暁の水平線に勝利を刻めるか   作:ジャーマンポテトin納豆

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第5話

「提督!失礼します!」

 

「ッ!?どうした!何があった!?」

 

勢い良く開け放たれる自室のドア。

その音で飛び起きた俺は、即座に何があったのか聞く。

 

「突然お部屋に押し入ってしまい申し訳ありません、ですが緊急性の高い物と判断した為失礼ながら入らせてもらいました」

 

部屋に入ってきたのは参謀長である山田大佐だ。

彼は、頭を下げ謝罪の言葉を述べるが血相を変えて俺を起こしに来るぐらいの事が起きているのだろう、そんな状況で一々咎めたりしない。

第2種軍装である真っ白のズボンと上衣を着ながら用件を尋ねた。

 

「構わない、用件は?」

 

「偵察機に出た1番機から敵艦隊発見との電文が届きました!」

 

「何!?分かった。今すぐに艦橋に上がろう」

 

服を着て、軍帽を被り山田参謀と一緒に艦橋に向かい小走りで進む。

 

「湯野提督、艦橋に入られます!」

 

下士官妖精の1人が声を上げ、金属製の扉を開けてくれる。

中に入ると飛龍を含めた全員が俺に対して敬礼をしている。それに対して俺は答礼を返しすぐに降ろす。

 

「敵艦隊が発見されたらしいな。位置は?」

 

「バンギー湾より南西に70km地点です」

 

「敵艦隊の陣容は?

 

「空母ヲ級2、戦艦ル級1、重巡1、随伴艦多数です」

 

「……相手にするには厳しいな」

 

「えぇ、予測では我々の搭載機数より50~60機ほど多い計算になります」

 

「……原田大佐、もし戦うとしたらどう見る?」

 

「我々ならばやれます。……と言いたい所ですが正直に申し上げます。敵戦闘機の数は凡そ同数と考えます。そうなると全力で迎撃をしたとしても敵戦闘機との戦闘で精一杯となり敵の艦爆や艦攻には一切手出し出来なくなります。流星を迎撃に加えれば何とかなるかもしれませんがやはり厳しいことに変わりはありません」

 

「やはりか……敵艦隊との距離と針路、速度は?」

 

「約400海里です。針路は北西、速度凡そ18ノットです」

 

「敵がこちらに攻撃隊を飛ばしてくる可能性は?」

 

「航続距離の関係上、それはあり得ないでしょう。我々の艦載機ならば300海里以内に入ってしまえば攻撃は可能です。ですが深海棲艦の艦載機はこの距離で攻撃隊を放ってくる事はまず無い、と言えます」

 

原田大佐はそう答える。

敵からの航空攻撃は有り得ないか。我が艦隊も18ノットの速力で進んでいる。この速力を維持すれば今の距離を保てる。

 

考えていると、山田参謀長が声を上げた。

 

「提督、気になる事が一つあります」

 

「なんだ?」

 

「電文の最後に『敵艦隊ハ我々ニ感ズカズ』とあります。彩雲が敵の艦隊を視認し更には艦種を特定出来るほどの距離に近づいても迎撃を受けたり発見された兆候は一切無いという事は、恐らくですが敵艦隊は電探などの電源を落としているのでは?」

 

「……あり得るな」

 

「更に言ってしまえば彩雲だけでなく我々艦隊にも一切感づいていない可能性が高いと思われます。実際に我々は今の今までソナー以外一度も使用していません。そう考えると逆探に探知される可能性も無い。今の今まで敵潜水艦との接触も無いのです、もし我々を発見しているのなら今頃潜水艦の雷撃や敵の航空機で滅多打ちにされていなければおかしいです」

 

「だが、待ち伏せの可能性は?我が艦隊が海峡を越えてから複数の空母艦隊で袋叩きにするという可能性は?」

 

「確かにその可能性もあるでしょう。ですが先ほども申し上げた通りそれはあり得ません。何故なら待ち伏せを企図しているのならば今発見された艦隊以外にも敵艦隊が見つかっていなければおかしい。しかしこの艦隊以外に発見はされていない」

 

