梅雨の時期が迫るある日、彼は突然やって来た。
───ピンポーン
と、家のチャイムが鳴る。気配感知で玄関先に誰かが来ているのは分かっていた。1人はどこかで見たことのある奴。もう1人はキンジだ。キンジがいるってことはそう怪しい──いきなり殴り込んで来るような──奴ではないだろうとリサに出てもらった。すると、リサに通されてリビングにやって来たのは女みたいな長髪を持ち、すれ違えば男も女も関係なく誰もが振り返りそうな高身長イケメンの男。どことなく雰囲気はキンジに似ている気がする。 そして何より性別こそ違うが……これは……。それに加え、キンジは何故だかその男に首根っこ掴まれてここまで引き摺られてきた。
「お邪魔する」
「アンタ、もしかして……」
俺は、その男に心当たりがあるような気がした。イ・ウーでは一時期理子やジャンヌの上役をやっていたあの女。キンジ曰くこの世の誰よりも美しいとか何とか絶賛されていて、確かに俺も相当な美人だとは思っていた
「お察しの通り、俺は遠山金一。そこな愚弟───キンジの兄だ」
カナ……遠山金一。カナはキンジの兄貴が女装した姿だと聞いていた。俺は本物の遠山金一の姿を見たことがなかったがなるほど、写真や何かで見るよりイケメンだな。
「で、キンジのお兄ちゃんが俺に何の用です?」
カナの姿の時の人格が演技なのかHSSの影響でほぼ二重人格に近いのか分からないので一応敬語で会話をスタートさせてみる。
「お前が神代天人だな?」
「えぇ、まぁ」
「お前は人を女装させるのが天才的に上手いと聞いた。そこでお前達に仕事の依頼がきている」
いやそれ女装じゃなくて変成魔法で姿形を変えているだけですしそもそも実行してるのは俺じゃないです……とは言わないでおく。説明も面倒臭いしな。
「……またキンジをクロメーテルちゃんにしろってんですか?」
と、俺が胡乱気な眼差しを向けてやれば遠山金一は「うむ」と頷く。あぁ、だからキンジが死んだ魚の目をしているのね……。キンジ、可哀想な子。
「だがお前にきている依頼はそれだけではない」
と、遠山金一が懐から一通の封筒を取りだした。そして目で「開けてみろ」と促されたので俺はそれを開く。すると中には数枚のプリント用紙とチーム・バスカービルの面子の情報が書かれていた。
「……これは?」
「彼女達とキンジ、それから神代天人は武偵ユエと一緒にとある場所へと潜入任務をしてもらう」
潜入任務を態々こんな大人数でやるのか。バスカービルとキンジで5人、俺とユエを合わせれば7人の大所帯。潜入たってこんなにいたんじゃ直ぐにバレるだろ。
「で、キンジをクロメーテルちゃんにするのとその潜入任務の関係は?」
「あぁ。潜入するのは私立アニエス学院。全寮制の女子高だ」
……女子、高……だと?俺の聞き間違いでなけりゃこの人は女子高と言ったのか?……え?俺もそこに潜入するんだよね?バスカービル達とユエはともかく俺も?
「……天人」
フラりと、ユエが悪戯心を隠そうともしない維持の悪そうな笑顔を浮かべながら俺の方へ寄ってくる。その後ろからティオも両手をワキワキさせながら目を輝かせている。
「待て待て待って待ってくださいユエ様!」
俺は後退りながらユエと距離を置こうとする。何せユエ様の顔が怖いのだ。目がランランと輝いているし両手がまるで子供がお化けの真似をするかのように掲げられている。
『……ユエの名において命ずる。───天人、大人しくして』
神言……だと……?
