暁の水平線に勝利を刻めるか   作:ジャーマンポテトin納豆

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第53話

 

 

 

 

 

 

北海道での反攻作戦二週間前。

陸海軍共に着々と準備を進めていた。

 

海軍はホ1、2号作戦に向けて、陸軍は投入される第5軍集団の準備に追われている。

連日、可能な限り第5軍集団の部隊を送り込みつつ、戦線維持の為の補給も同時に輸送船団を用いて行っているが、作戦決行日まではギリギリだろう。

 

それでも南方方面への輸送に従事している輸送船を引き抜き、第5軍集団と必要となる各種物資の積み込みを既に開始し、3割程が積み込みを終えている。

 

積み込みさえ終える事が出来れば、あとは北海道に送り込み、陸での反攻作戦である北号作戦の準備を進めるのだ。

 

陸軍の作戦は海軍の勝利が大前提であるから、先ずは海軍が勝たねばならない。

 

作戦の準備は当然進むが、他の事でも次々と報告書などが届く。

ホ1号作戦に参加する艦艇は一度呉に戻り、北太平洋の荒波を耐え抜くべく点検整備を行なっている。

 

ホ2号作戦参加艦艇も順番だが呉で点検整備をしている。

 

 

今現在、表向きは将旗を飛龍に掲げ旗艦としているが、今回俺が作戦中に座乗する艦はビスマルクとなっている。

金剛でない理由は、単純に通信、電探、光学照準器などの各種設備が他艦と比べ充実しているからだ。

 

話し始めたらキリが無いが、我々が攻撃を行うアンドレアノフ諸島近海はよく霧に覆われる。

下手をしたら、数m先すら見えなくなるのが霧だ、目視での戦闘はどう考えても無茶がある。

霧が辺りを覆った、と仮定した場合、射撃に置ける測距、照準、射撃は全て電探頼りになる。

発光信号も意味を成さない可能性もある。

 

であれば、他艦に比べてそれらが充実しており、尚且つ金剛よりも攻撃力、防御力が高いビスマルクを旗艦として置いた方が指揮を継続して取り続ける事が出来たりと、何かと都合が良いのだ。

 

ヴァンガードでは駄目なのか、と言うが実は場合にもよるが防御力、特に水雷防御が他艦に比べて高いとは言えない。

更に補助機関がはっきり言って発電量がビスマルクどころか改装済みの金剛にすら劣っているのだ。

これでは主機関が使えなくなった場合、補助機関のみで運用すると考えると揚錨機やクレーンの動力など日常で使用する多くの動力を蒸気機関に頼っているから電探などに回す電力が不足し十全な性能を発揮し得ないと考えた。

 

しかも、恐らく作戦実施海域は潜水艦が最も能力を発揮し得る場所である為に、それは不味い。

水雷防御と補助機関を合わせて考えた場合、下手をすれば魚雷一本だけで戦闘力を全て喪失する可能性がある。

しかし、その攻撃力は金剛や霧島に比べ高く、全長や全幅も大きく対空兵装が金剛のように無理矢理積めるだけ積んだ感が無く(それでもヴァンガードも機銃などを積める場所に積められるだけ積んだが)、装備している対空砲、対空機銃の数も多く、増加に伴う運用問題も金剛や霧島に比べればマシだ。

 

しかし、水雷防御が低いのは如何ともし難い。

基本的に、戦艦や空母と言った大型であり一定以上の防御力を持つ艦を沈めるには対艦爆弾だけでは普通ならば無理だ。

誘爆を狙ったり、艦橋に直撃させたりしなければ殆どの場合、確かに損傷を与える事は可能だが撃沈となると話が変わってくる。

 

例えば、我が海軍最大かつ最強クラスの大和、武蔵の2隻で考えた場合、爆弾で機銃や対空砲を破壊する事は出来たとしても、装甲を貫き艦内部で爆弾を炸裂させる事は出来ない。

艦橋は場所によるが最大500mm、艦橋などに配置されている操舵室なども装甲で覆われているから先ず破壊は無理であろうし、砲塔に至っては防盾部分は650mm。

40cm砲を正面から受けて弾き返す厚さだ。

 

