だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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贈り物

「まあ、暇だよね」

 

 明日から普段の執務に戻る。つまり今日はする事がないということで。

 起床し軍服に着替え朝食をとって歯を磨いてからは特にやることがなかった。司令室でぼうっと座っていると、明日に待ち遠しさを感じる。

 

 隣の川内も、やはり同じらしい。

 

「暇なのは分かるが、一昨日もここに来ていなかったか」

「んー? そうだっけ」

「せっかくの休暇に仕事場になど来るな」

「提督もそうでしょ」

「……まあ」

 

 なんとなく来てしまう。執務を恋しく思っているのか知らないが、何故休日にまでこんな所にいるのか、私は。

 川内も川内で、他に行くところがないものなのか。友人と過ごすなり趣味に耽るなりすればいい。

 

「他の艦娘はみんな外出するらしいが」

「……え、ほんと?」

「……哨戒を任せている者や、初雪も含め部屋に籠るやつもいる。さすがに『みんな』は誇張がすぎたが、昨日のうちに外出許可を得に来た艦娘は多い」

 

 休暇も最終日だ。ローテーションで全艦娘に休みの日を与えてはいるが、本格的に休める機会など、今回を逃せば長期にわたって来ないはずだ。

 当分ありつけないほど珍しい休日には、友人と楽しく過ごす時間を作りたいのだろう。

 

 私は休暇が終わると聞いて心が休まったが、本来は休みにこそ心を安らげるべきなのだ。

 

「みんな暇だから外出を選んだはずだ。暇なら暇なりに、やりようはあるだろう」

「んー……たしかに私も吹雪ちゃんとかに誘われはしたけどさ」

 

 川内は誰とでも打ち解けられる。交友関係の幅広い艦娘であるため、こうした際に誘われないわけがない。

 本来、彼女は暇になるはずのない艦娘だ。よく暇になれるな、とむしろ感心する。

 

「なんとなく気が乗らなくて」

「そうか」

 

 なんとなくなら仕方がなかった。気が乗らないなら断ったっていい。そんな日もある。

 私だってそんな日もある。

 

「それにしても暇だ。読書の気分でもないし、暇しか感じていない」

「……そういえば吹雪ちゃん、提督も誘うつもりって言ってたけど」

「…………」

「暇なら暇なりにやりようはあるよね」

「……なんとなく、気が乗らなかった」

「ふーん、そっか。私と同じだね」

「何をニヤニヤと」

「……へへ」

 

 何が楽しいのか。私だって誘われたから行こうと思った。ただ何となく、面倒だっただけで。

 

「あーあ、みんな今ごろなにやってるのかなあ。暇だなあ」

「……遊びの誘いに乗らずに暇を嘆くなど、傲慢だと思わないか」

「艦娘も、そこだけは人と変わらないよねぇ」

「あくまで君個人の話だが」

「提督も誘い蹴って暇だって言ってるんでしょ? 私と同類だよ」

「人間とは傲慢な生き物だ」

「提督個人の話なんだけど」

 

 ずいぶん生意気な秘書艦だ。好感が持てる。

 川内とこうした恣意的な会話をするのは久しぶりのように思う。いや気のせいだった。

 

「……ねえ、今日なにかあったの?」

「なにがだ」

 

 少し声のトーンを落として、川内が尋ねてくる。

 あまり刺激しないように注意しているらしい。触れられたくないところかもしれないと探っているのだろう。

 たしかにまだ触れられたくはないが、川内の思うようなものではない。

 

「いや……なんか今日の提督、珍しくそわそわしてるなって」

「…………」

 

 昨日もそうだったが、そんなに分かりやすいだろうか。

 なるべく外に出さないように、本当に心がけていたはずだったが。

 

「そわそわ……そんなことはないと思うが」

「はー? ほんとーかなー」

「……隠しても無駄なのはわかった」

 

 秘書艦の立場は大きいのかもしれない。私の機微にすぐ気付く。私だって、彼女の挙動が少しでもおかしければ気づくだろう。

 長い時間を共に過ごした友人とはそんなものだ。

 

「……まだ、あと少しだけは待ってくれ」

「なに? 心の準備が足りない感じ?」

「まあそんなところだ。まあ、そこまで急を要する話でも、重要な話でもない」

 

 ずっと機会を伺っていたが、どうにも切り出すタイミングを掴めなかった。『明日でもいいか』とさえ思った。

 言及されなければずるずると引き伸ばしていたかもしれない。

 

 ──既に何かあると悟られているのなら、気も楽だ。少し覚悟をしてから話すことにする。

 

「そういえば提督って、どんな本読んだりしてるの?」

 

 気を使って話題を変えてくれる。本当に良い奴だ。

 

