あの後メーヤが大勢のシスターを連れてコロッセオにやって来た。俺の顔を見て一瞬嫌そうな顔をしたメーヤだったが、職務はキチンと全うするようで、グランデュカとイオは2人揃って連れて行かれた。まぁまさかいきなり殺すことはねぇだろとは思うが、割と危ないところがある奴なので念の為確認したところ、バチカンの地下に収監されるらしい。
それと、去り際にはグランデュカが自分が使っていた
そしてその後ローマ武偵高に戻れば、ランク考査をすっぽかしたキンジはローマ武偵高を退学になり、キンジを見張るという任務でイタリアに来ていた俺ももうこの地に残る必要はなくなった。
そのため俺とシアはキンジと同じ便で……しかし一応席はズラして飛行機に乗り、日本へと帰ることとなった。ただ、アリアはまだヨーロッパに残るらしいとキンジから聞いた。
あれから俺とアリアの間には会話が無い。まぁ、シャーロックの意識を取り戻させようと思えば幾らでもその手段があるのにそれをしないのだからアリアとしても俺と話す気にはなれないのだろう。気持ちは分かるから俺からも話しかけ辛いし。
そして日本に着いた俺達は、キンジがユーロを円に両替するということで空港にある銀行へと向かう。その近くに……
「んー?」
何やら見知った奴がいるぞ……?伸び気味の前髪と、とてもじゃないけど武偵とは思えないオドオドビクビクした挙動。
「……中空知?」
キンジが中空知に後ろから声を掛ける。すると中空知はビクゥッ!とその全身で驚きを表現しながらこちらを振り返り……
「お、おと!とお!やま……ふた……かみ……!」
前にジャンヌから聞いたけど、中空知は極度の上がり症。特に男の前だとまともに言語を話せなくなるらしいのだ。なのに
「あぁ……シア」
「はいですぅ」
だがまぁ何を言ってるのか分からないのは不便極まりない。どっちにしろ緊張はするだろうが男の俺達より女のシアの方がまだマシだろうとシアに翻訳を試みてもらう。
するとシアはへたり込んだ中空知に目線を合わせるように腰を下ろし、ふんふんなるほどと話を聞いてやっている。聞こえてくる声は相変わらず支離滅裂で俺には何言ってんのかよく分からなかったがシアが「それは大変でしたね」と返してこちらを向く。どうやら事情は把握したみたいだ。
「あぁ……で、彼女は何と?」
異世界人にこちらの世界の言語を聞くという謎体験に頭を痛めつつ翻訳の成果を尋ねる。
「中空知さんは神奈川武偵高校を退学になったらしいですぅ……」
え……いや、キンジも東京武偵高とローマ武偵高を退学になってるからそういう奴はいるんだろうが……。
「100メートル走、跳び箱、縄跳び、鉄棒が小学3年生より出来なくて神奈川武偵高の在学条件を満たせなかったとのことです」
小3!?武偵高2年で……いや本来は3年生だけども……。いや待て、武偵で小3より運動できないのコイツ!?いくら情報科のオペレーターだからってそりゃあ確かに武偵辞めろと言われても仕方ないかもしれない……。
「それで、遠山さんに助けてほしいと」
と、俺達の驚愕を他所にシアが続ければその後ろで中空知がブンブン首を縦に振っている。それ首痛めない?大丈夫?だがキンジは今や無職の身。しかもローマ武偵高の基準じゃ、そこを退学になったキンジは3日やそこらで武偵免許を剥奪されて今に拳銃すら持てなくなる。まぁ今日日日本でも銃検通せば民間人であろうが拳銃くらいは持てる。ただ、それでも1ヶ月くらいは審査に掛かるし、武偵高中退の──世間から見たら──危険人物に拳銃を渡すかどうかは怪しいかもしれない。金積めばそれも通せる奴はいるだろうがキンジに積む金は無い。
なので中空知が助けてと言ってきても割とキンジは自分すら危ういのでどうにもならないのだ……けれども───
「───実はなキンジ」
「な、何だよ……?」
中空知が縋ってきて、その柔らかボディに内なる戦いを繰り広げていたっぽいキンジが辛そうな顔をしながら俺を見る。
「ベレッタからメッセージを預かってきた。読め」
