セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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恋バナ

 

 

あれからしばらく経ったある日、ネモからとあるメールが届いた。

 

俺とネモは今やメル友、と言うかそれ以上だろう。時間が合えば電話や……それこそスカイプ繋いでテレビ電話だってするからな。しかもユエ達……ミュウやレミアもそこに同席したりお互いの連絡先を交換したりもしていて俺の知らないやり取りも行われているらしい。ただそこでの会話は基本的に差し障りのない世間話、要はNだの何だのと言った血生臭い話は一切出てこない。それはミュウ達に気を使ってのことではなく、俺と駄弁る時もそうだしユエやシア、ティオとかと喋ってる時もそうらしい。勿論リサやジャンヌと話してる時もだ。

 

ま、そこら辺の話をし始めたらお互い拗れちゃうかもだからな。お互いそれは分かっているから暗黙の了解ってやつだ。

 

で、そんなネモから入ったメール。要は旅行のお誘い。最近ネモは向こうで色々頑張っていたらしく、その慰労も兼ねてバカンスをするんだとか。んで、俺達も来ないかというお話。場所は取り敢えずアメリカ。

 

それを聞いた俺の第一声は「なんでやねん」だった。何せ伊藤マキリからの依頼で得られた情報はネモにも伝えてある。なのに態々自分の命を狙っているらしいサイレント・オルゴ(暗殺者)のいるらしいアメリカへ向かうのか……。と思って問いただしたら、それ如きで日程を変えたくないとか、お前らがいるなら大丈夫だろう?とかそんなお返事をいただいてしまう。無料(ロハ)じゃそんな物騒な奴から護衛なんてやってらんねぇぞと返したのだが、ネモからは旅費は全額出すとか言われてしまった。

 

確かに俺達はこの間の臨時収入(2000万円)があるし金銭的には余裕がある。会社の方も業績良いし、これはまだ皮算用なのだが、今後の発展のための見通しも実はあるにはあるのだ。なのでこのお誘いは折角だから受けようと思う。それに最近、あんまりミュウのことも構ってやれてなかったからな。まさかいきなり小さい子供を狙うとは思えないし。

 

「───と言うわけでネモお姉ちゃんから旅行のお誘いなんだけど……行く?」

 

皆揃っての夕飯時にそんなお話を切り出す。ネモに暗殺者が差し向けられていることはトータス組とジャンヌには裏で伝えてある。ただ、それを知らないミュウは当然直ぐに「行きたいの!」と元気よくお返事。ちょっとの間近所の友達とも会えないけどと伝えても「でも帰ってきたらお友達には会えるの」とのこと。

 

他の皆もネモのことは知っているし割と皆ネモとは仲が良い。特に誰も反対することなくアメリカ行きが決まった。ま、暗殺以外にも懸念事項が無いではないのだが……。

 

『で、どう思う?』

 

と言うわけで俺はジーサードにメールを入れてある。懸念事項とは単純に俺とユエとシアがアメリカに入国できるのか、という一点に尽きる。何せ俺達はアメリカ国籍でもない上にエリア51でだいぶ暴れてしまったからな。当局からは俺達の戦闘記録を他の国にも横流しされてるって話だったし。だが俺の心配を他所にジーサードからの答えは

 

『また暴れなきゃ大丈夫だろ。この前兄貴が入国した時はかなり緩かったし』

 

とのこと。どうやら偽装パスポートとか作らなくても大丈夫そうで助かった。あんなもん用意してたら俺達だけ入国遅くなっちゃうよ。ジャンヌだって手間だろうし理子にはまた金積まなきゃいけなくなるし。暗殺者と戦う可能性がそれなりに考えられる以上は、ドンパチに備えて越境鍵での密入国は控えたいし。

 

「と言うわけで入国の心配は無さそうだな」

 

「どこかに行く度に騒ぎになるのはどの世界でも変わらないのじゃな……」

 

ジーサードからの返信を皆に伝えればティオからはこの評価。当事者のユエとシアはさすがに何も言わないがミュウは心配そうな顔で「パパ何か悪いことしたの?」なんて小首を傾げている。

 

「あぁ……まぁちょっと喧嘩しただけだよ。今はこっちも向こうも怒ってないから」

 

と、ミュウには悪いけど嘘とも本当とも言えないグレーゾーンで御為倒しさせてもらう。アメリカの空軍とドンパチやらかしましたなんて言えるわけないし、言ってもよく分からんだろうからな。だいたい、あれだってジーサードからの仕事の依頼なんだから俺達のことは大目に見てくれて当然だろう。

 

という俺の腹積もりはリサやジャンヌ、レミアにもバレバレみたいで皆から一斉に、それはそれは盛大な溜息を付かれた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「んー!アメリカ!なの!!」

 

と、空港から1歩外へ出たミュウが日本語でそう口にする。俺とユエとシアは2度目、他は皆初めてのアメリカ合衆国。ミュウやレミア、ティオはこっちに来てから初めて日本以外の国に足を踏み入れることになる。

 

「日本とは何もかもが違いますね」

 

「何と言うか、何もかもが大きいのじゃ」

 

とはレミアとティオの談。確かに日本と比べれば色々サイズは大きいかもなぁ。

 

「長旅お疲れ」

 

と、俺がミュウを抱き上げた辺りでネモが迎えにやってきた。傍には長い金髪のとびきり美人な女と、あと背は低いが出る所は出ているのが服の上からでも分かる女の子が2人。顔が似ているから双子なのだろうか。

 

「おう。……そちらは?」

 

俺の義眼には2人とも人間とは違う魂を持っているように写っている。もっともその魂はエヒトの野郎のように薄汚れたそれではないから、悪い奴でもないんだろうけど。

 

