だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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素直

「あー……」

 

 夕方未満、昼以上。すこし夕方寄り。

 今日は早々に訓練を終えたらしく、その後やはりここに向かってくれた川内は疲れた様子で机に伏し、ため息まじりになんの意味も成さない声を上げている。司令室へ入ってきた時には汗をかいていなかったところを考えるに、惜しいことにシャワーは浴びてきたようだった。

 そんな感情を表に出すわけにもいかない。悟られまいと表情筋を無表情で固定した私が手にした盆には、茶を淹れた湯呑みがふたつ。

 

「お疲れ」

「わ、ありがと」

 

 そのうちのひとつを川内に渡し、自席につく。椅子が僅かに軋みを漏らした。そのままの流れで飲み慣れた味のものを一口含むと、食道を通る熱い感覚と共に安堵感が身を包むのが分かる。

 なんとなくため息をついた。

 

 この頃は茶を汲む機会が多い。川内が午後の訓練に参加するようになってからほぼ毎日だろうか。意外なことに毎日飲んでいても飽きがこないものだが、この調子なら金剛の感覚もそのうち分かるようになるのではないだろうか。茶の種類は違うが。

 手に馴染みのある湯呑みをすこし傾けながら、なんとなくそう思う。

 

 ちらと見ると、川内は湯呑みを両手で包み込むように持ち、猫舌らしく必要以上に息を吹きかけ冷まそうとしていた。毎日見る光景だ。おそるおそるといったふうに手中のものを傾けると、くぐもった呻き声とともに渋い表情に変わる。今日は冷ましきれなかったらしい。ゆっくりと湯呑みの傾きを戻していた。

 

 上がりかけた口角を誤魔化すように、湯呑みで口元を覆う。口に含むと噴き出しそうでよくない予感がしたため、飲むふりだけはしておいた。数秒して、表情を御するのに労力を要さないようになったあと、湯呑みを机の上に置く。決意が固まってから川内の様子を見る。

 涙目になっているのを確認して、今度はきちんと口角が上がった。固く保っておいたはずの表情と決意を貫通するのはやめてほしい。このままでは隠しきれないが、こちらを見ている余裕もなさそうなのでまあいいか。

 

 しばらく無言が続く。司令室の近くで駆逐艦が騒いでいた。

 廊下には近づいてくるパタパタとした足音。足音とともにボリュームの上がる『おっそーい!』の言葉。島風。通り過ぎていった。追いつけないらしい駆逐艦数名が苦言を呈しつつその後を追う。

 

 ──さて。

 どちらが先に口を開くか、最近は予想できるようにさえなった。ようやく緩んだ表情が戻った私に関しては、あいにく今は会話の種子袋が空っぽだ。今回は川内の番のようだった。

 

「提督って、平たく言うと職場に住んでることになるんだよね」

「そうだな」

 

 湯呑みを両手で包んだままの彼女の言葉に肯定で返す。

 今までそのような感覚はなかったが、考えてみればそうなるのか。当鎮守府の施設内、そのうち使う予定のなかった一室に厚かましく居を構えて生きているとなると、職場に住んでいると言って差支えはないだろう。

 

 他所のそうした事情はあまり知らない。私のやり方が当たり前だと思っていた。そうでない方法を探すのが面倒だったこともあるが、前任はそうしていたと聞いていたし、それに倣ったつもりだ。

 一応この付近のアパートに入居してはいるため、そこに帰る選択肢はあったのかもしれない。

 

「でさ、その職場に住んでる……ってことなんだけど」

 

 そこで言葉が途切れた。

 尋ねていいものか迷っているらしい。目線で促す。

 

「……その、色々怖くない? 強襲とか急襲とか、万が一があったらさ」

 

 心配そうな声色だった。

 たしかに、哨戒を解くことはないため急襲はある程度防げるにしても、強襲に関しては難しいかもしれない。損壊を顧みずゴリ押しされてしまうと、恐らく敵勢力の殲滅、あるいは撃退までに多少の損害は被ることになるだろう。その被害が近辺の市民にさえ向かなければいいが、当然私が直接攻撃を受ける可能性もなくはないわけで。