俺は懐から1枚の手紙を取り出す。それは俺達が帰国する直前、ベレッタから俺に渡された手紙。「どうせキンジは日本に帰っても大変だろうから」と、素晴らしい慧眼を発揮してくれたベレッタから、キンジが危なくなったら渡せと言われていたのだ。で、帰国した瞬間には無職で武偵免許剥奪の上中空知に縋られるというこれ以上ないピンチが訪れたキンジに渡すことにしたのだ。
どれどれ、とキンジがイタリア語で書かれたそれを読むと───
「き、起業?」
ベレッタからは日本で武偵企業を興し、それで武偵免許を継続しろと書かれていた。あと名前は分かりやすいのにしろ、とも。
「待て待て待て、こんなの法律スレスレの───」
「スレスレってこたぁ犯罪じゃない。大丈夫だ」
日本で武偵企業をやる場合には取締役以外にもう1人武偵の正社員が必要となる。なのでキンジが取締役、中空知を正社員として雇えば法的にはキンジ達は武偵免許を継続できるのだ。
「あ、あのなぁ……」
「ま、取り敢えず空港は出よう。ここじゃ色々目立つ」
中空知は最早キンジの脚にしがみついているので傍から見たら縋り付く女を振り払おうとしている男にしか見えない。おかげで周りの視線も集まってきているのでこのは一旦場所を変えた方が良さそうだ。
「あ、あぁ」
ということで空港から出ようとした俺達だったが、そこで思わぬ再開があった。
「天人様!!」
リサだ。外じゃご主人様は目立つから名前で呼んでくれと言っているから呼び方はいつもと違うけど。
「リサ!態々迎えに来てくれたのか?」
「はい……と言いたいところなのですが、アリア様から仕事の依頼がありまして……」
アリアから……リサに依頼?
「遠山様の起業のお手伝いをしてくれ、と」
アリア様お得意の直感でキンジのピンチは既に見抜かれている。そしてこういう時に最も能力を発揮する奴に正式にお手伝いを依頼しておく根回しの良さは流石はSランク武偵様って感じだな。
「……外堀、埋められたな?」
「あぁ……」
完全に会社を興す流れになったことを悟ったキンジは崩れ落ちる。まぁまぁ、俺だってどうにかやっていけてるんだから平気だって。
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あの後リサの手伝いもあってキンジはどうにか起業出来たようだ。リサも今回は突発だったとは言え2回目ともなれば書類の用意も慣れたもので空港に着いた時点ではもう用意できるだけの書類は揃ってたよ。やっぱデキる奴は違うね。俺なんて、俺達の会社は俺の名前で設立したはずなのにもう1度見ても何が何やらサッパリだったからな。
そして、日本に帰ってきた俺はまずユエとティオを連れて香織達の世界へと渡った。思ったけど、最近俺家に居ないね……。まぁでも仕方ない。南雲くんと香織を同じクラスにするのは前から頼まれてたことだしな。イタリアに行く前にもユエとティオと共に魂魄魔法で少し細工をしたのでそれが上手くいっているのかの確認と念押しだ。
なので割とこれは直ぐに終わり、香織には感謝を……雫には胡乱気な眼差しを頂きつつも俺はようやく自分の家に帰ってきた。
すると同じタイミングで、どこかへお出かけしていたらしいミュウがレミアと一緒に帰ってきた。どうやら途中で合流したっぽいジャンヌも武偵高の制服のまま一緒だ。
「パパぁ!!」
最近は欧米を行ったり来たりだった俺を見たミュウが嬉しそうに駆け寄ってきてくれる。そろそろ忘れられたんじゃないかと危惧していたけどそんなことはなさそうでホッとしたね。
「ミュウ、おかえり」
「パパもおかえりなの!」
駆け寄ってきたミュウを抱き上げる。俺の体力なら当然軽々と持ち上げられるのだけれど、それでもトータスにいる頃と比べるとかなり体重も増えたと思う。背も伸びているし、子供の成長の早さを感じるな。
「ミュウ、また背ぇ伸びた?」
「みゅ?うん、まずはユエお姉ちゃんが目標なの」
「おう、ユエのなら直ぐに抜けるさ」
