次の日の朝、俺達はベレッタの運転するノロノロフェラーリに乗ってローマ武偵高へと登校した。昨日の今日でA1クラスに入りたくなかった俺はシアも連れ立ってキンジ達のいるE3クラスへとお邪魔することにした。すると、先に来ていたキアラとアンナマリアというこのクラスの女子生徒が何やら困り顔をしていた。
「どうしたの?」
と、ベレッタが声を掛ければ
「それが、アランがいないの。ラファエロも探してくれてるんだけど……」
アラン。このクラスで飼われている子ライオンの名前だ。どうやらこのクラスではマスコット的に可愛がられていて、キンジのことは見下してスネをよく齧っていたが他の奴らにはよく懐いていた。……俺も動物にはあまり好かれない。特にトータスから帰ってきてからはそれが顕著で、カラスですら俺が近付くと逃げ出すくらいだ。
だからかあまり俺には寄ってこなかったのだが、シアのことは直ぐに気に入ったらしく、撫でてもらうためによく背中を差し出していた。
それを聞いたキンジがスっと俺を見る。羅針盤で探してくれってことだろう。俺はアランには好かれちゃいなかったがコイツらの心配そうな顔を見ちゃ流石に手伝わないわけにもいかない。後ろ手に羅針盤を宝物庫から召喚し、アランの顔を思い出しながら魔力を流し込む。そして羅針盤が俺にアランの居場所を伝えてきた瞬間、息を切らせたラファエロが教室に飛び込んできた。
「いた、アランが……」
「どこ!?」
アランのことを人一倍可愛がっていたのは少し見ただけでも直ぐに分かっていたベレッタが髪を振り乱しながらラファエロに詰め寄る。
「それが……あぁ……どうしたらいいか分からないんだ……神様……」
導越の羅針盤が俺に伝えたアランの居場所もろくな所ではなかった。けれど俺は神には祈らねぇ。神は祈った奴の願いなんて聞き届けちゃくれねぇからな。
「行くぞラファエロ。神に祈る暇があるならまずは足を動かせ」
と、俺に背中を押されたラファエロに連れられて俺とE3クラスの連中がやって来たのは釜の底とか呼ばれている十角形の中庭の端っこ。ローマ武偵高には所々にある遺跡の一角だ。崩れて低くなっている場所にはロゼッタも腰掛けている。んで、ロゼッタが居るなら他のA1の奴らも当然いるわけで、そいつらがバシュバシュと
「アラン!!」
傾いた遺跡の柱に紐で吊るされた子ライオンのアラン。ベレッタが悲鳴を上げ、キンジ達も芝生を蹴って駆け出していく。それを拳銃で牽制したイレズミを入れた男──ロミオと言うらしい──は───
「騒ぐなよ、手元が狂うだろ?」
と、宣う。
「当てないから心配すんなって」
「当てずにどこまでギリギリ近くを撃てるか競争してるんだ」
他の奴らもヘラヘラと笑いながらそんなことを言い出した。どうせこいつらは昨日の仕返しをしたいんだろう。それに、ロゼッタはベレッタと何やら因縁があるようだし、ベレッタの手下になっているらしいキンジと自分の手下を戦わせて優劣を決めたい、というのもあるのだろう。アランは俺とシアを抑えるための人質ってとこか。
「あぁでも、怖い怖いSランク武偵様に睨まれたら思わず手元が狂っちまうかもしれないなぁ」
と、ロミオが俺を睨みながらそんなことを言い出した。どうやら、俺への仕返しは別に用意しているらしいな。まずはこの場で1番強い俺を排除しようって魂胆らしい。けどな……
「それなら気にすんな。
今この場にはシアはいない。何故ならここへ来る前にシアには念話で、羅針盤で突き止めたこの場所を伝えて先回りさせているからだ。そしてシアは気配操作に長けた兎人族でありハウリア最強の女だ。いくらAランク武偵と言えど死角に入り込んだシアの気配には気付けやしない。
「あぁ?」
「……まったく、やることが寒いんですよ」
「───っ!?」
ボソッと呟いたシアの声にA1クラスの皆さんは思わず全員振り返る。俺という異物に全員の視線が集まっていたその瞬間に現れたシアは、アランを戒めていたロープを引き千切ってその小さな体躯を大きく柔らかい果実の中に収めた。……いいなぁ、俺も後で埋めさせてもらおうか。柔らかいんだよなぁ、シアの胸の中って。めっちゃ良い匂いするし。まるで天国だぜ。
