暁の水平線に勝利を刻めるか   作:ジャーマンポテトin納豆

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第49話

 

 

 

 

陸戦で、一番最初に戦闘状態に入ったのは屈斜路湖南岸に急造の防御陣地を築いていた第96師団所属第74歩兵連隊だった。

 

この時、第96師団は屈斜路湖南から雌阿寒岳、阿寒富士、旧阿寒摩周国立公園辺りで防御陣地を構築、増援が到着し3師団が防御陣地を構築し終えるまでの間遅滞戦闘を展開するべくそれぞれの連隊は割り当てられた場所に防御陣地構築を進め、544偵察中隊と連携し、迎撃体制を整え進めていた。

 

屈斜路湖南岸を担当していたのは第74歩兵連隊。

雄阿寒岳、阿寒湖と雌阿寒岳に続く辺りの旧阿寒摩周国立公園一帯までを第157歩兵連隊が担当。

 

残りの第187歩兵連隊と第285歩兵連隊は遊撃や応援要請に応じて戦力を抽出する事になっており、基本は第157歩兵連隊と行動を共にしていた。

 

 

 

 

 

 

先ず戦闘に突入したのは74歩兵連隊で、上陸してきた敵歩兵2個師団の前衛部隊約4個連隊を相手取る事となった。

この時の防御陣地構築は、準備期間がたったの三日程度であったのに加えて資材不足により塹壕程度を構築したに留まっていた。

場所によっては機関銃座を構築した部隊もあるにはあったがやはり極少数だ。

 

各兵科には携帯円匙の他に斧やツルハシなどと言った陣地構築などに必要な装備を携帯している者が大多数だった。

と言うのも、基本的に工兵隊と行動を共にする事が大前提としての作戦であるのだがそうで無い場合、例えば緊急性が高く工兵隊の準備を待っていられない状況などが、どうしても想定される。

その様な時に歩兵科や砲兵科、機甲化など各兵科だけでも最低限工兵がやらなければならない仕事をやれるよう、各部隊にはそれらの道具が用意されていた。

 

理由としては陣地構築の際にコンクリートなどの建築用資材を運び込んでくる事が困難である場合などの際にはその資材を現地調達しなければならない時があるのと、工兵部隊が随伴出来ないと言う時があるからだ。

 

今回はそれが当て嵌まるのだ。

 

何せ建築用資材も時間もまるで足りておらず、なんなら全くない。

そうすると即席で構築する他無いのだが、そうなると最も汎用性に優れているのが木材だ。

 

特に北海道は一度山に入ればそこかしこに陣地構築をするのに十分な木が生えており、幹の部分や太い枝はそのまま塹壕の壁面を補強出来るし、それに使えない細かったり長さが足りないものは火に焚べるでも良い。

 

コンクリートは固まれば確かに強固ではあるが固まるまでに数日は掛かるし、そもそも枠組みを立てなければならず固まったとしても攻撃を受けて損傷を負ったからすぐに補修して、とはいかない。

補修箇所や度合いによってはまた数日は乾かさなければならない。

 

それに比べて木材は強度こそ劣るが、汎用性に富み伐採後即座に使用可能、壊れたとしても交換自体は行えるし交換した木は薪などとして再利用が可能ときた。

建築資材の無い前線においてこれほど防御陣地の構築に向いている資材は存在しないだろう。

 

因みにだが、硫黄島にはそのような防御陣地に使えるほどの木材は存在しない。

あったとしても十分な数では無いのだ。

 

 

 

今回は、特に理由として後者に該当する。

96師団にも本来ならば工兵大隊が属していたのだが防衛線構築を最優先とする為に96師団司令部は指示を出す役割の工兵科兵士10名を残して構築しなければならない範囲や箇所が多い日高山脈に抽出を決定。

