セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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コロッセオ

 

 

緊張感溢れる会談……どうやらN達の狙いはベレッタのようだ。難しい話にはてんで着いていけない俺は相変わらず黙りを決め込んでこの会談に臨んでいるのだが、どうやらベレッタは分岐点と呼ばれる存在らしい。コイツの行動如何で時代は未来に進歩もすれば過去に退化することもあるのだとか。

 

そしてコイツらの目的は今の現代を過去に戻すこと。具体的に西暦何年頃に戻したいのかは知らんが、異音のするミイラマンや古代ローマの鎧を身に纏ったライオンの獣人族(仮)、リムルのいた世界にすらいなかったビキニアーマーを纏った、最早理子の持ってたRPGゲームにしかいなさそうな女騎士達の姿からすれば多分中世以前くらいかなと予想は立てられる。

 

そして、何やら『神』なる存在が人類を導くだのと壮大な話が始まる。それも自分らが神になるんじゃなさそうだ。だが神とは何ぞやというところは奴らにも分からないといった雰囲気だ。……全く意味が分からん。けどまぁ……

 

「───俺ぁ神って奴は信用しねぇ。神なんてどいつもこいつも碌な奴ぁいなかったからな。アイツらには祈りも届かなけりゃ導いちゃくれねぇのさ」

 

俺はここで初めて口を挟んだ。アラガミ然り、エヒト然り。神なんて呼ばれてる奴らは大概碌なもんじゃなかったからな。俺はそんな奴らは信用しねぇしどっちかと言わずとも大嫌いだね。アイツらは人を喰らうだけだ。導きもしなけりゃ手を差し伸べてもくれねぇ。

 

だが俺の発言が宗教的に気に食わなかったらしいメーヤは俺のことを文字通りの神敵の如く睨む。ま、お前の信じる神相手じゃなかったけど俺は(エヒト)も殺してるからな。その反応が正解だぜ。

 

「ふむ……私としては神代天人、お前をも含めたこの円卓に着いたシャーロックを除く7名には我等の同志に迎え入れようと思っていたのだがな。ベレッタ=ベレッタ、遠山キンジ、神崎・ホームズ・アリア、レキ、カツェ=グラッセ、メーヤ・ロマーノ、君達も私と教授に従いノーチラスの一員となるのだ」

 

と、ネモは俺達をノーチラス──多分Nのこと──とかいう所に誘ってきた。ふん……ベレッタはともかく俺達は始末するつもりだろうに。そして俺にも分かることは──いつの間にやらなっていた──HSSのキンジや他の奴らにはお見通し。キンジやメーヤ、アリアにカツェはそれぞれの言葉で、レキは無言を貫くことで拒否の意志をそれぞれが示した。当然ベレッタもだ。

 

そして俺達が向こうに着かないことは推理で分かっていたらしいシャーロックが確認だとか言って、奇襲をしようと思う、なんて宣言しつつ刃渡り70センチ程の短剣をテーブルに置いた。「自分はこの場で死ぬ」とも告げて……。いやいや、その前にまず宣言する奇襲なんて聞いたことねぇよ。いや、ある意味奇を衒っているから奇襲でいいのか……?

 

頭に疑問符を浮かべる俺を他所にシャーロックがテーブルに置いた短剣を見て……

 

「……イクスカリヴァーン」

 

と、ビキニアーマーを着て頭に羽の着いた兜を被っていた女が初めて口を開いた。どうやらこの短剣はイクスカリヴァーンという銘で、コイツはこれと戦ったことがあるっぽいな。そしてシャーロックはこの羽兜女をヴァルキュリア君と呼んだ。コイツはそんな名前だったのか。

 

そしてシャーロックはダラダラといつも通り長く遠回しに何やら述べていく。その言葉のほとんどは俺の耳を右から左へと駆け抜けていったが……

 

「───だが忘れないでほしい。時とは……前にしか進まないものだよ」

 

それだけが俺の耳に強く残った。そして───

 

「……?」

 

シャーロックはテーブルから身を乗り出しネモの喉を狙うと見せかけて寸前で切っ先を持ち上げたのだ。それは下から顎を貫き脳天まで届く一撃。入れば確実に人間は死ぬし完全に入ったタイミングだった、筈なのだ……。だが、ネモの肉体には何ら変化は訪れていない。血が飛び散ることもなければ痛みに表情を歪めることもない。ただ何事も無かったかのように椅子に座したままなのだ。だがシャーロックの動きが巻き起こした気流がテーブルの上を暴れコップの中の水が波打つ。シャーロックは確実に短剣を振り上げていたのだ。だが実際にはネモは顔を割られることなく佇んだままだ。そしてその小さな花弁が開かれる。

 

「その宝剣を棄損することはしないでおいてやった」

 

まるで、今の攻撃にカウンターを合わせて短剣をへし折れたとでも言いたげだ。

 

「ところで私の殺害が可能だと思ったのか?卿は探偵なのだから私の2つ名くらい記憶しておくべきだ」

 

可能を不可能にする女(ディスエネイブル)……か。キンジと言いコイツと言い、全く仰々しい2つ名だ。

 

「これはこれは失礼した。では次は飛び道具といこうか」

 

と、今度もまたシャーロックはそう宣言して、純英国風のスーツの懐から古臭い回転弾倉式(リボルバー)拳銃を取り出した。あれはアダムス1872・マークⅡか。

 

過去の相棒であるジョン・ハーミッシュ・ワトソンから譲り受けたもので、モリアーティ教授との戦いでも大いに役立ったとシャーロックが述べた瞬間、ネモから殺気が広がる。どうやらコイツらはモリアーティ教授の名前を出されるのが随分とお嫌いらしいな。

 

「諸君。これが最後の確認だ。この後は諸君がベレッタ君を……未来を守りたまえ。この地球の加護は必ずや君達と共に在るだろう」

 

俺は……さっきシャーロックが必殺のはずの刺突を外した時から氷焔之皇を使ってネモを探っていた。そしてどうやらコイツには超々能力があることが分かっていた。そしてそれはアリアの持つそれよりも強い力だ。だからきっとシャーロックが放つこの弾丸は───

 

 

───バチィッ!

