暁の水平線に勝利を刻めるか   作:ジャーマンポテトin納豆

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第44話

 

 

 

 

 

今日から沖縄本島の視察を行う。

と言っても、今までの視察と変わらずに防御陣地の構築状況などを見て、必要な物資などがあれば随時リストアップ、それを本土に送ると言うだけの話だ。

 

沖縄本島へは隼鷹から流星に乗って那覇飛行場に向かう。

 

 

 

 

「提督、お待ちしておりました。沖縄本島と南西諸島全域の防衛司令官の桑原陸軍中将であります」

 

「出迎えご苦労。湯野だ。早速だが視察を始めよう。あまり、時間が無いものでな」

 

「承知しております。島内はそれなりに広い故、ジープと坑道内に通っている軽便鉄道を利用しましょう。その方が時間を無駄にせずに済みます」

 

「分かった」

 

沖縄本島を含む南西諸島全域の防衛司令官をしているのは桑原中将だ。

彼は、勇猛果敢と言うよりも冷静に戦況を分析して作戦を決めるタイプの、いわば参謀タイプの司令官だ。

臆病とはまた違っていて、攻める時は攻めるが必要が無ければ攻撃を加える事もせずにやり過ごす事すらする。

 

因みにだが、彼は南西諸島奪還作戦において師団長を務めていた経緯がある。その時は少将だったのだが。

その際に師団長クラスの士官ですら戦死が相次いだのだが桑原中将は一連の沖縄本島での戦いを生き残った士官だ。

 

他にも2人生き残った上級将校も居るには居たのだが、戦傷によって戦線復帰は困難と判断された。

そのために2人は療養後に陸軍士官学校と陸軍大学にそれぞれ校長として赴任している。

 

桑原中将は沖縄本島奪還が成功した後、師団長から方面防衛司令官に昇進。

そのまま本土に戻らずに南西諸島防衛の指揮を執り続けている。

 

荷物を預けて、すぐさまジープに乗り込んで視察を始める。

硫黄島などは島自体の面積が小さかったから歩きでも問題無かったが、沖縄本島はそうもいかない。

 

何せ沖縄本島の地下には総延長100kmを軽く超える地下坑道が張り巡らされているのだから。

 

主だった防御陣地を構築しているのは西原飛行場、那覇飛行場、嘉手納飛行場、読谷飛行場の飛行場周囲2km。

さらにそれぞれの飛行場を繋ぐ地下坑道が3本と軽便鉄道用の地下坑道が2本。

そして石川岳と恩納岳を繋ぐ一帯、名護岳、安和岳を含む八重岳と嘉津字岳周辺、ネクマチヂ岳、与那覇岳と照首山を繋ぐ一帯。

 

上記の主要防御陣地を全てコンクリート製の地下坑道で繋ぎ、更にあちらこちらの小さな防御陣地を繋ぐと100kmを軽く超える。

各主要陣地には野戦重砲などが運搬軌条に載せられて即座の移動を可能とした状態だし、砲撃を行う場所は30cmの装甲扉で守られている。

 

現在も、食料弾薬の備蓄用倉庫が増設、拡充されており更には小規模ではあるが砲弾薬などの生産設備も送り込まれそれらの生産に必要な資材を入れておく倉庫。

 

航空燃料、戦車やトラック、ジープ、沿岸防衛用の魚雷挺などに使う燃料の燃料タンクも地下に作られている。

燃料タンクは厚さ6mの鉄筋コンクリート及び25cmの鋼鉄の装甲板に守られている。

 

地下坑道自体も鉄筋コンクリートの厚さが平均20cm。

防衛司令部にもなると鉄筋コンクリートと鋼鉄板を合わせて50cmもある。

 

それだけの防御を施して漸く深海棲艦の攻撃を凌げるのだ。

防げる、と言う訳では無く凌ぐことが出来ると言う時点で深海棲艦の物量などがどれほど凄まじいものか分かってもらえるだろう。

 

更には、主要な地下坑道には軽便鉄道が敷かれており、もし深海棲艦の上陸を許した場合は主要防御陣地や各地の防御陣地が陥落する、となった場合はその防御陣地から後方の防御陣地への迅速な移動と最前線への配備を可能としている。

 

更には北部、中部、南部と3カ所に防衛司令部施設を備えている。

理由としては敵がどこに上陸するか分からないからだ。

例えば北部に上陸された場合、北部に防衛司令部施設を置いたままだと、そこが陥落した瞬間に沖縄本島の組織的抵抗が終了してしまう。

 

