暁の水平線に勝利を刻めるか   作:ジャーマンポテトin納豆

33 / 85
第31話

艦隊が呉を出港し、豊後水道を抜けて硫黄島に向けて針路を取り始めてから五時間が経った。艦隊速力は20ノット。

 

この速度ならばあと二十時間ほどで硫黄島近海に到達出来る見込みだ。

恐らくはその手前で敵艦隊との戦闘になると思われるから、あと十五時間程の猶予はあると考えられる。

ただし、十五時間と言う時間はあまり長くはない。

格納庫で艦載機の最終点検を行っている整備妖精達は右へ左へ駆け回り整備や出撃命令に即座に応えられるように艦載機へ銃弾や燃料を搭載しているし、作戦参謀や航空参謀、参謀長達も大忙しだ。

勿論俺もその中に含まれている。

 

とはいえ、十五時間もの長時間を一睡もせずに乗り切るのは難しい。しかも敵艦隊との戦闘が控えているともなれば余計だ。だからこそ交代で仮眠を取ったりしているのだが。

 

 

 

 

 

 

今回俺が乗艦しているのは、例に漏れず飛龍だ。

艦隊の配置はそれぞれ、

 

 

 

     2航戦

 

 

 

   1航戦、3航戦

 

 

 

と2航戦を幾らか突出させる様な形になっており、1航戦と3航戦は共に輪形陣を構築している。

 

なぜ2航戦を突出させているのか、と言う理由に関しては、信濃と大鳳と言う一番目立つ空母が居るからだ。

この二隻は空母としては破格の防御力を持っており、両空母とも500kg爆弾の急降下爆撃ならば容易に弾くことが出来る。

しかも信濃に関しては大和型戦艦の船体をそのまま流用しているからただでさえ防御力が高い。

 

それに加えて合同艦隊救出の際に得られた電気溶接技術のお陰で装甲を溶接することが出来るようになった。

元々、大和型戦艦は溶接技術が追い付かず装甲同士を繋ぐのにリベット工法を採用していた。

このリベット工法と言うのは、簡単に言ってしまえば釘打ちだ。

木と木を繋ぎとめるのに一番最初に思い浮かぶのが、釘を打ち込むやり方だが、あれの金属版とでも言えば良いのだろうか。

 

ただし、使用される釘の大きさは比較にならない。

和釘(東大寺などの仏閣、船等の昔の建築物などに使われる)と言われる日本古来の釘ですら30cmもあるのに大和型戦艦に使われたリベットの大きさは場所によっては650mmにもなる装甲厚なのだから(とはいえ650mm厚の装甲は主砲防楯なので信濃にはそこまでの装甲は無い)どれだけ大きなリベットが使われたかは想像するのに苦労はしない。

 

ただ、問題なのはリベット工法は大きな装甲板同士を繋ぎ合わせた場合、魚雷命中時の水中防御にかなりの難点がある、という事だ。

衝撃を受けたときに、戦艦の主砲弾であればその装甲で弾き返すことが出来るのだが、物理学やらはてんで分からないから詳しい事は説明出来ないのだが、魚雷命中時の爆圧は主砲弾の物とは比べ物にならない。

と言うのも炸薬量が九一式航空魚雷であれど合計558kgにも達する。

 

それに比べて大和の主砲弾である九一式徹甲弾ですら炸薬量は33.85kg。

爆発したときの威力は比べ物にならない。

 

水中防御の場合、約560kgの炸薬の爆発にはさしもの大和ですら耐えられない、と言うよりはリベット止めをした装甲が、命中箇所のリベットが吹き飛び船体内側に捲れてしまうのだ。

そうなってはもう浸水は止められない。

分厚い装甲を重機無しに人力ではどうやっても応急修理は不可能なのだ。

精々が防水布を当てて、添え木をしておくぐらい。

 

しかも装甲1枚が衝撃で丸々捲れるのだから、これでは細かく区画分けした水密防御だって意味を成さなくなる。

 

 

だが溶接だと話が変わってくる。

リベット止めとは違い、命中箇所の破孔だけで済む。

なによりも水密防御がしっかりと役割を果たし最小限に留めることが出来るのだ。

 

 

 

 

話を戻せば、信濃は溶接技術の向上のお陰で元々防御力の高かった大和型戦艦の船体をそっくりそのまま流用しているから遥かに防御力が向上。

爆弾や魚雷の命中ももそれこそ普通の空母、飛龍や蒼龍、瑞鶴では轟沈しているであろう4、5本の魚雷命中程度では沈まない、と言う訳だ。

爆弾に関しては装甲甲板で問題無く弾き返せるし、実験では500kg爆弾の急降下爆撃を難無く弾き返して飛行甲板の表面が煤けた程度だったという。

 

