暁の水平線に勝利を刻めるか   作:ジャーマンポテトin納豆

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第56話

 

 

 

 

 

十一月。

平時ならば雪が降り始め子供達がはしゃぎ、ウィンタースポーツが花咲く頃合いであろう。

 

しかし今は戦時である。

連日連夜本土は敵爆撃機の爆撃に曝され、荒廃の一途を辿るばかり。

国の空には敵の爆撃機が飛び、祖国への狼藉を阻み鉄槌を下すべく迎撃機が飛び回る。

 

それだけならば、まだ多少は秋、冬と言う季節を楽しむ事が出来たであろう。

しかし最悪な事に敵に北海道への侵攻を許している。

 

当然そんな中で子供がはしゃいだり、ウィンタースポーツをやる余裕など欠片も無い。

 

食糧生産の半数以上を担っていた北海道が戦場になり、このままではそう遠くない内に最優先で食糧を送られている軍ですら、食糧不足に陥る。

と言う事は、民間では既に食糧不足が顕在化しつつある。

 

厳しい話だが、軍でも沖縄、南方方面での食糧の現地生産、例えば米やサトウキビ、野菜類の自活を試みているがどうやっても南方方面軍を全て賄うほどの生産量には到底足りない。

 

南方方面への圧力も以前より遥かに増大し、小規模ながら空母を擁する機動部隊がカリマンタン島沿岸に出没し沿岸部に空襲を仕掛けている。

 

戦力的には空母2隻と随伴艦が20隻ほどと南方方面軍が有する航空戦力を考えれば脅威たる脅威では無い。

やはり南方方面での我が軍が展開した作戦での損害が相当尾を引いているらしく、何年も前の事だと言うのに戦力回復は芳しく無いらしい。

陸軍の百式司令部偵察機によると、空母自体は推定で3〜4隻。

スラウェシ島を前哨基地に、母港は我々が攻撃を計画していたバン・ディーメン湾、正確にはポート・ダーウィン。

 

バリクパパン第二飛行場に進出した連山36機を有する陸軍第121飛行戦隊がジャワ島経由で強行威力偵察を行った結果、判明した。

現時点で、陸軍が1隻を撃沈しているが、それでも最大で4隻が稼働状態にある。

 

確かに空母の数は少なく、我々が機動艦隊を出せば完膚無きまでに叩く事は出来るが、現状では北海道の敵をなんとかせねばそれは無理だ。

仮にヲ級以上が4隻となった場合、一筋縄では行かない。

数の差で押し潰す事は可能だろうが被る被害は馬鹿にならない。

それ相応以上に策を用意し、予備の策を幾つか用意しておかねばならないほどには驚異である。

 

しかし真に脅威たる所以はそこではない。

敵空母が脅威たり得るのは陸上基地とは比べ物にならないほどの圧倒的な機動力、その神出鬼没で何処にいつ現れるか分からない。

 

その2点だ。

なんせ空母に全速力で移動されたら衛星なんかないから補足するには地道に探すしかない。

攻撃隊を出した後ならば、航続距離を考慮してある程度の移動範囲を絞ることが出来るがそれでも正確な居場所を突き止めるには至らない。

 

索敵に関しては地上の電探基地と航空機による機上電探と目視による索敵網を張り巡らせてはいるのだが、それも十分とは言い難い。

それに夜間は機上電探の配備が遅れている事もあって地上の電探基地頼りになってしまうから確実に穴が出来る。

 

それを突いて艦載機を十分な攻撃範囲に収めて太陽が昇ると同時に攻撃を仕掛けてくるのだ。

だから我々が攻撃に勘付いた頃には敵攻撃隊は間近、艦隊も別の場所に移動している。

航空機にとって200kmや300kmなんて距離はほんの十数分程度。

電探の性能的に、敵編隊を捉えてから迎撃をするとなると猶予は殆ど無い。

敵重爆ならば、昼間だろうが夜間だろうが物量は正義であると嫌と言うほどに実感させられる数で押し寄せてくるものだから探知自体は機上電探だろうが陸上電探だろうが、かなり早い。

 

 

B-17やB-24と言った重爆による爆撃も激しさを増し続けている。

バリクパパンに4つある飛行場も三ヶ月前の大空襲で一時的にバリクパパン第一、第三、第四飛行場が使用不可能に陥った。

 

幸いにも第二飛行場と近郊のサマリンダやボンタンの飛行場は損害軽微であったから事が最悪な方向に転がらなかったが、もしそれらも使用不可能になっていたらバリクパパンの精油所や採油地帯が丸々壊滅し、軍に限らず燃料事情が相当逼迫していた。