「となると敵には我々を攻撃する意図どころか存在すら知らない、と仮定します。何より敵はもし我々を発見していたらそこまでの戦力ではない事、輸送船団を伴って行動している事は知っている筈。態々袋叩きにしなくとも確認された戦力ないしは複数の潜水艦で壊滅させられる。護衛艦隊を相手せずとも輸送船団を叩けば深海棲艦の勝ちです。それぐらいは馬鹿でも分かる。それなのに攻撃してこないとなるとやはり我々の存在を知らないと見るべきです」

 

山田参謀や艦長などが俺の質問に対してそれぞれの考えを述べてくる。

確かにそれぞれ述べた意見には筋が通っている。

それらの意見を聞いた上でどうするべきか……どのような指示を出すべきか……

 

先ずは敵情をしっかりと把握すべきか。

仮に敵艦隊が我々の存在を知らないとすれば今ここで下手に手を出すとかえって存在を露呈する羽目になる。

 

一番確実なのは偵察機だが今現在の位置から放ってもそこまでの偵察範囲拡大にはならない。幾らかは奥の方を偵察出来るだろうが殆ど今帰投中の偵察機と同じだ。なにより折り返し地点に到達したころにはもう敵艦隊はどこか遠くへ行ってしまっている筈。

 

それらを踏まえて考えると敵艦隊の航路に先回りして偵察が可能なのは潜水艦隊か。

 

「……第1潜水艦隊の位置は?」

 

「は、予定通りならば今頃は丁度南沙諸島と西沙諸島の中間地点を航行中かと」

 

「よし、ならば第1潜水艦隊に敵艦隊の動向を探る様に暗号文を打ってくれ。第2潜水艦隊にも前進、同じく動向を探って欲しい、と暗号文を」

 

「了解しました」

 

そして通信参謀は電信室に俺の伝えた暗号文を両艦隊に打つよう伝えた。

 

「提督、我々はどうしますか?」

 

「まずは偵察機を全機収容しよう。予定地点に向かってくれ。着艦したら敵艦隊を発見した偵察機の搭乗員を呼んでくれ。詳しく話を聞きたい」

 

「了解しました」

 

「それと念の為に直掩戦闘機隊出したい。何機出せる?」

 

「我が飛龍と蒼龍で12機ずつは出せます」

 

「分かった。それで構わない」

 

「了解しました。艦橋より格納庫へ命令を発す。第2戦闘機中隊発艦準備始め。繰り返す第2戦闘機中隊発艦準備始め」

 

伝声管で命令が伝えられる。

恐らく今頃は偵察機の発艦準備命令の時よりも慌ただしく動いていることだろう。

 

「各艦、対空対潜警戒を厳となせ。繰り返す。各艦、対空対潜警戒を厳となせ」

 

山田参謀長がそう命令を出し、各艦に発光信号で伝えられていく。

 

「さて、どうなることやら……」

 

小さな声で俺はぼそりとそうつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから偵察機を3機無事に収容した。

報告によると電文を打った1番機は燃料がもう殆ど残っておらず、良く帰ってこられたもんだ。

 

「さて、帰って来たばかりで呼び出して申し訳ない」

 

「いえ、構いません」

 

「それで用件だが」

 

「敵艦隊の事、ですね」

 

「あぁ、出来るだけ詳細に話を聞かせて欲しい」

 

「分かりました。先ず敵艦隊の発見位置や陣容に関しては電文の通りです」

 

「その艦隊以外に敵艦隊は発見出来なかったのか?」

 

「はい、艦影どころか航跡すら発見出来ませんでした」

 

「進路に関してだが、北西だったな」

 

「はい。正確にはリアウ諸島の方角でした」

 

リアウ諸島と言う名前を聞いて艦長は不思議そうに首を傾げる。

リアウ諸島はシンガポールから南方に位置する。主な島は5つほどで深海棲艦との戦争が始まる以前はインドネシアに属していた。

 

シンガポール海峡に面しているから通行船舶量は多いが、深海棲艦の泊地や基地などは無かった筈。あるとすればリンガ泊地くらいなものだ。

 

「リアウ諸島……?そんな場所に向かってどうするんだ?」

 

「参謀長、リアウ諸島に敵艦隊の泊地があるという情報なんてあったか?」

 