まさかまさかのユエ様本気の力技によって俺の全身から力が抜ける。リムルの世界で発生した名付けによってユエは莫大な魔力量を獲得しただけでなく、行使する魔法やエヒトから簒奪した権能の効果がアイツが使っていた頃よりも更に強力になっているのだ。そんなユエの放った神言に俺が逆らう術は無いのだ。そう、あくまでユエの神言が強いのであって俺がユエに弱いわけではないということはこの場で強く主張しておく。
「……大丈夫。痛くしないから」
ユエのその言葉は俺の頭上から聞こえている。大人しくしろと言われたので俺の身体はその勅命に従って床に伏せていたのだ。そしてユエとティオによる
「アニエス学院にNのメンバーが潜伏しているという情報を掴んだのだ。武偵庁からは神代天人とユエが指名された。それとSDAランク上位の者とそれをサポートできる武偵ということで、現在手が空いていたキンジとチーム・バスカービルが選ばれたのだ」
遠山金一のその言葉で俺の頭に浮かんだのはあの筋肉ゴリラの彫りの深い顔がニタニタと笑っているところだった……。
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「うっ……うっ……」
男2人、俺とキンジは男泣……いや、もう女の子なので普通に泣いていた。しかしキンジは長期の潜入捜査は塾通いだから無理だとかゴネたらしく、仕方なく塾に行く土曜日だけは女装を免れていた。そのためキンジは変成魔法では喉仏を隠すに留まり、ほぼほぼ素の変装をすることになった。胸は適当にアンパンを詰めて頭にはカツラを被るだけ。しかもここに来る前に遠山金一と獅堂虎巌に1回強制クロメーテルにさせられていたようで本日2度目らしい。俺なんて初めての
ちなみに一応変成魔法による施術は遠山金一には見せられないよ、ということで席を外してもらっていた。彼もまぁ武士の情けとか言って素直に出ていったが情けって言うなら潜入させるの俺じゃなくて良くね……?武偵庁からのご指名とか言ってたけどどうせ旧公安0課の連中の差し金だろ?
「……で、なんで俺とユエ?シアはご指名入らなかったんですか?」
Nの偉い奴がいるというのなら戦力は多いに越したことはない……と判断するはずだ。まぁ実際俺とユエがいて勝てない相手とか想像付かないけれども。つか普通に俺の喉から出た声が女の声だし……。声帯まで弄り回されてるよぉ。
「中に入れられるのは7人でもかなり厳しいらしい。それに、シア・ハウリアには外で連絡要員となってもらう可能性もある。そのため今回アニエス学院に潜入するのはバスカービルとキンジ、お前達2人だ」
そして遠山金一は「それと」と付け加えるようにもう一言。
「……なるべく上はお前達3人を一緒にはさせたくないらしい。理由は、言わなくても分かっているだろう?」
「……はいはい」
いつものお決まりのやつね。それ、あんまり意味あるとは思えないんだけどな。ていうか……
「Nはアリアとか俺ん顔知ってるんだけど。ユエも知られてるっぽいし……。入ってもバレたら意味無くないすか?」
「問題無い。峰理子やレキもいずれN側に正体は露見するだろうが、それならそれで『
なるほどね。顔バレしてること逆手にとって逆に誘い出そうって作戦か。特に向こうからしたら俺は極上の餌だ。俺を殺せれば向こうは計画を進めやすくなるし上手く仲間に引き込めればそれもまた奴らの目的に大きく近付く。もっとも、仲間に引入れるのは、ネモから無理だと聞いている可能性は高いから俺は確実に命狙われると思うけどな。
「そうすか」
「だが当然ながら女子高にお前達男が混ざったとバレれば……」
「───そん時ゃ地の果てまで逃げます」
どうせコイツらにボコされるんだろ?だったら逃げるよ。返り討ちにしたって他の奴には追い回されるだけだし。そんな面倒なイタチごっこはゴメンだからね。
「キンジには制裁、神代には公安に来てもらう、とのことだ」
……追い回されるより辛いやつじゃん。絶対バレないようにしないと。つっても変成魔法使うんだからバレようもないと思うけどな。
「では俺はこれで失礼する。……後でバスカービルのメンバーと打ち合わせておくように」
と、遠山金一はそれだけ申し付けてさっさと俺達の家を後にする。キンジ……もといクロメーテルちゃんを引き摺って……。
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「さっきそこで女装した遠山さんが男の人に首根っこ掴まれてたんですけどあれ何です?」
と、レミアとミュウ、ジャンヌと一緒に帰ってきたシアが疑問顔でそんなことを言いながら部屋に入ってきた。だがそこにいるのはユエとティオと女の子になってしまった俺。その奇妙な組み合わせにシアはさらにキョトン顔を極めていた。て言うかシアには1発でバレたのね……。あの完成度で何でだろ。
「……天人さんは何してるんですぅ?」
何してるんだろうね、俺にももうよく分からないや。
「パパがお姉ちゃんになっちゃったの……」
「やめて!ミュウはこんな私を見ないでぇ!」
何が悲しくて女装姿を幼い娘に見せなきゃならんのか。俺は顔を手で覆い隠してさめざめと泣いていた。それを見たミュウは若干引いた様子で「わ、分かったなの……」と静かに部屋を後にした。レミアも溜息を付きながらミュウの後を追う。うう……心が辛いよ……。
「……さて、ミュウも離れた」
スルりと、ユエが俺に擦り寄ってくる。……何、またユエ様のお目目がランランと輝いているのですけど。それがとっても怖いんですのよ?
