セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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この話が抜けてました……。(1/16投稿)


魂と居場所

 

 

放課後、俺は1人羅針盤を手に校内を彷徨い歩いていた。時間は夜の10時半頃だろう。ここの消灯時間はテスト前以外は10時半。キンジ曰く見回りがあるらしく、見つかると違反で教師に報告される場合もあるかもだとか。ちなみにキンジ……と言うかクロメーテルちゃんはアニエス学院の生徒会──双與会──に所属している。本来は部活に入るのだがアイツには趣味も特技もこれと言ったものが無かったのでアニエスじゃ生徒会も部活動の枠に入るからってそこへ押しやられた。

 

ま、見回りがあるってことはそれを嫌がって生徒は夜には出歩かないだろうし、見回りに見つかっても、ここはそんなに校則がギチギチにキツかったり罰則が厳しい雰囲気も無く穏やかな校風なのは感じているから、初犯であれば言い訳も用意してあるし問題無いだろう。

 

と、俺はここに来る前に部屋でユエと羅針盤で検索した結果を頼りにフラフラと歩いている。

 

探し物はここに潜んでいるというNの幹部、ヒュドラの居場所。だがおかしいのだ。羅針盤は正常に機能しているはずだ。なのに羅針盤はこの学院の至る所を指し示したのだ。まるで、ヒュドラは複数人……それも大勢いるかの如く。

 

不審に思った俺はまずはちょっかいを出す前に調査だけでもと"ヒュドラが1番集まっている場所"を羅針盤で探した。すると校門の方を指し示したので、今はそこへ行くついでにまずは近場でヒュドラのいる場所を見てやろうと夜の学校を歩いていた。

 

すると、曲がり角の向こうからコツコツと足音が聞こえる。2人分だ。俺の気配感知にも引っかかっていたそれは1人はクロメーテルちゃんの分。もう1人は……知らねぇや。でもこの時間にクロメーテルちゃんと歩いてんなら双與会の誰かだろう。

 

と、俺は何食わぬ顔で姿を現す。向こうも何を気にするでもなく普通に俺に懐中電灯の光を当てた。

 

「ひゃっ!?」

 

しかしクロメーテルちゃんはともかくもう1人は俺の存在に気付いていなかったらしく驚きの声を上げた。夜目の固有魔法で夜の学校でもよく見えるそいつは眼鏡をかけた黒髪の地味な雰囲気の生徒だった。だが俺の義眼にはそいつがただの小心者の女ではないことが視えていた。そいつの持つ魂は人間それではない。エヒト程薄汚くて邪悪ではないが、聖人君子の魂ではない。……コイツ、もしかしてNの身内か?羅針盤はヒュドラを探した時にクロメーテルちゃんの傍を指し示さなかったからヒュドラ本人ではない筈だ。だがこの平和な学院でこの魂は無関係とは思えん。

 

「あ、あの……貴女は転校生の……」

 

「うん、神代天。……ゴメンなさいね、この時間は消灯時間よね」

 

「え、あ、はい。なので……」

 

「知ってはいたのよ?……でも昼間に落し物をしてしまって、探しているの。人のいない時間の方が探しやすいかなと思って」

 

と、俺は先程から足元を照らしていた自分の懐中電灯をユラユラと揺らして見せる。俺の足元を照らしていたそれはきっとコイツらからはその光が見えなかったのだろう。……多分。中身が中身だけに演技の可能性は否定できないけどな。ちなみにこの探し物は嘘。別に俺は今日何も無くしていない。

 

「なるほど、事情は分かりました。……今回は初めてのことですし、メモは取らないでおきます。落し物があれば届けられている場合もありますから、まずはそちらを確かめてはいかがでしょう?」

 

「ありがと、そうします。次から気を付けるわ」

 

と、俺は素直に引き返して寮の自室へと戻る道を行く。バレなきゃそのまま続行の予定だったけどここは適当にやり過ごして後でヒュドラの様子を見に行くことにしよう。

 

そうして俺は一旦来た道を引き返して物陰に隠れる。少しすればコツコツと2人分の足音、キンジ……もといクロメーテルちゃんは俺の存在に気付いたみたいだが特に触れることなく放っておいてくれる。そして俺は影から姿を現して再び探索を開始した。

 

