのだが、それすら無理だ。というかもうこの人の魂を俺は忘れていた。これもう超能力とか魔法の類だろ。

 

そして、そんなどこかの誰かさんな緑松校長から伝えられたこと。どうやらさっき呼び出しを喰らった時は悪い方に出たと思っていたけど実はそうではなかった……いや、やっぱ悪い方かも。

 

なにせ用件は仕事の斡旋、というかご指名での依頼なんだとか。そんなんで態々校長室に呼び出すなよ心臓に悪い、と心の中で愚痴を零していたのだがどうにも相手がろくでもない奴らなのだ。聞けば、この仕事を振ってきたのは武装検事局とのこと。あーあ、遂にキンジも完全にマークされてんじゃん。

 

……違うか、これは俺の国外追放に近いんだろうな。どうせなら行き先もやることも与えて俺の動きもまとめて監視しとこう、みたいな。キンジの動きを逐一報告せにゃならんということは俺の動きも縛られるし向こうも俺がだいたい何をやっているか把握できる。なんなら俺を監視する仕事も誰かに振られているかもな。

 

ま、家の方はユエもシアもティオもジャンヌもいるから戦力的には何の問題もない。問題は俺の生活力が底辺だということだ。キンジもだらしがないし生活力低い系男子だが、俺のそれは輪をかけて酷い。金だけ渡されて一人暮らしさせたら今やミュウより悲惨なことになる。娘の成長に涙がちょちょ切れるね。

 

と、俺は出てもいない涙を拭いながら家へと帰ってきた。勿論俺は校長先生からのお達しには1つ返事で頷いていた。というかそれ以外に選択肢が無かった。海外に行く支度進めといて良かったな。まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったからまだ途中だけど。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「そこら辺どう思うよ」

 

最近公安の露骨なユエシアコンビの俺からの引き剥がしにより2人ともお仕事でいない。今日の夕食当番であるリサがレミアと一緒にミュウにお料理を教えているため、俺は最近家に入り浸っているジャンヌ──と言ってももうジャンヌもウチの子なのでそれは別に良いのだが──の膝枕の上でゴロゴロしていた。ジャンヌの相部屋だった中空知も留年したらしく──どうやら体育が壊滅的だったらしい──それからというものジャンヌは半分この家に住んでいた。今じゃ歯ブラシや着替えも置いてある。

 

「明らかな追放だろうな」

 

「だよなぁ……」

 

と、俺はジャンヌのお腹に顔を埋めながらボヤく。ちなみに日本国内じゃ露骨な引き剥がしにあっている俺とユエシアだが、どうやら俺がイタリアに飛ばされている間にはシアにまだ仕事はきていないようで、俺は補助に彼女を連れて行くことにしている。俺の生活力じゃイタリアだろうがどこだろうが、ろくに暮らせないからな。

 

シアは俺の日常のお世話も出来るし、何らかの形で誰かと戦闘になった場合でも頼りになる。この不自然に空いた間は恐らく公安の狙いでもあるのだろう。事実、ユエの予定はやはり空いていなかったからな。神言──公安の奴らはユエの言うことは無条件に従わされる超能力の一種だと思っているのだろう──はあの1回の使用で余程警戒されているようだ。逆に、これまでも仕事では派手に活躍しているらしいシアは肉弾戦が主なのでそういうのは無いと判断され、俺と一緒に国外追放ということか。

 

しかも、俺がリサを選んだとしてもそれならそれで俺と引き離せるからOKっていうことだろうよ。まったく嫌な奴らだ。はるぎりジャックと首相暗殺アンド核保有してたあれ、まぁまぁの額を請求したから腹いせかな。仕事って割に拒否権無さそうなのは校長先生から聞かされたし。

 

「……なぁジャンヌ」

 

「どうした?」

 

俺は、キッチンの方を見て3人が和気あいあいと料理を楽しんでいるのを確認し、ジャンヌのお腹にもう一度顔を埋めた。

 

