セレベス海、マカッサル海峡、ジャワ海、フローレス海の安全が対潜監視所や電探、航空機による対潜哨戒網の厳重化によって確保された。
これによってその地域を通る輸送船団の安全性は以前よりも大幅に確保されたと言っていいだろう。
敵潜を内海でこれらの海域で見ることは殆ど無い。
海軍では護衛艦隊の負担軽減の為に日本本土と南方方面を結ぶ航路に関しては護衛を行うとし、南方方面のみの航路では昼間は各地の陸軍航空隊と海軍航空隊の共同で船団護衛を行うとし、夜間にのみ電探搭載型の連山数機、そして南方航路護衛隊が護衛を行うとした。
航行を行う場合は昼間、夜間に限らず最低20隻の船団で動くことを絶対と改めて厳命。
それに内海に敵潜が出たとなれば輸送船団運航を一時停止して該当地域の陸海軍航空隊を主力とした積極的防御、所謂ハンターキラー、潜水艦狩りを南方航路護衛隊と共に行っている。
内海化するまでは船団護衛任務中に敵潜水艦への攻撃などで毎月30隻を超える敵潜水艦を撃沈していたのに、今では月に2隻も撃沈すれば大戦果だ。
代わりに侵入可能経路近辺での敵潜撃沈数は1カ月辺り23隻ほどに倍増している。
これはやはり内海に侵入することの出来る箇所に対して大量の機雷原の設置、対潜用電探を装備している連山、二式大艇が警備しているからだろう。
見つけ次第爆雷の雨を降らせて撃沈し、撃沈出来なければ追い掛け回して撃沈する。
まぁ、固執するのも良くないのである程度ではあるが。
確かに深海棲艦の潜水艦用電探の性能は機雷を見分けられるぐらいの高性能である。
実際、もし仮に欧州技術のテコ入れが無ければ、航空機用、艦艇用、陸上用と全てにおいて聴音機、探信儀、電探全てが最低でも2世代以上の世代差、性能差があったであろうと予想されている。
正直これはとんでもないレベルだ。
これはこちらの戦術が殆ど通用しないことを意味する。
どうやっても、どれだけ船団護衛の数を増やしても護衛艦諸共敵潜水艦に食われるのが目に見えている。
まぁ、ここら辺は各種電探などの技術がテコ入れで対抗出来るレベルにまでなっている。
これが無ければ今頃の各地を結ぶ輸送航路は、とても目を向けられない状態になっていただろう
比較して少ないのはどうやら敵潜は内海への侵入をここ最近殆ど企図していないらしいからだ。
代わりにモルッカ海やバンダ海での通商破壊に本腰を入れいているらしくそちらでの被害が大きくなっている。
とは言えモルッカ海、バンダ海を通らなければいいだけの話だ。
その目的を達成するために、今現在パルと言う場所に大規模な港湾施設を建設中である。
ここを本格的に運用出来るようになれば、そこから鉄道を伸ばしてスラウェシ島全域に陸路での補給路を確立させられる。
そうすれば態々危険なモルッカ海を通ってトミニ湾に入らなくて済む。
なんならトミニ湾に戦略上大規模な艦隊を駐留させられる軍港を作るならパルから資材を陸路で送り込んで作ればいい。
そうすれば危険な海域を必死になって資材を運ばなくて済む。
フィリピンの補給は大きな島が点在していることから大きな島には1か所の大規模港湾施設、1か所の中ないし小規模な港湾施設がある。
小さな島々にも輸送船が同時に2隻が停泊、揚陸を行える漁港程度の港がある。
理由は余程小さな島でもない限り殆どの島々に飛行場や対空電探を装備する対空監視所、敵潜水艦の侵入を監視する対潜監視所が設置されているからだ。
フィリピンは太平洋に対する最前線であり、その圧力はかなりのものだ。
以前にも言ったと思うが、パラオやマリアナ諸島からB‐29やB‐24と言った重爆が連日連夜飛んで来てはあらゆる施設に爆弾を落としては被害を出していく。
だからどこか一か所が叩かれても別の場所が稼働してカバー出来るようにしている。
所謂リスクマネジメントと言うものだ。
それぐらいやらないと、フィリピンが前線基地としての機能を維持し、果たせない。
仮にフィリピンが無力化されれば再びスールー海やセレベス海に敵潜や敵重爆が押し寄せてくることになる。