大鳳も防御力は信濃程では無いにせよ、装甲空母の名に恥じない防御力を持つ。

爆弾は信濃同様で魚雷も数発程度ならば戦闘力を奪われる事にはなるだろうが轟沈にまでは至らない。

 

信濃の全長は266.0mと共に並んで航行している阿蘇と葛城が軽空母に見える程でかい。

しかも全長だけでなく全幅も馬鹿でかいからビスマルクも全長250.5mあるというのに全幅に関してはほっそりとしているから何となく戦艦に見えなくなるほどだ。

 

飛行甲板は最大幅40mもあり、烈風であれば2機並んでの発艦が出来そうに見えるほどなのだ。事実、熟練搭乗員ならば可能だろう。

まぁ、危険なのでやらないが。

これだけデカくて目立つ彼女は当然、敵に狙われやすくなる。

 

 

今回2隻を含めた第2航空戦隊を前面に出したのには、この防御力の高さが理由だ。

ハッキリ言ってしまえば、被害担当艦と言う訳である。

 

この2隻が攻撃を吸収している間に1、3航戦が迎撃機の準備を整える、と言う手筈だ。

 

 

それに伴い、2航戦にはリシュリューとザラを臨時で配属させて直掩に当たらせる。

という事は空母1隻につき戦艦が1隻、がっちりと張り付くのだ。

敵からしたら、さぞかし厄介な事この上ないだろう。

 

 

 

 

    二航戦配置図

 

 

 

 

       矢矧

 

    熊野    アド

 若月          霜月

  ビス 大鳳  信濃 ティ

            

  ヴァ 阿蘇  葛城 リシ

 春月          村雨

    プリ    ザラ

 

      響  朧

      

       時雨

 

 

基本的に二航戦の4空母は信濃、もしくは大鳳に敵の攻撃が集中すると予想されるから基本的にはその2隻の上空及び左右の舷側に火力を集中する事となっている。

戦艦4隻分全ての火力とは行かないが、それでも出来る限りの火力を集中する事になっている。

まぁ、どの空母に攻撃が行っても良い様に臨機応変に対応するように、とは言ってあるので大丈夫だろうとは思われる。 

 

 

そして、この二航戦の11海里後方(約20km)に1航戦及び3航戦が進む。

 

 

 

    一航戦及び三航戦配置図

 

 

 

         春月

 

      初梅    望月

 

    雪風   初雪   村雨

   

 陽炎  能代      多摩  村雨

               

    鈴谷 蒼龍  飛鷹 青葉

秋月                宵月

    金剛 飛龍  隼鷹 リッ

照月                満月

    霧島 瑞鶴  グラ ロー

初月                霜月

    ポー 加賀  アー 古鷹 

 Z3              初雪

       浦波  Z1

   浦風          浦波

         菊月

     萩風      菊月

 

 

         望月 

 

 

 

こちらは真ん中で割る様に左右で一航戦、二航戦と分けている。

空母の横には戦艦と重巡ががっちり守っており、しかも空母は回避機動が行えるように左右で幅を取っている。

 

これならば、どれほどの敵であろうとも勝てる!そう誰もが信じて疑わなかった。

 

偵察任務に就いている第1潜水艦隊からの報告が上がってくるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くすると、一人の下士官が艦橋に勢い良く入って来た。

 

「提督、偵察任務中の第1潜水艦隊から入電!」

 

「聞かせろ」

 

「はっ!『我敵輸送船団ノ護衛戦力ヲ確認ス。空母6、戦艦10、巡洋艦20、駆逐艦多数ヲ認ム』。以上です!」

 

その報告を上げた士官はそのまま艦橋から降りていった。

艦橋内は俄かに騒然となった。それはそうだ。

 

ほぼ、陽動艦隊に匹敵する深海棲艦隊が敵輸送船団の護衛に就いているのだ、誰だって驚いて騒ぎたくなる。

飛龍に乗艦している将兵は当初と比べて随分と実戦経験が無い新兵が多くなった。

唯一の救いは艦長などの指揮官クラスが未だ戦死していない事、艦橋要員などの重要役職の面々がまだ生き残っている事、俺を支えてくれる司令部要員が健在である事だ。

 