 

 

と、着弾音が響き血飛沫が舞う。それはネモの首元からではなく、シャーロックの胸から。シャーロックは突き飛ばされるようにして真後ろに倒れる。

 

「曾お爺様!!」

 

「シャーロック!!」

 

キンジとアリアがシャーロックの方へと振り向く。俺はシャーロックの放つ弾丸は何らかの手段によって無効化されることは読めていたから最初から瞬光を使ってそれを見極めようとしていた。

 

そしてそれは成功した。見えたぞ、アイツが何をやったのかが。アイツは弾丸と自分の身体の間に円錐型の超能力的な結界を張ったのだ。そしてそこに銃弾が侵入し、弾が裏返った。そしてそれは銃口から飛び出た運動エネルギーをそのままにシャーロックの元へと帰っていったのだ。

 

次次元六面(テトラディメンシオ)か……」

 

キンジが苦々しく呟く。そして……

 

次次元水晶(エトランジュクワルツ)

 

と、ネモは否定することなくあの現象の名前と思われる言葉をフランス語で告げた。その瞬間、この場が大きく動く。

 

まずヴァルキュリアが椅子に立てかけてあった銀色の槍を手に取った。そして伊藤マキリの肩が動く。きっとあの空気弾だ。そしてこちら……カツェも頬を、食いもんでも溜め込んだリスかのように膨らませている。さらに腹や胸もガスを注入したゴム風船みたいに膨れ上がっている。何やら口から思いっきり吐き出すつもりだぞ。……こっちに掛けんなよ?

 

と、そこでガチャン!!と大理石の円卓が下から浮き上がった。どうやら伊藤マキリが指で放つ空気弾で20キロ以上はありそうなこれを跳ね上げたらしい。俺はカツェの攻撃を通しやすくするために即座にこの跳ね上げられた円卓に手を添え、指先の力で真横に投げ飛ばす。そして視界の開けたカツェが……

 

「んっ───ばぁ!!」

 

と、大声と共に口から霧を吐き出した。有名プロレスラー的に言えば毒霧ってやつか。それが奴らに吹きかかったところで───

 

「っ!?」

 

全員の動きが一瞬止まる。俺がこっちと奴らの間に氷の壁を張ったからだ。

 

「神代天人か」

 

「おう。……今日はもうお開きにしようぜ」

 

と俺が壁を張ったからかメーヤは即座にシャーロックの銃創を両手で抑えに入る。何か呪文のようなものをブツブツと唱えているから超能力的な手法で傷を塞ごうと言うのだろう。だがその手は直ぐに真っ赤に染まっていく。

 

「こっちは大将が殺られたんだ。それでいいだろ?」

 

ネモを煽った報復は充分に受けたはずだ。放った弾丸を跳ね返されて致命傷を負わされたのだ。溜飲も降りようものだ。

 

「いいや、ベレッタ=ベレッタがこちらに来ないのであればこの場で殺す。人1人が特異点足り得る期間は長くはない。彼女はここ半月の間と言ったところなのだ」

 

どうにも、コイツらは素直に俺達を帰してくれる雰囲気ではなさそうだ。だが、そう言われたって俺も素直にベレッタを渡して殺されるのを見過ごすわけにもいかないしな。全く面倒なことだ。

 

「ユエ、シア・ハウリア、ティオ・クラルス、神代(じんだい)レミアとミュウ。……この2人の苗字は偽名のようだがな。……それにリサ・アヴェ・デュ・アンクもか?」

 

すると、ネモがいきなり俺の家族の名前を挙げる。それはジャンヌ以外の全員。つまりトータスから来た奴らと人外の血を引いているリサの名前を挙げたのだ。神代(じんだい)は俺がレミアとミュウに名乗らせている苗字。俺の苗字の読み方を変えたものだ。

 

「あぁ?」

 

「ベレッタ=ベレッタが特異点足り得る期間は確かに短い。だが貴様は違う。貴様は今も、そしてこれからも()()()()()()()()()特異点なのだ。どうやら察しているようだから告げるが、確かに私はベレッタ=ベレッタ以外の者は後で消すつもりだった。だが神代天人、お前だけは本当に同志とするつもりなのだ」

 

直感で分かる。きっと、ネモは嘘をついていない。これはコイツの本心だ。それが、聖痕の力を手元に置くつもりなだけなのか、それとも本当に俺を仲間として迎え入れるつもりなのかどうかは知らないけどな。だが……

 

「分かってねぇなら教えてやる。世界にはそれぞれ決まった運命がある。それはこの世界の人間には変えられ───」

 

「───()()()()()()()()()()()

 

「何……?」

 

俺の言葉に被せるようにネモがそう告げた。

 

「それでも、だ。確かにこの世界の人間だけでは大きく世界の運命は変えられない。だが()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ!」

 

ネモの言葉は幾つかの事実を示している。まず1つ、コイツらの身内にはこの世界の人間以外の奴がいる。もしかしたらそれは今も油断なく銀槍を構えているヴァルキュリアかもしれないし異音のミイラかも知れない。あのライオンヘッドだって可能性十分だ。

 

そしてコイツは俺が異世界を巡ってきたことを知っている。その上でユエ達が別の世界から来たことも把握しているのだろう。

 

「はっ。けどそんなことすりゃ手前のお仲間も俺もこの世界から弾き出される。せっかく戻ってきたのにまた飛ばされるのはゴメンだぜ」

 

そこまで把握しているのならこれも知っているはずだ。それとも俺が異世界を渡る手段を持っていることも把握しているのだろうか。

 

「教授はそうは考えておられない。この世界の運命にはまだ幾つかのパターンがあり、そのうちの1つは、貴様にとっても最良だと我々は考えている」

 

確かに、ベレッタが特異点であり、彼女の行動何如によってこの世界がコイツらの望む世界に移り変わる可能性があるというのならこの言葉は事実なのかもな。

 

「───天人っ!そいつの話に乗るなっ!」

 

と、そこでようやく我に返ったらしいキンジが俺の肩に手を置く。俺はそれを───

 

「───天人っ!?」

 

