2か月後。
漸く南方方面攻略作戦の実施日2日前を迎えた。
既に全ての準備は終わり、あとは出撃するだけとなった。
さて、俺はと言うと最後の種類仕事に勤しんでいた。
こんな大作戦の前だと言うのに書類仕事は尽きる事は無い。
各地の部隊の行動に支障を来たさない様に俺が今出来る事をやらねばならない。
もう幾つ目の書類の束を片付けただろうか?
次の束に手を掛けたその時執務室のドアが叩かれる。
相変わらずプレハブ執務室で、なんなら他の場所よりも居心地がずっと良い。まぁ、自室が2階にあると言う事も関係しているんだろうが。
執務机も皆が作ってくれたものをそのまま使い続けているし、駆逐艦の艦娘達、特に小さい子達が訓練の合間を縫って花瓶に挿す花を取って来てくれる。
だから机の上には季節ごとに様々な花が挿されている。
「提督、隼鷹でーす。入っていいかい?」
ドアを叩いたのは隼鷹だった。
「入れ。……なんだお前達、そんな勢揃いして。どうした、何か緊急の要件か?」
顔を上げて見ると、そこには隼鷹だけでなく那智、飛龍と蒼龍の姿もあった。
4人が揃ってここに来るなんてどうかしたのか?
「いやいや、こんな時までお仕事を頑張っている提督にちょっとばかし息抜きを、と思ってねー」
そう言って隼鷹が取り出したのは日本酒の酒瓶だった。
……まさかここで飲む気じゃなかろうな?
「そうだぞ、仕事熱心なのは良い事だが提督は働き過ぎだ」
「だがな、また何カ月も帰って来れないかもしれないんだ、出来るだけ減らしておかないと……」
「それで、私達や妖精達には半休を出して自分はお仕事って?提督、この前私達が言った事忘れちゃった?」
「い、いや忘れたわけでは無いがな?」
皆にそう詰め寄られて俺はどうするかとしどろもどろになりながら答える。
く、原田大佐が居てくれれば味方して貰えそうだったんだが……いや、彼も休めと言ってくる側だった。
「いいじゃないか、少しばかり私達に付き合ってくれ」
那智にそう言われて、多分俺が頷くまで皆は引き下がらないと言う事を悟った。
「はぁ……分かった。1時間だけだぞ……。流石に執務室で飲むわけには行かないから俺の自室で構わないな?」
「あぁ、それで構わない」
「書類を片付けるから少しだけ待っていてくれ」
しょうがない。
こうなっては取り敢えず彼女達に一度、付き合えば満足してくれるだろう。
走すれば仕事に戻れるだろう。
自室に戻って一応、汚さない様に制服の上衣を脱いでハンガーにかける。
「適当に座ってくれ。今コップを出すから」
そう言って人数分のコップを取り出して渡していくと、隼鷹が言った。
「そんじゃまぁ、提督、あの時の約束の日本酒出してくれよ!」
「な、お前覚えていたのか」
「当ったり前じゃん!ほらほら、早く出しなって」
「分かった分かった、落ち着け。全く……」
隼鷹め、覚えていたのか全く……
一応、これ市木大将達に貰った物なんだがなぁ……
まぁ、いつ飲めるか分からなかったから良いか。
4本ある日本酒を持って行く。
これだけあれば流石に全部飲ませれば潰れてくれるか?