どう考えても、深海棲艦が急降下で投下する250kg爆弾や500kg爆弾では装甲を貫通どころか凹ませたり傷を付けることすら叶わない。

 

しかしこれが魚雷になってくると全く話が違ってくる。

と言うのも、基本的にどの船、どの軍艦でも喫水線下は弱い。

いくら重防御で固めようと、艦全体の防御力と相談して決めねばならず、更には艦の重量問題などで限度がある。

確かに他戦艦と比べると破格と言っていい水雷防御を誇る大和や武蔵でも、結局装甲を破られれば弱い事には変わりない。

 

では喫水線下が何故弱いのか?

答えは単純、艦にとって最も脅威となるのが浸水だからだ。

極論を言ってしまえば、火災が発生したとしても周りに水が幾らでもあるから迅速に消火を行えば問題無い。

掛けた水は甲板上であれば海に流れて行くし、艦内に溜まったとしても浸水による水量に比べれば大した事は無い。

排水ポンプを使えば簡単に艦外に排出出来る。

 

しかし浸水、特に喫水線下からの浸水となるとまるで話が変わってくる。

喫水線下と言うのは、水の下にあるものだ。

と言う事はここに攻撃を加えられたらどうなるか?

 

穴を開けられた箇所から、海水が際限無く入り込んで来るのだ。

確かに排水ポンプなどを使い浸水量を少なくする事も有用であるし、隔壁を閉じて浸水する区画を少なくする、艦の予備浮力が高ければ良い、などやり方はある。

 

しかし、海水の浸水と言うのは兎に角厄介極まりない。

浸水する中でダメコンをしなければならないし、防水布などが足りなくなれば応急措置すら出来なくなる。

 

魚雷一発の被弾ならば、よほど辺りどころが悪くなければ大和や武蔵はおろか金剛などでも沈む事も無い。

だが艦である以上、それらのダメコンに必要な物資は戦闘を行う艦である以上、多くはない。

 

航空魚雷は、駆逐艦から発射される魚雷と比べると、我が軍で広く使われている酸素魚雷は比べる魚雷にもよるが、海軍艦艇に使用されている九三式魚雷三型にもなると炸薬量は780kg、九一式航空魚雷の実に凡そ7倍の炸薬量を誇る。

 

しかも、欧州からの技術の中には、酸素魚雷の弱点の一つであったジャイロスコープが含まれており、30ノットを超える高速力下での魚雷を投下すると迷走する、と言う弱点が解消されている。

 

炸薬量を減らし、音響誘導方式や無線誘導方式を導入しては、と開発はしているが今現在結果は芳しくはない。

ともかく、無誘導方式ではあるがそれほどの破壊力を有すると言う事だ。

 

深海棲艦の武器などの詳細な威力が未だ不明な為に我が軍の魚雷で考えたが、自軍兵器が自分に向けられた事を想定しないなど馬鹿の極みであるから特に問題は無い。

魚雷に関しては深海棲艦側よりも高性能であるからな。

 

我が海軍の潜水艦用魚雷は炸薬量400kgで300kgほど炸薬量は少ないがそれでも航空魚雷と比べると破格と言っていい。

 

それが、霧が発生しやすく、海が荒れ易い敵潜水艦を発見しにくい場所で自分達に向けられ、命中したらどうなるか?

 

喫水線下を吹き飛ばされて轟沈待った無しである。

装甲を繋ぐ方法をリベット止めから溶接方式に変え、防御力と重量軽減による速力増加が期待されている大和型戦艦ですら、駆逐艦や潜水艦の魚雷を喰らったら一溜まりもない。

 

であるのに、それより水雷防御が劣るヴァンガードが魚雷を喰らったらどうなるか、結果は明白だ。

 

 

それらを加味して考えた結果、ビスマルクを旗艦に据えた方が良いであろう、と言う結論に至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、作戦に向けて準備が進められる中、俺もその為の書類仕事やそれ以外の溜まりに溜まった仕事と戦っている最中である。