 

基本は中部に存在するのだが上陸した地点によって防衛司令部を移すのだ。

我々の想定としては、恐らく南部に上陸してくるのではないか、と考えている。

 

理由としては基本的な主要施設、飛行場や我々が利用する港湾施設が集中している。

そこを陥落させると、補給や航空支援などを守備隊が受けられなくなるのだ。

 

そう考えると、恐らくだが上陸するとなると南部なのではないか、と言う推測が立つ。

 

我々も南西諸島奪還の際には南部へ上陸をしたわけだし、その推測の信憑性と言うか、その可能性が高い。

だから、南部の守りが最も固いのだ。

 

 

 

機甲師団の大部分が南部に配備されていて、機甲師団はⅣ号中戦車H型を主力として配備されており、機甲師団とは別に市街地戦闘における戦車運用の様々な事を想定したりするために試験的な意味合いも含めてⅥ号ティーガー重戦車も一個中隊が配備されている。

 

ティーガー戦車大隊は本来、配備されずに本土の倉庫でお蔵入りだったのだが一つ問題が上がった。

Ⅳ号中戦車だと、深海棲艦の戦車に対抗して撃破する事は出来ても、こちらも然りだったのだ。

 

双方共に75mm戦車砲を搭載しているのは良い。

射撃精度で言えば、比べて見たことが無いので分からないが恐らくⅣ号中戦車の方が射撃精度は良い。

工業精度によって変わるので、一概には言えないが。

 

少なくとも、現在の日本の工業精度は以前と比べるとずっと高いので問題無かろう。

ただ、Ⅳ号中戦車の防御力はお世辞にも75mm砲を防ぐのに十分とは言えない防御力なのだ。

当たりさえしなければ良い、と言うが欧州の広大な戦場ならまだしも沖縄本島などの島嶼帯の防衛となると、基本的に近距離での戦闘になる。

しかも熱帯雨林が広がっていたりする訳だから、必然的にエンジン音が聞こえてくる距離になると数十mと言う近距離だ。

そうなると、如何なⅣ号戦車と言えども撃破されるのは必然だ。

 

とすると、防御力が高い方がいいのだ。

しかしⅣ号戦車の防御力をこれ以上向上させるのは無理がある。

 

シュルツェンと呼ばれる増加装甲を施してはいるが、どちらかと言うと対戦車ライフルや個人用対戦車火器、所謂パンツァーファウストや榴弾などに対する防御が主目的だ。

欧州戦線だと、対戦車ライフルが猛威を振るっていたが、少なくとも太平洋戦線において対戦車ライフルと言うのは使われない。

深海棲艦もパンツァーファウストの様な歩兵対戦車と言う構図の場合に有効な個人携帯用対戦車火器を有しているからだ。

 

対戦車ライフルは基本、20mmクラスであればⅣ号戦車の車体側面を容易に貫通する。

だが、シュルツェンを装備すると驚くことにそれが出来なくなってしまうのだ。

 

対戦車ライフルの弾丸と言うのは、軽量でも貫通力を高くするために通常の物よりも炸薬が多い。

つまりは、

 

「運動エネルギー(=スピード)で装甲を貫通させる」

 

という事だ。

なので弾丸は硬く質量があるものに弾かれやすい。

更に言えば角度を付けられてしまうとより弾かれやすくなってしまう。

 

しかしながら、何故太平洋戦線では対戦車ライフルが使われていないのにシュルツェンを?

 

と疑問に思うだろう。

 

 

理由としては、シュルツェンが榴弾に対しても効果を発揮するからだ。

榴弾と言うのは目標物体に接触した瞬間に信管が炸裂する。

シュルツェンと車体の間には隙間があるのだが、そうすると榴弾はシュルツェンに防がれて車体本体にダメージを与えられない、と言う訳である。

シュルツェン自体の厚さは5mm~8mm程度と装甲車でももっとマシな装甲だろう、と言うレベルなのだが。

因みにだがこれが発展したのがMBTなどに使われている複合装甲である。

 

 

Ⅳ号中戦車の側面装甲は型にもよるが30mmとお世辞にも厚いとは言えない。

そうなると榴弾でも容易に貫通する事が出来る。

だがシュルツェンがあるとその榴弾は意味を成さない。

 

ただし、シュルツェンは徹甲弾などに対しては丸っきり無意味なので榴弾など限定だ。

更に言ってしまえば遅延信管でシュルツェンを貫通させてしまえば、まぁ効果はあるのかもしれない。

 

