沖縄本島南部全域を奪還してから3週間が経った。
この3週間は中部、北部への攻勢を行う上で読谷飛行場奪還作戦時に消費してほぼ底を着きかけた砲弾薬、食料、水、医薬品、燃料などのありとあらゆる物資を前線部隊の将兵一人ひとりに行き渡らせ、更には備蓄に務めていた。
輸送船団は、沖縄に向けて2日間航行し、そして3日間の荷下ろし作業の後、再び2日間駆けて瀬戸内海の各地の港湾施設に戻る。1週間に一度沖縄へやってくるのだ。
輸送船団は輸送船32隻から構成され、そこに鳳翔以下、3個水雷戦隊が交代で常に2個水雷戦隊が護衛艦隊として就いていた。
当初、輸送船団は40隻存在したのだが、敵は流石に座して見ている訳では無く、潜水艦による通商破壊に乗り出してきたのだ。
その潜水艦によって輸送船5隻が沈められ、3隻が大破する事態に陥った。
当然、こちらも黙っている訳も無く、俺は鳳翔達護衛艦隊に潜水艦狩りを命令。
結果として7隻の敵潜水艦を撃沈、ないしは撃破したが、そこから計算された敵潜水艦の数は、最低でも2個潜水艦隊と言うかなり絶望的な状況だった。
勿論、幾つかの手は打った。
まず手始めに護衛艦隊を2個水雷戦隊ずつのローテーションにするのではなく3個水雷戦隊を全て張り付けた。
燃料の都合上、あまり好ましくないのだがそれで輸送船団に被害が広がってはここまでやってきた意味が無くなってしまう。
追い詰められている我々だが出し渋っている訳にはいかない。
この報告を受けて市木大将以下俺の上官5人は当然直ぐに許可を出してくれた。
お陰で敵潜水艦による被害は無くなりなんとか今までやって来れている。
読谷飛行場攻略の際に問題になった補給の諸々の事情も敵潜水艦による通商破壊によって撃沈や大破させられた輸送船があったこともこちらの首を絞めている。
これ以上やられては本当に戦線維持が困難になってしまう。
まぁ護衛艦隊に鳳翔が居なければもっと被害も多くなっていただろう。
さて、3週間の備蓄期間によって多少は余裕が出来ている。
だがそれでもまだ十分とは言い難く最低あと一回の輸送船団からの物資を備蓄しなければならない。
現時点で4か月以上も沖縄奪還に動いているのだが未だに南部のみの奪還に留まっているとは……
本来の予定ならば3か月程で完了する予定だったのだがまさかここまで長引くとは。最悪、あと2か月以上ここに縛り付けられる事を想定しておかなければならない。
物資備蓄が終わり、中部への攻勢が開始された。
第17歩兵師団と第76歩兵師団を最前線に配置し、その後方に第4砲兵師団を配置。
後詰に第23歩兵師団と第59歩兵師団を置いた。
だがこの2個師団は師団とは言っているが実際の戦力はそれぞれ3個連隊ほどしか有していない。
なのでこの2個師団はどちらかと言えば要請に従って部隊を派遣すると言った方が正しい。
中部攻勢は、先ず石川岳、恩納岳の攻略を目指して前進を開始。
この時、宮城島と伊計島の攻略も同時に行うために第23歩兵師団と第59歩兵師団は旧うるま市の飛び出ている半島方面へ前進。
だが読谷飛行場での戦闘で敵もかなり消耗していたのか1個連隊程の規模が守っていただけに過ぎず、宮城島と伊計島の両島も精々1個中隊程度が守備に就いていただけだった。
しかも弾薬等も大幅に消費していたのか散発的な抵抗に終わり、3日程度で制圧完了。即座に後詰としての配置に戻った。
石川岳、恩納岳の攻略はそれぞれ1週間程掛かった。
そこを制圧して各師団は艦砲射撃や爆撃の支援の下、さらに前進。各地で散発的な抵抗があったものの、特にこれと言った被害を出す訳でも無く名護岳の攻略に取り掛かった。この辺りは元々熱帯雨林だったのだが艦砲射撃や爆撃によって木々は薙ぎ倒され、焼き払われていた。
名護岳の攻略は5日で終了。
それに伴い名護市全域を奪還して終了後、第23歩兵師団と第59歩兵師団は本部町方面、分かりやすく言うならば旧美ら海水族館がある方向に向かって前進を開始。
こちらは2週間程、掛かったが損耗は1個連隊程で収まり今までに比べると恐ろしく順調に進み始めた。
やはり敵は嘉手納、読谷の両飛行場の防衛に戦力の殆どを割いたのか抵抗らしい抵抗を受ける事が珍しかった。
中部全域の奪還は1か月程で完了。