そして、導越の羅針盤の導きに従って俺は校門までやってきた。……解放者が俺に残した羅針盤が指し示すのはこの真下。ヒュドラは土の中に身を潜めているようだ。それだけじゃない。この林の木も1本丸ごとヒュドラだと羅針盤は指し示している。……なるほど、ここら一帯が丸ごとヒュドラの巣窟になってるわけか。

 

「さて……」

 

地中に眠っている(?)ってこたぁグランデュカ以上に人間離れしてるってことになる。グランデュカは顔以外は俺らとそう変わらんし精神性も似たようなもんで、トータスから帰ってきた俺はアイツを人間と呼ぶことにそう躊躇いはない。だが土の中に埋まって待機してる奴をそう呼んでいいのかは甚だ疑問だ。カプセルみたいな入れ物の中にでも入ってるならともかく、まさかモグラみてぇに地面の中で暮らしてないよな?

 

だがどっちにしろヒュドラは自分の分身みたいなのを学院中に放っている。ということはアニエス学院の生徒が人質に取られる可能性があるのだ。ここでなんの対策も無しに動くべきじゃあない。

 

それに、クロメーテルちゃんと一緒にいたアレも気になるし……

 

「帰ろ」

 

 

 

───────────────

 

 

 

潜入から5日ほど経過した金曜日、バスカービルと天ユエタッグの中間報告会の日がやってきた。

 

んで、俺とユエが115号室──バスカービルのクロメーテルちゃん抜き部屋──に入るとそこでは

 

「ガンガンいこうぜ!!」

 

理子がファミコンでPPGゲームやってるぅ……。しかもアリアは立ち見で、星伽は正座、レキすらテレビ画面に釘付け。楽しそうで何よりだけどさ……。まぁ、今はまだクロメーテルちゃん来てないからいいか。

 

と、俺も後ろから理子のプレイングを視聴開始。ユエも俺の足の間に挟まって画面を見ている。……と思ったらモソモソと抜け出して理子の隣に移動。あれやこれやと指示出しを始めた……。ユエさん、随分とこっちの文化にも馴染んで……。

 

なんてやっているうちにクロメーテルちゃんもやって来て、そして俺達が皆して理子とゲームをやっているのを見てキレ気味にファミコンのリセットボタンを押した。

 

ユエすら悲鳴をあげる中クロメーテルちゃんはカツラを投げ捨ててキンジになる。すると直ぐ様───

 

「キンジ、天人、アンタら目立ち過ぎよ!ちょっと様子を見に行ったら……」

 

と、急にアリアさんがご立腹。

 

「何言ってるのアリア、天ちゃんはあれでいいのよ。勉強は国語と英語以外できないけど運動神経の良い神代天ちゃんの傍には人が集まる。人が集まれば情報も集まりやすい。お勉強を教えながらなら多少雑談を挟んでも不思議じゃない。……どう?合理的でしょう?」

 

ちなみに必要以上に接近される恐れも、あまり無い。何せそのために部活動や昼にはユエと仲睦まじい様子を見せつけているのだ。ただユエは後輩設定だから俺に勉強を教えることはあまりない……実際はちょいちょい寮の部屋で教わっているのだが、それはそれ。

 

「ぐ……むう……けどこの潜入調査はもっとスローにやる予定なのよ?アンタはユエ共々目立ち過ぎなのよ!」

 

「そうそう、ここに潜り込んでるヒュドラって奴ですけど、根城見つけたわよ」

 

「はぁ!?」

 

と、俺の衝撃発言に全員ビックリ顔。いや、キンジは俺の羅針盤を知っているからそう不思議そうな顔はしていないか。

 

「アリアの言う通りこの潜入調査はスローでやる予定だったし、何より正体はまだ掴めていないから黙ってたけどね」

 

と、付け足しておく。アリア辺りが突撃されても困るかもだからな。

 

「で、どこよ?」

 

「校門の手前……校内側だけどね。そこの地面の中ね。それと、学内にも結構いるみたいよ」

 

ここで俺がどうやってそれを探り当てたかを聞いてこない辺りアリアは俺のこと分かってるな。聞いてもはぐらかされるだけなら、どうせ魔法の力だと分かっているのだから最初からそんな質問はすっ飛ばしてしまった方が効率が良い。

 

「それは、ヒュドラが複数いるってこと?」

 

と、星伽が鋭い目で俺を睨みながら疑問を口にする。

 

「───私も、ここに来て直ぐに敵の気配を感じました。近くを通ったのに姿は見えない……初めての感覚でした」

 

