だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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着任と秘書艦

 清々しい朝だった。

 

 木製の古いにおいのする講堂には、春の陽気に照らされた空気が誇らしげに満ちていた。乾いた空気は厳格な雰囲気にちょうどよく、高揚した思考を取り纏めてくれる。しんと静まり返る涼しさに、自身の声がよく響くのが分かった。

 

「──本日よりこの鎮守府の艦隊指揮を執ることになった。以後よろしく」

 

 講堂の壇上から眼前を見渡すと、そこそこの信頼と期待を乗せた視線がこちらに注がれていた。若輩者の人間がこの立場に就くことに反感を持つ者がいてもおかしくないと踏んでいたが、おおよそ上官としては認めてくれるらしい。

 艤装と呼ばれる装備を見に纏わない彼女たち『艦娘』は、整然と直立しこちらに目を向けている。武器を保有していない彼女たちは、ただそれだけのことで兵器ではない若き少女のように思えた。

 

 そのような容貌の者に、延々話をするのも面白くない。

 

 軽い挨拶をそこそこに済ませて、あとは隣に立っていた艦娘──大淀に進行を任せる。

 

『では、各々自由に。解散』

 

 ここから長々と話が続くと思っていたら、解散の指示が下された。大淀も面倒だったのだろう。

 既に散り始めた艦娘たちの喧騒を見るに、これは不可逆的なものだと悟る。しかたない。もとより咎める気もないが。

 

 ともあれ解散というのなら、私も自由にこの鎮守府を散策するとしよう。

 

「提督はこの後手続きが残っています」

「そうか」

 

 少なくとも、私の自由は保証されていなかった。それはそうだ。私の立場で自由など与えられるはずもない。

 

 大淀に先導されるがまま壇上を降りる。司令室に向かうのだろう。先に大淀にそこだけは案内されたが、私のものだと思われる机に書類が山のように積もっていたのを確認している。

 これが社会なのだ。楽をして仕事などできるわけがあるまい。きっと私に自由など必要ないのだろう。

 

「提督!」

 

 講堂を出たあたりで、不意に声をかけられた。明るい声だった。

 提督とは私のことか。覚悟のようなものはしていたが、実際にそう呼ばれてみるとどうにも歯が浮くような心地がする。早い段階で慣れておきたい。

 

 振り返ると、10代後半くらいの容姿をした少女が立っていた。ノースリーブの独特な衣服とマフラーに身を包んでいて、芯の強い双眸をしている。

 この制服は見覚えがある。記憶の中の資料を捲っていく。

 

「君は川内か」

「はい! 川内型軽巡洋艦一番艦、川内です!」

「……先の時代では御国のための献身、敬意を表」

「あーそういうのいいですって!」

「そうか」

 

 兵器としての時代を持ち出すと、露骨に話を遮られる。

 良くも悪くも、いままでに十分言われ慣れているのだろう。いい時代だと感じた。

 

「それで? 何か質問か」

「はい! ええと、その」

 

 わざわざ話しかけてくれたのだ。上官となる私を知るか、あるいは自身を私に認知させることで、この鎮守府での生活を円滑に過ごせるように図ってくれているに違いない。

 他の艦娘はまだ分からないが、少なくとも川内についてはどのような性格かわかったような気がする。

 

 きっと彼女は、気配りができて、やさしく、人のことを思いやれる者で──

 

「提督って、彼女はいますか?」

 

 なるほど。元気なだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着任初日。

 講堂で短い挨拶を済ませた後は司令室に籠り、ひとまず急を要する書類を片付け、急を要さない書類もついでに手を付けておき、ようやくひと息ついたころには既に夕方となっていた。

 

 ため息交じりにしばし休憩をとっていると、書類の処理に占有されていた脳が冷やされ、周囲の状況を考える余裕がうまれてくる。

 

「すまない、助かった」

 

 隣でぐったりと机に伏している艦娘──川内に声をかける。

 講堂を出てすぐに声をかけてくれたが、手続きの仕事を優先するよう大淀に指示され、彼女のことは後回しにせざるを得なくなった。

 そのことを川内に伝えると、「手伝え」と指示されたと勘違いしたのか何なのか、私の手続きを手伝ってくれることになった。理由を聞く暇さえなかったため、彼女の真意は確かめられていない。

 

 こうした作業は私も彼女も初めてだったようで、共にあたふたしながら事務作業をこなした。時間はかかったが、一人でやるよりは断然早く終えることができたはずだ。

 心にはなんとなく幸福感がある。仕事とは疲れるものだが、達成感を感じることができるものなのだと朧気に理解した。

 

 ただ1つ残念なことがあるとすれば、終えねばならない目の前の責任と作業量のせいで、川内が私に尋ねてきた本来の用事を忘れてしまったことくらいか。

 

「それで、なんの用だったか」

「…………あ、ええとね」

 

 机に伏して動きを止めていた彼女は、呼ばれて数秒後に自身のことだと自覚したらしく、むくりと上半身を起こした。それなりに疲れているようで、ゆっくりとした挙動。

 そのままの調子で私を見据え、言葉を落とす。

 

「提督って、彼女はいるの?」

 

 ああ、そうだ。彼女は元気な性格だった。朝に見せた敬語が消えているのも、元気だから仕方ないことなのだろう。

 質問内容もとても元気だが、聞いてどうするというのか。どうもしないのだろう。どうにかできる情報でもあるまい。

 

 意図があるとするなら、提督の立場にあるものにプライベートなど不要だと間接的に伝えてくれているのかもしれない。なるほど。納得はしない。

 

「なぜ私にそれを」

「話しやすくなるかなー……って。こういうのを、えっと、なんだっけな。アイドルだかアイコンだか」

「……アイスブレイク」

「あーそうそう。それ」

 

