だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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準レギュラーでいいんじゃないですかね


閑話:提督に対する動揺のさせかた

 訓練と演習の合間はやることがない。

 私達艦娘には様々な任務が与えられているけれど、出撃をしない日には休憩する時間も十分にある。私にとってのそれは、鎮守府内を目的もなく歩いて暇を潰す、退屈で無意味な時間に過ぎなかったが。

 一緒に訓練を受けていた駆逐艦の娘達は、訓練を終えると演習までの暇を喜んで寮の方へ駆けていった。能天気ともとれる彼女達の素直さが、今は羨ましい。

 

 私の場合、退屈でない瞬間があるとすれば、人影を見つけてはゲリラ的に声をかけることくらいか。

 たとえば、提督だとか。

 

「提督」

「なんだ」

「おはようございます」

 

 いきなり背後から声をかけたのにも関わらず、提督は驚いた様子もなく反応を返してくる。他の娘達はみんな肩を強ばらせるのに、彼だけは違っていた。

 きっと工廠から司令室に戻る最中なのだろう。()が連れ立っていないことからすぐに分かった。

 

「……おはよう。神通。また君か」

「また、と申しますと?」

「工廠から戻る途中に会う艦娘、君以外にいた試しがない」

「偶然ですね」

「怖いくらいだ」

 

 抑揚のない声で、提督が言葉を落とす。

 相変わらずの無機質な声は、彼が着任してからもう随分経ったと言うのに、未だに少し怖く感じる。

 

 ……本当に偶然なのだけれど。

 私に組まれた訓練と演習の間にある休憩時間は、彼が工廠に行くタイミングと、おそらく被っている。それだけでなく、休憩時間には暇つぶしに散歩をしているのも効果の強い一因かもしれない。

 

「今日も急ぎですか?」

「時間はある」

「でしたら、少しお時間いただけないでしょうか……?」

「1時間ほど余裕があるが……何の用だ」

「いえ、すこしだけお話でもできればと」

「そうか」

 

 やった。

 提督と2人で話す機会は少ない。その原因は私の姉が秘書艦として常に提督の隣に立っているためでもあるだろうけれど、最たる原因は彼の抱える仕事があまりに多すぎることだ。

 普段は執務に日中をほとんど費やすため、私達との接触の機会が滅多にない。夜間は姉が着いて回っているため、最低でも3人での会話になる。

 

 しかし、今日は1時間前後の余裕があるらしい。

 明らかに着任当初とは仕事量が比べ物にならないほど膨れ上がっている今になって、それだけの余裕を持てるとなると、彼の仕事を捌く能力が格段に跳ね上がったことは火を見るより明らかだった。

 

「立ち話も面倒だ。神通、コーヒーくらいなら私が奢るから、食堂に寄っていいか。司令室にも近い」

 

 少し笑みが零れてしまう。

 無愛想な口調のままで気配りを利かせてくるあたり、提督らしい。きっと艦娘ひとりひとりのスケジュールをすべて頭に入れているのだろう。

 

 ──訓練後の疲労くらい、気にならないのだけれど。

 

「私の分は自分で出しますが……はい。食堂でお話を」

「たすかる」

 

 

 

 

 

 

「すみません提督。結局奢っていただいて……ありがとうございます」

「気にするな。それで、要件は」

「特にこれといった用はないのですが……」

 

 ほかに誰もいないがらんとした食堂で、対面になって座る。

 円周が長く底の深い紙の容器いっぱいに注がれたコーヒーを少し呷ると、熱さで舌が焼けそうだった。

 

「提督とこうして話す機会が滅多にないので」

「1対1は稀だな。……川内以外は」

「……姉がご迷惑をおかけしていませんか?」

「心配する必要はない。よく手伝ってくれている。むしろ感謝したいほどだ」

「……そうですか」

 

 意外……ではないけれど、提督の姉に対する評価は高い。

 姉からもよく『褒められた』などと何度も聞かされる。提督と姉、どちらも共に能力を向上させて、かつ良好な関係を築いているらしい。

 