「……もし俺が───」

 

と、俺はそこまで言いかけて言葉が止まる。これを、今言って良いのかどうかが急に分からなくなったからだ。俺は───

 

「……いや、やっぱ何でもない」

 

「そうか」

 

と、不自然に言葉を止めた俺に、ジャンヌは何を言うでもなくただその白く細長い指で俺の頭を撫でる。俺の髪を梳くその指が気持ち良くて、けれども撫でられているのは恥ずかしくて、いくつかの感情が綯い交ぜになった俺はただジャンヌの腰に抱き着いて、その甘い……と言っても甘ったる過ぎずに爽やかでもある絶妙なバランスを持つジャンヌの仄かな香りにただ包まれていた。

 

──リサ達の作る料理の香りは俺の鼻には届かなかった──

 

 

 

───────────────

 

 

 

言語理解ってのは便利だ。何せ何も勉強せずとも世界中の言葉を喋ることができるのだから。

 

「日本の東京武偵高から来ました。神代天人です。宜しく」

 

「同じく東京武偵高から来たシア・ハウリアです。宜しくお願いします。ですぅ」

 

ですぅってイタリア語で何て言ってるの?とは思うが言わぬが花。俺も言語理解で無理矢理理解させられているだけだからイタリア語の文法とか言われても知らんし。

 

というわけで俺とシアはローマ武偵高にやってきた。世界中の武偵高の始祖がここなのだとか。俺達は東京武偵高からの留学生ってことになっている。武偵ランクはそのまま据え置き。ここは武偵ランクでクラスが別れているらしく、俺とシアは当然1番上のクラスに配属されていた。ちなみにここローマ武偵高には東京武偵高みたいな制服は無い。防弾性の黒いやつならだいたい何でもOKなのだ。なので俺はイギリスでメヌエットが買った黒いスーツを、シアは日本でリサやユエと一緒に見繕った黒制服(ディヴィザード・ネロ)だ。

 

どうやら公安の奴らが手を回していたらしくローマ武偵高への留学という形での編入はスムーズに行われた。……キンジを監視して動向を逐一報告しろという任務である以上はそうであってくれないと困るのだが。

 

だがそれはそれとして困ったことが1つ。東京で留年してこっちに逃亡せざるを得なくなったキンジとは残念ながらクラスが別れてしまったのだ。アイツは1番下のクラスへ編入していたらしい。

 

俺達の挨拶にはパチパチとまばらな拍手が起きるだけ。座席も結構空席が多いが、まぁ武偵高だしな。任務に行っている奴もそれなりにいるんだろう。ここは武偵ランクの高い奴の集まる教室らしいし。んー、けどもうちょい歓迎されるムードかと思ってたんだけどな。まぁいいか。と、俺達は用意された隣同士の席へと座る。……ちなみに俺とシアのいるこのクラスは高3のA1(ア・ウノ)という名前で区別されている。

 

イタリアの高校は5年制なので日本で言えば高2の年齢に当たる。留年してないから年すら誤魔化す羽目になったけど、個人的には2度目なので慣れたものだ。

 

教室を見渡せば俺とシアを睨む目が1組。巻いた金髪が派手な女子生徒だった。その周りには顔面の良い男子生徒達が集まっている。……どうやらアイツがこのクラスの中心らしい。

 

俺達は用意された席へと座る。イタリアの授業は日本のそれとは違って基本的に討論形式が基本だ。生徒同士で議題について話し合い、それを先生が適宜補足する。そうすることで理解を深めていくのだ。

 

で、いきなり授業をフケるわけにもいかずにまずは真面目に授業に取り組む。そんなとある日の午前中だった───

 

「よろしい?」

 

鼻につく香水の匂いに一瞬顔を顰めそうになるがそれを堪えて声の方へ振り返ればそこにいたのは巻いた金髪の女、それとイケメン揃いの取り巻きと思われる男共。

 

「なに?」

 

