ほんとうにありがたいです。できる限り頑張りたいものです。
私にはやってみたいことがあった。やろうと思えばきっとすぐに機会が与えられて、それでもたぶんやり始めはとてもつらいような、そんなものが。
やりたいとは言っても、ちょっと興味があるだけで、今後司令官にダメだって言われたらやるつもりはないし、川内さんが悲しむなら絶対にやらない。その程度の熱量だけれど、それでもやりたいものはやりたいものだった。
…………。
そういえば、私のような艦娘が『やってみたい』などと希望を持つことに嫌悪感を抱く人間もいるらしい。そうした方々も守るべき存在ではあるけれど、嫌な気分にならないわけではなかった。
そもそも艦娘の権利について、その細部まではまだまだ認められていない世の中だから、仕方ないのかもしれないけれど。もうちょっと認めてもらえたらいいな、なんて思わないこともな──
「てーとくー」
「ん」
「ひまー」
「そうだな」
「ねーなんかないのー?」
「何も無いのは君がよく知っているだろう」
「えー」
「…………」
「…………」
「…………」
「ふあああぁぁ……」
ええと、変な方向に進んでいた思考はそろそろやめておいて。
やってみたいこと。
それは、夢というほど重いものでもなくて、ただちょっとだけ、やってみたいなあって思うくらいのもので。
それでもまあ、盆に休みを与えられたとなると、せっかくならそれの体験くらいはしようかなと思うほどのものではあった。
「…………」
「…………」
簡単に言うと秘書艦の仕事をしたいだけ。私がここに来てからだから、ほとんど4年くらいはそう思っている。前の司令官のときも含め、今まで機会に恵まれずに叶わなかった。
そんな状況だったけれど、つい先日ようやく機会が巡ってきた。
川内さんが再び演習や訓練に参加できるようになってからある程度余裕があるということで、私の願望をどこかで耳に入れていたらしい司令官から『話があるならいつでも来い』との言葉を受けたのだ。
ひとまず見学さえできればいいかなと思い、司令室のドアをノックしたのが20分前。前もってアポイントメントは取っていたし、覚悟もしていたはずだけれど、司令室に入る際の緊張は思っていたよりも大きかった。
…………。
「川内」
「ん、なに?」
「暇だ」
「そうだね?」
「何かないのか」
「なにもないの、提督がよく知ってるでしょ」
「そうか」
「……うん」
「…………」
「…………」
「……暇だ」
……ところで、目の前で繰り広げられている会話を、どう受け止めたらいいのだろうか。
秘書艦はこうしたふわふわした会話も仕事の内に入るらしい。4年間の願望がすこし薄れてしまった。
ここは割り込ませてもらおう。またあんな会話に戻られてしまっては敵わない。
「……お二人共、さっきからなにやってるんですか」
「会話だ」
「会話だねぇ」
「そういうことではなく……」
はあ、とため息がこぼれてしまった。こぼしてしまってから、今は上官の目の前いるのだと気づいて、すこし焦る。
目の前の上官は冷たい表情をしていて、感情をまったく表に出さない……というよりも感情をまったく有していないような、生気のない印象を受ける。初見時には怖く感じる雰囲気だ。
……でも、司令官は見た目には無表情で怖いけれど、本当は優しい方だ。私の無礼な行為でさえも、後で形式的にそれとなく注意するだけで済ましてしまう。優しい方というより、甘い方なのかもしれない。
司令官が着任した当初は、私以外の駆逐艦たちは司令官を怖がって近づこうともしなかったけれど、今ではだいたいの子達が彼を慕っている。
いざ目の前で会話するとなると、まだどうしても萎縮してしまうらしいけれど……とにかく、司令官の優しさは、
「……そういえば」
司令官が言葉を落とす。私の方を向いての言葉だったので、私に対するものなのだと分かった。
聞く姿勢を整える。先程のような無礼は働かないように注意しよう。
私の願望を汲み取って機会を与えてくれた司令官には、できる限りそんな態度は見せたくなかった。
「吹雪。なぜここに?」
「……あ、汲み取っていただけていませんでしたか」
──どうも、私と司令官の間には認識に軋轢があったみたい。
*
ヒトマルヨンマル。司令官との壁を感じてから5秒後。
室内のクーラーはちょっと古いみたいで効きが悪い。暑くも涼しくもない温い環境に響くセミの声は、場違いさを感じてただ煩いだけだった。