それぞれの師団には大隊規模の工兵隊を有しているのだが、今回の北海道防衛において増援が到着するまでに北海道を南北に縦断した距離をたったの3個師団で防衛しなければならず、しかも面積で表せば日高山脈と石狩山地、北見山地の3つをそれぞれ1個師団で防衛しなければならないから3個師団で防衛するには余りにも広大過ぎるのだ。

それをそれぞれの師団の工兵隊だけでは余りにもカバーしきれない。

そこで、96師団司令部は師団が保有する工兵大隊の抽出を決定した、と言う背景がある。

 

故に陣地構築や地雷設置などの本来ならば工兵が行う作業も各歩兵小隊などが兼務しなければならなくなった。

だから地雷の敷設作業もあまり進められないから、戦う前に敵戦力を少しでも削る事が難しくなっている。

となると、96師団は個々人の火力のみで敵からの攻勢を耐えなければならない。

 

 

 

 

96師団のそれぞれの部隊は敵が来襲するその時まで、懸命に体を動かし続ける。

自分が死ぬかもしれない塹壕や機関銃座を掘り、伐採した木で壁や屋根を作り簡易的なトーチカを作る者もいる。

救護所を天幕でそのまま設置するわけにも行かないから地面を掘り下げてその周りを木で囲い土を盛り偽装を施す者もいる。

 

単純に構築しただけで配置がバレて事前砲撃などで破壊されてしまう可能性があるから念入りに偽装を施さなければならない。

敵の陸上部隊からも欺かねばならないのもそうだが、敵偵察機からも欺かなければならないのだ。

なにせ陸からの敵の目というのはあくまでも双眼鏡を除いたとしても見えない場所なども数多いし偵察取り零しというのも多い。

だが航空偵察ともなると、その脅威度は跳ね上がるなんてレベルじゃない。陸ではあくまでも見える敵しか見えないが空からならば地中などに隠れていない限りは部隊の全容すら把握する事が出来るし、多少おかしなところがあればそれは報告として上げられてしまう。

 

そのような理由で、斧で木を切り倒し陣地構築を進め偽装を施し視界や射界の確保も同時に行う。

携帯円匙とツルハシで塹壕を掘り進め土を盛り、伐採した木を適当な長さに切り揃え幹の部分は壁として、それ以外の太い枝などは隙間を埋めるなり杭として使用する。土嚢には限りがあるから必要な箇所に置いていく。

そのように出来る限り、たった数日とは言え自分達の命が掛かっているのだから兵士達は全力で構築を進める。

最低でも数人で入れる穴を掘り、それを塹壕で繋いでいる。

 

 

射界の確保について少しばかり説明しよう。

 

野戦において射界というのは様々な場合があるが今回の事例で説明するとすると、以下の様な手順で決まる。

 

まず師団司令部から各連隊が守る場所を指示される。

これは屈斜路湖南岸を担当している第74歩兵連隊、という様な形だ。

 

次に師団司令部からどこを担当せよ、という命令が来た連隊本部は各大隊にまたどこを担当させるのかを連隊長以下参謀達と決め、決まり次第下令する。

そして、実際に射界と言う事を意識し始めるのはこの時だ。

連隊は大隊単位で考えた時に理想を言えば、

 

「射界が通しやすく、敵からの射界が通り難い」

 

と言うことが最も理想である。

だがこれはあくまでも理想であってそんな場所は数える程も無いだろう。

 

それに加えて他の大隊と十字砲火を構成しやすく相互支援が可能である事も射界を考える上で重要な事柄だ。

 

単独で戦って勝てるのであれば良いがそうではない、今回の場合などの防衛側として戦う時は上記の事を意識して射界の確保をしなければならない。

付け加えて言うならば、敵の攻撃に耐え切れなくなった時に出来るだけ敵の砲火に晒さず安全に各部隊や兵員を後退させられる場所である事が望ましい。

 

これに該当するのは、山や丘の山頂で後退する側が降り斜面になっている場所だ。

ここならば山頂から高所有利を取って撃ち下ろす事ができ、後退するとなったら敵は斜面を登らなければならないからその間に十分な足止めを行いつつ、斜面を下るだけでこちらは後退出来る。

