秒針の乾いた音が室内に響いていた。
ここ数日で増えた分の所属艦娘のリストを更新したあと、次に待つ書類に手を伸ばす。左手で書類に触れたところで、手首の腕時計が視界に入ってしまった。
現在時刻を確認する。午前10時すぎ。いいペースで作業を進められている。昼食後くらいにはすべて終えられると見積りを立てたが、そのことへの喜びよりも居心地の悪さが先行してしまう。
司令室内の空気は最悪だった。ピリピリとした空気を出す者が1人と、苦笑いで私に同情するような視線を送る者が1人と、米櫃を片手に呑気に白米を味わっている者が1人。
適当に椅子に座らせた3人はずっと無言だ。何か話していてくれた方が、こちらとしても行動しやすいのだが。
ひとつひとつ書類を処理していくごとに、目線は机上の置き時計と腕時計を3往復ほどしてしまう。辛い。
なにより最悪なのが、この空気の原因である川内がこの場にいないことだ。川内とどうでもいいことを話して気を紛らわせたかったが、実際ここにはいない。
というより、
「……赤城」
最悪な空気を打ち崩すために、ひとまず声を出してみる。
幸せそうに食を堪能している赤城に声をかけたのは、彼女だけが余裕そうな心持ちをしていたからだ。
「ふぁい? なんれふか?」
すぐに返事を返そうとしてくれたらしい。口の中に運んだ白米をこぼさないよう口元を押さえつつ、私の呼びかけに応じてくれる。
口元を押さえているせいで、くぐもった声になっている。緊張を全く感じないその様子に、ついため息が漏れた。
「飲み込んでからでいい。鎮守府の運営費のうち食費だけが膨大に膨れ上がっているとだけ伝えておく」
「……………………ふぅ。わかりました。すこし抑えます」
「頼む」
首肯をもって返してくる。努力はしてくれるようだ。いま白米を楽しむのはやめてくれないらしいが。
「……提督」
低い声がした。
赤城との会話で少し気が紛れていたが、先ほどからずっと威圧感の強い艦娘に声をかけられ、再び気分が沈む。
声の出元へ目線を動かすと、鋭い眼光がこちらを睨んでいた。
「なんだ、長門」
「川内はまだか」
「わからない。先ほど携帯に連絡を入れたが返事がない」
「……携帯に連絡か。そうか。わかった」
長門の声が低くなるのを確認した。さらに空気が悪くなる予感がして、胃が痛みだす。
実際はそこまで怒りを抱いていないのだろうが、ビッグセブンと評される者の存在感は息が詰まるほど苦しかった。
気圧されないよう堪えるだけで精一杯だ。
「…………」
長門から目を逸らすと、その先で吹雪と目が合った。
苦笑いを浮かべられる。同じような心持ちらしい。
──簡単にいうと、遅刻だった。朝7時にこの場に来る予定だった川内が、午前10時を回っても姿を現さない。
遅刻だけならまだよかった。普段私の手伝いをしてくれているため、午前をすっぽかして午後から司令室に来ても、1日くらいは黙認できた。
運が悪かったのは、今日が秘書艦と私、およびその日の各艦隊旗艦による定期的な通信機能確認、士気の確認を行う日だったことだ。
通信機能の確認とは言っても、通信は妖精を介するものであるため不都合は起きにくい。また、少しでも不調のある者には自己申告するよう義務付け、実際それは機能している。艦娘のための環境作りも私の仕事である。故に士気の低下もある程度は未然に防げているはずだ。
つまりこの定期的な確認は形式上のものでしかない。その行為にあまり意味はないが、形式上のものであるが故に形だけは行わなければならない。時間の無駄だがこれが規則だった。
この確認に必要な人員は、私と哨戒任務に当たっていない各艦隊旗艦、それと秘書艦。
つまりそういうことだった。
「そろそろ全体放送で呼び出した方がいいんじゃないか? なあ、提督」
「……ああ」
旗艦たちをここに集合させた時間は午前9時半だった。この場にいる3人には、既に30分ほど待たせてしまっている。
今日は特に今すぐに必要な演習や遠征もなくすべて昼食後に組んであるため、最悪午前中に川内が現れてくれればそれでいい。そこだけは救いといったところだ。