それはいいとして、どうも私は司令官に理解されていなかったようで悲しくなりました。
「……というか、ここに来た理由、さっき説明しませんでしたっけ」
「そうだったか」
「……15分前の事なんですけど 」
「そうか」
「…………」
ああ、違う。これは私をからかっているだけだ。司令官の表情は依然として無だけれど、川内さんは司令官を責めるような表情をしている。
川内さんを通して司令官の意図を読み取るというのも変だけど、司令官の真意を探るにはたぶんけっこう確実なやり方。
「はあ……」
ため息。先程気をつけようと思ったばかりだったけれど、つい出てしまった。仕方ないと思う。この人、むしろため息まで含めて私の反応を楽しんでいるような気がするから。
「今日は秘書艦の仕事を見に来たんです」
「ああ。15分前に聞いた」
「…………」
泣きそうだ。
寸劇じみた会話。真顔でそのような会話を繰り広げられるとシュールさが増してすこし笑ってしまいそうになるのが悔しい。
ともかく私と司令官との間の認識にたいした差異はなかったようだ。よかった。
「提督ってわりといつもこんな感じだから……ごめんね?」
「ううん、いつもこんな感じでからかわれてるから、慣れてます」
川内さんは司令官の性格をとてもよく理解しているようだ。司令官の方に咎めるような視線を送って、やめさせようとしてくれている。それを意に介さない……フリをして彼女の反応を楽しんでいるらしい司令官。
……うーん。こういうのはなんというか……『お似合い』でいいのだろうか。
「……タイミングが悪かったな。今日は執務がすぐに終わったんだ」
「そうなんですね。道理で延々痴話ばなしを繰り広げていると思いました」
「ああ。せっかく休みの日に来てくれたところ、すまない」
お返しとばかりに少し攻撃すると、司令官は都合の悪い部分には耳を傾けず、言いたいことだけ言って済まされてしまった。
これが大人というものなのだろうか。悔しい。
見れば、川内さんは嬉しそうな表情をしている。わかりやすい。
「そもそも君たちが休暇を取れるこの時期、ほとんど艦隊は休みだ。明日明後日にまた来てくれてもいいが、通常通りの執務にはならないだろう」
「そうですか、少し残念です」
本当にタイミングが悪かったみたいだ。そういえば私たちに盆休みが与えられる期間は哨戒くらいしかしないんだったっけ。仕事量が減るのはそれが理由なんだろう。
もう少しタイミングを見計らった方がよかったかもしれない。やりたいことができるようになって、ちょっと早計になりすぎた。
司令官の目線が下がる。考え事をしているらしい。状況的に私に関することだ。こうして私たちのことをいちいち真剣に考えてくれるから、司令官は皆から信頼されているんだと思う。
「まあ、今日のことはいつでも来ていいと言った私に非がある。わざわざアポイントメントを取ってまで来てくれたのに申し訳ない。埋め合わせとまでは言わないが、また仕事量の多そうな時にでも呼ぶ」
「……すみません、ありがとうございます」
「気にするな」
事務的な報告のような、無機質な声。その抑揚のまま私を気遣ってくれるのは、失礼だけれど笑いそうになった。
優しいなあ。それをもっと表面的に出せば、他の駆逐艦の子達も彼に話しかけやすくなる、と思うのだけど。妖精さんたちもそうだ。司令官、せっかく慕ってもらえているのに勿体ない。
まだ伝えるべきことがあるみたいで、彼は相変わらずの無表情のまま口を開く。
「ちょうどいいから伝えておこう。今後秘書艦をしてくれるつもりなら、川内との交代制のようになる。君の出撃や演習の予定も見直さなければならない。戦力として君を失うのは痛いが、その分川内が穴埋めするように予定を組むことになる。その意味では特に問題はない。が」
言い切ったあと、司令官は川内さんの様子を少し見て、再び私に目を向けた。
懸念していることを悟れ、と言われているように感じた。
ずっと目を背けてきた部分だけど、川内さんには
とにかく避けては通れない道だ。
「いいんでしょうか……?」
「……私は構わない」
……そんな表情に見えない。仏頂面で声も平坦なはずなのに、どこか沈んだような雰囲気を感じる。川内さんに関することには敏感な人みたいだ。