 

あそこには、石油の採掘施設だけでなくそれを火力発電などに用いられる天然ガスから艦艇の燃料である重油などの各種石油精製物にするための精製施設もある。

態々原油を日本本土へ持って来ずとも現地で必要になる、航空燃料や艦艇用重油、飛行場や道路の舗装に必要な残油を精製し賄う事が出来る。

 

だからバリクパパンやパレンバンは直接十分な燃料を供給することが出来るから、駐屯する機甲師団や機械化歩兵師団、航空隊は十分な訓練を行える。

特に航空隊は連日の深海棲艦の爆撃機を迎撃したりその護衛戦闘機と戦うから陸海軍の中でも本土防空を担う震電改を装備した航空隊と並ぶ精鋭揃いだ。

下手をしたらそれを凌ぐかもしれない。

 

 

 

 

今はブルドーザーなどの土木用重機をフル稼働させ、被害を被る前までと同じ程度に復旧しているが、地上破壊された航空機の補充は済んでいない。

南方方面に限らず、土木工事などには重機を用いている。

人力よりも早いし、何より掛ける労力を遥かに減らせる。

 

単純な話だが、1000人の工兵がいたならば、1000人に重機を行き渡らせ作業させた方が遥かにいいのは誰だって分かる話だ。

実際は一人一台なんて無理なので、小隊ごとに1両とか2両だがそれでも作業効率は比べるまでも無い。

人が一週間掛けてやるものを、重機を使えば一日で終わるからな。

 

しかし飛行場が復旧したとしても失った航空機は簡単には補充出来ない。

震電103機、疾風98機を地上破壊によって失ったのだから早々簡単に補充出来る数では無い。

幸いにも、搭乗員や整備員を含めた兵士達は防空壕に逃げ込み被害は少なく済んだから良かったものの、機体が無くば職務を全う出来ず、と言うわけだ。

 

そんなことが続けば将兵達の指揮にも影響が出るし、何よりフィリピン、更にはスラウェシ島以東の奪還をするに当たってもし、作戦前に飛行場や港湾施設が破壊されては作戦そのものを延期、下手をすれば再び作戦を練り直す為に中止になりかねない。

 

そうなることを防ぐために、バン・ディーメン湾を攻撃する作戦を企てていたのだ。

 

 

話を北海道防衛戦に戻そう。

やはり一ヶ月前と変わらず、劣勢であるのは我々だ。

動員出来る兵力も足りず、しかもその内の幾らかが脱出も出来そうにない包囲戦の最中。

敵は極少数ながら新型戦車を投入してきて我が陸軍の対戦車戦能力が圧倒的に足りていない事も見せつけられた。

 

幸いなのは各戦線や包囲下にある師団全てに対して十分とは行かずとも防衛戦を続けることが出来るだけの、最低限の補給と攻勢に備えて物資備蓄を少しずつながら行えている事と、地の利などを活かして必要ならば撤退も止むなし、戦線を後退させる覚悟で被害を最小限に食い留めていることだろう。

 

どちらかが駄目だったならば、今頃北海道は防衛線を食い破られ深海棲艦の手に落ちていたに違いない。

 

 

 

既に降雪が始まり、瓦礫の山になった市街地や広い平原の撃墜された敵味方の航空機の残骸や、砲弾痕、爆弾痕と言った戦争を感じさせる物を雪が全て覆い始めている。

そしてその上に、更に戦争の痕が毎日積み上がっている。

 

 

 

 

「提督、現在の補給状況ですがーーーーー」

 

「提督、輸送船団が室蘭港と苫小牧港に到着しましたーーーーーー」

 

「敵が包囲を強めており、現状の航空兵力では補給に支障がーーーーーー」

 

連日、様々な報告が上がってきては、それに対応する毎日だ。

冬季装備は辛うじて、若干足りないながらも最低限必要な数は揃えられた。

 

特に歩兵用の冬季装備、防寒具などが予備を用意する時間は無かったが兎に角全員に行き渡って良かった。

戦車はエンジンの熱があるからそれを回せばまだマシだが、歩兵はそうも行かない。

暖房器具をそこまで大量に送れないから、結局現地で焚き火を起こすか防寒具で凌ぐしかない。

 

凍死で兵士を死なせるなぞ、俺からしたら最悪以外の何物でもない。

暑さより寒さのが死人が出るのだ。

 