そうなれば再び輸送船に大規模な被害が出ることになる。
大小スンダ列島の防備は豪州から飛来する敵機や散発的に襲撃してくる敵艦隊に備えて中々のものだ。
陸軍航空隊や師団こそ数は少ないが、その全てが精強で知られる南方方面軍の中でもより一層の精鋭揃いだ。
理由としては敵潜水艦や艦隊の大規模な基地が豪州にあるからだ。
こちらの航空偵察で確認されているだけでもシャーク湾、ジェラルトン、パース、ポート・ダービー、ポート・ダーウィン、カーペンタリア湾にある。
戦力は大規模と言ってなんら問題無く、推定でも潜水艦は数百隻単位、空母や戦艦を含む艦隊は大小に差はあれど4個艦隊。
空母の総数は二十数隻、戦艦も同数程度。
その護衛を行う巡洋艦以下の艦艇数は数える事すら面倒になるほどだ。
敵は我々の次の攻勢目標が豪州であると感付いているらしい、戦力を豪州方面やニューギニアなどに搔き集めている。
しかもどれだけ敵に損害を与えても後方にあるソロモン方面やフィジー、ニューカレドニア、ニュージーランドなどから馬鹿馬鹿しいほどの増援が来る。
我々が必死になってやっている潜水艦狩りも深海棲艦の艦艇数からすれば雀の涙程度の損害しか与えられていないのが実際だ。
とは言えそれでも熟練レベルの人的損耗はこちらと同様にそう易々と補充出来るものではないらしい、と言うのが唯一の救いか。
補給拠点に関してはある程度大きな島に港湾施設をフィリピンと同じように設けて、そこから陸路で運ぶ流れだ。
鉄道の敷設はスラウェシ島を除く全ての島で9割方完了している。
現状であれば陸路の鉄道輸送は殆ど問題無いレベルだ。
それにスンダ列島には連山を配備して敵に対するカウンターとして爆撃を行っている。
流石に補給の関係上、毎日とは行かないが週に1度爆弾を落としに行っている。
距離の関係上、シャーク湾を含めた南側には不可能だが、ダーウィン、ダービーの二か所に対しては護衛戦闘機を付けた状態で爆撃が可能だ。
搭乗員の救助には海軍の二式大艇や潜水艦が参加しており出来うる限りの人的損耗を抑える努力はしているが、結局はシャーク湾などに敵艦隊は拠点を移しているから艦艇への効果は輸送船程度だ。
とは言えそれでいい。
この二か所を叩ければ少なくともダービー方面からの敵艦隊の脅威は無くなる。
豪州作戦の上陸地点はエイティ・マイル・ビーチだから左右から挟撃されることだけは防げる。
最初に敵艦隊との戦闘を行い、敵水上艦隊の脅威を排した後に上陸作戦を決行する。
エイティ・マイル・ビーチに上陸したら即座に北上してポート・ダービーの奪還、物資と部隊の揚陸地点を確保する。
ポート・ダービーの防備は重要拠点とあって厳重で、正面から上陸しようものなら大損害待った無しだ。
だからその側面と背後を突く。
どれだけ頑強な防御陣地も真正面から戦わずに後ろから吹き飛ばせばいい。
敵部隊が出向いてきたならば敵部隊の規模にもよるが機甲師団、通常師団(戦闘団編成師団)を用いて早期に排除する。
再び北上してポート・ダーウィンの奪還を行い、豪州北部の奪還を確定的にする。
そうすればこちらが使える大きな港が2か所になり、部隊と物資の輸送がより円滑化させられる。
ここまでが第1目標だ。
それが完了すれば、次は第2目標としてノーザンテリトリー州の奪還を行う。
次に第3目標西オーストラリア州、第4目標南オーストラリア州、第5目標クイーンズランド州、第6目標ニューサウスウェールズ州、第7目標ビクトリア州と順々に奪還していく。
もし豪州政府と豪州国民がまだ生きているのならば、何れかの段階で合流することが出来るだろう。
まぁ、軍事的には正直奪還が終わるか、途中までは殆ど期待出来ない。
寧ろ内陸部の、しかも砂漠地帯に追い詰められている状況でまともな軍隊を維持出来る方が無理だからだ。
いずれにせよこれが大筋の作戦である。
物資輸送の船団護衛には1航艦も動員して行っている。
というか1航艦も動員しないと、護衛艦隊だけで船団護衛をやると消耗スピードが速すぎるのだ。