そうすれば仕事に戻れる。
「おっほー!いいやつ揃ってんねー!!」
「わかったから少し静かにしろ、全く。好きに飲んでくれ」
「何を言っているんだ?提督、ここに座れ」
「ん?何故真ん中なんだ。別に端でも構わないだろう」
「いや、そう言って逃げられては敵わないからな、一応休息と言う意味も含めているんだ」
「いやそう言ってもな、仕事が残っているから……」
「だぁぁぁ!!はっきり言わせてもらうけど提督、アンタ本当に働きすぎなんだって!休暇返上で提督もう1カ月半も働き詰めじゃんか!一応言っとくけどアタシ達夜中にこっそり起きて仕事やってんの知ってんだからね!?」
「なっ!?何故ばれた!?」
「提督、執務机の電気を付けてたら流石に誰だって分かるよ」
「ばれない様にしていたんだが……」
「そう言う訳で今日は提督に酒を飲んで眠って貰うぞ」
「いや、それだと……」
「提督、私達に手伝って、って言えば良いじゃん。なんで言わないの?」
「まぁ私達には訓練に集中して欲しいから、って言う理由なんだろうけどさ、前にも言ったけど提督が倒れちゃったらそれこそ本末転倒なんだよ?」
4人は口々に言う。
まぁ、確かにここ1カ月半は色々と大詰めだったから休日は返上していたし、バレない様に(いやばれていたが)夜中に起きて書類を片付けていた。
4人の目を見る限り、これは俺が折れなければ駄目そうだ。
「はぁ……分かった。今日は付き合おう」
「そう来なくっちゃ!そんじゃグラスに注いで乾杯と行こう!」
結局根負けした俺は4人に付き合うことにした。
隼鷹は何故そんなにテンションが高いのか不思議だがまぁいい。
その言葉を受けてそれぞれグラスに日本酒を注ぐ。
「「「「「乾杯」」」」」
そして全員でグラスを鳴らす。
正直、俺は今の今まで酒を飲んだことが無かった。
既に成人をこの世界で迎えてから既に何年も経っており25歳になっているが毎日毎日それどころでは無かったのでな、貰った日本酒も仕舞い込んだままだった。
仕事優先の生活になってしまっているので流石に自分でも不味いとはおもっているのだがどうもこの生活から抜け出せないでいる。
それから5人で飲み明かした。
隼鷹は確かに鳳翔が言っていた通り酒が入ると駄目人間になっていた。
酔っ払って俺に絡んで来て、まぁ色々と身の上話をして同情されてやたらと優しくなったり、今の今まで飲まず吸わずで生きてきたと言ったら真顔で怒られた。
結局、俺は初めての酒と言う事もあって早々に潰れてしまった。
と言うか隼鷹と那智、酒に強すぎる。
楽しかったと言えば楽しかった。
出来れば次は平和になってから他の皆も加えて飲んでみたいものだ。
翌朝、変わらず普段通りの時刻に起床し、俺の自室でだらしない恰好で眠っている4人を起こし朝食を済ませて早速仕事に取り掛かった。
明日の2100の出航に向けて最終準備段階だ。
止まっていた機関部に火を入れる。戦艦や空母、巨艦であればあるほどに機関部を暖めるのに時間が掛かる。
だから遅くとも12時間前には缶に火を入れておかなければならない。
戦艦組と空母組は既にその作業を開始して暖め始めている。
出航前に最後に、妖精達には半舷上陸、と言っても数時間だけだが。
これを許可したのは、今回の作戦で多数の妖精達が戦死するだろうからだ。
余り言いたくはないが最後になるかもしれない、と言う事で昨日、各人5時間ずつ上陸を許している。
そして、艦隊が出航する時刻、2100になった。
俺が座上するのは飛龍。
「提督、出航時刻です」
「あぁ」
飛龍の艦橋で、この作戦一番最初の命令を出した。
「艦隊、抜錨。これより南方方面攻略作戦を開始する」
その指示が各艦に伝達されると、錨を巻き上げていく。
そして暖まっている機関を動かし始める。
艦隊は豊後水道に向けて微速前進。
前路哨戒として第3航空戦隊が前進。それに続いて第1、第2航空戦隊が続く。
豊後水道を抜けて、宮崎県都井岬沖30kmで前路哨戒に出ていた第3航空戦隊と合流。
種子島沖に差し掛かった時に上陸部隊輸送船団と護衛艦隊が出航。
上陸部隊輸送船団と護衛艦隊は第1機動艦隊の後方110海里(約200km)を進む。
どちらの艦隊も無電封止中であり、緊急事態でなければそれが破られる事は無い。