もっと言うならば鉄条網や地雷などを射界側の斜面に出来うる限り、後退の妨げにならない様に配置する事が出来ていればもっと効率良く敵への攻撃、足止め、後退が可能となる。

 

 

話を戻そう。

 

大隊に担当防衛場所などが連隊から指示されると、大隊本部はさらに所属している1〜3中隊に担当防衛場所を決定次第伝える。

この段階になれば殆どの場合よほど訳の分からない場所でなければ、この時である程度の射界は通っている。

大隊長や中隊長が大アホで、どう言うわけか高所有利を最初から放棄して丘や山の谷間などに展開するとか、担当せよと言われた場所に射撃を行う上でどうやってもすぐに排除困難な障害物があるなどの場合も無いわけではないのだ。

 

そう言う場合、前者であれば連隊本部などから配置場所の変更命令が出るのが殆どだ。

なにせ配置を変えなければ防衛が出来ない、と言うことに変わりないからでそう言う場合に備えて準備時間に余裕があるならば次候補の場所を備えておくのだが今回はそんな時間は無い。

ただ幸いな事にもそういった問題は起きていないから心配する必要は無いのだが。

 

そして、中隊本部から各小隊に更にどこを担当するのか指示が出る。

それぞれの小隊長は分隊単位での射界を伝達し、分隊長である軍曹や伍長は分隊員各個人の射界を決める。

分かりやすく例えると、

 

「お前の射界右限界はあの木で左限界はあの木」

 

「貴様の射界右限界はあの岩で左限界はあの木まで」

 

「左限界のあの川から概ね35〜40度で射界を取れ」

 

といった様な形で指示される。

機関銃手だとカバーする射界は三八式歩兵銃を持つ小銃手よりも広くなる。

それぞれの蛸壺は各人で掘るのが通常だが、時間が無い為に二人でペアを組み二人用の蛸壺を掘り、早めに終わらせて防衛の要ともなる機関銃座や塹壕に費やす時間を多くした。

 

各小隊や大隊は休憩を交代で取らせつつ昼夜問わずの陣地構築を行った。

理想を言えば、全ての部隊同士を塹壕で繋げたかったのだが時間の都合上、大隊ごとで繋げるのが精一杯。

 

各掩体(蛸壺の事)には機関銃座には弾薬箱が運び込まれ継戦能力を向上、手榴弾なども多めに置いてある。

対戦車用のパンツァーファウストやパンツァーシュレックは敵戦車の侵攻が予想される場所を担当している部隊に出来る限り回された。

対戦車砲も、殆どが旧式の37mm砲や47mm砲のみで敵戦車の正面装甲を貫くことは出来ない。

極々少数の75mm対戦車砲もあるにはあるが、それでも数は北海道全域で数えると13門、96師団には3門が配備されているに留まり74歩兵連隊には1門も配備されていない。

 

その分、パンツァーファウストなどを優先して配備されている。

それでも数は少なく万全とは言い難い。

 

 

因みにだが掩体の中には弾薬置き場なるものがちゃんと作られるので、土の上にそのまま弾薬や砲弾をポンとおくと言うことはない。

 

 

 

 

 

 

そんな防御陣地構築をしている最中だった。

第544偵察中隊が緊急電で敵上陸開始、規模4個師団8万以上、と全軍に知らせた。

 

それに伴い、544偵察中隊は後方に敵部隊の動向を探りつつ後退。

敵部隊進路は96師団が守る防御陣地へ向けて旧釧網本線沿いと芝桜花街道沿いに進軍を開始。

それぞれ2個連隊が進軍してきており、その進軍速度は速く上陸から僅か5時間で74歩兵連隊と戦闘状態に入った。

 

 

 

「連隊麾下に戦闘準備命令!弾の無駄遣いはするな!一分一秒でも長くここで耐える事が我々の任務だ!」

 

「はっ!」

 