だが幾ら脳みそがあってもそれに付いて行って、下された命令を十分以上に熟せる下士官達が居なければ駄目だ。

事実、空母はまだマシだとしても何度もの夜戦における砲撃戦で大損害を負った戦艦や巡洋艦、駆逐艦の熟練乗組員はかなり激減しており艦長以下艦橋要員が全員戦死した、なんて事もザラにあるのだ。

そちらの方が人的損耗は激しい。

 

先の海戦及び夜戦で大破した戦艦以下の乗組員損耗率は激しく、ビスマルクに至っては乗組員の凡そ5割以上が戦死、または重症によって艦を降りざるを得なくなった。

5割と言えばビスマルクの乗組員は2092名なので凡そ1000名程だ。

 

1000名程度が生き残ったとは言え、半分が新兵と言うのはかなりの問題だ。

過度な訓練を行って戦う前に兵を失うなんて馬鹿な事は出来ないし基礎教育と、その後の訓練を合わせても十分な訓練とは言い難い。

 

こっちはそう簡単に交代が利かないのに深海棲艦は無尽蔵とも思える物量で、兵器も兵士もそれなりの練度でポンポン戦線投入出来るのだ。そりゃ我々人類や艦娘、妖精が追い詰められるのも頷ける。

 

しかも将官ともなればその教育に余裕で数年は掛かるし更に実戦を経験した経験豊富な将官を育成するにはどれほどの時間が掛かるか……

 

それでも将兵諸君は良くやってくれている。

文句もあるだろうに、不満もあるだろうにそれを表に出さずに訓練に邁進しているのだ。

 

 

 

いや、話を戻そう。

 

艦隊司令部がある飛龍艦橋は大騒ぎだ。

それに比べて、どうも俺の頭は自分でも少しばかり驚くほどに冷えている。

 

「空母6隻に戦艦10隻とは連中、随分と大盤振る舞いだな……」

 

「提督、そんな呑気に言ってる場合じゃ無いよ!?」

 

「それもそうだが、冷静さを欠いてもなんら解決案も出ないだろう。皆、少し落ち着け」

 

俺がそう言うと艦橋は幾らか静かになり、それぞれの顔にも幾らか冷静さが出来たようだった。

 

「さて、この案件はかなりの急を要する。急ぎ対策を練らなければならない。が、その前に第1潜水艦隊に暗号文を打電。敵護衛艦隊の空母及び戦艦の正確な艦種を出来るだけ、無理の無い範囲で確認せよ、と送れ」

 

「はっ、了解しました」

 

その後に俺の命令通り、

 

『我飛龍。第1潜水艦隊ハ可能ナ限リ敵護衛艦隊ノ空母及ビ戦艦ノ艦種詳細ヲ知ラセヨ。タダシ、決シテ無茶ハスルナ。提督命令デアル』

 

と打電された。その返信は短く、

 

『命令、了解ス。我、コレヨリ敵艦種ノ測定任務ニ就ク』

 

との事だった。

 

我々司令部要員以下は会議室に集まり緊急会議を開いた。

 

 

 

「問題は、敵護衛艦隊に相当数の戦力が就いている事です。この戦力ですと四航戦以下の敵輸送船団攻撃艦隊は大損害を負います。戦艦の数でも空母の数でも負けており、十中八九は敵艦隊の空母はヲ級を含みます。航空戦力でも圧倒されており、戦艦の数でも負けております。どちらをも相手するのは現状、得策ではありません。例え各個撃破だとしても相当厳しい戦いになるでしょう」

 

作戦参謀がそう提言してくる。

確かにその通りだ。

 

 

航空戦力面でも夜戦における砲撃戦から見ても連戦出来るだけの戦力は存在しない。

航空戦力でも最悪、倍近い差が出来る事になる。

戦艦の数だけならば15隻になるがそれでも敵戦艦とは2隻の差がある。

しかも相手は全戦艦が40cm砲を装備しているのに対してこちらは長門とネルソンのみ。

砲火力でも圧倒されている。

ビスマルクやティルピッツ、ヴァンガードなどは38cm砲を搭載しているからまだ太刀打ち出来るかもしれないが金剛や日向などでは厳しいだろう。

 

恐らく、正面からのぶつかり合いともなれば巡洋艦や駆逐艦の数でも圧倒されているだろうから負けるとは言いたくないが……

 

「提督、第1潜水艦隊より入電!敵輸送船団護衛艦隊の詳細な情報です!」

 

「読み上げてくれ」

 