と、俺もイタリア語で返せばそいつもにこやかな──しかしどこか嗜虐的な──笑みを浮かべてきた。

 

「私達これから中庭に射撃の訓練に行こうと思うの。あなたもどうかしら?」

 

と、巻いた金髪の女子生徒──確かロベッタ・ベレッタ──が敢えてシアを見ないようにしながら俺にそんな誘いをしてきた。さっき取り巻きの男の1人がシアを一目見て見蕩れたような顔をした時に思いっきりド突いていたから、自分以外の女がクラスの男連中の気を惹くことが気に入らないのだろう。

 

俺もその態度は気に入らないが、まぁここで喧嘩をしていても仕方ないかと、それには気付かなかった振りで「誘ってくれてありがとう」と返して立ち上がる。

 

俺の快い返事に気を良くしたのか、嗜虐的な雰囲気は鳴りを潜めたロゼッタ・ベレッタや、ロゼッタの周りの男子生徒と共に俺は中庭へと向かう。シアには念話で「ついでにキンジも探してくる」と伝えておく。

 

そして中庭には───

 

「あら、何か臭うわね。まったく何の匂いかしら」

 

ロゼッタ・ベレッタのそんなしょうもない皮肉に「お前の香水の匂いだよ」と、俺とまったく同じ感想を抱いたような顔をしたキンジがいた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「今から俺達はここで射撃の訓練をする。───事故は望まないだろう?」

 

と、同じ感想を抱いた顔どころか面と向かって「お前の匂いじゃないのか?」と言い放ったキンジに、ロゼッタの取り巻きの1人が拳銃を抜いてそんな脅しをかけた。キンジはともかく、他の周りの奴らはそれで完全に及び腰だ。まぁキンジと同じくEランクの武偵というのもあって実力差が分かっているのだろう。キンジ自身も俺に助けを求める感じじゃないし。

 

「才能の無い、家畜や奴隷と同じ価値しかないお前達Eランクの武偵にはここの気高いローマ史の遺構は不釣り合いだ。教室に戻れ」

 

と、他の取り巻きの奴も履いている革靴で何やらイチゴ畑を踏み躙る。それを見てキンジの友達っぽい女子生徒が悲痛な顔になっているからきっとこれは彼女の育てたイチゴだったのだろう。

 

「おい」

 

いくら俺とは無関係の奴らとは言えいい加減やることがコスいし寒いしで腹に据えかねた俺はイチゴ畑を踏み躙ったそいつの肩に手を置きながら股間に膝蹴りを入れ、後ろに引き倒す。

 

「カッ───」

 

味方だと思っていた奴に不意打ちで食らった金的には流石のAランク武偵様もどうにもならないらしく、そいつは股間を抑え、倒れ込んだまま悶絶している。

 

「……何のマネかしら?」

 

と、俺を振り返りキツく睨みつけるロゼッタ。だが俺はそんなことを気にする風でもなくスタスタをキンジ達の方へ日本語で話かけながら歩いて行く。

 

「おすキンジ」

 

「あ、あぁ。お前、なんで……?」

 

「んー?国外追放されたんだよ」

 

「───おい!」

 

と、ようやくキンジが俺の存在を疑問に思い、俺がそれに答えていると後ろから呼び掛けられる。振り向けばロゼッタと、その取り巻きのイケメン軍団が殺気立って俺達を睨んでいる。それを受けてキンジの友達達はビビちまってるし……。

 

「……んだよ」

 

まぁ仲間内にいきなり金的かましておいて放って置かれるわけもないよな……とは思いつつも、これからを考えれば相手にするのが非常に億劫だ。

 

「お前……分かっているのか?」

 

「せっかく育ったイチゴぉ踏み付けにする奴らとはお友達にはなれなさそうだよ」

 

とだけ俺は返しておく。あとシアにも念話を飛ばす。「ロゼッタ達と喧嘩になったから俺の荷物纏めといて」と。直ぐに「何してるんですか……?」と呆れ声が念話を通して返ってきたけど許してほしい。俺はこんな下らん連中とはやっていけなさそうよ。