とはいえこれ以上待たせるわけにはいかない。彼女たちには彼女たちなりに出撃前の過ごし方があるはずだ。それを阻害してしまっていることは間違いなかった。
ふだん執務の場として使用しているが、ここは司令室だ。執務机の裏にある全体放送用のスイッチを入れ、備え付けのマイクに手をかける。
『あー。連絡だ。川内本人でも他の奴でもいい。とにかく川内を司令室まで連れて──ッ!?』
爆音がした。音源の方へ目線を向けると、肩で息をする川内と、勢いよく開ききった司令室の扉が跳ね返るところが見えた。
少し跳ねた髪や服装の乱れを見るに、恐らく寝坊だろう。
この場の全員から視線を向けられた川内は、息を整えることもせず、川内はすぐさま口を開ける。
「ごめんなさい! 遅れました!」
『解決した。以上だ』
放送を切る。声量からして、川内の声も入っていただろう。
鎮守府全体に自身の遅刻を晒したわけだが、当の本人は気にした様子もなく息を整えはじめている。
「お待たせしてしまいすみません。今すぐに通信機能の確認を行います」
数秒だけ荒い息を漏らしたあと、川内は秘書艦として淡々と言葉を落とす。
普段よりよっぽど秘書艦らしい言葉遣いだ。
「……寝坊か?」
長門の冷たい声が響く。
静かな言葉に確かな怒りが込められている……ような気がしたが、おそらくそんなことはない。
威圧感が強いだけで、とことん優しい性格をしているのが長門だ。
「っ……はい。寝過ごしました」
「そうか。……まあ普段の激務は私達も知っている。責めはしないさ」
やはりたいして怒ってはいなかったらしく、冷たい口調のまま事を穏便に済まそうとしている。
身に纏う雰囲気と言動がいちいち一致しない奴だ。もう少し笑顔を増やせばいいのに。……しまった、言われ覚えがある。
「じゃーいまはらつうひんかくにんでふね?」
「……『じゃあ今から通信確認ですね?』らしいです」
口元をおさえた赤城が尋ねてくる。聞き取りづらい言語を話していたが、口の中の白米が原因らしい。
この艦娘、川内が司令室に飛び込んできてからも平然と米を食べていたが、もう少し緊張感を持たないものなのか。
ところで何を言っているか分からなかった。翻訳をしてくれた吹雪には感謝する。
「……はあ」
ため息が出る。長門の威圧感は今も変わらない。こいつはいつもこうだ。少し気圧されそうになっていたのが馬鹿らしかった。
「はやく始めよう。待たせてすまなかった」
これ以上時間をかけるわけにはいかない。とっとと済ませることにする。
「……以上です。今日はすみませんでした」
「待たせてすまなかった。解散してくれ」
形式上のものだけに、始まってしまえば早かった。席を立ってからすべての行程を終えるまで5分もなく、そのまま旗艦達に正対し解散の指示を出す。
確認の作業はほとんど川内に任せていたが、その姿は秘書艦らしい丁寧なものだった。普段からそうしてくれるとありがたい。
「提督、今日のお昼ご一緒していいですか?」
解散指示に従ってさっさと帰ってくれるかと思ったら、赤城から声がかかった。長門と吹雪も私の方へ向いていることから察するに、恐らくこの2人もついてくるのだろう。
それは構わないが、赤城の右手には空になった木製の米櫃が掴まれている。
「……さっきまで食べていなかったか」
「あれは朝食です」
「そうか」
はたして午前10時に摂る食事が朝食かどうかはさておき、昼食を共にするのは嬉しい誘いだ。
まずこの場にいる面子が揃うことが珍しい。現在旗艦を任せている3人はこの鎮守府の中で比較的練度が高いため、どうしても海へ出てもらう機会が多くなる。
この機会を逃せば暫く巡ってこなさそうだ。ありがたく乗らせてもらうことにする。
「……ああ、そうだ。川内も一緒になるが」
「ええ。わかってます。いつもそうですよね」
いつも通り川内もついてくるだろう。そう告げると、当然とばかりに返された。
分かってはいたが、四六時中一緒にいればニコイチセットだと思われるのか。今のところ、実際その通りになってしまっているが。
