セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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ヒュドラとの対決

 

 

結論から言えば、ヒュドラはこの学院の生徒を人質にすることはないだろうとのことだった。理由は簡単、キンジを強襲できる程度には俺達を把握しているのに人質を使って俺達を追い出さなかったから。だから子機に攻撃性能は無いというのがキンジの結論。

 

そして、アニエスに巣食っている理由はこの学院の生徒から少しずつ魔力を吸い取って自分の栄養にしているから。どうやら負傷を癒すためにそれが必要らしい。しかも、これは星伽情報だが、一般人であっても女性の9人に1人は多少の力を無自覚に持っているらしい。勿論、訓練も自覚もしていないからそれが表に何らかの形で現れることはないらしいが。

 

ヒュドラが子機を操って魔力をちびちびと集めていることは、星伽が持っていたこの学院の失神者のリストで証明された。星伽がちょこちょこ探っていたこの学院内で僅かでも力を持つ者と失神者は一致。人数の割合もほぼ全体の9分の1。これが偶然で片付けられるハズはない。さらに、俺が見つけた、"ヒュドラは子機を使っている"という情報もこれを補強した。

 

「なるほどね。ならいっその事この御守り捨てちゃおうかしら」

 

と、俺はこの任務前に星伽から配られた御守り──軽い魔除けの効果があるらしい──を取り出した。

 

「……どういうこと?」

 

すると星伽が俺を睨む。相変わらずコイツは俺が嫌いだな。まぁ別にいいけど。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、真正面からの戦闘になればぶっちゃけ余裕なのよね。人質の心配さえ要らないのなら、だけど」

 

だから、と俺は話を続ける。

 

「多分私達……というか星伽や私とユエが餌にされてない理由ってこの御守りでしょう?ならこれを捨ててやれば1番魔力効率の良い私かユエをヒュドラは餌替わりにする。そして魔力を充分に吸い取れば子機を回収して出て行こうとするでしょう。そこで、アニエスを出て生徒を巻き込む心配が無くなったところで強襲逮捕するってことよ。居場所なら羅針盤で探せるしね」

 

もしくは、と俺は言葉を繋げた。

 

「餌をやるから出てきて決闘しろとでも申し入れてみる?その場合生徒に見られる心配は増えるけど」

 

「……そもそも、万全の状態にして勝てるの?」

 

「勝てるわ。むしろ、バスカービルには生徒を退かしてもらったら撤退してくれた方が助かるけどね。足でまといだし」

 

ヒュドラは恐らく人型をしていない。そんなまるでゲームから出てきたような魔物を相手にするのであれば俺とユエが2人だけでやった方がむしろ確実だ。何せこっちはリアルに異世界で魔物と戦いまくっていたんだからな。そういう手合いとの戦闘経験であれば俺達の右に出る奴はこの中にはいない。

 

「アンタねぇ!!」

 

と、アリアが俺を睨みながら立ち上がる。

 

「ま、万全の状態にするってのは冗談よ。勝つ自信はあるけどね、そこまでしてやる必要は無いわ」

 

それでも、と俺は続けた。

 

「バスカービルとクロメーテルちゃんには退いていてほしいのは本当よ?()()()()()()()()()()()()()()、ヒュドラはそもそも人間と同じ形をしていない可能性が高いのだから、そういう手合いとの戦闘経験で私とユエに勝る人がこの中にいて?」

 

コイツらがいくらジャンヌやブラド、ヒルダ達との戦闘経験があるからと言って、じゃあトータスの大迷宮に出てくるような魔物やリムルの世界にいた魔物みたいな相手と戦えるのかという話だ。弾薬切れを気にしなくていいのなら、バスカービルとキンジの戦力であればオルクスの表層程度は突破出来るかもしれない。だがそっから先は恐らく難しい。

 

けれども俺とユエはそんなモンスターとの戦闘経験が幾らでもあるのだ。ここは俺とユエが戦闘を担い、彼女達にはサポートに回ってもらうのがベターな選択肢だ。

 

「あぁでも、レキならこっち着いてきてもいいわね。向こうの攻撃範囲外からの狙撃なら出番があるかも」

 

レキの長距離狙撃(スナイプ)であれば必要になる場面があるかもしれない。だが拳銃士(サジット)クロメーテル(キンジ)やアリア、理子、炎の超能力と剣術で戦う星伽は正直いない方が足でまといが減るだろう。

 

「まぁ、誰が戦うかは置いておいて、まずはどうやってヒュドラを引き摺り出すかを考えよう」

 

