だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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妖精

 憂鬱な色をした雲が空を覆う日には、僅かな蒸し暑さが司令室に籠る。

 紙の擦れる音や紙面に染み付くインクの音、窓に叩きつけられる雨の小さな音が、集中故の静けさを際立たせる。

 

「ねー、提督」

 

 漢字と片仮名と平仮名、加えて数字とアルファベットが嫌がらせとばかりに乱雑に敷き詰められた難解な紙面を睨みつけながら、川内が言葉を落とす。

 執務中の私語が発生するのは、たいていそうした書類にぶち当たった瞬間だ。

 

 ……ちょうどいい休憩にはなるか。私も作業に向かう手を止め、川内の方へ向きなおす。

 

「妖精さんに執務任せられないのかな」

「……思ったことがないわけではないが」

 

 今の川内がそうであるように、苦手なタイプの書類を処理しなければならないときには、誰かに押し付けてやりたいような黒い感情が湧くことがある。

 当然押し付ける相手はおらず、いたとしても押し付けるわけにはいかないため結局自分で処理するのだが、あまりにも書類処理が嫌な場合、妖精に丸投げしようと本気で思ってしまう。

 結局自分で終えなければならないのだから、最初からゴネずに向き合う方が効率がいいのだが。

 

「艤装工程や整備などの大半を彼らに任せてしまっている。これ以上の作業や責任を負わせるのもな」

「まあそっか」

「仕事が終わった妖精はそこらでふわふわ浮いていてくれればいい。それが妖精の役目だ」

「ふわふわしながら休んでる姿、癒しだよねぇ……」

「全くだ」

 

 神出鬼没で警戒心の強い彼らが、隙をさらけ出して同じ場所に留まり寛いでいる姿を見かけると、どうも猫のような愛らしさを感じる。

 猫と妖精はそれとなく似ているのだ。どちらも愛でるべき存在。

 猫と妖精が戯れている場面を目撃するようなことがあれば、あまりの癒し力に精神が擦り減り頭がエラーを起こすだろう。エラー猫。

 

「そういえば、妖精さんの姿を司令室で見かけたことあんまりないんだけど」

「……ああ」

「急に声のトーン落ちたね……?」

 

 自分でも分かるほど、声の調子が落ち込む。ため息が似合う声色だった。窓の外の雨音もよく合う。

 

「私は気にしていないことなのだが」

 

 声の落ち込みは偶発的なもので、気分が下がったとか絶望しているだとかそんなんじゃあない。

 提督たるもの、如何なる状況においてもそんな状態でいることは許されない。あってはならないはずなのだ。

 

 ……はずだったんだがな。

 

「妖精さ……妖精たちに避けられているように感じる。司令室に滅多に来ない事実もそうだが、私のそばへ近寄ることに躊躇いを持っているようだ」

「……あー」

「それが私の心を抉ったりなど決してしていないが、やはり関係は良好であった方が円滑な艦隊運用ができるだろう。どうすれば避けられなくなるだろうか」

「……提督、やっぱ可愛いね」

「…………」

「ごめんって」

 

 川内は茶化すように笑いながら謝罪の言葉を述べる。薄っぺらく全く誠意のない謝罪だった。

 前にも似たような状況があったように思う。ちくしょう。

 

「んー、まあ、やっぱ無愛想なんなんじゃないかな」

 

 一応しっかりと考えてはいたらしく、意見を述べてくれる。意地悪く振り切れない性格が、実に川内だった。

 私は無愛想らしい。着任してすぐの頃にも素っ気ないなどと評されたものだったが、未だにその評価は変わらないようだ。

 

「改善しようと思っていたが……まだ駄目なものか」

「休暇終わりの次の日に聞いたけど、神通ちゃん、まだ提督がちょっと怖いらしいよ」

「……そうか」

 

 そこまで威圧感を与えているのか。ここまでくると重症だろう。

 最近は犬や猫などの小動物にも牙を剥かれることが多い。理由が分かった今、本気でなおそうと覚悟する。猫と妖精のためだ。本気にならないわけがない。

 

「……昔は猫も妖精も、私の周りに集まってきてくれた。大人になる過程で失ったモノが大きすぎる」

「……お通夜ムードだね」

「べつに気にしているわけではないが……」

「はいはい」

 

 軽く流される。気にしているのは筒抜けだった。

 

「というか『昔は』って言ってたけど、提督っていつから見えるようになったの?」

「妖精が、か」

「うん」

 

 難しい話だ。妖精が視界の端をちらちらと動き回る生活は当たり前になっている。

 『当たり前』の始まりを覚えているかと問われると、微妙な答えしか出せない。私が朝食をパンに切り替えた日時など分かるはずもないし、学生の時分に感じていた両親への反骨精神がいつ消え去ったのかも分からない。

 

 そんなもんだ。最初のことなど曖昧にしか思い出せない。

 

「見えるようになった日付は明確には分からない。気がつけば隣にいた。当時の文脈は覚えていないが、幼少期に一度目にしてから認識できるようになった」

「最初から見えてたわけじゃないんだ?」

「先天性で見える者の方が珍しいはずだ」

「生まれた時から見えるの、私たち艦娘くらいなのかな。生まれたって表現でいいのか分からないけど」

 

 建造以外で艦娘が生を受ける瞬間、所謂ドロップの瞬間の詳細は判明していないが、建造にしろドロップにしろ、ある程度の艤装を身にまとった姿で発生することが知られている。

 艤装を動かすには妖精の援助が必要であるため、艤装を纏う発生と共に妖精の視認ができる能力を得るようだ。

 

 そうした理由から、艦娘は人間とは違い、本当に妖精との意思疎通ができているように思う。

 本当に羨ましい。私も妖精ときちんとコミュニケーションをとりたいものだ。来世は艦娘がいい。

 

「……妖精さん、最初はどこで見かけたの? 海沿い?」

「分からない。しかし私の実家は海も何も無い田舎だ。山の中かどこかで見たんだろう」

「ふーん。そっか。山って珍しいけど……」

 

 なぜか興味ありげに聞いてくれる。私の妖精話に需要があるものなのだろうか。

 それならいくらでも会話の種はある。妖精の小動物感の愛らしさを語るだけで良いのなら、何時間でも余裕で語り続けられる自信がある。

 

「……ま、過程はどうでもいいや。提督が見える人になってくれて、本当によかったよ」

「…………」

「そうじゃなきゃ、提督がこの鎮守府に来ることもなかったもんね」

「ああ。そこまで評価してもらえるほど艦隊運用の才能があるかは微妙だが、やれるだけのことはしよう」

「そういうことじゃ……ああいや、まあ、うん。そうだよね」

 

 言葉とは裏腹に、半目になった辛辣な目線が痛い。

 やめてくれ。川内の発言の意図するところに気づいてはいるのだ。それはたぶん、君も分かっているだろう。

 『友人になれて良かった』などと面と向かって言われてしまうと、気恥ずかしくてならないのだ。許せ。

 

「執務を再開するぞ」

「……逃げた?」

「何がだ。早く執務に戻れ。夕方までには終了させたい」

 

 手を止めていた執務に向き直る。訝しむ川内の目線をひしひしと感じるが、振り向いてはいけないような気がした。

 私には書類の山が待っているのだ。思考を活字にダイブさせる。慢性的なボーキサイト不足。赤城。

 

「はー! 提督はほんとずるいなー! てーとくはずるいなー!」

 

 雑音が聞こえるが、執務に集中している私の耳には無音に近い。

 きっと雨粒が窓を叩く音だろう。さっさと執務を終わらせよう。

 

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