 

俺が強襲科でSランクというのが分かっているからか直ぐには手を出してこなさそうな雰囲気の取り巻きの連中だった。だがロゼッタがふと何かを見つけたようで、ニヤリと口元が嗜虐的に吊り上がる。

 

「あら、何が匂うのかと思えばベレッタお姉様ではないですか」

 

と、ロゼッタがキンジ達と一緒にはいたけれど1人で車輌科の教本を読んでいた金髪で小柄な女子生徒を指差して何やら悪態をつく。そしてその流れを敏感に感じ取ったのか取り巻きの1人が───

 

「おい、()()()()、ベレッタ・ベレッタ」

 

と、随分な呼び方でその小柄な金髪の女子生徒を呼んだ。何の話だと俺はキンジに小声で聞く。どうやらベレッタ・ベレッタというらしいその金髪の女子はイタリアの銃器メーカーの御令嬢様らしい。……それで死の商人か。てかそれ、お前らの囲ってる女も変わらんだろ。ロゼッタもベレッタ家の人間らしいし。

 

もっとも、ベレッタの方は気にしてるのかしていないのか、ロゼッタ達は無視して教本を読み耽っている。

 

「お姉様は銃器の国内生産を止めてはならないと仰いますし、自ら工房でお作りにもなる。世界に名だたるメーカーとは言え私達が商っているのは武器。その本質は人殺しの道具ですのよ?……自らの手を血の呪いから遠ざけるためには全て国外でライセンス生産させてしまえばよろしいのに」

 

「……それじゃ品質が落ちるでしょ」

 

その姉妹の言い争いに、俺も言いたいことはあるが言い出すことはない。これはコイツらの喧嘩で、コイツらしか関わってはならないことだと思うからだ。実際、ロゼッタの言うことはある程度は正しい。武器は人殺しの道具。それも銃器となれば正しくだ。だがだからこそ、それを作る責任を知っていなくてはならないとも思う。それを俺はあの最初の異世界転移で改めて強く思った。

 

だが教本から目を離さずに会話するベレッタにロゼッタはイラついたのか───

 

「お姉様、どこが革命的なのかワタクシには分かりませんけど……次回のプレゼンでは革命銃(リボルチオーネ)なんて物の発表はやめて下さいね?お姉様の血で汚れた手が───更に血生臭くなりますもの」

 

と、俺が手を出さずにただ眺めているからか言いたい放題になってきた。そしてそれは周りの取り巻き連中も同じらしく───

 

「あっちに行ってよ。あたしは勉強してるの」

 

と、頑なに目を合わせようとはしないベレッタに対して……

 

「自分で作った武器で他人に殺させたいってことか」

 

「罪の意識や葛藤を感じる気もないんだな」

 

「金の亡者め。1ユーロ分でも権利は手離したくないんだな」

 

と、数で押しゃあ勝てると思っているのか俺は手を出してこないと思い込んでいるのか……。まぁ確かに他のキンジのクラスメイトはビビってるっぽいから戦力にはならなさそうだが……。

 

ともかく良い気になっているらしいロゼッタ達の取り巻きの1人……首筋に刺青を入れている奴がベレッタの読んでいた車輌科の教本を取り上げ───

 

「返してよ!」

 

「お姉様には必要ないでしょう?どうせあちこちぶつけてしまうのですから」

 

と、背の低いベレッタがギリギリ届かない位置に教本を持ち上げてピョンピョン飛び跳ねるベレッタを見下げて笑いものにし始めた。その挙句、取り巻き連中の間でベレッタの頭上を通して本をパス交換し始める。姉妹の口喧嘩くらいなら放っておこうとも思ったがこれはいい加減目障りになった俺はロゼッタの囲いの男共から車輌科の教科書を取り上げ返そうとしたところで───

 

「いい加減にしろよ!」

 