ユエさん140センチくらいだからな。レミアもそんなに背は低い方じゃないからユエの背丈を抜くのにそんなに時間はかからないだろうな。
「だから牛乳いっぱい飲んでるの」
「おう、そりゃあいい。けど野菜とか肉とかも好き嫌いせずに食うんだぞ?」
俺は一時期肉しか食えない時期とか肉が全く食えなかった時期とか極端だけど、あの時には成長期も終わってたからセーフ。……今思えばあの時期は神水が無かったらビタミン不足で動けなくなっていたかもな。本当、ギリギリで生き残ったんだなぁ。
そんな風に自分のことを棚に上げつつミュウに偉そうに講釈を垂れつつレミアが家の鍵を回して玄関を開けてくれた。
「ただいまぁ」
「ただいまなの!」
「ただいま戻りました」
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あれからしばらくは公安0課やNからの接触は無かった。ただ、キンジはせっかく立ち上げた会社を辞めたらしくて今は無職で東大を目指して勉強中だとか。偏差値40もあるか怪しい武偵高を単位不足で退学になったキンジがこれからどう勉強すれば東大に入れるのかは知らないが、まぁ本人がやる気ならそれを削ぐようなことを言う必要もないかとそれを聞いた俺は「そうか、頑張れ。不正じゃなきゃ協力してやる」とだけ返してた。
しかも、キンジが興した会社は武偵饅とかいう武偵記章を入れた肉まんくらいの大きさの饅頭を"食べる防犯グッズ"とかで渋谷や青山辺りにいる若い女性をターゲットにした商品を売り出していて、それが大成功。本職の武偵業は?と思わないではないけどまぁ売上があるんならそれでいいんだろう。
そんな風にして事業が軌道に乗ってきたとこほでキンジは辞めちまったらしい。細かい理由までは聞かなかったが勿体ないなぁと思う。ただでさえアイツ万年金欠なのに。
ちなみに俺も買って食べたけど普通に美味かった。ラフォーレに出した2号店では中空知が店の店員をやっていてそれだけなのに成長を感じてしまったから最早目線が親だ。何故……。
そして時は流れ初夏。星伽白雪から俺へと一通の連絡があった。曰く、キンちゃん様がどこかへ行ってしまったから探してくれ、とのこと。武偵がどっか行ったり連絡着かないなんてことザラにあるのに何をそんなに心配なのかは知らんし、星伽も詳細は殆ど教えてくれなかったが、星伽はやたらと精度の高い占いができるらしく、それでキンジがどっか遠くに行ってピンチという結果が唐突に現れたらしい。
キチンと報酬も出る仕事なので俺は仕方なく羅針盤を取り出し魔力を注ぐ。するとキンジは東南アジア──スマトラ島の方──にいるみたいだった。何でだよ……。
「もしもし、星伽か?……あぁ。キンジは見つけた。……んにゃ、南半球。多分無人島だぞここ。……あぁ?まぁいいよ、やってやる」
んで、キンジが今いる場所の報告を星伽にすれば、追加料金でキンジを日本に連れ帰ってほしいとのこと。まぁこれも鍵使えばそんなに難しいことじゃないからいいけどな。この地球上であれば消費魔力も聖痕を開く必要は無い。ここの所急速に日本で聖痕を開ける場所が減ってきていて、最早関東ではほぼ使えない。0課の連中がそのうち日本では聖痕が使えなくなるみたいなことを言ってたけど、多分もうそう遠くないうちに日本じゃ聖痕は完全に封じられるだろうな。
「依頼だ。ちょっと行ってくる」
と、俺はたまたま家にいたユエに声を掛けておく。ユエはいつも通り短く「……んっ」とだけ返してきたので俺は越境鍵に魔力を注いで遠い座標への扉を開いた。
遠いは遠いが南北に遠いだけなので時差自体は数時間で済むからか空の明るさはあまり日本と変わらなかった。
そして、いきなり目の前に扉が現れたかと思えばそこから俺が顔を出したことでキンジは声も出ないくらいに驚いたようだった。
「よぉキンジ」
「あ……は……?た、天人……?」
「おう」
「え……何で……」
「んー?星伽がキンジを探してくれって依頼してきたんだよ。んで、こんな辺境まで普通に来るのも面倒だからな。ササッと来させてもらったんよ」