なんて下らないことを俺が妄想している間にシアは手近にいたA1の男子を蹴り飛ばして壁に叩き付けていた。俺がさっきアランの代わりを用意したって言ったからかな。あれがアランの代わりらしい。
そしてシアの馬鹿力で壁のシミになりかけたそいつに一瞥もくれてやることなくシアは俺達の元へと舞い戻ってきた。
「さんきゅ」
「いえいえ。この程度造作もないですぅ」
身体に巻きついたロープも切ってもらったアランはベレッタ達の元へと駆けていった。それをベレッタ達は抱き留める。だが、これでハッピーエンドとはならない。まだロゼッタ達が残っているからな。
「キンジ」
「ん?」
と、俺は後ろからキンジに声をかける。それに振り向いたキンジの眼前に俺は魂魄魔法を付与した鉱石を吊り下げた。
「どうした?」
そしてそこに俺が魔力を流し込むと───
「───っ!?……これは」
キンジの纏う雰囲気が変わった。……どうやら上手くいったらしいな。
「調子はどうだ?」
「すこぶるいいけどね。また随分なものを作ったんだな」
キンジの喋り方も少し変わっている。どうやらなれたらしいな。
───俺がさっきキンジに向けたのは魂魄魔法で他の奴を強制的に
別に今回だけならあんな奴ら俺が
「じゃ、あとは宜しく」
一応これがどれほど効果が続くのかは知りたいので帰ったりはしないけど。キンジも俺の意図はすぐに分かったらしくわざとらしい溜息と共に1歩前へ出た。ベレッタはそんなキンジの後ろ姿を見て何やら自分の胸元をギュッと握り、そしてキンジの側へ駆け寄った。そして───
「───
と、
「よかった。君からのプレゼントは大切にしたくて家に置いてきてしまっていたんだ。銃の携帯は校則。これで、校則違反も終わりだ」
と、俺には何の話か分からないがともかくキンジは帯銃をしていなかったらしい。まぁ無くてもアイツら程度になら負けやしないだろうけど。
「天人、君も……」
と、1人でAランク武偵様達に挑もうっていう雰囲気のキンジを心配してかラファエロが俺を見る。けど俺はそれには肩を竦めて返した。
「大丈夫だよ。あんな奴らにキンジは負けねぇ」
それを聞いてフランチェスコやダニエレ、キアラにアンナマリアもキンジの背中を見やる。そして向こうから出てくるのはイレズミのロミオだ。
「なぁ余所者。銃は止めとこうか。音が立て続けに鳴ればまた先生に止められるからさ」
流石に目が早いな。武器商人であるベレッタが手渡した拳銃。そこにどんな仕掛けがしてあるか分からないからまずはそれを取り除いておこうって魂胆らしい。そしてキンジもそれにキザったらしく返した。なーにが「愛する
こっちのキンジの歯の浮くような台詞に実際に鳥肌の浮き始めたシアが俺の背中に隠れている間にロミオが取り出したのはチェーンの長さが短い──というか犯人逮捕用の長さではあるので普通と言えば普通の──手錠。どうやらチェーンデスマッチを仕掛けるらしい。それも、
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午後の授業はフケた。て言うか午前の授業もブッチしているので1日サボりだ。まぁあんなことがあった後にどの面下げてクラスに行くのよって話。悪いのは向こうだから俺達が気にすることではないのかもしれないけど、それはそれ。今日は気分が乗らないので明日から頑張ります。
そんな俺とシアはE3クラスの連中達と5月なのにもう海に行くことになった。シアは宝物庫に水着を入れてあるらしいし俺も体育用の短パンがあるからそれでいいかとベレッタの運転するフェラーリでイタリアの海へとやってきた。
この時期じゃ流石にほとんど人気はなく、ほぼ貸切みたいな雰囲気を出していて個人的にはとても心地良い。
「では天人さん、サンオイルをお願いします。ですぅ」
と、砂浜に敷いたビニールシートの上で寝そべるシアから渡されたのは日焼け止め用のサンオイル。何でシアがここまで用意周到に海で遊ぶ準備を整えていたのかと問えば、どうやらイタリアと聞いて"イタリアと言えば地中海!海で目一杯遊ぶぜ!"なんて思い立ったかららしい。建前上は仕事なんですけどね、それも監視任務。まぁいいけど。
んで、ボトムスはホットパンツ、上はブルーのビキニタイプの水着を着ていたシアが背中のリボン結びの紐を外し、実際に水着を留めているホックも外しながら「早く早く」と俺を急かす。