 

 可能性は低いにしても提督の立場にある者が殉職するケースはある。それに対する恐怖心を押し殺して無理していないか、わざわざ尋ねてくれているらしい。

 優しい奴だ。川内はこれができる艦娘だから、周囲の者達に信用されているのだろう。

 

「恐怖心のようなものは確かにある。ただ、たかがそんな理由で怯える者には提督業など務まらない。そもそも有事の際すぐにこの場に復帰できないようでは、私がいる意味などないだろう。それに……」

「……それに?」

「君たちがいる」

「……へ?」

 

 意外そうな声。同時に珍しいものを見るような目が向けられる。

 確かに普段は表に出さないような発言だが、そこまで驚かれると悲しいような虚しいような。もっと常日頃から表現すべきだろうか。

 

 それはそれで、驚かれそうではあるが。

 

 しばらく表情をかためていた川内だったが、次第に心配するような表情に変貌する。そこまでか。ここまで大袈裟な反応をされると、むしろ意地のようなものを張らなければならない気がした。

 ちょうどいい機会だ。伝えておくべきことは伝えよう。

 

「ちょっとなにそんなこと言ってさ……提督らしくないよ」

「特に君は最も練度が高い部類の者だ。君一人いるだけでも安心感が違ってくるものだ」

「い、いやー。重責がすごいなあ。あのさ提督。ちょっとその評価は高すぎるんじゃ」

「もっと高く見積もってもいいが」

「すっごい妥当な評価! これ以上ないと思う!」

 

 日頃抱いていた感情を伝えたが、よほど私らしからぬ発言だったらしい。困惑しながら反応を返した川内は、居心地が悪そうにしつつも湯呑みに手を伸ばした。

 ……弄っているだけだと捉えられていないだろうか。私は本当に彼女の存在に安心感を覚えているし、私のような凡夫が評価を下すこと自体烏滸がましい行為だと思うくらいには重要な人材だと認識しているのだが。

 

 川内は褒め殺しに疲れたらしく、そこまで内容が減っていない湯呑みを当たらないよう置きなおしたあと、腕を枕に半身を机に伏した。顔はこちらへ向けている。

 

「……いやまあ、冗談は抜きにしてさ。私、ちょっと前までしばらく訓練もできてなかったし、ちゃんと提督を守りきれるか分かんないよ」

「……ぜひそこは私だけではなくむしろ近隣の住民を優先して護ってほしいところだ」

「あっ……い、今の忘れて」

 

 彼女が目を逸らす。うっすらと浮かべている苦笑い。どう反応してよいものか分からず、小さくため息を零してしまった。

 最近の彼女の発言には時に危うさが伴う。主に私に対しての。

 

「そこまで数ヶ月のブランクが気になるなら、これから取り戻してくれ」

 

 私が言葉を落とすと、途端に川内の表情が曇る。微細な変化だったが、なんとなく良い気分でないのは分かった。あまり喜ばしいことではないようだが、表情の機微に気づけるのは常に隣にいる者の特権……と考えると嬉しいような気もする。

 とはいえ、今の発言のうち引っかかる部分がどこにあったのかは判断できなかった。今の発言の中に私が意図しなかった意味を汲み取ってのものとも考えられたが、どことなくそこにはない部分に蟠りを抱えているように思えてならない。

 

 そこを探る意味も兼ねつつ、続く言葉を紡ぐことにした。

 

「これから君が執務にかける時間は大幅に減るだろうから、その分納得いくまで訓練する時間はあるはずだ」

 

 先日、吹雪が正式に秘書艦を志願しに私の元へと来た。川内も同じ場に居合わせたため、だいたいのことは三者間で簡単に決めてしまっている。一日おきの交代制。彼女たちの艦種に大した差は無いため、生まれる穴は互いに埋め合うように設定した。