「……ティオ、最後の仕上げ」
「ん?まだ何かあるのかの?」
仕上げって……もう私完全に女の子ですのに、これ以上まだどこか弄るつもりですの?
という俺の胡乱気な視線をユエ様はバッチリ無視。それを見たティオは仕方なしにシアと共に俺を羽交い締めにし始めた。あれ、助けてはくれないのね……?
「……いざ」
ユエの手が金色の魔力光で輝いている。再び変成魔法による変身が俺に施されようとしていた。
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「もうお嫁にいけない……」
本日2度目のガチ泣き。今度は何やら顔ばかりを弄り回された気がする。一体何だったんですの……?
「……ふふっ」
俺の頭を自分の太ももに乗せてご満悦そうなユエ様。それはそれは満足気な姿のユエがいた。
「そう言えば、偽名どうしよ……」
いくらなんでも俺の名前は女子高生として学院に入るには男の子っぽ過ぎるので何か考えなければならない。後、俺今だに自分がどんな顔してるのか知らねぇんだよなぁ。
「鏡ある?」
「はいご主人様、ぜひご覧になってください」
と、いつの間に持ってきたのかリサが手鏡を俺に渡してきた。それを覗くとそこには……
「ん……」
髪の色は元のまま黒。だが男の時よりも艶やかで天使の輪ができている。長さは肩にかかるくらいで癖は無くて真っ直ぐだな。んで、顔の作りなんだけどこれ俺の要素無いじゃん……。つかこの顔、どっかで見たことある気が……。
と、俺がふと顔を上げるとシアと目が合った。そしてもう一度鏡を見る。これ……
「ユエ……」
「……んっ」
ユエはドヤ顔でシアを見る。シアはキョトン顔で気付いていないっぽいな。
「この顔シアじゃん」
「え?」
「……んっ。自信作」
瞳の色も魔物を喰ってからそうなった紅色のままでシアとは違うし髪の毛も黒くて短く、俺の要素が強いから並んでも見分けは付くだろうが、鏡に写る俺の顔はどこからどう見てもシアのあの可愛らしい顔と瓜二つ。ちなみに顔担当はユエ。ティオはボディ担当だったようだ。
「……私が思う、世界で1番可愛い顔にした」
潜入任務なんだから目立っちゃ駄目でしょう。そう思ったがユエは言わずもがな、よくよく考えたらクロメーテルちゃんも中身男なのに相当な美人だし他のバスカービルの奴らも面だけは滅茶苦茶可愛いのは確かだ。アリアは拳銃ゴリラで理子はアホ混ざってるし星伽は裏の顔がヤバいしレキはトータスの神の使徒以上に感情が欠落してんだろってくらい表情動かないけど。
だからまぁ俺1人の面だけが飛び抜けて良い訳じゃなく、
「そんなユエさんったら……むしろ世界で1番可愛いのはユエさんですよぉ」
なんて、シアはシアで頬に手を当てて身体をくねらせながら照れている。俺はそれを放って自分の身体を見下ろした。
俺の首から下は、構造こそ女のそれだがスタイル的にはスレンダー美人って方向性だ。まぁ重りは無い方が動きやすいし、戦闘も考えられる以上は元の身体との差は少ない方が良いからそこはユエも分かっているのだろう。身長も男の時のままだから170センチ後半ある俺の上背──オルクス大迷宮で魔物の肉を初めて食べた時に少し伸びた──もあってモデルみたいな体付きをしている。もっとも俺の体力は見た目の筋肉量にはそれほど左右されないからこれも支障は無い。
「それでご主人様、そのお姿の名前なのですが……」
と、今度はリサが俺を後ろから抱くようにして密着してくる。背中に大きな2つの果実が押し当てられ、形を変える感触が伝わる。
「んー?」
「
リサが俺の耳元で囁くようにそう告げた。吐息が耳に当たって擽ったい。
「あぁ。良いんじゃないか。正体バレはOKらしいし、近からず遠からずって感じで」
漢字的には俺の名前から人の文字を取っただけだが読み方そのものを違う方で、そうやって読んでしまうと随分と印象も変わるしな。俺的にも覚えやすいし悪くないと思う。
「じゃあこの姿の時の名前は神代天で……あれ……?」
俺は変成魔法で男の姿に戻ろうとするのだが、何故か俺の身体にそれが働かない。魔法自体は発動しているのにも関わらず、身体に変化を起こせないのだ。……あれ?