「あいよ」
と、俺は背中にかかったシアの薄く青みがかった白髪を纏めて肩口へ流して背中から退かした。そしてサンオイルのボトルを手で人肌程度に温めてから中身を手の平に乗せる。それを少し伸ばしてからシアの背中に塗っていく。引き締まった白い背中がビーチパラソルの日陰にあって俺の目には眩しく映る。
リラックスしているらしいシアは重ねた両手の上に頬を置いて目を閉じている。そんな姿に愛おしさを感じながら俺はオイルを手に取りシアの締まった肢体に伸ばしていく。二の腕やふくらはぎは簡単に折れてしまいそうな程に細いのに実際に触れると柔らかさの内側にしっかりと筋肉がその存在を主張していて、彼女が戦う人種であることを俺に痛感させる。
「ほれ、塗り終わったぞ」
何やら沖の方でわちゃわちゃしているキンジ達を眺めつつ、俺はサンオイルのフタを閉めながらシアに声をかける。
「天人さん天人さん」
シアが胸を腕で隠しながら身体を起こす。その後に続く言葉を察した俺は……
「前は自分で塗れ」
機先を制しておく。ていうかこのやり取り、前にもリサとやった気がするな。
水着を着直しながら膨れっ面をしているシアの両頬を手の平で弄んでいると、俺はあの海でのことを思い出してしまった。最初に飛ばされた世界。
「天人さん?」
「んー?……何でもないよ、何でも」
トン、トン、と、急に抱き寄せられたのにシアは俺の背中を心臓の鼓動と同じリズムで優しく叩いてくれる。数秒だけ、シアの優しさと香りと柔らかさに寄り掛かった俺は直ぐに身体を離した。一瞬名残惜しそうな顔をしたシアだったが、刹那の後にその顔に笑顔が咲いた。
「天人さんは甘えん坊さんですねぇ」
なんて、俺は返す言葉もなかったからただ「うん」
とだけ頷いた。すると
「おーい、せっかくの海なんだから泳ごうよ」
と、波打ち際からフランチェスコに声を掛けられる。俺はそれに「あいよ!」と返し、シアの方を振り向く。
「行こうか」
「はいですぅ」
俺はシアの手を取り、5月のイタリアの海へと飛び込んだ。
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5月23日。イ・ウー
やっぱコイツいるの危ねぇんじゃねぇかな……。シアは今はいない。呼ばれていないからな。念話があるので呼べば直ぐに
で、ベレッタは追い返そうかと思ったがどうにもキンジが他の女に手ぇ出さないかどうかを見張りたいコイツは頑として離れようとしないし、だからって「そこの優男主催の超人集会に行くので危ないから帰れ」とも言い辛い。普通に同窓会って言ったんじゃ、ここまで頑なな理由が理由だけに帰らないだろうし。俺ももう諦めて仕方なく同行を放っておくことにしよう。だが───
「なぁおいそこの人間ウィキペディア」
そんな、傍から見ればきっとかなり酷い俺の呼び掛けに当の本人は反応せず、ペチャクチャと何やら雑学を喋りまくっている。
「お前だよシャーロック」
「ん?どうしたのかな?」
と、もう1度、今度は名前を呼んでやればわざとらしいくらいに仰々しくこちらを振り返るシャーロック。コイツ、なまじ頭が良くて知識も豊富なので、癪に障ることに話そのものは面白いのだ。だがそれはそれ。
「お前が物知りなのはよく分かった。そんな物知りなお前に1つ聞きたい」
「ほう。言ってみたまえ。私に答えられる範囲なら教えてあげるよ」
「お前を黙らせる方法」
それはそれとして、コイツもいい加減五月蝿いのだ。道中ずっと喋りっぱなし。相槌を挟む暇すらない。その永久機関みたいによく回る口はどうしたら閉じられるのだろうか。やはり力づくしかないのだろうか。
「ふむ……」
が、ここで何故かシャーロックが黙り込む。その反応は期待していなかったんだけど。そして……
「あぁ?」
俺もシャーロックとは別の場所に意識を向ける。俺は基本的にいつも気配感知の固有魔法を発動させている。そして今それに反応があったのだ。だがこれは……
「私の指輪、返して」
俺の背後から声がする。コイツの接近にだってついさっき気付いたのだ。俺の感知系の固有魔法をすり抜けるなんて尋常ではない。それもコイツらには魔法なんて便利なもんは無いはずなのに。ハウリアは気配の操作がトータスでトップクラスに上手だが
