だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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早朝

 朝の目覚めから司令室に向かうまでの時間は短い。

 起床後に顔を洗い口を濯いでからすぐに簡単な朝食──所謂インスタント系の食品を食べ、歯を磨いて軍服に着替え寝巻きを洗濯カゴに放り込んでおく。

 それだけの行為に時間がかかるはずもなかった。

 

 自室から司令室に向かう際に感じた冷えた空気に包まれた鎮守府内には、昼間の喧騒も陽気もなく、生気を感じない孤独な空気が漂っている。

 嫌ではなかった。1人で落ち着くことのできる時間は、一日のうちこの時間も含め小一時間程度しかない。日中騒々しい友人がずっと隣にいることもあり、1人になる時間が好きでないと言ってしまえば嘘になる。

 

 司令室のドアを開く。時刻は午前6時より少しあと。

 川内が来るまでの1時間ほどは、自分のペースで着実に執務ができる。

 

「……あ、提督。やっほ」

 

 できるはずだったが、私の椅子に座ってふんぞり返っている川内を視認してしまった。私に1人の時間は必要ないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「珍しいな。こんな時間に」

「今日は早めに起きちゃったからさー」

 

 湯呑みふたつに給湯器の湯を注ぎながら川内に語りかけると、眠そうな声が返ってきた。想像通りの応えだったため、特に何を返すこともなく給湯器から湯が流れ出るのをぼうっと眺める。

 司令室のドア横のスペースに備え付けてあるこれのおかげで、わざわざ食堂にまで向かう手間が省ける。たすかる。

 

「わ、ありがと。……あっつ」

 

 茶を淹れた湯呑みを座っている川内に寄越す。川内は礼を述べたあと手で湯呑みを覆うように持ち、その熱さに悶えている。私が茶を淹れてやったとき、毎回こんな痴態を晒しているが、阿呆なんだろうか。

 

 この時間に呑む茶は本来なら私一人で静かに楽しみたかったが、この阿呆が来てしまったのなら仕方がない。騒がしいのも嫌いではなかった。

 自分の湯呑みを手に持ったまま、おぼろげに思う。

 戦果を報告する際の艦隊旗艦のように、執務机の前に突っ立ったまま。

 

「それで?」

「ん? なにが?」

 

 少し時間をおいてみてもなんの変化もなかったため、耐えきれずに話しかけてしまう。

 朝っぱらから突っ立ったままでいるのも疲れる。そろそろ湯呑みを持つ手も熱さで限界になってきた。

 

「そこをどいてくれなければ座れないが」

 

 私の席に居座ったまま湯呑みを傾けている川内にジト目を向ける。

 この艦娘、いつまで厚かましくそこに座っているつもりなのか。湯呑から口を離した川内が苦笑いを浮かべるのを見て、ジト目の効果を確認する。

 生まれて初めてこんな目を向けたが、様々な場面で使えそうだ。

 

「そこ空いてるじゃん」

「……君の席だろう」

「いやー……うん」

 

 川内が乾いた笑いをこぼす。普段ならもっと巫山戯てくるはずだが、この瞬間では大人しく引き下がってきた。

 この目、ここまで効用があるのか。脅しに使えそうだ。

 

「ごめん、やっぱこういうのはちゃんとした方がいいよね」

 

 完全に萎縮しているが。顔を強ばらせている。やりすぎたのかもしれない。

 

「……いや、今日は君の席に座ろう。そのままでいていい」

 

 刺激のない日常もよくない。多少なりとも変化があった方が、新鮮な気持ちで執務に集中できるだろう。

 

 ジト目を向けるのをやめ、川内が席を移動しようとする前に席を奪っておく。手を過剰に温めてくれていた茶を少し口に含んで、そのまま飲み込んだ。

 対面から隣に移動したわけだが、川内には少し身を引かれてしまっていた。そこまでか。

 