損失こそ無いが、船団護衛に出ると船団の速度に合わせなければならないので丸々半月以上は余裕で掛かる。
敵に襲われれば少なからず損害を負うし、長期間の航海で艦体は頻繁に重整備を行わなければならないぐらいだ。
普通なら1年ほどの間隔で重整備を行えばいいのだが、船団護衛任務と言う長期間の航海と戦闘を護衛艦隊だけで行うと3か月に一度の高頻度で重整備を行わなければならない。
修理や整備を担当する工廠にとっても、輸送船の建造や艦隊に供給する部品や砲弾、機銃弾、砲身の生産も担当しているのだから、そこに更に3か月交代でほぼ休み無しに艦隊の重整備を行うにはこれは余りにも大き過ぎる負担なのだ。
とは言え豪州作戦に投入する陸軍兵力の輸送は全て終えているので、あとは作戦実施と各地の部隊を維持するだけである。
つい先日、大和が、その1週間後に武蔵が修理を終えた。
今は各種装備の試験中であり、今日は全力公試と各種火砲の射撃試験である。
「提督、射撃準備が整いました」
「上甲板にある乗組員は即時艦内に退避」
そう俺が言葉を発すると艦全体にブザー音が鳴り響く。
十数秒で全員退避完了のランプが点滅する。
「主砲1番より順次射撃開始。問題発生の際は報告せよ」
「了解、撃ちー方始め」
全員が対爆窓から視線を逸らし、砲撃時の砲炎が目に入らないようにする。
冗談抜きで46cm砲の砲炎は余りにも強烈過ぎる。
他の戦艦の砲炎も激しいが、それでもここまでではない。
大きな射撃音と、艦橋内に居ても尚感じる凄まじい衝撃が、たった1門ずつしか射撃していないのにも関わらず艦全体を包む。
標的は200なので、着弾に必要な時間は約60秒。
最大射程である42km先に砲弾が到着するまでに掛かる時間は余裕で2分近くになる。
そりゃ狙って撃っても当たらない訳である。
装填速度は25秒ほど。
元々の装填速度は30秒以上は掛かっていた。
理由としてはラマー(装填補機)を装備していなかったことで射撃する度に砲身を下まで下げなければならなかったからだ。
これは自由仰角装填、砲身をどのような仰角俯角向けていても装填が出来ない事を意味している。
そして他の戦艦にも言える。
と言うよりも大和がラマーを装備していなかったのには、そもそも46cm砲弾に対応出来るものが無かったからだ。
そこで装填速度向上と砲塔要員の負担軽減を狙い、大和が浮揚作業中の頃に開発をスタート、浮揚作業が終了するとほぼ同時に開発が完了したのだ。
これで自由仰角装填が可能になり、より円滑に装填作業を行うことが出来るようになった。
「相変わらず凄まじいな……」
思わずそう言葉が漏れてしまうぐらいだ。
隣には175cmはあるであろう、亜麻色の髪を持つ長身の美女が立っている。
目鼻立ちは整っており、スタイルも抜群、普通ならば目が離れないだろうな。
彼女が大和の艦娘であり、この艦の主である。
これが平時であれば、まぁ俺にそんな度胸があればの話だが口説くことも考えられただろうが彼女は部下である。無理。
物腰は柔らかいが、実のところ、と言うか艦娘全員に共通することだが腕っぷしも強い。
普通に70kgはあるであろう兵士を片手でぶん投げるぐらいだ。
大和に良からぬことをしようとした馬鹿な兵士が海に放り投げられ、後ろを付いてくる駆逐艦に救助されたなんて話もあるぐらいだ。
ただ、大和は家事炊事の腕が鳳翔も唸るぐらいらしい。
とは言えなんというか、ちょっとふわふわしている雰囲気の持ち主と言うか、普段は気が抜けるような雰囲気を纏っている。
損傷した艦の艦娘は、殆どの場合休暇扱いになっており呉鎮守府内にある艦娘専用の宿舎で寝泊まりしている。
大和は損傷している間、呉鎮守府の食堂や各工廠の食堂で大活躍していたらしく大和の戦線復帰で食堂に大和が作った飯が出ないと鎮守府の者達はそれはもう残念がっている。
この食堂は民間人を雇い入れて飯炊きを行っている。
政府の方から軍でどうにか雇用を作れないか、とせっつかれた結果である。
まぁ、実際民間人の雇用を作る事には賛成だが誰彼構わず採用は出来ない。