第1、第2潜水艦隊は既に20日前に出航して南方方面海域に進出、敵艦隊の動向を探ると共に機会があれば敵艦隊を雷撃するように言ってある。
南方方面まではだいたい15~20日程度で到着出来る。
だが敵艦隊の迎撃を受けるのは恐らく呉とシンガポールの凡そ中間地点か、それよりも少し手前のバシー海峡を超えた辺りかその手前だと思われる。
「提督、潜水艦隊からの暗号文です」
「なにかあったか」
『我伊168。敵艦隊リンガ泊地出航ノ兆シアリ。空母12隻他随伴艦多数。戦艦12ト軽母ヌ級3ノ存在確認出来ズ。注意サレタシ。2314』
喜界島を過ぎた辺りで潜水艦隊から報告の暗号文が送られてきた。
情報を掴んでいるのは我々だけでは無い様だ。当たり前と言えば当たり前なのだが……
「敵艦隊も我々の動向を察知してか動き出したようです。どうしますか?」
「いや、敵の空母は動向が掴めているから構わない。問題は戦艦12隻、ヌ級3隻とその随伴艦の動向が掴めていない事だ」
俺が今言ったように、確かに空母も十分に脅威であるがまだ動向が掴めているから問題は無い。いや、あるにはあるが俺が言いたい問題とは別の意味での問題だ。
数日前まで確認されていた敵戦艦が丸々何処かへ消えた、と言う事の方が問題なのだ。これがただ単に別の方面へ転用された、とかであるならば相手取らなければならないのは空母のみになるので寧ろ好都合だが、それ以外の意図で何処かに行ったと言うのであればそれは大問題だ。
「本土への直接砲撃ならばまだ良いほう。想定出来る中で一番最悪だと言えるのは上陸船団を伴い沖縄へ向かったか、或いは我々の輸送船団の撃滅を狙っているのか……」
「本土直接砲撃ならば、各地の航空隊が共同しての逆に敵艦隊の撃滅が狙えます。ですが戦艦12隻に軽空母3隻を伴う艦隊が沖縄へ来襲すれば……」
「結果は目に見えています。攻撃戦力の一式陸攻と二式大艇の数は十分ですが主力である陸軍の各飛行戦隊は洋上航法になれておらず、よしんば敵艦隊へ攻撃を仕掛けたとしても飛行場に戻れるかどうか……それに上陸船団の有無も重要です」
「我々の輸送船団を狙われる方がもっと問題だ。輸送船団の護衛には戦艦7隻しか就いていない。敵の1/2しか存在しておらず万が一砲撃戦にでもなれば負ける」
「航空戦力も負けていますし……」
「今の所、我々に動向を探る手段は無い。本土、沖縄、輸送船団に警戒するように送れ。奇襲を受けたらそれこそ洒落にならん」
「了解しました」
一応、そのように指示を出しておく。
ただ、何処に敵艦隊が来襲してもおかしくは無い。
一番可能性があるのは輸送船団への攻撃だが、我々が本土に居ない時を狙って沖縄を含む南西諸島を奪い返しに来るかもしれない。
だが、ここで立ち止まる訳には行かない。
日本の現状や、各種資源の備蓄量を考えればこのまま進むしかない。
最悪、輸送船団の戦艦を全て敵艦隊の足止めとして沈められようとも、だ。心苦しいが、そうしなければならない状況に近づいているのは確かだ。
すると、潜入させている陸軍部隊の内、カリマンタン島に潜入する班から通報が入った。
『敵艦隊、空母艦隊ヲ2分ス。針路ハ南シナ海ヲ進ム艦隊トパラワン島、カリマンタン島間ヲ通過スル艦隊ニ分カレル。0612』
どうやら敵艦隊は空母艦隊を2つに分けたらしい。
前者の動向は、恐らく南シナ海をそのままバシー海峡の方へ向かってくるだろうと思われる。
だが後者の動向は全く分からなくなる。
セレベス島方面へ出て、近海を航行してくれればそこにいる班が報告を上げてくる筈だが、流石に島の近海を航行しはしないだろう。
しかもどこに現れるのか全く分からなくなる。
と言うのも後者が進んだ方向にはスールー海を隔ててフィリピンがあり、そこにはフィリピン海に出る事の出来る水道や海峡が点在するのだ。
しかもセレベス海へ出てしまえばより一層動向が掴めなくなる。
だが、現状どうしようもない。
そのまま艦隊は南方方面へ向けて針路を取り続けた。
2日後、艦隊はバシー海峡より東に300海里(約560km)の地点まで艦隊は進んだ。
輸送船団は現在、第1機動艦隊より北東へ110海里を航行している。
第1機動艦隊各艦からは特に異常、潜水艦発見などの報告は上がって来ておらずそれは輸送船団も同様だ。