「最近はあまり読めていないが……『たったひとつの冴えたやり方』は読みかけだ」

「あ、私もそれ読んだことあるよ」

「SFが好きなのか」

「んー、別に。タイトルに惹かれただけだね。提督はSF好きなの?」

「いや……タイトルに惹かれただけだ」

「いいタイトルだよねぇ……」

 

 私はよく、題名だけ見て衝動買いをしてしまう。あまり理解されないが。

 表紙買いはしない方だが、表紙に釣られて買うのと感覚は違わないはずだ。

 

「読みかけなんだっけ。どこまで読んだの?」

「寄生」

「あー」

 

 中盤。まさに今から転結に入ろうとする場面だ。

 

「いいところじゃん。はやく読み切ったら?」

「……読む時間がないのがな」

「休暇って知ってるかな、提督」

「読書は疲れる。休みの日は休みたい」

「……分かっちゃうのが悔しいなあ」

 

 結局暇を持て余すのだから読書も良いとは思うが、やはり億劫になる。

 勉強をたのしいとは思うけれど、休日に自主的に取り組もうとは思わない学生の気分に似ている。

 

 私にとって読書は執務だった。

 

「……川内」

「なに?」

「気を使わせてすまなかった」

「え……?」

「先に言うが、ここまで気を使わせておいて、たいして大きな話ではない」

 

 川内との会話には安心が伴うようで、どうでもいいことを話しているうちに、だいぶ心構えができた。

 机の引き出しを開ける。

 

「川内、これを受け取ってくれ」

 

 引き出しから取り出し、丁重に包装された箱を渡す。包装紙に書かれたブランド名を見て、川内が目を見開くのが分かった。

 理解したらしい。

 

「これ……」

「万年筆だ。気に入らなかったら捨ててくれてもかまわない」

「……捨てるなんてしないよ。ありがと」

 

 昨日購入した万年筆。気に入ってはくれたようで、大切そうに抱えてくれている。

 ……ネームは入っていないが、その程度くらいなら許してくれるだろう。

 

「そっか。やっぱ、バレてたか」

 

 川内は何か思い出す素振りをして、そう言葉を落とす。昨日のことだろう。

 人の心を勝手に覗いてしまったような心地がして、少し申し訳ない。

 

「欲しかったんだよね、これ。すごく嬉しい」

「そうか。それならよかった」

 

 思った以上に喜んでくれる。贈ってよかったと、本気で思えた。

 

「……でも、もう気にしてないって言ったのに」

「それは分かっている」

 

 彼女が過剰な謝罪を好まないのは知っている。私が失言したときもそうだった。

 そこは汲んだ上で、私は行動したのだ。

 

「それには謝罪の気持ちなど、ひとつも乗せていない。乗せてはいけないと思った。君が『気にするな』と言ったからだ」

「…………」

「……ただの謝罪のためなら、渡すのにここまで悩まなかったはずだ」

「……じゃ、これって」

 

 川内が尋ねる。少し驚いたような表情で、私の方を見ていた。

 どんな解釈をしたのか分からないが、大方『提督らしくない』とでも思っているのだろう。私らしくないことくらい、分かっている。

 

 神通の言葉が脳裏に蘇った。

 

「……私はまだ『提督』でありたい」

「……そっか」

 

 ずっと神通との会話が頭の中を回っていた。この鎮守府内での私自身とどう向き合うか、考えない瞬間はなかった。

 結局、休暇の名目を借りたとしても、私は自ら『提督』をやめようとは思えなかった。それだけの勇気を持っていない。

 

 それでも、現にこうして、彼女への贈り物は購入してしまっている。

 あのときの私が『提督』でいられたのかは、今の私には判別できない。あまりに刹那的な意思での購入だったためだ。

 

 なら都合のいいように捉えることにした。私の中では答えを出さずにすべて有耶無耶にして、受け手に委ねることにした。

 

「私からは何も言えない。君が勝手に判断してくれ」

「じゃ、そうだね……『これからも秘書艦をよろしく』くらいに捉えとくよ」

「そうしてくれ」

 

 それが一番楽な方法だった。逃げは楽なのだ。

 いつか答えは出すだろうが、今はいい。そのときの自分に任せることにした。

 

「提督」

「……なんだ」

「これからもよろしくね」

 

 よくもまあそんな恥ずかしいことを笑顔で言えるもんだ。川内らしいとは思うが。

 とはいえ、応えないわけにもいかない。

 

「ああ。今後もよろしく」

「……提督、そんな笑顔できるんだね」

「…………」

 

 やはり応えない方がよかったかもしれない……が。

 

 ──まあ、たまには、いいか。

 

 

 






隠すことでもないので言いますが、私は大学生です。あと少しで忙しくなってしまうので、投稿間隔は若干開きがちになると思います。
それでもなるべく更新しようとは思っているので、どうぞよろしく……
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