他には燃料が凍らないように不凍液などを優先して生産したから車両用の冬季迷彩塗料が明らかに不足している。

そこはまぁ、雪を塗りたくったりして凌げるからこれから冬季装備と並行して生産量を増やせば良い。

今優先すべきは武器弾薬水食料、それと冬を越す為の暖房器具をもっと送り込むことだ。

 

 

 

 

「あぁ、寒い……っ」

 

艦橋に詰める一等兵が小さな声で震えながらそう漏らす。

実際、まだ十一月半ばだと言うのに艦隊が行動している十勝平野沖は雪が降るほどに寒い。

しかも強風によって波は高く、駆逐艦は流木と見間違うぐらいには荒く揉まれている。

 

戦艦故にどっしりとした安定感はあるものの、やはり荒波に揺さぶられ上下に揺れているビスマルクは、舳先で数mは余裕であろう波を被り砕き、白い飛沫をあげて航行している。

元より北大西洋や北海などの、ここよりも寒さ厳しい戦場で戦っていたビスマルクを始めとした欧州組の艦娘や乗組員達からすれは慣れっこなのだろう。

平然としている。

 

寒さで窓に付いた海水が凍り始めている。

これでは視界が悪い。ワイパーも凍り付いて動かせそうもない。

 

「艦長、湯を沸かして窓を拭いてくれるか。これじゃ、何も見えん」

 

「了解しました」

 

長年ビスマルク艦長を務めているエッケハルト・フィッシャー大佐が生来の厳つい顔をしながら頷く。

カイゼル髭を生やしているから余計に、初対面では厳しい印象を受けるだろう。

接してみれば確かに厳格だが、ユーモアある、平時ならば好々爺とまでは行かなくとも中々に親しみやすい人物であるに違いない。

 

普通ならば艦長職などの士官職は二年ほどで、長くても三年で入れ替わる。

しかしながら士官を育てるのには下士官とは違い、数年は掛かる。

 

新任の士官に司令部要員などの重要職を任せなければならないぐらいには陸海軍共に人員不足が激しい。

やはりと言うべきか、沖縄と南方方面作戦での損失が未だに大きく響いている。

 

航空隊への損害もそうだが、艦の乗組員への被害も相当だった。

あれらの戦いは確かに成功し、戦略的意義はあったものの、その後の作戦を行うのに十年程度の時間を要しなければならないほどには、酷い戦いだった。

 

海軍はまだマシな方で、陸軍は沖縄奪還の際に戦闘で師団長クラスの将校が当たり前に死ぬほどの激戦に次ぐ激戦であった。

予備兵力が無く、損耗した師団を交代出来ずそのまま作戦を行わなければならなかったと言うのも大きな原因であるが、やはり投入した師団数の内、たった二人しか師団長が生き残れなかったと言う事実は衝撃、だなんてものではない。

はっきり言って異常である。

 

南方方面作戦では師団長クラスの戦死こそ無かったもののやはり小、中隊長レベルでは戦死が相次いだ。

シャングルと言う、足を踏み入れたことのない地での戦闘に加え、道から一歩外れればどこか分からなくなるほどの密林でゲリラ戦への対応、と言うのも損耗が大きくなった大きな原因だ。

 

しかも今現在も貴重な航空機搭乗員達や北海道と言う地で損耗が続いている。

 

 

 

ただし、それらの10年と言う期間は全くの無駄だったと言うわけではない。

新任の士官達だけで無く、兵士達に密林戦や対ゲリラ戦、市街地戦の十分な訓練と経験を積ませることが出来たし、航空隊だって損耗を最小限に抑えながらエースパイロット、と呼ばれる腕利き達が勢揃いしている。

南方方面の奪還に成功した島々には地上を走る鉄道を守るべく分厚いコンクリートと、土が被され艤装された鉄道網が縦横無尽に駆け巡り物資兵員の輸送が迅速に行えるように出来ているし、いざ上陸を受けた場合に備えて相互支援が可能な様に無数のコンクリートで構築された防御陣地がある。

地下鉄はなんせトンネルを何千kmにも渡って掘らねばならないし、そうなると何十年掛かるか分かったものでは無い。

雨が良く降るからメンテナンスコストの面から考えても割くことのできる人員も無いから現実的ではない。

 

 

飛行場はあちこちにあるし、港だって十分な広さや設備を備え、採油施設、精油施設を整備することも出来た。

戦闘艦艇こそ増やすことは出来ないが、輸送船の数は1500隻を超える。

 

犠牲は多かったが、決して無駄では無かったと、そう断言出来る。

 

 

 

 

「しかし、一昨日からこの調子だと流石に参るな……」

 

「気象班の予想では、明日の深夜頃には雪は止むようですが風は暫く吹いたままだそうです」

 