なんとまぁ、ここまでの書類の山は何時以来であろうか。

 

旗艦であるビスマルクは点検整備中。

駆逐艦は魚雷発射管を一基残して全て対潜及び対空装備に換装。

 

能代及び秋月、照月、初月の秋月型3隻は本作戦実施に伴い搭載していた魚雷発射管、自発装填装置など魚雷に関わる装備を全て撤去。

対空機銃や機関砲をその分の空きスペースに2cm4連装機関砲や25mm3連装機銃、40mm2連装、4連装対空機関砲を許されるだけ積み込んでいる。

艦尾には爆雷投射機を2基増設。

その分の弾薬も魚雷関連装備撤去のお陰で搭載出来るスペースは十分にあるからな。

 

今回の作戦で何よりも恐ろしいのは、敵艦隊では無く敵潜水艦だ。

霧が発生さえしてしまえば此方としては敵哨戒機に見つかり敵機や敵潜の攻撃に晒される事は無く、あったとしても早々命中はしない。

タイミングを合わせて敵艦隊が居ない時を狙うから、敵艦隊との殴り合いが発生する可能性は低いだろう。

 

しかし霧が無い場合、潜水艦や敵飛行場から飛び立った敵機の攻撃を受けるは必須だ。

ならば魚雷を積んで誘爆の可能性を高くするよりは対空機銃や対潜爆雷を積んで置いた方が良い。

万が一敵艦隊との戦闘になったとしても、残りの艦が魚雷発射管を一基づつ搭載しているから全くの無力というわけでは無い。

 

今回、艦隊に随伴する空母は隼鷹1隻だけだから、幾ら対潜哨戒用の流星を最低限度しか積まず戦闘機が殆どを占めるとは言え、

 

烈風64機 流星8機 彩雲6機 計78機

 

この陣容ではもし敵機との戦闘になった場合、迎撃をすり抜けてくる敵機は多いだろう。

そうなれば艦隊での対空戦闘は激しくなると予想される。

 

突貫工事になったが、作戦までには間に合うだろう。

 

更に艦隊に最大速力25ノットを発揮出来る高速タンカーを2隻、同じく25ノットを発揮出来る高速補給船を1隻随伴させる事に決定した。

アンドレアノフ諸島までの道のりは長く、帰り道も途方も無く長い。

潜水艦や敵機との戦闘になれば燃料を多く消費してしまう。燃料切れで動けなくなったらそれこそ大事であるからな。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

連日連夜の座り仕事で肩凝りが酷く、頭が痛くなってきた。

頭痛から来る吐き気もしている。

 

かと言って休める余裕は無い。

 

「提督、ちょっといいかい?」

 

「ん"、どうした?」

 

「はぁ……、あのさ、ちょっと休みなって。酷い顔してるよ」

 

お茶と共に、昼食を作って持って来てくれる隼鷹に、呆れ顔で何度目になるか分からない、休めと言う言葉を掛けられた。

 

「休んでも居られない。作戦決行までそう時間は多く無いのだ。一日休んでしまえばそれ以上に準備などが滞るからな」

 

「その顔色で言っても説得力無いし、なんなら仕事の効率、凄い落ちてるけど」

 

そう言われると、反撃する言葉が思い付かない。

 

「ったく、鳳翔さんに言い付けられたくなかったら取り敢えず今日の午後は休みなって」

 

「うぅむ……、分かった」

 

「そう渋々頷きなさんなって。大方、肩凝りが酷くて頭痛とか吐き気が凄いんだろ?」

 

「まぁ、そうだが……、なんで分かった?」

 

「そりゃさっきから自分の肩をグリグリゴリゴリやってたら誰だって分かるさね。顔色も悪いし、普段なら良く飲むお茶も飲まない。肩凝りほっとくと死ぬよ?」

 

「いや、まぁその通りだとは思う」

 

「だから昼飯食ったら今日の午後は取り敢えず休み。休暇申請書は書いといてやるから部屋で待ってな」

 

「それは分かったが、部屋で待っていろとはなんだ?」

 

「軍医呼んで、診てもらった後にマッサージしてやんよ。これでも提督にはでっかい恩があるからね〜、こんぐらいどってこと無いよ」

 

なんだか、悪い事をしてしまった気がする。

しかしここで謝るとまた怒られるだろうからな。

 

「ありがとう、隼鷹」

 

「おっ、謝罪じゃなくてお礼が言えるようになったのは良い傾向だね」

 

どうやら見透かされているらしい。

そんなに分かり易いだろうか?