「はっ!『我敵輸送船団護衛艦隊ノ護衛戦力判明。詳細ヲ知ラス。空母ヲ級6隻、戦艦ル級4隻、戦艦棲姫3隻、重巡リ級15隻、艦種不明ノ重巡5隻、艦種不明駆逐艦15隻、他駆逐艦多数。輸送船ワ級58隻ヲ確認ス。報告ハ以上。続ケテ偵察ヲ続行ス』以上であります!」

 

その報告を受けて、今度こそは誰もが声すら出せなくなった。

それもそうだ、空母は全てヲ級、本来ならば深海棲巣にしか存在しない筈の戦艦棲姫が3隻も出張って来た挙句、それだけには飽き足らず未確認の艦種である重巡が5隻に加えてこれまた艦種不明の駆逐艦が15隻も存在しているのだから。

 

誰だって言葉の一つも出てこなくなるのは当然だった。

 

戦艦棲姫はその特徴として、物凄く燃費が悪いという事が挙げられる。

それ故に棲巣近辺での、十分に補給を受けられる場所でなければ行動が制限されると言う事だ。

だがどういう訳か、今回はその戦艦棲姫までもが出て来たのだ。

 

恐らくは、こちらからすれば想像も付かない程の補給量で無理矢理ここまで進軍してきたのだろう。

 

これを考えるに、今までの行動距離の長さを考えても主力艦隊にも戦艦棲姫は存在すると考えた方が良いだろう。

それを踏まえた上で会議室での話し合いを続けた。

 

 

 

 

 

 

「……諸君はどう考える?」

 

「正直に言いますと、我々は敵輸送船団への攻撃はほぼ不可能、と考えざるを得ないでしょう。敵輸送船団と戦う前に敵主力艦隊とも戦わなければなりませんし、もし敵輸送船団へ攻撃を集中したとしてもその背後や側面から敵艦隊に突かれる事になります。そうなれば我が艦隊は殲滅される、とは言い難いですが相当数の艦載機と艦を失う事になるでしょう」

 

「そうなれば、我々は深海棲艦に今後一切の反抗が出来なくなると言う訳だな……」

 

正直に言うと、我々は詰んでいる。

敵主力艦隊を先に相手をしてから、敵輸送船団と戦うとなると、敵主力艦隊を叩く事は可能だろうが敵輸送船団へ攻撃を加えたとしても護衛艦隊に阻まれて輸送船に手を出す事は出来そうにない、と言うのが全員の意見らしい。

 

確かにそれには俺も同意見だ。

ここで蛮勇を発揮してもそれこそ碌な事にはならないだろう。

 

「……我々は、どうするべきだと思う?」

 

「悔しいですが、ここは撤退すべきでしょう……今、我々は戦力を失うべきではありません。硫黄島を奪われれば喉元に刃を突き付けられる事にはなりますが、奪還の方が幾分かは楽でしょう。補給面を考えればそのまま敵艦隊が駐留する事は恐らく無いと思われますから我々が先ず優先すべきは、戦力の保持と拡大であります……」

 

参謀長がそう言う。

その意見には大多数の者が同意なのか、難しく、悔しそうな顔をしながらも頷いたりとそれぞれ意思を示した。

 

だが、中には不満を持つ者も居るようで。

 

「提督、敵艦隊と一度も砲火を交えずに、撤退なさるおつもりなのですか!?」

 

「……」

 

「我々ならばやれます!」

 

「山原、失礼だぞ!弁えんか!」

 

そう叫ぶのは、先の海戦で戦死した飛龍の士官の後任として配属された『山原』と言う若い士官だった。

まだ実戦経験も無く、逸る気持ちを抑えられないのだろう。

 

「落ち着け、今戦っても我々は負ける」

 

「そんなことはありません!誰もが日々厳しい訓練を積んできました!その我々が負ける筈が!」

 

「ただ一度の戦術での勝利は望んでいない。戦略での勝利をしなければ、我々が深海棲艦に勝つことは出来ないのだ」

 

「ですが!」

 

「ですがも何も無いのだ……今ここで、貴重な艦や乗組員や搭乗員を失う訳には行かんのだ」

 

「悔しくないのですか!?」

 

「悔しいに決まっているだろう!?我々が!俺が!どれだけの想いでここまで戦ってきたと思っている!?どれだけの戦友の死を飲み込んで進んできたと思っている!?」

 

思わず、そう怒鳴ってしまった。

俺は、各艦にそれなりに顔を出して、下士官達ともそれなりに顔見知りだった。

特に母艦搭乗員の連中とは仲が良かった。

 

