だいたい川内と会話するだけの文章   作:ほし。

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長い



補強

「【補強増設】枠の運用って、受け入れる装備は限られてるわその割に整備に時間がかかるわで、まあ難しいんですよねー……で、むしろ装備を小型化すればいいなんて思っちゃって」

「そうか」

「個々人に装備枠ちょろーっと追加するだけじゃ圧迫するばかりで……最近じゃアクセサリー型なんてどうかなって思って。結局一部装備だけになりそうですけど。さすがに機銃なんかをアクセサリーってワケわかんないですし」

 

 11時を半分ほど過ぎた頃。工廠。秘書艦が増えたとはいえ執務に余裕はあるため、普段あまり話すことのない者と長々と世間話をするくらいの暇は持て余していた。世間話といっても、自身から話題を振るようなことは苦手であるため、聞き手に回るだけの楽な作業になるのだが。

 その中でも彼女の世間話はすこし特殊だった。オイルと金属の臭いで満たされたこの空間で、嬉しそうに艤装関連のことを話す少女に、私としては適当に相槌を打つほかない。昼前で空腹だろうに高めのテンションで話す彼女についていけず、話の内容は半分程度忘れている。

 

 さっさと帰ってしまいたかった。もとより帰るつもりだった。

 開発の依頼を手短に済ませ、そのまま司令室へ戻ろうと踵を返したところに『渡したいものがある』と呼び止められてしまったのがまず良くない。

 すぐ終わる用事だと伝えられていたはずだったが、待ち受けていたのは10分ほどのマシンガントークと嬉しそうな表情。

 

 普段こうした話をする相手がいないのかもしれない。それなら仕方ない……と許容するつもりでいたが、そのうち夕張の名前に思い当たったため話半分未満で聞く。

 

「それでですね……」

 

 既に私の関心が薄れ始めているのを察したのか、ようやく本題に移ることにしたようだった。

 10分の言説の最中ずっと後ろ手に隠し持っていたそれを、私の目の前に掲げる。

 

 ……小さい紙袋。見ろ、らしい。受け取って中を覗くと、小型のケースが入っていた。

 

「件のアクセサリー枠! 明石特製、応急修理女神カッコイヤリングです! まあノンホールピアスなんですけど……失いたくないあの娘が危なくなったら妖精さんの力で完治、装備も補給状況も完璧な状態で戦線に復帰させる便利アイテムですよ!」

「なるほど」

「1粒タイプで運動の邪魔にならない程度の大きさです! デザインには暇そうだった神通さんの協力もいただきました!」

「そうか、神通が」

 

 暇ではないと思うが。日々の演習や訓練の指導役に加えてたまの出撃と、多忙を極めてもらっている。たいてい昼前後に数時間程度の休憩を与えてはいるため、おそらくそこを捕まえて協力させたのだろう。

 ともあれ神通がデザインしたのなら間違いはないような気がする。1粒タイプというのも激しく動く艦娘向けでいい。

 

 ふと気になり尋ねてみたところ、どうも補強増設枠というわけではないようだった。装備枠を圧迫しないのなら付けておいて損はない。

 

「君の開発もたまには役に立つんだな」

「む、なんですかその言い方! まるで普段の私が変な開発ばかりして……役に立ってない……みたいな……はは……」

「尻すぼみになるな」

 

 目を合わすまいとあらぬ方向を向いて自嘲気味な乾いた笑い声を零すあたり、少しは自覚があったらしい。

 役に立っていないとまでは思っていないが、すこしばかり無駄な開発をしているのは事実だ。自覚があるならもう少ししっかりしてほしいものだが。

 

「ま、まあそれはともかく。それは差し上げますが、まだ試製段階なので、性能はともかく着け心地とかは十分なデータが取れてないというか」

 

 明石は露骨に話題を逸らし、追加に情報を落としていく。今度はまともに聞き入れていると、明石の望みはおおかた分かったような気がした。

 内容を聞く限り、おそらくこれは私の独断で他の者に渡してしまっていいものだ。どうも、妥当な評価と改善点を見つけて報告してもらいたいらしい。フィードバックを任されたのだろう。

 

 それにしても、応急修理女神だったか。所謂ダメコン。

 

「是非、特別な娘に贈ってあげてくださいね!」

 

 彼女が説明しきるより先に、既に渡す相手は決まっていた。

 

 


 

 

 工廠を出てすぐ。入口あたりで立ち止まってひと息つき、なんとなく空を仰ぐ。

 乾いた晴天。風が強い。最近は外気が冷たく、すこし外に出ていただけでも暖かい室内を恋しく思ってしまう。

 