連隊長が矢継ぎ早に指示を飛ばし、大急ぎで戦闘準備を整える。

平野だと、戦力差で押し潰されてしまう為に、部隊は全て山中に展開していた。

 

74歩兵連隊は中央を第1大隊が守り、その両翼を右から第2大隊、第3大隊が守りを固めていた。

 

 

 

 

 

「敵部隊距離4500m!」

 

「師団本部に砲撃支援要請は可能か!?」

 

「距離が遠く不可との事!」

 

「それならば、我々が敗走した時のために屈斜路湖陣地と阿寒陣地の間に照準を付けておいて貰えるよう打電!」

 

「了解!」

 

 

 

 

「敵瑠美和原野に到達、後続はサワンチサップ周辺に到達しました!」

 

「まだ撃つな!よーく引き付けてから撃て!狙撃手、敵の部隊長らしき存在があったら迷わず撃て!指揮系統を混乱させろ!」

 

瑠美和原野に到達した敵部隊は、若干の小休止の後に再び進軍開始。

国道243号線沿いの山中に展開していた第2大隊は、大隊長の命令により照準を付けていた。

鏡の間と呼ばれている森の中を進む敵部隊を狙うことは出来なかったが、その南側の開けた畑の辺りを通ろうとした深海棲艦部隊は釧路川を渡って100m程進んだ時だった。

 

「撃ェ!!!」

 

大隊長の号令により、軽機関銃や重機関銃、三八式歩兵銃からの一斉射を受けた。

しかも頭上からは迫撃砲弾が自分達の退路を塞ぐかの様に降り注ぎ前進することも撤退する事も出来なかった。

それでも敵部隊は前進を続け連隊全部が川を渡り切った頃、敵の被害は大きく膨れ上がりほぼ半壊状態となっていたが、その後方から応援要請を受けて駆け付けた敵歩兵連隊が、装甲車を全面に押し出して強引に進んでくる。

 

「敵装甲車!」

 

「だめだ、歯が立たない!」

 

「迫撃砲、敵装甲車に照準!」

 

「左二度、上げ角三度!照準良し!」

 

「装填用意!」

 

「用意良し!」

 

「撃ッ!」

 

迫撃砲によって敵車両に向かって砲撃が叩き込まれるが、至近弾と言えども直撃では無いから頭を出して機関銃を撃つ乗員には過剰な威力を発揮するが、車両本体には丸でダメージが与えられない。

 

「敵装甲車未だ健在!歯が立ちません!」

 

「迫撃砲の照準を敵歩兵に!対戦車砲、敵装甲車に照準を付けろ!準備が整い次第射撃開始!」

 

大隊長は47mm対戦車砲に攻撃命令を出す。

この時、北海道に配備されていた数少ない対戦車砲の内9門を96師団は委ねられ、96師団司令部は師団麾下の各連隊に3門づつを渡していた。

74歩兵連隊は各大隊に1門ずつを配備させていた。

防衛司令部が対戦車砲を96師団に委ねたのには、同情なども確かにあったのだろうが、最も大きな理由として機甲戦力を有する敵師団に対し個人携帯用対戦車火器だけでは野戦において敵機甲戦力の撃破は難しいと判断したからだ。

 

市街地戦闘ならば、確かに入り組んでいたりするし遮蔽物も数多くあるから撃った後もすぐに逃げることが出来るし兵士の損耗を最小限に抑える事が出来る。

だが野戦ではそうはいかない。

なにしろ、森の中だとしても隠れられるものといえばその辺に生えている木しかないが、小火器相手なら十分だろうが戦車砲や重機関銃相手では隠れるには不十分だし何より当たり前と言えば当たり前だが隠れた木と諸共に吹き飛ばされる。

 

しかもパンツァーファウストは射程が100mしかなく、確実に敵戦車に命中させ撃破させるとなると少なくとも射程の半分、50m以内には接近しなければならない。

これでは、歩兵の支援がない敵戦車相手ならばまだやりようは十分以上にある。

だが歩兵の支援を受けている戦車にこれを撃ち込むとなれば、撃つ前に射手が殺されてしまい殆どが無意味になってしまう。

 