するとレキが追加情報を教えてくれた。

 

「恐らくヒュドラは自身の身体を複数に切り分けてそれぞれ別個に活動させられるのでしょう。校門の地面にいるのはヒュドラの1番大きな塊を探した結果だから。レキの感覚もそれで辻褄が合うわね。群体としての大きさはともかく細々とした子機は非常に小さい。だから気配はすれど姿が見えない」

 

「ということは最悪の場合アニエス学院の人間がまとめて人質に取られる可能性もあるってことよね」

 

「そうね。だから私もいきなり手出しはできないの。()()()()()()簡単だけど、今回は逮捕しなくちゃでしょ?正面切っての喧嘩なら負けないだろうけど……」

 

ぶっちゃけユエの神罰之焔でヒュドラ程度は灰燼と化すどころか灰も残さずに殺せるのだが、建前上は逮捕しなくちゃいけない上、武偵法9条もあるから下手な攻撃はできない。変に加減して、アリアの言う通りアニエス学院の人間を人質に使われたら厄介だしな。

 

「それとキンジ……クロメーテルちゃんと巡回してたあの小柄な……小城って子……怪しいわ」

 

と、あの夜見た人間とは違う魂を持った人の面を被った小城と名乗る女のことも報告しておく。クロメーテルちゃんの近くにいるってことはキンジが危ないかもだからな。

 

「そうなのか?あんな小心者がか?」

 

「えぇ。あの時と……それから時々クロメーテルちゃんのクラスも覗いたけど、他はともかくあの小城って子の魂は人間のそれではなかった。ヒュドラと関係があるかどうかはまだ分からないけれど、気を付けなさい」

 

「……分かった。ていうかお前、魂なんて見えるのか?」

 

「えぇ。……そうね、この際私の今の発言に説得力を持たせるためにバラすけど、私のこの右目、実は義眼なのよ」

 

と、俺は自分の右目を指差しながらそういえばこれはキンジにも言ってなかったかもなってことをバラしておく。武偵はあまり負傷歴や自分の装備を明け透けにはしないがコイツらは今は作戦を共にする仲間だからな。アリアとはいまだに微妙な仲のままだし星伽は俺のこと嫌ってるけどこの際仕方あるまい。

 

「普通の目に見えるけどねぇ」

 

と、変装の達人である理子すらもそう言う。まぁ変成魔法も使ってるから視界は両目とも揃ってる奴と同じ視野だしな。

 

「私が一時期こことは違う世界に行ってたことは言ったと思うけど、その旅の中でね。ゲームで言えばモンスターとか魔物って呼ばれている奴の攻撃で右目が蒸発したのよ。その代わりに魔法の力を付与した鉱石を入れているの。見た目は、これも魔法で普通の目と同じにしてあるし、こっちに戻る前に普通の視界も映るようにしたから戦闘にも支障はないけどね」

 

そして付与した魔法の中には相手の魂を見るものもある、と付け加える。バスカービルの連中も俺が超能力とも違う力を使うのは知っているからそこはそれほど驚かない。俺の怪我の話も、眼球の蒸発はそうそうあることじゃないけど武偵なら怪我は当たり前のものだし気味悪がる奴はここにはいない。

 

そしてその後はキンジが得た情報を皆で共有していく。しかし他の奴らはレキが敵の気配を感知した以外はろくな情報は出てこない。5日あってこれか……。大丈夫かなこの潜入調査。

 

んで、会議の結論としてはまずはまだ暫くは様子見をする。どうやらヒュドラは身体に不調を抱えていて、それを回復させているのかもしれないということ、そしてアニエス学院の人間が人質に取られる可能性もあることからそうなった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

あれから2週間程が経ったか。体育で行われた体力測定ではこれまで安達ミザリーとかいう奴が持っていた学年1位の記録のほとんど全てをキンジ……クロメーテルちゃんが塗り替え、さらにそれを神代天さんが全部塗り替えと、勉強は……特に数学と理科と社会が終わってるけどスポーツは大得意な転校生のポジションはキープしていた。

 

で、とある日の夜の9時過ぎ、緊急でキンジが会議を招集した。そこでキンジからもたらされた情報、それはこの学院には俺達以外にも潜入している奴がいること。向こうの事情で詳細は話せないらしいがキンジとは協力関係を結んでいること。そしてキンジが秋葉原の駅で襲撃されたこと。