俺は現状を手短に説明する。手短にって言っても、そもそも俺もこれ以上は知らないけどな。
「そうなのか……」
「うん。……てか、キンジは何でこんなとこにいるんだよ?」
「あぁ……。ネモの瞬間移動に巻き込まれて……アイツがコントロールミスってここに2人で飛ばされた。……ここ、どこだ?」
「んー?ここぁスマトラ島の方だな。羅針盤で探して地図と比べたけど有人島も近いっちゃ近い。波がなけりゃ泳げなくはないなってくらい」
「へぇ……」
「取り敢えず日本に送る。荷物纏めようぜ」
「あ、あぁ」
いきなり無人島に飛ばされたと思ったら直ぐに日本に帰還できることになってキンジはまだ頭が追いついていないっぽいな。そんなキンジの案内で俺はこの島の浜辺へと歩いて向かった。道中、キンジが汗をかいていたので俺は宝物庫からペットボトルに入ったスポーツドリンクを渡したらゴクゴクと一気に飲み干していた。脱水の少し手前だったのかもな。
キンジが俺を案内したのは俺が転移してきたこの大島とは別の、潮の満ち干きによって砂浜の道が現れる小さな島だった。そこにはキンジのカバンも置いてあり、寝床も作られていた。
「ふうん。ここにどんくらい居た?」
「そんなにはいない。まだ一晩だ」
「おう……星伽に感謝しとけ。アイツが直ぐにお前がどっか行ったの気付いたから俺が来れたんだからな」
「あぁ。帰ったら礼を言うよ」
そうしとけ、と俺は返しキンジが荷物を纏めたのを横目に宝物庫から越境鍵を取り出した。
「日本の……どこにする?」
「あぁ……天人が良ければ俺の実家……巣鴨の爺ちゃん家でいいか?」
「ん」
と、俺はそれを聞きながら羅針盤に魔力を通し、座標を特定。今度は鍵に魔力を通して日本までの扉を開いた。そこから漂うのは潮の香りではなく街の香り。嗅ぎ慣れた日本のそれだ。
「じゃあな」
「あぁ。……お前は来ないのか?」
「んー?俺ぁ
「分かった。じゃ、またな」
「あぁ」
と、キンジが日本の土を踏んだのを見て俺は扉を閉じた。そして羅針盤にまた魔力を注ぐ。俺が探したいのはネモ……Nの提督の居場所だった。そして羅針盤は大島の中程を指し示した。そこにネモが居る。いちいち森の中を抜けていく気にもなれず、俺は鍵に魔力を注ぐ。ネモの近くへと開いた扉をくぐれば目の前には水質の良さそうな湖があった。そして顔を上げれば……
「あ」
俺は予想していなかった光景に思わず声を出してしまい、そして無人島じゃキンジか自分の声しかしないはずなのにそれ以外の声が聞こえたもんだから向こうも驚いてこっちを向いた。
「貴様は……っ!?」
俺の視線の先にいたのは当然ネモ。だがネモは今その身に布1枚すら纏っていない。ようは真っ裸なのだ。何せコイツ、無人島の泉で呑気に水浴びなんてしていやがったのだ。流石にそこまでは羅針盤も教えてはくれないので何も考えずに扉を開いた俺はネモの青く綺麗な長い髪とその隙間から覗く真っ白な背中に細い腰、丸見えのヒップライン……そして思わずこっちを向いたネモのその成長途中っぽい小ぶりなバストの仔細までバッチリ網膜に焼き付けてしまっていた。
「あぁ……悪い」
大変結構なものを見せていただいたのだが、それはそれとしていきなり女の子の裸を見てしまったのだからコチラとしても謝る他ない。素直に目線を逸らして謝罪を口にしつつ後ろを向いてやる。
「お前……何故ここに……」
カチャリと、ネモが手近な岩に置いていた拳銃を手に取り撃鉄を落とした音が聞こえる。多分銃口は俺の後頭部にでも向いているのだろう。もっとも、拳銃程度の威力なら俺の多重結界を貫けないのだから問題は無い。
「依頼でキンジを助けに来た。そん時にお前もいると聞いたからついでに拾いに来てやったんだよ」
と、俺は正直なところを答える。
「……何故だ?貴様と私はまだ敵同士だろう?ローマでも、手段は見当もつかないが私の邪魔をした」
「そうだな。けどお前が言っていた世界。あれは俺も見たい。ならここでお前が死ぬのは見過ごせない」