と、ヒスっているキンジがアリア達を庇うように話題を変える。ま、確かにここで言い争いをしているよりもまずはそっちを解決しなきゃだな。

 

そして、キンジの見立てではヒュドラの子機は液体状の生き物のようだ。理由はまず水の中や雨が降っている野外を移動できたこと、そして()()()()から、らしい。

 

んで、その実物は花井さんと花村さんの部屋。どうやら彼女達がクラゲだと思って拾った生き物がヒュドラの一部だったらしい。……うん、羅針盤で確かめてもコレはやはりヒュドラだ。つか俺が最初に探そうとしたヒュドラがまずコレだし。

 

そして彼女らの部屋に押し入り、それをアリアが30万円で買い取って、俺達は翌日からヒュドラ探しを行うことになった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

隠れたヒュドラを探すのは実際のところかなり簡単だった。俺とユエは羅針盤で探せばスグだしバスカービルも星伽のリストにある人物を片っ端から当たっていけばいい。

 

そしてその子達にの服に付いているシミに御守りを近付ければゼリーみたいなヒュドラの子機が染み出してくるからそれをハンカチや何かでぬぐってやればいい。

 

そうして集めていくうちにコイツらはある一定の方向に向かって移動しようとする習性があることが見て取れた。まぁ、1番大きい本体が何処にいるかも羅針盤で割れているからあまり関係無いのだが。

 

だが、ある時を境に急にヒュドラの子機が消えたのだ。前日に羅針盤で探した数と拾った数が合わないから夜のうちに子機が本体の方に逃げ帰ったのだと分かった。もっとも、それならそれで兵糧攻め(スターブアウト)に持ち込めたので特に悪い状況ではない。

 

「んで、こっからどうすんのよ?もう戦うの?」

 

と、俺がキンジに問う。すると───

 

「いや、まだだ。お前らはともかく俺達はヒュドラに不意打ちされたら相当な被害になる。……お前、確かヴァルキュリアとも会話できるんだよな?」

 

「えぇまぁ」

 

「ならちょっと言葉を教えてほしい。内容は───」

 

 

 

───────────────

 

 

 

『お前は俺達がいることを知っているんだろう?コチラもお前がいることを知っている。無益な戦いはする必要が無いと考えている。条件を出せば検討する。投降か、このまま飢えるかを選べ。コチラが交渉に応じる期限は最初の放送から72時間だ』

 

という内容を俺がカタカナで書き出し、それをインストルメンタルの民族音楽に乗せる形でレキが歌い、録音したものをクロメーテルちゃんが権力の濫用で、いつもはジャズやクラシックを流している掃除の時間校内放送で代わりに放送した。

 

この時のレキの歌が上手いのなんの。マジでジャンヌに歌い方教えてやってくれねぇかな。カラオケで15点って初めて見たぞ。逆にどうすればその点数が出せるのやら。

 

そして、この校内放送の効果があったのか無かった、それは分からない。何せヒュドラからは72時間何もレスポンスが無かったからな。だが何も無かったということは奴は動く。俺に居場所を突き止められていることは向こうも承知済みだろうし、何より今は台風だ。それも関東地方直撃コースの大きいやつ。それが今日の夜から明日──金曜日──にかけてこの辺り一帯を襲うんだとテレビの天気予報が騒いでいた。

 

おかげで神奈川県一帯にも避難勧告が出された。そしてアニエス学院の地盤は良くない。そのため、生徒達には金曜日の16時までにホテルや実家などに避難するように指示が出された。下手したら学院から降りる山道も水没するかも、という話らしい。

 

そして俺達が装備を整えている時、キンジから聞いていた協力者──乙葉まりあ──が俺達の部屋を訪れた。どうにも、俺達宛にヒュドラからメッセージが届いたらしい。

 

『見ている者達へ。交渉は無い。17時に誇り高き決闘を』

 

という内容の英文モールスが電話口をタップする音で入ってきたということだ。それに俺は、ヒュドラって指あるんだな、とか、電話使えたんだ、とか益体もないことを思いついたがそれは隅に放っておく。指が無くても何か硬い──それこそボールペンでも──物を掴めれば携帯からモールス信号を送るくらいは可能だろうし、電話だって仲間内から渡されていて英文モールスだけは教わっていたのかもしれない。

 

そして、強襲専門でもなく負傷も抱えているらしい乙葉まりあをキンジとバスカービルが追い出し、戦闘の準備を進めていく。

 

