太陽が地平に沈み、それに紛れるように薄暗い広場右手から現れたのは防弾チョッキにヘルメット、ガスマスク姿で完全防備な上に
ネモを先に逃がしたエンディミラ達と、シアとティオも俺達の元へと集まる。念話で聞く限り、ユエ達は無事に逃げ仰せたようだ。さてさて、まさかここでSWAT達とドンパチやらかす訳にもいかんよなぁ。エンディミラ達を守りながらだと面倒だし、さっきまでは
「どうします?……向こうからも」
と、シアが顎でしゃくれば風上と崖の左側からもまた30人程の特殊部隊員達が現れていて、そいつらはボシュボシュと低い発砲音と共に
「これは……」
と、初めて喰らう催涙弾にシアとティオが目を擦る。
「キンジぃ、俺達はこの滝から逃げるけど、どうする?」
この特殊部隊員達の頭上を飛び越えて逃げても追われる可能性がある。それに、サイレント・オルゴに聖痕を封じる道具を持たせたってことは寄越された特殊部隊員共も同じような物を持っていても不思議じゃない。
街中に逃げられればそうそう撃ってはこないと信じたいが、はてさてどうなるやら。ユエ達には追手が
「……シア、ティオ。お前らは多分追われない。後でどっかに扉開くからユエ達と合流して普通に日本に戻れ」
「天人はどうするのじゃ?」
「さてね。ま、こっちにゃアメリカのヒーローたるジーサードさんがおられますから?どうにかなるでしょ」
と、俺がジーサードを見ながら少しずつ下がっているとジーサードは俺を睨みながらも仕方ねぇなって顔をしている。頼みますよ?本当に。
アメリカに多少の融通が効くジーサードが居ればどうにかなるかも、というのが俺の算段。だがまた面倒な出方になるかもだしそこまでシア達は巻き込めない。コイツらは普通にアメリカを出国できるのならそうしてほしいな。
「……分かりました」
「了解したのじゃ」
「
と、俺達の作戦会議終了を確認したキンジがSWATに合流しているオルゴにそうやって声を掛け、俺達はナイアガラの滝へと飛び出した。
俺達とキンジ、ジーサード、風魔は普通に飛び降り、エンディミラもスカートを抑えながら、テテティとレテティは尻尾も含めて全身で"木"の字になりながら高さ56メートルの滝へとその身を躍らせた。
こんな風に高所から落ちるのはオルクスでベヒモスと一緒に落ちて以来かな?と懐かしい記憶と共に落下しつつ1番近くにいたエンディミラを空力で空気を蹴って拾いにいく。
「ちょっと抱くぞ」
「え……きゃっ」
と、男に急に抱き上げられたエンディミラが可愛らしい声を上げ、少し赤面しながらも俺にしがみつく。テテティはシアが、レテティはティオがそれぞれ空力で捕まえて抱え、水の稜線に沿って落下していく。
俺達はそれぞれ靴に仕込んだ空力や風属性魔法で着地の衝撃を段階的に和らげて水面ギリギリへと降り立つ。キンジは空中で
「お前らのそれ……狡くないか……?」
と、キンジはボヤきながら、風魔とジーサードは特に何を言うでもなくナイアガラ川をカナダ側へと泳いでいく。
歩くだけなのでテテティとレテティはシアが、エンディミラはティオがそれぞれ背負いながら俺達も空力で足元を濡らさずにそれに着いていく。
そして川岸の壁を俺達は空力で階段でも登るかのように、風魔も流石は忍者だなっていう腕前でスルスルと上がっていき、下にロープを垂らしてやる。キンジとジーサードがそれを伝ってナイアガラ・パークウェイの車道脇、排ガスで煤汚れしているガードレールの陰に身を寄せて一息ついた。オルゴに叩き折られた俺の腕は飛び降りた瞬間にティオの再生魔法で戻してもらっていた。
すると、後ろからキンジに声をかけてくる奴がいた。振り向けばガードレールの先にはハザードランプを点滅させた日本車───ステップワゴンが停まっていた。その前でサイズが合ってなくて引きずりそうなコートを着た背の低い女がこちらに手招きしていたのだ。
どうやらキンジの知り合いらしいその女の方へ俺達は向かう。すると、コイツはこんな成りでも外交官らしく、俺達を日本に帰してくれるらしい。
「……ちょっと待ってろ」
なので俺は一旦皆を待たせ、シアとティオを連れて奴らから死角になる暗がりへと向かった。エンディミラ達も帰してしまいたいがネモとはまだ連絡取っていないし向こうの都合が着いてからだな。
「じゃあ先帰っててくれ。……ミュウには後で埋め合わせするって言っといてな」
「はい」
「うむ。分かっておるのじゃ」
と、俺はシアとティオとそれぞれ触れるだけのキスを交わし、越境鍵で扉を開いた。向こうは事前に決めておいた集合場所で、既にジャンヌが迎えに来ていた。