 基本的にオリエンテーションを織り交ぜるアイスブレイクとは多少異なるとは思うが……なるほど。

 そのつもりで話しかけてくれたのなら、やはり彼女はなかなかいい性格をしているようだ。話題選びには最悪だが。

 

「まあだから、実際に彼女がいるのかいないのかはそこまで重要じゃないんだけどさ」

「そうか」

「要は、話しやすくなることが大事だと思うんだよねー」

「ああ」

 

 着火剤は無難なものならなんでもいいのだ。会話の火種さえ起こせれば、自然に空気は解凍される。

 川内とは美味い茶が飲めそうだ。

 

「初対面の者と今後も連れ添うつもりなら、ひとまず話しかけることが大事だ。君とは気が合いそうでよかっ──」

「それで、彼女はいるの?」

「…………」

「…………」

「…………」

「……あ、あは」

 

 着火剤を間違えるとむしろ空気が凍ることもあるが、間違えなければいいのだ。間違えなければ。間違えさえしなければ。

 ありえないこととは思うが、仮に間違えてしまったのなら、できる限り話題を逸らすのが1番いい。

 

「いた方がいいかもしれないな」

「え?」

「私は決してしないが、女性の多い職場では劣情を抱く輩もいる。特定の相手がいるならその心配もないはずだ」

 

 そうした事件は少なくない。男女問わず、性への意識が過敏すぎる者は一定数いる。

 『艦娘』という存在が一般に女性とされる以上、私に特定の相手がいた方が彼女たちとしては安心できるのかもしれない。

 

「あー……たぶん、提督っていい人だよね」

「は?」

「提督は1人の相手に尽くすんだろうけど、ふつう、簡単に手を出すような人に自制心も誠実さもないと思うよ」

「……ああ、そうか」

 

 冷静に考えてみるとそうかもしれない。ゴミはゴミだ。

 

 しかし、彼女の評するところとは違い、私はたいして善良な性格をしているわけではない。話題を逸らすことにだけ意識を寄越したため、物事を深く考えていなかっただけだ。

 その場だけの、恣意的な弁論をしたにすぎなかった。『いい人』なんかじゃあ、決してない。

 

「それで、彼女は?」

 

 まだ聞くのか。

 先程空気が凍りついたことを気にも留めていないらしい。元気だ。

 

「…………川内。君こそどうなんだ」

 

 言ってしまってからすこしだけ後悔した。話題を逸らすには際どいものかもしれない。

 しかし先に聞いてきたのは川内だ。ここでセクハラだのモラハラだの騒がれることもない。今の段階で推定できる彼女の性格からしても、そのような言動はとらないはずだ。

 

 それを抜きに考えると、ここでの逆質問は少なくとも悪手ではないだろう。

 そのあたりの都合など、出会って半日ほどの相手に伝えやすい情報でもない。まして上官に。私なら腹を斬ってでも忌避したいものだ。

 

「私はいないよ。提督は?」

「…………」

 

 悪手らしかった。

 

「私は答えたよ。ほら、提督」

「…………」

「てーとくー? いるのー?」

「……ところで明日からも今日以上の執務が続くと思うと少し億劫になるな。近いうちにはこれに加え作戦指揮や演習なども行わなければならない」

「だよねー。んじゃ私、明日からも手伝うよ。秘書艦やるね。で、彼女は?」

「…………わかった」

 

 彼女には話題逸らしは効かない。1度逸らした話題に乗った上で、ひと段落着いたタイミングで掘り返すタイプの人間だ。

 答えなど既に分かりきっているのだろうに、意地の悪い性格をしているものだ。

 

 ──私に残されたたったひとつの冴えたやり方は、自爆することだった。

 

「私にはそのような間柄にある女性はいない」

 

 秘書艦になるとまで言われた。大きすぎる対価に、ここで答えないはずもなかった。

 飛んでくるのは嘲笑か。同情かもしれない。どちらにせよ性質の悪い質問だ。少し怯えながら相手の反応を待つ。

 

「ふーん。いないんだ。……あ、心配しなくていいよ。提督は信用できる人だってみんなすぐ分かると思うから」

「……そうか」

 

 しかし幸いなことに、川内は元気な性格だった。意地の悪い意図などありもしない。彼女にとっては純粋に会話をしていただけだったようだ。

 すこし後ろめたさを感じる。彼女のために何かしなければならない。そうしなければ気が済まない。ような、気がする。

 

「…………」

 

 川内から視線を外し、司令室の窓に目を向ける。水平線には沈もうとする太陽が見えた。

 既にその半身は海の向こうに消えている。日が沈むまで少ししか時間が残されていないようだった。

 

「……もう夕刻だ。夕飯をとろうと思うが」

「提督、食堂の場所分かる?」

「まだ分からない。私がわかるのは司令室と講堂のみだ」

「そっか。じゃ、後で案内するよ。秘書艦だしね」

「……秘書艦の件は本当に任せるが、いいんだな?」

「ん」

「そうか。……では、案内頼む」

 

 席を立つ。

 川内には今日だけで手に負えないくらいの借りを与えられてしまった。内心ひねくれた性格だと判断してしまったこともある。せめて夕食を奢るくらいはしてやらなければならない。

 

 ……思ったより、川内は純粋な性格をしているようだった。

 それこそ『いい人』だ。

 

「……あ、そうだ。提督」

 

 先行して司令室を出ようとドアノブに手をかけた川内が、くるりと振り返った。

 忘れ物を取りに帰るようなその素振りに、少し身構える。

 

 やがて私の注意が彼女に集まったことを確認すると、川内は笑みを浮かべて口を開くのだ。

 『いい人』な彼女が次に紡ぐ言葉が、少しわかる気がした。

 

「──着任、おめでと。これからよろしくね」

 

 




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