「あぁ、紹介が遅れた。こちらエンディミラ。私の補佐であり我々の中では文官だよ」

 

と、ネモが示したのは金髪でスタイル抜群の美人。コチラも服の上からでも分かるほど大きなものをお持ちで、多分リサくらいはある。

 

「私の名はエンディミラ。エンディミラ・ディーこちらはテテティ、もう1人がレテティ。訳あって言葉は話せないがコチラが何を言っているかは雰囲気で察することができる」

 

失語症なのか俺達の使う言語を理解していないのかは分からないがどうやら2人は喋れないらしい。ただ、エンディミラの言葉にコクコクと頷いている辺り、どちらかと言えば失語症の可能性が高そうだ。

 

「彼女達は私のボディーガードだよ。勿論、ここに来るまでの、だけど」

 

確かに、歩き方や立ち振る舞いを見ても彼女達の戦闘力はそう高くはなさそうだった。特に背の高い金髪の美人の方。茶髪の背の低い奴らは多少の近接戦闘ならできそうだったが、少なくとも俺やシアのように腕力勝負に強いわけじゃないだろう。もっとも、超能力的な力が強いという可能性はあるからそれだけでコイツらが弱いと断ずる気もないが。

 

「偉いと色々大変なんだなぁ……」

 

と、俺はいつもと違って普通の服を着ているネモを見下ろす。テレビ電話で話す時も、ネモはどこで電話しているのか分からないようにしていたし、背景が分かる時も何処かのホテルだと言うのが一目で分かるような場所でしか繋いでいなかった。だからか服もいつもあの古臭い軍服ばかりで、今みたいな普通の15の女の子が着るような服を着ている姿は新鮮だった。

 

「というわけだ。これからは頼んだぞ?」

 

と、ネモは背伸びをしながら俺の肩に乗っているミュウと手の平をパチリと合わせる。まったく、他人事みたいに言ってるけど狙われてんのお前なんだぞ。

 

ちなみに今回の旅行ではシアがネモに付きっきりになる予定だ。シアの未来視で死が読めるのは自分の分だけ、つまり他人の死は予知できないのだが、くっ付いていれば場合によっては巻き添え食らう場面が視えるかもしれない。あとは俺とユエとティオでローテーションしながら近くにいれば神水や再生魔法に魂魄魔法も使える。最悪殺されても誰か近くにいればその場で蘇生させることが可能だからな。

 

「……ったく。そっちのアンタからも何か言ってやってくれよ」

 

と、俺はエンディミラと呼ばれていた女の方を見ればこっちも呆れ顔で

 

「私も上申はしたのだがな……」

 

どうやらそういうことらしい。ネモの奴め。どんだけアメリカが楽しみなんだ。

 

俺はいつの間にやらネモが女子連中に混ざってキャッキャと盛り上がりを見せているトークの音を聞きながら思わず溜息が零れるのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「ホテルはこちらで手配した。先にそちらに荷物を預けてしまおう」

 

宝物庫のある俺とユエ、シアとティオはともかく、他の奴らはそれなりに大荷物だ。まぁ5泊のアメリカ旅行の予定なのだから普通はそれなりの荷物量になろう。その中でも海外慣れしているリサとジャンヌは荷物少ない方だけど、レミアとミュウのが結構多いのだ。

 

「そーだな」

 

と、これまたネモが手配したらしいタクシーに俺達は分乗。シアとネモ、レミアとミュウで1台。リサは俺とジャンヌとユエ。ティオはエンディミラ達と乗り合わせた。……その組み合わせになった時のティオの顔は中々傑作だったと思う。言ったら怒りそうだから言わないけど。

 

それぞれがタクシーに乗ったところで先頭のネモが乗っていたタクシーが動き始め、合わせてリサが行き先を告げる。一応全員にホテルの名前と住所は伝えてあるから他の奴らも「前のタクシーを追ってください」なんて下手なアクション映画滲みた戯言は言わないで済む。前のタクシーでは一応狙撃手も警戒してシアが助手席、ネモ達は後ろに乗っている。

 

「……しかし大丈夫なのか?」

 

「んー?まぁ、大丈夫だろ。キンジに聞いたけど、そう長くはないらしいし」

 

さすがにタクシーの中でモロに話すわけにもいかないのでボカしながらジャンヌと話す。

 

一応俺はキンジに連絡を取ってサイレント・オルゴの戦闘技術については聞き及んでいる。もっとも、遠山家の秘伝とかもあるから教わったのは遠距離狙撃をするタイプではない、ということくらいだ。まぁ、サイレント・オルゴがしなくても他にもエージェントがいるかもだからな。油断はできないけど。それに、一応は定期的に羅針盤でネモの命を狙うエージェントの位置は確認している。今のところこのアメリカで羅針盤が指し示す場所は1箇所だけだ。つまりそれはサイレント・オルゴ1人だけが実働部隊ということだ。……今のところは、な。

 

そうして俺達はネモの用意したホテルに着いた。そこはかとなく高そうなホテルで気後れしてしまいそうだ。俺はこういう高そうなのは苦手なんだよな。あんまり落ち着けないから。個人的にはもうちょい庶民的なホテルの方が助かる。

 

だがそれはあくまで俺の事情。女子連中はこの高そうなホテルの内装に目を白黒させたり輝かせていたり。リサも「モーイ!!」とお喜びの様子。ま、俺の好みよりこの子達が喜んでくれる方がこっちも楽しいから良いのかもな。

 

「……いいのか?高かったんじゃねぇの?」

 

だがそれはそれとして俺はネモに耳打ち。今回の旅費……往復の交通費とか宿泊費は全部ネモが出す約束になっている。サイレント・オルゴからコイツを守るっていうお仕事の報酬みたいなもんなんだが……これは必要経費であって報酬は別の形で貰いたいもんだね。