「ふふふっ、天人……いや天よ。残念じゃが変成魔法の扱いは妾とユエの方が上。その姿には細工をしておるのじゃ」
と、ティオが意地悪そうな笑みでそんなことを告げてきた。
「は……?」
「……具体的には、私かティオじゃないと元の姿には戻せない。……でも、もし天が私達よりも変成魔法が上手に扱えればその枷も外せる」
それって、絶対外せないってことじゃん。え、て言うか俺はユエ達の許可を得ないとこの姿から戻れないってこと!?うわっ、昇華魔法使っても駄目だこれ……。完全に(社会的な)生殺与奪を握られてるじゃん。
「……まずは任務開始までの間は女の子の生活に慣れてもらう。……ふふっ、宜しく、天ちゃん?」
ユエのやつ……絶対楽しんでるだろ。
「だ、誰か助けてぇ……」
俺の心からの叫びは誰にも届くことなく部屋の壁へと吸い込まれていった。
───────────────
アニエス学院潜入初日。俺達は普通に正門から学内へと足を踏み入れた。そりゃそうだよな、何せ俺達は転校生としてこの学院に潜り込むのだから。
ちなみに俺の変装は横にユエがいるという理由で即バレした。ただまぁ骨格から違うだろうという指摘を受けたがユエが魔法使いだと言ったら皆納得してくれた。しかし、キンジのクロメーテルはバスカービルの誰も見抜くことができなかった。目の良いレキや変装の達人である理子ですら見抜けないのだからキンジには相当の
そして、戦闘や逃走に備えて俺達が各々学内の様子を確認しながら校長室へと向かう道すがら……そこにあったのは違和感だらけの校舎の設備や装飾だった。理子や星伽、ユエは何も違和感を感じずにむしろ素敵だと思っているようだが、クリスチャンのアリアや宗教にも多少は通じているらしいキンジ、それとガキの頃は欧州で生活していた俺から見てもここは何かがおかしい。俺の感じた違和感はキンジやアリアが言語化してくれたが、ここは宗教色のある建物を建ててあったり骨董品何かが飾られていたりするものの、それらの様式はてんでバラバラ。何の統一感もなくただ適当にそれっぽいものや見た目が気に入ったっぽい物を集めたただけなのだ。
だがそんな統一感の無い空間の筈なのにどこかポリシーと既視感を感じる。しかも鑑定眼のあるらしいレキ曰く、ここにある美術品は全部イミテーションで価値は無いらしい。つまり確かにここには物の価値を除いたポリシーや、
しかしその理由も直ぐに判明する。ここの校長先生───堀江美由紀は日本の有名ファンタジーゲームの開発者だったのだ。つまり、ここは和製ファンタジーゲーム風の世界観を模した作りになっているということらしい。……そして、俺の感じた既視感はそれだ。ここはリムルのいた世界やトータスとよく似ているのだ。何で完全な別世界とこっちの世界のゲームが似ているのかはよく分かんねぇけどな。
「あ、そうだ。武偵庁からは2人ほど男の子が変装していると聞いているのですが、どの子ですか?」