「さて、別に貴女達はそこまで気合い入れる必要ないのよ?戦闘は私とユエがやるんだから」

 

「ヒュドラってのは未知の敵なのよ?手札は大いに越したことはないでしょ」

 

「それに理子もスライム見たーい!天人だけそういうの見慣れてて狡い狡ーい!」

 

と、星伽とレキは無言だがアリアと理子はこの有様だ。まぁいい。ユエもいるのだからコイツらのフォローはどうにかなるだろ。ここじゃ聖痕は使えないがそれは向こうも同じこと。むしろリムルの世界やトータスの魔法が使える俺達の方が有利なんだし。

 

「じゃあ、一応やっとくわね」

 

と、俺は宝物庫からキンジをHSSにするアーティファクトを取り出してそれに魔力を注ぎながらキンジの眼前にかざす。そしてキンジの気配が変わって───外に人の気配!?しかもこれはっ!?

 

俺は即座にユエとアイコンタクト。ユエはそれだけで俺の意図が伝わったらしく重力魔法で奥の寝室の扉を開いた。

 

そして俺はキンジの首根っこを掴みそこに放り投げる。キンジもHSSとは言えまったく予知していなかった俺の行動に不意を突かれてそのまま投げ飛ばされる。そして再びの重力魔法で扉が閉じられると俺はそこが開かないように立ち塞がった。その瞬間、俺達が武装用に使っていたクロメーテルちゃんの部屋の扉が開かれた。

 

「あら、安達さん」

 

そこから現れたのは安達ミザリー。俺が真っ先に声を掛けたのはキンジにも安達ミザリーが部屋に来てしまったことを分からせるため。

 

しかし安達がここに来たのはクロメーテルちゃんの姿が完全下校時刻の16時を回っても見当たらないからだとか。電話も出ないし心配になって探しているところということだ。しかし面倒だな……今俺達は武装の確認途中で、部屋には実銃や実包が普通に置いてあるし当然それは安達ミザリーの視界にも入っている。これらの言い訳もしなくてはならない。

 

すると、俺の塞いだ扉の奥からコツコツと叩く音がする。キンジだ。……出せ、ということらしい。今はヒスっているし、無策じゃねぇだろうと俺は扉の前から退く。すると、そこから現れたのは男物の武偵高の防弾制服を纏ったクロメーテルちゃんだった。

 

そしてクロメーテルちゃんの説得が始まる。だが時間切れだ。17時を知らせるチャペルの鐘が鳴る。その瞬間にバツンと部屋の電気が全て消える。他の校内の電灯も一斉に消えている。これはヒュドラの仕業だろう。アイツの言っていた決闘が始まったのだ。仕方ない、安達ミザリーを退避させながら戦うしかないぞ。この薄暗くなった学院を舞台に。

 

 

 

───────────────

 

 

 

前衛(フロント)に俺とアリア、安達ミザリーの左右(ウイング)を星伽とクロメーテルちゃん(キンジ)後衛(テール)はユエと理子が務めレキは別行動(バックアップ)。そんな陣形で星伽はマグライトを、アリアや理子、クロメーテルちゃんは既に各々拳銃を抜いた状態で非常灯だけが緑色に光る薄暗い学院を進む。まずは正門に回した乙葉まりあの車に安達ミザリーを放り込む。ヒュドラとの本当の戦いはそれからだ。

 

できるだけ雨は避けて進もうというアリアの提案の元、俺達は理科棟から非常口へと踏み込み、無人の廊下を進む。そして───

 

「いるね」

 

「いるよ」

 

と、俺と星伽の声が重なる。廊下の曲がり角手前から気配がする。星伽もそれを感じ取ったようだ。

 

「複数……小さいけど力を感じるよ」

 

とのこと。だが引き返している暇はない。ここは突破する。どうせ抜き足(スニーキング)の出来ていない安達ミザリーの足音で俺達の位置は割れてるしな。

 

俺達はここで陣形を変える。ヒュドラとの戦いに備えて子機はキンジとアリアで行きたいということで2人が前衛、俺は1歩下がり菱形の陣形の前にキンジとアリアが立つ。そして、2人が曲がり角に突入すると、アリアの息を飲む声とキンジのお下品な舌打ちが聞こえる。そして俺もそこへ行くと───

 

「んー?」

 

そこにいたのは骸骨の人体模型。それがこの学院のそこらで飾られている剣と盾を持っておれたちを待ち構えていたのだ。そしてヒュドラは子機を関節に這わせてそれを筋肉代わりにしているようだ。……この程度で何がどうなるんだよ。