川内の方へ目線を向けると、やけに頬を緩ませていた。見なかったことにする。
「正午を回ったあたりには食堂にいます。その時間帯に来ていただければ……」
「分かった。なるべく早めに行こう」
昼食まで待たせるわけにはいかない。30分ほど前に向かってもいいだろう。少しの間暇になるだろうが、川内がいるなら会話が絶えることはないはずだ。
昼食の約束も終え、ようやく解散の空気だ。
はやく帰ってくれないだろうか。長門の存在のせいで息苦しくてたまらない。
「それにしても……提督」
その長門から声がかかる。
鋭い目線を投げかけられ身を引きそうになったが、寸前で留めた。駆逐艦にとっての私が悪印象であるようなもので、長門に対する私は駆逐艦なのだ。
長門にはきっと威圧している意識はないのだろう。私が気圧されては彼女に失礼かもしれない。
「携帯に連絡を入れたんだったか?」
「…………」
ああいや、今は威圧しているようだ。嫌な予感がした。
全体放送をかける前に川内に送信した、司令室に来るよう促す旨の連絡を指しているらしい。
「君たちは互いに連絡先を交換しているんだな」
「…………」
次の展開が読めてしまう。ちくしょう。
「私は提督の連絡先を知らないが。赤城と吹雪は知ってるか?」
「いえ……」
「司令官のは知らないです……」
長門の問いに赤城と吹雪が答える。
確かに彼女たちの連絡先は知らない。連絡は全体放送で事足りる。わざわざ連絡先を知っておく必要もなかった。
それを聞いて長門は満足そうに頷いている。最初から答えを知っていたんじゃあないか。
「…………」
「秘書艦だからか?」
「……そんなところだ」
「……ふっ。そうか」
相変わらずの存在感は残したまま、長門が笑顔を落とす。
いい笑顔だ。私を辱めるのにはちょうどいい。
「では失礼する」
笑顔を貼り付けたまま長門は司令室を去った。嫌味な笑みだった。
その後を追うように、赤城と吹雪もこの場を後にした。
ここの艦娘は去り際に爆弾か何かを落としていかなければならない規則でもあるのだろうか。少なくとも、神通と長門には課された規則らしいが。
「…………」
確認作業の際に席を立っていたため、ひとまず自席へもどる。私が動き始めた後、一拍遅れて川内も席へ向かうのが分かった。
3人が去った後の司令室内は静かだった。
いつもならもっと煩いはずだが、遅刻したことへの負い目のせいで会話を切り出せずにいるらしい。だいたいわかる。川内はそこで悩むような性格だ。
腕時計を確認する。午前10時半。そろそろ執務を再開したいところだが、ここは話しやすい空気を作るのが私の役目だろう。
「……あの、ていと」
「珍しいな」
「えっ……?」
川内の言葉に食い気味で語りかける。
ネガらせるだけの暇を与えてはならない。そんな暇があるくらいなら、申し訳ないが、私の戯言に付き合ってもらうことにした。
「普段遅刻などしない奴だろう、君は。神通も寝過ごしは看過しないと思っていたが……今日は早朝から哨戒に当たってもらっていたな。運が悪かった」
「…………」
「最近は執務と訓練を両立してもらう日も増えた。疲れているのなら遠慮なく言ってくれ」
「……そんなんじゃないよ」
「そうか。なんでもいいが、無理はするな」
口に出してしまえば、自ら志願して秘書艦をしてくれている彼女に怒られかねないが、無理をさせているのは私だ。
一日に執務の半分と午後からの訓練を行わせているのが大きな負担になっているのは考えるまでもなく分かるだろう。今回の彼女の遅刻は本来、彼女への負担を認識しながらも『今は仕方ない』と対処を後回しにしていた私が一方的に悪いのだ。
今の私は完全に無能だ。
少しでも負担を減らすべきだ。私がそれを実行すべきなのだ。
「……提督は無理してない?」
「君のおかげで執務は日中で終わるし、作戦会議や指揮も今のところ苦ではない」
「そっか」
「ああ」
「……よかった」