右手で振り払う。俺は、コイツの話を聞かなければならない。そんな風に思っていた。

 

「……言ってみろ」

 

「見ての通り我々の仲間は貴様らの基準で言われる霊長類としての人間だけではない。だが私はそんな彼らがこの世界でも差別や偏見を受けることなく暮らせる世界を作るつもりだ」

 

「それは……」

 

「上手く隠されていてその本当の姿こそ分からなかったが、貴様が別の世界から連れて来た彼女達も()()なのだろう?」

 

俺のアーティファクトでシアやティオ、レミアにミュウの身体は一部が隠匿されこの世界の人間と同じように見えているはずだが、それをコイツらはそう隠されていることだけは見破っているようだ。

 

なるほど、確かにそんな世界は俺の理想だ。アイツらがアーティファクトで自分の姿を偽らなくてもいい世界。俺が欲しい世界……。そして、そんなものは夢物語でしか有り得ないと切り捨てた世界。

 

「だからどうした?その為にテロリスト共に力ぁ貸すのはお断りだぜ」

 

だが、だからと言って俺はコイツらと手を組む気は無い。テロを起こして世界を変えて……そんなやり方で誰が付いてくるのか。

 

「我々が起こすのは犯罪だけではない」

 

「"だけ"ではないだけで、しないわけじゃないだろうがよ」

 

と、俺はネモの言葉を切って捨てる。

 

「……まぁいい。貴様がここで着いてこないことは教授も推理していたことだ。……さて、我々は人目を嫌う。今日はもうさようならだ」

 

どうやら俺と喋っていたことで奴らの中では時間切れということらしい。ネモの周りに青い粒子が漂い集まっていく。

 

「じゃあな」

 

と、俺はそんな別れの挨拶を投げ捨て、シャーロックの方を振り向く。メーヤが必死に治療を施しているようだが出血が酷く、もうそんなに保ちそうではない。……仕方ない、か。

 

「……メーヤ、手ぇ退けろ」

 

「しかしっ!」

 

「いいから。……俺ぁコイツが嫌いだから元気にしてやる気は更々ねぇが、ここで見殺しにするほど恩知らずでもねぇ」

 

と、俺は宝物庫から神水の入った水筒を取り出し、蓋を開けた。そしてメーヤが恐る恐る手を退かしたところで数滴ほど神水をシャーロックの傷口へと垂らす。シュウッ!という音と共に出血の勢いが弱まる。放っておいてもこれで出血は収まるだろう。あとは医療設備の整った場所へと運べれば命だけは繋がるはずだ。

 

「あとはそっちでどうにかするんだな。……アイツらもどっかに行ったみたいだし」

 

と、俺が振り返ればNの連中は皆このホールから姿を消していた。キンジ曰く、瞬間移動で全員纏めて消え去ったとのことだ。また、カツェが吹き掛けたあの霧、どうやら発信機の役割があるらしく西南に20キロ程度離れた位置まで飛んで行ったらしい。瞬間移動が出来る奴ら相手にそれがどれほどの猶予かは分からないが、戻ってきたらそれはそれで分かるのだから問題は無かろう。

 

「もしこれでもシャーロックが死んだら俺を呼べ。死にたてホヤホヤならどうにかしてやるから」

 

俺は氷の壁を消しながらそう伝える。俺の言葉がどう伝わったのかは知らないがメーヤは俺を睨みながらシャーロックを持ち上げようとする。だがこの優男は細身だが身長は180センチを超える程の高身長で、かなりの筋肉質だから体重も重い。アリアとカツェも手伝おうとしているが中々上手いこと運び出せないみたいだ。

 

「市街の病院じゃ不味いぞ。仮にアイツらが戻ってきたら逃げ場がなくて詰む」

 

と、キンジが伝える。確かに、正面切って向かってくる分には対策のしようもあるが、例えば病院の電気設備を破壊するなどして医療機器に干渉されたら俺も手が回らなくなる。ならそもそもアイツらが手出し出来なさそうな医療施設に運ぶのが最善だ。

 

「ならバチカンに運びましょう。あそこならあらゆる手段があります」

 

それはきっと超能力的な手段も含めて、ということなのだろう。それが瞬間移動に対してどれ程の効力があるのかは知らんけどね。

 

「死なせねぇ手伝いならしてやる」

 

と、俺は宝物庫から越境鍵を召喚。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂のキューポラの上までの扉を開いた。

 

「言い訳はそっちで勝手にしてくれ」

 

俺の開いた扉を見てメーヤは俺を強く睨むが何か言うでもなくアリアと共にシャーロックを担いでその扉をくぐった。それを見届けて俺は扉を閉じる。そのまま俺達は無言でボールルームを出れば何やら外が騒がしい。今の戦闘を見られたのかと思ったがどうやら違う。ヴィア・デル・コルソ───このホテルの前の道───に徐行で付けようとしている車があまりにド派手でミニ四駆みたいなスーパーカーなのだ。おかげで観光客やらに写真を撮られまくっている。しかもその車の上にゃ俺がエリア51の手前でぶっ壊したはずのLOO(ルー)が四つん這いで乗っかっているんだからそりゃあ目立つよな……。LOOは中身はマジのロボットなのだが、知らない人から見たらただのロリっ子が白ワンピース水着に赤いセーラー襟を付けているっていう謎にマニアックな姿だし。

 

「おいLOO、オロチを貸せ。バチカンまで行きたい」

 

と、キンジは車の上に乗っているロボットガールに声を掛けるが……

 

「LOO」

 

LOOからはルーしか返ってこない。……意思の疎通図れないじゃん。だが人型ロボットなのにコミュニケーションが取れないLOOと違ってオロチとか呼ばれた車の方は会話ができるようで扉が自動で開き……

 

「キンジ様、神代様、どうぞお乗り下さい」

 

と、機械音声で俺達に乗車を促してくるのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

バチカンに近付くと体調不良を起こすらしいカツェと、あとレキも残るらしくその2人を置いて俺とキンジ、ベレッタは光岡オロチというらしいこの車に乗ってバチカンへと向かっていた。LOOはジーサードが寄越したのだとか。んで、この光岡オロチ……と言うよりコイツに搭載されたAIが(くだん)()()なんだとか。ちなみにアシは仮の名前で製品化される際にはSiriに名前を変えるとか本人は言っている。え、コイツ世に出るの……?