 

「問題無い。……Nはどこにでもいるものさ」

 

……へぇ、ってことはここはNの息の掛かったホテルってわけだ。もっとアングラな組織かと思ってたけどこういう所にも進出しているわけね。

 

と、俺達は各々キーを受け取りネモに連れられてエレベーターに乗り込む。そこら辺のサービスは断っているのか従業員が着いてくることはなくエンディミラがエレベーターを操作。上層へと俺達を連れて行く。

 

そして辿り着いたホテルの最上階。俺達は一旦2部屋に別れて部屋の確認も兼ねて各々の荷物を置きに行く。

 

渡されたカードキーで俺が部屋のドアを開けるとミュウがトテトテと中に入った。俺も扉の傍にあったスイッチで部屋の電気を入れるとそれで照明が灯った。

 

スイートルームって奴なのだろう。窓からは景色が一望できるのは上層階なので当然として、部屋の広さもミュウ含めて5人としてもかなり余裕がある。ぶっちゃけ今の俺達の人数だと今の家は若干手狭感が否めないのだが、ここはそれを感じさせない広さだった。

 

「ふむ……これは凄いのじゃ」

 

と、同室のティオも感嘆を漏らしている。ちなみに部屋分けは俺、レミアとミュウ、ティオとリサだ。んで、ユエとシア、ジャンヌが隣の部屋。ネモとエンディミラ達は更に隣らしい。なので一応ネモにはスイッチで起動するタイプの転移用アーティファクトの鍵を渡してある。扉用のアーティファクトはユエ達の部屋だ。こっちはレミアとミュウにリサまでいるからな。飛び込むならユエ達の部屋の方が安全だ。

 

「ふかふかなのー!」

 

と、部屋の内装を眺めているとミュウの声が聞こえてくる。それと同時にボブっという音もだ。

 

「あらあらミュウったら。お行儀が悪いわよ」

 

どうやら景色を眺めている間にミュウが高級ベッドにダイブをかましたらしい。分かるよ、俺もやりたいもんね。

 

「じゃあ俺ここー!」

 

と、やりたいことはやっておくべきなので俺もベッドにダイブ。ボブりという布が跳ね上がる音とスプリングが俺の体重を受けて軋むギシリという音が身体の下から鈍く響く。

 

「天人よ……」

 

「あなた……」

 

「ご主人様……」

 

ちなみにミュウ以外の女性陣からは大変冷たい視線を頂戴した。ただ、ミュウはそんなことは一切気にせずに「パパー!」と俺の背中に飛び乗り、またもやベッドのスプリングが軋む音が鳴り渡ったのである。

 

そしてミュウがモゾモゾと俺の首の上までやって来たので俺は力任せに立ち上がり、ミュウを再び肩車。部屋に入った時にここだけお行儀良く脱いだ靴──但し脱ぎ散らかしているので結果的にはお行儀悪い──をレミアが拾って履かせる。リサ達もそれぞれ荷物を置き、必要な物だけ取り出せたようなのでそろそろ集まろう。

 

「じゃあ行くかぁ」

 

「おー!なの!」

 

と、俺の肩の上で拳を高らかに掲げたミュウ。部屋のドアを潜る時だけちょっと姿勢を落としてミュウの頭が縁にぶつからないようにしつつ俺達は下のロビーへと向かうのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

アメリカのとある高級ホテルの一室。ベッドライトだけが灯された薄暗いその広々としたスイートルームの一角では上は20歳半ばくらいから下は中学生位までの女が膝を突き合わせていた。

 

「では、()()()を始めようか」

 

そう宣言したのは水色の髪の毛を湛えた愛らしい中学生くらいの少女。しかし今この場にいる女性陣の中で最も底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「……んっ」

 

と、頷いたのは輝くような金色の髪をした美しい少女。神の被造物かと見紛う程の美貌を備えたその少女は水色の髪の少女──ネモ──の挑戦に、受けて立つとでも言いたげな表情をしていた。

 

今この場には神代天人はいない。1日アメリカを遊び回ったミュウが疲れ果てて寝てしまったので、レミアと一緒に自分の部屋に戻っているのだ。そして恐らくもう3人とも夢の中だろう。

 

そして今は彼を愛し、また彼に愛された女性達が一同に会して、恋バナを始めようとしていた。

 

「ふむ……。レミアはいないが……こうして揃うとよくもまぁここまで沢山の女と関係を持ったものだな」

 

と、ネモが呟く。今この場で天人と恋仲でないのは彼女と彼女の傍で不思議そうに全員を眺めているエンディミラだけだ。テテティとレテティも今は自分達の部屋で休んでいる。

 

「リサは……今更聞くほどのこともないか」

 

と、ネモが視線をリサにやると、リサはまるで恐縮ですとでも言いたげに身体を窄めた。

 

「……じゃあ私から?」

 

つい、とネモが次に視線をやったのはユエだった。この中でリサの次に天人と付き合いが長いのはジャンヌであったが恋仲となったのは1番後だったからか、まずは()()()()で1番天人と付き合いの長いユエに視線がいったのだ。

 

今この場で人と少し違う姿をした者達は誰も天人のアーティファクトで姿を誤魔化してはいない。テテティとレテティもそのお尻付近から生えている尻尾を晒してから部屋に戻ったし、エンディミラも今はエルフ特有の長い耳を隠すことなくこの場にいる。シアもそのウサミミを、ティオもエンディミラ程ではないがやや長く尖った耳を、レミアとミュウも休む前にネモ達に海人族特有の耳を見せていた。

 

