だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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楽しい時間の過ぎ方

 夜。食堂で提供される夕飯は美味い。一日の執務で疲弊した体に活力を補ってくれる。

 私の執務とは比べ物にならないほど消耗の激しい一日を過ごした艦娘達の喧騒を背景に、クリームシチューを口に流し込む。まあ当然美味いので頬も弛みがちだ。

 

 酒が入っているらしい隼鷹の、離れていてもよく聞こえる喧しい言説を横目で見つつ、食を進める。

 一人でいる静かな時間も好きだが、騒がしさの中で食事をとるこの瞬間も好きな時間だ。

 

「ね、提督」

 

 左隣の席で同じくシチューを啜っていた川内が、ふと思いついたように話しかけてくる。

 川内の言葉のイントネーションから、会話がどんな展開になるかはある程度予測できた。次に何かを尋ねてくるだろうと悟り、一旦スプーンを口に運ぶのをやめる。

 

 顔だけをそちらに向けると、興味津々といった表情でこちらを覗いている様子が確認できた。

 

「なんだ」

「提督って何歳なの?」

「…………」

 

 箸に持ち替えて混入飯を口に入れる。白米の方が好きだ。定期的にこれが出てくるが、食糧難に陥っているわけでもない今の段階でこれを食べるのは気が滅入る。

 さて……どう答えたものか。私の身辺、そのあたりの情報なら着任に際しての書類上におおかた記載していると思うわけだが、そこは前任と大淀あたりしか確認していなかったようだ。

 

「……あれ、聞いてる?」

「ああ」

「そっか。よかった。で、何歳なの?」

「成人はしている」

「それはそうだろうね」

 

 巫山戯た返答では納得してくれないようだ。それはそうだ。誰だってそうだ。私だってそうなる。

 とはいえ、いきなりのことで少し困惑している。

 

「……急にどうしたんだ?」

「んー? いや、ただ思ったこと口にしただけなんだけど……」

「そうか。まあ、そうだよな」

 

 取り立てて特別な意味などない。ただの会話だ。そういうものだ。

 川内は若干俯きがちになって、チラチラとこちらを見てきている。言いにくいもの、というよりは面と向かって言うのは恥ずかしい部類の言葉を落とそうとしているらしい。

 

「まあ……提督のこともっと知りたいしさ」

「……なるほど」

 

 予想通り恥ずかしくて言えないようなセリフだったが、そう言われてしまうと答えざるを得ないような空気を感じる。

 答えはしないが。

 

「……その、なんだ」

「うん」

「私の年齢に興味を抱くような艦娘は少ないだろう」

「そうかなぁ」

「間違いなく需要はない。知りたくない者の方が多いはずだ」

「卑屈だね?」

「卑屈かどうかはこの際いい」

 

 卑屈というより、この場を切り抜けるための詭弁だった。

 幼少期にはこれほど前向きな人間はいないと近所で噂されていたほど前向きだったのが私だ。今はそこまででもないだろうが、それはどうでもいい。

 

「需要がないのに供給しても仕方ないだろうと考えるが」

「まあみんなからの需要は分からないけど、少なくとも私には教えてくれていいよね?」

「…………」

「好き好んで提督の年齢聞いてるんだしさ」

「…………」

 

 なるほど。全くの正論に何も返すことができない。こんな時に限って、私の詭弁は打ち勝てないようだ。

 

「それで、何歳なの?」

「……今年で25だ」

「けっこう若いね?」

「そうか?」

 

 言うほど若い年齢ではない気がするが。

 川内が艦として進水してからほぼ100年……という意味なら、私などまだまだ子供のように思えるだろうが、恐らくそうではない。聞いたところ艦の記憶はまったくの完全というわけではないようだし、彼女の性格からしてもない。

 

「あ、その、見た目より若かったとか、そういう話じゃないよ? むしろ、そのくらいかなあって思ってたんだけど」

「それは分かる。見た目が実年齢より老けていたのなら、君はたいした感想を零さないはずだ。君はそういう奴だ」

「……なんかそこまで私の性格を理解されてるの、悔しいんだけど……まあなんというか、『提督』にしては若いなって思って」

 

 水をひとくち飲みつつの川内の言葉に、なんとなく合点がいった。

 提督として任務を任される人間には、ある程度歳をとった者が多い。現在はその方が適切だとされていて、私自身もそうあるべきだと考える。前任も初老の男性だ。その中では飛び抜けて若い方である私は、すこし異質に見えるのかもしれない。

 

「……これから先、きっと若輩者の提督は増えるはずだ。そういう時代が来るんだ。私はその先駆けであるに過ぎない」

「そうなんだ?」

「ああ。だから、私の才能が特別に認められたとか、そういうわけではない。残念なことに」

「そっか。まあ、それでも25歳は若いんじゃないかなあ。25歳だからね。25歳」

「…………」

 