そもそも俺は何でコイツがここにキンジと飛ばされる羽目になったのか詳しくは知らない。星伽も知らないだろうし、キンジからもそういう細かい話を聞くことをせずに日本に帰した。場合によっちゃ、俺はこいつをこの場で逮捕しなくちゃいけなくなりそうだからだ。だから俺は知らないことを選んだ。何も知らない、馬鹿でいることの方が良い時もある。現状俺が知っているのはシャーロックへの銃撃返しくらいだ。それもシャーロックから仕掛けたのだから正当防衛と言われたら反論できない。
つまり今のところ俺はネモを逮捕、その後に立件をする為の証拠が無い。Nの偉い地位にいるってことも、あの時のは嘘だとか何だとか言われたらそれでお終いだからな。俺は俺の理想の世界のためにコイツらを利用するのだ。
「ふん。……聞かせろ、神代天人。貴様どうやってここに来た。私達がここにいることやこの島の場所の特定はどうやってやった?」
「そりゃあ俺の戦力をお前達Nに晒すことになるから言えねぇな」
と言っても、多分羅針盤も越境鍵もその機能は直ぐにコイツに晒すんだろうからここで隠してもあまり意味は無いかもしれないけどな。
「なるほどな。トオヤマキンジに発信機を仕掛けていたのではないらしい。ここに来てから一晩……発信機でもない限り科学技術で直ぐ様ここを当てるのは不可能だ。つまり超能力的な手段……ということか」
俺の一言でそこまで読み切るのかコイツは……。こりゃあ喋れば喋るほどこっちが不利だな。俺ぁそんなに口が上手いほうじゃないし。
「さてな。……もしお前が瞬間移動でここから帰れねぇなら、ある程度はお前の希望に合わせて帰してやる」
ネモは瞬間移動が使える。なのにまだこの島に留まっているということは、ネモにとって瞬間移動でここから出ていくための条件が揃っていないということなのだろう。イタリアじゃ屋内から一息に屋外へ20キロも移動したというのに、そうしないということは、ネモの瞬間移動には何か制約があると見るべきだろう。
「……何が目的だ」
「言ったろ、お前の言っていた世界が見たい。そのためにゃお前が生きてくれなきゃ困るんだよ。俺にゃ世界をそんな風に変える力はねぇ。ま、勿論テロ紛いなことすりゃ潰すけどな」
俺は俺の目的を伝える。ま、ここで聞きたいこともあるっちゃあるんだけどな。
「だから教えろ。お前らNの目的を。今度ぁ嘘吐きを見抜く道具も持ってきてるからな。誤魔化しは効かねぇ」
と、俺は防弾制服のジャケットの裏ポケットから取り出したと見せかけて宝物庫から取り出したメガネを掛ける。これのレンズには魂魄魔法でそいつの言っていることが嘘か本当か見分ける魔法を付与してあるのだ。これで、コイツらの目的を探り出す。
「……この場で私が貴様を銃殺するという選択肢は考えなかったのか?」
わざとらしく拳銃を動かしてカチャリと音を鳴らすネモ。あくまでも俺が背中を向けたままなので強気にそんな風なことを言い出す。
「撃ってみろよ。無駄弾使ったなぁって後悔するだけだ」
こちらもハッタリではないのでそう言ってみたがコイツがそれをどこまで信じるか。最悪銃撃されるところまでは覚悟しているけどね。効かないからいいけど。だがネモは溜息を付いて銃を下ろした……気配と音がした。そして───
「まずは服を着させてもらう」
と、ごもっともな要求を出してきた。
───────────────
男の真後ろで着替える気にはなれないということで俺は一足先にこの島の砂浜へと戻った。途中、ネモの視界から完全に消えた辺りで扉を開いて鬱陶しいジャングルはショートカットさせてもらったけど。
そして砂浜でボケっとネモを待つこと数十分。流石に着替えてあの森を足で踏破するにはそれなりの時間が掛かるらしく、それくらい待ってからようやくあの古めかしい軍服を身に纏ったネモがこちらに姿を現した。
「ほれ」