軍施設内で働く以上、それ相応に身分の調査なんかもやらねばならないので結構手間が掛かる。
今は資材などの余裕が出てきて消防、警察組織の再建に漸く着手したところで、捜査能力なんかは未だに陸軍憲兵に依存しているんだが。
各主砲は次々と砲弾を標的に対して撃ち込んでいく。
電探なども砲撃の衝撃で壊れたりすることは今のところないらしい、後続する武蔵と護衛を行う駆逐艦をしっかりと映している。
各門が20発を射撃したところで各部署に確認を取る。
「各部所、問題は?」
「今のところ問題はありません。砲塔内の温度が上昇気味ですが、空調設備のお陰である程度は抑えられています」
各艦の主砲塔内部は、射撃時に温度が大きく上昇しやすい。
普通に50度を超えるぐらいには熱せられる。
沖縄奪還戦の時は対地支援で砲撃を行った各艦の砲塔要員に熱中症患者が続出したほどだ。
そこで各艦の密閉式砲塔には空調設備が完備している。
簡単な話が冷房特化のエアコンと外の空気と中の空気を入れ替える換気扇が備え付けられていると思ってくれればいい。
とは言え簡単に言っただけなので実際は防御力の関係上効率の良い物ではない。
そのせいで射撃間隔によっては砲塔内部温度が30度に達することもあるが、50度よりは遥かにマシだろう。
温度上昇による暴発も防ぐことも出来る。
今は全力で射撃を行っている状態なので、温度計は30度程度になるだろう。
30発ほどを射撃したところで一度射撃を停止、一斉射試験を行う。
「射撃停止。これより一斉射撃試験を行う。準備急げ」
1分ほどで装填を完了し、一斉射を行う。
大和の斉射は、その射撃時の反動が大き過ぎる余り9門全てが同時に撃つことは出来ない。
両側2門の計6門、真ん中1門の計3門づつが射撃するのだ。
とは言え、それでも衝撃は1門毎の射撃の比ではないが。
艦そのものが、射撃方向である左舷の反対側に反動で大きく傾く。
思いっ切り身体全体を揺さぶられたような衝撃で、それこそ(俺は関東住まいだが)東日本大震災の時のようだ。
「次弾装填急げ」
装填を急がせる砲術長の声が艦内無線を伝って砲塔要員に伝わる。
これは乗組員の訓練も兼ねているので装填時間が遅くても仕方が無い。
「やはり斉射ともなると段違いだな……」
「今のところ問題は起きておりません」
斉射が続けられ、その度に艦が揺さぶられる。
後ろの武蔵からも凄まじい砲声が聞こえてくるが、異常ありとの報告は上がっていないので大丈夫だろう。
戦艦の主砲の、と言うより軍艦ほぼ全てに言えることであるが、軍艦がどのように敵を狙って、どのように砲弾を命中させているのか。
軍艦の主砲は間接照準射撃でもって砲弾の着弾範囲(散布界)を目標に合わせて行う。
戦車の主砲は直接照準射撃で撃つので、陸上兵器で最も近しいのは自走砲などの榴弾砲や迫撃砲などであろう。
戦車の砲撃を射的に例えるならば、軍艦の砲撃はさしずめ輪投げとかであろう。
戦艦の艦種にもよるが平均して大体遠近で500~600m、左右で200~300mほどの楕円形に広がっており中々に広い。
まぁ改装で散布界を縮める改装も施されたので実数値としてはこれよりも100mぐらいは小さいだろうか。
要はこの楕円形の中に目標となる敵艦を収め、命中を狙うと言うものだ。
まぁ命中を狙うと言うよりも運の要素が随分と大きく、当たるまで撃ち続けるみたいなものだが。
とは言えこの範囲ならば戦艦が相対する大型艦艇、主に戦艦で考えれば戦艦ル級や姫級鬼級と言った艦艇は軒並み200m以上は確実にあるのだから割かし的に対して砲弾が飛んでいく範囲は小さい方なのだろうか。
勿論こんなやり方をしている時点で、砲弾にはGPS誘導やらレーザー誘導などのものは搭載されていないし、主砲にも勿論自動照準装置、砲安定装置なんてものも搭載されていない。
砲撃戦の手順としては、まず最初に自艦と敵艦の位置情報を測定することから始まる。
方位盤や射撃用電探、水上電探(対艦)を組み合わせて割り出すのだ。
ここで手間取ったり間違ったりすると、計算をここから、一番最初からやり直しになるので絶対に間違えられない。