 

「……んで、どうしてあの時アイツらを逮捕しなかったんだ?あの氷の壁を作る超能力なら……」

 

と、キンジは鋭い目付きで俺を睨む。確かにやろうと思えばあの場でNの奴らは逮捕できた。少なくともヴァルキュリアは銃刀法違反だし伊藤マキリは日本でのテロ行為がある。ネモがシャーロックを殺しかけたのはコッチから仕掛けた事なので正当防衛っぽいしライオン頭とその控えは何もしていないから難しいだろうが……。

 

「テロ行為が目の前で行われるなら止める。けど俺ぁアイツら……ネモの作る世界も見たくなった。それだけだ」

 

トータスで言う獣人族のような奴らでも差別や偏見無く人間と暮らせる社会。こことは別の世界から来て、そしてその見た目も人間とは違うシア達がそれを隠すことなく暮らせる世界。アイツらに無駄に窮屈な思いをさせなくて済む世界。俺にはそれがどうしたって魅力的に思えて……それを実現しようとするネモ達に、共感してしまったのだろう。だから俺はあの場でシャーロックを最優先する()でアイツらが去ることを止めなかったのだ。

 

「お前……」

 

「それから、俺はシャーロックをこれ以上回復させるつもりもないぜ。アイツならあれで死なねぇ。その後どこまで回復するかはアイツ次第だけどな」

 

シャーロックには俺をイ・ウーに拾ってくれた恩がある。俺を鍛えてくれたのもアイツだ。だからシャーロックが死にそうなら助けてやらんこともない。だがそこまでだ。シャーロックは主戦派の奴らがリサを戦力として使っているのを知っていたのに止めなかった。アイツなら止められたのに。しかも俺が聖痕の力のコントロールをできるようになっても暫くは手錠を外すことを拒み、それが余計にリサを戦わせる回数を増やした。逆恨みって言われるかもしれないが、それでも俺はそれを許せなかったのだ。その中には、当然自分の力の無さも含まれてはいるのだが……。

 

「おいアシ、俺は適当な所で降ろせ。キンジ……俺としちゃ今Nには潰れられても困るんだよ。犯罪行為なら潰すけどな。だから今日のところはここで一旦サヨナラだ」

 

俺はそう言い残し、ちょうど信号で止まった光岡オロチから降りる。その間ベレッタは何も言わずに窓の外を見つめていた。

 

「ベレッタ、俺は暫く適当なホテルに泊まる。勝手に家に入りゃしねぇから安心しろ」

 

今の会話で俺とキンジは半分仲違いしたみたいなもんだからな。今は少し距離を置くべきだろう。

 

「そう……」

 

最後にそれだけ言い残し、光岡オロチの扉が自動で閉じた。そして信号が青に切り替わり動き出した光岡オロチを俺は見送ることもなく背を向けて歩き出した。

 

次の日に行われたベレッタ社の次の四半期の経営方針プレゼン会に呼ばれた俺達はベレッタの発表したその内容にシアと共に苦笑いをするしかないのであった。

 

そして3日後、ベレッタは会社をクビになった。

 

当たり前だ。ベレッタはプレゼンの第一声で武器をばら撒くのは止めましょうなんて言い出したのだから。それが国連の会議じゃなくて武器メーカーであるベレッタ社の経営方針会議でそんなことを言おうものなら当然の結果だ。

 

そんな折、キンジから俺の携帯にメッセージが届いていた。何やらベレッタがどっかに行ったから探すのを手伝えとのことらしい。で、後で1食奢ってもらうという条件で俺はベレッタの居場所を羅針盤で探し、それをキンジに伝える。

 

俺も先回りする形でそこに向かえば確かにそこにはベレッタがいて……あとアリアも傍にいたけどシャーロックのこともあり顔を合わせ辛かったので少し離れた位置で眺めていた。するとキンジがやって来て……何を勘違いしたのかベレッタにタックルを決めた辺りでバカバカしくなって俺はその場を去ることにした。契約も完了したみたいだからな。あとは飯を奢ってもらうだけだ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「お願い!お姉様を助けて!」

 

キンジのランク考査の当日、ベレッタの妹であるロゼッタが何やら俺に泣きついてくる。何事かと思えばこの野郎、ベレッタを狂言誘拐で攫ってマッチポンプの救出で恩を着せて廉価な拳銃を作らせようとしていたらしい。

 

だが何者かがメーヤに化けてベレッタを回収。どこかに攫っていってしまったのだとか。どうやら既にキンジには声を掛けていて、アイツはランク考査を受けなきゃ退学になっちまうって言うのに飛び出していったのだとか。……これじゃあ俺が変成魔法でキンジの振りをしてランク考査を受けるっていう替え玉作戦は使えないな。多分もう遅い。

 

「……俺にまで声を掛けたその気概に免じて格安で請けてやる。けど、お前がベレッタのNGOを手伝え。いいな?」

 

「分かった。私もお姉様のNGOの話、ちゃんと協力します。だから……」

 

「あぁ。それでいい」

 

と、俺はシアに目配せし、教室を飛び出した。後ろからシアも追随してくる。

 

「悪いなシア、付き合わせちまって」

 

「いえいえ。ここのところあんまり身体動かせていませんでしたから。むしろ運動不足を解消しなきゃですぅ」

 

「……ベレッタはローマ市街の中心部に向かってるみたいだな。傍にNの誰かもいるな……」

 

俺は羅針盤でベレッタの居場所を探り、ついでにベレッタの傍にいるNの居場所も羅針盤で探してもらった。N絡みってことはどっかで仲間と合流してあのネモの瞬間移動でどっかに行くつもりかもな。確かネモの言っていたベレッタが分岐点足り得る期間は半月。ちょうど今日がその境目だ。そうなるとベレッタは殺さずに利用する腹積もりってことだ。なら今すぐに強襲してとっ捕まえるより暫く泳がせよう。そうなるとアイツらの行き先を羅針盤に聞くか……。