 連呼するのはやめてほしい。もう今年で四捨五入すれば30歳が視野に入ってくる年齢になるのだと認識したくない。

 精神は未だに大人になれていない段階で、自覚もなく惰性で成人してしまった今の私が、心になんの誇りもかかえないまま幼心に憧れた『大人』になるのに、ひどく抵抗がある。

 若いと評される私が、自分でも分かるくらいにはあまりに未熟だからこそ、提督には経験豊富で落ち着いた風格のある年配の方を起用するべきだと思うのだが。

 

 ふと思ったが、なぜここまで自らのことを振り返らなければならないのだろうか。私の情報などどこにも需要が──川内だけには需要がありそうだが、そう聞いて面白い話でもあるまい。そろそろ攻守交替の時期ではないか。

 

「……君は?」

「え?」

「艦娘としては、いくつなんだ」

 

 彼女についての情報なら、需要は確実にある。仮に他の者に求められていなくても、少なくとも私にはある。

 ……彼女と同じような言い分になってしまっているが、まあ、いい。

 

 シチューに口をつける。美味い。

 

「艦娘としてなら、17だよ」

「……若いな」

「見た目通りでしょ?」

「ああ」

 

 そのあたりの年頃の学生のような外見はしている。

 艦娘にも年齢の概念はあるらしいが、あまり深く考えない方がいいだろう。未成年に戦争に行かせている現状は、目を瞑る他ないのだ。

 

「正式に艦隊に加わったのは7年前。艦隊は7周年! だねー」

「そうか。……練度も高いはずだ」

 

 深海棲艦に対抗できる勢力として艦娘による艦隊が組まれたのは、18年前が初めてのことだ。

 とはいえ当初は戦術的にも法律的にも効率のよい艦隊運用はできず、襲撃の被害を抑えるだけでも手一杯だった。ようやくあらゆる環境が整ったのが8年ほど前。その時期からの、ある程度完成された訓練を受けた艦娘たちは、基本的に練度が高く、海域を奪還する機会も劇的に多くなった。

 

 7年前に着任したらしい川内は、その訓練を最も長く受けてきた世代だ。深海棲艦との戦争において、1番必要とされる類の艦娘……の、1人。

 端的に言えば『強い奴』だった。

 

「なあ、川内」

「ん? なに?」

「君は──」

 

 背後に気配がしたため、言葉を止める。誰に聞かれてもいいような内容だったが、どうも()()は隣に座ってきそうな感じがする。

 たとえば、英国の紅茶のような、心地のよい匂いがすれば、それが誰なのか分かるかもしれない。

 

「テートク! 隣いいデスか?」

「……金剛か。私は構わない」

 

 食堂なら川内以外との接点もよくあるもので。

 私が答えるより早く机にトレーを置いた金剛は、席につく段階だけは私の答えを待ってくれた。

 

 わざわざ私のような者の隣になど来ずに、姉妹で固まって食べればいいものを……と思ったが、いつも姉妹でいるからこそ、なのかもしれない。

 

「……108歳」

「……?」

「いや、気にしないでくれ」

 

 右隣で、スプーンに掬ったシチューに息を吹きかけ冷まそうとしている金剛を目に捉え、それを食するさまをまじまじと眺める。不思議そうな表情を送ってきたが、じっと見続けていると居心地が悪そうにシチューに向き合った。ずっと見られていると食べづらい性格らしい。

 

 それにしても、できれば対面に座ってほしいものだ。左隣には既に川内が座っているため、隣はもう間に合っている。誰もいない対面が寂しい。

 バランスがおかしいとは思わないのだろうか。それとも、私が変な部分に敏感になりすぎているのだろうか。

 

「そういえば、金剛。丁度良かった」

「ん、なんデスか?」

「この間、川内が君の物真似をしていた。あまりにも再現度が高かったもので、君にも見てほしいと思ってな」

「えっ、ていと」

「それは是非見たいデス!」

「……うっ、ううう」

 

 左から恨めしそうな視線を感じるが、きっと気のせいだろう。私はそういう部分に鈍感なのだ。

 しかし念のため、金剛の方だけを見ておくことにした。

 

「川内のワタシのモノマネまでー、さーん、にー、いーち、キュー!!」

 

 キラキラと目を輝かせている金剛は、もう私にも止められない。

 川内の方から感じる恨めしそうな視線は、金剛のカウントダウンと共に焦りをもったものに変わっていくように感じた。

 

「え、えっ、と」

「…………」

「へ、ヘーイていと──」

 

 夕飯がより美味く感じた。

 

 

 


 

 

 

 金剛のおかげで普段より騒がしく夕食を食べ終えたあとも、しばらくは取り留めのない会話をしていた。川内に長門の真似をさせたり那珂の真似をさせたりしていたくらいで、特にこれといって面白い会話はなかったが、川内と2人だけのときとは異なる楽しさがあった。

 金剛は心の底から明るい奴だ。一緒にいるだけで、場の空気が柔らかくなる。無愛想らしい私にとって、羨ましい才能だった。

 

