北海道での戦いが始まってから既に1ヶ月と1週間が経つ。
刻々と戦争をするには厳しい冬が近づいて来ている。
潜水艦隊による敵補給中継拠点の偵察任務は芳しくない。
正確にはアンドレアノフ諸島に存在する、と言うことは確証を得られたのだがそれ以上の情報、例えば、どの島にあるのか、どの島にどの物資を備蓄するための施設があるのか、と言うのが分からない。
沿岸部であろうと内陸部であろうと、どちらにせよそれを発見するのは困難を極める。
何故なら海面からしか偵察が出来ない潜水艦は、基本的には確かに何も無い洋上であれば隠密性を高く保ったまま偵察が可能だが島を偵察するには、より接近しなければならない。
しかし、目標物が窪地や周りを少しでも小高い丘などに囲まれていれば、その発見は困難だ。
しかもそれ以外にも天候や敵部隊など様々な要因も加わって偵察を困難たらしめている。
以前も説明したがこのアンドレアノフ諸島近海は一年を通して大凡その半分の日数が霧に覆われる。
これでは視界なんて無い。下手をすると1〜20m先を見ることも出来ない、なんてものだから下手に近付けば座礁の危険性もある。
であれば天気が良い日に、とも行かない。
当然、天気が良ければ敵だって攻撃などを想定して哨戒機を飛ばしたりするだろう。そうなっては潜水艦なんて碌に対空装備も持たないから良い的だ。
しかも島には対水上電探や対空電探の配備もされているだろう、とされているからよしんば上手く接近出来たとしても浮上してしまえばアウト、伊号四〇〇型潜水艦に搭載されている水上攻撃機である晴嵐を飛ばそうにも電探に引っかかって此方が攻撃を企図していると悟られて陸海空全ての防衛部隊の規模を増やされてアウト。
だからまるで対策を打つ事が出来ないでいる。
とまぁ、そんな状況だ。
「第一潜水艦隊での偵察では、手詰まりだな……」
「提督、第一潜水艦隊から晴嵐の発艦許可が来てるけど……」
「却下だ。何度申請しても変わらん。今彼女達を失うわけには行かない」
「了解」
飛龍艦橋で、そう報告してくる飛龍は苦笑しながら頷く。
偵察任務に手詰まり感が出てきて早1週間。再三に渡る晴嵐の発艦許可を求められているが許可はしない。
現状艦隊は、敵艦隊との衝突を避けており襟裳岬から南南西に30kmの地点で北海道へ向けて物資輸送や部隊輸送、民間人を乗せた避難船が通る航路を敵航空機と敵艦隊から守っている。
専ら、北海道へ向けて部隊や物資を輸送する輸送船団は10〜20隻ほどで纏まって航行し日本各地の航空隊の援護を受けつつ室蘭港、函館港、苫小牧港の3箇所に向かっている。
室蘭港、函館港へ運ばれるのは主に各航空隊用の予備機体や予備部品などの航空隊用物資が殆どだ。
苫小牧港には前線の陸軍師団用の武器弾薬燃料食料、医薬品類、他には陣地構築用のコンクリートや鉄筋などの建築資材を荷上げしている。
増援の部隊も苫小牧港から上陸し、そこから鉄道を使って前線へ送られる。
第35戦車隊と第2実験戦車大隊も苫小牧港から陸揚げされ、前線配備されているし補給もそこからだ。
苫小牧港は前線への補給拠点なのだ。
民間人を乗せた避難船は函館から出発し、青森県陸奥湾の各港湾施設に向かっている。
なので我々は襟裳岬を境界線にその航路近辺を遊弋し守っているのだ。
現状、壊滅した第96師団や今でも戦闘状態の真っ只中にある第35戦車隊や第2実験戦車大隊、第1歩兵教導旅団や第244飛行戦隊、第245飛行戦隊と言った増援として派遣された先発部隊の活躍によって辛うじて防衛線の維持が出来ている。
彼らと第96師団が時間を稼いでくれたお陰で北海道駐屯の各師団や航空隊が準備を整える時間と余裕を作れた。
輸送船団は、先ず第一に各航空隊へ回す為の燃料弾薬、エンジンや各種予備パーツを輸送、北海道西部の先の両飛行戦隊が命懸けで守った、守っている鉄道で千歳飛行場など稼働状態にある飛行場全てに送られた。
それにより無事に避難することができた各航空隊は全力を以って戦うことが出来るようになった。