残敵掃討も問題無く終わり、再び3週間の物資備蓄と北部攻略準備の為に時間を割いた。
その間に嘉手納、読谷両飛行場へ航空隊を進出させた。
陸軍の4個飛行戦隊144機の疾風を2個飛行戦隊づつそれぞれの飛行場に配置。
続けて海軍の一式陸攻装備の3個航空隊計108機が嘉手納飛行場に2個、読谷飛行場へ1個航空隊が進出した。
これで沖縄本島のみであれば600機近い航空機を配備することが出来た。
大規模輸送作戦で運んできた航空機生産物資がここに来て大きく活用され始めた。
関東や東海地方への爆撃が激化している状況で、山陽山陰四国は爆撃の脅威には晒されておらず、生産拠点を少しずつだがこちらへ移している。
九州へは移管をしていない。
と言うのも九州にある海軍九州航空廠が本土防空用の高高度迎撃戦闘機を開発しており、既存の主力機である烈風や流星、疾風の生産にまで手を回す余裕が無いからだ。
ここ最近の深海棲艦の爆撃機は今までであれば5000m程度の高度で来襲してきていたのだが、それがどういう訳か7000m、8000m以上の高度で来襲することが多くなって来たのだ。
正直に言ってしまえば我々が使用している紫電改や疾風は高高度性能が深海棲艦の戦闘機や爆撃機と比べると格段に劣る。
そんなのだから高高度で飛来する爆撃機を迎撃することが難しくなってきているのだ。
最近では陸軍の飛燕の方が高高度性能が高いと言う事が分かり生産を打ち切っていた所を反転させて生産に乗り出したのだ。
だがそれでも敵爆撃機の高度にまで上がる頃には息も絶え絶え、と言った感じでフラフラと飛ぶことしかできず、一撃しか加えられないのだから迎撃とは言っているが毎回毎回撃墜出来る敵爆撃機はたったの数機程度。
寧ろ我々の方が迎撃戦闘機の被害が大きくここ最近では迎撃は鳴りを潜めてしまっている。確かに迎撃をしても戦力を擦り減らすだけしかできないのだから迎撃をしないと言う手も有りだろう。
だが流石にそう言う訳にはいかず毎回十数機程度が迎撃に出てはいるが、結果は酷いものだ。
そこで激化し始めてから2カ月ほどたった頃に高高度迎撃用戦闘機の開発を市木大将は海軍航空廠に命令。その任を与えられたのが他でもない海軍九州航空廠だった。
現在略符号J7W1を与えられた戦闘機が開発中である。
途中、設計等で行き詰った事もあったが合同艦隊の救出で得られた技術妖精や技術を取り入れたり助言を貰ったりと大幅に前進。
機密事項であるためにこれを知っているのは俺を含めた海軍上層部と陛下だけだ。
報告では試作機が完成し飛行、問題点の洗い出しと修正中。早ければ年内にも量産段階に扱ぎ付けられるとのことだ。
最高速度は750km/h、武装も30mm機関銃を4門装備すると言う完全に対爆撃機戦闘を主眼に置いた機体となる。
残念ながらこの機体は空母での運用は出来ない。と言うのも離陸と着陸をするための距離が艦載機よりもずっと長く空母で運用したならばどうやっても海ポチャ待った無しなのだ。
しかも艦載機用に改造を施すとなれば重量増加などが起こり、最高速度などは低下するであろう。
一応、新規開発中のカタパルトと着艦制動装置が完成すれば運用は可能らしいが少なくとも現段階で、空母で運用することは出来ないと断言出来る。
更にはジェット戦闘機化も視野に入れているらしくそちらの開発も同時並行で行われている。ここでも合同艦隊が持って来たジェットエンジンの技術情報が生きてきているのだ。
あの時は合同艦隊の救出のために艦隊派遣を渋りながらも派遣したが今考えれば派遣してよかったと思う。
でなければ今頃手詰まりになってしまって一切の進捗は無かっただろう。
それはさておき。
遂に北部攻略が始まった。
中部奪還と同じように各師団を配置、そして進んでいく予定だ。
1週間程経った頃に津波山を奪還。
続けて与那覇岳の攻略に取り掛かったのだがここで完全に油断をしていた我々は大損害を食らう事になる。
と言うのも敵がこの与那覇岳周辺に丸々1個師団と1個旅団を配備して守りを固めていたのだ。
事前の偵察では巧妙に木々に隠され、更に熱帯雨林の木々が発見することを許さなかったのだ。準備砲撃として艦砲射撃や爆撃、砲兵師団による準備砲撃を行ったが地下に隠された防御陣地は殆ど破壊されていなかった。