「偵察機を出せるか?」
「可能です」
「ならば18方位に1機づつ、2段索敵を行う。アークロイヤルを除いた各空母から4機づつ出して1500kmまで前進したら折り返させろ」
「了解しました」
俺は敵空母艦隊の迎撃をバシー海峡付近で受けると考えていたのでここで索敵を出す事にした。
彩雲の航続距離は落下式増槽を装備していれば5308km。
往復3000kmであれば問題無く行える。
何故全方位へ偵察機を出したのかと言うと、一応、敵戦艦部隊が居ないかと言う事を確認する為と、敵は何処から現れるか本当に分からないからだ。
警戒しておくに越したことは無い。
俺の出した指示に従い、格納庫内から出撃準備を整えた彩雲が飛行甲板に上げられ、露天繋止している艦の彩雲は固定してあるワイヤーなどを外されて主翼を広げる。
エンジンの暖機運転が終わり、彩雲搭乗員が駆けて乗り込んでいく。
「提督、発艦準備完了しました」
「艦首風上に立て」
「艦首風上に立て、宜候」
全空母が艦首を風上に向けて合成風力を作り出す。
甲板上にはごうごうと音を立てて風が吹く。
「発艦始め」
「了解。発艦始め、繰り返す発艦始め」
その号令が出ると発艦始めの合図である旗が振られる。
すると彩雲が飛行甲板の上を走り出す。
「総員、帽振れ!」
彩雲が大きなエンジンを響かせながら飛び立った。
彩雲の巡航速度は388km/h。
この巡航速度で凡そ4時間後には1500km先の限界線に到着するはずだ。
発艦時刻は0900。何かあった場合、0100までには何らかの報告が入るであろう。
それまで我々艦隊はバシー海峡方向へ艦隊を進める。
3時間後、彩雲から報告があった。
『我、彩雲4号機。南沙諸島ヨリ北ニ50海里ニテ敵艦隊発見ス。空母ヲ級3、ヌ級3、巡洋艦5。他随伴艦多数。速力ハ凡ソ15ノット。戦艦ハ見エズ。1216』
やはり敵艦隊は出てきている。間違いない。
だが距離的にはまだまだ双方共に攻撃隊を出せる距離ではない。
だが敵艦隊の空母の数が明らかに少ない。
恐らく報告にあった通り、別行動をとっているんだろう。
敵は、戦艦主力の火力艦隊と空母を主力とする打撃艦隊に分けて行動している。
そして更に打撃艦隊を分けている。恐らく南沙諸島、南シナ海方面ではないどこか、フィリピン方面に敵空母を含む艦隊が要る筈。
となれば、それを警戒しなければならないが現状、彩雲が限界線に到達するまであと1時間はある。
これ以外の方向へ放った彩雲の報告を待つしかない。
とにかく、先に発見した敵艦隊の動向は何が何でも掴んでおかなければならない。
だが、潜水艦隊は速力の関係上、振り切られてしまっているしそうなると彩雲だけが頼りなのだが敵艦隊を発見した彩雲は既に折り返してこちらに戻ってきている。
そうなれば、追加で彩雲を送り出すしかない。だが既に敵艦隊は彩雲を察知して迎撃戦闘機を上げて守りを厚くしているに違いない。
そうなると彩雲の危険性が増す。
危険性、と言うのは偵察に出した彩雲が当然撃墜されると言う事だ。
さて、敵艦隊の位置からすると、ほぼ間違いなくバシー海峡を目指している。このまま進めば遠からずこの空母艦隊と戦闘になる。
問題は、やはりまだ発見できていない敵空母艦隊のもう1つの方だ。
これが、先に発見している空母艦隊との戦闘中にでも横槍を入れてくることがあれば大惨事に成り兼ねない。
「どうするのが最善だと思う?」
「そうですね……まず現在発見している空母艦隊を第1群、未発見の艦隊を第2群、敵戦艦群を第3群としましょう。そして第1群ですが、まだ攻撃を受けると言う心配は無いので警戒するに留めておきます。今急ぐべきは第2群を発見する事が最優先事項かと」
「どちらかとの戦闘中に横やりを入れられては敵いませんから出来るだけ各個撃破を狙うべきです。幸いにも敵艦隊は2つどころか3つに艦隊を分けると言う愚策を犯してくれましたから願っても無い状況です。ですが我々は各個撃破を狙う事は出来ますが同時に我々は2個空母艦隊を相手取らなければならないと言う事でもあります」
確かにその通りだ。
敵は1つの艦隊を3つの艦隊に分けると言う、兵力分散と言う名の愚策中の愚策を取ってくれた。