 

 

 

 

そして言われた通り、昼食後になると休む事になった。

鎮守府に居る時に良く俺の事を診てくれる、世話になっている軍医が来てくれた。

 

「随分と、無理をされたようですな。相当疲労が溜まっておられるようだ」

 

「まぁ、な」

 

「何時も言っているでしょう、無理をしては逆だと」

 

「すまん……」

 

彼曰く、疲労が溜まり過ぎている、数日の休養が必要である、との事でそう診断書を書かれてしまった。

彼も隼鷹や鳳翔達と同じで、仕事のし過ぎである俺に対して休養を取らせようとする強硬派であるからな。

まさか嘘を書けと言えるはずも無く(そもそも言ったところで無視されるのだろうが)素直に怒られて、謝っておいた。

 

因みに隼鷹の手によって午後一杯どころか翌日も、

 

「どうせ軍医には数日の休養が必要だって言われるだろうと思ってたからね」

 

と休暇申請が出されており速攻で受理されていたのは言うまでもない。

部屋で肩凝りによる頭痛と吐き気と戦いながら待っていると。

 

 

 

 

 

「おーし、そんじゃやるぞー!」

 

勢い良くプレハブ玄関を開けて入ってくる隼鷹。

一応ノックはしたが、此方の返答を聞く前に入ってくる。曲がりなりにも軍人としてそれはどうなのか、と思うがもう今更であろう。なんだかんだと気心許せる相手というのは、中々いない。

 

隼鷹は気心をある程度許すことが出来る数少ない者の一人だ。

破天荒で酒豪、実際酒豪だが、それでも相手の事を気遣って心配してなんだかんだと世話を焼いてくれる所謂姉御肌なのが隼鷹だ。

 

俺に対しても恋愛感情というより、手の掛かる弟とかそんな感じだろう。

 

「ぐお”お”お”お”お”ぉ”ぉ”ぉ”……!」

 

「ったく、そんな声上げるぐらいまで我慢したりするなって。なにこの肩、酷過ぎ」

 

「あでででででででっ」

 

首から肩や背中、腰に掛けて揉まれると、凝りを解される時の痛みが襲う。

隼鷹からのお小言を貰いながら、たっぷり2時間、マッサージを受ける事になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌々日。

休暇が終わりいつも通りプレハブ執務室に出向くと書類が減っていた。

しかも分類までされている。

 

さてはマッサージを終えた後に隼鷹がやってくれたな?

 

「おーっす」

 

「隼鷹、仕事片付けてくれたのか」

 

「ま、その権限を貰ってっからね。ちょっとばかりはアタシらの為に必死に働いてくれてる提督への恩返しってやつ。機密書類は一切触れてないよ」

 

「迷惑を掛けた。ありがとう」

 

「気にすんなって。あ、それと報告書が大量に来てるからそっち片した方がいいよ」

 

執務室にやって来た隼鷹に聞いてみると頷いた。

本当に、皆には頭が上がらない。

 

 

取り敢えず、仕事を始めよう。

朝食はまだだし、それまでは問題あるまい。

 

「……石炭液化燃料の量産目処が立った、か」

 

今読んだ報告書は、石炭を液体燃料にする事に成功し量産の目処が立った、と言う報告書だ。

 

所謂代用燃料、とでも言うべき代物だ。

 

この技術の研究には、日本という国の事情が大きく絡んでいる。

と言うのも、日本、石油が全く取れない。

 

極小ではあるが算出はしているものの、その産出量では到底賄いきれない。

そこで南方方面からの石油に頼っているわけだ。

 

しかし日本、実は豊富に取れる資源がある。

それが石炭である。

 

この石炭、今では艦艇の燃料として使われなくなって久しいがそれでも未だ、深海棲艦による爆撃の危険性により使用が出来ない原子力発電に変わり、民間向けの風力、太陽光、水力発電に加えて石炭を使った火力発電で使われているのだ。

元々、この技術は1900年代初頭から研究されていた技術であるが、あまり有名ではない。

 

それは何故か?