 

 

とすると、シュルツェンも万能と言う訳では無い。

これらを解決するのに、もっとも手っ取り早い方法が装甲を厚くすればいい訳だ。

 

だが前述の通り、Ⅳ号中戦車の装甲を厚くするのは無理がある。

となると、子の戦車よりも装甲が厚い戦車を使えば良いと言う訳だ。

 

そして白羽の矢が立ったのがⅥ号ティーガー重戦車だ。

雨が降った熱帯雨林の泥濘では無く、市街地などの土とはいえしっかりと固められたり舗装された道路ならば十分以上に使えることが分かっていた。

ならば使えが良いではないか、と言う訳である。

 

確かに熱帯雨林の中などで、正直言えばティーガー戦車なんて使えないしそもそもⅣ号戦車ですら木々が密集している場所では使えない。

砲身が木に引っ掛かって絶対に碌でもない事になるに決まっている。

 

沖縄本島などの熱帯雨林ではケッテンクラートがギリギリ使えるぐらい。

地上での活動となると徒歩が基本だ。

大規模な物資の移動や部隊の移動は地下坑道や地下を走る軽便鉄道を使えば良い訳だし、無理して地上を行く必要が無い。

 

切り開けば、まぁ使えなくもないがそこまでしてやる理由も無いし、切り開いた道路の維持にとんでもない労力が掛かる。

しかも森の中だと、戦車内からでは周囲を探る事が上手くできない。

 

南方方面の面積の大きな島ならば密林の中でも狙撃などの危険が高いが車長が身体を出して周囲を見渡すことが出来る。

だが、沖縄などの面積がそこまで大きくない島だとそうもいかない。

 

車内から見るのが精々だ。

だが、歩兵を随伴させれば話は別だ。

 

万全とは言えないが、歩兵が居る居ないで周囲の状況を知る事が十分に出来る。

だが常にそれらが出来ると言う訳では無いし、そうなるとやはり、と言う訳だ。

 

元々、徹底した持久戦を想定している我々海軍としては、ティーガーの前線配備を渋っていたのだが。

なにせディーゼルエンジンではなくガソリンエンジンを使っているからⅣ号戦車にも言える事だがエンジンに被弾した場合、ディーゼルエンジンと比べると圧倒的に燃えやすいし重すぎる重量故にあちらこちらの部品、特に足回りの部品の損耗が激しいから1個中隊規模とは言っても兵站に与える影響は大きい。

 

運転にも色々と気を使わなければならず、操縦者が無茶な運転をしてしまうとほぼほぼ確実に足回りに何かしらの故障を起こすのだからとんでもない「整備士泣かせ」である。

 

だが陸軍から防衛上、Ⅳ号戦車やⅢ号突撃砲などだけでは不安が残る、と言われてしまうと強引に突っぱねる事も出来なかった。

 

陸軍側としてもティーガー戦車の運用上の欠点を理解していたのか、

 

「別に機甲師団全部を置き換えるわけでは無く、あくまでも試験的に中隊程度での運用を行う」

 

と海軍、と言うか俺に打診があった。

まぁ、陸軍の憲兵師団を除いて陸軍は俺の指揮下にあるから当然なのだが。

 

中隊ぐらいならばまぁ、良いか……?という事でティーガーの配備を沖縄本島に限り許可した。

戦闘になった場合、どれほどの威力を発揮するか分からないが、物は試し、と言う訳である。

 

流石に南方方面は無理がある。

陸軍側も当然承知していたから、試しに聞いてみたら、

 

「あんな馬鹿デカくて重い戦車を密林の中で運用出来ない。木に砲身が引っ掛かって戦闘どころではない。沖縄でも南部での運用を主眼に置いているから北部の熱帯雨林での運用は恐らくしない」

 

と真顔で言われた。

良識があって良かった、と心の中で安心したのは内緒だ。

 

 

ただ、今回の視察でティーガーの運用状況を見て、説明を聞いたが北部の舗装されていたり固められた道路であれば丁寧に運転すれば十分以上に扱えるのだ。

問題なのは、その重量に耐えられる道路を整備する事だったのだが、一度整備してしまえば爆弾なんかで吹き飛ばされない限りは数年に一度修理をしておけば問題無い。

 

 

何と言うか、戦車と言えばこんな感じのシルエット、と言うイメージがティーガー戦車だから動いている所を見たとき、年甲斐もなくはしゃいでしまった。

 

 

 