「悪い、頼んだぞ」
「分かっている。こちらは任せておけ」
と、シアとティオをジャンヌに引き渡して俺は扉を閉じる。さてと、俺は無事に日本に帰れるのかなぁ……。
───────────────
その後、本来7人乗りのステップワゴンに8人で乗り込みぎゅうぎゅう詰め──テテティとレテティが小柄で多少は助かったけど──になりながら5時間も車に揺られて辿り着いたのはカナダの日本領事館。
そこで1晩休憩を取り、1夜明けて朝食も頂いた後、俺とキンジ、ジーサードの3人はそこの担当者にお呼び出しを食らってしまった。
芳賀敬一という名前のカナダ駐箚日本特命全権大使とかいう肩書きの人物らしい。その場に同席していたのは俺達と銭形っていう……俺達をここに連れて来たキンジの知り合いの女、この人の他に猿田とかいう具合の悪そうな公安の奴。黒いマスクを付けて咳き込んでおり、随分と具合の悪そうな男だがらどうやらコイツが伊藤マキリを狙撃したようだ。そしてそこで猿田から聞かされたのは『砦』と『扉』の話。
今この世界はNの起こそうとしているエンゲージ──世界中に魔女やグランデュカ、ヴァルキュリアやヒュドラみたいな人間とも少し違う奴らを爆発的に増やそうという計画──に対して賛成か反対かで割れているらしい。ちなみに砦が反対で扉が賛成派。
で、アメリカはゴリゴリに反対派で日本はまだ表明していないんだとか。んで、それで世界は今こっそり不安定になりつつあるとか何とかで、要は俺に下手に動くなって言いたいらしい。ま、俺はそれでいけばガッツリ扉派なんだけどな。
後はあのサイレント・オルゴのことも少しだけ聞けた。俺にとっちゃさしたる興味も無いけど、キンジとジーサードにはそれなりに価値のある話なんだと思う。
んで、キンジや俺達はこの芳賀さんが手引きして日本に帰してくれるらしい。と言うか、カナダっていう平和な国に俺達みたいな歩くドンパチが入ってきてさっさと追い出したいっぽいんだよね。
だがこれはジーサードの方が断りを入れやがった。どうにもコイツらに貸しを作ると後が面倒臭そうだから自分のツテで帰る算段をつけるらしい。一応それには俺も乗っけてくれるようだ。
そして俺達は芳賀さんにお呼び出しを受けた部屋を後にした。すると───
「神代殿」
と、風魔が俺をちょいちょいと手招きしてきた。
「何?」
風魔がキンジではなく態々俺に、というのが不思議だったがまぁいいかと俺は風魔の方へ歩いて行く。
「エンディミラ殿が神代殿をお呼びでござる。中庭にいるから何やら1人で来てほしいとのことでござった」
エンディミラが?まぁいいか。
「あいよ、さんきゅ」
俺はそれだけ風魔に返して中庭へと向かう。そして、やたらとどの部屋も豪華な内装をしている一室から中庭に出ると、そこにはエンディミラがテテティとレテティと共にカナダの空を見上げていた。
「おす」
エンディミラは日本語が喋れるので俺も普通に日本語で話しかける。すると、エンディミラがこちらを見る。その顔は……何かを諦めたかのような表情をしていた。
「……どうした?」
「私はお前達をネモ様……Nの味方だと思えない」
そう、エンディミラが告げる。だがそれはそれほど間違っちゃいない。俺は実際グランデュカとイオ、ヒュドラとアスキュレピョスを逮捕ないしは捕獲してきたのだから。
「そう思ってくれて構わねぇよ。実際、俺ぁお前らの身内を逮捕してるんだし、今回は友達として接してたけどな。友達と敵は両立するだろ」
俺ははめ殺しの全面ガラス張りの窓に寄り掛かりそう告げる。そして「で、どうすんの?」と問えば───
「……どうもしない。ただ、私は敵の手に落ちたというだけだ」
と、にべもない。だから俺にどうしろってんだよコイツは。
「決闘でもしようってのか?」
「いいや、私ではお前には勝てないことは分かっている」
……じゃあ何なんだ?Nに帰せと言うのなら帰すのは吝かではないけどな。ここも大使館だけあって聖痕は閉じられているけど、だからってネモの元に帰すくらいなら越境鍵も使えるし。
「戦う術がない以上は降参する。殺せ。ただし、部下のテテティとレテティの命は保証して保護しろ」
なんだコイツ……降参してきた割に条件が多いな。ていうか……
「殺さねぇよ。俺ぁ武偵法の9条で殺人が禁止されてる。手前には多分それが適応されるからな。俺ぁお前を殺せない」
そんなことしたら3倍刑で俺が死刑だ。逃げるのも大変だし、いくら何でもそんなことをする気にはなれない。そもそも俺別にコイツのこと嫌いじゃないし。