 その日から数週間は、調整のために今まで通りの運用をしてきたが、明日ようやく初めて吹雪に秘書艦を務めてもらうことになっている。

 

 つまり、明日からは川内が訓練や演習にかける時間が増えるのだ。

 

「……まあ、そうだよね。時間はあるし、ゆっくりやるかな」

 

 秘書艦としての仕事が減ることだけではなく、やはりなにか他にも気になることがある様子だった。後悔のようでもあり罪悪感のようでもあるもの。彼女の表情に落とし込まれた影には、そんな判別のつかない感情がなんとはなしに含まれているような心地がした。

 好ましくない方向で普段と様子が異なる彼女に、なんと声をかけてよいものか決めあぐねる。それを知っているほど私は強い人間ではなかったし、提督としての言葉となるとより一層分からなかった。

 

 温い空気。効きの悪いエアコンの稼働音が鮮明に聞こえる。

 その音をかき消していた風物詩たちが既に散っていったにも関わらず、夏は暑さだけを残してその面影を匂わせていた。

 

「…………」

「…………」

 

 決していい雰囲気ではない。たいして悪くもなかった。微妙な空気の中、体を起こした川内は浮かない表情の理由を話すつもりはないようで、すこしは温くなったらしい茶を嚥下していた。

 互いに無言のまま微妙な空気が続いていたが、この場合はあまり辛くはない。そんな状況よりも、彼女の中に私の知らない部分があることの方が辛いものがあった。

 

 気分を取り戻さなければ。何か話そう。

 

「……吹雪が新しく秘書艦を担うとなると、新しく湯呑みを用意しなければならないな」

「……ん、そうだね。別に私の使ってもらってもいいけど」

「ああ、そういえば君は気にしない奴だったか」

「まあ同性だし友達だし、余計にね」

 

 秘書艦絡みの話題だったにも関わらず、再度川内の様子が落ち込む気配はない。先程の空気はやはりそれが理由ではなかったらしい。

 いつも通りの波長。無理している様子もない。先程の微妙な空気と川内の表情は、思っていたよりもすぐに解消された。

 

 そうなると表情が曇った理由が尚更気になる。秘書艦関連でないのなら何が理由として挙げられるだろうか。思考をぐるぐる回す。

 

「なあ川内」

「んー?」

 

 よく分からなくなってきた。昔から人の心情を考えるのは苦手なのだ。そんな私があれこれ難しく考えていても仕方ないのだろう。

 私がするべきはただの会話だ。単純に気になっていたことでも尋ねることにする。

 

「今更だが、君はいいのか」

「なにが」

「秘書艦」

 

 私の言葉を聞き終え、川内はその真意を探ろうとしたらしい。しばらく思索をめぐらせるような素振りを見せたあと、結局分からなかったようで、私にどういうことか尋ねた。

 説明が面倒だったため、察してくれるのが都合がよかったが。まあいい。

 

「吹雪と一日ごとに交代とはいえ、君が秘書艦の仕事に触れる機会は明らかに減る。すすんで務めてくれる君にとって、あまり好都合ではないんじゃないか」

 

 吹雪が秘書艦を志願しに来たときにはさすがに聞けなかったが、その後もなにかと尋ねる機会を窺ってばかりで聞けずじまいでいた。

 好んで秘書艦を請け負ってくれる者など川内と吹雪以外にいないように思うし、その間にはできるだけ軋轢を生まないようにしたい。提督としてそこは若干介入すべきかと考えている。

 

 ……と言えばいいように聞こえるかもしれないが、実際のところそれくらいで壁が生まれるほど彼女たちは精神的に弱くはないだろう。ただの会話の種になればいいかと思っていた。

 

「……まあ、秘書艦についてなら、提督には今までで色んなものを与えてもらったし。べつに、そこはあんまり気にしてないんだ」

 