「いえ、ありません。あの辺りにある大型艦船の停泊が可能な泊地はリンガ泊地のみだったと記憶しています。インド洋に出ればスリランカのコロンボ軍港、モルディブのアッドゥ環礁などが存在していますが……」

 

「補給を受けるにしろ、態々インド洋までは行かないか」

 

「はい。修理やオーバーホールをするならばコロンボも考えられなくは無いですがただ補給や停泊をするだけならばインド洋に向かう必要はありません」

 

「もしかすると発見した敵艦隊はリンガ泊地へ補給に向かっているのではないでしょうか?」

 

「補給か……うーむ、どうにも敵艦隊の意図などが掴めないな。補給にしても電探を切る必要なんて無いだろうに」

 

何が目的で、どのように行動しているのか掴めない。

と言うのも今までの深海棲艦の行動は一定の規則性があった。俺がこの世界に来る前の資料なんかも色々と見てみたが、大規模攻勢など何らかの行動をする時はこちらが情報を掴めるぐらいには敵艦隊の集結などがあった筈なのだ。

それ故に艦隊の移動や通信量の増加などもあるから、何かしらの行動を起こすであろうと言う事は掴める。だが今回は全くと言っていいほど変化が無かったのだ。

 

事実、その様な報告は潜水艦隊からも軍令部の広野中将からも上がって来ていない。

 

いよいよ訳が分からなくなってきた。

参謀長や艦長、飛龍と共にうんうん頭を捻る。するとふと、飛龍が思い出したように言った。

 

「…………ねぇ提督、そう言えば敵艦の数が減っているって報告が上がってなかった?」

 

「ん……?あぁ、確かそんな報告が上がっていたな。それがどうかしたのか?」

 

「もしかしてだけどさ、敵艦隊ってインド洋の方に行ったんじゃない?」

 

「インド洋に?しかし何の目的があって?太平洋の戦力を全てインド洋に回航してどうするんだ?」

 

「うーん、それを聞かれちゃうと困るんだよね。その方面の深海棲艦の艦隊が大打撃を受けた、なんて言えないし。そもそもインド洋の方に深海棲艦に大打撃を与えられるような国も艦隊も存在していないしなぁ……」

 

「確かにその通りなんだ。インド洋に抜けるとしてもどういう訳で行くのかさっぱりだ」

 

「日本本土に大攻勢を仕掛けるのならばリンガ泊地なんて場所に集結せずにもっと近い沖縄近海などの南西諸島に集結する筈です」

 

「うぅむ……」

 

参謀長が言って艦長はそれを聞いていよいよ分からないと言った顔をする。艦橋にいる誰もが理解しえない。

事前の偵察でも敵艦の数が減少傾向にあることは報告されていた。

だが結局その原因が分からないまま輸送作戦を決行したツケが今回って来たか。

 

そうなると下手に動けない。

命令した潜水艦隊の報告が来るまではどうしようもない。

 

「まずは潜水艦隊の報告を待った方が良いだろう。それまではバシー海峡を越えられないな」

 

「ですが、どうするんですか?燃料の問題もあります。多少はタンカーに積んできた燃料で洋上補給が可能ですがそれもいずれ尽きてしまいます」

 

「……一度、現在地点よりもっと南に南下して偵察機を放ってみるのはどうだ?」

 

「今は少しでも情報が欲しいので偵察機を放つということに関しては同意します。ただ何処で放つか、と言うのが問題です」

 

「ふむ?」

 

俺の提案に対して艦長は問題があると指摘した。

それに対して俺は頷きながら続きを話すように促す。

 

「と言うのも、今現在艦隊の方針としては提督の決定によりバシー海峡を通過しません。これには私も賛成です。状況があまりにも不可解ですから。そして、南下して偵察機を放つと仰いましたが、南下する距離はどれほどをお考えでしょうか?」

 

「そうだな……2、300kmほどだ」

 

「今現在の地点から200kmとすると最初に偵察機を放った位置と大差ありません。より広範囲を偵察するのならば600kmは南下しなければ意味は無い。」

 