「ただ現段階であれば第2群の敵空母を索敵しつつ、第1群を攻撃すれば宜しいかと。少なくとも第2群が我が艦載機の攻撃可能範囲である400海里内にはまだ入らない筈。それならば既に彩雲によって発見されている筈ですから。それならば第1群の攻撃に暫くは注力しても問題無いと判断します」
数的有利を持っているからか、それとも他に何か別の理由があるのか。
何故空母艦隊を2つに分けたのか、恐らくは我々第1機動艦隊を2方向からの挟撃を狙っていると見て間違い無い。
何故輸送船団に向かわない、と言えるのか。
と言うのも彼我の戦力差を考えると、どう考えても戦艦12隻に軽空母3隻だけで十分過ぎるからだ。
戦艦を比べると、輸送船団に張り付いている第4戦隊が長門以下7隻。
対して深海棲艦は12隻、それも全部16インチ砲(40cm砲)だ。
これだけでも魚雷を搭載出来る流星などを艦載機に含んでいない鳳翔と大鷹では対艦攻撃能力と言う点で余りにも不安が大きい。と言うよりも一切役に立たないと言い切れる。
そりゃ、ダメージを多少なりとも与えられることには変わりないが精々が艦上構造物を破壊するぐらい。主砲などの主兵装にダメージを与えられるとは到底、思えない。
空母戦力を見比べてみても、こちらは2隻で64機。
対して深海棲艦の空母はヌ級1隻で50機もの艦載機を保有するのだ。たった1隻でこちらと拮抗状態。
しかも1隻では無くそれが3隻もいるのだ、凡そ150機は下らないだろう。
それに鳳翔と大鷹の搭載機は全て零戦で機体の性能差で完全に負けている。優勢なのは搭乗員の腕と格闘性能や旋回性能ぐらい。速度性能や上昇性能で完全に負けているから一撃離脱を仕掛けられては手も足も出ないだろう。
そうなれば敵戦闘機との戦いに精一杯となった零戦隊は、敵の艦攻や艦爆に手出しが出来なくなる。
これだけ護衛艦隊と敵の戦艦群の戦力差が懸離れているのだ、そこに更に正規空母を含む艦隊を分けてまで輸送船団に攻撃をする必要は無い。
それこそ、「牛刀で鶏を割く」と言う諺そのもの、いやそれ以上に戦力の過剰投入と言う物だ。
ならば空母艦隊で我々第1機動艦隊を叩いて、戦艦群で輸送船団を、とこのぐらいの役割分担で良かろう。
何れにせよ、深海棲艦の奴らは慢心していると言える。
ならば我々はその慢心故に出来る隙を突く。
敵は12隻でヲ級が6隻、ヌ級が6隻の半々ずつ。
それを2つに分けている。
航空戦力差は、深海棲艦約900~950機。
こちらは790機。最大で110~160機程の差だ。
そのまま敵空母が12隻全て行動を共にしていれば丸々空母1隻分の差があるが、これを半分に分けると450~470機にまで減る。
こちらが少なくとも320~340機、倍以上の有利となる。
そう、15隻で最大1200機近い深海棲艦の空母艦載機は兵力の分散と言う手段を取ったせいで絶対的な数的有利を自分から捨ててしまったのだ。
この現状を見て余程の愚か者ではない限り、「こちらも戦力を2つに分けよう」だとか「2つの艦隊を同時に相手取ろう」なんぞ考えはしない。
普通に考えれば、どう考えても各個撃破を狙いに行くべきなのだ。
となれば、どうにかして各個撃破を成功させる事が出来ればこちらに圧倒的有利になり、勿論戦況もこちら側に有利に働くであろう。
しかも、相手は空母15隻を二つに分けたのでは無くヌ級3隻を戦艦群に引き抜いて、更に2つに分けたのだから十分以上にやれる。
流石にまだ勝った気にはなれないが、丸々15隻の空母と12隻の戦艦との正面対決が無くなったと考えれば少しばかり心に余裕が出て来る。
ただ、やはり気掛かりなのは戦艦12隻の行方だ。
先程も言ったが、恐らく輸送船団の方へ向かったのではないか?と予想される。
実際、山田参謀長達艦隊司令部の面々も飛龍以下艦長達も同様の意見だ。
だが、何が気掛かりなのか、と言うと、
『その動向を一切掴めない』
『輸送船団の撃滅を狙うにしても過剰戦力である事』
大体、この2つだ。
軽空母を3隻も引き抜くと言う時点で怪しい。
こちらの戦力を確実とは行かずともそれなりに把握していれば、ヌ級を2隻程度でも多いぐらいなのだ。
確かに戦艦の数は輸送船団に長門以下7隻が張り付いてるから送り込むのは納得できる。だがそこまで多い数を殴りこませようとするか?