それによって陸上戦力では圧倒的に差を付けられては居るものの、航空戦力だけで見れば艦隊と合わせて拮抗状態に持ち込むことが出来た。
これにより制空権を確保とまでは行かないが、維持する事が出来、各北部戦線、中部戦線、南部戦線の航空機による地上支援も雀の涙程度かそれより少しマシ程度ではあるが出来ている。
補給が足りないならば空中投下で武器弾薬燃料食料水を落とし、突破されそうになれば紫電改や一式陸攻で爆撃や機銃掃射を行う。
そんな状況だ。
だがそれでも現状は押され気味、一歩間違えれば防衛線を突破されそのまま食い破られて北海道陥落、となるほどに危うい極細の綱を渡る綱渡り状態だ。
「どうしたものか……」
飛龍艦内の自室で一人そうぼやくが、偵察任務も含めて良い案は浮かばない。
パンター戦車ティーガー戦車も確かに改良などで故障なども抑えられているし部品の剛性や設計の見直し、必要ならば変えると言った改良などを積み重ねに積み重ねて十分以上にその能力を発揮出来るようになってはいるが、整備性に難があるのも確かだ。だからこそ強力だが四号戦車や三号戦車のように大規模な量産に踏み切れず少数の生産に留まっているのだ。
既に増援部隊の第二陣のスピットファイア、ハリケーンやイタリアのG.55チェンタウロやMC.205を装備した戦闘機部隊や防御陣地構築の為の資材と燃料弾薬食料水、次の第三陣で送り込む師団の為の弾薬なども既に輸送し終わっている。
しかしながら残念な事に、一個師団を送り込む事は出来なかった。
防衛線に展開している3個師団と各航空隊などに補給したり、送り込むための物資輸送で手一杯だったからだ。
流石にそこまでの余裕は無かった。ただし準備は整っていたのでそれが終了次第、送り込み始めた。
ここで少しばかり説明しておきたい事がある。
と言うのもこの第二陣で送り込んだ各戦闘機部隊
スピットファイア装備 第212飛行戦隊
隊長 アーサー・ヒル大佐
ハリケーン装備 第271飛行戦隊
隊長 ジャクソン・ターナー大佐
G.55装備 第258飛行戦隊
カルロ・アンドレオーニ大佐
MC.205装備 第204飛行戦隊
アントーニオ・アニェッリ大佐
以上の4個飛行戦隊はそれぞれ72機を装備しており陸軍所属だ。
この4個飛行戦隊、連日の戦闘で搭乗員が疲弊したり搭乗員は脱出して生きていたが機体を失って数を減らして疲弊していた第244そ飛行戦隊、第245飛行戦隊と丁度交代するような形で千歳飛行場に前進したのだ。
と言っても出撃を控えさせる、と言うだけで補充の人員と機材が届くまでの間両飛行戦隊は千歳飛行場にそのまま駐屯しているのだがまぁいい。
元々多数の航空隊が駐屯していて手狭になりつつあった、いや手狭と言ってしまった方がいい状況だった千歳飛行場は現在滑走路や格納庫、エプロン帯など拡張工事中だ。
突貫工事を重ねて既に1200m級の新しい滑走路と格納庫などがの施設が丸々1セット運用状態に入っている。
それでもまだ狭いので新たにもう1本建設中で早ければあと2週間で稼働状態に入れるとの報告が上がっている。
それが終了したら更にもう1セット建設予定だ。
だが、敵の戦爆連合や進出してきた双発爆撃機B-25などから爆撃を受けつつの建設だ。
幸いなのは、敵が進駐した飛行場から千歳飛行場の距離が近く4発などの重爆を飛ばして来ないと言う事だろう。
何故なら4発重爆を出撃させるとなると高度が全く取れずに迎撃に上がった友軍戦闘機の格好の獲物でしかなくなるからだ。だからそれを承知している敵は双発爆撃機や単発爆撃機を主戦力として爆撃を行ってくる。
そのお陰と戦闘機隊の活躍もあってか、千年飛行場はそこまでの復旧に1ヶ月など長期間の修理を有するほどの大打撃を被っていない。
お陰で想定よりも早く飛行場の拡張を進められている現状だ。
とまぁ、設備を拡張している千歳飛行場だがそこに他の海軍航空隊と共に駐屯しているのが上記の6個飛行戦隊だ。
話を戻して、第244飛行戦隊と第245飛行戦隊と交代するような形で配備された4個飛行戦隊は他の海軍航空隊よりも倍の数を有していると言うのもあり、大活躍だった。