次に距離を測る。
こちらは測距儀と呼ばれる艦橋の一番上に付いているでっかい装置とこれまた電探で測る。
ここまで分かれば、砲弾をどのような弧を描いて飛ばせば命中させられるかが分かる。
他にも敵艦の速力と自艦の速力差や、反航戦ならば相対速度の割り出しをして偏差射撃をしなければならない。
戦車と違って狙う的が居るのは遥か20km先なんて事もザラだ。
進路予測に関しては、方位と距離が判明しているならば事前に集めた今までの戦闘データや偵察時の写真、我々ならば安芸を計測した際のあらゆるデータから算出された全長と、望遠鏡に映し出されている敵艦の全長を照らし合わせ、その差を計算することで進路を予測する。
ただしこれらの計算は兎に角難しい。
戦闘や波の影響で艦は前後左右に揺れまくるのだからそりゃ当然難しいに決まっている。
それどころか測距は敵艦との距離が20kmなんて離れていたら敵艦は水平線の向こう側、昼間ならまだ見えるかもしれないが夜間なら目視で見つけるのは難しい。
そうして得られたデータは艦の奥深くにある射撃盤に送られる。
射撃盤とは、沢山の歯車を使って動かすアナログコンピューターだ。
歯車の回転角、カムのリフト量と言った砲術畑を歩んでいない俺でも分からない難しいもので計算を算出するものだ。
第二次世界大戦後も、デジタル電卓が発明されるまではこの方式を用いた電卓、タイガー手回し計算機と呼ばれるものだがそれが民間、それこそ一般家庭でも多く使われていた。
戦艦とはすなわち、バカデカい計算機みたいなものだ。
そしてすべての戦艦がアナログとは言えどもコンピューター照準で戦っている訳である。
方位、距離、進路、相対速度、自艦の揺れ、風速、大気圧、湿度、地球の自転などあらゆる膨大なデータが合わさって射撃盤で計算される。
とは言えこの算出された数値はあくまでも「予測」でしかない訳だ。
しかもこのアナログコンピューターの精度も戦前に多く普及していたデジタルコンピューターと比べてずっと悪い。
ぶっちゃけ、言ってしまうならば俺が普段執務で使っているノートPCやデスクトップPCのが性能は絶対に良いと思う。
これが何を意味するかは、戦艦同士の砲撃なんてまともに当たるものでは無いと言う事だ。
因みにであるが、動かない陸上の要塞砲と言った大砲と戦艦の主砲が撃ち合ったら殆どの場合戦艦が負ける。
そして射撃盤でデータを算出したらば、次は各砲塔にそのデータが送られ、そのデータを正確に、精密に再現するのだ。
でなければ当たらないし、まともな方向や距離に飛んでいかないしで、各砲塔が正確かつ精密に再現出来なければ射撃盤で算出されたデータは意味が無くなる。
射撃盤のデータは砲塔内のメーターに出され、そのメモリに砲側の針を砲手が合わせる。
先ほども言ったが、艦は揺れているし動いているしなので、その振動に合わせて砲を調整するのは砲手の腕に丸投げ状態と言っていい。
砲塔、砲身は重量があるのでこれを動かすとなると、どれだけハンドルを回してペダルを踏んでとやっても砲手側と砲塔砲身側とでタイムラグが存在する。
艦の揺れと砲塔が動作するまでのラグをリアルタイムで合わせなければならない。
しかも艦の揺れは全くのランダムと来ているのだから至難の業、しかも砲の砲手は水平方向と垂直方向をそれぞれで担当するから各砲塔ごとに2名づつ居るのだ。
3連装砲ならば6人の砲手が合わせなければならない。
伝言ゲームを突き詰めに突き詰めた究極と言っても良いものだ。
算出されたデータは全て予測値、計算もそもそも正確か分からない。
しかもその不確かな数値に砲が追従出来るかどうかは砲手の腕次第。
更には天候、海の荒れ具合、砲弾や装薬の質までも関わってくる。
100発撃って命中弾無し、もしくは1~2発だなんてこともザラだ。
究極のガチャガチャ、運試しゲームと言うのが戦艦の砲を撃つと言う事だ。
だから、そんな不確かなものに頼るよりも、航空機と言うもっと確かなモノの方が威力を発揮するのだ。