川内の頬が微妙に上がるのが分かった。嬉しさというよりは安堵の表情だ。素直に優しさを他人に向けることのできる性格が羨ましい。川内が隣にいて居心地がいいのは、彼女が健気で『いい人』であることにほかならない。
だからこそ、彼女の執務の量を減らすなどして負担を減らそうとしてこずにいた利己的な自分が矮小な存在に思えた。
明日からでも負担を解消することは決心したが、それだけでは私の中の罪悪感のようなものを崩すことはできない。
何かできることを考えるようにした。
「……遅刻についてだが」
「……うん」
「成人したての頃、上官との飲み会に1時間遅れたことを思い出した」
「えっ……大丈夫だったの? それ」
「怒られはしなかった。雰囲気が重くなることもなかった。むしろ軽くなった」
「……財布が?」
「ああ」
次に発声しようとした単語を先回りされる。
長く秘書艦を続けているためなのか、私の会話の流れが読めるようになってきたようだ。
私がやらかした遅刻は、仕事上のものだったなら、きっと怒鳴られたり殴られたりするくらいはあったかもしれない。たいして怒りを買わなかったのは、それがプライベートな待ち合わせだったからで。
私の紙幣の減りが著しかったことを考えると、カモが来たくらいに捉えられていたからでもあるだろうが。
「よくあることらしい」
「え?」
「遅刻。真っ青になって上官へ詫びを述べようとしたら、そう答えられた」
「…………」
「遅れた時間の長さに関わらず、遅刻は誰だってしてしまうことがある。それだけで怒る理由にはならないんだと。私の場合、飲み会代が浮いたとむしろ喜ばれた」
「……提督」
遠回しに、遅刻のことを気に負うなと伝えるつもりの話題選びだったが、分かってくれるだろうか。財布の下りを先回りした川内なら、汲んでくれるんじゃないだろうか。
察してくれたならいいんだが。
「よくあったらダメじゃない……?」
「……それはそうだが」
そうか。ここはまだ無理らしい。
「だから、その……」
結局私から伝えなければならないようだ。察してもらうのが最善だったが、仕方ない。
「……川内。今日のことは気にしなくていい」
この言葉を捻り出すために苦労した。
自身の意見を直接外に発信するのは、昔から苦手なのだ。
「1度の失態くらいでそこまで落ち込まなくていい。『よくあることだろ』と免罪符を引っ提げて大きい面をしていろ」
川内の顔を覗きながら言葉を発する。
こんなときにでも相手と目を逸らさないでいられる自分に感謝をしたい。相手がどんな表情をしているか把握できて助かる。
──長門たちが去ってから、ずっと泣きそうな顔をしていた。
四六時中隣にいなければ気づけないくらい、些細な表情の変化だったが。
「……バレてた?」
「普段脳天気な君が落ち込んでいるところは珍しい。普段見ないような表情をしていたら否応でも分かる」
「……そっか。脳天気って部分は納得いかないけど」
反論の言葉を織り交ぜつつ、川内は困ったような表情をする。
すまない。気付かないふりができるほど、私は思慮深い人間ではないのだ。
「正直な話、君の遅刻で迷惑しなかったかと問われると言い淀まざるを得ない」
「……うん。そうだよね」
「だがそれの原因は私にある。それに加え、私は君に対して今まで迷惑をかけ続けてきた側の人間だ」
「…………」
「だからと言うわけではないが、気には負うな」
「……うん」
「それになにより──」
一旦言葉を切る。息が苦しい。一度に多くを語りすぎた。
ゆっくりと息を吸って、次の言葉を紡ぐ。
「君にはいつも助かっている……と、何度告げたか分からないが、要はそこだ。私も長門達も、この鎮守府の者なら全員、君への感謝を感じている。今日一日の失態くらい、それに比べれば小さなものだ」
「……うん。ありがと。それだけでも気が楽になったよ。ほんとに、ありがと……」
一番伝えたかったことを言葉に出した。
自身の感じたことを外部に漏らすことは苦手だ。川内の反応を確認する余裕もなかった。それくらい、私にとっては気力を必要とする発言だった。
呼吸を整える。いつの間にか息が乱れていたようだった。