と、最初俺達を迎えた時は武偵なんぞ歓迎していません、みたいな雰囲気だったのに理子が堀江校長のゲームをやっていると知ってからは手の平を返して打ち解けた様子を見せたこの人からそんな質問が飛び出す。すると……
「この子です」
と、
「あんたでしょうがこのバカキンジ!」
と、校長先生の目の前でクロメーテルの首を思いっ切り締め上げている。
「えっ!?あの話ホントだったの!?しかもこんなに美人なその子が!?……確かめたいわ!その子の裸見せて!」
「嫌です!御免こうむりますっ!アンパンあげるから許してー!!」
なんて、キンジは叫びながら鞄から武偵手帳と証明写真とアンパンを取り出して堀江校長に差し出している。
「うわっ!本当だ!えと、2人目は……?」
「私です」
と、俺は素直に手を上げる。ここで天丼ネタでアリアを指差しでも話進まなさそうだからな。2度目は締め上げられるどころか全身粉々にされそうだ。ユエにやったら後が怖いし。
「うわっ、こっちも超可愛いじゃん!」
と、俺の見た目──顔はほぼシアなのだが──を褒められてユエがご満悦だ。
「あぁでも、なら本当に男の子だってバレないようにね?バレたら出ていってもらいます。調査の為とはいえ女子高に男の子が紛れてたら経営的にも問題なので」
とのこと。まぁ、俺に関しては見た目は完全に女にされてしまったのでそれこそ裸を見られても大丈夫だったりする。なんと男の子が持つあれそれすら変成魔法によって無くされてしまったのだ……。ホルモンバランスとか大丈夫なのかしら……?
───────────────
校長先生からこの学校の生徒はよく失神するという謎の情報を得た俺達は、それぞれのクラスへと割り振られる。ちなみに潜入初日から授業へは出席させられることになっているのだ。
この学校は
「では今日はまず転校生を紹介します」
というお決まりの挨拶と共に俺は華組の教室へと入る。ガラリと扉をスライドさせて女の園へと足を踏み入れた俺に注がれる視線視線視線。そう言えば女子高に入るのは人生2度目だなぁなんて思いながら、俺は教壇の前に立つ。
この教室は黒板の代わりにホワイトボードを使っていて、そこに水性のマジックで先生が俺の名前を書いていく。
──神代天──
それが俺のここでの名前。本名から人の字を抜いて読み方を変えただけの安直なそれ。まぁ所詮は偽名でこの顔も変成魔法で作り出した紛い物。クロメーテルはカツラ被った程度だが俺のこの顔は特殊メイクとも違う真っ赤な偽物なのだ。気にする必要なんてないだろう。
「
と、取り敢えずは微笑みながら丁寧に頭を下げて挨拶。んー、相変わらずこの女声には慣れねぇな。正直あまり人とは話したくない。捜査しなきゃだから最低限は話すけども。
一応気配感知と義眼の魂魄魔法で軽く走査したがこの教室には違和感は無し。ここはハズレかもな。
パチパチパチという拍手の音を聞きながら顔を上げて第一印象は大事だともう一度ニッコリ笑顔。すると何故かさっきよりも熱い視線が注がれていることに気付く。……何かやってしまったかしら?