 

「退いてなさい」

 

と、この程度に一々驚いている2人にウンザリした俺はアリア達を退かすと、即座に氷の元素魔法を発動。骸骨の頭上から氷の槌を落として全身の骨をバラバラに砕く。そして纏雷を発動させてヒュドラの子機を殺しておく。

 

「何ボサっとしてるの?行くわよ」

 

この程度じゃ最早消耗の内にも入らない程度だった。だが───

 

「……うふふふふっ」

 

と、どこか神経を逆撫でするような女の笑い声がどこからともなく聞こえてくる。そういう大迷宮みたいな仕掛けは要らんて。

 

そして、俺達は大雨が降りしきる屋外へと出る。だが当然正門のこちら側にはヒュドラの本体が隠れている。正門の向こうには乙葉まりあのアルファードが停められていてハザードランプを点滅させているのも確認できた。

 

「……そこのアンタ、出てきなさいよ」

 

と、俺は林の端っこの木に向けて声を掛ける。そこには俺の気配感知でとある気配が引っ掛かっていたからだ。

 

「───うふふふふっ」

 

すると、さっきの理科棟で聞いたのと同じ声が雨音に混ざって響く。さてさて、何が出てくるのやら。そして、現れたのはアニエスの制服を着た

 

「……小城」

 

小城だった。だがコイツの魂はヒュドラのそれとは違う。ヒュドラのは()()()()()()()()()虫のような魂なのだ。

 

「アンタ、一体どういう存在なの?」

 

俺の興味本位の質問。それに小城は薄ら笑いを浮かべながら答えてくれる。

 

「小城とはこの国限りの名。最も古い名はアスキュレピョス。ヒュドラとは古に私達と双利共生の盟約を結んだのだ」

 

「へぇ。てことはアンタもNの一員なわけね」

 

俺は宝物庫から十文字に刃の付いた鎚矛(メイス)を取り出す。トータスでのエヒトとの戦いの折にシアに渡したのと同じようなアーティファクトだ。付与された魔法は纏雷に魔力の衝撃変換と空間魔法。俺の近接格闘武器のお決まりセットだ。

 

「ユエ、援護任せた」

 

「……んっ」

 

「……ふふっ……ふふふふふっ」

 

しかし、小城改めてアスキュレピョスはそれを見ても不敵に笑うだけ。

 

「そんな手品で何をするの?力を封じられた貴方に何ができるの?」

 

「アスキュレピョスだかヒュドラだか知らないけどね。アンタらこんな箱庭に引きこもってるから外の情報何も知らないんじゃない?……捻り潰してあげるからさっさとヒュドラも出てきなさいよ」

 

と、俺が挑発すれば、急に地面が泥濘(ぬかる)み始めた。そしてボコボコと地面が下から隆起し始める。……地中からヒュドラの本体がその姿を現し始めたのだ。

 

各々が隆起した地面を駆け下りていく中ユエは重力魔法でフワリと空中に浮き上がり俺も上へピョンと飛び上がるとそのまま空力で空中に留まる。

 

ようやくその姿を俺達の前に晒したヒュドラは体長が20メートルほど体高も5メートルはあるだろう巨体だった。なるほど、ヴァルキュリアがデカいと言っていただけはあるな。

 

そして、その水でできた体内にアスキュレピョスが吸い込まれ、その中でまるで玉座に腰かけるかのように座った……ように見える。

 

その時、どこからか弾丸が放たれたようでヒュドラの体表80センチ程を穿ちアスキュレピョスの額の手前で超音速に至ったその運動を停止した。そして、タァーン!と遠雷のような音が戦場に響いた。これはレキがドラグノフから放った7.62mm弾(ラシアン)だ。それと、今気付いたがいつの間にやら木の1本が無くなっている。まぁあれもヒュドラの擬態だったし吸収されたんだろうな。

 

「……だから?って感じ」

 

ウネウネと蛸やクモ、アメーバみたいに形を変えているがその程度。オルクス大迷宮の最後の敵に比べたら大きさも想定される攻撃手段も大したことはない。

 

俺が泥濘む地面に降り立った瞬間、背後から奴の触手のように伸ばした身体の一部が地面から這い出てくる気配。見やればそれは安達ミザリーを捕らえようとしていて───

 

「はぁ……」

 