「しかしながらそれほどまでに南下してもあるのはフィリピンの島々です。もしそれほど南下して偵察機を放つとなるとその島々に出来る限り近づき、更に偵察機はルソン島と言ったフィリピンの島々を飛び越えて行かなければ遠くを偵察できません。出来るだけ搭乗員の負担を減らす事を考えると出来るだけ近づかなければなりません。しかし近づきすぎると深海棲艦の沿岸監視部隊などに発見されるリスクが大きくなります。更に言えばその方面の事前の偵察は一切行われておりません。ルソン島にはベーラー湾やラモン湾と言った湾が多数あります。もしそこに敵艦隊が停泊していたとなると殊更に状況は面倒極まりない物になってしまうでしょう」

 

「ふむ……」

 

確かに彼の言う通りだ。

となると南下して偵察機を放つこの案はダメか。

 

「この案は駄目だな。とするとどうするべきか」

 

「ここは仕方が無いですが、潜水艦隊からの報告が来るまではバシー海峡から適度な距離を保ちつつ現海域を遊弋して待つしかありません。同じ海域に留まっていると発見される可能性も高くなりますが何の情報も無く海峡を越えるよりは安全かと」

 

「とすると、最低今日、明日は動けなくなるか」

 

「そうですね。一応艦隊周辺に偵察機を飛ばしておきましょう。今出来る事はそれぐらいでしょう。電探の使用も可能ですがどうしますか?」

 

「よし、電探も使おう」

 

「分かりました。すぐに稼働させるように言っておきます」

 

一応、艦隊の方針は決まった。

あとは潜水艦隊からの報告を待つばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー side 伊401 ----

 

 

 

 

 

ついさっき、提督から私達潜水艦隊に発見した敵艦隊の動向を探るように命令された。

どうやらバシー海峡を通過する前に偵察機を飛ばしたら敵艦隊を発見したからその艦隊の動向を探って欲しいって。

 

どうやら敵艦隊の動きとかで腑に落ちなかったりする事があったんだろう。

 

その命令に従って私達第1潜水艦隊は発見した敵艦隊を追うために暗号文で送られてきた敵艦隊の予想針路上で待ち構える。

 

私達は南沙諸島とパラワン島、カリマンタン島の間にある海域に今は居る。

そして敵艦隊が通過するのを待っていると、水測員が声を上げた。

 

「聴音機に感あり。数は14ないし15」

 

「聴音員、判別は出来る?」

 

「……大型艦の推進音が4隻分確認出来ました。動向を探る様に言われていた敵艦隊かと」

 

「よし、それじゃ敵艦隊が私達の上を通過したら艦首回頭。追いかけよう」

 

恐らく伊400達も既に存在は掴んでいるだろうから通信を送る必要は無い。

だけど海流とかの影響で聞こえなかったりすることもあるから暗号文で送らないといけない。

艦長は私が指示する前に命令を出してくれた。

 

「電信員、潜水艦隊全艦に暗号文を。それと護衛艦隊にもこれから追跡に移る旨を暗号文で送れ」

 

「了解」

 

『伊401敵艦隊発見ス。現在敵艦隊ハ我ガ艦ノ直上ヲ通過中。全艦集マラレタシ。1953』

 

更に護衛艦隊にも暗号文を送る。

 

『我伊401。我敵艦隊発見ス。コレヨリ追跡ニ移ル。1955』

 

「暗号文送りました」

 

「ありがとう。それじゃ追いかけようか」

 

「操舵手、艦首180度回頭。追尾するぞ」

 

「了解。艦首180度回頭。追尾します」

 

幾らか距離が離れたところで洋上航行中にバッテリーに貯めておいた電気で進む。

エンジンで進めないことも無いけどそれだと音が大きいからね。

 

「敵艦隊、方向を変えました。このまま進むと……リンガ泊地の方ですね」

 

「分かった。取り敢えずこのまま追いかけよう」

 

敵艦隊はリンガ泊地の方に向かうのか。

とすると補給目的かな?近くにはパレンバン油田があるから燃料補給には困らないし。

 

そのまま追いかけていくと、リンガ泊地に一度停泊した。

 

「リンガ泊地に投錨しました。やはり補給でしょうか?」

 

「うーん……多分そうだと思う。ただ一応もう暫く様子を見てみよう」

 