「可愛い……」
ボソリと誰かがそう呟いた。……あぁそっか。今のこの顔は作りだけはシアのものだっけ。そうだよなぁシア可愛いもんなぁ。女の子は笑うとだいたい可愛いけどシアは特にそうだ。あの笑顔は男とか女とか関係なく人の視線を集める。それだけの魅力があの子にはあるのだ。
「神代さんはバスケットボール部になりますので、あちらに席を用意しました」
と、用意された席は窓際後ろから2番目。理子が確か主人公席とか言ってた場所だ。ちなみにこのアニエス学院、仲の良い奴と一緒に勉強するとエピソード記憶が生成されやすくなるとか学習効率が上がるとかで同じ部活の奴らを近い席にまとめるルールがある。武偵高なんて初日に適当に座った席で1年過ごすんだぞ。いや、これは武偵高が間違ってるんだろうけどさ。
ちなみに何故俺がバスケ部なのか。それは単にこの学院にはサッカー部が無かったからである。あれば当然そっちに入ったのだが無いもんは無いので仕方ない。ルールは昨日なんとなく把握した。
んで、俺の隣の席の子は同じくバスケ部らしいく、女子の平均よりは上背がありそうだが俺と比べると流石に低い。と言うか、日本人で俺より背の高い女子高生はそうはいないんだけどな。本当は俺男だし。あ、後ろの子もごめんなさい……俺のせいでホワイトボード見辛いよね……。
「宜しくお願いします」
と、横の席の子にそう挨拶すればその子も……
「宜しくね」
と、爽やかに返してくれた。この学校は元お嬢様学校の聖與女子学院と普通の高校である玉縄女子が合併した学院なのだと聞いた。あとその他普通に受験してきた奴がいて、生徒はそれぞれで派閥になっているのだとか。そして、俺の横に座る彼女は何となく玉縄か一般受験組だろうと察せられた。
女子高潜入初日。武偵高とは180度違う進学校での授業が始まる。
───────────────
正直キツい。それが初日……と言うか半日授業を受けての感想。何がキツいかってこの学院の授業のレベルの高さだ。オリジナルの教科書なのか知らんが生徒が目指す大学に合わせて中に書いてある問題に"ここはやらなくていい"とか"ここを受験する人はこの問題解け"みたいなマークがそれぞれ付いており、大学に受からせるための授業内容になっているのだ。
だが俺の学力は3流大学にすら受からない底辺オブ底辺。最近キンジは塾通いらしいから多分俺達の中じゃ俺が1番頭悪いまである。つか多分そう。ユエも地頭は良いからスルスルとテストの点数上がってったし。英語だけはシャーロックに叩き込まれたせいもあるし、古典や漢文も最悪言語理解でどうにかなっているのだが、他が壊滅だ。マジで何も分からん。数学の公式には言語理解は適用されないらしい。て言うか色んな世界を巡る中で、この世界と近い常識の世界は幾つもあったが、特にここ数世代の総理大臣とか世界の大統領とかの名前がてんでバラバラだったからどれがどいつかごっちゃになってる。もういっそ授業はフケてしまおうかと思った程だ。だがここの生徒は授業態度も真面目なのでフケてどっか行くと死ぬほど目立つからそうもいかない……。辛……地獄……。
IS学園と同じく女の園のアニエス学院とは言え今は俺も女の子。あそこにいた時みたいに露骨な視線に晒されることはないのだが、それでもユエ成分の不足した俺は昼休みになった瞬間に席を立つ。
そしてフラフラと彷徨うようにしてユエの待つ1年月組の教室前へと辿り着いた。そこにはアニエス学院の可愛らしいデザインのブレザー着たもうユエが居て、俺を見つけるとトテトテと小走りで駆け寄って来た。しかしそれを見た周りからは「ほわぁ……」みたいな声が上がる。どうにもユエの可愛らしさにアテられたらしい。……いや、これ俺も見られてる。しかも似たような視線で。シアの顔強過ぎるだろ……。まぁ可愛いから仕方ない。
「お昼ご飯に行きましょう」
と、天ちゃんがユエ様を誘う。
「……んっ、行きます」
ユエ様もこれを快諾。俺はユエの手を取り歩き出す。するとまるでモーゼの海割りかの如く人垣が割れる。あぁこれ……IS学園でも似たようなことあったなぁ。あの時ゃ好奇の視線に晒されて気分悪かったんだが、今もあんまり変わらねぇな。……購買で何か買って外行くかぁ。
───────────────
キュッ!キュッ!と、シューズ裏のラバーと床の擦れる音が体育館に響き、ダンダムとボールが床を叩く音が木霊する。