 川内は相変わらず恥ずかしげもなくそんなことを宣う。すこし前の私なら真正面から受け止めていられなかっただろうが、今の私には血を吐きながらならそれを可能にするだけの余裕があった。

 

 私から川内に何かしてやれたつもりはなかったが、彼女にとってはそう感じていたようだ。

 ……むしろ私の方が与えられたものが多いように思う。きっと、これからも与えられるのだろうとも思っている。だから私は彼女の存在にありがたさを感じているし、それに何か返してやりたい。

 

 この思いもいつかは伝えられたらいいものだが。

 

「こうした堅い仕事とか、ブッキー……吹雪ちゃんには合ってると思うよ」

 

 私の予想通りというべきか当たり前というべきか、秘書艦関連で吹雪との間に蟠りが生じるようなことはなかったようだ。川内の性格はだいたい理解できていた。まあこんな奴だ。

 

「それはそれとしてさ……えっと、できればでいいんだけど」

 

 彼女の双眸が私の目を見据える。すこし自信がなさそうな、それでもある程度は確信を持っているような目。それぞれ半々といったところだろう。

 そんな彼女の表情に、この後に続く言葉はイメージできていた。答えの方向性を固め、覚悟を決めつつ、呑み込まれないように気をつける。私が素直に答えるにはそれしか──

 

「わ、わたしのことも忘れないでね……?」

「一日で忘れたら、その時はすまない」

「えっ」

 

 失敗した。

 予想より強い砲撃。思わず用意していた答えが吹き飛んでしまった。

 

 弾みでなにかとんでもない事を口走ってしまったような気がする。まずい。

 

「……ま、いいや。こんだけ一緒に過ごした提督が今さら私のこと疎かになんてしないと思うし……?」

「…………」

「……えっと、しないよね?」

「…………」

「あれ……? 私、傲慢が過ぎたかな……」

 

 自身の失態に何も言えないでいると、勘違いしたらしい川内がなんとも言えない微妙な笑みを浮かべる。すぐに落ち込み気味だと分かった。今度はきちんと理由が分かる表情の変化だ。

 何かフォローしなければならないと思ったが、こうした瞬間になにも言葉が浮かばないからこそ、妖精にも避けられ駆逐艦にも威圧感を与えてしまうのだ。自身の性格を呪いたい。

 

「提督」

 

 脳内で藁人形に釘を打ち込んでいると、川内から声がかかる。普段より小さく、儚げな声。思考が止まるには十分すぎる刺激だった。

 思考の時間が止まった私を差し置いて、川内は困ったように眉毛を八の字に曲げ、それでも無理やり柔和な表情だけは浮かべ、自信なさげに言葉を紡ぐ。

 

「提督には迷惑かもしれないけど、私のこともかまってくれると嬉しいかな……なんて」

「あんまりそういうセリフを連発しないでくれ」

 

 再び予想より強い砲撃。

 想定外の連撃に思考は轟沈したが、本音だけは言葉となって出てくれた。

 

「心臓が持たない。()()()()()は心拍数に響くんだ」

 

 息苦しい。すこし前の私なら多少苦しくなるだけでサラッと流せていたはずだったが、今は自身の鼓動の音がはっきり聞こえるほど動揺してしまっている。

 なぜここまで動悸に支障をきたすのか、私には分からなかった。いや、本来理由は分かっているはずで、今の私は目を逸らしているだけなのだ。向き合う勇気と精神力がないだけで。

 

 私に足りない勇気も精神力も持ち合わせている彼女には、恐らくその理由が既に理解できているのだろう。

 

「……それって」

 

 彼女からの声。未だ自信が大幅に損失しているようで、やはり普段よりは静かな声だった。

 きっと彼女には、私の発言の意味と理由が分かってしまっている。私自身が気づかないふりをしている感情に、彼女の方が気づいてしまっているのだ。

 少しばかりの怖さと期待が渦巻きつつ、彼女の次の言葉を待つ。

 

 考える様子を見せた彼女は、次の言葉を発しようと口を開き、そのまま首をかしげる。……かしげる?