 

「シア、アイツらの目的地はコロッセオだ。多分アイツらはもうすぐ着くから先回りしよう」

 

「はいですぅ」

 

俺達は狭い路地に入り込み、大通りからはよく見えない袋小路に入り込む。そして越境鍵を使い一息にコロッセオまでの扉を開いた。そこをくぐれば俺達の目の前に広がるのは古代ローマ帝国時代に人と獣が殺し合いを演じた地獄の釜。観光時間を終えたそこで暫く観客席に2人で身を隠すことにする。

 

「天人さんと2人だけで戦うのって、久しぶりですぅ」

 

「あぁ?……あぁ、そういやそうかもな」

 

覇美と戦った時はユエもその場にはいたし、何よりタッグと言うよりは1体1を2回やったみたいな感じだったからな。トータスにいる時も俺とシアだけで戦うってのはミュウが攫われた後にフューレンの裏に巣食う人身売買組織をぶっ潰そうとした時の……それも序盤だけだ。途中からはユエとティオも合流して俺はユエと、シアはティオと組んでそれぞれ街中を駆け回っていたからな。

 

「天人さん、キスしていいですか?」

 

「……空気読めよ」

 

確かに人の気配の無い2人きりの空間ではあるが、今はベレッタを攫ったNの連中との戦いが控えているのだ。そんな色っぽい雰囲気の時ではあるまい。

 

「むしろ、こういう時だからこそですぅ。そもそも、天人さんは戦いに出る前にはリサさんといつもキスしてるじゃないですかぁ」

 

「いやまぁそうだけどさ……」

 

あれは俺が絶対に帰ってくるという決意表明みたいなものなので今この場でするのとは違うと思うんだよね……。

 

「駄目ですか……?」

 

と、シアはねだるような甘い声で囁きながら上目遣いで俺を見てくる。うっ……その顔は反則だろ。瞳を潤ませて切なそうな表情で……唇を少し震わせて……。それらが全部俺にキスをさせようという演技なのは承知の上で……それでも俺は思わずシアの頬に手を当て、その顎を指先でクイと持ち上げてしまう。そうなれば当然シアは瞳を閉じて待ち構えるわけで……

 

「……んっ」

 

少し突き出されたシアの桜色の唇に俺は自分のそれを重ねる。柔らかな感触とシアから漂う香りが俺の五感を揺さぶる。もっと強く……もっと深くシアを貪りたいという衝動に駆られる。けれど抗い難いその衝動は一瞬で霧散する。俺の気配感知に2つ、反応があったからだ。1つはベレッタ、もう1つは……あのライオン頭のものだ。

 

幾つか飛ばして俺の視界の代わりとしていたビット兵器から俺の義眼に映された映像では、太い鎖を使って、このために態々用意したらしい石の柱にベレッタを巻き付けるライオン頭の姿があった。床の鋼板には砂が撒かれているし、昔のコロッセオでも再現しようと言うのだろう。どうやら運び込んだベレッタは意識は無い。人質に使うようだ。俺か、もしくはキンジ達を呼び出すつもりだったのだろうか。

 

「ふむ……そこにいるのは分かっているぞ」

 

「……はいはい」

 

ライオン頭の低い声に従い、俺達も姿は隠してたが本気で気配を消していたわけではなかったので素直に姿を現す。コロッセオの観客席から闘技場に飛び降りれば用意周到に撒かれた砂が足元で舞い上がる。

 

「神代天人と……もう1人は初めて見るな。……だが、どうやらヒトではないようだ。獣……兎の匂いがするな」

 

鼻をひくつかせたライオン野郎はシアの隠された正体に匂いだけで半分くらい辿り着きやがった。

 

「あぁ?初対面で人の女の匂い嗅いでんじゃねぇぞ」

 

「粋がるなよ少年。分かっているのだろう?ここでは貴様の力は然程も出せないのだと」

 

「全くお前らは手を替え品を替え……って言ってもやるこたぁ変わんねぇなぁ」

 

分かっている。ただでさえ聖痕を開き辛いローマだったがこのコロッセオは別格……というか全く開けない。元々そういう作りなのかそういう仕掛けをコイツらが先回りしたのかは俺の知るところじゃねぇけどな。

 

「ま、俺もやるこたぁ変わんねぇけどよ。取り敢えずお前は未成年者略取の容疑で逮捕だ逮捕。大人しくお縄に付け」

 

と、俺は宝物庫から取り出した手錠をわざとらしく指先で回して見せる。

 

「まぁ待て神代天人よ。……メルキュリウス殿も手出し無用。余がローマで出る2000年振りの剣闘死合に水を差せば、冥土におわすネロ陛下もお怒りになられるであろう」

 

すると、俺と……そして姿の見えないメルキュリウスとか言う奴に向けてこのライオン頭は喋りかける。ていうか2000年振りって、コイツもまた随分な長生きだ。ティオの4倍近く生きてんのか。

 

「神代天人よ、今一度死合の前に名乗りをあげるが良い。……余のローマでの名前は獅子大公───グランデュカである!」

 

名乗りって……また古い文化を持ち出しやがって。まぁコイツらは懐古主義っぽいからな。仕方ねぇ、趣味じゃねぇけどその程度なら付き合ってやるよ。

 

「天人。異分子(イレギュラー)にして異常存在(イレギュラー)。神殺しの魔王───神代天人だ。よく覚えて牢屋で反芻するんだな。手前を捕まえた男の名前だ」

 

リムルの世界でもトータスでも俺は"イレギュラー"と呼ばれ続けた。そして最後にゃティオのお爺さんやら転移組達から神殺しの魔王なんて呼ばれていた。そんな俺の名乗りと同時にグランデュカが両刃の片手剣(グラディウス)を構える。

 

「良い名乗りだ。さて、そちらの女は?そちらが何人であろうと余は1人で戦うがな。永久にそうせよとネロ陛下に命じられておるのだ」

 

どうにもこいつは本当にここで死合が行われていた時代にも生きていたらしいな。そしてそこで勝ち残り、生き続けた。こりゃあ俺よりも戦い上手かもなぁ……。けど……

 