 これが冬なら分かりやすくて助かるものだが、今はまだ秋だ。そこまで寒くはないはずの時期。もう夏の最期は見届けたつもりではあったが、暑さの感覚だけは消えていなかったのかもしれない……にしても寒すぎる。

 この立場にあるくせして気候に弱音を吐くなど、年中暑さや寒さに耐えて責務に向き合っている艦娘たちには申し訳ないことだ。情けない。

 

 ……とはいえ冷えるのは間違いないもので。

 ということで、右手に小ぶりな紙袋を引っ提げ、さっさと暖かい司令室に戻ろうと大きめの一歩を踏み出したところだった。

 

「どうも、提督」

 

 真横からの唐突な声のおかげで、ぬくぬくで素晴らしい司令室への足取りは二歩目で止まることになる。

 

 私の希望への行脚を妨げる者は誰なのか、凛と透き通る声になんとなく予想はつきつつ、一応確認しようと振り返る。

 予想通りの人物。良い友人ではあるが、工廠からの帰りには会いたくない者だ。

 

()()君か」

 

 彼女の微笑を確認すると、自然とこの言葉を放ってしまっていた。その言葉が似合うくらいの遭遇率だったため、改める気も起きない。

 そこはいい。彼女──神通との遭遇で最も厄介なのが、毎度『唐突』が過ぎる点だ。今まで幾度となく話しかけられてきたが、彼女からは毎回一切の気配を感じない。

 正直驚く。過剰な反応は見せまいと振る舞ってはいるものの、それも見透かされていそうで怖く感じる。

 

 獲物でも狩っているつもりなのでは。神通なら有り得る。

 

「……また、とは失礼ではないですか?」

「失礼だったとは認めるが事実だ」

「確かにそうですけど」

 

 特に気にした様子もなく、彼女は微笑を携えたまま淡々と述べる。

 工廠帰りに遭遇する艦娘は、今のところそのほとんどが神通だ。どうも行動パターンとスケジュールが都合よく噛み合っているようで。その都度根気よく驚かせてくれるわけだが。

 そう考えると、ある意味無礼講を最も体現してくれている者かもしれない。

 

 一旦切れた会話のタイミングで、彼女の視線が私の右手に移る。提げている紙袋を認識したらしく、すこし双眸を開いてから、彼女は息をするような自然な始動で歩き始めた。

 私の横を通り過ぎたあとも、そのまま歩みを止めない。有無を言わさず着いてこさせるつもりのようだ。数瞬その姿を眺めるだけでいたが、向かっている方向は同じらしいので私も足を動かすことにした。

 

 すぐに追いついた。

 

「今日は吹雪さんの日でしたね」

「ああ。川内には哨戒に当たってもらっていた。この時間帯なら既に交代はしているから、もうすぐ帰投するはずだ」

「もうすぐ。そうですか」

 

 私が横に並んだのを認識したらしい彼女の言葉に応えると、神通は意味ありげな言葉で頷く。目をしっかりと覗かれているのがそれとなく怖く、嫌な予感を感じた。

 彼女の意図は知らないが、このタイミングで吹雪のことを尋ねるあたり目的地の察しだけはつく。

 

「……ちなみに聞いておくが、司令室に向かっていないか」

「吹雪さんの様子を見てみたいと思うのですが、大丈夫でしょうか」

「私は構わない」

「姉さんが帰ってくるまでにしますので」

「……そうか。なんでもいいが」

 

 神通からは穏やかな声色が続く。普段通りの優しい声だったが、今日ばかりはなぜか余計なことを勘ぐってしまった。

 吹雪の様子を見たい、と言っていたか。なにか他に目的を持っているような気がしてならないが。しかし私にそれを確かめる術はない。

 

 仕方ない。無理に考えるのはやめて、この瞬間だけは素直に受け止めることにする。

 

「……吹雪はよくやってくれている」

「そうですか。それならよかったです」

「ずっと前の私や川内よりもよほどいい。もともと向いていたんだろう。秘書艦を続けるモチベーションも……まあ、あるようだ」

 

 秘書艦として隣にいる時間は半減したわけだが、どの道川内は司令室に向かってくれる。その都度川内と私の会話が発生するのは必然的で、それを吹雪は目敏く糧にしていた。

 仕事終わりの吹雪は、どことなく周囲が輝いているような気がしてならない。その状態のときは作業が捗っているあたり、恐らく気のせいではないようだ。何の現象かは全く分からないが、どういう部類の会話でそうなるのかはだいたい把握できてしまっていた。