迎撃となれば単一の戦隊で纏まった数を迎撃に上げられる事や、搭乗員達が単純に戦果に貪欲である事など多くの要因が絡んでいる。
何せ元々、6個飛行戦隊は機体や部品などの生産数の関係上前線に出す事は難しく、あったとしても本土への敵空母艦載機によるゲリラ的に行われる小、中規模な爆撃の迎撃に上がるばかりでその回数も片手で数えるほどだ。前線へ配備されるでも無く、かといって本土防空は1万mを超える超高高度から飛来するB−29を相手にすることは難しく、改良を重ねたジェット戦闘機の震電改が主戦力だから出る幕は無い。
訓練ばかりで機体性能だけでなく搭乗員の練度も高かった。
故に、どの海軍航空隊よりも遥かに戦果を挙げ続けている。海軍航空隊は、母艦航空隊へ引き抜かれることが多く若年搭乗員の割合が高い。
先ずは海軍航空隊で経験を積み、そこから母艦航空隊へ引き抜かれると言う形だから本土を守る海軍航空隊は必然的に練度が低下し易くなっている。
と言っても震電改を装備している部隊からは引き抜いていない。
しかしながら海軍航空隊も、母艦ではまだまだだが基地航空隊としては十分な実力を持つものが多い。
そもそも母艦航空隊の面々は皆、原田大佐を筆頭に化物揃いの腕前だから比べるのもおかしい話だ。
空母に配属されると大体のヤツが揺れながら前進している空母への発着艦訓練に手間取るのだ。それに比べ動かない土の上に着陸する事と比べるとどうしても、と言うわけだ。
制空権の奪い合いを海軍航空隊と共に、押し寄せる大量の深海棲艦機相手に繰り広げ爆弾を積んだ一式陸攻や紫電改の護衛などを務める事も多くそれと共に地上支援任務も数多くこなしている。
既に各飛行戦隊で60機づつ以上の撃墜、撃破報告が上がっている。
第244飛行戦隊と第245飛行戦隊が立て直すとより一層航空戦力の勢いは増した。
何せ6個飛行戦隊だけで432機に及ぶ戦力だから、元々の北海道に駐屯していた海軍航空隊と合わせれば戦闘機だけで約1000機、攻撃兵力である一式陸攻などを含めれば1150機は下らない。
敵は空母艦載機を含めると2500機を軽く越す戦力になるがその全てが戦闘機という訳では無いから、守るべき攻撃隊の居ない迎撃にだけ集中すればいい、足枷の無い状態の彼等からすれば到底遅れを取る相手では無いと言うことだ。
だからこそ現状拮抗状態にまで持ち込めているのだ。
それでも、有り余る物量に物を言わせて毎日毎日攻め込んできて、漸く拮抗状態だから本当に深海棲艦の物量は凄まじい。
が、それも無限というわけでは無いだろう。
無限に感じられるほどの物量なのであって底が無い訳では無い。
事実、南方方面での戦闘において深海棲艦は多数の艦艇を失いその補充に梃子摺っていた、と言う事も確認されている。
底はあるが底が見えないほどの圧倒的な物量と、それに加えて一定以上の質がある。だから人類は負けに負け続けている。
しかし押し寄せる波にも何処かしら切れ目がある筈なのだ。
それを巧く利用すれば、勝つことができる。
ともかく4個飛行戦隊の活躍が無ければ第244飛行戦隊と第245飛行戦隊が立て直すことも出来なかっただろうし、とっくに防衛線は崩壊していただろう。
第三陣の反抗戦力ともなる第三陣で反抗戦力の第一陣である5個歩兵師団と砲兵、機甲師団をそれぞれ1個づつ送り込む手筈だが、まだ開始されていない。
未だ各部隊の準備、輸送船への積載や港湾への移動が今少し時間が掛かるので今送り込んでいる1個師団の移動が完了次第、順次送り込む手筈だ。
幾ら拮抗状態とは言え日に日に防衛線への圧力は増すばかりで早い事どうにかしないと本当に手遅れになり兼ねない。
正直、北海道陥落程度で済めばまだ良い方である、と考えている。
確かに食料生産の多くを担っている北海道を失えば戦線や国民への食料供給が滞ってしまうのは避けられない。
だがそれでも、本州で生産量を増やせばいいだけの話だ。それでも必要生産量に達するまでに数年は掛かるだろうし達したとしても飢えに苦しむことになるのは間違いない。