そして、ネモ達はユエ達がトータスと呼ばれている別の世界から来たことを知っていた。これはお互いを見定める場でもあったのだ。世界を変えようと言う者と変わる世界を受け入れる者。変える世界に彼女達は相応しいのか、自分達の暮らす世界を変えるに彼女は相応しいのか……。ただ、それを誰も口にしないだけで。

 

ユエの声にうん、と頷いたネモ。そしてユエは語り出した。彼女と神代天人との出逢いを。

 

「……私はオルク……地下迷宮に300年くらい封印されていた」

 

この語り出しにネモは「おや?」と思った。馴れ初めを聞くはずがいきなり随分と重い切り出しから始まったものだ。ただまぁ異世界だしそういうこともあろうとネモもエンディミラも話の腰を折ることなくただ頷いていた。

 

「……父親のように信頼していた叔父に裏切られてそこに囚われていた私の前に現れたのが……天人だった」

 

ネモは自分もそこら辺の15歳の少女とは比べるまでもない程に重く辛い過去を背負っているとは思っていた。実際、それは事実であり否定されるようなことは何もない。だがそんなネモをもってしてもこれは重い……そう思わざるを得なかった。

 

「……300年。実際に数えたわけじゃないけど久しぶりに外に出たら私の一族は300年前に絶滅したと聞いたから多分それくらいは経っていたと思う」

 

300年という長さがどれ程のものなのかネモには想像がつかない。ネモはこの世界に生まれてからまだ15年しか生きていないからだ。それほどに長い間暗闇の中に囚われていたところを救い出されることが、どれほど大きな意味を持つのだろうとネモは思いを馳せる。

 

「……天人はそんな暗闇から私を出してくれた。私をあそこから出さないための罠にも立ち向かってくれた。私を見捨てて逃げれば戦わなくて済むのに……。それでも……。そんなの、好きにならないわけがない」

 

ユエが自分の胸に手を置いてふぅと息を吐いた。その時のユエの顔に浮かんでいたのは恋の色だと、初恋もまだ迎えていないネモにもそれが分かった。

 

「……"ユエ"っていう名前は天人がくれたもの。裏切られて世界中の全てが憎かった私に天人がくれた名前。……あそこで私は生まれ変わった。今の私の全ては天人がくれたもの。後で……叔父には本当は裏切られたわけじゃなかったって知れたけど、それでも私はユエ。それ以外の誰でもない」

 

語るべきことは語ったと、ユエのその目は言っていた。そこでネモは今度はシアへと視線を移す。それを受けてシアは頷き、自分と天人との出逢いを語り始めた。

 

「本来獣人族……あの時は亜人族でしたけど、本当は私達は魔力なんて持っていないんです。けど私は生まれながらにしてそれを持っていました。そしてそれが住んでいた国にバレて、忌み子である私の存在を隠していた一族諸共処刑されそうになっていたんですぅ」

 

だから重いんだよ、そうネモは思わざるを得なかった。親族に裏切られて暗闇の中に300年封印されただの一族郎党皆殺しにされそうだっただのと、一々出てくる話が重いんだよとネモは叫びそうになっていた。だがそれを堪え、話の続きを促す。

 

「それが嫌だから皆で逃げました。けどあの世界の敵は同じ亜人族だけではありませんでした。人間族は私達兎人族を奴隷にしようと追い立て、魔物は自分達の餌にしようと私達を襲いました。ただ、腕力の無い兎人族で奴隷にされるのは女性だけ……つまりそういうことです。ですが私は少し先の未来を読む力があります。それでもう少し逃げれば助けがくると知り、走りました。そこで出逢ったんです……」

 

一族郎党皆殺しか、男は処分され女は()()()()館へ送られるかの2択。随分と荒れた世界もあったものだとネモは驚いていた。

 

「天人さんは私だけでなく私の家族も全員助けてくれました。私達が住んでいた森を案内してほしいという条件で。そして天人さんは私達を奴隷にしようとした人間を叩き潰し、私達の住んでいた国にも敵対しました。……おかげで私達は国を追放される代わりに彼らに命を狙われることもなくなったんですけどね」

 

苦笑いを浮かべるシアに、ネモとエンディミラは何も言うことができなかった。それはそんなにあっけらかんと語れる話ではないだろうというのが言葉はなくとも2人の共通認識であった。

 

「私と私の家族を救ってくれた……効率よりも義理を優先してくれた。堂々と胸を張って前を見て……そんな姿に私は惚れてしまったんですぅ」

 

シアが両頬に手を当てて身体をくねらせる。その姿は恋に恋する愛らしい乙女に他ならないのだが、何せそれまでに語られた過去が過去だ。あまりにもギャップが凄まじい。

 

「おっほん」

 

と、そこでティオがわざとらしい咳払いで話に入ってくる。もっとも、シアも語るべきことは語ったようでそれに何かを言うことはなくティオの言葉を促した。

 

「妾、出会い頭で天人にはボッコボコにされたのじゃ!」

 

シン……と、室内が静まり返っている。そしてティオ以外のこの場の全員が彼女の発言に引いていた。ネモとエンディミラはこの妙齢の美女を出会い頭にボコボコにしたという天人に、全てを知っているユエ達はこの場の第一声でそれを言うティオに、だ。しかしティオは自分の発言のもたらした影響にとんと無頓着だったようで頭にハテナマークを浮かべている。

 

「まぁ聞くのじゃ。妾、ネモ達にも少し見せたように竜の姿にもなれるのじゃ。そして隠れ里から今の世界の様子を見に来た際に洗脳されてしまっての。竜の姿のまま天人達と戦闘になったのじゃ」

 

それを聞いてネモとエンディミラはようやく胸をなでおろし、そしてこれは安心できるような内容ではなく自分達はさっきの2人の話に毒されているのだと一拍遅れて気付くことになった。