「いいや、どうせならタイマンでやろう。シア、そっちの奴頼んだぞ」

 

「はいですぅ」

 

と、俺が声をかけた瞬間にもう1人この闘技場に現れた。背の低い女だ。前にネモ達と会談をした時にもいたな。グランデュカの従者みたいな奴だ。あの時も被っていたフードは何故だか破れていて今は頑張って残った布を顔に巻いているようだが緑の髪の毛と獣耳が隠し切れていない。こちらはグランデュカよりも更にトータスの獣人族に近い風体をしていた。

 

「……人とは、獣より獣よ。この闘技場はその証。染み付いた血の匂いがいまだに残っている」

 

辺りを見渡したグランデュカがそう呟く。そしてその直後───

 

「天人っ!?」

 

キンジとアリアがこの場に来た。どうやらグランデュカの従者を追ってここまで来たらしい。

 

「おう。……ベレッタはあっちだ。シアが取り巻き抑えてる間に回収しとけ」

 

「あ、あぁ。それよりお前……」

 

「あん?言ったろ、俺ぁ犯罪行為が目の前で行われんなら逮捕する。それだけだ」

 

だからコイツらが世界を変えるというのならなるべく犯罪行為を行わないでくれると助かる。目の前で犯罪を犯されたら俺も逮捕しなくちゃいけなくなるからな。

 

「……分かった。今は信じる」

 

「おう」

 

とは言えまずは目の前のグランデュカだ。身長は220センチってところか。体重も身長と同じ数字くらいあるかもな。何せ全身の筋肉の膨らみ方が人間のそれとは思えない。まったくこの世界にも聖痕持ちでもねぇのに化け物みたいに強い奴らがいたもんだぜ。

 

「さて、待たせたな」

 

と、俺は手錠を仕舞いつつ宝物庫からトンファーを1組取り出し構えた。

 

「構わぬ。さぁ存分に死合おう。ネロ陛下の御魂の元で!」

 

その言葉と共にグランデュカが俺へとその巨躯を突っ込ませて来る。だが俺は最初からまともに死合おうなんて思っちゃいない。手っ取り早く終わらせるつもりで奴の足元を氷の槍で串刺しにして動きを止めてしまおうと思ったのだが───

 

「…………」

 

俺が槍を突き出す寸前にグランデュカは横にステップしてそれを躱し、氷の槍はただ虚空を貫くだけに終わる。ならばと俺は奴の脇腹とドテッ腹に氷の槍を突き刺さんと至近距離から氷槍を放つがそれすらも躱される。そして数十メートルあった俺達の距離がどんどんと縮まっていく。どうにも奴は俺が次にどこに槍を置くか直前に察知している節があるな。そんなこと、神の使徒共にすらできなかった芸当だぞ。バグアーも俺の氷の槍を防いでいたがあれは俺のやり方を把握した上で事前に空間魔法で結界を張っていただけで、グランデュカみたいにピンポイントで読み切って回避したわけじゃない。

 

躱されることも初めではない。けどリムルの世界で巨人共に放った時は上から降らせるだけだったから躱されても不思議じゃなかったんだけどな。流石にこれは驚きだよ。

 

けどまぁ、まだ打つ手が無いわけじゃない。最悪一旦殺して動きを止めた後にアーティファクトで蘇生させた瞬間に拘束してしまえばいいのだ。そして、1度殺してしまって構わないのなら俺にはごまんと手段が溢れているのだ。しかも別にそこまでしなくともコイツを捕らえる方法なんて幾らでも思い付くぜ。今の俺の氷は神代魔法による空間爆砕にすら耐えうるのだ。グランデュカにただの膂力しかないのであれば拘束なんて簡単にできるぞ。

 

そう思ってトンファーを身体の前に構えた俺の数メートル手前でグランデュカは片手両刃剣を居合抜きのように構え、ダンッ!とその場で脚力に物を言わせて急停止───

 

 

───超々高速で片手剣を振るった。

 

 

───パァァァァァァンンンッ!!───

 

 

と、空気の壁を切り裂く炸裂音と共に斬撃が放たれる。俺はそれを瞬光により増大した知覚で捉え……妖刕の使っていた炸牙が脳みそに浮かび上がった。空気を炸裂させた衝撃波に対し、俺は眼前に氷の壁を張る。

 

 

───バァァァァァン!!───

 

 

と、氷の壁に空気の振動がぶつかり音が弾ける。砂埃が舞い上がる中、俺は氷の壁を砕きグランデュカに向けて細かな槍を無数に撃ち放った。

 

しかしグランデュカはその姿が霞むほどの早さでその場を離脱。俺の右側面に回り込み首筋目掛けて片手剣を振るってきた。俺がそれをトンファーで受け止めた瞬間にはグランデュカはまた跳び退る。どうにも俺の氷の槍を最大限に警戒しているようだ。そしてその瞬間、俺の視界で()()()()()()。これは俺やグランデュカ、シアが起こしたものではない。当然キンジとアリアでもなければあの従者やベレッタでもない。これは一体……?

 

「おお……おぉ……!見ておいでですかネロ陛下!そしてローマの者共よ!神代天人、これらこそかのローマ帝国を築いた方々の御魂であるぞ!」

 

何やら感激に打ち震えているグランデュカ。そして、俺の耳に有り得ない音が届く。

 

『戦え!殺せ!戦え!殺せ!』

 

コロッセオの観客席から響くのは戦え、殺せと言う大観衆からの血生臭い叫び声。そして俺の義眼が捉えたのは、このコロッセオにいる無数の魂。これはメルジーネの大迷宮に出てきた、過去の映像の再生に細工をした程度のもんじゃない。観客席から俺達を見下ろし戦え殺せと叫んでいるのは()()()()()()()なのだ。

 

「天人さん!!」

 

「よそ見すんなシア!所詮観客(オブザーバー)だ!」

 

「───っ!はいですぅ!」

 

どうやらシアの相手もそれなりの相手のようでまだ勝敗は決していないようだった。もっとも、シアと獣耳っ娘が戦っている間にベレッタはキンジ達に回収されたみたいだけどな。しかしコイツらうるせぇな。戦えだの殺せだの、俺ぁお前らの見世物じゃねぇんだよ。