坑道に関しては先程説明した通り、軽便鉄道などを含めて総延長100kmを軽く超える地下坑道が作られている。

しかも、爆撃でも戦艦による砲撃でも被害が出ない様に地下20m以下に作られている。

山岳部では、各所の砲台や防御陣地には地下エレベーターを中央に設置し各階層に運ぶ形になっている。

ただし、電力がある場合にのみ使えるので電力が無くなった場合は自分達で運ばねばならないと言う地獄が始まる。

 

そのための訓練はしているのだがやはり長期間の、それこそ想定しているのが半年レベルでの持久戦だ。

最初から発電用の燃料が使えなくなったとしたら丸々6カ月間の間、15cmの数十kgもある砲弾を高低差数百mを往復して運び続けなければならない為に余りにも実用的では無い。

 

ただ、燃料が尽きるという事は早々無いだろうからこれと言って問題無いだろうからそこまで心配している訳では無いのだが。

理由としては、もしここが深海棲艦の攻撃、それこそ上陸に晒された場合、沖縄本島に対しては間違い無く砲爆撃が行われるであろうと容易に予測出来るからだ。

 

そうなれば飛行場はたったの十数分で使い物にならなくなるだろうし、精々迎撃を行うので精一杯。

敵艦隊に攻撃を加えることが出来たとしても、1度が限界だろうからだ。

 

そうなった場合は、燃料を満載し敵艦隊を攻撃するか迎撃を行った場合は近隣の飛行場のある島に退避する手筈になっている。

一番近いのは沖永良部島や徳之島、奄美大島あたりだろう。

 

これらの島に機体の燃料や損傷状況、搭乗員の健康の有無でそれぞれ降りる場所を決めるのだ。

 

こうする事で、無理に損傷した飛行場に着陸する事を防ぐ。

現在、沖縄に駐留する陸海軍の航空機は水上機などを含めて既に1000機を超える。

流星などの攻撃機はほとんど存在しておらず、二式大挺などが慶良間諸島を根拠地に存在するぐらいだ。

連山の配備は未だ本土に留まっているのみで、配備するとしたら恐らくは南方方面の方が先になるだろう。

あちらなら攻撃する敵飛行場などには困らないからな。

だが南西諸島は精々が大陸方面の敵飛行場ぐらいなものだ。

 

しかし大陸方面の飛行場は沿岸部には存在しておらず、ある程度行ったところにしかない。

その間に監視所なんかは幾らでもあるだろうから迎撃機を整えるのにはそう手間取る事じゃない。

現状の我々陸海軍の方針としては、大陸方面には手出ししない、と言う認識で一致している。

以前も説明したが、手を出したが最後、底なし沼だからだ。

 

幾ら物資があろうとも、幾ら兵力があろうとも大陸へ手を出すのは自滅行為でしかない。

 

 

 

 

話を戻そう。

沖縄本島や各島の1000機を超える航空機と搭乗員を一つの島に退避させるのは不可能だ。

どう考えてもキャパオーバーも良い所である。

 

余り考えたくはないが迎撃や敵艦隊攻撃に出た時の損耗も考えると恐らく先の3島で事足りるものだと思われる。

 

 

 

 

 

兎に角だ、沖縄本島の防御陣地構築は計画通り以上に進んでいる。

拡張工事も順調に進んでいるし、予定通りに計画を完了することが出来るだろう。

 

恐らくその後にまた拡張計画が出て次々と進められていくのだろうが、現状これと言った問題は起きていない。

 

このまま順調に事が運べば、特にいうことは無いのだがなぁ……。

 

 

 

 

 

 

と思っていたがそうもいかないのがこの世の常と言うものだ。

沖縄本島に俺が上陸して3日目。

視察中で今日もまたそれぞれの防御陣地や設備、施設を見て回って地上をジープで移動していた時。

 

 

 

突如として島全域に空襲警報が鳴り響いた。

 

 

 

「何事だ!?」

 

「閣下!深海棲艦の連中の空襲です!」

 

空襲警報が鳴り響くと、共に同乗していた桑原中将共々近くの防空壕に押し込められる。

そのまま空襲警報が鳴り響き始めてから20分ほど経った頃。

 

ズドン!ズドン!ズドン!