気象班の腕は良く、その報告は信頼出来るだろう。

 

軍事作戦において気象と言うのはかなり重要だ。

誰もが嫌がる雪や雨も場合によっては絶好の作戦決行日和になるし、それらの予報があれば何時迄にどんな装備をどれだけ揃えれば良いかが分かる。

 

戦争をするに当たり、何より重要視すべきはありとあらゆる情報だ。

正しい情報があればあらゆる物事に対する策を練ることが出来るからな。

 

 

 

 

 

「兵達に何か不調は?」

 

「艦外勤務の兵士が危うく低体温症になりかけたこと以外には問題ありません」

 

「そうか、それは災難だったな。温かいお茶、とは行かないが湯を沸かして飲ませてやれ。必要なら暖を取るために風呂を沸かしても構わん」

 

「了解しました」

 

この寒さは、本当に厳しい。

海軍にも防寒具は支給されているが、海の上を吹く突き刺さるような冷たい風や、場合によっては海水を被らざるを得ない艦外勤務者からすれば気休めにもならないだろう。

 

艦橋も扉などで密閉されているが、周りは全て金属だ、暖房があったとしても温度を奪われる方が早く、寒い。

今も参謀長は答えて指示を出しながら寒さで震えて時折手に息を吹き掛けている。

 

「提督、珈琲が入りました」

 

「ありがとう。ここにいる全員に振る舞ってやってくれ。他の者には言うなよ、羨んで暴動を起こされたら堪らんからな」

 

烹炊係に言って、俺が持ち込んでいた珈琲を淹れさせて艦橋にいる面々に振る舞う。

人数が人数だから味は薄いが、無いよりは遥かに良い。

 

一口含むと、寒さで冷えた舌が火傷したように熱く感じる。

しかし身体が温まる。

 

少なくとも、明後日までは我々艦隊が大きな仕事をする機会は無い。

これだけ風が吹いて雪も降っていては陸地に近づいての艦砲射撃も流されて座礁したりする危険があるから出来ないし、航空機も飛ばせない。

航空機を飛ばせないのは相手も同じだから、警戒するとすれば潜水艦だが、此処まで波が激しいと攻撃はしてこないだろう。

したとしても、魚雷は狙いから逸れるし下手をすれば信管が作動して目標に到達する前に吹き飛ぶ。

 

 

 

 

 

それから暫くすると、波がより激しくなった。

船酔いしないのが不思議でならないが、しなくて良かったと喜んでおこう。

 

「固定するものはしっかりと固定しておけ。空母は艦載機の固定を再確認するようにな」

 

「既にやらせております」

 

「そうか、ありがとう」

 

しっかりと動く物は固定しておかねば、艦内はスクランブルエッグよりも良く混ぜられて、それは酷い有様になるだろう。

そんなになったら戦うどころではない、最悪艦が沈む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日後。

波は未だ高いものの漸く天候が回復した。

 

艦載機が飛ばせないほどではなく、艦隊上空には直掩の烈風と対潜警戒用の流星が飛んでいる。

 

「艦隊の状況は?」

 

「艦隊は襟裳岬南東150kmを遊弋中、今現在問題はありません」

 

「陸軍は?」

 

「降雪によって補給路が断絶気味です。線路の上に降られては列車も走れません。除雪を急いでおりますが、全体を満足に稼働させるには数日掛かるでしょう。道路は舗装されていないので、もし気温が上がれば泥濘と化します」

 

「取り敢えず、早急に鉄道を使えるようにしてくれ。これ以上は航空機の補給を頼れない。雪が溶けて道路が使えなくなるのを防ぐ為に、穴あき鋼板を多く手配しておこう。あれがあれば雪の上でも幾らかはマシになる筈だ」

 

穴あき鋼板とは、建設現場などの足場に使われているやつを軍用に大きくし、繋ぎ合わせて丸めてあるものだ。

想像しやすいのは風呂の蓋の、丸められるやつの穴が幾つも開けられているやつだ。

 

これが作られた切っ掛けは、元々上陸作戦などで砂浜にタイヤを取られないように金網を敷いていたのだが一、二枚だとどうやっても物資を満載しているトラックでは場所や場合によっては沈んでしまうと言うことがあった。

だから何枚も重ねて使わねばならなかったのだが、それを改善するために開発された。

 

効果は十分で、砂浜だけではなく泥の上や、それこそ必要になれば簡易的な飛行場の滑走路の役目まで担えるほどだ。

 