「別に、ネモん所に帰りてぇなら帰してやるぞ?」
「それではお前の戦果が無くなってしまう。そこの精算をおざなりにすれば戦いは野蛮なものとなるぞ」
うわ面倒くせぇ……。帰すって言ってんだから素直に帰れよコイツ……。もうネモに連絡入れて後で引き取ってもらうか……?そうすりゃコイツも言うこと聞くだろ。て言うか聞かなくても投げ返す。
「私のことでこれ以上ネモ様の手を煩わせたくはないのだ。だが私には金も無く、Nの情報は戦果として過大過ぎる。差し出せるものは命くらい……いや、まだあったな」
エンディミラの命とか今最も俺が必要としていないんだが……まだあるって何よ……。
「幸いにも、お前と私は男と女だ。つまり───」
「───駄目だ」
俺は、その先を言わせなかった。男と女。このクソ頭の固い面倒な女がそれを言い出した瞬間に俺はコイツがその先に何を言おうとしているのかが分かったからだ。
「男と女……お前には命かそれしか差し出すものはないってこたぁ、つまり俺に所有されるって腹積もりだろ?」
「そうだ。理解が早くて助かる」
「嫌だね。お前、シア達からアイツらのことあんまり聞いてないのか?」
俺はユエ達が夜に何を話していたのか具体的には知らないし知ろうともしていなかった。だから、もしかしたらあまりトータスでのことは話していないのかもしれないと思っていた。だが……
「少しは聞いた、と思う。だが今それと何の関係があるのだ?」
「……シアが俺と出逢う前にどんな目にあっていたのかは?」
「聞いた」
「アイツらが……シアの一族の女が人間に捕まるとどうなるかは?」
「聞いた」
「俺とミュウの出会いは?」
「ユエとシアから聞いた」
「そこまで聞いてんなら話は早ぇ。俺ぁ女をお前が言うような所有の仕方は絶対にしないし、そういうのは嫌いなんだよ。理由は簡単、俺の大切な家族が
そして、できるなら奴隷だのなんだのという言葉もなるべくシアやミュウ、レミアの耳からは遠ざけておきたいのだ。アイツらがその言葉で嫌な記憶を思い起こさなくて済むように。
「だが……私はNの提督付文官だ。私をどうであれNから排除すればNの力は減衰する。お前の目的はネモ様の目的と一致する部分も多いが手段が噛み合わない。ならばNの戦闘員を排除してきたように私のことも……」
「面倒くせぇ奴だな。俺ぁその気になればお前をネモん所に放り捨ててやることもできるんだぞ」
ていうかもうそれでいいかな。コイツに気付かれないようにネモに連絡入れて都合付いたら越境鍵で投げ返してやろう。
コイツにはコイツの美学だか信条だかがあるっぽいけどそんなの俺には関係ないし。
と、俺の何時でもネモの元に放り捨てられる発言にエンディミラは黙ってしまう。
「ネモには俺から後で連絡入れておく。それまでは捕虜って扱いでいいな?……んで、今後お前をどうするかはお前の上ととっ捕まえた俺達で決める。それで文句ねぇな?」
「Nとの交渉材料になるくらいなら私は死を選ぶ」
コイツ、あぁ言えばこう言うし……。
「……分かったよ。9条の適用範囲は割と広いらしくてな。お前が自殺したらそれを俺が殺した扱いにされかねねぇ。けど俺ぁどっちにしろ女を奴隷だの何だのって飼う趣味は
「だからそれではお前の戦果が───」
「あぁもう面倒臭いなお前。じゃあもう勝手に着いてこいよ。そん代わり、シアやミュウ、レミアの前じゃ自分らが奴隷だの何だのって絶対に言うなよ?それだけ守るんならそれでいい」
「分かった。それは約束しよう」
すると、エンディミラは何やら振り返ってテテティとレテティに何やら呟いた。まぁこの距離だ。普通に聞こえたしこの世界の言語じゃなさそうだったが要は"女として俺の戦利品になった"みたいなことを伝えていた。……テテティとレテティは言葉ぁ喋れないから大丈夫か。こっちが言ってるニュアンスは伝わるみたいだし。
だが、何やらテテティとレテティがシャカシャカと両手を振って何かを伝えようとしてくる。……手話か。しかもこれ……
「……気にすんな。別に変なことさせようってんじゃねぇから」
手話……それも日本語の手話じゃないのに伝わったぞ。言語理解すげぇな。
「……分かるのですか?」
と、急に口調の変わったエンディミラが驚いたような顔をしている。
「んー?そうみたいだ。まぁこれも魔法の力だよ」
「なるほど、では改めて。私達はここに忠誠を誓います。後ろのテテティとレテティは言葉を発せないため私の宣誓で代えさせていただきます」