 

 ……そう考えると吹雪関連のことは思い出したくない。話題を変える。

 丁度都合のいいことに、私の右手には提げてあるモノがあった。単純に聞いておきたかったことでもあるため、喜んで神通に向かって掲示する。

 

「話は変わるが、これは君がデザインしたと聞いた」

「ああ、はい。暇でしたから」

「……暇か。君も変わった奴だな」

「暇ですから」

「そうか。それなら納得できる」

 

 決して暇ではないだろうが、彼女の言い分通りに受け取ることにした。どうせ追及したところで『暇だから』で押し通されるに違いない。

 そうでなくても、つま先から頭まで冷えるこんな日には追及する気にもなれなかった。司令室への恋慕が強まるばかりだ。

 

 そこからは特に話すこともなく、たまに話しかけられることがあればそれに応えるくらいのことはしつつ、彼女の隣を並んで歩く。

 時間的に昼食を川内ととれるかどうかは微妙かもしれない。せめて夕飯は誘うか。いや向こうから来るか、などと考えている間に司令室の前まで辿り着いていた。

 

 ノブに手をかけ、ドアを開ける。外よりは明らかに暖かい空気がなだれ込んできて、ようやく安心感が身を包んでくれた。およそ人間が存在するに最適な室温。

 ドアを開け放ったところに見えたのは、ドアの音に気付きこちらに顔を向けている吹雪。……と、川内。

 

「あ、おかえり」

 

 私の椅子に座って机に上半身を預けている川内と目が合い、ドアを開けた体勢のままでフリーズしてしまう。神通が室内に入るのを確認したあともしばらくそのままでいた。

 ……早い。帰ってくるまでもう少し時間がかかるかと考えていたが、そうでもなかったようだ。私が工廠で時間を費いすぎただけなのか、時間を見誤っていただけなのかは分からない。

 ともあれ帰ってきてくれているのなら、昼食を共にすることができる。それならまあ、深いことは考えなくていい気がした。

 

 いつまでも固まったままでいるとさすがに寒いので、そそくさと室内に入りドアを閉める。

 改めて川内に向き直すと、彼女が半身を起こしているところだった。彼女がここにいるのは予想外だったため、いまいちかける言葉を探せない。

 

「……帰ってたか。お疲れ」

「ん。提督もおつかれ」

 

 ドアを背に突っ立ったまま、ひとまず伝えておきたかったことを伝える。彼女からは笑顔を返された。

 いつか聞いたところによると、川内にとっては私の労いも無駄ではないようで。口から吐き出すのに簡単な言葉ではあるが、それでも彼女の気力の糧になっているのなら幸いだった。

 

 真正面から見続けるには堪え難く、川内の笑顔から視線を切る。そのまま視線を吹雪の方へ滑らせると、こちらも笑顔だった。その笑顔の理由を理解してしまって気恥しいので、これも逸らす他ない。目の行き場がない。

 

「……提督の笑顔は初めて見ました」

「は?」

 

 私にしか聞こえないような声量に、行き場のなかった視線はそちらを振り向く。視線の着地点を求めていたのと、彼女の発言に動揺したのにも後押しされ、わりと勢いが乗ってしまった。

 動揺の最中にも情景知覚だけは案外冷静なもので、確認できたのは珍しく驚いたような表情の神通だ。

 

 笑顔になどなっているつもりはない。むしろ笑顔なのは川内と吹雪だろう、と喉を飛びかけた反論を嚥下しつつ、一応手を使って軽く確かめてみる。

 ……若干口角が上がっている、ような。

 

 …………。

 無に戻す。

 

「顔を合わせただけでこれですか。なるほど」

「……触れないでくれ」

「……ふふ」

 

 やはり視線を安心して置ける場所はなかったようだ。神通の表情が笑顔に変わっていくのが分かって、彼女からも目を背けてしまう。

 目の置きどころがなく肩身が狭い。ひとまず神通からは逃れたいため、執務机の方へ向かった。川内の前へ。

 

「……川内」

 

 机を挟んだ対面で、川内が椅子にふんぞり返って座っている。私が座るべき場所なわけだが、彼女は明け渡してくれないようだ。

 

「…………」

「……なに?」

 

 椅子を返せと視線で訴えかけたが、ニコニコと笑みを返すだけで川内は退きそうにない。

 それならそれでいい。どうせすぐに食堂に向かうことになるのだ。すこし休憩をとることにするか。

 