そりゃ20km先の敵艦に砲弾を撃ち込むのと、敵艦の10手前で魚雷を投下したり200m上空で爆弾を落としたりするのとでは明らかに後者のが命中するに決まっている。
敵機による迎撃などもあるだろうが、爆弾も魚雷も敵艦の手前まで運んでしまえばあとは搭乗員の腕と、戦艦の砲撃よりは遥かにマシな運だけだ。
しかもこっちの方がユニットコストや運用コストの面からみても遥かに安い。
大和一隻を建造する金額で陸攻が1000機以上も製造出来ると言えばどれほどのものか分かって貰えるだろうか。
まぁ、戦艦の砲撃も航空機による着弾観測があれば話は随分と変わってくるのだが。
そうした複雑な経過を経て撃ち出された第1射目はまず当たらない。
初弾命中なんて、砲術専門の艦長達でも運が良いとか奇跡だ、と言ってしまうレベルの話だ。
第1射の目的は、敵に命中させると言うよりも評定射撃(試射)として誤差修正目的に撃つと言うのが実際のところだ。
データと実際の誤差を撃ってみて確かめる、それが初弾だ。
もし、初弾のデータが間違っておらず、全ての計算が合っている、敵艦も回避しないとしたら、第1射、遠近でそれぞれ1射、左右でそれぞれ1射で夾叉となる。
最短で5射程度で命中があってもおかしくはない、と言った感じになる。
当然、敵は回避行動を取るからデータが意味をなさなくなるまでに沢山撃つのだ。
装填速度も艦砲射撃の命中率、命中させるための大事な要素の一つとなっている。
砲撃戦となれば敵艦も自艦も当たらないようにするために回避行動を行うし、そうなればデータは次々に計算をし直さなければならない。
だから何度も言っているように、艦砲射撃同士による戦いは究極の運ゲーなのだ。
これに関しては2種の解決方法が主にある。
第一に乗組員、砲塔要員の練度向上。
第二にテクノロジーによるもの。
第一は前提としても、テクノロジーの差は埋める努力をしなければ簡単に開かれてしまう。
我々も当然テクノロジーによる解決も行っている。
電探と射撃盤を連動させるなどだ。
今現在戦艦から重巡と言った大型艦に搭載されている6号3式水上電探と7号2式射撃盤は連動している。
レーダーの提示した数値を元に射撃盤が自動で数値を出したり調整出来ると言う代物だ。
更には7号2式射撃盤は英軍技術の提供を受けてジャイロ安定器が付いているから、自艦の揺れを自動で補正する機能を有しているから単純に電探と連動させるよりも遥かに命中精度が良くなっている。
これは画期的なもので、光学照準ではどうしても長距離や悪天候下、夜間では限界があるのに対してこのレーダー射撃はそれらに対して絶大な威力と効果を発揮する。
試験での成績ではあるが、距離300、250にてそれぞれ行った射撃試験では、なんと各艦において初弾こそ命中しなかったものの、それでも早ければ3射目にて命中弾を記録することとなった。
流石にこれは随分と上手く言った所謂運がとても良かったと言う事例であるので丸々参考には出来ない。
それでも何度もの試験で出された結果は平均して凡そ5射ないし6射目で命中弾を得ることが出来ると言うものだった。
まぁ、それでも15射を超えても命中弾が得られないなんて場合もあったが、まぁそんなものだ。
とは言え勿論目視による観測も行うし、陸地に対する艦砲射撃では観測機も普通に飛ばす。
旧海軍が構想していた艦隊決戦は、恐らくだが結局引き分けとかで終わるように思う。
戦艦同士の決戦なんて、やったところで結局面倒臭いだけなのだ。
結果的に他の対艦攻撃手段、最たるものは航空機であるが、それが発展したところで戦艦同士の砲撃戦なんて本当の意味での戦艦同士の戦いなんて第三次ソロモン海戦ぐらいしか無かった。
殆どの場合航空戦で戦いの決着は付いていたのだ。
我々だって第二次バンガ島沖海戦での夜戦における砲撃戦は結果的に航空優勢が確保されてもおらず、どちらとも決着が付かなくてこちらは後が無かったから実施されたに過ぎず、もし仮に余裕があったならばさっさと撤退していたかもしれない。