数秒して息が落ち着いたあと、もう一度口を開く。話を進めることにする。
「……まあ、いつも助かっているとはいえ、上官として、今回の件の責任を負わせないわけにはいかない。私も奢らされたんだ」
「まあそこは、うん」
「一応罰は課そう。そこまで重くはない」
気に負うなとは言ったが、罰も課さずなあなあで終わらせるのは私の面目がない。軽いものでも罰を課すのが最善だろう。
「君には残りの書類を7割ほど処理してもらう」
「……え、ちょっと待って、提督」
「負担が偏るが、割り切ってくれ。それなりの罰にしなければならない」
「……提督」
「そうと決まればすぐに始めるぞ。さっさと手を動か」
「提督ッ!」
「……今のは私が悪かったが、煩い。声量は抑えてくれ」
「あ、ごめん」
大声を出すほど納得がいかない部分があったようだが、注意をすると謝罪が返ってくる。私が完全に悪いのだが。つくづく『いい人』だと感じる。
話の腰を折ってしまった。頷いて彼女の意見を促す。
「提督さ、私が寝てる間、私の分の仕事までしてくれてた……よね?」
「…………」
神妙な面持ちで尋ねてくる川内に、私も慎重にならざるを得なかった。
だが、だいたい何を言わんとしているかは理解した。
「残った7割って、普段の私の執務の量より少なくならない?」
「残っている作業自体少ない。残りを全て任せるのも私が暇になって仕方ない。7割が適切だ」
「でも……!」
「この際だ。話がある」
この後決めておこうと思っていたところだ。話を切り出すには都合がいい。
「……なに?」
「君が秘書艦を快く受けてくれているのは分かっている。君の希望がない限りやめさせることもない。それは以前から変わらない。ただ、一つだけ決めたい」
彼女への負担をどうにかして減らそうと考えていた。考える時間が少なく、おそらく最善の策とは言えないだろうが、少なくとも今までのように実行しないよりはマシだ。
了解を得られるかが問題だが、ひとまず提案だけはしよう。
「今後は朝早くに来なくてもいい。好きな時間に……と言ってもどうせ早く来るだろうな」
「…………」
「朝早くには来るな。早くても午前9時からにしろ。これだけだ」
単純に執務にかける時間を減らす。
まだ二日に一日ほどの頻度だが、執務を昼食前後で切り上げることのできた日は、川内を午後の訓練に参加させている。
今まで通り午前7時から5時間ほど執務を続け、そのあと訓練に参加させるよりは、微量でも彼女への負担が減るはずだ。
問題は、秘書艦の仕事を快く思ってくれているらしい川内が、これを認めてくれるかどうかで。
「……どうだ?」
「……秘書艦は続けられるんだよね?」
「ああ。君が望む限りは」
「……分かった。今のままじゃ、また今日みたいなことがあるかもしれないしね」
納得はしてくれたらしい。渋々、といった表情で、やはり少しは葛藤があったようだ。
申し訳ないが、必要犠牲だ。
──それにしても、そろそろ仕事に入らなければまずいんじゃないか。
そう伝えようと目を合わせようとすると、すぐに目を逸らされた。
この反応は知っている。何か言いにくいことを口にしようとしている時のものだ。
「……ごめん、提督。ありがと」
「気にするな。遅刻はよくあることだ」
言いにくいことなら敢えて解釈違いを起こしてやろう。
そう思い、悪意などまったくなく、善意のみで構成された厚意で、わざと勘違いした発言をする。
「いやそこじゃなくて。……あーもう! やっぱいい!」
叫んでからブツブツと小言をこぼし始める川内に、やはり面白い艦娘だと感じた。
まだ着任後3ヶ月ほどだが、川内という艦娘についてはかなり知れたように思う。
それが無性に嬉しかった。気分がいい。今まで遅刻の件にしか触れてこなかったが、少しだけでも褒めておくべきか。
「色々言ったが、長門たちへの『秘書艦』としての対応はよかった。……君が秘書艦でよかったよ」
「……へぇ」
あからさまにニヤニヤと笑みを零す川内。
普段ならその笑みを抉り取るか無視するところだが、今日くらいはいいかと思えた。