 

理由は技術面での問題よりも、兎に角コスト面での問題が大きいからだ。

なんせ「石油が不足・高騰したときだけ一時的に注目されて研究・開発されるが、不足・高騰が解消すると忘れ去られて研究・開発は停滞する」傾向がある、とまで言われるぐらいなのだ。

 

石炭を液化燃料にするならば普通に石油を買った方が良い、と言うのが普通であるし、事実その方が安上がりだ。

では何故それらを研究したのか?

 

日本は石油が取れない。

もしまた深海棲艦に資源地帯を奪われた時、艦艇はおろか航空機ですら運用出来なくなる。

その局面になった場合に備えての、と言うわけだ。

 

ただ、技術があって生成可能ではあれど兎に角コストが掛かるし、しかも民間での発電の大部分を担う石炭までもを軍が持っていってしまう、と言う事で反発されている。

ただ、備えないわけにもいかず、技術開発だけは進めていた。

 

そして、漸く量産の目処が立ったと言うことだ。

これにはやはりドイツやイギリスと言った、石炭の自給は可能だが石油の自給が出来ないと言った国々からの技術が参考にされている。

欧州は元々、北海油田やルーマニアにあるプロイェシュティ油田、中東などから石油の供給を受けていた。

しかし北海油田は制海権が維持出来ずにすぐに破綻、中東の油田も地中海の通商破壊や油田そのものへの攻撃や爆撃によって使い物にならず、欧州全域はプロイェシュティ油田に頼らざるを得なくなった。

 

ルーマニアは確かに黒海に面しているが、海軍は最高でも駆逐艦が5隻しか居らず、石油の供給の見返りにイギリスから重巡1隻、駆逐艦3隻を派遣された上で、更にイギリスやドイツの陸海軍の航空隊を派遣され、自国の陸軍の殆どを沿岸防衛に割いていた。

これにより守るべき範囲が200kmほどの沿岸部に200万近い陸軍を貼り付けていた。

単純計算で一キロ当たり1万人が防衛に就いていたことになる。

 

石油は特に制海権を維持せねばならない関係上、欧州どころか世界第2位の海軍力を持つイギリスにその大部分が送られ、残りの国は少ない石油でやりくりせねばならなくなった。

 

アメリカも大西洋を隔てた遥か海の向こう、しかも欧州よりも遥かに海での激戦が続く太平洋方面に石油に殆どを振り向けていたし、やはり深海棲艦の爆撃などによって各地の油田の産出量は低下していた。

 

となれば、イギリス以外の国々の石油の使い道の殆どは大量の石油を必要とする海軍に向けられ、航空機や戦車などに回ってくる燃料は皆無に近かった。

海を守り沿岸部を押さえている間は陸での戦いは起きないと言うのも理由の一つだ。

 

しかしそうは言っても陸軍を疎かに出来るわけもない。

戦車や航空機がなければ陸での作戦が出来ないし、上陸を許した後では手遅れだ。

 

そこで、それらの燃料不足を少しでも解消するべく、石炭の液体燃料化技術が注目されたのだ。

これならば自国で石炭しか産出出来なくとも、燃料供給の目処が立つし他国と熾烈な奪い合いをする必要もなくなる。海軍と石油を取り合わずに済むし、航空機や戦車などには供給出来る。

 

 

ロシアの石油は政治上の理由から供給されていない。

なんせロシアは既に各地に無理矢理陸海軍を派遣してはその都度損害を受け、しかも艦娘も艦艇も妖精も大幅に失っていた。

石油の供給をする代わりに艦娘と艦艇、航空機、そして陸海軍妖精を寄越せと言った来たのだから、どこの国も深海棲艦に押されて少しでも戦力が欲しい時にそんな要求を呑めるはずもない。