パンツァーシュレックは使用する弾頭によって前後するが最大でも200m程、しかも使い捨てのパンツァーファウストと違い使い捨てでは無いために後退時に持って後退しなければならず、重量も10kg程と迅速な後退も無理だ。

しかも撃った時に飛び散る破片などから射手を防護するべく取り付けられている防盾も素早い行動を阻害する。

それを差し引いてもかなり重いし、それに加えて自分の歩兵銃や弾薬なども後々の事を考えれば、特に予備武器が乏しい現状の96師団どころか北海道全域で考えると置いていくわけには行かないから持って行かなければならず、そうなると武器弾薬だけで軽く20kgを超える。そんな状態で迅速な後退を、なんて言うのは土台無理な話なのだ。

 

配備数の観点から言ってもパンツァーファウストの方が圧倒的に多い。

と言うのもパンツァーファウストは、碌に訓練していない新兵でも扱える代物のだが、パンツァーシュレックはそうではない。

しっかりとした訓練を受けてからで無いと扱うことが出来ない。

だから、パンツァーファウストの方が配備数は圧倒的に多い。

 

どちらを使うにせよ、かなりの至近距離まで接近せねば敵機甲戦力の撃破は望めない。

 

そうなると、必然的に96師団が持ち堪えられる期間が短くなると言うことに他ならない。

96師団全体では、パンツァーファウストを150門を超える数を装備しているが、各連隊に配備出来るのは50門程度。

これでは機甲師団に攻め込まれては一溜りも無いだろう。

 

深海棲艦の機甲師団は1個だけで軽く数百両を有しているし、例え全弾命中をしたとしても撤退させる事は出来ても撃破は敵わない。命中しない弾数の事を考えると、よくて50両撃破出来ればいい方。

 

そうなると、通用するしないは置いておいて対戦車砲を預けておいた方がより長く、より確実に96師団は敵からの攻撃に対して持ち堪える事が出来る。

 

 

その判断は、間違いでは無かった。

 

「47mm砲準備良し!」

 

「装填!」

 

「撃ェッ!」

 

「くそっ、外したッ!」

 

「照準修正!左3、上げ4!」

 

「左3、上げ4!……ッ!良し!」

 

「撃ェッ!」

 

「命中命中命中ッ!」

 

対戦車砲小隊は初弾を外すも、次弾で敵装甲車の破壊に成功。

しかしながら数が多く突破を許してしまうが、第1大隊と第3大隊も連絡を受けて既に照準を敵に向けており、部隊の配置的に真ん中に行けば行くほと敵に十字砲火を食らわせやすくなっていた。

 

第2大隊からの突然の射撃で混乱した敵2個連隊は、第2大隊に向かって進むのでは無く第1大隊の目の前、畑が広がり視界が開けた場所(地図アプリ等参照)に出てしまった。

お陰でそこに突っ込んだから、左からも右からも真正面からも銃撃砲撃の雨霰を喰らった。

 

しかも畑だから遮蔽物となる様なものなんて精々が農業用水が流れる用水路や盛り上げられた道の若干の斜面しかなく事前の下見や地図でその位置を知っていた74歩兵連隊からすれば遮蔽物に隠れてはいるが数が少なくそこに迫撃砲弾を落とせば簡単に敵兵を撃破出来てしまうと言う、簡単に言えば動かない良い的にしかならなかった。

 

だから深海棲艦の兵士達はどうにかして遮蔽物を確保しようと、あっちこっちを見るが森や林は畑の開墾により先程通過した鏡の間の森以外無いから、装甲車や極小数の支援の為に随伴していた戦車を盾にしようとするが、それはそれで集中砲火をあちらこちらから喰らって寧ろ用水路などよりも危険だった。

 