冬季戦に備えて、生産数を増やしてはいたが見通しが甘くこの様子では足りそうもない。

生産自体は鋼板に穴を開けて繋ぎ合わせるだけなので簡単だが、道路を全て覆うのは現実的ではないにせよ部分部分で使うことを考えてもやはり足りない。

 

幾つもの報告に対し、それぞれに指示を出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

四日後。

連日連夜の帯広市街地に対する攻勢を凌ぎつつ、一日辺りに必要な物資の投下を終えたと報告を受け取り、交代で昼食と休憩、仮眠を取っていた時のことだった。

 

その時俺は、中々休息を取らない俺に業を煮やしたビスマルクが鳳翔へ報告し、懲りない奴だとお叱りを喰らい自室で軍医に見張られながら仮眠を取ったいた。

 

一人にするとこそこそ休息を取らずに仕事をするからと、見張りが付くのが当たり前になってしまったのだ。

なんとも情けない話であるが、自らの行いが招いた結果である。

 

 

そんな時であった。

ドアをノックすらまどろっこしいと言わんばかりに勢い良く開け放たれる。

艦内と言えども中々に冷える冬の洋上は、小さな自室を一気に冷気で満たす。

 

別に咎める必要は無い。

こうして伝令の兵士が慌てて入ってくると言う事は、何か重大な事態が起こったということである。

ならばそれにめくじらを立てても仕方が無く、怒鳴ってはいち早く情報を伝えようと駆けて来た彼が不憫である。

 

実際、彼の顔色は青く、余程の事態であることは報告を聞かずとも分かることだ。

 

「どうした、そんな慌てて」

 

「本土より緊急電!」

 

「読み上げろ」

 

取り敢えず、何時も通りに声を掛け報告するよう促す。

そして、彼は大きく少し震えた声で言った。

 

 

「関東にて巨大地震発生、関東壊滅!以上です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

報告を受けた後、伝令に走って来た兵士にまず、

 

・陛下と中代大将達を始めとした陸海軍司令部要員の安否確認

・該当地域の陸軍部隊は早急に救助活動を始める事

・鉄道、道路等輸送インフラの早急な確認

・陸海軍の飛行場の被害状況

 

など、幾つかの指示を出してから制帽と上着を引っ掴んで艦橋まで走った。

 

「提督、ご報告は受け取られましたか?」

 

「あぁ、通信科の兵が走って伝えに来てくれた。状況は?」

 

「未だ情報収集が始まったばかりですので、全く詳しい事は申し上げられません」

 

山田参謀長がはっきりと、分からないと言う。

分からなければ分からないと、取って回った言い方や憶測混じりの情報を言わずにはっきり伝えて来るところは彼の実に良いところであり、参謀長に任命した理由でもある。

 

確かに憶測を立てる事も重要であるが、それは信用出来る情報がある程度揃っている時のことである。

 

それすら全く無いのにただ憶測を並べ立てるのは、フェイクニュースなどと大して変わらない。

ならば分からないなりにきっぱりと分からない、と言われた方が惑わされずに済む。

 

 

「分かった。現地との通信に問題は?」

 

「辛うじて確保されております。通信の復旧を急がせておりますので明日には問題無く行えるでしょう」

 

「工兵を動員して、第一に飛行場、第二にインフラを優先し修理させるようにしてくれ。このままでは陸路が駄目だった時に空路で救援物資を運べなくなる」

 

「提督、三航戦を被災地に派遣しては?」

 

「ふむ」

 

「今現在、三航戦を始めとして第一護衛艦隊の一部が交代で整備を呉で行っております。彼らにこちらへ戻ってくる際に輸送船を伴って救援物資と陸軍兵士を送り届けさせては?」

 

「なるほど……。よし、そうしよう。整備に掛かる日数は?」

 

「全艦が整備を終えて出港するまでにはあと四日は掛かります」

 

「構わん、今すぐに輸送船に救援物資の積み込みを始めさせて、三航戦の整備終了次第輸送船を伴い被災地へ向かい、送り届けたら艦隊に合流せよと伝えろ」

 

「はっ」

 

結局、三航戦に加えて第一護衛艦隊の海鷹、千代田、長門、日向、那智、愛宕、鬼怒、天龍、東雲、浦波、狭霧、有明、海風、江風、沖波、更にあきつ丸を加えて共に派遣されることとなった。

 

輸送船は10隻を数え、それぞれに港湾施設が使えないことを予想して大発と小発を1艇づつ乗せることとした。

 

 

 

 

三日後。

被災地の偵察部隊や先んじて派遣された偵察隊によって様々な情報が収集され、丸二日経った後に被害を徐々に把握出来るようになった。

 