というか、私にわかるくらいなんだから、川内さんはもっと司令官の気持ちが理解できているんじゃないだろうか。明らかに落ち込んでいる彼に、どんな反応をするのだろうか。私が知っている限りの彼女なら、きっと恥ずかしがって──
「別に私もいいよ。……吹雪ちゃんが秘書艦をやりたがってたのは、前から知ってたし」
落ち込んだ声。それにしてはあっさりと受け止めていて、声と内容のギャップが酷い。
……あれ。思っていた反応と違う。
「まあ詳しい話はまた吹雪が来た時にでもしよう」
早々に話題を片付けてしまう司令官。こっちも思っていた反応じゃない。気の所為かもしれないけれど、焦っているようにも思えた。
というか、川内さんが秘書艦を担う日が減る『かもしれない』の段階でどっちも落ち込むなんて、そんなのまるで──
「……あの」
「なんだ」
「どうかした?」
たまらず声を洩らしてしまうと、同時に聞かれる。息ぴったりっていうのはこのことなんだろうな、とすこし感心した。
この質問で、すこしは元気を取り戻してくれると嬉しいけど。
「お二人共、前よりもずっと近い関係になりましたね……?」
「…………」
「……そうなの?」
なにも反応を返さない司令官と、とぼける川内さん。
どちらも落ち込んだ雰囲気が吹っ飛んでいったように思う。それどころじゃない、と危険を悟ったような。
「それも、ここ最近でずっと発展した、というか……」
心から抱いていたシンプルな疑問。ちょうどいい機会だ。最後まできいてしまってもいいか。
二人は私の次の言葉を警戒するように、神妙な面持ちをしている。なんでだろう。
「お二人、なにかあったんですか?」
ついに聞いてしまった。
二人の距離が縮まった理由、とても気になっていたのだ。どんなことがあったんだろう。答えが楽しみだ。
「…………」
「…………」
……あれ。この空気はいったい。
「……な、なにかあったんですか?」
「いや……まあ……何もなかった」
「う、うん。なにもなかったよ」
確実になにかあったときの動揺のしかたをしている。二人とも目が泳ぎ、なんとなく声の迫力と芯がなくなったような気がする。そんな様子を見ていて、何があったのか、だいたい察しがついたような気がして。
…………。
これはチャンスなのでは。
「……夏祭り」
「…………っ」
「……な、なつまつり?」
ビンゴ。理由として浮かんだ言葉をとりあえず言ってみただけだけど、いきなり正解してしまったみたいだ。
おおかた一緒に過ごしたんだろうと思う。そういえば司令官と川内さんの休みはちょうど合っていたような。なるほど。そういうことか。
「夏祭りには一緒に行ったと聞いたのですが」
「誰からだ」
「それは言えません」
ブラフだとバレないよう、嘘を突き通す。
普段の司令官には
「もう一度聞きます。なにかあったんですか?」
「……なにも」
動揺しているにしても、司令官はしぶとい。追い込むように瞳を覗いても目を逸らすことさえなかった。
責めどころを変えるべきだろうか。あるいは責める相手を変えるべきだろうか。どちらにせよ司令官は硬そうだから……
「なにもなかったよね! て、手なんて繋いでないから!」
「えっ」
「……川内」
「え? ……あっ」
答えは自爆を待つことだったみたいだ。
しまった、と口に手を当てる川内さん。そんな行動で放ってしまった言葉が戻るわけでもなく、なんとも言えない微妙な空気が漂っている。
そっか。手を繋いだ、か。
……ん? まだその段階? 手を繋いだだけでこんなに動揺してるの……?
もっと大人らしく、色々進んでいると思っていたんだけど。この二人、もしかしてかなり初心なんだろうか。
たぶん、それに関しては手を繋いだだけでここまで恥ずかしがれる彼らが一番理解していて、だからこそもっと恥ずかしくなっているんだろう。
きっとそうだ。
「……お二人を見ていると、優しい気持ちになれます」
「…………」
「う゛っ」
目を逸らしつつも無言を貫く司令官と、机に突っ伏して呻き声を上げる川内さん。こうして見てみればどちらも可愛く……いや、司令官は可愛く、川内さんはもっとかわいく思えてきた。
自然と笑顔が零れてしまう。私の周りには、思っていたより愛おしい人達がいたみたいだ。
時速5キロくらいでゆっくり進む彼らを、今は大人しく見守ることにした。
いつもタイトルを決めるのが一番苦労するけど、今回に関してはすっと出てきました。押韻できてわりと上手いと思うのです。