 

と連続して重々しい爆発音があちらこちらで鳴り響く。

 

「中将、爆撃を受けるのは初めてではないな?」

 

「はい。本土の様に毎日ではありませんが週に一度程度です」

 

「で、丁度今日がその日だった、と……」

 

「それで片付けることが出来れば、どれほど楽だった事でしょうか……」

 

「十中八九、俺がここに視察に来るという事を掴んで居たんだろう。とすると、暗号が漏れたか、偵察の潜水艦か何かが普段の輸送船団護衛とは違う事を通報して、そこから俺が居る事を推測したか。可能性として高いのはこの二つだが……」

 

「一番可能性があるのは、暗号が漏れた、でしょう。閣下が仰った後者の説はそれだけで動くには余りにも賭けが過ぎるかと思われます」

 

「他に考えられるのは、南西諸島方面への攻勢に出る為に本島の威力偵察も有り得る。防御陣地などの偵察、確認とそれらの破壊。そう考える事も出来るが……」

 

「そうであるならば、二式大挺の哨戒線に上陸船団などが発見されている筈です。その報告が無い、という事は暗号漏れ、と考えるのが妥当な所では?」

 

「そうすると、すぐにでも暗号を変更するか、新しいものに変えなければならんな……」

 

「しかし、何処から漏れたのでしょうか?月ごとの変更された暗号は水に簡単に溶けるものだったり、そうでなかったとしても確認後すぐに焼却処分する事が義務付けられている筈なのですが……」

 

「分からん。ランダムに変更しているから簡単だからこそ、そう簡単に解読は出来ない筈なのだ。こちらが幾つずらすのかを完全に把握しておかなければ解読するのは不可能とは言わずとも無理難題に近い」

 

「……スパイ、と言うのは?」

 

「有り得る。現在まで深海棲艦の連中のスパイは確認されていないが居てもおかしくはない。寧ろ奴らならそれぐらいの事をやってのけるだろう」

 

爆撃を受ける中、桑原中将とそう話す。

 

俺達が言ったように、恐らく暗号が漏れた、と言う説が濃厚だろう。

偵察の潜水艦の情報だけで俺が視察している、と断定するのは余りにも無茶苦茶過ぎる。

将旗を掲げてはいるが、潜望鏡で将旗が見えるほどの距離に近づいたらこちらからも目視で確認する事が出来る。

なんならその前に水中聴音機などに引っ掛かって「敵潜発見」の報告が上がってくるはずなのだ。

 

故障していたら無理だが、全艦が一斉に故障を起こさない限りは水中聴音機などが全く使えなくなると言う状況にはならない。

 

という事はだ。

それの問題が無かったという事に変わりなく、その範囲内に敵潜は居なかった、という事になる。

とすると2つ目の説は全く無いとは言わないが限り無く低いだろう。

 

ならば暗号が漏れた、と考えるのが自然だ。

 

 

 

 

だが問題なのは、その暗号の漏れ方だ。

 

単純にこちらの文書が深海棲艦に渡った、と言うのならば別にその月の暗号を変えてしまえばいいだけの話だ。そもそも輸送船を撃沈されているから有り得る話ではあるだろう。

 

ただ、これがスパイだったりこちら側に内通者がいる、となると話はまるっきり変わってくる。

平時、それも人間のスパイであれば警察が捕まえてればいい。

 

だが深海棲艦がスパイをしているとなると、当然そんな簡単にはいかない。

先ず対抗できるのが妖精や艦娘、そしてその艦体だけなのだから憲兵師団は全戦力を投入しても捕縛は不可能。

 

捕縛するならば妖精で構成された部隊の派遣が必須、1人だけとは限らないから徹底的に炙り出さなければならない。

その手間は、単純に戦うよりもずっと掛かるし面倒だ。

 

 

 

だがこの2つはまだマシな方。

一番最悪なのは、深海棲艦がスパイを送り込んだのではなく人間側に内通者が居る事だ。

 

こうなっては誰も信用する事が出来なくなる。

軍の誰か、となると海軍は俺を除けば中代大将達という事になる。

 

陸軍は憲兵師団の2人だけ。

 

妖精は除外される。

理由としては何と言うか、深海棲艦と妖精と言うのは似ているようで全く違う存在なのだ。

 

突如として現れると言うのは共通している。

だがそもそもの相違点として、

 

深海棲艦の兵士は、現界するに当たって一定の実力、技能を伴う。

歩兵、航空機の搭乗員、艦の乗組員全て。

しかしながら妖精は現界しても、一般人に多少毛が生えた程度の実力しかない。

 

もっと簡単に言うと多少鍛えている程度の人間と大差無い。

だからこそ訓練によって実力を付けなければ実戦に参加させる事が出来ないのだ。

 