それを俺は氷の元素魔法──絶対零度(アブソリュート・ゼロ)──で凍結、ダイヤモンドダストにして散らしておく。だが次の瞬間にはクロメーテルちゃんやバスカービルの面々の足元が隆起、彼女達を捕らえてしまおうとヒュドラが襲いかかる。

 

けれども俺にとってはその程度は物の数ではない。それらも全て絶対零度で凍結、粉砕して雨の中に銀氷が舞うだけに終わる。

 

「ユエ、削るから後よろしく」

 

「……んっ」

 

いつの間にやら沢山の頭と尻尾を備えて多頭の蛇───というか本当にあのオルクス大迷宮深層のヘビのような姿になったヒュドラに俺は溜息を1つ。泥濘んだ地面を踏み抜き、一気にヒュドラの眼前に接近。魔力を衝撃波に変換しつつの鎚矛を内側から外に向けて振り抜いた。

 

 

───ダッッッバァァァァァンンン!!!

 

 

と、一撃でその体積を大幅に削り取られ、沢山あった首も根元から吹き飛ばされたヒュドラ。メイスの1振りでアスキュレピョスを手の届く範囲まで露出させた俺はさらに1歩大きく踏み込んで小柄な女子高生の姿をしたソイツの腕を引っ掴み、自分の真後ろ目掛けて全身を回転させながら放り投げた。

 

「なっ───」

 

アスキュレピョスの顔が驚愕に染まっている。コイツ、マジでNの誰からも俺のこと聞いてねぇのかよ。

 

そして、俺が投げ飛ばしたアスキュレピョスはユエの重力魔法に捕らえられ、そのまま泥濘んだ地面へと叩き付けられた。

 

「……アスキュレピョス、お前を逮捕する」

 

ユエの取り出した対超能力者用の手錠がアスキュレピョスの両手首に嵌められたその時、ヒュドラの全身も水風船が破裂したかのように泥の地面へと炸裂した。俺は自分に降り注ぐそのゼリーのような肉体を魔力放射で逸らして義眼に込められた探査系の固有魔法で辺りを探す。すると俺の右眼にそれらしき反応があった。

 

それの傍まで行けばそこに蠢いていたのはミミズ程も無い小さな塊。これがきっと子機に命令を送っていた中心部。人間で言えば脳みそみたいなものなのだろう。

 

「星伽」

 

俺と同じくヒュドラの中枢部を探していた星伽にそれを投げ渡す。

 

「それはお前が持ってた方がいいだろ」

 

「う、うん……」

 

ヒュドラを受け取った星伽は手早く懐から御札を取り出してそれに巻き付けている。さてさてこれにて一件落着、かな?

 

 

 

───────────────

 

 

 

逮捕したアスキュレピョスは乙葉まりあがその身柄を持っていった……筈だったのだが何故かクロメーテルちゃん共々空から戻ってきた。意味が分からんけどどうやら乙葉まりあもNの一派らしく、アスキュレピョスだけは回収しようとしたらしい。んで、それを読んでいたクロメーテルちゃんとすったもんだあって帰ってきたようだ。

 

ちなみにアスキュレピョスは小城を仮の名前だとか言ってたが、名前だけでなくなんと顔面も借り物。誰かの真似をしたのかオリジナルで適当に作ったのかは知らないがユエに手錠を掛けられたところ顔が変形して別人になったのだ。だが魂に変化は無いことから超能力や魔法で入れ替わったのではなくそもそも別人の皮を被っていただけだと分かる。

 

結局ヒュドラもアスキュレピョスもその日の未明にやって来た東京武偵庁(ホンチョウ)の護送班に引き渡した。クロメーテルちゃん曰く、ヴァルキュリアを収監した奴ららしいから特に問題なく運べるだろう。ちなみにヒュドラは俺が錬成で作った鉄の箱の中に入れて星伽が御札でキチンと封をしたのでそう簡単には出てこられない。何て言うか、完全に小学生が道端で虫を見つけて適当な入れ物に放り込んで家に持ち帰るみたいな光景だよなぁ……と思ったが口には出さないでおいた。多分星伽に睨まれるからな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

アニエス学院での戦いから少ししたとある日の夜。いきなりキンジから電話が掛かってきた。ちなみに全身元の男の姿に戻っている。

 

「どした?」

 

「なぁ、お前らの魔法で人の記憶とかって読めるか?」

 

記憶……?再生魔法なら出来なくもなさそうだけどな。俺には適性がないからやるとしたらユエかティオだが……。

 

「んー、聞いてみる。犯人(ホシ)は今そこにいるのか?」

 