 部屋の端の方に何脚か重ねてあるうちから2人分のパイプ椅子を用意して、机の前に適当に置く。

 吹雪の対面か川内の対面かの2択……のつもりが、前者は「ありがとうございます」の言葉とともに既に選ばれてしまっていた。神通は行動が早くて困る。

 

 迷う暇さえ与えられず、川内の対面に座る。もとよりそのつもりだったので不都合はなかったが、煮え切らない感覚を抱いて仕方がなかった。

 硬い座面の上に腰を預け、右手に提げていた紙袋は机上に置いておく。川内は不思議そうにそれを見つめ、やがてこちらに目を寄せてきた。

 

 私の心持ち的に、訊かれるにはまだ早い。いつからこうなのか分からないが、川内絡みのこととなると気持ちの準備が必要になってくる。どうにか矯正したい性格だ。

 とにかく、今の段階で紙袋について触れられると面倒なので、先手を打って誤魔化すことにした。

 

「……その、早かったな」

「ん? なにが?」

「君がもう帰ってきているとは思っていなかった。私としては好都合だから別に構わないが……何か急いでいたのか」

「……あっ、そういうこと」

 

 得心のいったような頷き。訊ねていることは理解してくれたようだが、同時に焦ったような声が落とされた。

 

「えっと……提督、時間帯的に工廠でなんか話し込んでたんでしょ? 私が早いんじゃなくて提督が遅かったんじゃないかな」

 

 そういうものだろうか。確かに明石に拘束されていた時間は長かったが、それを含めても早いと感じた。彼女だって、そのことは分かっているはずだ。

 思えば、答えるまでの間が妙に長かった。別段気にしてはいなかったが、言い訳を考えていた、と考えると納得はできるかもしれない。

 

 ……なるほど。だいたい分かった。気恥しさが沸いて出てくるようなものだったが、それよりもこの後の展開が楽しみでどうでもよくなってくる。

 期待値の高い吹雪の様子を確認した。先の川内の発言を受けて、どこか引っかかる部分を見つけたようだ。フィニッシャーは吹雪らしい。

 

「…………? 川内さん、司令官と一緒にお昼を食べたいから急いできたって……」

「あーあー! 言ってない! 言ってないから!」

「えっ……で、でも、司令官がいないと分かってから残念そうに机に突っ伏して……」

「ないから!」

 

 吹雪の言葉をかき消すような声量で、川内が声を上げる。必死に否定された吹雪は若干引いていた。

 ……耐えられない。笑みが零れそうなのを誤魔化すために咳き込むと、川内からは弱々しく睨まれる。

 

「……な、ないから!」

「分かった。そういうことにしておこう」

 

 表情筋に負荷がかかる。完全に抑え込むのは厳しいため、頬が若干痙攣気味になってしまった。

 そんな私の様子を見て、笑みを堪えているのを理解したらしい。悔しそうな呻きを漏らすのが分かった。

 

「……じ、神通ちゃんは、さっきぶりだね」

「ええ」

 

 誤魔化すように、彼女は神通に視線を移した。唐突に振られた話題にも関わらず、神通は絶えない笑顔で応える。

 姉の可哀想な姿を見て喜んでいるらしい。姉妹艦としてそれはどうかと思ったが、よく考えてみれば私が言えたことではなかったので黙認する。

 

 さて。本当ならこのまま川内への追及を緩めないでおきたいところではある。が、どうしても気になってしまう発言があった。

 

「……さっきぶり?」

 

 川内に言葉を投げる。この発言を見過ごすわけにはいかなかった。

 

「そ、そう! えっと、さっき工廠前で会ったんだよね。ね!」

「……そうだったかしら?」

「えっ……あ、会ったよね?」

 

 神通の裏切りに本気で焦っているらしい川内の様子を見る限り、工廠前で会ったというのは嘘ではなさそうだ。

 神通が私に話しかけてきたのは工廠前。その前にはもう川内の帰投を確認していたようで。……そういえば、デザインは神通、だったか。

 

 吹雪の様子を見たいと聞いたときに他に意図があるのではないかと勘繰っていたが、やはりただの口実だったようだ。今になって初めて彼女の明確な目的を悟ってしまって、急激に悪寒が走る。

 神通に裏切られて目を泳がせている川内をよそに、神通の様子を確認する。ちょうどこちらを見たところだったようで、はっきりと目が合ってしまった。

 

「神通」

「はい」

「君は怖いな」

「……さあ? なんのことでしょう……?」

 

 悟られていると分かっているだろうに、シラを切るつもりでいるらしい。余裕そうな微笑みは、こんなときに私が何も言えないような性格であることを理解しているようだった。

 今日の彼女にはいつにも増して勝てる気がしない。素直に彼女の望み通り動くことにする。

 