と、キンジが強襲科のAランク達の群れに突っ込んでいった。奴らにとっては完全な不意打ちだったからかどうにか教本だけは取り返せたキンジ。あとどっからか子ライオンまで出てきてキンジに加勢していた。だが腐っても強襲科のAランク武偵様達だ。子ライオンは放り投げられて、直ぐにキンジを取り囲み袋にし始める。挙句、ろくに反撃も出来ないキンジを見てロゼッタは……

 

「お姉様が会社の金で男を囲ったと聞きましたが護衛にしては弱すぎますね」

 

「か、金は……ベレッタ社から奨学金として借りただけだ……」

 

「そう称したお姉様の私的流用でしょう?……でもいいのです。おかげでお姉様は転んでしまいましたから」

 

……よく分からんが、キンジはベレッタから金を借りた。んで、その金は会社の金で、キンジが返せないんだが返さないからか知らんが、ともかく取りっぱぐれたベレッタは失脚……ってとこか?

 

「さて、護衛にするには弱すぎる……どんな風に借金を返させているんでしょうね?」

 

と、皮肉もここまでくれば最早セクハラだ。当のベレッタは顔を真っ赤にしてワグワグと口を動かしているだけで返す語彙も無いようだった。辛うじて彼女の友達らしい女子生徒達が言い返してくれてはいるものの……それも暖簾に腕押しって雰囲気だ。結局、ロゼッタの目配せによってキンジへのリンチが再び始まる。今のキンジじゃ流石に強襲科のAランクは厳しい。しかも刺青を入れているあの男がこの中でも図抜けて強い。Aランクの中でもさらに実力の高いエリート様だろう。車輌科の教本を守りながらの普通のキンジじゃ逆立ちしたって勝てない相手だろう。

 

「はぁ……」

 

しかしこうなったら俺も入らない訳にはいかない。武偵憲章1条、仲間を信じ、仲間を助けよ。同郷の()()であるキンジは助けてやらないとな。

 

俺はこっちに背を向けている奴の脇腹に後ろ回し蹴りを入れて蹴り飛ばす。後ろから不意に踵が脇腹に突き刺さったそいつは一瞬の呻き声と共に数メートル程吹っ飛んで転がった。それに気付いた取り巻き達は流石の切り替えの速さで拳銃を抜こうとするが、そうさせる前にもう1人の顔面を殴り飛ばす。そこで他の奴らの抜銃が追い付き俺に幾つもの銃口が向けられる。

 

俺はその瞬間には腰を落として手が地面に着きそうなくらいに姿勢を低くする。一瞬銃口の先の目標(ターゲット)を見失わせてその隙に手前の奴に接近。身体を跳ね上げるようにして鳩尾に拳をめり込ませる。さらにそいつを他の銃口からの盾にしつつ襟首を掴んでもう1人へと投げ飛ばした。

 

さて後の取り巻きは刺青の奴ともう1人だけとなったところでロゼッタが舌打ちを1つ。

 

「今日はここまでにしてあげますけど……Sランクだからと調子に乗らないことね。……ほら、帰りましょう?射撃訓練で土にまみれるなんてごめんですもの」

 

そう言い残したロゼッタは、この場に香水の匂いをたっぷり置き去りにして俺達に背を向けて帰っていった。それを後ろから追いかける男共はチラリとこっちに睨み、しかし何かを言い残すでもなくただ無言のままロゼッタの元へと馳せ参じていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「そういやキンジ、お前どこで寝てんの?」

 

ロゼッタが去った後俺はシアも連れてEランククラスに入り浸っていた。キンジを見張れという任務の性質上俺はどうしてもキンジの傍に寝泊まりする必要がある。別にクモを着けてもいいんだが、あれだって多少は俺が操る必要があるし何より見る必要の無いものまで見えてしまうからあまり使いたくはない。万年金欠のキンジが長期間ホテルに泊まれるとも思えないから誰かの家に居候してるんだろうから余計だ。はてさて、コイツはどこに宿を確保しているのか。