「あぁ、いるけど……気絶してる上に半分壊れちゃってんだよなぁ……尋問やり過ぎで……」

 

「あぁ……?何してんだよお前……」

 

と、この会話の間にユエに──傍にはいるけど同時進行したかったから念話で──魂魄魔法と再生魔法で人の記憶を読み取れるか確認している。

 

「……あぁ、意識あればいけるってよ。意識は……まぁどうにでもなる。ん、やるよ。……でもお前、金あんの?」

 

キンジは万年金欠だからな。超能力捜査系の武偵は相場も高い。お友達価格でもいいんだが、あんまりそれやると相場破壊だなんだとこっちが上から怒られるのだ。実際、正義の味方をやってた時期のカナもそれで文句を言われることが多かったらしいし。

 

「俺の連れ……お前に隠しても仕方ないから言うけど伊藤マキリが共同依頼者だ。金はそっちと交渉してくれ」

 

「お前マジか……。まぁいいよ、俺とユエなら最悪どうにでもなるし」

 

今更伊藤マキリとつるんでるのかアイツ……。まぁ俺とユエならどうにかされるわけもないから大丈夫か。

 

「助かる」

 

と、俺はそこで電話を切る。ユエに合図してお出掛けの支度だ。もうすぐリサの夕飯が食べられそうだったのになぁ。まぁ仕方ないか。

 

「悪いリサ、ちょっと急な仕事だ。多分今日中に帰れると思う。ユエも一緒だ」

 

「承知致しました、ご主人様。お夕飯はどうされますか?」

 

「なるべくリサのが食べたい。途中で食うにしても少しにするから置いといてくれ」

 

「分かりました。それでは直ぐに温め直せるようにしておきますね」

 

「悪い。……ユエも、急で悪いけど頼む」

 

「……んっ、仕方ない」

 

と、夕飯を目前にした依頼にユエも仕方なしといった雰囲気で立ち上がった。するとキンジから今の場所がメールで送られてくる。……新宿と新大久保の間ってところか。ささっと終わらせてリサの作った夕飯を食べたいね。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「うわっ……」

 

キンジに連れられて廃ビル──正確には取り壊す金が無くて放置されてるゾンビビル──の階段を上がると本当にいやがったよ国際テロ組織の一員こと伊藤マキリが。

 

俺は伊藤マキリを見て思わずそんな言葉が口を出た。向こうも俺のこと睨んでるし。

 

「……貴方、尋問なんて出来るの?」

 

「正確には俺じゃなくてこっちがやるんだよ」

 

と、俺の後ろをトコトコ着いてきたユエを前に出す。

 

「……んっ」

 

俺は当然、ユエも血塗ろの光景には慣れているから目の前でパイプ椅子に拘束され胸に穴を空けられて血を垂れ流している男を見ても何とも思わない。机の上には使用済みと思われる注射針もあるな……。こりゃあ自白剤を使われても口を割らなかったのか。てことはそういう訓練を受けていた奴ってことだ。……コイツ、マジで何を敵に回してんだよ。

 

俺だけでなくユエもその男に何の反応も示さなかったことで一応は認めたのか、伊藤マキリも「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「……身体に穴ぁ空けられて……こっちは自白剤かな?……ユエ、コイツぁ暴力じゃ口割らねぇタイプみたいだ」

 

「……神言使う?」

 

「そうだな。お客さんの知りたいことにも寄るけど……」

 

そもそも何を喋らせればいいんだ?という風に伊藤マキリを見れば、彼女は手に持っていた写真をコチラに渡してきた。

 

「このネガの大柄な東洋人について。で、あなた達はどんな手段で聞き出すつもり?」

 

「ネガの男の情報……やっぱ神言だな。……けどその前にルールを決めようか。まず金だ。質問1つにつき500万円」

 

「……2400万円ならあるわね」

 

と、伊藤マキリが男の傍にあった机の下からトランクを引っ張り出し、中身をぶちまけるとそこには札束が幾つもあった。なるほど、言った通りの額はありそうだな。

 

「なら質問はえっと……」

 

「4つだな」

 

俺が頭の中で計算していると直ぐにキンジから横槍。……ゴメンなさいね計算遅くて。

 

「おう、4つだな。んで2つ目、こっちが幾つかの回答をしなけりゃいけない質問はこっちの好きなタイミングで切る。続きが知りたきゃ質問1回分と同額を払え」

 

「分かったわ。けど───」

 

「問題無い。やりようはある」

 

伊藤マキリの言いたいことは分かっているので被せるように俺は言葉を発した。

 