 

そして星伽曰く、それは恐らく潜伏者(ヒュドラ)の襲撃で、何者かを遠隔で操作する乗っ取りのようなものであろうとのことだ。そしてキンジが色金の可能性に言及したので

 

「……色金はこの学院には無いわ。それは今確かめた」

 

俺は念の為羅針盤で色金の在処を探すが、指し示された場所は理子の十字架とアリアの胸の中とその他諸々……ただしこの学院にあるのは理子とアリアのものだけだ。

 

「ようやくそれを私達の目の前で使ったわね」

 

と、アリアが目敏く見つけた俺の羅針盤を顎で指し示す。ま、さすがにそろそろ追求されるよね。

 

「これは貰い物なのだけどね。導越の羅針盤。込められた概念は"望んだ場所を指し示す"ま、あくまで場所を教えてくれるだけで、例えばヒュドラが火に弱いとか電気が苦手とか、そういうのは教えてくれないわ」

 

その上持っていかれる魔力量もそれなりなので何でもかんでもこれで探してはいられないのだと言えばバスカービルの奴らは皆「ふぅん」みたいな反応。どちらかと言えば興味薄そうだ。相変わらず星伽だけは俺を親の仇みたいな目で睨んでいるけど。

 

「色金を使わないで人が人に取り憑くってすごく難しいんだよ。そういう固有の術を使う狐や蟲とかならいるけど……複数人を次々に乗っ取るのは西洋の吸血鬼伝説とかにあるよね?」

 

と、俺を半分無視するような形で星伽が話を進める。そしてその視線は今は理子の足元の影に向けられている。そして、()()()()()()()

 

「それは私達オーガ・バンピエンスが長年受けている風評被害よ」

 

と、その影が喋り出す。そこにいるのはヒルダだ。理子の影にくっ付いてきていて、こっそり俺達の潜入任務に参加している。

 

『ユエ、吸血鬼族ってそんなこと出来たか?』

 

と、俺は念話でユエにも確認をとる。こっちの吸血鬼にゃそんなことは出来ないらしいがトータスの吸血鬼族はどうなんだろうな。ユエの持っている固有魔法にはそんな類のものは無かったはずだが。

 

『……ん、私達にもそういう固有魔法は無い。闇属性魔法か、それこそ魂魄魔法を使えば別だけど……』

 

つまり、種族の固有能力としては無いということだ。闇属性魔法……属性魔法であれば上手い下手はあれど基本的に誰でも扱えるってことだし魂魄魔法は神代魔法とは言えこれも適性があれば扱えるものになる。それは吸血鬼族とは何の関係の無い部分だ。

 

ちなみに一応ヒルダとユエの顔合わせは済んでいるのだが、この2人、なまじそれぞれの世界の吸血鬼として頂点に君臨していただけあって、性格の噛み合わせが最悪に悪かったからかお互い非協力的だ。初対面の時は酷かったな……。比較的背の高いヒルダは小柄なユエを見下し、ユエは自分よりも戦闘力が余程劣るヒルダをコケにして……ユエがあれほど女に冷たく当たるのは初めて見た。ちなみに俺に自分の嫌なところを見せたと思っていたらしいユエはその後かなり甘えてきて可愛かった。

 

んで、ヒルダ曰くこの世界の吸血鬼にはそんな遠隔から大人数を操って人を襲わせることは出来ないとのこと。まぁ理子のいる前でそんな嘘は付かないだろうし、実際ヒルダを1ミリも信じていないユエ──俺もそんなにヒルダを信用しているわけじゃないけど──も魂魄魔法を使って嘘はついていないと判断。

 

ただどうやらヒュドラは抱えていた健康問題に片がつくのかもしれないということ、そしてキンジを秋葉原駅で襲ったのが最後通告かもしれないという結論に至った。だがコチラとしては下手に手出しは出来ない。

 

「遠隔で操るってのが、私が撹乱されたヒュドラの分裂体によるものなら、操るだけじゃなくてもっと酷いこともできるかも、なのよね……」

 

俺のその言葉に皆押し黙る。目下最大の問題はそこなのだ。人質作戦を使われたらコチラとしては打つ手が無くなる。それも目の前で1人2人捕らえられている程度ならまだしもこの学院の誰がどこで人質にされているのかも分からないかもしれないのだ。いくら羅針盤で探して鍵で目の前まで扉を開けると言っても1回につき1人ずつにしかその作戦は使えない上に1人頭に消費する時間も考えれば現実的ではない。