「……まあ、聞かれたら渡すことにするから」

「ふふ、そうですか」

 

 川内のことだ。渡せばきっと喜んではくれる。神通はその様子を見ていたいだけ……なのかは定かではないが、少なくとも良い予感がすることは決してないわけで。

 吹雪は仕方ないにしろ、神通には見られたくない。煽られる未来は目に見えている。

 

 それだけは避けたい。なんとか回避できるよう尽力しなければならない。

 

「川内」

 

 焦りを落ち着けたようで大人しくなった川内に声をかける。会話の傍らで縮こまっていたかったらしい川内は、恐る恐るといったふうに目を合わせてきた。

 落ち着いているところ悪いが、彼女には焦りをぶり返してもらうことにする。

 

「……な、なに」

「私と共に昼食をとりたいんだったか」

「う゛っ゛」

 

 絶命の音。命を刈り取るには十分すぎる言葉だったようで、川内の表情は苦い顔のまま固まってしまった。

 

「待っていてくれたようですまない」

「……こういうのバレたくないんだって。あー……恥ずかしいなあもう……」

 

 両手で顔を隠した川内がため息を零す。

 落ち込んでいる彼女の姿を見ていると心が痛むような踊るような心地がするが、どの道好都合だった。しばらく彼女がこの調子でいてくれるなら、神通の目の前で聞かれることもないかもしれない。

 彼女の性格からして、1度轟沈してしまえばヤケクソにならない限りは触れてこないだろうから。

 

「……そういえば、それ。工廠で渡されたんだろうけど……なに?」

 

 ヤケクソらしかった。

 

 投げやりな表情を晒して訊かれてしまい、手段を誤ったかと後悔する。『聞かれたら渡す』と言ってしまった手前、この流れで話さないわけにもいかなかった。

 

 隣から視線を感じたためチラと見る。予想通りの微笑が見えて、つい嘆息してしまった。

 ──神通。恐ろしい艦娘だ。

 

「……昼食後なら話しやすかったが」

 

 意味をなさないぼやきを吐きながら、紙袋から小型のケースを取り出し、彼女の前に置く。開けていいのか目で尋ねてきたので、首肯を以て返した。

 川内がケースを開くと、中には1粒タイプのノンホールピアスがひとつ。小さな青色のそれに比べるとケースがすこし大きすぎるように見える。

 

 一目見て、川内に似合うだろうと確信した。

 

「明石から新しいタイプの装備を提案された。これはその前駆体とでも思ってくれ。直接見るのは初めてだが……まあ、悪くはないんじゃないだろうか」

「……デザインけっこういいね」

「……まあ、そうだな」

 

 落ち着いた深い青と、あまり目立たないくらいのサイズ感。

 どこかのデザイン担当艦は、最初から川内を想定して設計したようだった。

 そう考えると余計にやるせなさが高ぶる。

 

「そこはべつにいい。これは君に譲ろうと思う」

「へ? 私?」

「君だ」

 

 自身に与えられるとは思っていなかったようで、川内は驚いた声を上げる。ここまで見せておいて川内以外に譲るわけがないのだが、いまいち理解できていないようだ。

 ……頼むから理由だけは聞かないでほしい。

 

「普段から付ける必要はないが、出撃の際は必ず身に付けてくれ。これはそうすることで真価を発揮できるものだ」

「……う、うん。分かったけど……」

 

 いまいち腑に落ちないような表情。次に理由を訊かれることは予測できた。

 

「なんで私に?」

 

 単純な疑問を投げかけられる。なるべく避けておきたかったのだが、何故こんなときに限って察しが悪いのか。

 とにかく言い逃れはできない。どうせならありのまま伝えることにする。

 

「特別な者に贈ればいいと言われた。だから、君に。貰い物の流用で悪いが、受け取ってくれ」

「…………」

 

 目を逸らしつつ言葉を落とした。言葉にする過程でふるいにかけなかった原液の言葉。そろそろ歯止めの効かせ方を学び直さなければならない。

 心中が穏やかさを保ってくれないまま、反応を待つ。痛いばかりの無言が続くのみで、彼女は何も反応を返してくれなかった。

 

 ──すこし視線を戻した。赤くなった耳が見えて、もう一度目を逸らした。

 

「そ、その。提督」

「なんだ」

「これを私にくれるってことはさ」

 

 不安そうな声。なにか尋ねるつもりらしい。

 彼女の問いは分かっている。こうした、吹雪や神通が喜びそうな状況においては、自身で答えを出してしまっている問いを再確認のために私に尋ねてくる。

 川内はそういう奴だと知っている。

 