「敵戦車を対戦車砲は狙え!撃破出来なくとも周りに隠れてる敵兵はやれる!!」

 

「迫撃砲、用水路と道の斜面にありったけ叩き込め!」

 

「敵指揮官らしきのをやった!これでもっと混乱するぞ!」

 

戦車を盾に集まった敵兵は、瞬く間に集中砲火を喰らい、戦車は対戦車砲の集中砲火で擱座または撃破されてしまいそこに遠慮するなと言わんばかりの迫撃砲。

 

更には状況を確認しよう度頭を出した指揮官を狙撃手が撃ち抜きただでさえ混乱していたのに指揮官を殺されたものだから余計に混乱するばかりで深海棲艦は事態の収集が付かなくなっていた。

 

深海棲艦は、この時屈斜路湖の東西に分かれて進んでいた。

西側を進んでいた2個連隊は東側を進んでいた2個連隊よりも迂回気味の進路であったために行軍距離が長く、到着までに時間が掛かっていた。

 

大急ぎで救援に向かうも2時間近く掛かってしまい、その時には戦闘は終わっており日本軍側は既に544偵察中隊からの敵部隊接近中との情報により迎撃体制を整えていた。

 

流石にそんな場所に突っ込めばどうなるかは明白であったし、それは深海棲艦部隊も理解していた。

だから攻撃では無く、後方の友軍と合流し再度攻撃を仕掛ける事にした。

 

結果的にこの戦闘は第74歩兵連隊の完勝とも言える勝利に終わった。

96師団司令部はその報告を受けてお祭り騒ぎになる。

 

だが勝てたのはこの戦闘だけだった。

 

 

翌日明朝に、544偵察中隊から敵部隊確認との報を受けた第74歩兵連隊は昨日と同じ様に迎撃体制を整えて返り討ちにしてやる!と息巻いていた。

だが、

 

『敵部隊、1個師団規模が戦車三十数両を伴い前進中。迎撃準備を整えられたし』

 

との無線を受けた瞬間に、絶望感が溢れ出る。

昨日は歩兵が大多数を占めていて戦車の数もたったの10両と少なかったから勝てたと言うだけで、これが30両を超えてくると勝てる予想すら立てられないほどだ。

 

昨日の10両だって、一斉に攻めて来なかったなどの理由が重なりに重なり撃破する事が出来た訳で、一斉に攻められては昨日の時点で負けていただろう。

 

それらを考えるに、今回ばかりは撃破どころか撃退すら難しいと言わざるを得ない状況だった。

 

 

 

先の戦闘時間はたったの3時間程度ではあったがただ運動するのと、命懸けで戦うのとは全く異次元レベルでの疲労だ。

一日程度で癒えるほどの疲労では無く、しかも敵の砲撃などで破壊された箇所もありそちらの修復を夜通しやっていた小隊や分隊などもあった為に万全とは言い難い状況だった。

 

そこで74歩兵連隊の連隊長は師団司令部に応援要請を送り更に独断で北海道防衛司令部と航空隊防衛司令部に双方に、

 

「敵戦車多数が我に向かって侵攻中也。少数でもよいから戦闘機や爆撃機での航空支援は可能なりや?物資補給は可能なりや?」

 

とどうにかして航空支援を受けられないか、物資の補給は受けられないか、と打診。

 

師団司令部への応援要請は通った。

 

しかし残酷な事に航空支援は現状厳しいとの返信が返って来た。

この日から244飛行戦隊と245飛行戦隊が撤退中の部隊の支援に既についていたのだが、それでも北海道に元々駐屯していた航空隊が予備部品や燃料の乏しさ故に出撃が困難であった事など理由が重なりそちらからの支援も期待出来そうにない。

 

と言うことは、96師団は孤立無援の中で敵の大部隊からの攻勢を耐え続けなければならない。

 

しかしながらそれでは余りにも酷であるし報告通りの敵戦車が侵攻していると言うならば96師団はそう長く持ち堪えられない、と言うことで、海軍航空隊の紫電改16機と一式陸攻8機による支援が決定。