 

「……今は、分かっていることを整理しましょう」

 

と、この場の重い雰囲気を察したアリアが話題の転換を試みる。

 

「そうね、対策は後にしましょう」

 

俺もそれに乗ると理子が「じゃあねぇ───」と、まずヒュドラの性格を分析する。曰く、ヒュドラは『遊ぶ』タイプらしい。そして態々キンジを襲ったということはクロメーテルちゃんの正体がバレていることと健康上の理由を抱えていたらしいヒュドラのそれが解消されつつあることは確かだろうとのこと。そして実際奴について分かったことなんてそれくらいだ。コチラは敵の正体が掴めずに戦いの時間だけが近付いてくる。かなりこちらには不利な状況だ。せめて、人質の心配さえ無くなれば戦闘に関してはどうにかなりそうなものなのだが……。

 

「あとは小城ね。あの子には気を付けなさいよ」

 

と、俺の義眼とユエの魂魄魔法でそれぞれ確かめ、やはり人間のそれとは違う魂を持っていると確信したそいつについても警告しておく。

 

「あぁ、分かってるよ。……今のところは怪しい動きはないけどな」

 

「そうね。ま、人間じゃないからって私達に害意があるとも限らないしね」

 

例えばヒルダなんかは確かに俺はコイツが嫌いだし、今まで人間に対して散々酷いことをしてきたが、だからって常に敵意で全開人類滅ぼすぜ!って訳でもない。だからこそ今は──勝手に着いてきていただけとは言え──一緒に潜入調査をしているのだから。

 

「あ、そうそうキンジ」

 

と、俺がふと気になっていたことを訊ねる。

 

「なんだ?」

 

「ヒュドラは健康に問題を抱えているって言ってたけど、その情報の出処はどこよ?」

 

当たり前のようにそれを前提に話を進めていたが、そう言えば俺はそれを聞いていなかった。

 

「ん?あぁ、ヴァルキュリアって奴に聞いたんだよ。プラザ会談の時にいただろ?槍持ってたアイツ」

 

あぁ、と俺は頷く。

 

「アイツ、何語で喋るのよ?」

 

ネモといたってことはフランス語かな。グランデュカも幾つか言語を喋れるみたいだったし。

 

「何だったかな……クトゥルー神話の言語がどうのって言ってたな」

 

「クトゥ……何?」

 

え、神話?キンジくん遂にそんな訳の分からん言語まで習得したのか……。いや、俺も言語理解のおかげで多分喋れるけど。

 

「俺も通訳を介して喋ったんだよ。拘置所で、アクリルガラス越しだけどな」

 

つーかあの槍女逮捕されてたのか。いつの間に。

 

「まぁいいわ。……けど、ヴァルキュリアは同じ組織のはずのヒュドラのことをよく話してくれたわね」

 

「どうやらヒュドラとヴァルキュリアの一族は過去に因縁があるみたいだ。ヴァルキュリアにとってもヒュドラが倒されるのは気分が良いらしい」

 

ということは、Nと一口に言っても一枚岩ではないってことか。それも、倒されるのは構わないどころかそれを望むところって言ってしまえる辺り、それほど統率の取れた組織ではないか、Nの中でも派閥が出来ているのかもな。

 

「なるほどね。私もヴァルキュリアから聞きたいことができたわ。今度会いに行く」

 

「通訳は金さえ払えば何でも言うこと聞くぞ。それなりに割安だし」

 

「要らないわよ通訳なんて。コミュニケーションはね、パッションなのよ。情熱があれば言語なんて越えられるわ。」

 

ちなみに本当は言語理解でどうとでもなる。本当、言語理解は便利だ。ただ俺自身にクトゥルー神話の言葉の知識が一切無いからコチラから話しかけるのは難しいかな。ま、どうにかなるか。最悪思念伝達で無理矢理会話できるかもだし。

 

そして、俺の言葉を聞いた全員がシラケた顔をしている。「何言ってんのコイツ」って顔だ。怖……ユエまで冷たい目で見てくるし。

 

「で、ユエ。本当はどうするつもりなの?」

 

と、アリアは俺を無視して俺の脚の間に挟まっているユエに訊ねる。俺への信用が欠片も無い。

 

「……んっ、魔法の力で」

 