と、いきなり片膝付いて俺に忠誠を誓うだのと言い出す。あぁ、そう。まぁもう何でもいいよ。約束だけ守ってくれれば。後はこっそりネモに連絡入れて適当なタイミングで向こうに送り返そう。
すると、宣誓を終えて立ち上がったエンディミラが何やら両手を広げてこちらを見ている。まるでハグして、みたいなポーズだ。いや、絶対そんなことはないんだけども。
「んー?」
「では、ボディチェックをお願いします」
「え、何で?」
「私達はまだ武装解除していません。不意を突かれたらどうするのですか?」
それ正直に言う?本当コイツは変なところで正直だな。頑固だし。
「あぁじゃあ自分で武器出せ。テテティとレテティもな。お前らがどうやってアメリカに武装持ち込んだのか知らねぇけど金属探知機に引っ掛かると面倒だし」
俺がそう言えばエンディミラは"その反応は期待していなかった"みたいな顔をしながらもモーゼルC96を、テテティとレテティはそれぞれ短剣を俺に差し出してきた。俺はそれを受け取るとそのまま宝物庫へ。瞬時に目の前から武器が消えたことで3人とも目を見開いて驚いている。
「はい、武装解除終了。あーでも日本の家に戻ったら返すよ。俺も別に要らないし」
モーゼルとか普通の短剣とか持ってても意味が無いからな。だったらコイツらに返して自衛できるようにしてもらいたい。
「……ボディチェックはしないのですか?まだ武器を隠し持っているかも知れませんよ?」
「お前昨日の戦闘見てなかったのか?俺ぁ対物ライフルでも殺せねぇんだよ。今更隠し持てる程度の銃火器じゃカスリ傷も負わねぇよ」
ちなみに、俺は自分の究極能力で超能力の類も効かないからな。そもそも武装解除させる必要もないんだけどさせないと面倒臭そうだったからな。
あと今日日ボディチェックは同性の間で行うものなのだ。女武偵は服に毒針仕込んで男に身体を触らせることもあるって聞くし。俺がボディチェックをやらないのは割と正当でもある。
「ですが、例えば私が超能力を持っていたとして───」
「───だとしても、俺にゃ超能力は一切効かねぇからな。それの補助の道具を持ってたところで、だ。だからもういいよ」
「なるほど、でもリサやミュウ、レミアはその限りでは───」
と、そこまでエンディミラが言葉を発して黙り込む。というか、黙らせた。俺の固有魔法である威圧を使ってな。
「それ以上言うなよ?分かってんだろ?」
「……はい」
まぁ、コイツがそんな手を使うとも思えねぇんだけどな。ただしやるなら死ぬ気でやれよ?という俺の心の声はどうやらしっかりとエンディミラに伝わったらしい。なんでこれだけでこんなに気疲れせにゃならんのだ。しかも俺、一応コイツを捕らえた側なんだよな……?
───────────────
「ただいまー」
と、俺はエンディミラとテテティ、レテティを連れて部屋に戻ってきた。だが部屋にはまだ誰もいなかった。1度帰ってきた雰囲気も無いし俺達の方が早かったみたいだな。
俺の後ろをエンディミラ達は興味深そうに着いてきている。ちなみにこのエンディミラ、飛行機から降りた後も興味津々に周りの風景を見渡しては俺に大量の質問をぶつけてきていた。
そこで分かったのだが、どうやらこいつは金に興味があるようだった。
別に金にガメついってわけじゃない。ただ、エンディミラはエルフとかいう完全に異世界感ある種族らしいのだが、山の中に住むコイツらには貨幣経済の概念が無いらしい。普段は信用のできる奴らだけで相互助力関係を築いて家を建てたり食料を採取したりといった暮らしをしていたとのこと。後は物々交換で必要な物資は調達するんだとか。
んで、大量に生産してそれを金と取り替える俺達人間のやり方はあまり良く思っていないような雰囲気もある。とは言えそこら辺のお勉強は俺の得意分野じゃないし、何より今の最優先事項はそこではない。ネモには後でメールを入れるとして、直近の数日はコイツらの面倒を見なきゃ駄目かもだからな。
「腹減った眠い風呂入りたい」
「マスターは強欲なのですか……?」
カナダから日本まで飛行機が長かったし時差諸々で眠いし腹減ったしでもう何もしたくない俺をエンディミラが呆れた目で見てくる。この子も結構言うタイプだよね。もうマスター呼びは諦めたけども。
「取り敢えず風呂入る……。お湯貯める間にお前らん服探さないとな……」
と、俺は浴室の栓を填めて給湯器のスイッチを入れて湯船にお湯を入れていく。
俺が浴室を出ると扉の前でエンディミラが何やら警戒した眼差しで立っていた。後ろにはテテティとレテティも控えている。……どうした?