だがそれよりもずっと最悪なのはなし崩し的に本州にまで上陸を許してしまう事だ。
そうなっては現状南方方面へ撤退するしか方法は無く、武器弾薬燃料の生産設備は勿論の事だが持ち出せるものは出来る限り持ち出して、更には国民を避難させなければならない。
そうなってはまともな食糧生産の為の田畑や牧場がない南方方面ではかの戦争と同じ飢餓地獄に陥るのは間違いない。
そうなれば戦争どころの話では無く、どう考えたって深海棲艦に滅ぼされるよりも先に、人間同士の戦いで滅亡待った無しだろう。
それを考えると、早いこと手を打たないとならないのだがその手段が無い。
敵の補給拠点であるアンドリアノフ諸島を攻撃しようにも正確な備蓄倉庫や燃料タンクの位置を手に入れなければただ無駄に砲弾や爆弾、燃料を消費するだけでない、大損害を食らってそれこそ年単位で作戦行動が出来なくなる恐れもある。
このままでは間違い無く、冬までに戦闘が終わる事はないだろう。
早くても来春、長引けば来年の秋や冬にまで掛かる事は間違いない。
「提督、取り敢えず今はどうする?このままただ遊弋していてもしょうがないよ」
「分かっている」
自室に態々食事を持ってきてくれた飛龍と話す。
既に太陽は落ちて辺りは暗い。窓から確認出来る明かりは艦隊のそれぞれの艦艇が放つ最小限の明かりだけだ。
さて、どうするか……。
敵に対する有効な手立てが見つからない以上、戦闘が長引くのは覚悟せねばならない。
となれば、先ず考えるべきは戦っている各部隊の状況だ。
今は夏で、深海棲艦が現れてから人類は衰退するばかりで、気候変動なども大きく収まり平均気温も大きく下がってきているから北海道は涼しい。
本州でも、40度になるなんてこの数年ありえないしどれだけ暑くても35度程度だ。
夏はまだ良い。
だが問題は冬だ。
今の日本は全国雪が降るところは降るし積もる。
関東ですら雪が降れば降雪するのが当たり前なのだから冬が厳しい北海道がどうなるかは想像に難くない。
となれば、それに備えなければならない。
幾らか考えた後に答えを出す。
「飛龍」
「うん?」
「各兵器廠に連絡だ」
「なんて連絡するの?」
「防寒具や不凍液などの各種冬季装備の生産を順次開始するように。冬季迷彩用の塗料などの生産も忘れない様に、と」
「分かったけど、でも早くない?」
「いいや、寧ろ遅過ぎるかもしれない。このままなんの手立てもなく時間が過ぎれば今年だけの話じゃない、来年再来年も戦うことになるだろう。それを考えると今から生産して、冬の到来に備ないとならない」
「そう言うことか。分かった。そう連絡する」
「ありがとう。それと、寒冷地担当の第513偵察中隊を呼び出してほしい。場所は北海道千歳飛行場」
「了解」
そう言って、形式的に頭を下げて部屋を出ていく飛龍を見届けてから伝え忘れた事を態々飛龍を呼び戻すのもあれだから、艦内電話で艦橋に居る艦長に電話する。
『こちら艦長』
「湯野だ」
『提督でしたか。何用でしょうか?』
「参謀長達司令部要員の主要幹部に私の部屋へ来るよう伝えてくれ」
『了解しました。他に用件は?』
「これだけだ」
『分かりました。それでは』
「あぁ、ありがとう」
そう艦長に伝えてから大凡10分後。
司令部要員、参謀長以下の面々が艦長室に集まる。
今回は飛龍や艦長達は居ない。
呼び出していないからだ。
「提督、司令部要員山田参謀長以下集合しました」
「突然の呼び出し、申し訳ないな。まぁなんだ、取り敢えず珈琲でも飲んでくれ。本物の珈琲豆だ」
「おぉ、珈琲ですか。それも本物の豆と!」
「あぁ、この前呉の街に出た時に立ち寄った商店に置いてあってな。購入してみたのだ。取り敢えず飲んでみてくれ」
「ですが、宜しいのですか?かなり高かったのでは……」
「なに、飲んでこそだろう。買ったはいいが結局飲まなかったからな。それぐらいならば皆に飲んでもらった方がいい。是非飲んでくれ」
「そう言う事ならば、有り難く頂戴します」