 

「ちったぁ黙ってろ!!」

 

いい加減観客の声が煩わしく感じた俺は固有魔法の威圧を発動。思いっ切り魔力を込めて観客中に魔力に拠る重圧を放った。俺の威圧を受けて──ズン!──と空気の沈む音まで聞こえてきたコロッセオは既に虫の鳴き声も聞こえないくらいに静まり返っている。

 

「───ふははははは!!凄まじいな、流石は自ら魔王と名乗るだけはある!これ程の益荒男がいたとはな!」

 

一瞬黙ったグランデュカも、それを見て腹を抱えて大笑いしだした。

 

「自称じゃねぇ。他称なんだよ、魔王ってのは」

 

1つの世界から、そして誇り高き竜人族とおまけで人間達からも俺は魔王と呼ばれることになった。だからこれは俺の自称じゃなくて他称。態々自分から魔王なんて名乗るかよ小っ恥ずかしい。

 

「ふん。ならこれだけではないのだろう?見せてみろ、貴様が魔王と呼ばれる所以を。この誇り高き死合の中で!」

 

グランデュカは俺の氷槍をどうやって感知しているのかは知らない。俺の視線や殺気かもしれないし空間に揺らぐ魔素なのかもしれない。だがそれがどれほど万能なのだろうか。例えばこうやって殺傷を意図しない壁を周りに作るだけなら?

 

俺はグランデュカの背中側に10メートルの高さの氷の壁を張る。更に左手と右手、グランデュカの目の前数メートルにも。それは箱と言うには各側面に隙間が有りすぎる。当然グランデュカもそれらの間を縫うようにして俺の方へ接近してくる。だがそれを埋めるように1枚、また1枚と壁を張っていく。

 

「む?」

 

グランデュカとは1発打ち合った程度だが奴の膂力は凄まじかった。それに物を言わせた機動力も半端ではない。オルクス大迷宮の深層にいる魔物共ともやり合える……どころかあのクマやウサギよりもこのグランデュカの方が圧倒的に強い。

 

聖痕の使えない今は確かにこの広いコロッセオでコイツを相手にするのは、殺害とそこからの蘇生の手段を封印したとすれば多少は面倒なのかもしれない。とは言っても、やはり力勝負で負ける気はしないし、脚だって縮地を使わなくとも俺の方が速い。

 

それに、こうやって奴の周りに障害物を配置してしまえばご自慢の機動力も潰せる。そもそもグランデュカ本人を狙ったものではないから避けられる心配もない。上から逃げられないようにそっちにも蓋をしていく。

 

グランデュカは自分を閉じこめる檻を力技で破壊しようと片手剣を振り被る。別に叩かれたって壊れやしないのだが、俺は奴が片手剣を振るより先に氷の棒をそこかしこから生やしていく。グランデュカは器用にそれを避けていくが無数に現れるそれに遂に自身の身体を絡め取られた。

 

そして完全に動きを止めたグランデュカの両の足首、膝、前腕、肘、肩に氷の槍を突き刺した。握力を失って開いた手から片手剣が転がり落ちる。

 

「ガァァァァ!!」

 

全身を貫かれる痛みに、氷の檻の中でグランデュカが絶叫する。

 

「父様!!」

 

と、そこへ接近する気配。シアと戦っていた獣耳っ娘だ。

 

「はっ!」

 

だが獣耳っ娘よりもさらに速いスピードでシアが俺と獣耳っ娘の間に割り込みドリュッケンを振るった。獣耳っ娘は凄まじい反射神経でドリュッケンに掌を当てるとその勢いを受け流しながらさらに高く跳び俺へと迫る。だが遅い───

 

「が───っ!」

 

俺は奴の頭上から氷の柱を発射してそいつを地面へと叩き付け、固定する。背中を打たれ鋼鉄の地面に叩き付けられたそいつは肺から息を吐き出し、しかし悶えることも出来ずに地面に磔になった。そして俺は氷の檻だけを解いてグランデュカを串刺しのまま晒す。

 

「改めて、未成年者略取の現行犯で逮捕する」

 

と、俺はグランデュカの太い左手首に手錠の片側を掛け、氷の拘束を外しながら右手首にも手錠を嵌めた。

 

「シア、そこのガキんちょは任せた」

 

「はいですぅ」

 

と、氷と柱を解いて獣耳っ娘の拘束を外す。その瞬間にはその子の両手首にはシアによって手錠が掛けられていた。

 

「余は戦うことしかできぬ。捕らえたとて話せることなど何も無い」

 

「そうけ。じゃあお前のことを聞く。グランデュカ、アンタは何でNに入ったんだ?」

 

俺としちゃNの解体は望むところではないしな。コイツはベレッタを拉致した容疑で逮捕するが、それはそれとしてコイツが何故Nに加入したのかは聞いておきたい。

 

「今やナイル川の源流域でしか余の姿は崇められていない。神が神として当たり前に民を統べられる世界を一人娘のイオに遺してやりたいのだ」

 

イオ……この獣耳っ娘のことか。て言うかコイツら神様だったのか。てこたぁ最初から俺と相入れることはなかったんだな。

 

「ふうん」

 

「神代天人……貴様こそそこな兎の娘が自分の姿を偽ることなく生きられる世界を欲しているものだと思っていたが」

 

「間違っちゃいねぇさ。俺の中にもアンタと似た思いはある。けどそれは犯罪によって成し遂げられちゃ駄目だと思ってる。そんなんじゃ、征服する以外に道は無い。テロや犯罪でそんな世界を作ったって誰も納得しねぇだろ」

 

意志を示すのは良い。変革のために動くのも良い。けれどそれで関係の無い奴の血を流させるのは違うだろう。そんな方法じゃ誰も頷いちゃくれない。それこそ、異を唱える奴は皆殺し、みたいなことでもしない限りはな。

 

「それを誰が()()()()()と認識するのだ?ノーチラスはそうと分からぬように事を進める。気付けば世界は()()なっているのだ」

 

「俺が知ってんだよ」

 

「……私もですぅ」

 

スルりとシアが俺の横に並び立つ。

 

「そんな方法で手に入れた世界なんてクソ喰らえです。私は……そして他の皆も、そんな間違った方法で手に入れた自由なんていらないんですよ」

 

シアのその言葉に俺は思わず口角が上がる。そしてそれを誤魔化すように言葉を繋げた。

 

「……つーわけだグランデュカ。お前達は逮捕する。例えお前やイオが喋らなくてもそれはそれでいい。Nの戦闘員を減らせるだけでこっちとしちゃ充分なんだよ」

 

「そうか……貴様には貴様の志があるのだな」

 

「あったり前だろ」

 

「ならメルキュリウス殿……どうか───」

 

グランデュカがいまだに姿の見えないメルキュリウスなる奴へそう告げた瞬間───

 

───ガン!!