「
これは本当。手元に持ってんのか家に置いてあるのか、それとも埋めたのかどっかに保管してあるのか、はたまたもう燃えないゴミの日に捨ててしまったのか。それすらも知らない。羅針盤で探しゃ分かるのだろうが面倒だし特にそういうことはしていないからな。例え記憶をまさぐられたって出てこねぇぜ。
「そう」
と、ふと俺の背後から奴──伊藤マキリ──の気配が消える。多分キンジの方へ行ったのだろう。見てないけどそれくらいは分かる。そして、それよりも面倒なのが……
「んだぁ、お前ら……」
ビキニアーマーって言うだっけ、あぁいうの。羽の着いた兜を被って槍を持ったスタイルの良い女が随分と目に優しい格好をしていた。だがあの鎧、本物だ。そして切れ味の良さそうなあの槍も。被っている兜や鎧、槍にはどこもかしこも傷や補修した跡が残っている。あれは血を浴び血を吸い本当の戦場で戦ったそれだ。
それともう1人はフードを目深に被っていて顔が分からんが骨格的に多分男。だがどうしてだろうか。何故だか知らんが奴からはトータスの
そして1番ヤバげな気配をしているのがそいつらの中心にいる女。水色の髪と10代前半を思わせる小柄な体躯。どっかの古めかしい軍服を身に纏ったそいつがこの中で1番強いってのがよく分かる。何か特別な特徴があるのではない。ただ伝わる気配がそう思わせるのだ。コイツら……何者だよ。
「誰なの……?」
ベレッタが奴らを見渡す。その顔には恐れが浮かんでいた。
「ベレッタ……っ!お前は帰れ……!」
と、キンジが呻くように呟く。だが……
「いいや、こうなってはもう彼女は帰れないだろうし、帰さない方が良い」
シャーロックはそう告げる。そしてそれはきっと間違いではない。ベレッタはそこら辺の奴に毛が生えた程度の力しかないのだ。コイツら相手にろくな自衛ができない以上は、この場に留まって俺達の手の届く範囲にいてくれた方がマシだ。
「天人っ!」
キンジが俺に縋るような顔を向けてくる。
「いや、シャーロックの言う通りだ。ここでベレッタだけ逃がしてもお前らはどうするつもりだよ」
確かにシャーロックやアリアはいる。だがキンジは普通のままだしこの衆人環視の中じゃ俺も派手に力を使うのは憚られる。その制限の中で、俺がアーティファクトでキンジをHSSにさせる隙をくれる相手とも思えないしな。
「同士達よ、争ってはならない」
……フランス語だ。言語理解のおかげでアリアからの英語での同時通訳が無くても分かった。ちなみに俺には同時通訳なんて言う器用な真似はできない。そういうセンスは無いのだ。
そんなことはともかく、今のこいつの一言で他の奴らの剣呑な気配がスっと収められた。1番ちみっこいコイツがリーダーなのだということがそれだけですぐに分かる。
「これは以外だった。神出鬼没の提督が自らお見えとは……
条理予知は何でも分かる……わけではない。事実、コイツは俺の行動はあまり読めない。本人に確かめたことは無いが、いくつか予想している理由ならある。まずは俺の聖痕の力。これはこの世界の条理から外れた力だ。だから
もう1つは俺の行動原理。シャーロックはこれで恋愛下手なのだ。いや、俺がそんなプレイボーイとかって意味ではなく。ただ単に俺の行動原理のほとんどは恋愛感情だ。最近じゃそれを向ける相手が随分と増えたがそれはそれ。これまでも俺はほとんどリサへの恋愛感情だけで動いていた。コイツはそういう感情的な行動は読み辛いようなのだ。基本感情的なもんだから非合理的な動きになるからだろう。ま、それもこれも全部俺が
ちなみに戦闘行動においてだけはほぼ確実に俺の動きは読み切られていた。こっちは簡単。俺に喧嘩のやり方を教えたのはシャーロックだからだ。俺の戦闘目的は読めずとも、戦う際の体捌きはコイツから教わったものだから比較的合理的……だと思う。そうなればシャーロックは自慢の推理力で俺の動きを読み切れるのだった。
で、そんなシャーロックさんが読めなかったということはコイツの力もまた条理の内に収まりきらない力ということなのだろう。それが色金絡みの超々能力なのか聖痕由来なのか、はたまたもっとユエ達に近い───この世界の条理の外側にいるのか……それは分からんけどな。