 川内への無茶ぶりのネタがなくなってきたあたりで、そろそろ帰ることにした。食器を返し、食堂の出口の方へと向かう。

 あたりにいる艦娘はいつの間にか少なくなっており、それに気づかないほど長い間会話をしていたのだと感じさせられる。

 

「…………」

 

 川内と金剛が談笑しながら出口に向かっていくのを、一歩引いて見つつ、私の肩あたりの背丈の川内と、私より少し小さいくらいの金剛を見比べて、艦種の差をひしひしと感じる。

 戦艦に分類される者は総じて背丈が高いが、長門型にもなると私よりも大きい。大和型はそれよりも一回り大きい体躯だが、思えば彼女たちの威圧感が強いのは身長の面が強いのではないだろうか。

 

「……ごめん、ちょっとお花を摘みに」

「ああ。ここで待っておこう」

 

 食堂を出たところで、自然が川内を呼んだらしい。

 金剛と2人で彼女の帰りを待つ。川内とでもきっとそうだっただろうが、金剛とはこんなときにでも会話が絶えない。

 

「……テートク」

 

 しばらくとりとめのない話をした後。すこしだけ落ち着いたトーンで、金剛が私を呼ぶ。

 普段とは違う声に視線を寄越すと、どこかこちらを窺うような様子があった。

 

「なんだ」

「この後は執務デスか?」

「あぁ……いや、明日の用意も含めて終わっている。ひとまず司令室には戻るが、特に何もする予定はない。なにか用か」

「いえ、用があったわけではないデス」

「そうか。わかった」

 

 なんの確認なのか分からない。なにか含みのあるような言い回しでもなかったので、大したことではないだろう。

 とはいえ、答えとして間違ってはいなかったらしい。声のトーンは普段通りのものに戻っていた。

 

 そういえば、と金剛が零す。

 思い出しかけている言葉を辿るように考える素振りを見せたあと、しばらくすると言いたいことを思い出せたらしく、こくんと頷く。

 そして私の方へ向き直し、繋がった言葉を落とし始めた。

 

「テートク、雰囲気変わりマシタ」

「……私には分からないが」

「今なら、駆逐艦たちもきっとテートクの優しさを分かってくれるはずデス」

「……確かに怯えられてはいないが、やはりまだ距離は感じる。この調子で少しずつ慣れてもらえればいいだろう」

「慣れるというよりテートクが変わっ……まあ、なんでもいいデスが」

 

 彼女曰く、どこかしら私は変わったらしい。無愛想だと指摘されて以降、それをなおそうと努力してきたが、報われたということだろうか。

 自覚はないが、そういうことにしておいた方が都合がいいかもしれない。

 

「川内のおかげネ。川内に感謝しなさいヨ」

「……まあ、そうかもしれない」

「川内が変わったのも、テートクのおかげデス」

「彼女はそこまで変わったように思えないが」

「……テートクの目は節穴デスか」

 

 そうは言われても、私自身は着任以前の川内を知らないのだ。劇的な変化があったかどうかは分かるはずもない。

 

「……テートク」

「今度はなんだ」

「川内が長い間この場所にいなくなるとしたら、寂しくないデスか?」

 

 なにを聞いているんだこの艦娘は。

 

「…………」

「…………」

「……さあ」

 

 曖昧に返す。まともに考えたくないと感じた。それが答えだと思った。

 金剛がひとつ短いため息を零す。

 

「私は部屋に戻りマス! あとは川内とよろしくやりなさいネ!」

「…………」

 

 私との会話に一定の納得が得られたらしく、一方的に言葉を言い残したあと、彼女は去っていった。

 最後の言葉は必要だったのだろうか。ここの艦娘は去り際になにか茶化すような言葉を落としがちだが、やはりそういう規則があるらしい。

 

「提督! と……あれっ」

「川内」

「行っちゃったの?」

「ああ」

 

 金剛が去っていってすぐに川内が戻ってきたため、ひとまず司令室の方へと向かう。

 彼女としてはまだしばらく金剛と話していたかったらしく、名残惜しそうにしている。普段会話をしているようなイメージのない組み合わせだったため、話せて嬉しかったのかもしれない。

 

「……このあと、暇だな」

「うん。まあ司令室で暇つぶしかなあ」

「私と話すくらいしかしないだろう」

「まあね。でも、それだけで、わりと時間が早くすぎるからさあ?」

「……否定はしない」

 

 川内と共にいると、会話の片手間にいつの間にか執務が終わっているし、夜にはいつの間にか遅い時間まで話し込んでしまっている。

 一緒にいて楽しいのは、否定できなかった。

 

「…………」

 

 司令室に戻るまでずっと、金剛の言葉が頭の中から離れなかった。

 もし今後、川内がいなくなった際、私は日々を上手く過ごせるのだろうか。

 そんなありもしない仮定の想像をして、すこし虚しくなった。

 

 

 

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