「……もし嘘を付いていたと判断したら殺すわね」

 

「やってみろ」

 

戦闘になれば俺達の勝ちだ。ま、態々嘘を付く気も無いけどね。

 

「ユエ、頼む」

 

「……んっ」

 

と、ユエが椅子に拘束されている男に手を翳せば男の身体が光り、胸に空いた傷が無くなっていく。再生魔法による時間の逆行により負傷そのものが無かったことになっているのだ。そして当然俺の目には見えないが体内の自白剤も無くなっていることだろう。

 

「うぅ……」

 

すると、男が目を覚ました。辺りを見渡し、キンジや俺、ユエの存在に首を傾げたが直ぐに伊藤マキリが視界に入ったようでビクリと身体を震わせた。それほどに恐怖を刻み込まれてなお重要なことは吐かなかったコイツも中々良い根性してるぜ。

 

「……質問は?」

 

「このネガに写っている中で最も大柄な東洋人の名前は?」

 

そう言って伊藤マキリは俺達の足元に5つの札束を投げ置いた。俺はそれを見てビット兵器を宝物庫から召喚。これ自体は前に伊藤マキリにも見せたが仕込まれた機能そのものはまだだ。

 

ビット兵器から飛び出したのは空間魔法が付与されたワイヤー。それが4機のビット兵器をそれぞれ繋ぎ、空間魔法により伊藤マキリとキンジを俺達から隔絶させた。こうなると空気の振動も伝わらないから音も聞こえなくなる。さらに俺は伊藤マキリの角度から男の口が見えないような位置に立つ。読唇されたら意味無いしな。空間魔法と言えど光は透過するみたいだし。

 

「……ユエの名において命ずる。私の質問に嘘偽り隠し事無く正直に答えて」

 

そして放たれたユエの神言。魂に働きかけるその魔法は如何に拷問と自白剤に対する訓練を積んだ者であっても抗いようが無い。特に今のユエの神言には、俺すらも究極能力無しでは太刀打ち出来ないほどに強烈なものになっているのだ。魂魄魔法により魂を知覚していた俺でさえエヒトの神言にも苦労したのだから、それの無い彼では一瞬すらも抗うことはできなかった。

 

「……このネガの中で1番大柄な東洋人の名前は何?」

 

ユエが伊藤マキリの質問を繰り返す。すると、縛られた男はポツリと言葉を発した。

 

「……オルゴ。サイレント・オルゴ」

 

本名、ではないだろう。だがコイツはこのネガの男をそう呼び、またそのように呼ばれていることしか知らないようだ。そして、その言葉を聞いたきの肩が震えた。どうやら聞き覚えのある言葉らしい。しかも否定しないところを見るとどうやら今の質問はコイツの正体を確定させるためのものだったみたいだ。

 

俺がビット兵器の空間遮断結界を解くと、ユエが今の男の言葉を伝える。

 

「……この男の名前はサイレント・オルゴ」

 

「そう……。彼は……サイレント・オルゴは今どこにいるの?」

 

伊藤マキリが俺の足元に札束を更に5つ投げながらその質問をした瞬間に、俺はまたビット兵器の空間遮断結界を展開し2人を空間レベルで断絶。それを見たユエはまた男に振り返る。

 

「……サイレント・オルゴは今どこにいる?」

 

ユエのその質問に、しかしその男は今度は明瞭な答えを返せないでいた。ただ「アメリカ……水……」と呟くだけ。そしてユエは

 

「……そこはどこ?どんなイメージの場所?ユエの名において命ずる。───答えて」

 

と、さらに神言を重ねていく。それが男の魂を蝕み、奴の脳みそからイメージを絞り出していく。

 

「水……大きな……水……」

 

だが男の言葉はそれ以上先へは進まない。多分コイツも正確なところは知らないんだ。ユエもそれが分かったらしく溜息を付いて俺を振り返った。それを受けて俺もビット兵器の空間遮断結界を解く。この質問なら羅針盤を使えば1発なのだが当然俺はそれを言わない。キンジも、俺とNの関係は何となく把握しているから下手に俺の情報が伝わらないように黙ってくれている。特に、俺と伊藤マキリは敵対する可能性は割と高いからな。

 

「……国はアメリカ。ただ詳しいことはコイツも知らない。……ただ、大きな水があるみたい」

 

「そう……サイレント・オルゴは今、何をしているの?」

 

伊藤マキリの3つ目の質問。

 