……駄目だ、幾ら考えても予想が出来ない。
しょうがない、兎に角目の前の空母艦隊の撃破を優先すべきだ。
第3群に気を取られて敵空母に先手を取られる事だけは避けたい。
「攻撃隊の発艦は何時にすべきか?」
「そうですね……どれだけ急いで距離を詰めても、今日中の攻撃は不可能だと考えます。まだ距離があるので明日の明朝直ぐに発艦させれば先手とは行かずとも敵艦隊と同時刻に発艦させる事が出来るでしょう」
「ふむ。ならばそれで行こう。各空母に準備を進めるように言ってくれ。明朝、日が出たら即座に発艦開始出来るようにな」
「は、了解しました」
「それと、今すぐに彩雲の発艦準備を行ってくれ。出来るだけ敵艦隊の情報を集める。多少危険を冒してでも今は出来るだけ情報を集めて明日の攻撃に備えるのだ」
「了解しました。機数はどうされますか?」
「敵艦隊方向へ5機、放射線状に15度の角度ずつで頼む恐らくこれで十分に索敵可能な筈だ」
「了解しました。それでは準備を進めます」
指示を出して、遅めの昼食を皆で摂った。
結局、フィリピン方面へ偵察に出た彩雲は、第2群を発見する事は出来なかった。
翌朝、追加で発艦させた彩雲の情報を元に敵艦隊の予想針路へ向けて攻撃隊の発艦を行う。
一応、彩雲を先に発艦させて索敵を行いつつ誘導機としての役割も兼ねている。
夜明けより50分前に彩雲5機を昨日と同じく放射線状に15度の角度で放った。
更に、5機を放った方向を除き、18方位へ彩雲を飛ばした。昨日と同じく1500kmで折り返してくる様に言ってある。もし何か敵艦隊に関する情報が、得られれば即座に報告が入るだろう。
その1時間後、日の出より10分後に攻撃隊の発艦を開始。
攻撃兵力は以下の通り。
第一次攻撃隊
第一波攻撃隊
飛龍
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
蒼龍
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
瑞鶴
烈風12機 流星20機(爆装8機 雷装12機) 計32機
隼鷹
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
飛鷹
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
天城
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
阿蘇
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
大鳳
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
グラーフ・ツェッペリン
烈風12機 流星8機(爆装無し 雷装8機) 計20機
アークロイヤル
烈風12機 流星12機(爆装無し 雷装12機) 計24機
烈風120機
流星152機(爆装64機 雷装88機)
計272機
第一波攻撃隊は以上の様になった。
やはり敵の大型艦を仕留めなければならないので必然的に魚雷装備の流星が多くなる。これだけの機数を揃えての攻撃だから3割、とは言わないが2割の魚雷命中率を期待出来るだろう。
余り言いたくはないが、魚雷の命中率に関しては運の要素も大きく絡んでくるのではないか?と俺自身は思っている。
確かに訓練も超が付くほどに重要だが、それに敵艦がどうやって動くのかとかの運も絡んでの命中率だと思っている。
だがその運を向上させるのは搭乗員1人1人の弛まぬ訓練があってこそでもあるのだ。
極論を言ってしまえばそんなもの、運が良ければどれだけ下手糞でまともに飛行機も飛ばせないような新米搭乗員ですら命中させられるが、それでも訓練をしているのとしていないのとでは雲泥の差がある。
なんなら月と鼈ほどもある、と言ってしまってもいいかもしれない。
まぁそれは置いておいてだ。
次に第二波攻撃隊について。
第二波攻撃隊
飛龍
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
蒼龍