「いや、ちょっともう分かってるんだけどさ。確認したくて。その……私のこと、特別だって思ってくれてる……ってことでいいんだよね?」

「……ああ。そうだ。真っ先に思い浮かんだのが君だった」

「そ、そっか。そっかそっか」

 

 私の答えを確認すると不安そうな声色は一転し、途端に声のトーンが上がった。見ると、嬉しいのであろう感情が、表情にまで滲み出ている。川内は本当に分かりやすい。

 ──求められるがままの答えを与えてしまうあたり、私も相当分かりやすい人間なのかもしれないが。

 

「へへ……」

 

 やがて彼女が浮かべたのは、だらしない破顔。息が詰まる。まともに見ていられないほど苦しいものだったが、視線を切ることはできなかった。大切にしたいとさえ思えた。

 よく分からないが、私は彼女のこの笑みが嫌いではないのだろう。口角の上がる感覚がするあたり、おそらくそれは間違いない。

 

 一通り喜びを噛み締めたらしく、川内はそれなりの破顔を維持したまま口を開く。

 

「これ、大事にするね」

「……ああ」

「できる限り壊さないようにするよ」

「そうしてくれ。壊れる時が来ないことを祈る」

 

 渡した物をケースごと両手で包み込んだ川内は、嬉しそうにこちらに話しかけてくれる。その様子を見ているだけで生きるための活力が沸いてくるような心地がして、表情の制限がより一層難しくなった。

 ……廃棄以外で応急修理女神を紛失するときがあるとすれば、それは装備している艦が轟沈するときのみだ。ダメコンの消費で完全に復活するとはいえ、艦娘には沈みかける体験などしてほしくはない。

 

 なんとなく目をやると、暖かい目でこちらを見る者が二人。

 『これが見たかった』などと言わんばかりの表情に、どうしようもないやるせなさが募っていく。

 

「……なんだ、その目は」

「いえ、別に。ねえ? 吹雪さん」

「はい。別になんでも」

 

 二人が顔を見合わせて微笑み合う。

 ……そんなに仲が良かっただろうか。通じ合う部分を見つけたのかもしれない。是非やめてほしい。

 

 無意識にため息が零れる。

 最近はため息が多い。意地でも嘆息はしないでおこうと決めていたが、この状況に限っては仕方のないことだった。

 ……ため息ついでだ。

 

「……もう昼だ。先に食堂に行ってくれ。私は少し遅れて行く」

 

 ヤケクソ気味に言葉を落とす。腕時計を見ると12時を数分後に控える頃だった。

 このままこの4人で昼食をとることになりそうだが、私にはすこしやるべきことがある。今すぐに終えなければならないことでもなかったが、忘れないうちに終えておきたかった。

 都合のいい逃げ場として使ったとか、そういうわけではない。

 

 まだ楽しんでいたかったらしい彼女たちからは恨みがましい目を向けられたが、一応私の言葉に従ってくれるらしく、吹雪と神通が席を立った。そのまま有無を言わさないよう視線で刺して、二人分の姿が司令室を出ていくのを見届ける。

 

 …………。

 

「……それで?」

「んー?」

「君は行かないのか」

「まあまあ、いいじゃん」

 

 未だに嬉しさか残るらしく、川内は笑顔のまま言葉を落とす。渋々食堂に向かってくれた彼女たちとは違って席すら立たず、私の椅子に座ったまま。

 ……まあ川内なら残るのは別に構わないわけだが、せめてその場所は明け渡してほしいところだった。

 

「どいてくれないか」

「えー」

「……退いてくれるまでずっとこのままだぞ」

「べつにいいよ。提督がいれば暇ではないだろうし」

「そうか。私は困る」

「じゃあ退くけど」

「……そこはそうなのか」

「さすがにね」

 

 よく分からない基準だ。巫山戯てくれるならもっと巫山戯てくれていいのだが、妙なところで線引きをしてくる。

 ともかく、ピアスのケースを紙袋に入れ直した川内は、そのまま私の椅子から秘書艦用の椅子に移動してくれたので、私もありがたく移動させてもらう。

 

 慣れ親しんだ椅子に座り直し、机に向かう。机の上に置かれた書類の山のうちからいくつかを引っ張り出して、ファイルにまとめていく。

 数分ほどで粗方の作業を終えると、今まで静かにしてくれていた川内がこちらに声を寄越した。

 

「……何してたの?」

「明日と明後日は本部に向かわなければならないから、忘れないうちにその準備を」

「えっ」

 