後世の歴史家達が分析する機会があるならば、あれはかなりグダグダな戦いだったと言う者もいるだろうし、俺はその評価が間違っているとは思わない。
成功し、勝ったから良かったものの負けていたらそれこそ人類の負けであった。
もし深海棲艦が最後の一兵まで戦うと言う存在でなければ、航空戦で決着が付いた時点でさっさと撤退していたであろうし、そうなれば戦艦同士の殴り合いなんて発生しなかっただろう。
なんなら夜間の航空攻撃手段を得た時点で、それこそ砲撃戦は発生しないだろうし、戦艦は本当の意味で活躍の場が空母の護衛や対地攻撃、それも沿岸部だけぐらいになったと言っていい。
数時間に及ぶ射撃試験を終え、土佐湾を10ノットでぐるっと回る。
「提督、昼食の時間です」
「ん、分かった。すぐに行く」
大和が艦橋に俺を呼びに来る。
何時もならば秘書艦が朝昼夜の食事を作ってくれるのだが、今日は大和の試験を見るので食事は大和艦上で行う。
どうやら大和は俺が乗るとあって余程気合が入っているらしい、元居た世界含めて一度も食った事が無いレベルの豪勢な食事が出されている。
他の艦長達もこんな豪華な食事を目にしたことが殆ど無いらしい、驚いている。
「大和、これは……」
「ご安心下さい、全て私の自腹です」
「なにっ?」
「これを全部自腹!?」
思わず俺と艦長が驚きの声を上げてしまう。
「提督がこのような食事を好まれないと言うのは他の皆さんからお聞きしておりますが、せっかくですし堪能して頂きたいなと」
「それはありがたいが、大丈夫なのか?」
「実を言うと頂いていたお給料の殆どを使う機会が無くてずっと溜まっていく一方だったんです。だから凄く良い機会だなと」
どうやら本当のことらしい、幾ら節制とは言えこのような好意を無下には出来まい。
有難く頂くとしよう。
大和の作ってくれた食事の数々は、それはもう美味しかった。
夕方1530頃、執務室に戻る。
大和と武蔵は一度ドックに入って各部の点検整備を行う予定だ。
あれだけ派手に、それこそ砲塔内の主砲弾を撃ち尽くすレベルでの射撃試験を行ったのだから、整備の必要はある。
秘書艦である加賀が、執務室で書類仕事をやっている。
「お帰りなさい、提督」
「あぁ、ただいま」
「それで、大和の試験はどうだったのかしら」
「上々だ。あとは乗組員の練度さえ上がれば実戦配備が出来るな」
「そう。それなら上々ね。それはそうとして、こちらの書類に宜しければ判を押して下さい」
「分かった」
加賀に渡された書類の束を読んで、可否の判を押していく。
二時間もすると、すぐに終業時刻になる。
加賀は中々強硬派で俺が仕事を区切りをつけて辞めないでいると機を見て無理矢理取り上げていく。
ついでに少しのお小言も併せてだ。
かなりキツイお小言なので受けたくない。
中代大将に似ているのだ。
「提督、時間です」
「あとこれだけだ」
「分かりました、夕食の準備をしますからそれまでには終わらせて下さい。でないと、分かっていますね?」
「分かっている」
少しばかり脅されて頷く。
加賀は台所に向かって晩飯を作り始める。
言いつけ通り、さっさと終わらせて茶を入れておく。
大抵秘書艦と飯を食うから、あって損はないだろう。
海外艦の皆だと、食事のメニューが和食じゃないことが殆どだから、その時は紅茶や珈琲、もしくは水で済ませる。
珈琲は例の店で定期的に購入し、海外勢の艦娘が秘書艦をやる時なんかに出している。
緑茶も良いが、やっぱり慣れ親しんだ珈琲や紅茶のが良いらしい。
先日釣り上げた鯛を使った鯛飯に、味噌汁、お浸し、里芋の煮っ転がしと美味そうなのが並んでいる。
俺の場合、将官なので自己負担だ。
市場に買いに出て、食材や日用雑貨などの諸々を買い込んでくるのだ。
制度が変わったことで尉官以上は自己負担となったのだ。
軍では下士官までは衣食住を軍が負担する。
理由は給料が少ないからだ。
尉官は陸海軍で共通して言われる事だが、よく「水飲み尉官」だなんて言われるぐらい貧乏だ。
尉官に関しては衣食までは毎月3万円が軍から補助として出される。