皆が集まるまでに、どうせ俺が持っていても飲む機会も無いのだから、と珈琲を淹れた。
代用珈琲では無く、本物の珈琲だ。
それを聞くとやはり皆、驚く。
俺だって売っているのを見た時は驚いたものだ。
実は今回艦隊が中止となった敵通商破壊艦隊撃滅の為に出港する少し前にまたもや皆に言われ、ほぼほぼ強制的に取らされた休暇の日に、本当にやる事が無く呉の街に出向いたのだ。
艦隊は出撃準備で忙しくいつもの様に何処かの鑑に乗り込んで釣りをする訳にもいかず、どうしたものか、と考えて久々に街に出たのだ。
いまだ、物資不足はあれど以前よりも幾らかは活気が戻った呉の街を、数十人の護衛の陸戦隊と共に装甲車に乗って、インクや鉛筆などの必要なものをリストアップしたメモ帳片手に商店やらを巡っていた時の事だ。
俺が忙しい時に、部屋で食事を作ってくれる艦娘の皆が調味料があれば、と時折声を漏らしていた事があるな、と思い出したのだ。
それを思い出してから、少しばかり調味料も調達するか、と胡椒などの調味料の他に海軍伝統の海軍カレーを作る時に必要なターメリックなども纏めて購入しておいた。
殆ど使う事が無く、精々釣り用具や生活用品を買う程度で貯まるばかりの給料をここぞとばかりに使ったのだ。
そこである商店で品探しをしていた時の事だ。
今や珍しい、本物の珈琲豆が入荷されていたのだ。
店主の御老人に聞いてみると、どうやら売れると思って買ったわけではなく、完全に自分の趣味で買い店先に並べている、との事だった。
確かに今の世の中、珈琲豆なんて馬鹿みたいに高い物など買う人間は居ない。
何せこの戦争が始まる前の値段は種類にもよるが100g辺り精々150円から180円だった。
今の豆の値段は、50倍にも跳ね上がっており100g辺り9千円から1万円なんてのが普通、下手するとそれ以上なんてのが当たり前だ。
店先に並んでいた珈琲豆の値段は店の利益もあるから100g辺りまさかの1万5千円。
物凄く高い。1万5千円なんて今の時代、一般家庭において1ヶ月以上の食費になる値段だ。
店主本人もどうせ売れないが、まぁ置いておこうか、と言うだけで最悪自分で楽しもう、と考えていたらしい。
それを聞いて、ふむ、と少し考えて思った。
別に珈琲好きでもないが、まぁ買ってみるかな、と。
そこで取り敢えず500g買ってみたのだ。
この職業柄、いくら給料があろうと下手に孤児院などに寄付しても賄賂と取られ兼ねないのだ。
そうなると、今は毎月基本給で大凡170万円ほどの給料を貰っている。この職に就いて十年で、作戦や戦闘などに参加したりすると出戦手当、と言う手当が大体10万円ほど。
それに提督を務められると特別性、希少性故に言う事からプラス大体100万円ほどを上乗せで給料を与えられている。
他にも諸々の手当があったりするので結果的に合計で月給は大凡300万円。
階級にもよるのでこの職についてから少将、中将と階級を踏んできたからあまり細かくは無いが、大体3億6千万ほどの給料を貰っていることになる。
そこから所得税が457万6千円やらなんやら色々と引いても、大体3億円ほどが手元に残る計算だ。
実際預金通帳には3億円よりもほんの少しばかり少ない金額が書かれている。
光熱費や水道費などは軍の敷地内の住居に住んでいて、国が負担しているから掛からない。
生活必需品などの必要なものを購入したとしても、そんな何百万も使わないし、と言うか使えないし、紙などの値段は高くなっていたとしても、だ。
そんな無駄に溜め込んでもしょうがないし、どうせ使うなら、と言うことだ。
下手に風俗などの性産業にも手を出せないし、そもそもそんな機会無い。あれだけ護衛を引き連れて堂々とそう言った店に入る勇気は俺には無い。
それに前の世界のようにゲームなどもこのご時世だからそもそも生産されておらず恐らく民間人の家庭単位で考えれば元々所有していたなどで、あるのだろうがそう言った娯楽に生産コストを割くほどの余裕は無いから結果的に全くと言っていいほど生産されていない。