「どした?」
「マスター、この部屋には他にも誰か人が居るのですか?気配はしませんでしたが今声が……」
「んー?……あぁ、違うよ、単に機械が録音した音を流してるだけだ」
「なるほど、そうでしたか」
本当コイツ現代の知識が無いな。いや、こっち来たばっかのユエ達も似たような反応してたしこんなもんなのかな。
「次は服だな。お前今着てるそれしか服ないっしょ?」
本当は飯を食いたいのだが残念なことにこの家には冷食がない。何故ならウチには
「えぇ。ですが奴隷の身分である私達の衣類など───」
「だから、俺ぁそういう風には扱わねぇって言ってんだろ。取り敢えず買いには行くけどその前にそれはもう汚れてるから洗う。んで、その間の着る服が無いから取り敢えずティオの借りるぞ」
服の洗濯の仕方なんてよく知らないから取り敢えず籠に放っておけばいいだろう。そのうちユエ達も帰ってくるだろうし、そうしたらリサがやってくれるはず。
と、俺はティオの部屋に入りクローゼットを適当に物色。流石に下着は勝手に借りられないからそれは諦めてもらって……お、スキニーのジーンズがあった。あとはまぁ……適当でいいか。女物の服の良し悪しなんて俺にはよく分からんし。
「んじゃ、取り敢えず風呂上がったらこれ着といて。悪いけど下着は我慢してくれ。服と一緒に買いに行くから」
と、振り向けば俺の後ろで女物の服を物色する
「テテティとレテティのは……んー、サイズが合いそうな服がこの家無いんだよねぇ」
ユエのじゃ少し小さいし。エンディミラは上背がそこそこあり、ティオの服ならちょうど良さそうだった。だがテテティとレテティは身長が150センチ程。だが背の割にスタイルそのものは悪くない……と言うか発育はかなり良さそうなのが服の上からでも分かる。そうなるとこの家にはちょうどいなさそうなサイズ感なのだ。レミアのはちょっと雰囲気が大人過ぎて流石に浮きそうだ。
「まぁいいや。取り敢えず一緒に買おう」
と、俺はエンディミラにティオの服を押し付けて漁ったクローゼットを適当に戻してティオの部屋を後にする。そして食器棚からコップを取って水道のレバーを跳ね上げて水を注ぐ。そして相変わらず俺の後ろをトコトコと着いてきたエンディミラに「飲む?」とコップをかざせば
「マスターは、私に水を分けてくれるのですか?」
と、何やら少し感動した声色でそんなことを聞いてくる。
「え?うん。乾燥してたし喉乾いたかなぁと」
「水とは幾つにも分かれてまた幾つでも1つになるもの。水を分けるとはエルフにとっては大切な交わりを祝福することなのです。友、師弟、男女、主と奴隷……運命の出会いや別れに際してする神聖な行いです」
へぇ、そんな文化があるのね。まぁ人間も盃を分けるとか言うし、似たようなもんか。
「そうけ。まぁ喉乾いたなら飲みなよ」
と、よく分からんが取り敢えず飲みたそうなのでコップを渡してやればエンディミラは少しだけ飲んで俺に渡してくる。
「ではマスターも」
あ、これ俺も飲めってこと?まぁいいか。俺も何か飲みたいし。て言うか、視線が重い。なんか愛し合う者同士で結婚式でもするんかよってくらいに俺のこと見てくるんだけど。……そういやさっき運命の出会いがどうのとか言ってたな。これ……俺選択間違えたかもなぁ。
と、一応は気を遣ってエンディミラが口を付けていない方の縁に口を付けてコップの中の水を飲み干した。そしてそのコップをそのままシンクに置いておく。エンディミラはそれだけでホッとしたような顔をしている。どうにもこの水を分けるって行為はエンディミラ的には結構重要なことらしいな。
