だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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変人

 着任して数十日が経った朝。

 司令室には窓辺からの朝日が射し込み、飾り気のない内装を面白みもなく照らしている。

 

 そのような地味な空気の中、目を背けたくなるほど厳しい執務に励む傍ら、ふと浮かぶ思索の数々を追いかけてしまい、作業に手がつかなくなった。

 気分を変えようと、一度執務に向かう手を止める。2人分の茶を淹れ、秘書艦として仕事を手伝ってくれていた川内にも休憩をさせた。

 

「…………」

「…………」

 

 静かだった。

 私と川内の間に会話はない。いや、いつもはもっとうるさいもんだが。出会って数十日もすると、話すこともなくなるのかもしれない。

 

 とはいえ不愉快なものではなく、むしろそのためにゆっくりと茶を呑むことができた。

 

「川内」

 

 喉を通る茶の熱さに安心を覚えていると、話すことが自然と湧いて出てきた。

 会話とはこうした恣意的なものだったと思い出す。

 

「なに? 提督」

 

 川内はゆっくりと返事をする。彼女もまた、茶の安心感に浸っているようだった。

 

「着任して気づいたが、ここは独特な奴が多いな」

 

 君も含めて、と落としかけた言葉を嚥下する。

 少なくとも本人の目の前では下手なことは言わない方がいい。それが上官として反感を買わずにいられる方法だと信じている。

 

 独特だと思ってはいるが。

 

「んー、そうかな。そこまでそう感じたことは無いけど」

「……たとえば、君の妹」

「……? どっちも普通の娘じゃない?」

 

 自覚のない変人には難しい話だったか。

 考えてもみれば、変人に変人の区別などつくはずもない。まして身内を。せめて、彼女の妹達に潜む常識との違いを教えてやるしか道はなかった。

 

「神通は普段こそお淑やかだが戦闘狂だ。那珂はアイドル志望。普通どころじゃない」

「……たしかに? でもまぁ、いい子達だよ。どっちも」

「それはな」

 

 着任して数十日、色々な艦と交流してわかった。

 ここは良い奴しかいない。一緒にいて楽しい奴しかいない。修学旅行で偶発的に一緒になった班が思いの他楽しかったような、そんな奴らだけがいる。

 神通や那珂も癖はあるが、それも込みで面白い奴らだ。もちろん川内も。

 

 この鎮守府に着任できたことへの嬉しさを感じつつ、湯呑みの中の液体を少しだけ呷る。

 湯呑みが冷えてきた。

 

「正規空母たちはどうだ」

「あのあたりは、なんというか、独特というよりは……」

「……よく分からないな。ゆったりしている瞬間と張り詰めている瞬間の緩急が激しい。後者はともかく、前者がな」

「振り切ってるよねー」

 

 メリハリがあると言えるのかもしれない。ただ、あまりにもおふざけと仕事の区別がつきすぎている。

 

 当然、私が上官として彼女たちに接する際は、彼女たちもそれ相応の礼儀正しさをもって私に応えてくれる。

 それに対して、私が執務をすべて終え、ひとりの友人として彼女たちに接するときは、それはもうひどいものだ。楽しいが。

 

 じゃんけんで負け、6人前の夕食を赤城に奢らされたのは二度と忘れないだろう。

 思い出すと未だに納得がいかない。腹いせ以外の何ものでもないが、真偽に関わらず正規空母勢には変人が多いことにしておこう。

 

「戦艦は……武蔵と長門が目立つな。熱すぎるというか」

「そこまでじゃない?」

「君たちの立場ならなんとも思わないかもしれないが、私の立場だと、その……」

「……?」

「信頼を寄せられすぎているのが怖い」

「……あー」

 

 買いかぶり……とは言わないが、私の能力を少なくとも1段高く見積もっているような気がしてならない。

 この鎮守府の中でも特に存在感のある2人に認められているのは作戦指揮上有利だが、そのような2人にあまりに強く信頼されてしまうと、いつか失敗する瞬間を考えてしまい押しつぶされそうになる。胃に穴が。

 

「重責はしんどいよね。ま、そこまで気にしない方がいいよ。私はかなり提督に期待してるけど」

「そうか。今日も胃が痛む。快調だ」

「それはよかったよ」

 

 容赦がない。川内は初日から秘書艦を務めているだけあって、鎮守府で最も私に対する遠慮を知らない。

 こうした会話を愉しむ私の性格をよく分かっているようだ。

 

「今あげた変な面子を考慮した上で、私は吹雪が一番落ち着いていると思っているが」

「私もそう思うよ」

「従って、今日の昼休みは吹雪と一緒に昼食を摂ろうと思う。今日は出撃も遠征もさせていないはずだ」

「私も一緒していいよね」

「…………ああ」

「明らかに残念そうな顔しないでよ。傷つくなあ」

 

 川内が遠慮をしてくれないでいるので、私もそれに応えることにした。

 川内は川内でこんな時間を楽しめているようで、言葉とは裏腹に笑顔が漏れている。

 

「冗談だ。なんだかんだ、君といるのは楽しい」

「そう。ありがと、提督」

 

 気がついたら、茶はすでに飲み干されていた。

 

 それからは言葉もなく、手を止めていた執務を再開した。

 昼食といういったんの目的が見え始めたこの瞬間では、執務に向かう手も進むように感じる。

 

 会話は止んだが、胃は痛むことをやめてはくれなかった。

 ネット通販の履歴には胃薬が残った。

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