だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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時間をください


被り

 

 

「そういえば」

「ん、なに?」

 

 執務をあらかた終え、そろそろ食堂に足を運ぶかと思い立つ時間帯だった。

 ディスプレイやら紙面やらを眺め続け疲労した目をほぐしつつ、思い浮かんだ言葉をそのまま言い放つと、隣から視線が送られてくる。それに応えるよう視線を寄越すと、こちらの顔を覗き込むように見ている川内と目が合った。

 川内を相手に今更気を張ることもなく、息の詰まる話をすることもない。執務で過熱した頭を冷やすには、彼女との会話がちょうどよかった。

 

「君から『夜戦』の言葉を聞くことはあまりないな」

「……あー、まあ言わないね」

「夜戦が好きだとは知っているが」

「うん。夜戦は好き」

 

 いつか川内本人から聞いたところによると、昼間の演習でも目隠しを付けて擬似的な夜戦の練習をしているらしい。夜戦を好む性格なのは間違いないのだろう。

 執務の処理に余裕ができている今なら、私に言ってもらえればスケジュールを調整して少しくらいなら夜戦の機会を設けてもいいと思っているが、どうもそこまですることでもないようだ。意外だった。

 

「夜はいいよ。暗闇の中で動くのは気分がいいんだよねぇ。まあ寝るけど」

「……規則正しい生活を送っているようでよかった」

「執務は大事だからね」

「助かる」

 

 夜にかける情熱は確からしいが、ある程度は妥協してくれている。趣味を削るようで少しだけ申し訳ない。執務の手伝いに対しての感謝は伝えることにした。

 

 個人的には、夜に十分寝てくれていることに対して感謝を述べたいが。

 毎朝元気な挨拶をしてくれるあたり、きちんとした生活を過ごせているようだ。適切な休養をとってくれるだけで安堵感を得られる。不思議な感覚だった。

 

「結局、君は夜型なのか朝型なのか」

 

 休養をとってくれてありがたい話はともかく、川内が夜に強いのか朝に強いのかそろそろはっきりさせたい。

 朝から耳を劈く大きな挨拶ができるかと思えば、夜戦こそ連呼せずとも夜には嬉しそうに鼻歌を歌って動き回っているこの艦娘、睡眠と食事のみでエネルギーと気力を賄いきれているのだろうか。

 

「夜型か朝型かなら……まあ、夜戦明けの朝もたいして辛くないし、どっちも?」

「……もうそれでいいが、夜も朝も騒がしいのは勘弁してくれ」

「抑えてる方なんだけど……」

「深夜帯に近づくごとに声のボリュームが大きくなっていることを自覚したほうがいい」

「……そんなに?」

 

 自覚できていなかったらしく、川内は苦笑で尋ねてくる。

 夜に近づくほど目に見えて元気になっていく様は見ていて面白いものだが、いつ苦情がくるか気が気でならない私の身にもなってほしい。これが提督業だというのなら、それはそれで受け入れる。

 

「まあ元気でいいとは思う」

「雑なフォローだね?」

「そんなことは」

 

 あるが、これ以上上手くフォローしようもないのが事実だ。特に騒ぎ立ててくるわけでもないが、夜に対する込み上げる喜びを抑えきれず声量に直接結びつけてくるのが面倒だった。

 最近は昼までに秘書艦としての仕事が済んでいるにもかかわらず、だいたい就寝寸前の午前0時まで川内が傍にいるため、その声量を直接浴びるのは私に限られる。今のところ他の艦娘の迷惑になっていないのは幸いだった。

 

 あそこまで活発になれるなら、いっそ夜戦に行かせてもいいんじゃないかと感じる。そのほうが戦果的にも川内の気分的にも、私の鼓膜としても好都合だ。

 夜戦バカの肩書きを持っているからには、やはり夜戦に赴いてもらったほうがいいだろう。

 

「夜は好きだし夜戦も好きだけど、そう連呼するほどでもないよ」

 

 失礼な考えを悟られたらしく、川内が不満げな表情で苦言を呈してくる。どうしてこうもバレるのか。

 

「そうか。そんなもんか」

「うん。そんなもんだよ。()はね」

 

 自身を指す言葉に重さを置いた川内の返答のおかげで、彼女の言わんとするところはだいたい理解した。

 

「川内としては夜戦したいけど、私としてはどっちでもいいというか」

 

 艦娘はなかなか複雑な存在だ。

 彼女達の自我は完全に(ふね)のものを引き継いでいる。詳しく解明されているわけではないが、単純な兵器であった頃の働きそのものが彼女達の行動や思考の基調となっているようだ。同じ艦名を有する艦娘が多数存在した場合、それらの行動原理や思想はほぼ統一される。

 それだけなら明快で分かりやすいが、そこに環境による性格の差異が加わるから面倒だ。艦娘として生きるうちに上塗りされる補正によって、(ふね)としての自我は少し薄まる。

 

 つまり『川内』は複数存在するが、そのどれもが同じ性格をしている訳ではないのだ。

 同艦名の複数個体個々人の識別に向いているのでありがたい設計だ。

 

「……朝から変なテンションでいられるのは()だからか?」

「どうだろ……ま、そこは別の私に聞けばいいんじゃないかな」

「他所との繋がりはほとんどない。しばらく答えは得られそうにないな」

 

 他の鎮守府とは通信でやり取りする程度で、未だに合同演習すら行ったことがない。

 それは執務の処理に時間を裂きたかったためだったが、今はもうその必要もないはずだ。そろそろ色々なコンタクトを取ってみてもいいだろう。

 