しかもそんな時に限ってコーカサス地方の大油田であるコーカサス油田やバクー油田を深海棲艦の攻勢によってあっさりと喪失、かなり内陸部まで押し込まれてしまい、しかも各地の油田もやはり爆撃で壊滅、復旧の目処が立たなかった。

それどころか北極海からの深海棲艦上陸でロシアは欧州と東西に分断されてしまい、ウラル山脈を使って辛うじて防衛には成功したものの、いつ防衛線が崩壊してもおかしくはない状況になった。

自国の供給すら危ういのに、他国に供給出来る事も到底出来ず、である。

ルーマニアの東欧諸国も同時に失陥していたから石油供給は絶たれたも同然であった。

 

 

これを皮切りに不幸は続いた。

この時期になると欧州を分断する事に成功した深海棲艦が勢い付き、大攻勢を各地で繰り広げ欧州は戦禍によって火だるまになって行った。

 

中東からの石油やアジアからの天然ゴムなどを運ぶのに必須であるスエズ運河の失陥。

イタリアの女性提督の戦死。

地中海の制海権喪失。

シチリア島の失陥に続きイタリア本土上陸からの態勢の整わないままイタリア半島を失う。

 

アルプス山脈を天然の要害にしてドイツ、イタリア軍が防衛に成功するも、息をつく間も無くロシア方面からの大攻勢、フランスへの上陸、フィンランドの北欧喪失と立て続けに負けて後退して行った。

しかも各国の避難民が溢れており、冬には凍死、餓死者が億単位で出るほどにまで追い詰められていた。

 

それでも、イギリスフランスドイツを中心とした国が幾つか、戦線を押し留める事に成功した。

イギリスは海を、フランスドイツは陸を主に担当する事で負担を軽くしたのだ。

 

しかし石油が無ければ何も出来ない。

それによって、石炭の液体燃料化が大きく進む事になる。

 

石炭を液化燃料にするには主に二種類の方法がある。

 

ベルギウス法(IG法)とフィッシャー・トロプシュ法の二種類だ。

この方法を使って、石炭を液化燃料にし、航空機や戦車を飛ばすのだ。

 

価格や大量供給と言う点においてはバイオ燃料よりも優れているが、二酸化炭素の発生が多かったりする問題点はある。

 

これによって各国は30前後の工場から一日当たり約200000バレル、年間約3180万トンの量を作り出すことに成功した。

艦隊を十全に動かすには足りないが、航空機や戦車を動かすには十分な量だし、沿岸防衛や船団護衛ならば規模にもよるが十分に果たせるだろう。

 

が、やはり爆撃によって工場は破壊されるし、鉄はあるがそれ以外の金属、特に希少金属に乏しいから燃料があったとしても航空機や戦車を作る事が困難であったり、艦艇の修理もままならなくなっていたのだが。

 

 

 

 

とまぁ、石炭の液体燃料化を図ることは少なくとも必要不可欠であり、最悪海軍の艦艇すらもそれで運用せねばならなくなる事を考えれば、今ですら燃料不足なのだからそれらを解消する為に、明らかに今すぐにでも工場の建設、燃料の生産を始めた方が良い。

 

「隼鷹、これについて何か大本営などから通達はあったか?」

 

「今のところ、結構揉めてるみたいよ?野党政治家は国民に死ねと言うのか、与党と軍はは死ねも何も燃料不足で負けたら皆殺しだろう、って感じで」

 

「やはりか……」

 

やはり話は上手いこと纏まらないのが常らしい。

今現在の日本は政治機能が全くと言っていいほどに機能していない。

戦争最初期に首脳陣がまさかの国外逃亡を図ったりと国民が政府を全く信用出来ない状態に陥った。

 

しかもその後の政権も戦線の後退に次ぐ後退、兵力不足を補う為の憲法改正による徴兵令、本土への空襲などによる本土攻撃、更には残った投入し得る最大戦力を投入した沖縄戦での敗北と沖縄失陥。

 