被害は文字通り関東壊滅と言って差し支えなく、インフラは全地域に渡って寸断。

被災者は600万人を超える。

死者行方不明者も相当な数で、未だ把握しきれないほどである。

幸いにも津波は発生しなかったらしく、それでの死傷者は居ないらしいが、代わりに火災があちこちで発生してそれによる死者が相当多いと予想された。

 

陛下を始めとして中代大将以下陸海軍司令部要員は無事が確認されたが、地下司令部の入り口が半壊し閉じ込められてしまった為に急ぎ救助が行われている。

地下司令部に併設された生産工場は念の為、地下工場の安全が確認されるまでは稼働停止となった。

 

地域の飛行場はほぼ全てが程度の差はあれど損害を負っており、陸軍工兵隊が不眠不休の復旧作業を行っている。

既に軽微な損害で済んだ飛行場は稼働を再開しており、防空に加えて手隙の連山や南方方面に配備された連山に変わり内地へ送り返され解体を待っていた一式陸攻が急遽復帰、救援物資を運び込んでいる。

 

陸路については寸断状態、橋なども落ちたりと交通インフラは壊滅したと言っていい。

こちらも工兵隊が交代で不眠不休の復旧作業を行なっている。

 

現地部隊は各地で救助活動を地震発生当初から開始しており、人手が足りないから急ぎ増援を、とせっつかれているが交通インフラが使えなくては送り込めない。

徒歩による増援も送っているが、やはり時間が掛かる。

 

三航戦以下については明日の0900には出港出来ると報告が上がって来た。

輸送船も積み込みを終え、出航を待つばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四日後。

 

今は夜中の13:00を過ぎた頃だ。

不眠不休とは行かず、艦橋要員、司令部要員から各部の兵士全員が現在交代で休憩を取っている。

 

三航戦は昨日、既に被災地に支援物資を送り届け、一昨日の内に艦隊に向けて出発した。

早ければ明け方ぐらいには合流出来る筈だ。

 

今の時間は俺も休まねばならないのだがどうにも色々と考えてしまって寝付けない。

艦橋に上がると、十人ほどの下士官とフィッシャー艦長が詰めていた。

 

「閣下、どうされましたか?今はご休憩のお時間の筈では?」

 

「いや、どうも寝付けなくてな。どうだ、様子は」

 

「これと言って変わりありません」

 

フィッシャー艦長が俺に気が付いて敬礼して出迎えてくれる。

敬礼はどこかの部署に上級者が現れた場合、その部署の代表者が行う。

態々全員が敬礼をする必要が無いからだ。

 

艦橋の椅子に腰掛け、幾つかの報告書と地図を見る。

報告書にはこれと言って特筆すべきものは無かったが、俺が対応出来る物は対応しておく。

 

地図には陸軍がどこにどれだけの部隊が展開しており、どれだけの敵兵力と対峙しているかなどが事細かに書かれている。

 

やはり全戦線で圧力が強くなっている

帯広市街地は完全に敵の包囲下にあるが、今すぐに陥落すると言う事は無さそうだ。

補給も万全とは言えないが、かと言って最低限の必要量を満たしていない訳でもない。

鉄道と道路が積雪で使用不可になっているから、連山による空輸で輸送を行わねばならなくなった。

数日後には解決するだろうが、少なくともそれまでは連山に頼らなければならない。

しかしかと言ってこれ以上連山頼りの補給を行うのも難しいのが現状だ。

連山には他にやらねばならない任務もある。

これ以上補給に投入出来る連山を増やせないのだ。

今ですら敵軍への爆撃と、補給の為に1日に飛行場と前線を何回も往復して、搭乗員や整備科の兵士達がてんてこ舞いで過労死寸前なのにこれ以上となれば機体、搭乗員、整備兵共に破綻する。

だから早急に陸路での補給を安定させる必要があるのだ。

 

それでも各戦線や帯広市街地を防衛している各部隊に必要な1日辺りに必要な50〜60tの物資は確実に輸送出来ている。

 

他にも、どんな物資がどれぐらい足りないだとか様々な報告が多数上がってきている。

それらに対し、必要な対処を指示した命令書を書く。

 

大地震への対応も行わねばならない。

これから先、救援物資を送り込む手筈を整えたりあちこちの本土駐屯部隊からどれだけの災害派遣の兵士を送り込むように命令するかなど、挙げればキリがない。

 

中代大将達がまだ救出されていないから、指示を出せるのが俺しかいないのだ。

もしこのまま大将達に怪我などがあって指示を下せない状況になったならば、俺が指揮を取り続けるし引き継げるのであれば中代大将達に被災地対応を指揮してもらい、俺は戦争の指揮に専念する。