現状生産されている電子機器と言うのは、俺や中代大将達が仕事で使用する為のノートパソコンやスマートフォンなどの通信機器が極々少数。
そもそもこれらの電子機器は深海棲艦が発している妨害電波のような物によって極短距離、それこそ数百m程度ならばまだしも遠距離通信、軍事作戦で最低限必要である数km単位ではまるで使えない。
正確に言うならば、現代のハイテク機器に分類されるものは全て妨害電波の影響を受ける。
だがそうではないかの大戦期に使われていたものは通常通り使用可能だ。
ネットワーク回線も無いから、基本的にはノートパソコンで書類を書いたとしても直接送る、と言うことはできない。
基本は印刷して、それを直接軍の者が運ぶのだ。ただしそれらの書類を運ぶ事ができるのは肉体的にも勿論だがその他にも幾つもの特殊な訓練を受けており尚且つ機密情報の扱いを許された佐官クラスの人間で無ければ手にすることすら許されていない。
実際、俺や中代大将達が書いた書類はその許された者が運んでおり、その仕事量は常に呉と栃木県山中の司令部を行ったり来たりの多忙なものだ。
まぁ、航空機を使用しているので幾らかは楽だろう。
基本的には電話などは使用出来る。
有線回線に限ってだが。ただ、現代の様なものではなく、昔の黒電話だが。
話を戻そう。
趣味を見つけようにも、このご時世だから今のところ釣りぐらいしか趣味が見つけられない。
そんなわけで金を掛ける趣味は無くただ貯まっていくばかりだから、金銭的余裕はある。
しかしまぁ、なんと言うか、買ったはいいが自分で豆を挽くのも面倒だしそもそも執務に追われて時間は無いしで結局豆を挽く為のコーヒーミルなどと一緒に棚に飾っておくだけになってしまったのだ。
なんとなーく、勿体無い気がしていたのだ。
一応珈琲は支給されるのだが、なんと言うかまぁ、支給される珈琲は多分珈琲好きで無い人間でもこれは違う、と思うようなものだから久々に飲みたくなったのかもしれない。
そもそも代用珈琲だから珈琲では無いのだが。
勿体無いな、と思いつつ作戦で艦に乗り込めば多少は時間があるか、と思って持って来たのだが正解だった。
「旨くは無いだろうが、勘弁してくれ」
「いえ、とても美味しいです。我々でも珈琲など飲める機会は滅多にありませんので。それで、今回はどの様な理由でしょうか?」
「少しばかり、策を思い付いた」
「!!それならば、艦長達も呼び出した方が良いのでは?」
「いいや、今回は秘匿性の高い作戦と考えている。だから出来るだけ知る者を限定しておきたい」
「なるほど、そうでしたか。失礼しました」
「いや、構わん」
「それで、策とはどの様な?」
「第513偵察中隊を使ってアンドリアノフ諸島を偵察させる」
俺のその発言で、皆が静かになった。
ある者は珈琲が入ったカップを片手に固まっていたり、カチャンとカップを置いて思考したり。
それぞれ反応がバラバラだ。
「その手がありましたか……」
「あぁ、俺も今さっき思い付いたと言うか、気が付いたのだがな」
「潜水艦で偵察することばかり考えていてまるで思い付きませんでした……」
「俺も、どうすれば潜水艦で見つけられるか、と固執してしまっていたのだ。それで、漸く思い付いたこの案だが……、どう思う?」
「……現在取れる方法としては、最良であり、最も損害が小さくて済むと考えます」
「ですが、問題が山積みです。第513偵察中隊を現地まで輸送する手段と目標物の伝達方法、作戦が終了した後の同中隊の撤収、そして回収方法、上陸方法などはどうなさるのでしょうか?よしんばそれらが解決出来たとしても、あの海域の霧の状況を考えれば、敵に悟られずに上陸するのは難しいかと考えますが」
「輸送手段は伊号400型潜水艦のどれかに任せる。上陸方法は格納庫の中の晴嵐を全て下ろせば各艦で必要装備等によって変わるだろうが2個分隊は輸送出来る。上陸はゴム製のボートでなんとかなるだろう。空挺降下だと間違い無く悟られる。伝達方法は陸軍砲兵のやり方と同じで無線を使って弾着観測を行う。回収は天候が良ければ航空機の援護の下で潜水艦までゴムボートを漕いで行ってもらうしかあるまい」