 驚いたような声。何かあったのかと振り向くと、目を丸くしてこちらを見ていた。どうも私の言動に引っかかる部分があったらしい。

 少し考えたが、そのような顔をされる理由が見当たらない。考えても仕方ないので直接聞くことにする。

 

「どうした」

「……あの、聞いてないんだけど」

「…………そんなはずは」

 

 聞いていない、というのは私の明日明後日の予定のことだろう。川内に対してそんな重要なことを伝えていないわけがないが、何かの間違いではないだろうか。とにかく一応考えてみることにした。

 記憶を辿る。数日前にまで遡ったところで、鎮守府全体に対して放送を入れていたことを思い出した。

 

「全体放送で伝えていたつもりだったが」

「あー……たぶんたまたま哨戒が被ってたかな」

「それにしても秘書艦には直接伝えて──」

 

 そこまで言葉を落としたところで、違和感を覚えた。

 その原因を探るため、更に記憶を辿る。こちらも数日前まで遡ったところで、吹雪に対して直接連絡していたことを思い出した。

 ……吹雪。なるほど。

 

 どうやら、『秘書艦には伝えた』という事実に安心してしまっていたようで。

 

「すまない。吹雪にだけ伝えて、君に伝えるのは忘れていた」

「……まあ、いいけど」

 

 呟くような小さな声量で、川内が言葉を紡ぐ。その内容とは裏腹に、明らかに良くない声色だった。

 申し訳ない。ただ、私としても、さすがに彼女に情報が入っていないとは思わなかったわけで。

 

「……で、なんの用なの?」

「上官に呼ばれた。私も丁度……まあ、色々と用があったから喜んで向かうことにした」

「……ふーん」

 

 不満そうな声。用事を具体的に打ち明けないことに蟠りを感じているらしい。

 特に隠す必要はないのだが、あまり言いたくない部類の用事だった。そこに関しては、なんとか察して追及を諦めて欲しいが。

 

 ……とはいえ、それでは納得しなさそうなので、一つだけ情報を落とすことにする。

 

「上官からの呼び出しは大規模作戦関連だ」

 

 私の言葉に、明らかに目の色が変わるのが分かった。不満そうな表情から、いつもとは違う真剣な顔に変わっていく。

 

「……難しそう?」

「さあ。私は初心者だから、任されるにしてもそこまで厳しい作戦には駆り出されなさそうだ」

「そっか」

 

 川内を含め、この鎮守府には練度の高い者が多い。私の着任前までは、前任の指揮の元高難度な作戦に参加していたようだ。

 そんな彼女達だが、私の能力を鑑みる限り、今度の大規模作戦ではあまり大きな活躍ができないのかもしれない。

 

 私の能力のレベルに合わせてしまうせいで、本来彼女たちが得ることができた戦果が損なわれることに申し訳なさを感じる。

 

「……今回、君たちにとってはやりがいがないかもしれないが、仕方ないと割り切ってくれ」

「……別にいいんじゃないかな。まだ練度の低い艦でも活躍できるってことでしょ」

「まあ、それはそうだが」

 

 確かに、高練度艦が参加するような作戦には赴けない者に新しく活躍の場を与えることができるなら、それはそれでいいことなのかもしれない。それは分かる。

 ただ、どうしても納得はいかないもので。

 

「提督」

 

 自身の意見を言い淀んでいると、そんな様子に何か察したらしかった。私を呼ぶ声とともに、優しい笑みを浮かべられる。何度か向けられたことのある目だった。

 ……喉につっかえている言葉があるのだと悟られているようだ。自然とそれが言葉になるように、穏やかに促してくれる。

 

 ため息。神通といいこの表情といい、私には勝てないものが多すぎる。

 

「……その」

「うん」

「今から拙い言葉を使うが、なんとなくで聞き流してくれ」

「わかった」

 

 逆らえないなら逆らえないで割り切って、彼女の促すまま吐き出すことにした。

 言葉をまとめる余裕もないが、そのまま吐露するだけでも彼女は拾ってくれるはずだ。

 

「……君に追いつきたい」

「……私に?」

 

 私の言葉は意外だったようで、川内はすこし眉を寄せる。言葉の意味を考えているらしく、徐々に難しい顔に変化していくのが分かる。

 ……考えるもなにも、そのままの意味なのだが。

 

「追いつきたいのはべつに君だけというわけでもないが。一番理想的なのが、川内の隣なんだ」

 

 いつからからは分からないが、私の中で彼女の存在はかなり大きいものになっていたようだった。それはもうずっと前から自覚できていたが、できる限り彼女の隣にいられたらそれでいい、などと思うようになるとは今まで考えてもいなかった。