 

被災地への対応と戦争指揮を同時に熟るほど、俺は出来た人間では無い。

 

 

 

 

 

 

「少しお休みになられては?」

 

「そう思ったんだが、熱中していたら目が覚めてしまった」

 

どうも何か物事に集中すると眠気が消えてしまうらしい。

艦長に声を掛けられて3時間も経っている事に気が付いた。

 

軽食として二つのサンドイッチとお茶が傍に置かれていた。

恐らくは艦長であろうが、はたまた烹炊長が気を利かせて作ってくれたのだろう。

中身は葉野菜一枚と焼いた薄いベーコンが一枚のものだが、時勢を考えれば随分な贅沢品である。

噛み締めて味合わねばなるまい。

 

「艦長も食うか?」

 

「良いのですかな?」

 

「あぁ、楽しみは独り占めするものでは無いからな。共有してこそだ」

 

「では、有り難く」

 

「皆の様子は?」

 

「やはり気温が低いので、活動が思う様には行きませんな。低体温症などの危険がある故、短時間で見張りなど艦外勤務は交代せねばならないのが、場合によっては十分な休息も得られ辛い状況ですな……」

 

「せめて、風が止めば良いんだがなぁ……」

 

「確かにそうですな。ですが、閣下もご自愛なさって下さい」

 

「分かっているとも」

 

そう頷くが、艦長は訝しそうに俺を見て言った。

 

「……私はホウショウ殿に怒られるのは勘弁ですぞ」

 

「なんだ、共犯だろう」

 

「その時は私は逃げさせて頂きます」

 

「なんだ、酷いやつだな艦長は」

 

はっはっはっ、と笑いながら後ろ手に手を組んで髭を震わせる。

 

「私は海軍一恐ろしい女性に怒られたくはありませんのでな」

 

「なんだ、鳳翔はそんな風に思われているのか」

 

「えぇ、なんと言っても実質的な軍のトップである閣下を何時も叱っておりますからな。しかも海軍母艦航空隊の母とも言えるお方だ」

 

「まぁ、俺も鳳翔には頭が上がらんからな……。どうにも叱られると母親に叱られている様な気分でバツが悪くなる……」

 

本当に、鳳翔には頭が上がらないと言うか、残してきた母親に叱られている様な気分であるのだ。

だから叱られると申し訳なさで頭が上がらなくなる。

 

しかも本人は叱る時以外は常に一歩引くような、決して前に出て行くようなタイプでは無い。

必要な意見は言うが、それ以外は全くである。

前へ出ることを好まないと言うのだろうか。

 

加賀で釣りをしていた時に隣に座って一緒に釣りをしていた航空隊の士官や下士官が「理想の良妻賢母だ」と言っていたが確かにその通りだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「閣下、三航戦から通信です」

 

「どうした」

 

「艦隊への合流許可を求めております」

 

「随分と早いな……。良かろう、許可する。夜間だから気を付けろ」

 

「承知しております」

 

一時間ほどすると、暗闇の中に発光信号が放たれた。

 

「南西5kmに発光信号を確認。先頭に隼鷹を確認、隼鷹以下空母が艦隊中心輪形陣内に侵入します」

 

「見張り、対潜警戒厳、各艦距離に注意。何があったらすぐに知らせろ。ぶつかるなよ」

 

合流を見守りつつ、暫くすると全艦が所定の位置に就いた。

 

「三航戦、合流完了しました」

 

「よし、ご苦労」

 

まさかここまで早く、それも夜間に合流するとは。

夜間合流自体は問題無いが到着時間が早いのが気になる。

 

「三航戦に燃料を確認するように言え。もし速力を上げて合流を早めたのであれば、補給の必要があるかもしれん」

 

「了解」

 

三航戦の隼鷹に聞くと、どうやら救援物資の積み下ろしが想定よりも遥かに早く終了したとの事だった。

 

まぁ、それならば良いのだが一応次からは一言連絡を入れるように言っておいた。

 

 

 

 

翌朝。

現地部隊から、艦隊の派遣と救援物資の輸送を感謝する、と言う一文とその時の状況が簡潔に電文に書かれていた。

どうやら三航戦以下が被災地港へ訪れた際、かなり盛り上がったそうだ。

 

空母に加えて、長門や日向と言った戦時下だからこそ誰もが名前を聞いた事のある戦艦までもが助けに駆け付けて来てくれたから、らしい。

 