「では、霧はどうなさるのでしょうか」
「寧ろ、霧がある時に上陸を行う」
「それは、危険過ぎませんか?」
「いや、霧に紛れることが出来れば察知されずに上陸出来るだろう。上陸地点の選定は作戦を決行する第513偵察中隊に任せる」
参謀長などと色々と話しながら、問題点を洗い出し、会議を続ける。
大凡の作戦計画が定まり会議が終わったのは、夜が明けてからだった。
翌日。
飛龍から第513偵察中隊が千歳飛行場に到着した、との報告を受けて流星に乗り込んで千歳飛行場へ向かった。
そこでは防衛戦でてんてこまいの忙しさになりながら動き回っている妖精達がいた。
流石に俺を出迎えるために作業の手を緩めろ、なんて言わないしなんなら事前に出迎えなくていい、と言ってある。
しかし出迎えに、人数は多くないが12名が待機している。
「提督、お待ちしておりました。防衛司令部副司令の石田中将であります。司令の永田大将は指揮を執られていますので私が代わりに」
「あぁ、ありがとう」
前へ出てそう名乗ったのは、北海道防衛司令部副司令の石田中将だった。
それに続いて、。カール・ベッカー大佐、ヴァルター・ヴァーグナー大佐、ジャクソン・ターナー大佐、アントーニオ・アニェッリ大佐の4名と、第513偵察中隊隊長浅田弘光中佐、そしてそれぞれが一人づつ部下を連れている。
「お久しぶりです。閣下」
「お元気そうで何よりです、閣下」
「ベッカー大佐、ヴァーグナー大佐、久しいな。変わりないか?」
「えぇ、毎日とは行きませんが出撃して敵機を落としてやってます」
「私はこの前着陸して機体から降りる時、足を滑らせまして思いっ切り尻を打ち付けましたな」
「そうかそうか、だが元気そうじゃないか」
「えぇ、そこまで柔じゃぁありません」
軽く握手をしながら、話す。
この二人は、と言うより元ドイツ軍の面々は俺の事を提督ではなく、閣下と呼ぶ。
閣下なんて仰々しいが、閣下は閣下だと言われてしまったから納得するしかない。
「ターナー大佐、少し顔色が悪いか?」
「いえ、太陽の当たり方の問題でしょう。私も至って元気です」
「それなら構わないが、無理はするな」
「提督ほどでは。部下に怒られるまで仕事はしません」
「これは一本取られたな」
ターナー大佐と握手をしながら、笑いながら話す。
「提督」
「アニェッリ大佐、どうした?」
「小麦を下さい」
「いきなりだな……」
「いえ、確かにパンを態々我々に補給して頂けるのは有り難いのですが、我々イタリア人はパスタを食べたいのです。ピッツァを食べたいのです」
「まぁ、それは分かるが生産量の関係上そうも行かんだろう」
「ですが、飛行場の周りを全て小麦や大麦畑にしようと訳の分からない事を言い始めている者も出て来ている始末でして。このままだと本当に悪夢に成り兼ねません」
「あぁ、分かった分かった。小麦の補給は確約は出来ないが検討はしてみよう」
「ありがとうございます」
ベッカー大佐とターナー大佐は、生粋の軍大学出の士官といった感じだ。
ヴァーグナー大佐、アニェッリ大佐は叩き上げで大佐に上り詰めたタイプの軍人だ。
この4人を含めた、欧州軍人の指揮官とは少数部隊であるなどの特異性故に頻繁とまでは行かないが、それなりに顔を合わせていた。
実際、これらの部隊への補給などは国内駐屯と言うのもあって他の部隊とは事情が違う。
アニェッリ大佐が言ったように、これらの部隊には米とパンを半々で供給している。と言うのも元々パン食であった彼らに米を供給していたのだが、パンが食いたい、と不満が出始めたのだ。
普通ならば我慢しろ、と言いたいところだがそうも行かない。
戦意や士気の維持の為にも、全てとは行かないがまぁ、半々程度なら、と言うことで幾つかの種類のパンを送っているのだ。
始めた時はそれはもう、狂喜乱舞と言う様な喜び方だったらしい。
日本人の兵士は別に米でいいしパンを出されたらそっちを食う、と言うスタンスのためにそうでもないらしいが。