 身内が褒められて嫌な思いをする家族なんてほとんどいない。私も例に漏れないようだった。少し、うれしい。

 

「そういえば、君と那珂は昨日出かけていたな」

「はい。連続休暇の最後だったので」

「そうか。楽しめたか」

「ええ。とても良い映画でした」

「映画……」

 

 無表情のまま、提督が考え込むような素振りをする。

 この人は本当に感情が死んでいる。感情を表に出すことを知らないようにさえ感じる。『提督』だからだろうか。

 

 ──こんなときくらい、やめてしまえばいいのに。

 ずっと着ぐるみを被っているのはきっと疲れる。それを和らげるために素を出したって、誰も責めやしない。提督が負う責任くらい、ここの者ならみんな理解している。

 

「君が映画を観るイメージなどなかったが」

「たしかに映画を自ら観に行こうとは思いませんが……妹の趣味なので」

「なるほど。恋愛映画か」

「想像しやすいですか」

「まあ、那珂だからな」

 

 妹にどのようなイメージを持っているのか。だいたい予想はつくけれど、私からはとても聞けなかった。

 あれはあの娘の素顔だから、いつかは好意的に捉えてほしい。

 

「……川内は誘ったのか?」

「いえ、もともと用事があると伝えられていたので……」

「用事」

「はい。内容は聞きませんでしたが」

「……そうか」

 

 提督は少し目を伏せて、コーヒーから浮き上がる湯気をひたすらに見つめている。動揺。僅かでも提督の表情が変化したような気がして、どこか嬉しさを感じた。

 姉からは、昨日は司令室にいたとだけ伝えられたけれど。きっと用事とはそのことだ。提督ならそれは分かっているはず。

 

 彼の心が揺らぐ瞬間は、いつも姉が関わっている。

 

「……提督」

「なんだ」

「昨日、とある方に聞いたのですが」

 

 今を逃せばこの先ずっと言う機会を逃すように感じた。提督が多少なりとも動揺をしているうちに、言っておきたかった。普段の提督にはすぐに(かわ)されてしまうだろうから。

 ──弱っている敵は追い詰めて叩くのが私達艦娘の常識だ。それを今このタイミングに適用するだけなのだから、私は間違っていない。

 

「その方に遊びに行かないかと誘われたとき、『川内は来るのか』と尋ねたそうですね……?」

「…………」

「……ふふ」

「吹雪にはしばらく明石の手伝いでもさせるか」

 

 名前は伏せたのだけれど。私のせいでとばっちりを受けさせることになってしまった。心が痛んだ。

 心の傷みはどうでもいいとして、嬉しく思うこともあった。提督の目線がひとつに定まらず、空気中で不定期な動きをするほこりを眺めているように、ゆっくりと大きく動いているのを確認する。声こそ起伏の欠片も感じないくらい平坦なのに、挙動には動揺が露わになっている。

 

 こんなことを思うのは失礼だけれど、ある種のゲームの、友人の立場にあるキャラクターになったような感覚だった。ちゃんと背中を押せているのかは分からないけれど。

 ──とはいえ、言ってよかった。

 

「結局姉は行きませんでしたが……」

「ああ」

「もし姉が行くと答えていたら、どうなさっていましたか?」

「…………」

「今はまだ、分かりませんか?」

「……ああ」

「そうですか」

 

 甘い。 温くなったコーヒーを一気に飲み干し、席を立つ。口の中が苦味に覆われたが、今はちょうどいい刺激だった。

 

「提督」

「……なんだ」

()()、考えておいてくださいね」

「そうする」

 

 きっと彼なら、本気で考えてくれるはずだ。形はどうあれ、答えも出すはず。

 姉以外には実直でいられる彼なら、そう遠くない未来には。

 

 期待に胸を踊らせながら、食堂を後にする。

 退屈だったはずの暇は、いつの間にか楽しいものに変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──え? それ、ほんとに提督のこと?」

「はい。ずっと無表情で、未だにあまり慣れません」

「……そうかなぁ。提督、色んな表情すると思うけど」

「……そうですか。それなら、よかった」

 

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