ユエは俺を見上げながらそう答える。んーユエさんや、その冷たい目で見上げられるのは堪えるから止めておくれ。

 

「そ、やっぱりね。て言うか天人、アンタ変なネタ挟むんじゃないわよ」

 

アリアは俺の頭を小突きながら呆れた声で文句を垂れる。おい止めろ、これ以上俺の頭がお馬鹿になったらどうしてくれるんだ。

 

俺はアリアの拳骨を振り払いながら自分のなけなしの脳細胞を守る姿勢に入る。それを見たアリアはそれはそれは深ぁい溜息を付いてようやく俺の脳細胞を死滅するのを止めてくれた。

 

「とにかく、そのヴァルキュリアって奴に会いに行ってくる」

 

と、俺がそう宣言して今日の緊急会議はお開きとなった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

俺は今、ユエと共に都内にある東京拘置支所へ来ていた。もちろん宣言通りヴァルキュリアから情報を得るためだ。ちなみに男の姿に戻してもらった。ユエはやや不服そうだったのがそれはそれでショックだ。そりゃあシアの面は可愛いし俺の普段の面がそれほど良いとは思っていないが、恋人にもそういう扱いを受けるのは心にクるものがある。

 

っていうのを正直に伝えたら……

 

「……違う。女の子の姿になって周りにバレないかビクビクしてる天人が可愛かっただけ」

 

って言われたのでそれはそれで拘置所の床に這いつくばりそうになったよね。

 

んで、どうやら何とか神話の言葉を話すらしいヴァルキュリアの通訳を武偵庁が見つけてきたらしいが個人的にそいつはどうでも良いので呼んではいない。つーか神話の言葉を知ってる女子高生って何者?むしろ怪しさしかないが。つかなんでアメリカの作家が作った小説で出てくる仮想の言語をヴァルキュリアは使うんだよ。意味分からんわ。

 

そんなわけで逃走防止のためにやたらと複雑な作りをしている拘置所の中をユエと2人仲良く手を繋ぎながら歩いていき、特等拘置フロアに辿り着く。そして拘置フロアを進み、ヴァルキュリアの独房へと辿り着いたのだが……

 

「あんだこれ……」

 

鉄柵と有孔アクリルの外檻はいいとして、なんか(まじな)いの言葉がびっしり彫られた立方体の中檻まであるぞ。それ意味あんの?

 

『何をしに来た』

 

と、俺とユエが用意されていたパイプ椅子に腰掛けると同時に体育座りで虚空を見ていたヴァルキュリアが俺を睨む。その独房にはコップに入れられた清潔な水や暇潰し用のパズル──ただ、それで遊んでいた様子は無い──等が置かれていて、比較的環境や待遇は良さそうに思えた。

 

服も、鎧こそ纏ってはいないけど一応前に見た時に鎧の下に着ていたようなものを身につけている。しかし頭から生えた羽がヴァルキュリアを人ではない別の存在だということを強調していた。

 

『話聴きに来たんだよ』

 

『……私の言葉を通訳無しでも分かるのか。まぁいい……。ヒュドラのことなら遠山キンジに話した。そちらから聞けば良いだろう』

 

と、ヴァルキュリアはにべも無い。ま、俺が聴きに来たのはヒュドラのことだけじゃねぇんだけどな。

 

『魔法の力でな。……んで、ヒュドラのこたぁお前も大して知らねぇんだろ?そこまでは聴いてるよ。だから俺が聴きてぇのはそっちじゃない。ヴァルキュリア、お前にとってネモはどんな存在だ?』

 

俺が聞きたいのはこっち。キンジからは、コイツはヒュドラのことをそこまで詳しくは知らないというところまでは聞き及んでいた。だから俺が知りたい"ヒュドラは自分の子機で遠隔操作した人間に危害を加えられるのかどうか"という部分についても知らないと思われる。一応最後には聞いておくつもりだが、良い答えは期待していない。

 

『ネモ様は私にとって尊敬する人物であり我らの為に戦ってくれている人物だ。当然私もネモ様の槍となり敵を殺すことに躊躇いは無い』

 

『そりゃ結構。んじゃあ、教授とネモ、もしこの2人が敵対したらどっちを選ぶ?』

 