「その質問はこっちが幾つも回答をする必要がある質問だ。……職業(ジョブ)任務(タスク)行動(アクション)とかな。コイツから聞いた情報はこっちの好きなタイミングで切らせてもらう」

 

「いいわ」

 

と、伊藤マキリは俺の足元にさらに5つの札束。これで合計15の束が俺の足元に転がっていることになる。……段々足の踏み場が無くなってきたな、これ。

 

そして相も変わらず空間遮断結界を展開。ユエが男の方へ振り向き、伊藤マキリからの質問を神言に乗せて男へ語り掛ける。そしてその内容は……

 

「……これ」

 

「これぁ俺から話すよ。……ありがとな、ユエ」

 

「……んっ」

 

今この男がユエの神言に従い話した内容は俺から伊藤マキリに話した方がいいだろう。主に報酬の面で、だけどな。そして俺は空間の断絶を解き、伊藤マキリとキンジ、俺達のいる空間の隔たりを無くした。

 

「……さて、これは俺から言わせてもらうよ。……サイレント・オルゴの職業はコイツも知らねぇ。ただどうにもコイツは自分が極東で諜報した情報の一部をサイレント・オルゴに流していたみてぇだ。最近だと米軍の対テロリスト作戦の失敗、とかな。んで、今のオルゴの動きだけど、やっぱりコイツは知らねぇ。どうにもコイツは情報を流すだけで向こうからのコンタクトは無いっぽい。しかもオルゴにゃ会ったこともないってよ」

 

と、俺は毒にも薬にもならないような答えを並べる。勿論嘘は言っていないし真実を隠してもいない。俺は本当にこの男から語られたことだ。それもユエの神言でキチンと真実を語るように言われているからな、これはコイツが知る全てなのだ。

 

「そして、今のサイレント・オルゴの任務だけど、その情報を元にして()()()()()()()()()()ことらしいぜ」

 

「───暗殺!?」

 

と、そこでキンジが声を上げた。だが俺もユエもそれ以上何も言わない。静寂が廃ビルを包む。男はユエの神言により黙らされているからな。うんともすんとも言わない、まるで置物のようだった。

 

「……そこで回答を切るのね。貴方、暗算は出来ない割に頭が回るのね。商売上手だわ」

 

と嫌味──但し俺には返す言葉が無い──を言って伊藤マキリは俺の足元に500万円を投げ捨てた。

 

「お褒めに預かり光栄ですよ」

 

と、俺は芝居掛かった風に肩を竦めて言葉を続ける。

 

「ターゲットはネモ。国際テロ組織『ノーチラス』の重鎮にしてお前の上司、ネモ・リンカルン。フランス国籍で15歳の女……これ以上いるか?」

 

ちなみに本当にコイツの言っている奴が"あの"ネモかどうかは羅針盤でも確かめた。そしてやはり俺の知るネモであろうことだけが分かった。

 

「いいえ、充分よ」

 

伊藤マキリはそれだけを俺に返し、どこか心ここに在らずといった雰囲気を醸し出している。ま、自分の上司が暗殺の標的(ターゲット)にされてるって言われたらこうもなるのかな。

 

「そうけ。んじゃ───」

 

さよならだ、と帰ろうとした瞬間だった。

 

「待てよ」

 

キンジだ。何やら拳を握りしめて俺達を睨んでいる。

 

「んー?」

 

「本当なのか?父さ……サイレント・オルゴがネモを……人を殺そうとしているって……」

 

……今の言いかけた言葉で分かった。なるほど、サイレント・オルゴはキンジの父親だったのか。コイツの父親はずっと前に亡くなっていると聞いていたが、実は生きていて、伊藤マキリの持っていたネガが唯一の手掛かりだったのかもな。

 

「……真実はどうあれ、この男はそうと記憶している」

 

ユエが再生魔法を掛けて再び彼の肉体の時間を巻き戻していく。つまりは俺達のことをまだ記憶していない瞬間までだ。

 

「ネモには俺から伝えておくよ」

 

一応友達ってことになってるからな。友人が命を狙われているのなら伝えてやらないと。それに、ここでネモに死なれたら俺の欲しい世界が遠のいてしまうしな。

 

ユエの言葉の冷たさに押し黙ってしまったキンジを置いて俺達は伊藤マキリから投げ渡された金を拾う。袋に入れるのも面倒な量なのでユエが纏めて自分の宝物庫へと放り込んだ。そして俺達は夜の新宿へと溶けていった。リサの作ってくれた飯を食べに家へと帰るため───

 

 

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