 

「え?……あぁ。えと……」

 

随分と歯切れの悪いキンジ。そういやさっきロゼッタが何やらベレッタが囲ってるみたいなこと言ってたな。

 

「ベレッタんとこか?」

 

と、俺が言えば

 

「そうよ、その借金ブタは私の手元に置いているの」

 

ベレッタがそれを肯定する。

 

「ふうん。……なぁ、シアと俺もそっち行っていいか?」

 

ベレッタは大手の拳銃メーカーの御令嬢だ。住んでる所もメヌエットみたいに余裕があるかもしれない。実際キンジは泊めているみたいだしな。

 

「えぇ……。さっきのことは感謝してるけど……」

 

とは言えベレッタの返事はあまり色の良いものではない。まぁそりゃそうだ。女のシアならともかく男の俺まで来るとなればベレッタは嫌がるだろう。さて、そうなると家賃でも払って住まわせてもらう形にするか……

 

「なぁ天人」

 

「んー?」

 

と、俺がどうやってベレッタの家に転がり込むか思案しているとキンジが肩を突ついてきた。

 

「ハウリアは日本料理とか作れるのか?」

 

「んー?日本料理って、和食とか?」

 

俺がシアに「どう?」という視線を向ければシアはコクコクと頷く。シアはトータスでも料理上手だったがこっちへ来てからはリサに教わりつつ独学でもこっちの料理のレパートリーを増やしつつある。和食も時々テーブルに出ていたから出来るだろうとは思っていたけどな。

 

そんなシアを見て何やらベレッタの目が輝いている。どうやらこのイタリア娘は日本食を食べたいらしいな。

 

「……もし俺達を泊めてくれるならシアが好きな料理を作ってやる。それでいいか?」

 

「しょうがないわね。その代わり、変なことしようとしたら許さないわよ」

 

どうやら交渉成立のようだ。しかも俺は何もしなくても良いらしい。シアには多分毎日キッチンに立ってもらうことにはなるだろうが、それだけでキンジと同じ屋根の下を確保できるのなら問題あるまい。

 

「問題無い。そもそも、俺とシアは恋人だから他の女には手ぇ出さねぇよ」

 

恋人がシアだけだとは言っていないので嘘ではない。他の女にも手は出していないしな。シアの目線が若干怪しいが、透華達やメヌエットには、何に誓って何もやましいことはしていない。

 

「そう。まぁ……それならいいわ」

 

その時、ベレッタの視線がシアのある1点に吸い込まれ、そして自分の同じ部位へと移ったのだが、それを指摘するのは野暮ってものだよな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

で、何故かベレッタ邸にはキンジの他にもレキと颱風のセーラまでいやがった。どうやらキンジを狙撃拘禁しているらしい。本人達は何も言わないのでそれは後でキンジ本人から聞いたことだけど。

 

そんな俺達はシアからの伝言という形で買い物メモを渡されてそれを買いに行った。その中でセーラが菜食主義者なのとかなり金にうるさいことが発覚。とは言えそれ以外に何かあったわけでもなく、セーラのそんな情報も何に使えるというわけもないし、俺達はシアに指定された通りの荷物を抱えてベレッタ邸へと戻ったのだった。

 

そんな夜、俺とシアは2人で一室を与えられそこを寝床にしていた。風呂場は女子が2階のメインに使われている方で、男は3階のあんまり使われていなくてボロっちぃやつだったが文句は言うまい。そして夜の帳が降り、この家にいる奴らのほとんどが眠りに着いた頃───

 

「……天人さん」

 

シアがボソリと話しかけてくる。

 

「んー?」

 

何となく眠れていなかった俺は視線は天井に向けたまま声を返した。

 

「どうして私だったんですか?」

 

「何が?」

 

「……いえ、こういう時天人さんはリサさんを選びそうだったので」

 

シアが小さくそんなことを言った。

 