基本的な訓練期間として6カ月、それぞれの兵科の専門訓練を更に6カ月の都合12か月間の訓練を経て漸くそれぞれの師団や部隊に配属される。

だが新兵なので実戦で使えるかどうかは疑問が残る。

 

それに比べて深海棲艦は、最初から戦線投入しても十分に戦える実力を持っているのだからポンポン送り込める。

 

 

まぁこれが人類が艦娘や妖精と言う味方がいても追い詰められたことの大きな要因の一つでもあるのだが違う話なので割愛しよう。

 

見た目もまるで違うから、妖精と深海棲艦の区別はあっさりと付く。

夜間も妖精は人間と大差なく、訓練しなければ夜目が利かないのに、深海棲艦の連中は夜でも問題無く昼間と変わらず見えているらしいし。

 

だがどういう訳か、航空機の搭乗員や艦艇乗組員はそうでも無いらしい。

こちらは実際に確かめたことが無いのでアレだが、こちらと同様、専門訓練や夜間用機上電探を搭載していないと航空機は運用出来ない。

砲撃戦は監視員の視力や水上電探があるから大丈夫なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、話を戻そう。

人類側に内通者がいたとなると、話はそう簡単に終わらない。

 

内通者をとっ捕まえて裁判即刻なんらかの対策をしなければならない。

現状の日本にはスパイ防止法などが存在していないので、厳罰に処する事は出来ないが何らかの罪に問われるのは間違い無い。

 

国防に関する事なので一生牢屋生活も有り得る。

 

 

ともかく、一刻も早くこれを中代大将達に伝えなければ……。

いや、あまり考えたくはないが中代大将達も内通者の可能性があるから、出来るだけ伝える事は避けたい。

 

……連合艦隊司令長官と言う立場と力で独力でなんとかするしかない、か……?

 

俺が内通者では無い、と言う証明は出来る。

 

先ず、基本的に鎮守府外に出る事が無く外界の人間に接触する機会と言うのは皆無だ。

出たとしても護衛の陸戦隊兵士が見ているから下手な事は出来ない。

 

もし仮に何者かと接触したとなると、全員が全員見ていた、という事にはならないだろうが単純に考えると最大で小隊や中隊単位での目撃者がいるという事になる訳だから、到底言い逃れが出来るわけがない。

 

それに完全武装の兵士を連れていると言う時点で一歩鎮守府の外に足を出して町中を歩こうものなら、幾ら俺が普通の恰好をしていたとしても誰も彼もがモーゼが進む大海が如く民衆が冗談抜きで避けていくのだ。

 

好き好んでこんなご時世に、軍関係者に関わりたくないと言うのが基本的な感情だ。

 

しかも、今の軍は旧陸海軍や自衛隊時代と違って民間への恩恵は限りなく少ない。

運んで来た資源の殆どが戦争遂行のために使われているから、企業は何かしらの製品を作ったり、工業機械を動かす事も出来ない。

以前までは供給されていた灯油などの暖房用燃料や最低限の発電用燃料すらターボジェットエンジン搭載型の震電が計画、開発されていた段階から備蓄に回され始め、戦線投入され始めるとマリアナ、大陸方面からのB-29襲来が激しく消費量は減るどころか増加の一途を辿るばかりで実戦配備される震電が多くなればなるほど民間に回せるだけの灯油すらなくなった。

 

挙句の果てに、あれだけ派手に作戦やB-29迎撃戦を実行しているのにも関わらず、新聞では南西諸島奪還成功!南方方面奪還成功!と軍は触れ回っているのにも関わらず、期待していたほど生活は良くならない。

それどころか食料の徴発量がどんどん増え始め、もっと辛くなる一方。

今では配給された食料で一日一度の食事でやっと。

 

お陰で老人や小さな子供と言った体力や免疫力が低い者からどんどん死んでいく始末。

以前に話した通り、日本の人口は既に2500万人にまで大きく減少。

 

そんな事態を招いた軍や政府の人間に関わりたくない、と言うのは至極当然な感情であろう。

 

 

 

今時、そんな軍部や政府に関わるのは精々新聞記者ぐらいなものだ。

 

誰だって、こんな状況になっている元凶とは関わりたくないと思うだろう。

 

 

話を戻せば、現状俺と密接な関わりがあるのは妖精達や艦娘だけだ。

ここしばらくは中代大将達とも連絡こそ取るが直接会う事は殆ど無い。

 

鎮守府にいる時は、風呂と睡眠以外は常に艦娘の誰かが傍にいるし外には護衛の陸戦隊が完全武装でプレハブ執務室兼自宅をがっちり防御陣地を作って守っている。

 