「こちらも予測時刻の通りだ。……ところで、英語などという不完全な言語で喋れと?」
金色の懐中時計を取り出してそんなことを宣うチビ女。言語理解のおかげで何となく分かるが、この世界の言語なんてどれも不完全だぞ?まぁ異世界になら完全な言語があるのかと言われれば頷けやしないけどさ。
「何よ……フランス語だって数が60までしかないくせに」
母国語を悪く言われたからかこいつの醸し出す雰囲気に流されないようにするためかアリアが絞り出すようにそんなことを言った。
「8と6は数えられる。……いや、9と6と言うべきか」
どうにもこの女の迂遠な言い回しでは、
「恐縮ながら、会談は英語でお願いできると心から幸いだよ」
なんて、大仰な手つきで軍帽を被った小柄な少女とその取り巻き達に慇懃無礼なお辞儀をしたシャーロック。そして───
「提督は僕らが同窓会を開くことを知っていた。場所から時刻に至るまで。推理し得る理由は数える程もない。……
と、珍しく何かを確かめるように、シャーロックが言葉を重ねている。
「私達が人目を好まぬことは知っているはずだ。私個人も立ち話は好きではない。案内しろ」
と、こちらもまぁまぁ偉そうな態度で俺達の同窓会の会場に案内しろとのご命令。しかしその目線がキロリと俺を向いたことから、俺が
ここローマはどういう訳か知らないが、俺達聖痕持ちにとっちゃ鬼門のようなのだ。俺も入ってから気付いたがここじゃ聖痕が開き辛い。全く駄目ってわけじゃないのだが、錆びていたり、歪んでいたりで建付けの悪い扉が中々開け辛いように、俺の聖痕も開けようとしても何かに引っかかるような感覚があるのだ。だからまぁ力づくで開けられないこともないがそれで扉を破壊するわけにもいかないし、油挿しゃどうにかなるもんでもないので俺はなるべくこの地では聖痕を開きたくないのだ。そして、それをコイツらも分かっているようだ。
そんな俺達がシャーロックに案内されたのはヴィア・デル・コルソの中央にあったグランドホテル・プラザ。五つ星ホテルらしい。凄いね。庶民派の俺はこういうところに来ると恐縮しちゃうよ。
んで、このホテルのロビーから続く一室には大きな大理石の円卓があり、それを半々に分けるように俺達はビロード張りの椅子に座っていく。そうして締め切られたボールルームでさっきまでずっとフードを被っていた大男がそれを脱いだ。そしてそこから現れたのは───
「きゃっ……!」
ベレッタが短い悲鳴を上げる。何せ野暮ったいフードの下にあったのはライオンの顔。コートも脱いで古代ローマの兵隊の鎧を纏った黒人の身体が現れたが顔だけはライオンそのもの。なるほど、だから俺はフェアベルゲンで出会った──当時は──亜人族と同じ感覚をコイツに抱いたのか。
つーかさっきから包帯を全身に巻き付けたハロウィンのミイラみたいな奴からコポコポだのキンッだのと泡が弾けるような金属音……俺にもよく分からんがともかくそういう音が聞こえてくるんだよな。一応義眼には魂が映ってるから奴も生物っぽくはあるのだが……。
で、シャーロックはご挨拶代わりに教授は元気かと聞いている。お前もイ・ウーじゃ教授だったろうがと思うが俺は何も言わない。話の腰を折る必要も無いしこういう頭の良さそうな会話にはついていけないからな。
で、ついていけないので仕方なしに黙って話を聞いていれば、どうやらシャーロックが教授と呼ぶのはモリアーティとか言う奴でそれはコイツらの親玉らしい。しかもシャーロックと戦い、その結果の果てにコイツを打倒し第一次世界大戦を引き起こした張本人なのだとか。
どうにも向こうの教授さんは色んな出来事を起こしてそれを利用することで何やら悪巧みを行うらしい。そして今はキンジの横に座って小動物みたいに震えているベレッタを利用しようという魂胆みたいだな。
「……いい加減名乗れ!お前は誰だ!何者だ!」
と、そんな会話の応酬の最中、キンジがキレ気味に軍帽女に名前を訪ねる。
「
するとここに来て初めてニヤリと笑ったその女──ネモ──
「私は
と、キンジの
そしてネモがそう名乗った瞬間、ヴィア・デル・コルソから聖堂の金が鳴り響いた。それは、まるで戦争の開始を告げる合図かのようだった……。