 当の彼女は、そうした私の想いごと無言で聞き入れている。考えるようなものではないと理解したらしい。

 

「私はまだ、君と同じレベルで歩けているとは思えない」

「…………」

「だから、できるだけ早く君の隣に並びたい。そのためにできることを最大限尽くすつもりだ」

 

 一息で言い切って、中途半端に締める。言いたいことはそれだけだった。いざ言葉にしてみると思っているよりは軽く、言い淀むようなことでもなかったように思う。

 

 私の言葉が止んだのを確認したらしい。すべて聞き入れてくれた彼女は困ったように苦笑いをし、言葉を選び始めた。

 

「べつに追いつかれる側だなんて思ってなかったんだけどね。そこまで言うなら、まあ……そうだね」

 

 なにか考える素振りを見せていた彼女は、そこで一旦言葉を切り、私の目を覗くようにして見据えてくる。

 彼女の瞳の中に意志を感じるだとか、そんなことは決してなかったが、なんとなく彼女が言わんとすることが理解できた。そうしなくても性格から分かっていたものだったが、より強い確信めいたものに変わる。

 

「……言いたいこと、分かる?」

「ああ。君の答えなら、聞くまでもない」

「……へへ。そうだよね。聞くまでもなかったよ」

 

 正解の言葉を出すことはなかったが、きっと互いに理解できているのだろう。それを確信しているらしい彼女は頬を緩め、私に笑顔を投げかけてくる。

 毎度のことながら、川内のそれは真正面から受け止めることができない。視線を彼女の姿に留めることはできなかったが、視界の端の方にだけはおさめておいた。

 

 ──正気の沙汰ではないが、川内は私が追いつくまでずっと待ってくれるようだ。

 彼女らしい答えではある。というより正直なところ、それ以外の答えを用意してくるとは思えなかった。

 

「君はいちいち待ってくれるような奴だからな。今だって、僚艦や姉と食堂に向かわずに一緒にいてくれている」

 

 言葉を重ねる度に、だんだんと言葉の枷が消えていく感覚がする。

 後で後悔するのかもしれないが、しばらくは無責任な言葉に任せることにした。続く言葉も躊躇わない。目を合わせる。

 

「だから特別なんだ。……贈る相手は君しかないと思った」

「……そ。まあそれも、言われなくても知ってたけど」

「そうか。それならいいが……顔が赤いぞ」

「……う、うるさい」

 

 私の気恥ずかしい台詞に、彼女の方が耐えられなかったようだった。紅潮を指摘すると、赤くなった顔を見られないよう顔を背けられてしまう。

 ちょうど頬が緩み始めた頃だったため、こちらを見てくれないのならむしろ好都合だった。

 

「……ありがとう。ひとまず準備は終わっている。そろそろ行こう」

「ん、おっけ」

 

 緩んだ表情を制限できるようになってから、彼女に声をかけた。その頃には彼女の紅潮もおさまっており、きちんとこちらに顔を向けてくれた。

 時刻は12時を10分弱過ぎた頃。神通たちが待ってくれているかは分からないが、とにかくなるべく早く向かわなければならない。

 

 席を立ち、食堂に向かうべくドアへと歩く。

 

「あ、そうそう」

 

 先行していた川内がドアノブに手をかけたところで振り返り、笑みを落とした。だらしないものでも苦笑いでもなく、自信に溢れた彼女らしい笑み。

 

「私も提督のこと、そっちが想像してる以上に特別だと思ってるから。そこんとこ、けっこう大事だから」

 

 自信満々な笑みのまま、彼女は恥ずかしげもなく言ってのけた。自身が言われるのは苦手なくせして、人に言うのは大丈夫らしい。

 毎度、よく分からない部分で羞恥心を発揮してくれない。ここに来てからずっと隣にいるが、未だにいまいち掴めない感性だ。

 

 私は伝えるのも伝えられるのも苦手な人間だった。体温が上昇するのを鼓動の速さで感じ取りつつ、彼女の雰囲気が一変するのを確認した。

 川内はいつになく真剣な顔になって、私の目を見据えてくる。

 

「……だから、ちゃんと覚えててね」

 

 向けられた真剣な表情には、私からも正しく向き合うべきだ。

 この状況で彼女に返す言葉があるとすれば、これ以上のものはない。

 

「言われなくても、知ってる」

 

 彼女の落とした照れくさそうな微笑みを忘れないよう、切り取った記憶を脳裏に焼き付けて、司令室を後にした。






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