 

「妾達のいた世界には神がおっての。ソイツがトータスに何人もの人間を別の世界から呼び寄せたのじゃ。そして天人はその彼らとも別の……この世界にいたにも関わらず巻き込まれて召喚された……。妾は神が呼び寄せた人間の調査の為に向かっていたのじゃよ。それがあぁなって……最初は興味ついでの調査のつもりで一緒にいたのじゃがなぁ……」

 

そこでティオがふと遠い目をして頬を赤らめた。そしてネモはそれを見て思う。自分が本来聞きたかったのはこういう話なのだと。ティオの話も確かに重い。だが惚れた腫れたのくだりで言えばユエとシアよりは随分とのんびりとしている。もっとも、ティオも自分達竜人族がエヒトの策略───とも言えぬ娯楽の延長で一族郎党世界の敵だとその他全てに認識させられて世界の果てに逃げざるを得なくなった、という話はワザと後回しにしたのだが。

 

 

 

───────────────

 

 

 

結論から言って、この後もユエ達からレミアとミュウの話を聞かされたネモは頭を抱え、ジャンヌの話を聞いて思わず彼女の両手を取って喜んだ。こうして神代家とネモ達のアメリカ旅行の初日は天人本人の知らぬ間に彼の話題で盛り上がりながらも終わりを迎えたのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

ユエ達はどうやら夜は恋バナに花を咲かせていたようだった。よくよく思い返してみると俺達の出逢はとんとロクな思い出がない。奈落の底で封印されていただの一族郎党皆殺しにされそうだから逃げてきただの洗脳されて襲いかかってきただの違法な人身売買目的で拉致された娘を連れ返しただのと、平和な出会いなんて1つもなかった。

 

もっと思い返せばリサだってそうだ。いや、1番最初の初対面で言えば近くに住んでいた女の子ってだけなのだが、俺がリサに恋心を抱くようになったのはイ・ウーなんていう裏側の世界でですらタブー視される秘密結社、ジャンヌとの出逢いもそこでなのだ。

 

そんな話を聞かされたネモ達がどう思うかは知らない。そもそも、恋バナったってあれは多分ただの雑談じゃないのだろうよ。

 

きっと、あれはお互いを見定めるためのものだ。

 

その結果は、今は知らなくていいだろう。聞かなくてもいつか分かることだ。て言うか、俺に何も言ってこないってことはそういうことなのだろう。

 

俺はリサ達の目を信じている。アイツらが大丈夫だと判断したんなら大丈夫なんだろうよ。但し、それはあくまでもネモ達に限った話。モリアーティ教授がどうなのかは別だ。

 

モリアーティ教授がネモを使って作ろうとする世界が、もし俺の愛する女達を傷付ける世界なのだとすれば、俺はそんな世界を受け入れる訳にはいかない。俺は俺の全てを以てそんな世界をぶっ壊すつもりでいる。

 

そんな覚悟を決めていた俺は、この日はアメリカとカナダの間にある世界最大級の滝───ナイアガラの滝へと観光に来ていて、そこで行われていた古戦場の再現イベントを見ていた筈だったのだが───

 

「───天人!?」

 

「キンジ?」

 

その場にいたのはキンジとそれから伊藤マキリ、遅れてジーサードと、さらに後ろから遅れて風魔陽菜の計4人。だが実際今すぐに戦えそうなのはキンジと伊藤マキリだけだ。後の2人は距離が少し遠い。

 

「───エンディミラ、ここは、私が、敵と、戦います。ネモを、守りなさい」

 

そして伊藤マキリがエンディミラへと声を掛け、俺へと目配せをする。"お前もそこにいるのならネモを守れ"とでも言いたげだ。お前に指示されんのは気に食わねぇけどな。まぁいい、やってやるよ。

 

「ユエ、ジャンヌ。リサ達連れて逃げろ……。ティオ、シア、ネモを守れ」

 

エンディミラ達へは指示は出さない。俺はコイツらの戦闘能力───強さだけでなく戦い方すらも知らないからどんな指示が適切かは分からないのだ。

 

だから俺はエンディミラとテテティ、レテティは戦いの勘定に入れずに形を組む。

 

そして「トオヤマ……?」と、キンジの姿を認めて疑問顔のネモを守るようにエンディミラは銃を抜き俺の横───ネモの正面へ、テテティとレテティはポシェットから短剣をシャラりと抜いて左右を囲む。

 

シアはネモの背中───滝の方に立ち、ティオは逆側に立つ。ティオは今全身のシルエットを隠すようなダボッとした服を着ている。普段はスキニー系の、自身のスタイルがよく分かる洋服を好んで着るティオだが、これは現代に合わせたティオの戦闘服なのだ。あの下にはティオの変成魔法で黒い龍鱗が身体を覆っている。それが盾となり、対物ライフルの徹甲弾(ピアス)ですら貫けない堅牢な守りを形成するのだ。

 

そしてシアはネモに引っ付き、固有魔法の未来視で自分に迫る死の未来とそれに巻き込まれるであろうネモの未来をまとめて回避しようと構える。

 

だが一応俺達は事前に決めておいた立ち位置にこそ付くが敵が誰かが分からない。と言うか、()()()()。俺はサイレント・オルゴの写真を見たがそれだってこれだけの観光客の中から直ぐに分かるほどにハッキリとしたものではない。しかも、それでも分かるくらいには大柄の男だった筈なのに、その姿が見当たらないのだ。いくらここはアメリカで、日本よりも体格の大きい人間が多いとはいえ、サイレント・オルゴは完全に規格外のサイズをしていたのにも関わらず、だ。

 

これだけの人混みでは直接会ったことの無い人間には気配感知もそれほど意味をなさないし、羅針盤を使って特定するか……?