外から強行突破で入るのはほぼほぼ不可能、内側から崩すのも難しい。

ここまで来れば、俺が外部の誰かと接触する事がどれだけ難しいか理解してもらえるだろう。

 

 

 

ただ、暗号がスパイや内通者によって漏れたのならば内部を掃除すれば良い。

だが口にはしていないが、もう一つだけ可能性があるものがある。

 

この爆撃を陽動に、深海棲艦がどこかしらに攻勢を仕掛け、上陸してくる事だ。

手っ取り早く俺達の息の根を止める事を考えると、資源地帯である南方方面が最有力だろう。

あそこを抑えられてしまうと、日本への資源輸送はまるっきり出来なくなってしまうし、無理に輸送船団を艦隊と共に派遣しても禄な結果にはならんだろう。

 

それ以外にもジワジワと、だが確実に干上がらせられる方法としては輸送航路を断絶する事だから、中継拠点や空中援護の為の戦闘機を送り出している南西諸島への攻勢も考えられる。

そうなれば、南方方面を抑えていても輸送航路が滅茶苦茶になるので深海棲艦からすると輸送船を沈め放題、と言う訳だ。

 

何よりも、南西諸島を拠点として本土上陸と言う最悪の一手を掛けられる可能性が高くなる。

南西諸島の失陥は、喉元に刃物を突き付けられるどころか刃先が刺さっている状態に等しい。

 

 

どちらとも取られてしまうと日本は深海棲艦に対して慎重にならざるを得なくなる。

一応、国内に全力を以てしても最低3年間は戦えるだけの各種資源などを備蓄してはいるが、その3年間だけで失った南方方面か南西諸島を奪還し、更に防衛体制を構築する事は相当難しいだろう。

 

その間は艦隊による防衛を主として行わなければならず、燃料の消費量も馬鹿にならない。

 

どちらが先に息切れするか、と言うチキンレースをすれば負けるのは確実にこちらだ。

 

 

 

恐らく攻勢を仕掛けて来るならばこの二方面が最有力だ。

それ以外に可能性があるとすると、逆に何処か?と言う質問をしなければならない。

 

 

 

 

 

 

「提督、空襲が終わりました。今の内に司令部壕に向かいましょう」

 

「分かった。歩きで行くか?」

 

「車が破壊されてしまったので途中まではそうなります。ここから南に3km先進んだところに車を呼んでおいたのでそちらまで」

 

「よし、今すぐ行こう。万が一、敵艦隊との戦闘が起こり得る場合や上陸が現実味を帯びて来ているとしたら指揮を執れないのは不味い」

 

俺のその言葉を最後に、南に3km先の合流地点まで全員で歩くこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「被害報告が纏まりましたので、報告させて頂きます。先ず飛行場ですが、

 

那覇、西原飛行場に爆撃が集中し損害甚大。修理に2週間を要します。

航空機の損失は迎撃に出た震電6機が被弾、損傷。搭乗員に怪我などは無し。

地上破壊された航空機は、疾風139機、紫電改117機、流星26機、二式大挺21機、彩雲23機、零式水偵24機。

計350機です。

 

損傷機を修理していますが、廃棄される機体も出て来るので恐らく400~450機程にまで増えると予想されます。

 

燃料タンクなどの資源備蓄施設や主要防御陣地への被害は皆無ですがそれ以外の小さな防御陣地などが複数破壊されていますので、そちらの完全復旧に2~3週間程度。

 

それ以外の地下施設への被害は無し。

 

魚雷挺などにも被害はありましたが、飛行場への爆撃でしたので2挺失ったのみです。

死者は145名です」

 

「……4割強の航空機を喪失、か」

 

「こちらの戦果はB-29、78機撃墜。以上です」

 

防御陣地への被害などは特に目立ったものは無く、上陸してきても計画通りに防衛出来るだろう。

だが、航空機への損害がデカすぎる。

 

1000機を超える航空機の内の350機を丸々失ったのだから相当だ。

しかも更に損傷機などで出撃不可、廃棄する機体が出てきてこれが4割以上になると考えると、まともに敵艦隊からの攻撃隊を相手取れるかどうか……。

 

三航戦の艦載機全てを合わせても900機程度。

 

深海棲艦の戦力は最低でも大小合わせて空母は10~20隻程度と見積もってもヲ級10隻いれば対抗されてしまうしここにヌ級が加わるとなると、最大倍の数の敵機を相手にしなければならない計算になる。