 

「……どういうこと?」

「そうか、分からないか」

 

 ……どうも、私の予想は外れたようだ。それを認識した瞬間、ホッとしたのか残念なのか判断できない感情が沸く。

 何かが進展してしまいそうなところを押しとどめることができて安心すると同時に、何かが進展しそうなところを押しとどめてしまったことに後悔のようなものを感じた。

 

 ともかく、分からないと尋ねてきたのなら答えなければならない。

 

「……まあつまり」

 

 思考が戻り始める。どう取り繕うべきか、落ち着いてきた頭ではすこし方向性を決めることくらいはできた。

 今の私にできる限りの表現で、彼女に抱く感情を伝える。鼓動は早いままだったが、頭は十分に落ち着いていた。

 

「……私が君を切り捨てるなどありえない」

「……そっか」

「むしろその逆が怖いくらいだ」

「逆なんてありえないって、分かってて言ってるよね?」

「さあ」

 

 逆など有り得ないのだろう。私が川内から離れるつもりはないように、きっと彼女もそう思ってくれているはずだった。ずっと隣にいた私には分かる。

 それを認識するのも、それはそれで恥ずかしいことのように思ったが、そこには目を向けないようにした。

 

 ふと窓の外を確認する。

 

「あのね、提督」

 

 気がつくと、窓から見える景色は赤みがかっていた。水平線の近くを低く浮かぶ太陽と、日没までの間隙を彩ってくれるカラスの声。夕方のこうした穏やかな空気は好きだった。

 金属製の窓枠は夕日の光に色付けられ、その輪郭を明るく輝かせている。川内の顔が赤く見えるのも、きっとそうした現象なのだろう。

 

「私は提督とずっといたい……です」

 

 相変わらず、川内は私の心臓には配慮してくれないらしい。確実に鼓動を抉った彼女の言葉は、今後ずっと引きずっていくだけの重さがあった。

 暑い。エアコンの効きが悪すぎる。もう夏の末端の夕方だというのに、夏の真っ最中の昼頃よりも暑いような気がする。この国の四季もだいぶ狂い始めてきたようだ。

 

「…………」

 

 今度は思考が纏まっていた。だからといって上手い返答を思いつくわけでもなく、口を噤んだまま彼女の言葉を咀嚼し続ける。

 ずっといたいなんて言葉、どう受け止めるのが正解なのか。思い浮かんだ言葉を都合のいいように繋げていくが、答えにたどり着く気配はなかった。

 

 口を開く。

 

「そうだな……できることなら、ずっと、誰一人欠けることなく、一緒に……」

 

 完成しかけた台詞を止めた。思考が止まったわけではない。ただ、このまま正解を探さないままでいることに、違和感を抱いただけだった。

 彼女が言いたいことと、私が言うべきことは、恐らく今の台詞のようなことではない。きっと。確信は持てないが、私の予感は合っているのだと思う。

 

「…………」

 

 しばらく無言を貫いた。川内は答えを待ってくれているようで、私が思考の流れを辿るのを許してくれた。その間に正解までの道のりを考えて、なんとか納得のいく答えを引きずり出す。

 たどり着いた答えは、まあ及第点というか。

 

 それでも、私が考える通りの答えを示すなら、やはりこちらの方がいいだろう。

 

「私も、君とはずっと共に日々を過ごしていたい」

 

 ただの同意。誰にでもできる行為だが、川内になら伝わるだろうと確信できた。これが私にできる精一杯の返答なのだ。伝わらないならその時は仕方ない。

 

「……同じだね」

「ああ。同じだな」

 

 思った通り川内にとっても悪くない答えだったようだ。彼女の笑顔を確認して、すこし頬が緩むのが分かる。自制しようと表情筋に働きかけたが、感情が表情へ与える強制力は強い。すぐに諦めた。

 