「……今の目、意識してやってたの?」

「所謂ジト目というものだが」

「……それ、妖精さんたちとか駆逐艦には向けない方がいいよ」

 

 今後一切使わないようにしようと決意する。

 そもそも私が妖精にジト目など向けるはずもないが、万が一見られてしまっては、ただでさえ距離を置かれている状況がさらに悪化するだろう。

 駆逐艦の多くにも、まだ威圧感を与えてしまっているらしい。吹雪あたりは着任初日から普通に接してくれたが。

 

「なるべく笑顔で振る舞うようにしなよ」

「……昔から苦手だ。写真を撮ると言われたときも、どのような顔をしていいかわからなくなる」

「……提督、普段普通に笑えてるのにね」

 

 川内の評する限り、私はよく笑う人間らしい。

 私は全くそう思わないが、自分でも気が付かないうちに表情を緩めてしまっているのかもしれない。

 

 ……笑顔が多いなどと評価してくれるのなら、引いたまま会話をしてほしくないのだが。

 

「……身を引いたままでいられると少し気になる」

「提督がこっちに詰めてきたらいいじゃん」

「…………」

「ほら、ここ空いてるよ?」

 

 川内が自らの座る椅子を半分開け、ポンポンとその場所を叩く。肘掛けのない椅子であるため、座ろうと思えば座ることができる。

 ……座れと? そこに?

 

「…………」

「あれー? もしかして座れないのー? てーとくー?」

 

 動き出せないままでいる私を、川内がここぞとばかりに煽ってくる。

 普段の寸劇の気色が強い会話でも強く出れないわりに、私が何も言えずにいると強気になれるようだ。こいている。

 

「…………」

「今日はずっと一緒の椅子に座って一緒に執務したかったんだけどなー」

「……そうか」

 

 ニタニタと私を見つめる川内の様子を見て、なにか吹っ切れる感覚がした。

 

 一方的に嬲られるままでは、茶も美味く飲めない。

 腹は決めた。秘書艦として普段から私の手伝いをしてくれている彼女がそう望むのなら、私はそれに従うまでだった。

 

「……え」

 

 素っ頓狂な声を上げる川内をよそに、湯呑みを持って川内の方へ向かっていく。

 半分空けてもらっていた椅子に座りなおし、机の上に積み重なっていた書類から昨日まとめておいた遠征の報告書を引っ張り出す。

 

 川内の顔も匂いも息遣いも、すべて近くに感じ取れてしまい少し気恥ずかしかったが、茶を飲み干すことで有耶無耶にした。彼女が望んだのだ。気にしてはならない。

 

 川内はそっぽを向いて顔を見せないようにしている。表情が見えないが、だいたいわかる気がした。

 

「……顔が赤いぞ。どうかしたか」

「……え、いや、その」

「大丈夫そうだな。今日はこのまま執務をしようと思うが」

「……い、いやあ、それはやめた方がいいんじゃないかな」

「遠慮するな。君が望んだことだ。普段助力してくれている分、できるかぎり応えてやらなければならない」

「……うう」

 

 私の方に顔を向けてくれないまま横で戸惑ったように声を詰まらせる川内に、表情筋が動くのを感じた。手で押さえて確認すると、頬が上がっているのが分かる。

 幸い、彼女はこちらを向いていないため、この表情を見られることもない。川内が私の方に振り返るまではこのままでもいいか、と表情を抑え込むのを諦めた。

 

 ──悔しいが、彼女の『よく笑う』という評価は妥当なものかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎ、同じ椅子に座っている場面を遠征の報告に来た吹雪に見られ、ジト目を向けられた。

 ジト目の威圧感を身をもって知るいい機会だった。

 

「提督、もうよくない? そろそろ自分の席戻っていいよね?」

「『今日はずっと一緒の椅子に座って一緒に執』」

「ああああああ!!! わかったから!!!」

「君が言い出したのなら最後まで実行しろ」

 

 執務は捗った。

 

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