 

「た、天人、どうする?」

 

と、ネモが慌てた様子でシアの背中から顔を出している。

 

「取り敢えずシアの後ろに隠れてろ」

 

俺からはそれだけしか返せない。そして俺は羅針盤でサイレント・オルゴを探そうとして───

 

「……あれか」

 

───忽然と、サイレント・オルゴと伊藤マキリの姿が現れた。2人とも動きを止めている。そして俺の目線を追ってシアやティオ、ネモ達も彼らの姿を認めたようでザワついている。

 

俺は羅針盤で探す内容を変更。半径3キロ以内でネモを狙う敵を探す。……最悪だ。沢山こっちに向かってやがるみたいだぞ。だがこの人数、軍隊か何かなのか?

 

そして伊藤マキリが

 

「お久しぶりです、遠山、さん」

 

と、ぶつ切れの少し変わった喋り方でサイレント・オルゴに話し掛けている。だが俺はその声に違和感を覚えた。……何か、強い感情が込められているように感じるその声。俺が今まで持っていた伊藤マキリのイメージと乖離するそれは……

 

「───ロキ・チノゥ」

 

 

───パァンッ!

 

 

と、発砲音にも似た乾いた破裂音が伊藤マキリの口元から上がる。それと同時に彼女の口から舞う鮮血。恐らく伊藤マキリの指から放つ空気弾を自分のベロで撃ったんだ。だがそんなもの、柔らかい口腔内が衝撃に耐えられるわけがない。

 

伊藤マキリが口を抑えて呻きながら俯く。そして空気弾を放たれたサイレント・オルゴはしかしその不可視の弾丸を少し顔を背けるだけで直撃を躱し、サングラスを弾かれるだけに留めたようだ。

 

そして、何やら伊藤マキリが呟いた瞬間───

 

──バシィィィィィッッッ!!──

 

と、伊藤マキリの側頭部で凄まじい音が鳴り響いた。衝撃音と共に伊藤マキリの長い黒髪が千切れ飛ぶ。───狙撃っ!?

 

思わず俺は姿勢を低くして狙撃者から見えるであろう身体の面積を半減させる。

 

「マキリぃぃ!!」

 

シアの後ろでネモが叫ぶ。だが大丈夫だ。伊藤マキリは超音速の弾丸を気配で察知して頭を傾けた。弾丸を喰らいはしたが脳漿は飛び散らせずに済んでいる。まだ生きているぞ。

 

けれど、それでもあれは致命的だ。威力からして普通なら車輌に使うような対物ライフルの12.7口径。それも高重量のタングステン弾だ。

 

そして滝の轟音に紛れたものの遠雷のような音が3秒遅れて僅かに届いた。弾速はマッハ2.6。2キロ弱先からってことはレキ並の狙撃手だぞ……。しかもカナダ側から届いた。だがあれはネモを狙う狙撃者じゃない。そんな奴は羅針盤は指し示さなかった。つまりあれは伊藤マキリ()()を狙う狙撃手。少なくともネモは狙わないってことはあれはサイレント・オルゴの身内じゃない。……てことは武装検事か?そうなると厄介だぞ、そんなのが伊藤マキリを狙っているんなら───

 

「……私が、殺したいのは」

 

と、そこで頭を撃たれた伊藤マキリがそれでもまだ立ち上がる。……しかし

 

───バシィィィィィッッッ!!

 

と、2度目の狙撃。着ていたコートは防弾性らしく貫通こそ防いだものの車にでも撥ねられたかのように伊藤マキリの身体が飛ばされる。大瀑布を真下に望む、高さが伊藤マキリの腰までしかない柵の際まで……。

 

「天人!マキリを……っ!」

 

「駄目だっ!あれはきっと武装検事……ここで伊藤マキリを庇うこたぁできねぇ……っ」

 

伊藤マキリは日本じゃテロリストなのだ。ここで武偵である俺は伊藤マキリを武装検事から庇うことは難しい。それは、日本での俺達の立場を危うくするからだ。ここで動かない分にはいきなり放たれた狙撃を警戒して動かなかっただけだから問題は無い。だが庇うことはできない。

 

ここで俺が動けるとすれば───

 

「───伊藤マキリ!お前を逮捕する!!」

 

これだけだ。ここで俺が伊藤マキリを逮捕し、武偵側で身柄を拘束。日本へ連れて帰り武偵庁にでも引き渡すしかない。日本は縦割りだから少しだけは時間が稼げる、と思う。分の悪い賭けだけどな。

 

その後コイツが逃げるのかネモが逃がすのかは俺の領分からは離れる。今ここで伊藤マキリの命を救うにはこれしかない。それでも、逮捕したって大した時間稼ぎにはならないだろう。下手したら直ぐに武装検事側から身柄の引き渡し要求がくるかもしれない。裁判に持っていくことすら難しい可能性が高い。

 

だがそれでも俺ができるのはこのくらいなのだと、俺が伊藤マキリに駆け寄った瞬間───

 

───バシィィィィィッッッ!!