ともかく救援物資は無事送り届ける事が出来たようで何よりだ。

食料なども重要だが、今の季節何よりも大事なのは暖房器具である。

寒さを越すには必要不可欠であるのは間違い無く、もし無ければどうやっても凍死者が続出する。

 

 

 

 

 

 

 

朝になる。

司令部要員の皆が起きて艦橋に上がってくる。

すぐに参謀長や輜重長、補給将校達を集める。

 

「軍の暖房器具用の燃料備蓄と食料備蓄は、どれぐらいだ?」

 

「燃料は全国で6年分、食料は2年あるか無いか、と言ったところです」

 

事前に確認させていた備蓄状況を聞いて、顔を顰める。

 

「……燃料はまだしも、やはり食料が圧倒的に足りないか」

 

「はい。被災者に解放するにしても、人数が人数です。全て解放したとしても、5ヶ月保つかどうか……」

 

「南方方面に送る食料に問題は無いな?」

 

「ありません。今のところ、向こう1年はなんとかなるだろうと」

 

「ならば、軍の備蓄を解放しよう。燃料は4年分、食料は最低でも半年は保つように配分しろ」

 

「了解しました」

 

まずは救援物資をどうするか。

はっきり言って我々には余裕が無い。

食料だって毎日ギリギリであるし、燃料こそ産油地帯や石炭を液化燃料化しているから幾らかは余裕があるが、それでも綱渡りに等しい状況だ。

 

ただ、補給を担当する将校達から一年はどうにかすると言質を取ったのならば、この冬を乗り切りつつ食料生産をするしかない。

無茶苦茶であるし、被災者には酷な事であろう。

俺だって同じ立場ならば、激怒する。

 

しかしそうでもしないと立ち行かないほどに追い詰められているのだ。

食料生産の大部分を担う北海道が戦場になったのは、それほどに我々に大打撃なのだ。

 

 

 

 

 

 

「医療体制は?」

 

「民間の医師や看護婦、看護師達が懸命に働いておりますが人手は絶望的なまでに足りておりません」

 

「被災地に陸海軍の軍医を送るんだ。必要なら九州、山陰山陽、四国の軍病院や民間の医療機関に航空機を使って後送しても構わん」

 

医療体制も逼迫している。

傷病者の中には緊急を要する者も数多い。

 

東海地方や関東地方の軍病院は空襲や、迎撃に出た搭乗員の治療で忙しく、東北地方の軍病院は今現在北海道戦線の傷病者を受け入れており地獄が如く駆け回っている。

 

しかし近畿以西は空襲も余り無く、比較的手隙である事が多い。

だから北海道戦線へも軍医や看護婦看護師達を送っているし、確認したところ今も病床数には空きがある病院が多かった。

ならば受け入れが可能な程度で構わないから被災地の傷病者を受け入れるよう、言ったところ歓迎すると返答が返って来た。

 

 

今の医療技術ならば、即死でも無い限り病院に後送して治療を受ければ命はまず助かる。

 

戦争前の各種技術は失われずにしっかりと受け継がれているし、戦争が落ち着いて民間への被害がなくなりつつあれば其方を復興させる準備もある。

ただ、今はその段階に無いだけだ。

そも、復興したところで空襲で破壊されるのは目に見えている。

 

俺が書類作成に使うパソコンや印刷機なども極々少数、官用に生産は続けられているからな。

ただ、インターネット回線が使えないから送受信が出来なく、書類に起こして人を使って手渡しするしかないだけだ。

 

まぁ、この世界に来るまではインターネット漬けの生活であったがインターネットが無くともなれてしまえば不便に感じないものだ。

 

 

 

物事を決めていると、伝令が走ってくる。

 

「提督、統合参謀本部より電文です」

 

「読み上げろ」

 

「陛下、中代大将以下全員の無事が確認されました。既に病院へ向かい治療中との事です」

 

「怪我の程度は?」

 

「広野中将が骨折をされましたが、他の方々は擦り傷程度であると」

 

「宜しい。見舞いの電文を送っておくように。2、3日はお休みして頂くよう手配しておけ」

 

「了解しました」

 

無事で良かった。

広野中将は災難であったが、特に高齢である陛下や市木大将が無事であるのは何よりだろう。

 

 

 

 

 

二日後。

中代大将からこちらはこちらでやっておくから、戦いに集中して構わない、と連絡が来た。

 

これで兎に角戦う事、前線の指揮に専念出来るようになった。

 

俺は幾つもの物事、それも国難と呼ぶに相応しい物事を同時に対応出来る人間では無い。

有り難い。

 

 

 

ならば、一刻も早く北海道から敵を殲滅しなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

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