 着任してからの期間は、ほんの少しだけ長くなってきた。海の隅っこで細々と孤独にやっているだけの運用は、そろそろ脱却すべきかもしれない。

 

「…………」

「…………」

 

 会話が途切れた。話せるだけ話したので、この話題について私からはこれ以上掘りようもなかった。

 キリがいいため昼食をとろうとし、食堂へ誘おうと川内の方へ目線を寄越して──何か言いたげな表情を確認したので、ひとまず待つことにした。

 

 数秒ほど待っていると、川内が息を吸うのが分かった。

 

「……あのさ」

「なんだ」

「この鎮守府にも、他の私が来ることってあるよね?」

「ああ。可能性ならある」

 

  ここには被っている艦娘はいないが、同じ艦娘が複数存在する鎮守府があるとは聞いたことがある。

 同じ顔の者が同じ場所にいる状況を想像できなかったが、まあ双子みたいなものか。

 

「まあなんだろ、そうなるとちょっと怖いよね」

「怪談話は信じるタチか?」

「え?」

「ドッペルゲンガーの話じゃないのか」

「あー……まあそれもちょっと怖いんだけどさ」

「そうか、怖いのか」

「う……いいじゃん別に。あーいや、そこは関係ないんだって」

 

 話の腰を折るのは得意だった。川内が怒ったように眉を顰める。

 少しくらいは申し訳なさを感じるだろうと身構えていたが、むしろ嗜虐心のようなものが擽られた。抑えることにする。

 

「もしここに違う私が来たとして、その場合、その私にどう接すればいいか分からないっていうか」

「…………」

「ほとんど同じ存在だから、完全に代わりが効いちゃうし。私自身の立ち位置も分からなくなりそうでさ」

「代わりにはならないと思うが……まあ、言いたいことは分かる」

 

 ドッペルゲンガーに対する恐怖だって、そこにあるのだろう。

 自分ではない自分のようなものに居場所を奪われ、それなのに周りはいつもと変わらない態度で、全く違和感を抱くことなくその自分のようなものと過ごしている。

 そうなるかもしれないと想像して1人で勝手に怖くなるような、あの感覚。それに似たものを感じているのだろう。

 

 結局怪談話に怯えているようなものだ。その手の話は苦手らしい。

 

「少なくとも、神通や那珂なら、君との距離感が狂うこともないはずだ」

「それは間違いないって信じてる」

「ならそんなもんでいいだろう。そこを信用できる相手がいるだけで、少しは楽にならないか」

「……うん。ちょっとはね」

「そうか。残りの怖さは……まあ、そのまま怯えていてくれ」

「ひどいね?」

 

 匙を投げると、責めるような目を向けられる。

 申し訳なかったが、怪談話を怖がっている者を宥める術は有していなかった。怯えている姿も、もう少し見ていたい。

 

「それで、提督は?」

「……君との接し方は変わらない自信がある」

「そっか、ありがと。……私もそう信じてるよ」

 

 何を問おうとしているのか分かりづらい質問に勘で答えたところ、どうも返答としては正解だったらしい。

 つまり、別の川内が着任した場合、私がちゃんと接してくれるかどうか尋ねたようで。

 

 意図の分かりづらい質問はやめてほしい。私はよくするが。

 

「……提督さ」

「なんだ」

「何度でも聞くけど、秘書艦は()()でよかったんだよね?」

 

 深刻そうな声色で、川内が尋ねてくる。下から覗き込むような目線を受けて、少し戸惑った。

 

 何度か聞かれた覚えのある質問だった。その都度曖昧な返答を返してきたが、まともな返事をすべきだろうか。一応、伝わるように言ったつもりではあったが。

 まあともかく、微妙に上がった口の端さえ隠しきれていれば、私ももう少しは真面目に受け止めたのだろう。

 

「……答えを分かっていて聞いているだろう」

「あは。ばれるか」

「……はあ」

 

 悪びれもなく笑顔を向けてくる川内に、思わずため息がこぼれた。

 答えの再確認に私を使わないでほしいものだ。気恥ずかしい思いをするのは私だけで、私にはなんの利益も見込めない。それでも答えはするが、いいように使われているようで面白くなかった。

 

「何度でも言うが、川内でよかったとは思っている」

「……へへ」

 

 一応、本心からの言葉を伝える。嬉しそうにニヤつく川内を尻目に、はやく次の言葉を紡ぐことにした。

 

「それ以上に、()でよかったよ」

 

 顔を背けつつ、そう言い放つ。体温が上昇するのが分かる。

 恥ずかしいことを言っているのは理解していた。聞くに耐えない発言だっただろうが、求められた以上、そこは本音で答えなければならない。

 

「……提督」

「今度はなんだ」

「ごめん……もっかい言って?」

「は?」

「いや、今のセリフさ、もっかい言ってほしいんだけど……」

「…………」

 

 嫌な予感がする。

 振り向くと、やけに身を乗り出した川内が、期待の目を私に向けていた。

 

 今の恥ずかしい発言を、もう一度繰り返せと要請しているらしい。

 ああ、聞こえなかったのだろうか……とはならない。なったとしても、これ以上恥辱を受けるつもりはなかった。

 

「もう昼だ。食堂に向かうか」

「て、提督? 聞いてた?」

「行くぞ」

「ちょっと待って提督。提督? 待ってってば」

 

 急いで席を立ち、司令室のドアに近づく。

 慌ただしく私の後についてくる足音を確認して、ドアを開いた。

 

 司令室を後にして、食堂へと向かう。

 後ろから喚く声が聞こえるが、今日の献立を想起して無視することにした。

 

 

 


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