授業も初日からなら部活動も初日から参加なのだ。んで、今日はちょうどバスケ部が体育館を使う日。進学校らしく部活の時間は短いが、ちゃんとあるにはある。着替えは最初からスカートの下に短パン履いてたし体育着もキャミソールの上からパパッと教室で着てしまったので更衣室には最早寄ってもいない。
授業も、ブレザー脱いでワイシャツの袖捲って受けていたので神代天さんはそういう活発キャラなのだという位置付けを初日にして確立できたので、今後は多少"素"が出ても不自然には思われないだろう。て言うか、そもそもこの身体なら脱がされても女なのでこれは単に俺が伸び伸び暮らす為のものでしかない。あと、流石に彼女でもない女の子と同じ部屋で着替えるのは罪悪感がある。
アニエスがただのお嬢様進学校なら悪目立ちするだろうがここは玉縄女子や一般受験組もいるから、天ちゃんの気性はそっち寄りってことにさせてもらおう。
「ハイ!」
と、声を出してボールを呼ぶ。そうすれば俺の隣の席の
それをタッチライン際──バスケだとサイドラインだっけか──で受けて縦にドリブルで運ぶ。斜め前方からディフェンスが寄ってくるがグッとこちらも斜め方向に、彼女とすれ違うように、中央へと切り込んでいく。そして俺にパスを出してそのまま走り込んでゴール下で待っていた新城陽香へと真っ直ぐ縦パスを付け、俺も動きを止めることなくそのリターンを貰ってその場でジャンプしながらシュート。
俺の右手から離れたボールはゴールのボードに書いてある黒い枠──ウインドウとか言うらしい──の縁に当たりそのままネットを通過した。今日は俺との交流も兼ねての紅白戦ということで、白チームのこちらに2点加算された。
ちなみに現状白チームが圧勝。というのも、日本人の男の中でも俺は比較的背が高い方になる。女の子の身体にされても上背は変えられていないので、そんなのが女子の中に混じれば頭1個分じゃ済まないくらいに頭抜けるのだ。それに、異世界の旅をする前かつ聖痕無しでもイ・ウーでシャーロックに死ぬ程鍛えられた俺の体力と、いくら運動部とは言え基本は勉強最優先の進学校の生徒じゃ体力にも著しい差がある。
なのでバスケ完全に素人の俺でもここまで体力差があれば活躍もできるのだった。俺の前でシュート打ってもだいたい指か、下手したら手の平で叩き落とせるし。
そして、ちょうど赤チームのシュートを俺がブロックした瞬間に試合終了のブザーが鳴る。ダブルスコア以上で白チームの完勝だった。
「休憩ー!!」
「はい!」
と、そのタイミングで部長でもあるらしい新城陽香の掛け声が掛かり、俺達は一旦水分補給へと移る。すると、いつもは下ろしている長い金髪を頭頂部で束ねてポニーテールにした体育着姿のユエが俺へとボトルを渡してくれる。
「……天先輩」
「んっ、ありがと」
いつもと違う呼ばれ方に少しの違和感を覚えながらも「今はこれが自分の名前だ」と言い聞かせつつそれを受け取った。するとユエはタオルも用意していたらしく手渡してくれる。その姿の愛らしさに俺は思わずいつもの癖でユエの顔の横に垂らした髪を梳く。
すると、周りからは「ほわぁ……」と、叫び声とも歓声ともつかない声が響く。ユエは1年生のバスケ部マネージャー設定。俺は3年からの転校生で、しかも今の1試合で急に部に現れた超新星みたいな扱いになっているのだろう。その上
つまりはまぁ、周りから見たらクソほど可愛い1年生が美少女顔転校生の3年生で新たなエース候補に憧れてる……上にその先輩は後輩を
「あのお2人、お昼も一緒でしたよね」
「
みたいな声も聞こえてくる。ちなみにここアニエス学院は武偵高みたいに名字なくても入れる程トンチキではないのでレキもユエも偽名の名字を用意している。レキは矢田、ユエは
これを聞いたシアやティオはキレ散らかして宥めるのが大変だったのは言うまでもない。理由は1番先に俺の名字を貰ったこと。これは絶対に後でも出てくる問題なのは分かってるから今から頭が痛いんだよなぁ……。
て言うか、誑し込むわけじゃない。どっちかと言えば俺が落とされた側だし、そもそももう俺達はデキている。けどそれはコイツらに言っても詮無い話。なので……
「普段の下ろしてるのも可愛いけどそうやって纏めてるのも可愛いよ」
「……んっ、嬉しいです。天先輩もどんな姿でも格好良い……」
なんていういつも通りのやり取りも周りに遠慮する必要は全く無いのだけど……
「きゃぁぁぁぁ!!」
なんて、騒ぎが大きくなるのは致し方ない。それでも俺はコイツらには本心を隠したくはないし、可愛いとか好きとか愛してるとかは言えるうちに言っておきたい。だからこういう喧騒も受け入れるのだ。