と、俺は気配感知でネモが俺を視界に捉える前に宝物庫から出しておいたスポドリを投げて渡す。キンジにあげたやつもそうだったが、これは冷蔵庫みたいな機能のアーティファクトから取り出したやつだから中身はそれなりに冷えている。この自販機なんてありはしない無人島で、外から来たとはいえクーラーボックスなんて持っていなさそうな俺から冷え冷えのペットボトル飲料を渡されたことでネモは胡乱気な目を俺に向けてくる。
「毒なんて入ってねぇよ」
見れば蓋に穴なんて空いてないのが分かるだろうに。
「違う。何故これは冷えている?見たところ、クーラーボックスなんて持っていないようだが?……あぁ、貴様は随分と長い距離を瞬間移動ができるのだったな。それか」
そのスポドリについては全く違うがまぁ別にそれでもいいか。俺は頭上に氷の壁を貼り、その上に武偵高の防弾制服のジャケットを広げて被せて日除けにする。俺は熱変動無効があるけどネモにはそんな便利能力無いだろうからな。俺が平気な顔してる横で汗ダラダラかかれても気分悪いし。
「さて、聞かせろ。お前らの目的、どんな世界を何故作ろうとするのかを」
砂浜に腰を下ろした俺の言葉にネモはふんと鼻を鳴らして話し始めた。ネモの理想、そこに至った経緯。Nが望む世界の一端。モリアーティ教授の言葉。
やはりネモの理想はグランデュカのような奴やネモのような超能力者がそこらの一般人と同じように生活できる世界を作ることだ。今の世界、例えジャンヌのようなただの超能力者であってもその能力を人前で使うことは避けている。見られたら迫害されるのが分かりきっているからだ。そんなのは俺だって知っている。俺なんて超能力者達からも白い目で見られるからな。この前なんて一時的に国外追放されたし。
そして、どうやらネモとモリアーティ教授の考えは完全に一致しているわけでもなさそうだ。ネモは俺の理想に近いが、モリアーティ教授には更に別の考えがあるっぽい。勿論、その上でネモの理想も叶えられるのだろうけど。
「……なぁネモ」
俺は、ネモの話を聞いて1つ頭に浮かんだことがある。これきっと、キンジ達とは別の道を行く考え。けれど、俺にはこっちの道の方が魅力的に感じたのだ。
「なんだ」
「俺達、友達になれねぇか?」
告げた。俺の思いを。友達になる。このネモと。シャーロックを殺しかけ今もテロ組織の重要なポストに居座るネモと友達になる。これはきっとバスカービルの奴らには受け入れられないだろう。けれど、俺にはこの小柄な少女がその身体に見合わず掲げた大きな理想に惹かれてしまったのだ。
「…………………………は?」
呆れ顔でたっぷり数秒間時間を置いてからネモは聞き返す。その顔からはこれまで見てきたコイツの中にあった覇気が全て消え失せて見事なアホ面を晒していた。
「俺ぁお前のその夢を応援する。けどお前が間違ったやり方を通そうとするのなら俺は引き戻す。……これってほら、友情ってやつだろ?」
漫画でも友達の夢を応援して、そいつが間違った方向に進みそうなら殴ってでも止める、そういうのが友情として描かれていたし、実際に殴るかは別にしても、間違ったやり方を選ぼうとするのならそれを止めるのは友達として間違ってはいないと思うのだ。そして、それをするのが友達だと言うのなら俺とネモはもう友達みたいなもんだろう。
「ふっ……はっははははははは!!」
と、いきなりネモが大爆笑している。何だよ、そんなにおかしいこと言ったかな。
「この私と!ノーチラスの提督たる私と友達だと!ははっ!……いいだろう神代天人、今から私とお前は友達だ」
そしてネモはこちらを見上げてまるで憑き物が落ちたかのようにスッキリとした顔でそう言うのだった。何だよ、そんな顔もできんじゃねぇか。
「おう、ならまずは俺をフルネームで呼ぶの止めろ、余所余所しいぞ」
「ふむ、ではお前は私に何と呼ばれたい?」
体育座りをした両膝に頬を付けてこちらを見やりながらそう言うネモは悪戯心に満ち満ちた表情をしていた。多少意地が悪そうだがそれはどこにでもいる普通の女の子がするような顔で、俺は思わずその蒼天の瞳に見入ってしまった。
「あ……あぁ、そうだな……、普通に名前でいいんじゃねぇか?俺も別に拘り
俺は自分がネモの瞳を見入ってしまったことを誤魔化すようにそう言った。