 

これでも数は十分とは言えないし、敵機が出て来た場合抵抗することも難しいだろう。

それでも96師団からすれば喉から手が出るほどに、いやそれ以上に渇望していた出来ないと聞かされていた航空支援が少なからず来てくれるのだから大盛り上がりだ。

 

「やった!海軍の戦闘機が来てくれるぞ!」

 

「これで敵戦車も怖くねぇ!」

 

「勝てる!勝てるぞ俺達は!」

 

そう口々に叫ぶ彼らとは別に、師団司令部では重い雰囲気が漂っていた。

確かに友軍機の派遣は大変嬉しいものであったがそれでも、74歩兵連隊は持ってあと1週間現在の場所を守り切れればいい、と言う考えだったからだ。

 

何せ敵との戦力差は圧倒的すぎる。

今ですら1個歩兵師団に加えて戦車が30両以上も同時に侵攻して来ているのだから最悪、今日74歩兵連隊が壊滅して陣地を放棄、後退してもなんともおかしくも不思議でもないからだ。

上陸当初は4個師団と言っていたが今ではその数倍に膨れていると考える方が当然だし今日勝ったとしても明日や明後日には倍の数で攻めてくるだろう。

 

 

師団司令部はそう考えても、友軍と戦う術を持たない民間人達の為にここで戦わねばならないのだ。

 

(とはいえそれで諦める訳にもいかん。どうにかして勝つとは言わんでも持ち堪える術を考えねば)

 

師団長は自身を奮い立たせた後にどうすれば敵部隊を撃退出来るか、と思考の海に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

敵部隊発見の報告があった1時間後には第285歩兵連隊が応援として到着。

その5時間後、敵師団が屈斜路湖の東西の道を戦車を前面に出して進軍、視界に捕らえた。

その1時間後、74歩兵連隊と第285歩兵連隊は敵師団は戦闘状態に突入。

 

そこからは両連隊にとって地獄の3時間だった。

 

「クソォッ!!敵戦車の野郎パンツァーファウストやパンツァーシュレックの射程外から撃ってきやがって!」

 

「止せ!頭を出したら死ぬぞ!引っ込めてろ!」

 

敵野砲や迫撃砲、戦車砲の砲撃で顔を出しての射撃どころか機関銃座も位置が露呈した瞬間に戦車砲などが雨霰と降り注いでくるから射撃出来ずにいた。

 

「不味いぞ!敵戦車が突っ込んでくる!」

 

「パンツァーファウスト、パンツァーシュレック!接近してきたら敵戦車に食らわせてやれッ!!」

 

「各員、撃つ時に援護射撃をしてやれ!」

 

「撃つぞォっ!!!」

 

「援護射撃!撃て撃て!」

 

前進してくる敵戦車に対して、パンツァーシュレックが最初に火を吹く。

命中弾もあるにはあったが、外す方が多かった。

 

1回目の射撃で撃破出来た敵戦車は2両だけで再装填中に前進される。

その間にも後方から迫撃砲や対戦車砲が撃つがそれでも戦車を止めることは叶わなかった。

 

 

 

しかし、ここで紫電改と一式陸攻が到着。

 

敵戦車に対して紫電改は急降下爆撃を、一式陸攻は低空での水平爆撃を行った。

戦果としては敵戦車14両を完全破壊、3両を擱座させるに至った。

更に敵歩兵やトラックなどの非装甲車両や走行の薄い車両、敵歩兵に機銃掃射を繰り返し行った。

 

その混乱に乗じて両連隊のパンツァーファウストやパンツァーシュレック射手は敵戦車に接近、叩き込んだ。

これによって戦車への被害が増した敵師団は撤退。

 

この日はどうにかこうにか96師団側が防衛に成功した。

それから三日間に渡って断続的に敵部隊からの攻撃は続いたが、それを全て跳ね返した2個連隊は大きく沸いた。

 