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
瑞鶴
烈風12機 流星24機(爆装8機 雷装16機) 計32機
隼鷹
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
飛鷹
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
天城
烈風12機 流星20機(爆装8機 雷装12機) 計32機
阿蘇
烈風12機 流星20機(爆装8機 雷装12機) 計32機
大鳳
烈風12機 流星16機(爆装8機 雷装8機) 計28機
グラーフ・ツェッペリン
烈風12機 流星12機(爆装4機 雷装8機) 計24機
アークロイヤル
烈風12機 流星12機(爆装4機 雷装8機) 計24機
烈風120機
流星168機(爆装72機 雷装96機)
計288機
こちらも雷装の流星が多いが理由は先に説明したとおりだ。
全体的に流星の数は第二波の方が多いが、理由としては第一波をとにかく早く発艦させるために流星の数を削り第二波に回したのだ。
その他にも第一波の攻撃で陣形が乱れた敵艦隊へ第二波が突撃しより大きな戦果を、と言う意味もある。
流石にこれだけの機数を揃えれば、全空母撃沈とは行かなくとも4隻はやってくれるに違いない。
最悪沈めなくてもいい、空母の飛行甲板に50番を叩き込んで空母としての能力さえ奪ってくれればいいのだ。
それさえ成してくれれば損傷した敵空母は留まり続けて遊兵となり撃沈されるのを待つか、インド洋方面かトラック、ニューカレドニア方面へ退避すると言う選択肢ぐらいしかない。
まぁ、命中弾数によっては応急修理で戦線復帰される事もあるだろうが……
二波に渡る攻撃で敵艦隊へ向かう総機数は、
烈風240機
流星320機(爆装136機 雷装184機)
計560機
以上の様になる。
第一波の烈風は燃料が許す限り敵戦闘機を第二波攻撃隊の烈風と共に抑え続ける。
よって燃料は多く搭載しての出撃となる。長ければ、第二波の烈風と20分は共に戦えるであろう。
艦隊防空には130機の烈風を残す。
烈風130機は、
飛龍隊、蒼龍隊、瑞鶴隊、隼鷹隊、飛鷹隊の13機づつ。
これを第1戦闘機群と呼ぶ。
天城隊、阿蘇隊、大鳳隊、グラーフ隊、アーク隊13機づつ。
これを第2戦闘機群と呼ぶ。
65機づつにそれぞれ分かれて敵機迎撃を行う。
まず最初に第1戦闘機群が敵戦闘機を抑えて後の第2戦闘機群が攻撃隊本体を叩く。
敵戦闘機の数によっては戦闘機を抑える烈風の数が上下するかもしれない。
瑞鶴は流星の数が8機余るが、飛行甲板の広さと発艦時刻の都合上致し方なかった。
その分、第二次攻撃隊が必要になったときに加わってもらう予定だ。
大体の説明はこんなものだろうか。
敵艦隊との距離は約300海里(凡そ556km)なので流星の速度に合わせると約2時間前後で到達すると予想される。
彩雲は既に自慢の高速性能を生かして敵艦隊と接触し、報告をしてきたので約300海里の距離である、と分かっている。
この距離ならば燃料満載で、魚雷を抱いている流星であろうと余裕で往復、戦闘が可能だ。烈風も同様に往復と敵戦闘機との戦闘も十分に可能だ。
既に各空母の飛行甲板からは発艦が開始されていて飛龍も同様に飛行甲板に所狭しと並べられた、未だ発艦していない烈風と流星、そして搭乗員達がエンジン音を響かせながら発艦はまだなのか?早く飛び立たせろ!と、文句を言って来ているのではないかと錯覚する程に待ち侘びている。
順番づつ飛行甲板から、烈風、爆装の流星、雷装の流星と敵艦隊へ、その爆弾と魚雷を叩き込んでやろうと息巻いているかのように飛び立って行く。
そして、最後の魚雷を抱いた流星が飛行甲板を蹴って飛び立って行くのを、俺は敬礼をしながら見ていた。
どうか、敵艦隊を叩いて来てくれよ……
そう思いながら同時に、不可能であると分かっていながら全機が無事に帰投してくれる事を強く願った。
2020/05/09土曜日
本作、『暁の水平線に勝利を刻めるか』が日刊順位86位になりました。ありがとうございます。
何時も読んで下さる皆様のお陰です。
どうぞ、今後とも本作を宜しくお願いします。