「了解です」

 

やっぱり補給目的かな……

 

「!聴音機に感あり。数は……大型艦が4隻、随伴艦多数。左舷後方から徐々に近づいてきます」」

 

「なに?」

 

「段々と推進音の音が小さくなっています」

 

「近づいてきているのに推進音が小さくなっている?」

 

「これは……機関出力を落としているようです。恐らくリンガ泊地に停泊するのかと」

 

「ふむ……」

 

「艦長、敵艦隊が通り過ぎた後に他に敵艦隊が居なさそうなら潜望鏡深度まで浮上。危ないけど目視確認してみよう」

 

「は、了解しました」

 

 

 

 

 

敵艦隊が通り過ぎて暫く。

 

「艦長、危ないけど潜望鏡深度まで浮上」

 

「了解、潜望鏡深度まで浮上します」

 

潜望鏡で海上を覗くと、そこには驚愕なんて言葉じゃ言い表せない光景が広がっていた。

 

「艦長、これは……」

 

「深海棲艦の数が減っていたのはこれが原因か……」

 

「うわぁ……何この数。見た事無いよ……」

 

そこに居たのは動向を探った艦隊を含めても異常な程の数の艦隊が集結していた。

 

「パッと見ただけでもヲ級が10隻、ヌ級も10隻は居る。戦艦もル級タ級合わせて2、30は居るね。随伴艦も相応の規模……ワ級もうじゃうじゃ居るね。全部合わせてざっと130隻って所かな……」

 

「こりゃぁ……相当な一大事ですな……」

 

潜望鏡を覗いた艦長も圧倒されたのかぼそりと声を漏らした。

 

「しっかしこれだけの数を集めて何処に行こうってんだ?日本の息の根を止めるなら態々こんな遠くに集まる必要は無いだろうに……」

 

「追いかけていた艦隊は燃料補給を受けてますね……」

 

「いよいよ何が起こっているのか分からないな」

 

「……深度80で懸吊。潜航始め。これ以上潜望鏡を覗いていると気が付かれかねないからね」

 

「了解。深度80。潜航始め」

 

もう暫く敵情を調べたかったけど流石にこれ以上はまずい。

でも真夜中の12時と言うのもあってか見つかっては居なさそう。

だけど普通なら対潜警戒の駆逐艦が巡回していたりするものなんだけど、対潜警戒どころかソナーの1つも作動させていないなんて幾ら何でも無警戒が過ぎる。

 

何故そう言い切れるのか、と言うとソナーが作動していたり対潜警戒中の駆逐艦が居るのなら今頃私達はとっくに見つかって爆雷の雨が降って来ていなきゃおかしい。

 

気が付かれていない今なら空母でも戦艦でも狙い放題なんだけど、その気持ちをグッと抑える。今の私達の任務は偵察だ。少しでも多くの詳しい情報を集めることが最優先。

 

「このままここで無音潜航するよ。何か少しでも異変があったら報告して」

 

「了解」

 

この場所に留まって偵察を続ける。あれほどの艦隊を目の前にして離れるわけにはいかない。もし輸送船団や護衛艦隊の方に向かったら最悪、私達が沈められても報告しないといけない。

 

これからはただひたすら静かに待つだけ。

忍耐力なら私達潜水艦は誰にも負けないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

時計を見てみると、あれから8時間が経っていた。

これまでに、敵の新しい艦隊がここリンガ泊地にやってきて錨を降ろしていた。数は3個艦隊にもなりそれだけで、もう既に今の日本を簡単に再起不能に追い込めるだけの戦力。

 

今では正規空母、軽空母の数だけで40。

戦艦もル級、タ級合わせて30。

その重巡以下の随伴艦は軽く100隻は超える大艦隊。更にワ級が100隻以上。

これだけで300隻近い大艦隊がリンガ泊地とその周辺海域に集結している。

余りの数の多さに驚きを隠せなかった。

 

ただ不思議なのはどの艦も警戒と言う言葉とは無縁過ぎるほどに一切なんの警戒もしていなかった。

途中、何度か敵のソナー音が聞こえてきたけど多分対潜警戒として巡回しているわけじゃない。だってそうなら定期的に、一定の間隔で同じ様にソナー音が聞こえてこなきゃおかしい。しかも全部素通りで私達に気が付かないで行っちゃった。