「まだ貯まってないけど……俺ぁ先風呂入ってるな」
「はい、どうぞ」
取り敢えず汗を流したかった俺はまだ満タンには貯まりきっていないお風呂へと入る。湯気の立ち上る湯船に貯まっていたお湯は7割ほどで、この程度ならと俺は桶でお湯を掬って頭から被る。
「あぁ……」
何か知らんが……いや、だいたいエンディミラのせいでやたらと疲れた。肉体的にはそんなでもないハズなのに精神的に来たな……。今までにない疲れ方だ。
俺がシャンプーで頭をワシャワシャと洗っていると浴室に電子音声で風呂が炊き終わったという連絡が鳴る。その音を右から左に流しながらシャンプーも洗い落とし、身体も洗ってから俺は湯船に浸かる。
1人でこうやってゆっくり湯船に浸かるのは久し振りな気がするな。最近はずっと誰かと風呂に入ってたし。アメリカには湯船が無いからシャワーだったけど、それもミュウと入ったから1人ではなかったな。
うだぁ……と、20分程だろうか、ダラダラと湯船に浸かっているとふと自分の意識が飛んでいたことに気付いた。確か、お風呂で寝るのって睡眠じゃなくて気絶とか失神とか何だっけか。……もう上がるか。エンディミラ達も暇だろうし。
と、俺は湯船から立ち上がり浴室を出る。バスタオルで身体の水分を拭き取り、傍に置いてある下着を身に付けて脱衣所を出た。あぁ、自分の服持ってくんの忘れてたな。
俺は自分の部屋に戻るとタンスにに残っていたジーパンとタンクトップ、パーカーを引っ張り出してそれを着ていく。
そしてリビングに戻るとそこにはソファーに腰掛けて所在なさげにしているエンディミラとその両脇でちょこんと座っているテテティとレテティがいた。どうやら大人しくしていたらしい。テレビくらい付けててもいいのにと思ったけどもしかしたらテレビの存在も知らんのかも……いや、ホテルにあったから今はただ単に遠慮してるだけか。
「風呂、入ってきていいぞ」
「え、あ、はい」
と、自分が風呂に入っていいと言われたのが不思議だったのかエンディミラが珍しく慌てたような声を出した。
「あ、シャンプーとか分かる?」
「えぇ、大丈夫です。そのくらいは」
「そうけ」
流石にそれくらいは分かるか。アイツらがどのくらいこっちの文化を把握しているのかよく分からんな。貨幣経済は、Nにいたんならもしかしたら学ぶ機会は無かったかもだけど。アイツらは船で生活してんのかどっかに拠点があるのかもよく知らねぇしな。いや、羅針盤を使えば分かるんだろうしその気になればモリアーティ教授とやらも今すぐ逮捕しようと思えばできるんだが……俺としてはある程度Nは泳がせておきたいしな。
と、俺は風呂の続きでウトウトしながらそんなことに頭を巡らせていたのだが……
「あの、マスター」
ふと、エンディミラが俺を呼ぶ。その声に俺がそちらを見れば、バスタオルで身体を覆うこともしていないエンディミラさんが扉から顔を覗かせていた。……なんで?
「んー?」
なんで何も身に纏ってねぇんだという突っ込みが喉までせり上がってきたがそれを無理矢理に飲み込んで俺はそちらから目線を逸らして返事を返す。て言うか顔赤くなってんぞ。そんなに恥ずかしいならせめてタオルくらい巻けよ。俺は
「その、シャンプーの数が多くて……」
「あぁ……」
そう言えばウチにはシャンプーがわりと沢山ある。女子連中がそれぞれ好きなように選んで買ってくるからだ。ユエとシア、レミアとミュウはそれぞれは同じやつ使ってるけど他はバラバラ。何ならジャンヌのもあるからウチにはシャンプーが5つもある。ちなみに俺はその中から適当に使ってる。さっきは誰のだったかな……?