「別に、もし誰かと喧嘩になってもシアなら大丈夫だろ?生活力もあるから俺のこと支えてくれるし」

 

シアを選んだのにはそれ以外には特に理由は無い。他に強いて言うならリサにばかり負担を掛けられないというのはあるがそれだけ。

 

「それだけ、ですか?」

 

「あぁ。……どうしたんだよ急に」

 

「いえ……その……」

 

と、シアにしては妙に歯切れが悪い。

 

「リサさんじゃなくて、良かったのかなぁ……と」

 

そして、零れ落ちるようにポツリとシアはそう呟いた。

 

「それは……俺がお前よりリサを好きだって言いたいのか?」

 

俺が寝返りを打つようにしてシアの方を振り向く。するとシアは枕に顔を埋めて「うー」だの「あー」だの呻いている。どうにもそういうことらしい。まったく心外だよ。

 

「誰が1番って言えないのは情けねぇ限りだけどよ。それでも俺ぁ、リサもシアも他の皆も同じくらい愛してるよ。……当たり前だろ?」

 

と、俺はシアの青みがかった白髪に指を通す。どこかで引っかかることもなくただ俺の指を素通りさせる手入れの行き届いたシアの柔らかな髪を俺は無言で梳いていく。そしてシアがチラリと枕の隙間からコチラを見やるので頭を撫でて俺の方をしっかりと向かせた。

 

「シア、愛してる」

 

そして俺はシアの形の良いおでこに口付けを落とす。頬と、そして唇にも同じように触れるだけのキスを。

 

「不安にさせてゴメンな。でも大丈夫だ。俺はちゃんとシアのことも特別だから」

 

我ながら最低のことを言っている自覚はある。けれどもこれが俺の本心なのだ。本気で俺はシアを愛している。もちろんリサも、ユエも、レミアやジャンヌもだ。ミュウだって形は違うけれど家族として愛している。それが俺の飾ることのない本音なのだ。

 

「はい。私も天人さんのことを愛しています」

 

俺とシアの唇が重なる。1度離れたそれがもう一度重なろうとした時だった───

 

「……下がうるさいですぅ」

 

キンジとベレッタの声が聞こえる。こんな夜更けに何を騒いでいるんだアイツらは……。

 

「ったく……」

 

折角の良い雰囲気が台無しであった。流石にこうなってしまってはキスを続ける気も起こらず、俺達は寝るためにも騒ぎの元を絶とうと階下へ降りていった。どうやら音は1階のキッチンの方からしているらしく、ボコボコと人を殴るような音が聞こえている。そこへ俺の1歩前を歩いていたシアが中に入った。

 

すると───

 

「駄目ですぅ!!」

 

何故(なにゆえ)!?」

 

いきなりこちらを振り返ったシアが全力で俺の眼球にその白くて細い指をプレゼント。しかも薬指も含めたスリーピースで確実に俺の目ん玉を潰そうとしている。どうして……?

 

一瞬で身体強化のレベルを引き上げたシアの目潰しを辛うじて身体を後ろに反らせることで躱した俺は「どうどう……」と、両手で牽制しながら数歩後ろに下がってシアと距離をとる。でなければ今にも俺の目玉とシアの白魚のような指がディープキスをしそうだった。

 

「天人さんはここで待っててください。……絶対入って来ちゃ駄目ですよ?」

 

「あ、あぁ……」

 

意味は分からないがシアの顔がマジで怖かったし、シアの膂力なら俺の多重結界を抜いて眼球を潰しかねない。いくら再生魔法の付与されたアーティファクトで元に戻せるとはいえ目玉を潰されたくはない俺は素直に頷く。

 

結局騒ぎの元はキンジのラッキースケベだったらしく、杜撰な結末に呆れた俺はシアと一緒に与えられた布団に潜り込んだ。流石にこの流れでキスを再開なんて気分にはなれず、俺達はお互いの手だけを繋いで夢の中へと落ちていった。

 

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