 

それぞれの持ち場でやれることをやる。

水測員はずっとヘッドホンを付けたまま耳を澄ませている。

 

「ん……?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、どうにも聞き取りずらいんですが機関始動音がしたような……」

 

「……もしかすると気のせいじゃないかもしれないから引き続きしっかりと耳を澄ませておいて」

 

「了解です」

 

水測員が一瞬機関始動音が聞こえたって言っていたけどそれ以上は何も聞こえなかった。

 

「おかしいな……故障か……?」

 

「どうした?何かあったのか?」

 

「いえ、それが遠くの方でやはり何度も機関始動音と、推進音が聞こえてくるんですがやけに聞き取りずらいんです。雑音が混じっているんです。雑音の方はずっと続いている状況ですし」

 

「ほう……」

 

「あ、また始まった……」

 

「ふむ……」

 

「……潜望鏡深度までもう一度浮上してみよっか」

 

「了解です」

 

私の指示で潜望鏡を海面から覗かせてみると、かなり強い雨が降っていた。多分この雨が海面を叩く音が混じって聞き取りずらかったんだと思う。

 

視界が悪くなっていて見ずらいけど、どうにも敵艦の数が少なくなっている気がする。

 

「艦長、敵艦の数が減少しています」

 

「その様だね……」

 

「あの空母、動いてますね。方向は……マラッカ海峡に向かっている?」

 

それから暫く見ていたら、どうにも敵艦隊はマラッカ海峡を目指して進んでいった。その数はどんどん少なくなっていって雨が止んで日の光が見える頃にはもう殆どの敵艦隊がそこに居なかった。かなり遠めに10隻くらいのワ級とヌ級が2隻、随伴艦が幾らかいるだけ。

 

それも少しするとマラッカ海峡に向かっていった。

 

「周辺に敵艦隊無し。上空にも敵機は見えません」

 

「……よし、イチかバチか浮上してみようか」

 

「……了解です」

 

そして浮上して艦橋から双眼鏡を覗いて見渡してみると本当に1隻も存在していなかった。

 

「護衛艦隊に敵艦隊がリンガ泊地に1隻も存在していないことを打電して。潜水艦隊全艦にも同じように伝えて」

 

「了解です」

 

『我伊401。リンガ泊地ニ敵艦隊存在セズ。輸送船団ノ脅威ハ無シト思ワレル。0937』

 

暗号文を送ったと同時に暗号文が届いたと報告が上がった。

 

「報告。第2潜水艦隊の伊168から暗号文で報告が届きました」

 

「読み上げて」

 

「はっ。『我伊168。我パレンバンノ偵察ヲ決行。周辺海域ニハヌ級2ヲ含ム小規模艦隊ノミ。ソレ以上ノ敵艦隊ハ発見出来ズ。0938』です」

 

「パレンバンには最低限の防衛艦隊を残してそれ以外を全部マラッカ海峡を通過させた、って事か」

 

「恐らくは。浮上していても攻撃を受けない辺り、この辺りの艦は根こそぎマラッカ海峡を抜けてインド洋に出て行った、と考えてよろしいかと」

 

「まぁ、多分これで輸送船団の安全は確保されたってことだね。あとは提督がどう判断するか」

 

「パレンバン周辺で発見された艦隊も護衛艦隊の艦載機だけでも十分対処は可能です。砲撃戦に持ち込まれても数で押し切れるでしょう」

 

「どちらにしても、私達の最初の目的は達成出来た。護衛艦隊から何か命令はあった?」

 

「は、『潜水艦隊ハ偵察ヲ続行セヨ』と」

「分かった。それじゃ命令通りこのまま偵察を続けよう。潜航はしないで洋上航行。対空対水上警戒をしっかりね」

 

「了解」

 

最後に私はそう言って艦内に戻った。

 

 

 

 

 

 

ーーーー side out ----

 

 

 

 

 





懸吊

潜水艦が水中でエンジンを動かさずにその場で留まる技術。






感想、書いて欲しいなぁ……(小声)


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