共に、何度も飲み交わした事だってある。まぁ、俺は殆ど飲まずに酔ってどんちゃん騒ぎをする皆を見て笑っただけだったんだが。

 

飛龍と蒼龍の戦闘機隊の連中や、陸軍の戦闘機隊の、俺が着任する前からの付き合いの奴だって数多い。

 

その面々が、海戦を終えるたびに少ないとは言っても必ずと行って良い程に一人、また一人と戦死して、身体どころか肉片一つすら帰って来ずに、ただその戦死の報告を受けて聞く事ばかり。

遺品も殆ど無く、精々がそれぞれの支給品の一つあるか無いか。

 

彼らは妖精だから肉親も無く、桐箱に苗字だけが書かれた紙切れが一枚入れられて帰る場所は無く、簡素な慰霊祭を開いて碑に名前を刻むことも出来ずに名簿に記載されるだけ。

 

これのどこが悔しくないと言える!?

 

「ッ!?……だったら!」

 

「ただ戦うだけでは、彼らの死に報いる事は出来ないのだ……!」

 

グッ、と歯を食いしばり拳を握ってそう言った俺を見て山原は黙った。

 

「すまない、取り乱したな……」

 

そう言ってから一息吸って、吐いてから指示を出す。

 

「我が艦隊はこれより呉に向けて針路を取る。帰ろう、帰ればまた来られるのだから……」

 

「はっ!針路を呉に取ります!」

 

そう命令を復唱して駆けて行った参謀長は艦橋に登って行った。

 

「それでは解散。各員それぞれの持ち場に戻れ」

 

「「「「「「「はっ!」」」」」」」

 

その俺の命令によって全員が会議室から出て持ち場に戻った。

 

 

 

 

 

 

「提督、手を出して」

 

「ん……どうした」

 

「手から血が出てるよ。強く握りすぎ」

 

「ん、あぁそうだったのか。すまんな」

 

「うぅん、気にしないで」

 

そう言うと飛龍は救急箱から消毒液を取り出して血を拭うと包帯を取り出して巻いてくれた。

それを両手に施すと、俺の手を握って言った。

 

「提督、ありがとう」

 

「なにがだ」

 

「私達の事、皆の事忘れないで居てくれて」

 

「いいや……」

 

「ん、これで大丈夫。提督はちょっと自分を蔑ろにしすぎだよ。いい?これからは自分の事もちゃんと顧みて。死んだ皆だけじゃなくて、ちゃんと自分の事を心配して。良い?」

 

「……分かった。ちゃんと自分の事を顧みる事にするよ」

 

「絶対に約束だからね?じゃないと鳳翔さんにまたお説教して貰うから」

 

「あぁ、分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから艦隊は一度も敵艦隊と戦う事無く呉に帰投。

俺は軍令部へ出頭を命じられた。

 

当然だ、一度の砲火を交えることも無く、ただ占領されるのを見ていただけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「今回、君を召喚した理由は分かっているな?」

 

「勿論であります。如何なる罰をも受ける所存であります。ですからどうか硫黄島への今すぐの反抗作戦を行う事だけはどうかお考え下さるようお願いします」

 

言うべきことは言った。

最悪、軍法会議に掛けられて銃殺刑でも構わない。

 

未だ俺の指揮下にある将兵達を無駄死にさせるわけには行かない。今までで死んでいった戦友達の死を無意味にする訳には行かない。

 

市木大将達がそんな愚行を犯すとは思えないが、それでも言うべきことは言わなければならない。

 

俺の代わりは居ないと皆言うが、それこそ彼らの代わりも居ないのだ。

彼らは俺の大切な部下であり戦友なのだ。むざむざ死ぬと、負けると分かっていて戦いに送り込むことだけは、絶対に避けねばならない。

 

「脅し文句を言った手前で悪いが、どうやら君は幾つか勘違いしているようだが君を裁くためにここに出頭を命じたわけでは無いよ」

 

「では、何故私は此処に呼ばれたのでしょうか?」

 

「今回の敵艦隊の戦力と、今後の攻勢計画の策定の為だ。確かに今ここで硫黄島奪還に動く訳には行かないだろうがそれでは国民も政治家連中も納得しない。陛下は理由を説明して、納得して頂いたから裁かれる事も罰を受ける事も無いだろう」

 

思わぬ返答に、かなり驚いてしまった。

裁かれると思って覚悟を決めて来てみればそうじゃないと言われたんだ、誰だって驚く。

少し唖然としてしまったが何とか返答する。

 