 

と、グランデュカの背中から衝撃音がする。さっきから小さくコポコポ……キン……と水だか金属だがよく分からん音が鳴っていたのは聞こえていたし義眼や気配感知にも当たりがあったのだ。だから今の音は俺が戦いの前に様子見のために宝物庫から召喚していたビット兵器と何かがぶつかった音。恐らくメルキュリウスの攻撃なのだろう。逮捕されるよりこの場で死ぬことを選んだグランデュカだったがそんなこと俺は許さない。

 

そして、不意を突いたと思っていたらしい一撃を防がれたメルキュリウスの気配がこの場から消える。これ以上は俺に余計な情報を与えるだけと判断して去ったのだろう。

 

「何故……」

 

「アホかよ。ここでお前にそんな風に死なれたら寝覚めが悪くなんだよ。潔いのは助かるがちょっと思い切りが良すぎるぜ」

 

「ネロ陛下が自決を命じたのだ。しかし今余の手には片手剣(グラディウス)が無く握力も無い。なればあぁしてもらう他───」

 

全くこいつは……。自分の生殺与奪を全部他人に放り投げやがって……。

 

「知るかよんなこと。戦いに勝ったのは俺だ。死合だと言ったのは手前だぜ。ならグランデュカ、お前の命も俺が握る。俺ぁお前に生きろと命令するぜ。生きて……まぁ反省はしねぇだろうが牢屋で罪を償って……出てくる時にゃもう少し手前らにとって生きやすい世界になってることを願うんだな」

 

「神代天人……」

 

「そういうことだぜネロ!死人がいつまでも手前らの勝手を押し付けんじゃねぇ!」

 

俺は、ネロの魂がいる場所に向かって叫ぶ。俺にはネロの野郎の言葉は分からない。だがグランデュカには向こうからの返事が伝わったようで、ふっと小さく笑みを零した。そしてそれに合わせてネロや、他の観客共の魂もこの場から消えていくのが分かる。成仏……とは言えない、ただコロッセオの観客席から出ていっただけみたいだけどな。

 

「ネロ達は帰ったぜ」

 

「そのようだな。ネロ陛下は神代天人、貴様に余の命を預けると言っていたよ」

 

「そうかよ」

 

別にそんな返事が聞きたかったわけじゃないけどな。俺が言えた義理じゃないかもだけど、昔の暴君風情に今を生きる奴らの命を握られてちゃたまんないと思っただけだから。

 

「天人さん……」

 

「……あぁ」

 

すると、そこでシアが俺の左袖を引く。そして俺もシアには遅れたがその気配に気付いた。グランデュカとイオ、ベレッタの周りにはいつの間にか碧い光が蛍みたいに集まってきている。これは……ネモの超々能力の光だ。姿こそ見えないが、どうやら身内とベレッタを強引に回収しに来たらしいな。

 

そして、その光は俺の周りにも集まり始めた。まだ俺が自身に掛けている氷焔之皇の効果範囲外だから消えることなく光量を高めていく碧色。さらに、海はそう近くはないはずなのに急に潮の匂いが漂ってきた。

 

その上何やら身体が重く感じる。特に足元が重い。まるで膝から下が水に浸かっているかのようだった。湿り気もする。見えない海水が迫ってきているかのようだ。

 

「がぼっ……」

 

どうやらベレッタはもっと深刻だ。こちらは溺れかけてでもいるかのように喉を抑えて咳き込んでしまっている。しかもベレッタのその長い金髪が水中にいるかのように浮き上がりながら広がっている。シアを見やればシアの青みががった白髪もベレッタの髪の毛と同じように浮き上がっていた。どんどん潮の匂いは強くなる。

 

なるほど、ネモは水中とこちらを繋いで徐々に空間ごと入れ替わっているのか、それとも俺達が徐々に海中へと引き摺り込まれようとしているのか……。この空間に入ってくる水そのものは物理現象だから俺の氷焔之皇では打ち消せない。その上移動しているのは空間ごとだからか氷焔之皇でも俺が弾かれることはないみたいだ。だがこの不思議現象を引き起こしている粒子は超常のそれ。ならば何の問題も無い。

 

そして俺の意識によって発動されたのはこことは別の世界で俺を魔王たらしめる究極能力(アルティメットスキル)。それの持つ権能がトータスの神代魔法──昇華魔法──により魔素を媒介とするそれらでなくとも超常の力であれば全てを凍結、燃焼させて俺のエネルギーへと変換してしまう。

 

それによってこの空間に漂っていた碧色の粒子が全てダイヤモンドダストと散った。その瞬間に俺の中に力が流れ込むのを感じる。流石は神代魔法クラスの質の超々能力だ。量としてはそれなりの魔素になった。

 

「───ゲホッ……けほっ……!」

 

即座に海水の呪縛から解放されたベレッタが噎せている。と言うことは意識があるということで、溺死せずに済んだみたいだな。イオやグランデュカ、キンジにアリアも咳き込んだり噎せたりしているがその程度。大丈夫そうだ。シアに至っては咳き込むことすらせずにもうタオルでその長い髪を拭ってるよ。後でちゃんとシャワー浴びないとだなぁ。

 

はぁと1つ溜息を着いた俺は何となくシアを後ろから抱き締めた。空には火星が赫く輝いていた。

 

 

 

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