それぞれ4人と握手して、浅田中佐の前に立つ。
「急な呼び出しにも関わらず、来てくれた事、感謝する」
「いえ、それが仕事ですので。用件は?」
「それは後々話す。取り敢えず、他の兵士がいる宿舎まで案内して欲しい」
「分かりました。それでは行きましょう」
「それでは皆、用件が終わったら部隊ごとに現状を把握するために呼び出すと思うから、そのつもりで頼む」
「「「「「はっ」」」」」
「では、失礼するよ」
「敬礼!」
浅田中佐と、従卒の兵士と共に防衛司令部の一室を借り受けて案内してもらい、向かう。
第513偵察中隊は、あらゆる兵科から志願して選抜された総人員150名で構成されている。
歩兵砲兵は勿論だが戦車兵、工兵、衛生兵、参謀科、要塞参謀科、憲兵科、工兵科、輜重兵科、航空兵科と様々な兵科の兵士で構成されている。
果ては経理から志願して部隊に属している者もいる。
因みにであるが騎兵科は、現在機甲科として統合された為に存在しない。
主装備は歩兵装備だが、中にはある程度の火力を出すべく口径の小さな野砲が幾つか装備されている。
空挺降下など、偵察などに限らず特殊戦に必要な技能は一通り必修科目として収めており、舟艇の操縦や航空機の操縦、戦車の操縦までもを行う事が出来る。
そんな彼らに本作戦で活躍してもらおう、と言う訳だ。
集めた彼らを前に作戦概要を説明する。
簡単に言えば、
アンドレアノフ諸島にある敵物資集積所その他重要施設の位置情報を艦隊に送り、弾着観測を行い、必要と判断すれば中隊も施設破壊任務に従事せよ。
と言うものだ。
「はっきり言って、かなり困難かつ危険極まりない任務である。諸君らが出来ない、と言うのであれば我々は別の方法を探る」
「閣下、質問宜しいでしょうか」
「構わん。この任務に関わる事であれば誰でも何でも聞いて構わない」
「もし我々中隊が任務困難を理由に首を縦に降らなかった場合、別の方法を探ると仰いましたが、方法の目処は付いているのでしょうか?」
この質問に正直に答えてしまえば彼らは軍人、やると言わざるを得なくなる。
上官として、この姿勢は褒められたものでは無いんだろうが、プロたる彼らが出来ないと言う事を無理矢理やれ、とは言えない。
「……はっきり言って、全く付いていない。爆撃しようにも距離が遠過ぎて、二式大艇が偵察装備で燃料満載状態で漸く往復出来るかどうか、と言ったところだ。連山は航続距離不足で動かせない」
「艦隊は?」
「あの辺りの海域は霧がよく発生する。視界が儘ならないし、艦載機での空襲は霧があれば、まず飛ばせないから不可能。アンドレアノフ諸島自体の航空兵力は大した事は無いから問題は駐留艦隊が現状北海道近海に進出していている艦隊と最低でも同規模、と言う事だ。となればまず間違い無く艦隊同士の戦闘が生起するだろう。しかし、北海道近海の敵艦隊撃滅をする為には、アンドレアノフ諸島で戦闘した後では無理だ」
「空母は間違い無く、使い物にならないと」
「その通りだ。だからこそ高速戦艦数隻と随伴艦隊でアンドレアノフ諸島を艦砲射撃によって叩こう、と言う作戦だ」
「分かりました。その任務、我が中隊が謹んでお受け致します」
「ありがとう、感謝する」
どうやら彼らは俺の答えを聞く前から既に腹は決まっていたらしい。
中隊員全員が既に覚悟を決めている表情だ。
それを見て、俺の心配は杞憂であったと思う。
とまぁ、作戦自体を行うこは決まったが具体的な決行日は決まっていない。
何故なら、アンドレアノフ諸島を叩いたとしても北海道で攻勢に出る事が出来なければ意味が無いからだ。
その点、未だ陸軍の師団は準備が整っておらず漸く増派が始まったばかり。
少なくとも、第一陣の各師団が配置完了をしなければならない。
何故なら、攻勢に出ずにそのままで居たら復旧されてしまう。
ただし、問題の解決策が無い訳ではなく、既に師団増派の準備は中代大将以外の面々が取り掛かってくれている。
早ければあと一ヶ月で整えられる、と言われている。
さて、我々艦隊も準備を進めなければ。