金星の女神が全力全霊をかけて放った明星の輝きでは足りなかった。
太陽の女神が我が身を省みずに灯した陽光でも足りなかった。
女神であることを放棄した優しき少女の明日を求めた眼光でも足りなかった。
誰かの想いを抱いた兵器が神と人を繋ぎ止めた光の楔でも足りなかった。
人類最古の英雄王が現代まで紡ぐ道標とした閃光でも足りなかった。
いったい何が必要だったんだろうか。
数日前までは活気に満ち溢れていた街も生命を侵す泥によって地獄と化していた。悪夢ではないとわかっていながらも何度も、何度も見渡すが何一つ戻らない。そして多くの犠牲を出して今更気づく……人ごときが叶う相手ではなかった、たったそれだけだった。いつも傍で励ましてくれた彼女はもういない。目の前に散らばる盾であったモノを見た瞬間、急激な吐き気に襲われる。
もう…終わらせてくれ──
遅かれ早かれ死ぬのなら早くこの苦しみから解放されたい。行動するための原動力としては十分な理由であった。いや、あの時の惨劇を思い出したくなかっただけなのかもしれない。託されてきた想いに潰されそうになりながらも一歩ずつ確実に死へと近づく。
何が必要だったのだろうか。
あるはずがない答えを模索してしまう自分に嫌悪を抱くが、生きてるが故に思考は放棄することができないのも事実だった。だからこそ、あの時に花の魔術師は消える寸前に言った言葉を頭の中で反芻する。
『全て足りていた、むしろ足りすぎていたんだよ。この時代は神と人とが袂を別つ時代なんだからさ』と。
その時は理解できていなかったが、今ならその意味が理解できる。
僕たちは神に人の力を示しきれなかった。ティアマトの足止めはほぼ全てが女神による命懸けの攻撃だった。エンキドゥも元は神に作られし兵器。明らかに人類は神に対して力を、袂を別つほどの力を示すことができなかっただけなのだ。ギルガメッシュ王やウルクの人々だけでは足りなかった……。
仮に牛若や弁慶のような人類史の英霊。彼らのような人間の可能性を示してくれる者たちがまだ存在していたら……きっと、別の運命を辿っていたかもしれない。
こぼれ落ちた理想を抱えながら、覚めることがない永遠の眠りについた。
☆
「先輩!!」
二度と聞くことがないはずの彼女の声が聞こえる。死際の走馬灯だというのなら酷く悪趣味だ。たとえそれが幻聴であろうと彼女の姿を見れる希望があるのなら騙される価値はある。
うっすらと目を開けると見慣れた彼女の顔があった。鉛のように重い腕を動かし彼女の頬をなぞるように触れる。指先から熱が伝わり、凍った体を溶かすかのように全身が軽くなる。
「マシュ……なのか?」
その声は幻聴ではなく、その肉体は幻覚でもなかった。
「はい!後輩のマシュ・キリエライトです。無事にレイシフト完了しました」
マシュの肩を借りながらゆっくりと立ち上がる。あの泥に侵食された大地は何事もなかっかのように緑が生茂る美しいままだった。それに少し先には果物や狩猟した獣を運ぶ者が多くいる。仮にレイシフト直後に時間が巻き戻ったと馬鹿げた可能性を探るが、その時には魔獣たちによって支配されつつあり、今のように護衛もなく物資を運ぶのは自殺行為である。
「僕たちは何年の何月のバビロニアにレイシフトしたのかな」
「えっ〜とXX年の暦付きとして考えるとXX月ごろですね」
僕たちが本来レイシフトするばすの何ヶ月も前にレイシフトしている。誰かの仕業なのか、だとしたら何が目的なのか。魔獣の進行が激化する以前だからこそやれることがあるはず。あの結末に足りなかったモノを全て手に入れるためにも、もう一度、地獄へ足を踏み入れよう。
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