 

「───っ!?」

 

伊藤マキリを狙っていた狙撃手のターゲットが俺に移ったようだ。多重結界が弾丸の貫通を防いだが流石の威力に俺も突き飛ばされた。あの野郎……何の躊躇いもなく頭ぁ狙いやがって……。

 

そして4発目の炸裂音。遂に伊藤マキリを柵の外───落差56メートルの崖の下に、大瀑布の中へと伊藤マキリはあまりにもあっさりと突き落とされた。

 

「───キンジ!あれはネモは狙わねぇ!サイレント・オルゴさえ止めれば大丈夫だ!!」

 

「天人!!だけどネモはNの───」

 

「頭を上げるな兄貴っ!!次弾が来るぞっ!!」

 

あぁ、駄目だ。俺とキンジの意見が揃わない。キンジはネモをNの主犯格として逮捕できるならするつもりだけど、俺はなるべくネモにはNで理想の世界を作ってもらいたい。ここで決定的に方針が分かれてしまっているのだ。

 

「……どっちにしろ、俺は父さんに人を殺してほしくはないし、聞きたいこともある。父さんを止めるのは賛成だ」

 

……だが、どうやらまだ運は尽きていないらしい。キンジはサイレント・オルゴを止めるだけなら協力してくれそうだ。4度の狙撃でもまだ観光客は消えていない。それなりの数がまだこの場に揃っている。こんなところで越境鍵を使っての離脱はやれねぇ。

 

「シア!ティオ!ネモ達連れて逃げろ!」

 

『待って!』

 

だが、シア達にネモとエンディミラ達を連れて逃げてもらおうとしたその時、ユエから念話が届く。シアとティオにもまとめて届いているようだ。

 

『……さっきアメリカの軍隊……?警察……?……特殊部隊(SWAT)だって……。とにかくそれが沢山そっちに向かっているのとすれ違った。足で逃げたら多分もう見つかる』

 

俺はその報告に思わず舌打ちする。さっき羅針盤が指し示した通りだ。しかもSWATかよ。この衆人環視の中で戦闘になれば、数にものを言わされてネモ達を守りきるのは面倒だぞ……。

 

「ネモ!お前飛べ!」

 

「あ、あぁ……」

 

目の前で仲間(マキリ)が殺られても流石はNの提督。ネモは直ぐに集中し始め、身体の周りに青い粒子が漂い始めた。

 

「誰が見てるか分からねぇここで俺の道具は使いたくねぇ。……時間稼ぐぞ」

 

「あぁ……けどお前……」

 

キンジが俺の頭を見ている。さっきの狙撃で脳みそをブチ撒けることだけは避けられたが、幾ら異世界の多重結界と言えど流石に対物ライフルのタングステン弾は重かったらしい。視界は揺れてるし出血も多少だがある。

 

「……頭の怪我は派手に見える。大丈夫だ、戦える」

 

グッと、俺は膝に力を込めて立ち上がる。伊藤マキリさえ殺せたのならあの狙撃手もさっさと帰るだろうと思ったのだ。そして俺の読み通り、立ち上がった俺に狙撃は飛んでこない。

 

「狙撃手の方からはネモを殺そうとする奴は探せなかった。つまりあれは伊藤マキリだけを狙った狙撃だ。だから俺達は大丈夫」

 

もっとも、伊藤マキリの狙撃を阻もうとした俺は撃たれたが、伊藤マキリが消えたことで俺もフリーになったのだ。

 

「……分かった。まずは俺とジーサードで父さんを止める。天人は援護(バックアップ)を頼む」

 

「分かった」

 

と、キンジとジーサードも姿勢を上げた。俺は1歩下がりキンジ達が抜かれた後に備える。3人で行って全員が一斉に抜かれるのが1番最悪だからな。

 

「ネモ、瞬間移動にはどんくらいかかる?」

 

俺は下がりながらネモにそれを問う。確かコイツの瞬間移動にはタイムラグがあったはずだ。プラザ会談の時も、グランデュカとの戦いの時に俺達を水の中に沈めようとした時も徐々に……って感じだったしな。だから時間次第で俺達の戦い方も変わってくるのだ。

 

「……10分近くはかかると思う。視界外瞬間移動(イマジナリ・ジャンプ)は跳ぶ質量によって発動までの時間も変わるのだ……」

 

……長いな。まぁどっかで人払いさえできれば、拘束するだけならそれほど手間じゃないし大丈夫か。

 

「……10分ってのは、お前と誰を飛ばす計算だよ?」

 

「私と、エンディミラ達3人だ」

 

「オーケーそれでいい。……時間は問題無い。サイレント・オルゴ1人が相手なら何時間でも稼いでやる」

 

あとはSWATがどれくらいでコチラに着くか、何だが正直10分だと向こうが先に着きそうなんだよな。最悪氷の壁で閉じこもることも視野に入れなきゃだな。

 

しかし問題は俺の聖痕が既に封じられていることだろうか。サイレント・オルゴに近付いた途端に繋がりが途切れる感覚があったのだ。アイツも持たされているってことは流石に聖痕持ちと正面切ってやり合うのは分が悪いらしいな。

 

さて、と、ネモの周りに青い粒子がどんどんと集まり、その中へエンディミラ達3人が入ったのを確認しつつ俺はキンジ達の戦いの方へと目をやる。そこではまずキンジがオルゴの心臓のある辺りへと掌底を放っていた。

 

しかし、それを受けたオルゴは掌底そのものを防ぐのではなく自分の背中へ回した手で自分の背中を打った。瞬光による知覚の拡大でその技を捉えるが、どうにも非穿通性の衝撃波を放つのがキンジの掌底。そしてオルゴは自分の背中にほぼ同じ技を打ってそれを相殺したようだ。……なるほど、心臓震盪からの心停止を起こさせる技なのか。……いやいや、それ使ったら相手死ぬでしょ。まぁ向こうは技の術理を知ってるみたいだから即座に防いだけど。

 

だがオルゴが小さく口を動かし何かを───英語で「Who?」と言ったように見えたが、ともかくそれでキンジの動きが乱れ、それをカバーしようとしたジーサードも乱れ、そしてオルゴが両手でそれぞれ放つ衝撃波で2人共がぶっ飛ばされる。だがこれで逆に俺達の配置が良くなった。いつの間にやら来ている風魔も合わせてオルゴを囲むような立ち位置に付けたぞ。