未だにあらゆる物価は高いままであり、全て自己負担となれば誰も生活出来ない。
しかし住に関しては完全に自己負担になるのだ。
尉官になると、大抵自分の家を持っているか官舎に住んでいるのだが、官舎住まいならば家賃は全て自己負担。
しかも官舎だから家賃は安いとは言え部屋にもよるが一番安い部屋で毎月5万円、高い部屋だと10万円は払わねばならない。
尉官の給料は25万円〜30万円程度。
そこから税金や保険云々が引かれるので手元に残るのは精々14〜5万円と言ったところか。
半分も残らないのが実情だ。
なんなら下士官までの兵士達のが尉官よりよっぽどマシだろうな。
彼らは給料は税金、保険を引いても手取りで17万円ぐらいは貰えるのだからな。
だから俺は一番押さえやすい食費を抑えるべく、大体自分で海に釣りに出て食料を調達してくるのだ。
野菜なんかは流石に育てられないから買ってくるしか無いが、それでも主菜を自分の手で賄えるのは大きい。
肉も精々月に一度、軍の放出品である牛缶詰を市場で買ってくるぐらいだ。
まぁ、皆も流石に月一ぐらいなら牛缶は許してやろうと言う事で食える。
軍の製造した牛缶は、例に漏れず滅茶苦茶に味が濃くて高カロリーだからなぁ……。
そりゃ駄目だと言われる訳だ。
食べ終え、執務机を片す。
書類が散らかりっぱなしと言うのは宜しくないからな。
確か、来週から武蔵が早速秘書艦を担当する予定だったな。
秘書艦の表を見て確認する。
当たりだ。
本当ならば大和、武蔵は訓練に専念するべく豪州作戦終了までは秘書艦をやらない予定だったのだが武蔵に入渠予定があったので、それならば、と予定が入ったわけである。
まぁ何にせよ、俺がやる事は変わらないであろうな。
「加賀、安芸のところへ行くぞ」
「はい」
加賀を連れて安芸のところに向かう。
呉にいる時は基本毎日顔を出しているのだ。
特に変わった事は無く、かなりここでの生活に順応している。
流石に機密保持の観点から出歩かせる訳にはいかないが、最近は畑も作って色々と野菜やらを育てている。
どうやらこちら側の食べ物にド嵌りしたらしい。
色々と自分で食材を育てては料理を作り、食べている。
まぁ、女性らしく体重の増減はかなり気にしているらしいが、そこは上手いことコントロールしているようで体型に変わった様子は無い。
と言うか月1で行われる身体検査の結果が俺のところに送られてくるもんだから知りたく無くても知ってしまう。
別に俺が知る必要があるのか、と言われると実は捕虜が一人しかいないと言う事が大きく関わってくる。
安芸はこの戦争、いや大戦と言っても良いであろう戦争を通して唯一の捕虜であり、それ故に何かしらの捕虜扱いに不備があれば確実に証言が一つだけになってしまうから確実に大事になる。
情報を聞き出したりするのにも何かあれば不味い。
となれば安芸の健康管理なんかも重要な訳だ。
因みにであるが、安芸のスパイ疑惑は未だあるもののその線は薄いと今のところは言える。
と言うか基本24時間体制で監視されているのだが、映像や音声、電波と言ったあらゆる通信手段を感知されておらず、しかも安芸が住む場所にはテレビやPCどころかラジオも無い。
流石に電波妨害はされていないが、深海棲艦の使う無線などの電波は特徴があるので感知した場合見逃す訳も無い。
数年もここに居れば日本語も随分と流暢になるもので、最初は片言であったなどと初めて見たものは誰が思うだろうか。
どうやら夕食は終えているらしく、適当に持ち込まれた書籍を読んでいるところだったらしい。
2時間ほど話し、安芸の下を後にする。
そうすればさっさと風呂に入り、寝るだけだ。
今日は10時就寝と中々早い。
相変わらず秘書艦である加賀がこっそり起きて仕事をやらないかしっかり寝るまで監視している。
怒られるのも嫌だし、流石にもうやらない。
さっさと寝て、加賀にも休んでもらおう。
距離の表記
250=25000m
25=2000m
2=200m
表記されている金額を÷700すれば現在のレートが出てくる。
尉官の給料は30万円なので、429円ほどになる。