「こ、こういうのなんて言うんだっけ。以心伝心……? 相思相愛だっけ……?」

「……さあ。私には分からない」

 

 わりと危うい方向で四字熟語を間違えていく川内に、曖昧に反応を返す。この状況で二つ目の四字熟語に触れる勇気のある人間などいないだろう。私は悪くない。

 話を逸らすことにする。ちょうど都合がいいことに、ひとつだけ伝えておきたいことがあった。

 

「……秘書艦についてだが」

「うん」

「確実に無いとは思っていたが、仮に君が吹雪の願望を拒絶していたとしても、そこを考慮するつもりはなかった。吹雪に秘書艦の仕事を担わせるのは間違いなかったんだ。君に嫌な思いはさせるだろうが、その上で何かしら対処するつもりだった」

「うん」

「……私は良くも悪くも『提督』でなければならないから」

 

 川内には今までかなり助かってきたが、川内と吹雪を見比べて、川内の意見のみを優先させるわけにもいかない。それは仕方ないことで、むしろそれが妥当であるとも考えている。

 ただそれでも、助けてもらってきた立場の者としては、どこか納得のいかない部分があるもので。

 

「……そこに負い目なんて感じなくていいよ。提督って、そういう立場だもんね」

 

 慰めるような声に、優しい目。こちらの苦悩や葛藤をすべて理解してくれていような──実際理解してくれているであろうその目は、悔しいが好きだった。この目は今までに何度か向けられたことがあるが、いつまで経っても耐性ができそうにない。

 

「……どれだけ提督として振る舞おうとしてても、結局そこに葛藤しちゃうようなところがあるから、私は提督が──」

 

 息が持たなかったらしく、川内は慌てたように一度言葉を区切った。ひと呼吸置いてから、慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。

 

「ええと、だから、提督はかわいいなって思うんだよね」

 

 笑顔を浮かべながら、彼女が続きの言葉を落とす。窓越しの夕日に照らされた彼女の笑みは、いつもより嬉しそうに見えた。

 ……しかしまあ、この評価を下される都度思うが、川内の感覚は世間一般よりかけ離れすぎていないだろうか。

 

「提督はかわいいなあ」

 

 センスの崩壊。普段何を食べていればこんな思考に辿り着くことができるのか……ああいや、私と同じものを食べているのか。劇的センスに食事は関係なかったようだ。

 せっかく笑顔は綺麗に保てているのに、残念な感覚を有していることが全くもって残念でならない。

 

「……ねえ」

 

 本人に失礼なことを考えていると、そうとは知らない川内から声がかかる。

 何か尋ねたいことがあるらしい。少しばかりの自信のなさと、それでもある程度は確信を携えた表情。期待通りの答えが得られることは薄々分かっているのかもしれない。

 

「明日からも、秘書艦じゃない日でも、やることが終わったらここに来てもいいかな……?」

 

 気恥ずかしそうに笑いながら言葉を落とす。

 今日はやけに()()()()()()が多いように思う。私の心臓だって、定められた回数分拍動を終えればいつかは止まるのだ。それを理解した上で発言してほしいものだ。答えはするが。

 

「……構わない。来てくれたら嬉しい」

 

 素直に答える。こんな感情を表に出すことには戸惑いがあったが、今日くらいはいいような気が……この言葉、いつも免罪符的に使ってしまっている気がするが、まあいい。今日くらいはいいのだ。明日からなんとかする。

 

「嬉しいの? 私と一緒にいられるから?」

「ああ。一緒にいられるからだ」

「……へへ。提督、最近素直だね?」

 

 だらしない笑みを浮かべつつ、川内がそう尋ねてくる。

 痛いところを突いてくる奴だ。元凶のくせして自覚はないらしい。

 

「さあ。そうかな」

 

 私にできることといえば、素直に答えることはせず、有耶無耶にして逃げることくらいだ。これで素直になる癖が消えてくれればいいが、まあそこは明日からの私がなんとかする。

 

 拍動が収まる気配はなかった。

 

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