「では天人、と。そう呼ぼう。お前は……まぁ初めから私のことを名前で呼んでいたな」
「おう」
ネモはそれを気にする素振りなく話を続けていた。気にしていないのか気付いていないのか、俺にその真意を読み取ることは出来なかった。魂魄魔法だってそこまで万能ではないのだ。
「友達、友達か……。ふっ、私にそう言ったのはお前が初めてだよ」
「そうけ。……俺も友達になろうぜとか言ったのは初めてだった気がするよ」
ちなみに友達になろうぜって言うのは割と緊張した。断われたらどうしようとか私はお前が嫌いだとか言われたらどうしようとか、そんなことが頭を巡っていたりもした。けどま、言ってみて正解だったな。俺にも段々と友人ってのが増えてきたみたいだ。
「だからさ、本当はテロや犯罪じゃない方法でお前の理想の世界が見たいんだよ」
「きっと無理だ。天人、お前が私達の作戦を尽く潰そうとも教授はそれすらも利用するだろう。だから私達はこれまでと同じように繰り返す」
「……そうかよ。言っとくが、俺ぁ友達でも逮捕するのに躊躇いは無いぜ。お前達が俺の前で犯罪を犯すのなら俺はNのメンバーを、例えネモ、お前でも逮捕するよ」
「あぁ。そうだろうな。そうでなくては友達甲斐がなさそうだ」
俺はそれを聞いて溜息を付きつつ頭上の氷を消す。それと共に重力に引かれた防弾制服のジャケットがヒラリとネモの頭に落ちそうになるのを掴み取ってそれを羽織り直した。
「で、どこに飛ぶ?」
「私を捜索に来ている者がいるだろうか、その現在地すら分かるのか?」
「……あぁ。その前に───」
と、もうこの動作にどれほどの意味があるのかは分からないけれど、俺はまた懐をまさぐる振りをして宝物庫から長いタオルを取り出した。
「一応、俺がどうやってそれを探すのか、そしてそこまでどうやって行くのかは見せらんねぇ。お前は友達だけどお前の上は違うからな」
「分かっているさ」
と、ネモは案外素直にタオルを受け取って自分の視界を覆った。俺はそれを見てから宝物庫から羅針盤を出し、魔力を注ぐ。探すのはネモを捜索に来ている奴の居場所。すると、直ぐに羅針盤がそいつらの場所を指し示した。越境鍵を取り出した俺はそこの上空へ向けて魔力を注ぎながら鍵を回す。すると、俺の視界には青空が広がった。
「……抱えるぞ」
「は?……ひゃっ!?」
視界を潰された状態で突然お姫様抱っこをされたネモから思いの外女の子っぽい悲鳴が上がった。
「なっ……!急に何を───っ!」
「まぁ暴れんなって」
と、俺は空力で扉の向こうの空へ足を踏み出す。そして扉を閉じ、眼下で水上を渡る大型の船の甲板の上へと飛び降りる。
下降中も瞬間的に空力を使って少しずつ衝撃を吸収しながら海を駆けるそれへと降り立った。しかし、俺が空力で空中に一瞬着地する度にビクッと身体を震わせるネモを見ていると、彼女が世界の裏で暗躍するテロ組織の幹部だなんて思えないんだよな。
「もう外していいぞ」
床に降ろされたネモは俺の言葉を聞いて直ぐに目隠しを外した。そしてキョロキョロと周りを見渡し、この船がネモにとっては見覚えのあるものだと気付いたようで……
「本当に……」
ネモはこちらを振り返り、信じられない物を見たかのように俺を見る。俺があの島に来た時点でこういうことができるのは分かっていたろうに。
「おう。……あぁ、それと俺の番号渡しとくよ」
友達のケー番知らないのもおかしな話だしな。俺は手早くメモ帳に書いた自分のケー番を渡した。
「本当にお前は……」
「あん?」
「いや、これは有難く貰っておくぞ」
「おう。……イタ電したらしばらく着拒するからな」
「そんな無駄なことはしない」
俺はそれに「そうけ」とだけ返し、「ではな」と船内へと入っていくネモを見送る。そして扉が完全に閉じ、気配感知にも引っ掛からないくらいに船の奥へとネモが行ってしまったのを確認してから、鍵を取り出して魔力を注ぐ。開く先は俺の家だ。そして開いた扉をくぐり、俺は俺の居場所へと帰っていった。