当然、そんな事を知らない陸海軍は今まで通り精々1週間程度で奪還が成功するだろうと足を進めたら斜面のあちこちから十字砲火を食らい、反射面陣地を構築した深海棲艦はそこから迫撃砲や重砲を撃ち込んで来て更に被害は拡大。
一番前を進んでいた2個連隊は瞬く間に全戦力の5割を喪失。
一度全部隊を津波山のほうまで後退させるに至った。
反射面陣地について少しばかり説明をしよう。
これは、丘や山などの敵が来るだろう、もしくは敵が進出してきている方向とは真逆の斜面に砲陣地を構築してそこから反対側の斜面へ向かって射撃を実行するための陣地だ。当然反対側だけでは無くそのままの方向ままのへも砲撃は実施出来る。
利点としては反対側を狙う時に限れば敵からの直接的な攻勢を受けなくて済む。
欠点としては直接照準射撃が出来なくなる。まぁ反対側の斜面に観測班を置いてそこからの間接照準射撃を行えば済むだけの話だが命中精度は下がる。
まぁ極論を言ってしまえば敵の真っただ中に砲弾を落とせばいいだけなので味方へ撃ち込まなければいいだけの話だ。
さて、この反射面陣地がとんでもなく厄介だったのだ。
と言うのも確かに存在することは確認されているのに航空機での偵察を行う時には地下へ隠されてしまい正確な位置を把握して見つけられないのだ。
となると艦砲射撃や爆撃で破壊することが出来ないと言う事に他ならない。
そこでこれをどうやって対処するかと聞かれると反射面陣地まで前線を押し上げて直接歩兵が潰すしかない。
こちらは敵の反射面陣地側に観測班を置けないので当然砲撃では狙えない。
しかも砲兵師団が装備する榴弾砲では弾道特性上、どうやっても反射面陣地を狙えないのだ。
迫撃砲ならば撃ち込むことだけならば出来るが先程も言った通りこちらは観測班を置けないので撃ち狙うことが出来ないのでこれも意味をなさない。
そうなるとお手上げとなるのだ。
しかも陸軍の各師団は損耗が激しくごり押す事も出来ないので何かしらの解決策が必要になってくるのだ。
反射面陣地の攻略法が思い浮かばないまま1週間が過ぎた。
後方地域への海軍陸戦隊の強襲上陸も考えられたが敵も想定しているだろうし反射面陣地から直接照準射撃を行われて寧ろ被害が拡大すると予想される事から断念。
結果的に採用されたのは艦隊による反射面陣地へ向けて制圧射撃を行っている間に陸軍が前進するという、かなりゴリ押しに近い作戦になった。
しかも艦隊の戦艦、重巡を反射面陣地への砲撃に全て引き抜くから、陸軍が直接的に相手をすることになる敵陣地へは航空機の爆撃のみを頼りとする。
一応、軽巡や駆逐艦がそちらの砲撃を担当する事になってはいるがどれだけの効果を発揮出来るか分からない。
そして更に1週間に渡る準備砲爆撃と反射面陣地への制圧射撃と共に開始された与那覇岳攻略作戦は、1か月近い激戦の末に一応の成功を収めた。
作戦中、読谷飛行場での戦い以上に戦場は酷かった。
先発して攻撃を開始した2個連隊は反射面陣地からの砲撃が制圧射撃によって散発的だったとは言っても敵部隊の抵抗は凄まじく、与那覇岳を半包囲していた部隊が食い破られ逆に包囲されてしまう事もあった。
更にはあちらこちらから十字砲火を食らって先発した2個連隊は瞬く間に壊滅。
大慌てで救援に派遣された各部隊も押し込まれ気味になりながらも支援爆撃のお陰でどうにかして山頂までを奪還、そこで攻勢を止める事は出来ずにそのまま反射面陣地を下った。
そして制圧完了。漸く奪還が成った。
しかしながら陸軍はこの作戦で第17歩兵師団と第59歩兵師団が全戦力の内の9割以上を喪失。
生き残ったのはたったの1個中隊程度。
更に残りの2個師団も大打撃を被り残存戦力は全て搔き集めて5個連隊程しか存在しなかった。
しかも備蓄した物資の殆どを使い切り、あちこちで食料弾薬が足りないと言う事象が発生。
弾薬が足りず戦闘継続困難になる連隊も出てしまい大騒ぎどころではなくなった。
最前線に配置された2個連隊へ後方へ配置された3個連隊の弾薬を搔き集めて送り込みどうにか戦線崩壊は防ぐことが出来た。
食料に関しては緊急措置として海軍艦艇や飛行場から全てとは行かずとも集めて前線に送り込むという事すらやった。