「どれでもいいよ。俺もどれが誰のだったかよく覚えてねぇし。適当に使ってくれ」
「は、はぁ」
と、エンディミラは納得したんだかしてねぇんだか微妙な返事を返してそのまま風呂場に戻っていった。
「腹、減ったな……」
俺は自分の空きっ腹を擦りながら1人ゴチたのだった。
───────────────
エンディミラとテテティ、レテティが風呂から上がってドライヤーで濡れた髪の毛を乾かした時には時刻は既に夕方になろうとしていた。
段々と陽が沈むのが早くなってきていて季節を感じ始めた俺は空腹の腹に手を置きながらエンディミラ達を連れて再び外へと出た。
飯を食わないとそろそろ腹に反乱を起こされそうなのと、コイツらの服やら何やらを買いに行くのだ。
「そういや何か食いたいものある?」
俺としては今はもう腹を満たせれば何でも良い気分なのでエンディミラ達に希望を募る。
「いえ、私は……テテティとレテティも特に希望は無いそうです」
だが返ってきた答えは芳しいものではなかった。んー、どうするか。
「あぁ……じゃあ苦手なものは?取り敢えずそれは避けるようにするよ」
「苦手……そうですね。特に好き嫌いはありません」
んー、特に無しか。じゃあいいか。適当に目に付いた所に入ろう。
と、俺は取り敢えず腹を満たしたら服を買い揃える目標があるので駅の方まで向かう。すると途中にラーメン屋が見つかった。あぁ、ここでいいか。
「じゃ、あそこで」
「はい」
と、俺は近くにあったラーメン屋に入る。バイトの「へいらっしゃい」という挨拶を聞き流しながら俺は案内されたカウンター席に着く。エンディミラは俺の右隣に、テテティもレテティもエンディミラの横の椅子に腰を下ろした。
「お前らどうする?」
と聞くとどうやらエンディミラ達はラーメンというものを食したことがないみたいで、メニューを見ても首を傾げるばかりだった。
「あぁ、俺と同じのでいい?」
「そうですね。そうします」
と、エンディミラが頷けばテテティとレテティもうんうんと頷いている。
「じゃあ……醤油3つ。1つは大盛りで」
あいよー!なんていう大将の元気な声を聞き流して俺は目の前にに置かれたお冷に口を付けた。
エンディミラとテテティ、レテティは店内をキョロキョロと見渡している。まるで異世界にでもやって来たかのようだ。
「少なくともここは女性を逢瀬で連れてくる所ではなさそうですね」
「やかましいわ」
俺だってデートならもうちょいまともな所に連れてくわ。
「兄ちゃん今日はまた新しい綺麗どころ連れてんのになぁ」
その言葉にエンディミラが頬を染めて俯いている。まぁ確かにエンディミラはとんでもない美人だが……。
「俺、ここ来たの初めてっすよ?」
なんでこのおっちゃん俺達のこと知ってるんだろうか。この店に来たのは俺は初めてだ。ユエ達だってあんまりこういう店には入らないと思うんだけどな。
「アンタ、この辺りじゃ有名だよ。いつも違う美人取っかえ引っ変え連れてるってな」
あぁ……俺っていうよりリサやユエ達が目立ってたのか。まぁあんだけ可愛い子達がいたらそらそうもなるか。んー、武偵的には目立ちすぎるのも良くないよなぁ。どうするか。まぁまずはこのおっちゃんの誤解を解いておこう。
「取っかえ引っ変えじゃないっすよ。皆一緒に暮らしてますし。こっちはまぁ、俺達のこと知ってんなら何となく分かるでしょ?」
今でこそ武偵高の防弾制服は着ていないけど普段の俺達を見てるなら俺達が武偵だってことも知ってるはずだ。ならまあ、あくまでもエンディミラは
という俺の狙いにどうやらおっちゃんは上手くハマってくれたのかどうかは知らないが「なるほどねぇ」なんて言ってラーメンの方に集中を戻した。
そして少しすれば「へいお待ち」と、俺達の前に湯気の立っている器が置かれた。俺は割り箸をパキりと割って"頂きます"と拝んでから箸をつけた。
エンディミラもそれを見て箸をつけようとして……
「あの、マスター」
「んー?」
俺はラーメンを啜りながらエンディミラを見やる。すると、何やら不快なものでも見たかのような顔をしたエンディミラがそこにいた。
「マスターは屍肉も食べるのですか?」
「しに……何?」
「動物の肉です。これ……」
と、エンディミラが箸で指し示したのはラーメンのチャーシュー。エルフって
「ま、俺は食うよ。エンディミラが食えないなら俺が食ってやるからちょうだい」
と、俺はエンディミラの皿からチャーシューを2枚取って自分のラーメンの上に乗せた。流石に2人分も乗っければ俺のラーメンだけチャーシューだらけですよ。まぁ嫌いじゃないからいいけどね。最近は俺も肉食えるようになったし。
と、俺はチャーシューで麺が見えなくなりそうな自分の器を見下げていざ、と再び食事に戻る。ただエンディミラはラーメンの汁に使われてるカツオ出汁の匂いも気に入らなかったらしく「これは食べられません」と俺に皿ごと差し出してきた。
テテティとレテティは特に好き嫌いはないっぽいく、ハフハフと熱いラーメンに息を吹きかけながら不器用ではあるけれどしっかりと食べていた。
「あぁ……すんません、替玉ください」
なので俺はエンディミラ用に替玉だけ頼んだ。んで、エンディミラが俺に渡してきた2杯目は自分で食べることにする。まぁ腹減ってるしこれくらいなら食べられるでしょ。
と、存外よく食べるエンディミラは替玉だけおかわりをしてラーメンの麺だけを食っていた。あとラーメンの麺だけでも結構美味しかったらしくてニコニコ笑顔で麺だけ食っていた。んー、普段クール系美人のこういう顔は中々ギャップでクるものがあるな……。
───────────────
ラーメン屋の店主には微妙な顔をされつつも腹を満たした俺達は店を後にし、駅前のデパートにやってきていた。
「取り敢えずこの店で適当に服見繕ってもらえ」
「いいのですか?」
「んー?金は俺が払うからいいよ。取り敢えず1着とは言わずに何着か買っとけ。買うもん決まったら呼んでくれ」
ネモの方の都合がいつ着くか分からんからな。取り敢えず数日分あれば後は洗って着回せるだろうし。
「はい、ありがとうございます、マスター。行きますよ、テテティ、レテティ」
と、エンディミラは俺に随分と綺麗なお辞儀をして、テテティとレテティも何となく頭を下げてからエンディミラについて行った。俺は店の前に置かれたシートに腰を下ろして3人が店員に勧められるがままに服を合わせられているのをただ眺めていた。エンディミラには外に出る前にシア達に渡してあるのと同じアーティファクトを渡してあるので長いエルフ耳が露見するのとはないからそこら辺は安心して見ていられるな。
すると、何やらエンディミラとショップの店員が俺の方をチラチラ見ながら話しているみたいだった。態々声を聞こうとも思ってないから耳に入れてなかったけど、どうしたんだ?