 

一、二、四航戦と合流すれば、1700機程度にまで増えるから十分に戦えるだろう。

 

だが合流するには最短でも5日は掛かるから、敵艦隊と今すぐにでも海戦が始まるかもしれないと考えると望み薄。

期待せずに我々だけで戦う事を考えた方がいい。

 

 

 

 

「手痛い損害ですな……。これではもし敵艦隊は来襲したとなると防空も満足に出来るかどうか……」

 

「被害が大きくなった原因は?」

 

「迎撃機である震電を離陸させる事を最優先にし、それ以外の疾風や紫電改を後回しにし丁度滑走路に並び始めたところに爆撃を食らったのです。燃料などは空中退避のために最低限だったので引火などは殆ど起きませんでしたが」

 

「駐機しているど真ん中に爆弾が降ってきた、と言う訳か」

 

「はい」

 

爆撃機の投弾タイミングと、駐機が運悪く重なってしまった、と言う訳か。

本来なら、敵機の投弾タイミングを見極めて駐機を始め、滑走路に並べたりするのだが今回は震電による迎撃を最優先に作業してしまったために滑走路に並べるタイミングがズレてしまったのだろう。

 

「来襲した敵機の機種と機数は分かるか?」

 

「B-29が凡そ300~400機が来襲しました。迎撃によって内60機を撃墜、撃破するも数的劣勢は覆す事が出来ませんでした」

 

「いや、震電隊は良くやってくれた。その60機が居たら被害はもっと広がっていたに違いないからな。礼を言っておいてくれ」

 

「はっ」

 

「それと、二式大挺を索敵に出してくれ。艦隊が下手に動いて飛行場戦力と艦隊が各個撃破されるのは出来るだけ避けたい」

 

「分かりました」

 

その指示を出した後、俺は嘉手納飛行場に向かい迎えの流星と護衛の疾風、烈風と共に艦隊へ戻った。

この様子では視察は中止だろう。

 

早急に本土に残してきた飛龍達と合流して、万が一に備えなければならない。

 

その後、空中退避が出来た機体は読谷飛行場と嘉手納飛行場、外地島飛行場、与論飛行場の4カ所の飛行場に間借りする事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦隊に戻って、二式大挺の報告を待った。

艦隊からも彩雲を発艦し、索敵に務めたが少なくとも二式大挺の索敵範囲内である凡そ半径4000kmに敵艦隊は存在しなかった。

 

 

艦隊への被害は全くなく、完全に飛行場などを狙った爆撃だと断定された。

しかもB-29だから高高度の1万mと言う高空を飛んでいたから陸海軍の紫電改や疾風では迎撃する事が困難だ。

震電であれば問題無く迎撃が出来たが、常に激戦が繰り広げられている南方方面に補充などで優先的に配備されているから南西諸島に配備されているのは精々50機程度。

 

日本本土にはターボジェットエンジン搭載型震電が各方面に合計で1000機程度が配備されている。

だから迎撃ともなると一度に200~300を超える震電が一斉に迎撃をするのだ。だからこそ本土への爆撃を完全に防ぐことは出来ていなくても被害を大きく軽減しているのだ。

 

だが50機程度の震電で数百機のB-29を迎撃して大戦果を挙げるのは到底、不可能と言っていい。

しかも日本本土防空戦と違って連日連夜では無いから、震電搭乗員の練度差も大きい。

こんな状況であるにも関わらず78機ものB-29を撃墜したことの方が驚きであり、称賛に値する。

 

 

 

この報告を中代大将達軍令部に上げると即座に視察は中止、敵の攻勢に備えよ、との命令が下った。

命令受領後、すぐに艦隊は呉へ針路を取った。

 

 

 

 

呉に戻ってすぐに報告書を書き上げつつ、艦隊に即座の出港に備えさせた。

半舷上陸などで艦に居ない者は直ぐに呼び戻し、何時でも出港が出来るよう機関には24時間体制で火が灯された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





イギリスにあるボービントン戦車博物館には、実際に稼働可能状態のティーガー戦車があります。

一度は見に行きたいものですね。


ティーガーやキングティーガーも良いけど作者はⅤ号パンター戦車が一番好きです。
プラモデルも沢山作りました。
なんなら現在進行形でパンターとキングティーガーを同時製作してます。

あと1/350の雪風とビスマルク(佐世保海軍工廠色Vre)を製作中。
4つのプラモデルを同時製作、時間無くて進まないけど楽しいなぁ(白目)



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