様々な要因によって政府と軍に対する不満が高まりに高まった結果、所謂共産主義者の暴動、としているが事実上の内戦に突入しかけたりした。流石に見過ごす訳にも行かず、それを抑えるべく強行鎮圧。

主犯格ら及び参加者は全員が最前線送りの実質的な死刑判決を受けた。

事実、彼らは参加した南西諸島での一連の戦いで全員が戦死している。とは言え犯罪を犯した上での前線送りだったので家族らには一切の金銭が払われていない。

 

それらの騒動によって完全に政府が機能しなくなってしまったのだ。

政府の要人は軒並み空襲などで死亡、もしくは責任を取る形で総辞職。

それが長くとも1年、短ければ数ヶ月と言う極短期間の内に何度も繰り返されれば機能しなくなるのも無理は無い。

 

そこで、機能しなくなった政府を立て直すべく憲法を改正、陛下を国家元首とした。

明治憲法との違いは、

 

神聖不可侵であること(第3条)

統治権を総攬すること(第4条)

 

が無い事だ。

まぁその辺りは訳が変わらないぐらいややこしいと言うか、難しいので割愛しよう。

 

現状の日本は、陛下を国家元首として辛うじて成り立っている程度の危うい状態だ。

それも、下手をしたら簡単に崩れるほどのもの。

 

更に言ってしまえば、元いた世界では生前退位がどうこうと話題になっていたがこの世界はそんな余裕も無く、生前退位は行われていない。

 

取り敢えずこの話は話すと長くなり過ぎるから終わりにしよう。

しかし、よくもまぁこんな状況なのに味方同士で争えるものだ。

 

 

 

 

「各地方に工場を3箇所建設し、製造を開始する予定か」

 

「燃料は幾らあっても足りないからね。製造された燃料は陸海軍の航空機と陸軍の車両に回されるらしいよ」

 

「予想される製造量では海軍艦艇の需要は到底満たせないからな。妥当な判断だろう」

 

各種報告書を読み、書類を片付けていく。

 

 

 

 

 

 

 

陸軍第5軍集団を輸送する準備が整った。

予定通り、船団を組み第1護衛艦隊と各地の航空隊の護衛の下で北海道を目指した。

 

 

1週間後。

函館、室蘭、苫小牧港に上陸。

 

それぞれの港に第5軍集団を構成する第3軍は函館、第10軍が室蘭、第13軍が苫小牧港に振り分けられた。

 

第5軍集団は各軍集団から戦力を抽出し総兵力26万に達している。

 

第3軍  2個機甲師団約6万人

第10軍 2個砲兵師団と1個歩兵旅団約5万人

第13軍 7個歩兵師団、1個歩兵旅団約15万人

 

以上の様になっている。

それでも深海棲艦の陸上総兵力は此方の最低でも倍になっている。

これで攻勢に出るのは無茶苦茶もいいところだが、兵糧攻めをして弱体化してしまえばそれが覆る。

 

念の為、更に1個軍を送る手筈を整えているが、作戦が失敗したら焼け石に水だろう。

 

 

 

 

 

 

「霧島、艦隊出港準備」

 

「了解しました。提督は早く寝てくださいね」

 

霧島に命じて艦隊の出港準備を開始させる。

しかしそうすぐに出港出来るわけではない。

 

なんせ釜に火を入れたりと様々な準備を終えて艦を動かせるようになるまで駆逐艦ですら半日、巡洋艦や戦艦や空母と言った中、大型艦に至っては丸々一日以上掛かるのだ。

 

現在時刻は19:36なので出港準備完了の報告が上がってくるのはどれだけ早くとも翌日の20:00だ。

 

それならば余裕を持って24:00を出港時刻としておいた方が良いだろう。

その時間帯ならば辺りは暗く、対潜哨戒さえしっかりやっておけば出港を悟られる事も、魚雷で奇襲を喰らう事もない。

 

 

 

さて、と。

今も早く寝ろ、と目を光らせている霧島に怒られる前に寝るとしよう。

霧島は怒ると恐ろしいからな。

 

ここは素直に従っておこう。

どうせ北太平洋に到達したら寝ていられないだろうからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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