すると、店員が俺の方へと笑顔を見せながら歩いてくる。どうにも俺に用があるみたいだった。……今のところエンディミラもテテティとレテティも何も変なことはしていなかったと思うけどな。
「ぜひお連れ様にもお客様のお洋服を見ていただきたいのです」
と、どうやら俺がエンディミラの彼氏か何かだと思っているっぽい若い女の店員が俺を手招きで呼び出した。あぁ、だからエンディミラも顔赤くしてるのか。アイツあれで意外とその手の話題に弱いんだな。
「あぁ、いいっすよ」
と、暇ではあったし断るのもそれはそれで面倒臭そうだったので俺は特に断るでもなく店員の後ろに着いて試着室の方へと案内される。エンディミラと店員はそれぞれ結構な数の洋服を抱えていて、これは長くなるかもなぁという嫌な予感が俺の中に鳴り響いていた。
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「どうです?」
と、試着室からエンディミラが出てくると店員の方が俺に意見を求める。
「似合ってると思いますよ」
俺も心にもない……なんてことはなくちゃんと心から思っていた言葉を出してやる。て言うか、エンディミラは背が高くてスタイルが良いから多分何着ても似合う。エンディミラはエンディミラで俺に素直に褒められるのが気恥しいのか照れてるし、その姿がまた普通にしている時のクール系美人の雰囲気とのギャップがあってより可愛らしく思える。どうせ全部似合うんだしいちいち意見求められんのも面倒だな……。さてさて
「エンディミラ、この中であんまり好みじゃない服あった?」
「いえ、そのようなものは……」
「ん、じゃあ取り敢えず試着だけしてみてサイズ合わなさそうなの以外は全部買おう。まだテテティとレテティの服も見てやらなきゃだから、ちょっと待っててくれ」
さっき財布の中身見たら多分3人分の服をまとめて買ってやれる現金がない。この店はそんなに高い店じゃなくて学生も結構利用しているので、単に手持ちの問題ではあるのだ。なのでエンディミラが店員の着せ替え人形になっている間にATMで現金を降ろしてこようと思う。
ショップの店員は俺の意図が分かっているようで「凄いなこの男……」みたいな顔をしつつも不思議な顔はせずに俺を送り出した。
んで、俺がATMでそれなりの額の現金を降ろしてからショップに戻ればエンディミラと、テテティ、レテティはそれぞれ数日分は着回せそうな量の洋服を抱えていた。
「そんだけあれば暫く大丈夫だろ」
「ありがとうございます、マスター。私達のために着るものまでこんなにも用意していただいて」
と、俺が会計を済ませ、3つ程の紙袋を抱えて店を出るとエンディミラがそんなことを言ってきた。
「言ったろ、ちゃんと扱うって。後は下着か……。こっちは俺が店に入ると変な顔されるからなぁ……お金だけ渡しとくから買ってきてくれ」
と、俺はエンディミラに3人分として3万円程の現金を渡した。俺も女性用下着の相場なんてそこまで詳しくないけどこれだけあれば3人でも何着かは買えるだろうと、俺はまた店の前……からは少し外れた所にあるシートに腰掛けて3人を送り出した。女性用の下着ショップの目の前に男が座ってんのはあまり宜しい光景とは言えないからな。
「マスター、色の好みはありますか?」
「ねぇし見ねぇから好きに買ってこい」
質問の意図は分かるがそれに応える気は更々無いので「ほら、行った行った」とエンディミラ達を追いやる。アナタとアナタがその時着ている下着を見る事態になったら後で俺が大変な目に遭うでしょうが。