俺も3日間に渡り1日の食事が1食だけになった。
実際に前線で戦う部隊に出来るだけ物資を送らねばならない。
艦橋で座って指示を出しているだけの俺の飯なんぞ1日ぐらい抜いても問題は無い。
と言ったら隼鷹に殴られた。お陰で頭に大きなたん瘤が出来てしまったが、俺にも非があるのだから咎める事は出来ない。
一式陸攻による物資の空中投下だったりともうありとあらゆる手を尽くして前線を維持。
そして奪還完了1週間後に漸く輸送船団が到着。前線へ食料弾薬医薬品を揚陸と同時にピストン輸送を行った。
お陰で5個連隊はしっかりと補給を受けることが出来、艦隊へも物資の補給が行われた。
そして宮古島の攻略準備に取り掛かっていた海軍陸戦隊は作戦を中止、急遽沖縄本島へ回される事になった。
次の輸送船団を待ってそれら全ての連隊を動員して残った北部地域の攻略を開始。
戦力が少ないので慎重に進まざるを得ず、時間は掛かったが奪還完了。
敵は与那覇岳を最終決戦と定めていたのか残った地域には大した数の敵は存在しておらず10日程度で制圧が完了。
これで漸く沖縄本島全域の奪還が完了した。
5個歩兵師団10万人中、残存したのは5個連隊9000人までに減少しその殆どを喪失。
機甲師団は全戦車を失って消滅。
砲兵師団は144門中21門を喪失するに留まった。
その後、与那国島に至るまでを奪還する予定であったが作戦を変更。
宮古島を含む以南の島は今回の奪還は見送る事になった。
結果的に沖縄本島以北の島々の奪還を行い、奄美大島や喜界島を海軍陸戦隊を追加で派遣し奪還。
これらの島は守備隊の数自体が少なく航空機が多いと言う感じであったた大して手間取らずに奪還をすることが出来た。
そして沖縄本島に陸軍の残存戦力全てを、そして残りの島々には陸戦隊が守備を担当。
後日、補充の人員がそれぞれ送り込まれる事となった。
「漸く奪還作戦が終了、か。長かったな……」
「半年だもんね、そりゃ長いさ」
隼鷹と話ながら参謀長に今後の予定を聞く。
「まずは本土に戻って艦隊と航空隊の再建を行わなければなりません。と言っても艦隊の方は飛龍、蒼龍共に修理は完了しておりますのでそれ以外の損傷艦の修理と航空隊の再建に留まるでしょう。ただ、最低半年は再建に掛かりますので次の作戦行動を取るとなるとそれの準備も含めて今後1年はまともに艦隊、特に空母を動かせません」
「やはりか……大鳳と阿蘇、合同艦隊の修理は?」
「こちらもあと1か月程で全艦の修理が完了します。グラーフ・ツェッペリン、アークロイヤルの2隻は烈風を運用するために着艦制動装置を換装しておりますが空母に関しては既に航空隊の錬成と艦の運用に必要な人材の訓練が開始されております。早ければ大鳳と阿蘇は3か月もあれば実戦配備が可能です」
「やはり、合同艦隊の方は訓練に手間取っているか」
「はい。乗組員の殆どが我が海軍が提供しておりますが慣れない外国の機材故に手間取っているようです。ですが半年以内には実戦配備は可能との事です」
南西諸島奪還作戦が開始したのは3月。
そして今は9月だから来年の3月までには4隻の実戦配備が可能と言う事になる。まぁその時期にもなれば全空母が実戦で使えるまでに航空隊の再建は進んでいるだろう。
なんならもう何隻か空母を修理完了出来るかもしれない。
戦艦は流石にどうしようも無いが空母とその随伴艦隊分までは何とかなる。
「はぁ……これだけの期間ともなれば報告書の作成が地獄だな」
「ま、そん時はアタシも手伝ってやっからさ。そう気を落としなさんな」
今後の予定やら報告書に始末書を考えると俺に休みは無いらしい。
当然と言えば当然だしなんならこの世界に来てから休日があった記憶が無い。
休日も返上して仕事に充てていたから仕方が無いのだがそうでもしないと本当に終わらない量の仕事なのだ。
それもしょうがない。
艦隊の指揮をしているのが俺だけなのだから当然仕事を分担できない。
だから全部の仕事を俺がこなさなければならないのだ。
市木大将達も毎日毎日徹夜をしたりと究極的に忙しい。
どうしようもないとはいえ、如何ともしがたい。
取り敢えず、全域ではないとは言え南西諸島の奪還が言え成功したことを今は素直に喜ぼう。
仕事の事は帰ってからだ。