「それは……ありがとうございます」

 

「……どうした、何を何時まで突っ立っているんだ?会議をするんだ、早く座りたまえ」

 

「は、失礼します」

 

確かにそう言えば、直立不動のまま頭を下げていたから椅子に座っていなかった。

椅子が一席空いていたからどうしてだろうかと思っていたが、俺の分だったのか。

 

「司令長官職を担う大将で、今日まで必死に戦線を支えて海域の奪還と南方からの資源輸送を確立した君をそう簡単に軍法会議にかける事も、職を追う事も出来る訳無いじゃない?今君を解任したら本当に終わりよ」

 

中代大将がそう言った。

 

「身に余る評価です」

 

「私達しか居ないんだからそろそろ元の調子に戻ったらどう?」

 

「公式の場ですから」

 

「そう。それじゃぁ、話し合いと行きましょうか」

 

その言葉を皮切りに、先ず話し合ったのは敵戦力の事だ。

 

 

戦艦棲姫が前線に投入された事、艦種不明の艦が多数いた事などだ。

これに関しては戦っていないからその性能もまだ分からないが、第1潜水艦隊が潜望鏡越しに撮った写真を元にある程度の性能を仮定した程度だが。

 

後日、その艦影を元に識別表に新しく追加し、識別名を与える事となった。

 

 

そして、今後の攻勢計画に関して。

こちらは南方方面に対する攻勢を延期して中部太平洋、具体的には硫黄島奪還とマリアナ諸島に対する攻勢を加えた。

 

と言うのも本来ならば中部太平洋に対する攻勢は行わずに連山での爆撃に留める予定だった。

だが硫黄島が深海棲艦の手に落ちたという事は喉元に刃を突き付けられているのと同じだ。硫黄島には恐らく敵戦闘機が配備されてB‐29の護衛に就くだろうと思われる。

そうなると今まで震電で挙げてきた程の戦果を挙げられることが出来なくなる。

 

そこで、今の今まで温存していた連山を投入して硫黄島を爆撃、飛行場を稼働状態にさせる事を先ず防ぐ。

その間に八丈島に深海棲艦の上陸に備えて部隊増強、及び航空隊の進出を図りそれらの戦力が整い次第、艦隊と共に上陸部隊を編成、硫黄島奪還に動く。

 

 

 

そして硫黄島を前線基地としてマリアナ方面への攻勢を行う、と言うものだった。

攻勢と言っても奪還を行う訳では無く連山による爆撃でB‐29の駐留する飛行場やその他の深海棲艦の軍事施設に対する爆撃を行うだけなのでもし被害が増加すればこれに関しては取り止め、という事になる。

 

兎に角、我々が最優先目標としたのは硫黄島奪還という事だ。

 

 

 

それに伴い、連合艦隊及び各地の航空隊などはその準備に取り掛かった。

先ず、工兵隊と資材を搬入して八丈島飛行場整備及び増設。

 

十字に重なるように2本の滑走路を整備したのちに陸軍飛行戦隊と海軍航空隊の戦闘機のみがそれぞれ2個ずつ前進。

 

更にはもう1つ飛行場を建設し、こちらも上空から見ると十字に見えるような形で整備した。

 

こちらにも陸海で2個ずつ航空隊を前進させた。

飛行場名はそのまま第2八丈島飛行場、と何の捻りも無い名前だ。

 

これらの作業を3か月で終了させた。

 

 

そして艦隊はと言うと、硫黄島奪還に備えて全員が戦わずして退いた、と言う事に相当根に持っていたのか、それとも俺が戦力差を理由に撤退したことについて、戦力差を引っ繰り返すだけの技量が無いと悔しがったのか分からないが物凄い勢いでの訓練を行っている。

 

特に、戦艦の乗組員達は搭載している砲の大きさをモノともしない、戦艦棲姫なぞ我らが初弾命中で葬り去ってくれる!と叫びながらの訓練らしい。

 

俺はと言うと作戦に向けた各種手配などの書類仕事に追われている。

それもそうだ、作戦開始は僅か2か月後なのだから猶予なんて殆ど残されていない。

なんなら深海棲艦は今にでも八丈島や大島に来襲してもおかしくはないのだから、一秒でも早く準備を終えなければならない。

 

 

そのような様々な思いの元、誰もがそれぞれの職務に邁進している。

 

 

 

 

 

硫黄島奪還作戦まで、残り2カ月。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。