それから四日ほど攻撃が一切無く、その隙に一式陸攻や二式大艇によって水食料弾薬などの消耗品を空中投下によって補給。

体勢が整った96師団は敵部隊を待ち構えたが、最初の戦闘から十日目の朝。

 

太陽が登ってすぐに敵空母艦載機からの猛烈な爆撃が行われ、更に敵野戦重砲からの砲撃も加えられた。

それが丸々四日間に渡って繰り広げられた。

 

 

 

その間、防御陣地への被害も甚大で砲撃が止んですぐに敵2個歩兵師団が前進、攻撃を開始。

2時間に及ぶ激戦の末に、両連隊は屈斜路湖南岸陣地を放棄、後方の師団司令部のある阿寒陣地まで撤退。

 

この戦闘で74歩兵連隊と285歩兵連隊は5000人いたが1300名が戦死、もしくは撤退中に行方不明となった。

残りの3700名の内1000名ほども重軽傷を負っており実質的に両連隊の戦力は半減するに至った。

 

第187歩兵連隊と第157歩兵連隊は未だ無傷で防御陣地も継続して構築していたが、それでも圧倒的な火力の前ではいつまで持つか分からなかった。

しかも撤退の際に歩兵銃などは持って撤退したが、それ以外のパンツァーファウストやパンツァーシュレックは撃ち尽くし、対戦車砲や迫撃砲は重量がありそれらを持っての撤退は困難であると判断、爆破処分と余った砲弾をブービートラップとして活用する程度だった。

 

火力も大きく減衰してしまい、師団司令部はもってあと十日、と判断。

 

しかしながら幸いしたのは、阿寒陣地は山中であり戦車の侵入は困難では無くともかなり阻害されるから敵戦車の撃破が容易であることと敵歩兵は戦車の援護をしたり受けるために足並みを揃えざるをえず、比較的防衛が容易であることだろう。

 

しかしながらそれでも絶望的な状況には変わりなく、更に絶望のどん底に突き落とされるような情報が544偵察中隊からもたらされる。

 

「阿寒陣地、敵3個師団に包囲される」

 

この情報によると三方から完全に囲まれており脱出などはほぼ不可能であることを意味した。

しかしながら96師団は戦闘を止める訳にはいかず、何よりもまだ防衛司令部から最低限の陣地構築完了の報告を受けていなかったから持ち堪える他無かった。

 

 

 

そしてこれより12日間に渡る戦闘が展開されることになり、その戦闘によって96師団は残存戦力の殆ど6500名を喪失。

 

残った700名ほども負傷者が300名ほどと自分の足で歩いて戦うことができるのは僅か400名となった。

 

しかしながらギリギリ北見山地、石狩山地、日高山脈の防衛線の体勢は整った。

 

武器弾薬や水食料までもが底を尽き、これ以上の戦闘継続は既に困難であったために、その報告を受けてすぐ400名を防衛線へ撤退させる事を師団長は命令する。10名づつの班に分かれて夜間に闇夜に紛れての脱出となった。

 

負傷者300名はその場で400名を逃すべく最後まで戦う事となり負傷者の中には師団長が含まれており、指揮を継続。

 

400名を撤退させる旨の伝聞が発せられた二日後、300名の指揮を執っていた師団長の名前で、

 

『我勇猛果敢ニ戦ウモ、既ニ弾ハ無ク皆負傷。コレヨリ敵ヘ一矢報イルベク最後ノ攻撃ヲ行ウ。友軍ノ武運長久ヲ確信ス』

 

と発した。

 

 

 

 

 

 

これにより、96師団は残存戦力400名を残し全滅。

この地での戦闘は終わった。

 

 

 

撤退した400名は、内132名が無事に防衛線まで撤退する事が出来、残りは戦死したものと思われる。

 

544偵察中隊は、継続して敵部隊の偵察や後方破壊工作を行う事となった。

 

 

 

 

 

 

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