俺の中にあった疑問。Nは中世か下手したらそれ以前の世界にこの世界の文化レベルを戻そうとしている。そしてネモはその世界でこのヴァルキュリアやグランデュカ、果ては自分の様な魔女が差別にあったり排斥されることのない世界を作ろうとしている。が、別に時代を遡ったからってそういう奴らへの意識が変わるのかと言われればそうでもないだろう。だからきっとモリアーティ教授とネモの目的は同じではない。ただネモの理想の世界を作る上でモリアーティ教授のやりたいことが都合が良いというだけの可能性。

 

そして、このヴァルキュリアやグランデュカは態々世界の時代を巻き戻すことにそれほど積極的とは思えない。グランデュカなんかは時代云々よりも自分らのような存在が人間に否定されずに崇められるような世界であればそれで良さげだったした。

 

だからこれは確認なのだ。Nの中で考えが2分されていることの。そしてヒュドラと仲の悪そうなヴァルキュリア──ネモに付き従っていた奴──がネモの側の考えであることの。そして奴の口から出た答えは───

 

『仮に、という話であれば私はネモ様の味方だ。もっとも、そうなることなど有り得ないだろうがな』

 

というものだった。そして、これで俺の方針も確実なものになった。この潜入作戦、俺はヒュドラを逮捕する。確実にな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

俺達はまた急にキンジからバスカービルの部屋に呼び出された。何やら急を要するお話があるとのことでユエと共に伺ったのだが───

 

「実は、ミザリーが俺のことを好きらしい」

 

なんて大胆な告白をされた。

 

「アンタは少しでも男の姿になると女の心に忍び込むんだから」

 

と言うアリアの弁の瞬間、ユエが凄まじい勢いで俺を見上げてきた。そのジト目の湿度に俺は思わず顔を逸らす。ユエさん……わたくしをそんな目で見ないでください……。本当に……本当にワザとじゃないんです……。ただ気付いたらそうなっていたんです……。

 

という俺達の無言のやり取りは完全にスルーしているバスカービルの面々。もはやこちらを見ようともしていない。悲しいかな相手にすることすら時間の無駄だと思わせているようだ。何も間違っていないあたりが最も悲しい。

 

んで、俺とユエが静かな闘争を繰り広げている間に向こう(バスカービル)の会議は進んでいたらしい。

 

「───おいいいいアリアぁぁぁぁ!!何サラッとバラしてんだお前ぇぇぇ!!」

 

と、キンジの絶叫が五月蝿い。どうやらアリアもHSSの秘密を知っていて、それをこの場の全員に共有したようだ。ただ、それ(HSS)を知らなかったのはこの場では星伽だけらしい。1人だけテンパっていた。つーか、レキも知ってたんだな、キンジのそれ。

 

で、今度は今すぐキンジをHSSにさせてこの状況の打開策を考えさせるからってんで女子連中が暴れ回っている。……面倒クセェ、やっちまうか。

 

「ハイハイ皆さん、一旦ストップですよー」

 

と、天ちゃんモードのままの俺は手を叩いてバスカービルの暴走女子共をこちらに向かせる。

 

「……()()、私がやります。勿論、魔法でやるので変な誤解はしないように」

 

と言えば理子が「えー!?ヤダヤダヤダぁ!」なんて駄々をこねるし星伽は俺を殺しそうな目線で睨んでくる。アリアも何故かガン飛ばしてくるしレキは無表情のまま俺を睨むから怖い。ユエはユエはでそれを見て「やれやれだぜ」みたいな雰囲気を出しつう肩を竦めている。けれど助け舟は出してくれないみたいだ。

 

ただまぁ、キンジ的には1度俺のやり方で()()()いるし、女子に密着されてなるよりはマシってんでホッとした顔をしているけどね。

 

俺は今だヤダヤダとジタバタ暴れている理子の鳩尾に氷柱(ひょうちゅう)を叩き込んで黙らせながら宝物庫からアーティファクトを取り出す。そしてそれをキンジの目の前にぶら下げながら魔力を込めれば───

 

「───うん、大丈夫だ」

 

キンジの様子が変わる。その雰囲気の変化に全員が()()()ことを認識する。

 

「なれたみたいね」

 

と、アリアが問えばキンジはキザったらしくウインクで返すので天ちゃんが早く仕事の話に戻れと睨めば仕方なしに話を続けはじめた。

 

「そうだね、まずヒュドラを炙り出すには幾つかの情報が必要だから、それを確認していこうか」

 

と、常人の30倍の頭の良さを発揮するキンジの推理が始まった───

 

 

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