 

さてまだネモの瞬間移動には時間がかかりそうだと俺は一瞬ネモの方を振り向き、またオルゴに目線を戻すとオルゴは何やら苛立っているかのようにトントントンと自分の足の爪先で地面を叩き始めた。……まさかこんなんでイラついて貧乏揺すりをしているわけじゃないのだろうか、俺がその行動の意図を見抜けないでいると……

 

「……あ?」

 

少しずつ、地面が揺れ始めた。直ぐに有感地震に至り、地震慣れしていないアメリカの皆さんがどんどんとこの場を離れていく。……人力で地震を起こすとかマジで人間辞めてんじゃんと思いつつ態々人払いをしてくれるというのなら乗ってやろうとエンディミラ達には転ばないようにお互い支え合えとだけ指示を出しておく。

 

そしてどんどんと震度が増幅していき、遂に俺のいる辺りも震度で言えば6に届こうかという揺れになった瞬間───

 

「───皆!跳べ!!」

 

と、キンジが叫んだ瞬間に───

 

───ドドドォォォォンンッッ!!

 

激震が辺り一帯を襲った。揺れで人払いと俺達を転ばせる作戦なのかと予測していた俺はキンジに合わせてジャンプ。揺れそのものの影響は受けずに転倒を回避。シアもネモ達をまとめて抱え、ティオも瞬時に跳んだようでこちら側で転んだのは風魔だけだ。

 

そして空中に跳んだジーサードは自身の装備のプロテクターからまさかのジェット噴射で体勢を立て直してキンジに超音速の拳をぶつける。それを受けたキンジはジーサードの運動エネルギーを全て自分の拳に込めてオルゴへ打撃を放つ。

 

だが、オルゴはマッハ2の拳すら平手でポスりと軽く受け止めてしまう。そして、キンジは何やらノーモーションで放たれたらしいオルゴの打撃でぶっ飛ばされる。受け止めようとしたジーサードも纏めて、だ。……こうなりゃ俺が出るしかねぇか。

 

「───選手交代だキンジ!」

 

と、俺はオルゴの前へと飛び出した。アイツは術理は不明だが打撃を受け止める技がある。多分腕力でどうこうできるような奴じゃない。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()を加えるしかない。もしくは───

 

「……これでどうだ?」

 

俺は人払いができたのを良いことにオルゴの両手を氷の元素魔法で捕らえる。オルゴもグイグイと両手を振り回そうとするけどいくらお前のガタイが良くてもこれを力技で破るのは不可能だぜ。

 

さっきの地震をやろうとするなら発動前に潰す。あれは最大震度に至るまでにかなり時間を要するからな。俺の方が早い。

 

と、オルゴを拘束したままネモのジャンプを待つかと構えたその時───

 

───バキィィィィィッッッ!!

 

と、オルゴが俺の氷の拘束を破りやがった。

 

ノーモーションで放たれた打撃故に魔素を注ぐことによる強度の補強が間に合わなかったのだ。けどあの氷は人間の腕力で砕ける程度の強度じゃねぇんだぞ。どうなっていやがる。しかも俺に考える時間なんてくれてやる気は無いらしいオルゴが一息に俺の眼前に現れると

 

「───っ!?」

 

俺の戦闘回路が危険信号を全力で鳴らす。その警鐘に身を任せて斜め後ろにオルゴの拳を避けるように跳躍するが───

 

───バキィッ!!

 

と、僅かに掠めた俺の腕から凄まじい音が鳴り響き、俺はその威力でもって錐揉みするように回転しながらぶっ飛ばされた。

 

どうにか着地はするが打撃を掠めた腕から凄まじい熱が発せられている。見れば俺の前腕が手首と肘のちょうど真ん中でド派手に赤く腫れている。感覚的にこれは骨折だな。腕の骨が2本とも折れている。マジかよ……掠めただけの上に俺には多重結界の守りがあるんだぞ。あれ、直撃してたら全身バラバラに砕けてたんじゃねぇか?

 

「ネモ!まだか!?」

 

「まだだ……まだ25%くらいだ。必要量に達したら直ぐに跳ぶように設定はしたが……」

 

流石に4人分の質量は重いらしい。だが不味いな……このままだとサイレント・オルゴはともかくSWATの方が到着してしまうぞ。

 

さてどうしたものかと俺が思考を巡らせた瞬間

 

───ピピピピピ

 

と、気の抜けるような電子音がオルゴの胸元から鳴り響いた。そしてオルゴは何事もないかのように胸から携帯電話を取り出し───それに出た。そして

 

「───了解です。大統領閣下(Mr.President)

 

と、低い声で数単語だけ呟いて電話を切り、数秒間棒立ちになり、そしてその1秒ごとに殺気をどんどんと収め、完全に殺気が消えた瞬間にフラリと俺達に背を向けてこの場を立ち去る動きを見せた。

 

───プレジデントとか言ってたな。つまり大統領からの命令でネモの暗殺を取り止めたってことか?

 

そして、シアから聞いたのであろうSWATが出てくる前にエンディミラ達が突然ネモの前に出た。それはつまり瞬間移動の範囲の外に出たということで

 

「あっ……何を───これでは今すぐに跳んで───」

 

どうやらあの光の量はネモ1人分であれば発動させられるくらいには貯まっていたらしい。確かに25%って言ってたからな。4人中3人、それもエンディミラの質量はネモより大きいから、テテティとレテティも含めて3人が外に出ればそうなるわけだ。

 

「こうするべきなのです。私達のことは気にせず先に行ってください」

 

という言葉をエンディミラから残されたネモは青い靄だけを残してどこか設定した地点へと消えていった。

 

 

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